(SS注意)ヤマニンゼファーから耳掃除をしてもらう話

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:52:55

    「トレーナーさん、もしや最近はようずですか?」

     ゼファーは心配そうな表情を浮かべながら、俺の体調を尋ねてきた。
     数日前に重賞レースで勝利を収め、俺たちは今後の予定についてのミーティングを行っていた。
     先ほどの発言はその最中の言葉である。

    「いや、そんなことはないけど……」
    「ですが先ほどから耳を気にされているようなので……最近はこちらの声に対して上風が吹いてることもあります」
    「えっ」

     指摘されて気づくと、確かに自分の右手が自分の耳に触れていた。
     ましてやゼファーの声に気づかないことがある、という流石に重症である。
     俺は慌てて頭を下げた。

    「すまない、心配をかけたみたいだ。今後は気を付ける」
    「いえ、そういうことでは……トレーナーさん、少し失礼しますね」

     ゼファーはそういうと立ち上がる、俺がいる方向へと歩いてくる。
     そして真横に立ち、俺の頭に顔を近づけてくる――――いや、近い近い近い。
     なんの比喩もなく目と鼻の先の距離、彼女の息遣いが直接聞こえて来るような距離だった。

    「ちょ、ゼファー? ちょっと近すぎるから……」
    「――――トレーナーさん、耳の中がまるで砂塵嵐のようです」
    「……はい?」
    「これでは私の声なんて隙間風のようなものでしょう、良く今まで問題ありませんでしたね」

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:53:13

     彼女は信じられないものを見るように、そして興味深いものを見るように話す。
     というかそんなレベルなのか。
     風呂に入る時などに耳の裏や周りは身だしなみの一環としてしっかり洗っていたが、中は意識してなかった。
     流石に聴力に支障が出るレベルになっているとすれば、かなり問題だろう。
     しかし耳の中の清掃というとあまり馴染みがない。耳鼻科にでも行けば良いのだろうか。

    「……トレーナーさん、本日のミーティングの優先度は下風でしたか」
    「ん? ああ、レース後の休養も兼ねてるからね、もしも何か用事があればそっち優先で構わないよ」
    「ええ、今できました。しばし家風となりますので、少し待っていてください」

     一旦部屋に戻ると告げて、彼女はトレーナー室を出た。
     そして10分もしない内に戻ってくる。
     その手には白い綿がついた小さな竹の棒、いわゆる『耳かき』が握られていた。
     ゼファーはトレーナー室のソファー――仮眠もとれるように大きめの物を用意した――の端に腰掛ける。
     どこか楽し気な笑顔を浮かべながら、彼女は俺を見て、言った。

    「今日はトレーナーさんの耳にしなとを吹かせましょう」

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:53:48

     ――――今日は耳掃除をしませんか。
     ゼファーはそう告げた、しかも、はいどうぞと言わんばかりに膝を差し出すような姿勢を見せている。
     数秒の沈黙。
     彼女は首を傾げた後、これはしたりと言わんばかりに手を叩いた。

    「心配は浚の風ですよトレーナーさん。耳掃除は良く同室の子にやってあげてるんです、私の膝の評判も緑風です。それに実家にいたことは父にもやってあげたことがあるのでウマ娘の耳じゃなくても、東風です」
    「いやいやいやいや、そういうことじゃない、そういうことじゃないんだ」
    「……それではどこに黒南風を感じているのですか?」
    「いいかいゼファー、俺とキミは共に歩むパートナーではあるが、教師と学生という関係でもある」
    「はい」
    「基本的に教師が学生から施しを受けるのはあまり望ましいことでは」
    「ですが、トレーナーさんにお弁当やお食事を作るウマ娘のお話は風の噂で良く聞きますよ?」
    「……」

     ですね。一緒に明らかに手作りの弁当食べてるのも見たことがある。
     無人島に遭難しかけていたところちゃんこ鍋をご馳走になったトレーナーもいるとか、どういう状況だ。
     出鼻を挫かれたが、さすがに耳掃除はいけない、何とか知恵を回す。

    「まっ、まあ担当に対する感謝としてバレンタインとかに義理チョコを送るのは良くある話だ」
    「そうですね」
    「だけど耳掃除はダメだ。これは肉体的な接触が大きいもので、やはり学生にしてもらうのは」
    「同じ時風のキタサンブラックさんは良く自分のトレーナーさんにマッサージをしてあげると言ってましたよ」
    「…………」
    「肉体的な接触という意味でしたら、耳掃除は至軽風かと」

     知っている、なんならトレーナー本人から聞いたことがある。
     とても自慢げに言われて、正直少し羨ましいと思ってしまったのを覚えている。

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:54:59

     どういうことだろう。
     正論を言ってるはずなのに、きっちり反論をされてしまっている。
     まだだ。
     まだ諦めてはいけない

    「みっ、耳掃除は百歩譲ってセーフだとしても! 膝枕はダメだ!」
    「……ですが、私はこのやり方以外は空風で」
    「残念だけどそれならダメだ! 担当から膝枕をされるトレーナーなんて――」
    「メジロアルダンさんのトレーナーさんが」
    「どこにでもソースがあるなこの学園!?」

     老舗の串カツ屋か?
     メジロアルダンの件は本人やそのトレーナーからは流石に聞いてないが、どうもメジロ家の集まりで話したらしく、他のメジロのウマ娘経由で少しだけ噂にはなっていた。いつもやってるというわけではないだろうが、多分事実だろうというのが大方の予想だ。
     まずい、逃げ道を一つ一つきっちりと潰されている。
     焦る俺の様子を見て、ゼファーは陰りを見せた。

    「……ご迷惑だったでしょうか? トレーナーさんから頂いた帆風を、少しでも返したいと」
    「うっ」

     激しく良心が苛まれる。ゼファーは全くの善意から俺の耳掃除を提案してくれている。
     対して俺は自らの保身のためにそれを拒否していると言っていい状況だろう。
     そもそもの発端は俺自身の至らなさなのだ。

    「やはり、駄目、でしょうか?」

     不安気な色を見せる瞳と声。思わず彼女の言葉を否定したくなる、想いを肯定したくなる。
     だがダメだ。俺は心を鬼にして、何とか声を喉から絞り出す。

    「いっ…………一度…………だけ、なら」

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:55:25

    「ではトレーナーさん、こちらへどうぞ」

     ゼファーは自分の膝を示す。是とした以上は、彼女の誘いを断るわけにはいかない。
     恐る恐る、彼女の膝の上に頭を預けた。
     鍛えあげられただけにハリがあり、それでいてどこかしなやかな肉感、微かに香る木々の匂い。

    「もっと体重をかけて大丈夫ですよ? ウマ娘にとってこのくらいの負担はそよ風です」

     そうは言われても。
     俺がいまいち力を抜き切れない様子を見かねたのか、彼女は一旦耳かきをテーブルの上に置いた。
     そして、俺の耳を摘み、軽く引っ張ったり、親指で押したりし始めた。

    「ぎゅっ……ぎゅっ……力加減、どうでしょうか? 緑風を感じられるといいのですが?」

     心地良い刺激と、涼やかなな彼女の声が、緊張を少しずつ解していく。
     やがて耳に血が巡り、熱さを増していく。
     少しだけ耳の中がムズムズとしてくるようだった。
     気が付けば、身体中の力は抜けて、彼女の膝に全身を預けていた。

    「そろそろ、時つ風のようですね」

     ゼファーは耳かきを持ち直し、俺の耳に顔を近づけた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:55:52

    「あら、トレーナーさん、とっても溜まっています。いつからしてないんですか?」

     ゼファーは小さな声で囁いた。
     いつからだろう、子供の頃、母親にやってもらって以降は覚えがない。
     少なくとも成人してからはやっていないだろう。

    「風の通りの悪さは、身体にも悪風となりますよ……外側は大丈夫みたいなので、中の方にいきますね」

     そうして彼女は耳かきを俺の耳にゆっくりと入れていく。
     ざらり、という音と感触。耳かきの先端は、軽く撫でるように、耳の中を掻いていく。
     背筋に来る感触。だからそれは不思議と不快感はなく、むしろ心地良さを感じさせた。

    「かり、かり……気持ち良いですか? ふふっ、少し擦っただけなのに、こんなに……たくさん出ましたよ」

     少し、楽しそうなゼファーの声に、耳掃除を好む人のジレンマ、というのを思い出した。
     耳掃除を好む人は耳垢がたくさん取れることを望むが、好むからこそ取れることはあまりない。
     彼女の様子を見るに、彼女は好む側のタイプであり、そんな彼女から見れば宝の山なのかもしれない。

    「かり、かり……さり、さり……♪」

     最初の方から気になっていたが、このオノマトペはなんなのだろう。
     浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまう。ゼファーはそれを聞いて、一瞬だけ考えて言った。

    「母にやってもらった時の常風で、嫌、だったでしょうか?」

     そんなことはないよ、と俺は答える。
     ゼファーの声が心地よく、耳かきの動きに合わせたオノマトペは確かにどこか安心を感じさせてくれる。
     彼女は、よかったです、と返すと耳かきを再開した。

    「かり、かり……トレーナーさんのは、いっぱい、出ますね。こんなのは、初東風です……」

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:56:21

    「ふぅ……では梵天を入れていきますね」

     ぼんてん、とは一体なんだろうか。
     耳かきの心地よさから鈍り始めていた思考では、知らない単語に意味を想像することができない。
     ただ疑問が支配する頭に、ふわりとした感触が突然入り込み、ぞくりと一瞬身体が跳ねそうになる。

    「ふわふわとした感触が、気持ち良いですよね? 顔に出てますよ?」

     綿毛が耳の中で回転する毎に、俺の思考能力が削られていくようだった。
     多幸感と、強い眠気。
     徐々に意識が遠のいていく。
     視界も暗くなっていき、完全に闇の世界へと誘われた――――その瞬間だった。

    「…………ふぅ~♪」

     突如耳元に吹きかけられた吐息に、完全に意識が覚醒させられる。
     身体はびくりと跳ね上がり、口からは変な声が出た。
     思わずゼファーの方を見やり、視線で抗議の意思を示す。

    「どうしましたか? 悪戯好きの風でも吹いたでしょうか?」

     俺の目にとぼけて見せるゼファー。
     しかし、やがて堪えられないと言わんばかりに、笑い始めた。

    「ふふっ、ト、トレーナーさんも、あんな……ふふっ……まんまるさんみたいな、可愛らしい声を……ふふふっ」

     あまり見ない類の楽しそうな表情に、文句を忘れて思わず黙り込んでしまう。
     それを怒っていると誤解したので、ゼファーは笑いを堪え直して言葉を紡ぐ。

    「すいません。ですが、まだ反対側がありますので、ごろんと、つむじになってください」

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:56:59

     言われるがままに身体を回転させると、目の前にゼファーの腹部があった。
     先ほどまでよりも、更に強くなるゼファーの香り。
     流石にまずいのではないか、そう言葉にしようと思った時には、ゼファーの手は俺の耳に触れていた。

    「こちらもマッサージからいきますね? ぎゅっ、ぎゅっ……」

     ゼファーの小さな指の感触。
     それが耳のツボを刺激していく。
     後は、先ほどまでの片耳のの焼き直してある。むしろ二回目の分だけスムーズに事は進んでいった。
     梵天まで終わり、意識は手放す寸前であったが、何とかして警戒を強める。
     先ほどの醜態をもう一度晒すわけにはいかない。

    「ふふっ、大丈夫ですよ、トレーナーさん。今度は優しく、微風のように――――ふぅーーーーっ……♪」

     先ほどとは打って変わって優しく、長く、細やかな吐息。
     ぞくりとした感触は不思議な快感へと変貌を遂げ、繋ぎ止めていた意識を、切り離そうとする。
     睡魔が襲う、瞼が落ちる、意識が耐えられない。
     トドメと言わんばかりに耳元にゼファーの気配が近づき、小さな声で囁きかけた。

    「トレーナーさん――――今日は、このまま、恵風、しませんか?」

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:57:26

     後日談。ゼファーに耳掃除をしてもらった後、体調はすこぶる良くなった。
     耳掃除一つでここまで変わるのかと驚いたくらいだ、彼女には感謝してもし足りない。
     これからは耳の中の身だしなみにも気をつけることにしよう。
     だが、あれ以降問題が二つ発生していた。
     まず一つ目。

    「今日は良い風だね」
    「…………」
    「…………ゼファー、近い」
    「……失礼しました、また塵風が吹く頃合いかと」
    「うん、早々ならないからね」

     ゼファーがやたら俺の耳の気にするようになったこと。
     どうにもあの耳掃除は俺以上に彼女のクセになってしまったようである。
     何度もやってもらうわけにはいかないが、全くさせないと彼女のコンディションに影響が出るかもしれない。
     とはいえ、練習に手を抜くような子では当然ないので、こちらは保留しつつ様子見で問題はない。
     そして二つ目。

    「あら、まんまるさん……ふふっ、あの時のトレーナーさんの声みたいですね、ふふっ、あはは……♪」
    「…………おう」

     息を吹きかけられた時の俺の声がゼファーのツボにハマったらしく、事あるごとに擦ってくること。
     まあ彼女が笑ってくれるのは良いことだし、楽しそうな笑顔を見られるので悪い気もしない。
     ……いや、嘘、少しだけ気にしてる。
     ですので、今はちょっとした仕返しの機会を準備していた。

    「ところでトレーナーさん、見かけない本を持っていますね、時候の風ですか?」
    「ん? まあそんなところかな。さて、次の目標レースについての話をしようか」

     そう言いながら、俺は『ウマ耳マッサージ秘伝書』の本を隠すように仕舞い込んだ。

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:59:03

    お わ り
    今回は自分が読みたいものを書いてみました。
    しかし耳かき小説というメジャージャンルに対して十分なものを書けませんでした。
    いつか再挑戦したいと思います。

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:00:54

    いつもの風使いなのか新たな風使いなのかわからないが素晴らしいですな。

    でも一つだけ言わせてもらいます!
    やり返そうとしてるトレーナーさん!あなたはエロです!

  • 12二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:01:35

    風語録習得済、読みやすい文体、ゼファーの年相応な部分と大変ハイレベルかつ洗練された文章でした
    厳しめの評価で100点とさせていただきます。

    あとトレーナーは最後何してるのよ

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:02:09

    老舗の串カツ屋で鼻水出た
    確かにどっからでもソース出てくるな……

  • 14122/12/14(水) 23:30:38

    感想ありがとうございました!

    >>11

    >>12

    エロではなく健全なお返しです!

    >>13

    割と理由付けがすんなりいってちょっと驚きました

  • 15二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:31:48

    ウマ娘耳かき作品見てると尻尾梵天とかいう凄まじく刺激的な概念があるんだよね…

  • 16122/12/14(水) 23:32:21

    >>15

    多分フクキタルのやつですかね、いいですよねアレ

  • 17二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:32:23

    >>15

    凄まじくエッチだがガイドライン的に大丈夫かそれは

  • 18二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:33:19

    トレーナーがゼファーを骨抜きにする展開も見てみたいなぁ〜

  • 19122/12/14(水) 23:43:14

    >>17

    尻尾の毛で梵天を作るって内容だったはずなのでセーフ

    もしかしたら違う作品かもしれませんが

    >>18

    本気で書き始めるとガイドラインに抵触しそうなんで無理です

  • 20二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 04:24:23

    貴方は!ここ最近よく高品質なSSを投下して下さる風使い様!!エミュが難しいから供給が少ない中とても有難いです🙏
    最後のくだりから続き期待してもいいですか…?

  • 21122/12/15(木) 10:14:15

    >>20

    読んでいただいてありがとうございます

    健全になる範囲で考えてみますがなかなか……

  • 22二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 10:53:58

    貴重なゼファーSSありがとうございます。
    過去作とか…ございませんか?(ハート推させろ、の意)

  • 23122/12/15(木) 11:41:04
  • 24二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 14:00:24

    全部既読でした!ありがとうございました!

  • 25122/12/15(木) 14:36:20
  • 26二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 17:28:59

    この二人色風に巻かれて欲しい。

  • 27122/12/16(金) 00:27:37

     その日、俺はトレーナー室でセッティングを進めていた。
     鏡良し、オイル良し、保温機の準備良し……これで断られたらどうしようか。
     いや、そもそもこれは先日のしか……お返しなので本人が拒否をするならばそれまでだろう。
     彼女が来るまでの間、俺は本を取り出して、手順を再度確認する。
     『ウマ耳マッサージ秘伝書』。
     最初こそは衝動的に購入して後悔したが、読んでみれば割としっかりとした本だった。
     ウマ娘の肉体についての著名な研究者が監修についており、裏付けもしっかり出来ている。
     また、著者自身がウマ娘でありマッサージを受けた感想や影響などは参考になった。
     同じ作者の本や関連書籍などを今度探してみようか、そう思った矢先、部屋にノックの音が響く。
     失礼します、という言葉と共に俺の担当ウマ娘、ヤマニンゼファーが部屋に入ってきた。
     そして彼女はトレーナー室の様子を見て、目を丸くする。

    「あら、初風のようなご準備を。どのような風の吹き回しでしょうか?」
    「まず、この前はありがとう、ゼファー。あのおかげで最近調子が良いんだ」
    「それでしたら良かったです、私にとっても良いひかたでした……ふふふっ」

     また思い出して笑っているようだった。
     こほんと咳払い一つ。俺は言葉を続けた。

    「それで、だ。この前のお返しを、ゼファーにしたくてな」
    「私は別に気にしていませんけど」
    「キミが俺にしてくれた分、俺もキミに何かをしてあげたいと思うんだ。ダメかな?」
    「……そうでしたね、貴方は凪を帆を立てるような方でしたね」

     そう言ってゼファーは微笑む。
     さて、ここからが本題。俺は旋風に突っ込むような気持ちで彼女に伝えた。

    「――――耳のマッサージなんて、どうかな」

  • 28122/12/16(金) 00:27:55

    「……耳のマッサージ、ですか?」

     そう言うとゼファーの耳がピコンと反応する。
     興味有りといった様子ではある、少なくとも悪印象は持っていないようだった。
     俺はそのまま、本に書かれていた効能を思い浮かぶ限り並べてみる。

    「ああ、なんでも疲労回復、ストレス解消、健康増進、冷え性、筋肉痛、神経痛、関節痛、金運拡大、魔除け、私にも彼女が出来ました……」
    「それは流石に季節外れの風ではないでしょうか?」
    「ごめん、本に挟まってた広告が混じった。とにかく、リフレッシュ効果は期待できるみたい」
    「……一時、クラスで饗の風となったことがあります」

     ゼファー曰くドラマ『LOVEだっち』に耳マッサージに言及したシーンがあったらしい。
     ただし、実際のウマ娘の耳マッサージはただ、揉み込めば良い、というものではない。
     ある程度の手順と知識をもって実施しなければ大した効果は得られない、とのこと。
     恐らくは、やってみても実感ができない子が多く、一時的な話題で終わってしまったのだろう。

    「俺の方でも興味を持って調べてみてね、ある程度の効果は期待できると思ってる」
    「確かに期待通りの効果があれば、私にとっての真艫であるかもしれません」
    「だろ? 勿論、不愉快だったりすればすぐに言ってくれて構わない」
    「トレーナーさんにその心配は凪でしょう。それに私も正直――――興味、ありましたから」

     ゼファーは照れくさそうに、耳をゆらゆらと動かした。

  • 29122/12/16(金) 00:28:16

     同意を得た俺は早速ゼファーをソファーの――――鏡の前の場所に座らせる。
     この鏡は全身を映し出せる大きな鏡で、ファームの確認だったり、俺の身嗜みの確認に使うものだ。
     今回は彼女の後ろからマッサージを行うため、正面から見えるように設置した。
     そして用意していた保温機から温めたおしぼりを取り出す。
     そこまで熱くはないはずだが、念のため、軽く彼女の耳に触れされる。

    「ゼファー、熱すぎない?」
    「これくらいなら」
    「OK、じゃあちょっと包んでいくよ」

     二枚のおしぼり広げて、両耳一枚ずつ、彼女の耳全体を覆うように包んでいく。
     そしてなるべく熱を逃がさないように、ぎゅっと、優しく彼女の耳を握る。

    「……どうかな? 痛くない」
    「ん……はい……痛みは全く……暖かくて、なんだか安心して、ぽやぽやみなみのような」

     そう言う彼女の表情は、心地良い風を受けている時と同じものだった。
     肩の力も見るからに抜けてきていて、とりあえずは良い効果が出ているようだ。

    「後2、3回これを繰り返すよ。ゼファーは楽にしていてくれ」
    「はい……これだけでも十分、ひより、ひよりですね……ふふっ」

     これだけでもかなりリラックス効果はあるようである。
     実家に置いてあった保温機を引っ張り出してきたけど、こっちに置いていこうか。

  • 30122/12/16(金) 00:28:38

     用意した全てのおしぼりが冷めた頃、ゼファーの座る姿は少し崩れていた。
     最初はいつものように背筋を伸ばして腰掛けていたが、今は背もたれに身を任せている。
     言葉にすると気にしそうなので言わないが、マッサージとしては良い傾向だ。
     次の段階に進むため、マッサージオイルを手に出して、軽く広げる。

    「これからオイルを耳全体に馴染ませていくよ、ちょっとヒヤッとするかも」

     オイルを乗せた手が彼女の耳に触れた瞬間、一瞬ピクリと反応したが、すぐに力は抜けた。

    「……これの香りは、とても、薫風ですね」
    「ああ。いくつかあったけどゼファーが好きそうなのを選んでみたんだ、どうかな」
    「草原で、寝そべって、緑風を浴びてるような…………私、これ、好きです」
    「流石ゼファー、まさにそういうのを選んだんだ。うん、気に入ってくれて、本当に良かった」

     実は結構、値が張ったのである。
     マッサージオイルと簡単に言ったものの、これはウマ娘の耳専用のマッサージオイルである。
     ウマ娘の耳は全体が毛で覆われており、通常の人用マッサージオイルは基本使えない。
     かといって尻尾オイルを使うわけにもいかず、別途専用のマッサージオイルが必要となるのだ。
     更にそこからフレグランスにまでこだわるとなれば、そこそこ良いお値段になるのである。
     ……これでゼファーに合わない、なんてことになったら目も当てられなかった。

    「こんなもんかな、さて」
    「ここからが嵐、ですね……ここまででも十分恵風でしたので、存分に風待ちさせてもらいます」
    「……その期待に応えられるように、努力させてもらうよ」

  • 31122/12/16(金) 00:29:01

     最初に、ゼファーの耳の先端を摘まむように持つ。
     軽く指の力を入れて、指圧をしていくようなイメージで、耳の外側に沿って押していく。

    「とりあえす、力加減はどうかな」
    「ふっ……あっ……もう少し、勁風でも」
    「了解……こんな、感じ、かな?」
    「んんっ……はっ……は、はい……ちょうど、こち……です」

     少しずつ、弱々しくなるゼファーの声。
     マッサージを進めていく都度、彼女の瞼は徐々に落ちていく。
     時間の経つに連れて減っていく口数、しかしそれは彼女が十分に安らいでくれている証拠であった。
     うん、発端は色々あった気はするが、これはやって大成功だった。
     むしろ邪な気持ちなどは最初から皆無だったようにも思える。
     そもそも先日のお返しという全くの善意から調べて準備したのだから当然だ。
     仕返し? 何のことだろう?
     外側のマッサージが一通り終わった頃、ゼファーの身体は船を漕ぎ始めていた。
     彼女がここまで気が抜けた姿を見せるのは初めてだったかもしれない。
     終わったらこのまま寝かせてあげよう、そう思いながら、耳の中の方へと手を進めた。


    「――――――ひゃん!?」

  • 32122/12/16(金) 00:29:32

     ゼファーの身体が大きく跳ねる。
     一瞬誰の声か判別できないほどに、聞いたことのない声を上げたを思わず見つめる。
     彼女自身も自らの口に手を当てて、信じられない、といった様子だった。

    「……ゼ、ゼファー?」
    「…………突風に、少し驚いただけです」
    「いや少しってレベルでは」
    「少し、驚いた、だけです。良いですか」
    「アッハイ」

     顔を真っ赤に染めながらでは説得力皆無ではあったが、言わぬが花というものだろう。
     継続するべきか、という疑問も過ったが、彼女の制止もない以上は続けるのが自然。
     そう考えて俺はマッサージを再開する。
     する、が。

    「ふっ……んんんっ! んあ……! うん……ふっ……んんっ!?」
    「…………」
    「んんっ! ふあ……っ!」

     彼女は口元を抑え続け、声を抑えようとしていた。
     しかし見ての通り完全に漏れ出してしまっている。
     指に力を入れる都度に彼女の吐息が溢れ、彼女の身体はビクビクと震え続けている。
     良いのか? 本当に大丈夫かこれ? このまま続けてたら俺捕まるんじゃないか?
     しかし、この状態においても彼女からの制止はない。
     ずっと俺の手に身を任せ続けている。
     つまり彼女は継続を望んでいる、といっても過言ではない。
     自分の保身のために中止するか、経歴に傷がつくのも恐れずに継続するか。
     (自己)愛か、(不)名誉か――――英雄的な選択を、俺は迫られていた。

  • 33122/12/16(金) 00:29:51

    「ひぁ……! あっ、そこっ……! あっ、あっ……! うんんっ!?」

     風を静止することなど、何人たりとも出来しないのだ。
     いつの間にか、口元を抑えていたゼファーの手はだらりと下がっていた。
     彼女はあられのない声を、抑えることなく上げ続けていた。
     もはや、認めざるを得ない。
     俺の心の奥底に潜む黒い何かが、徐々にその悍ましい顔をさらけ出しつつあることを。

     あのゼファーが。
     風を体現するようにふんわり自由に行動する、あのゼファーが。
     一度レースとなれば、旋風の如き激しさで他を圧倒する、あのゼファーが。

     今、俺の指先の動きだけで身体を震わせて、嬌声を上げている。

     征服感と背徳感と、罪悪感。
     それらが入り混じった複雑な感情が、普段にならば思いつきもしない行動を俺に取らせた。

    「ゼファー、前を向いてごらん」
    「ふぁ……?」

     ゼファーは俺に言われるままに、前を見る。
     見てしまった。

  • 34122/12/16(金) 00:30:13

     目の前には――――鏡。
     その鏡には、ゼファー自身の姿が映し出されていた。

     潤んだ瞳。
     蕩けた目。
     上気した顔。
     緩んだ口元。
     口の端の小川。
     乱れた胸元。
     だらんとした腕
     崩れた姿勢。
      
     今のゼファー自身の姿が、そこにははっきりと映し出されていた。
     自分自身でも見たこともないであろう姿に、彼女は目を見開く。
     普段の彼女からは考えられないような大きな声を、彼女は発した。

    「っ!? だっ、ダメです! トレーナーさん! 見ないで、見ないでください! んんんっ!?」

     俺はマッサージを継続した。
     ゼファーは俺の腕を抑えようとするが触れることが出来ても抑えられない。
     普段であれば指一本でも止められる力の差があるが、マッサージによって脱力した状態ではそれが出来ない。
     
    「あっ、やめっ! ちゅっ、ちゅうし……やぁっ! とれーなーさ、あっ! ちゅうし……ひゃっ!」

     抗議の声を無視して、俺はゆっくりと彼女の耳に口を近づける。
     そして静かに呟いた。

    「――――もっとゼファーの可愛い顔が、俺は見たいな」
    「~~~~っっ!!?」

  • 35122/12/16(金) 00:30:33

    「私途中風凪ぐようにと風伝しましたよね? それを貴方は仇の風にしましたね? そもそも途中の異風は? メイショウドトウさんのトレーナーさんの風見ですか? トレーナーさんは私の凱風ではなくメイショウドトウさんのおぼせとなったんですか? 私に煽風を向けて好風でしたか? 好風だったから居吹いていたんですよね? 私は悲風で夏に凩と野分と夜半の嵐が一辺に来る気持ちでした、貴方はどんな風向きであのたま風を向けていたんですか?」
    「……はい、すいませんでした」

     俺は今、見たことのない表情をして仁王立ちするゼファーの前で正座させられていた。
     彼女のまくし立てる言葉はわからないが、すごい怒っていることは良くわかった。
     というか本当に何をしていたのだろうか。
     鏡をあんな風に利用する発想力など、俺にはなかったはずなのに。
     これがウマ耳マッサージの危険性ということなのだろうか。

    「――――トレーナーさん聞いていますか」
    「本当にっ! すいませんでした!!」

     担当ウマ娘に土下座するという、他では一生見られなさそうな光景を体現してしまった。
     しばらくして、遠い頭上から大きなため息。
     小さく短い衣擦れの物音の後、かなり近い位置からゼファーの声が響く。


    「顔を上げてください、トレーナーさん」
    「……」

     顔を上げると、しゃがんで俺に顔近づけているゼファーがいた。
     怒りと罪悪感が入り混じった複雑な表情を彼女は浮かべている。

    「……私も、前回の件で悪風に乗りすぎていました。これで互いに凪としましょう」
    「……いいのか」
    「ええ、ですからトレーナーさんも二度とこのような悪風は、ダメ、ですよ?」

     彼女は両手の人差し指を交差させながら、微笑んで、そう告げた。

  • 36122/12/16(金) 00:31:09

    「しかし、耳マッサージはダメだな、これはもう封印しておこう……」
    「…………」

     耳マッサージそのものには罪はないが、事の発端でありゼファーも二度とごめんだろう。
     『ウマ耳マッサージ秘伝書』を処分すべく机から持ち出して――――直後、腕が動かなくなる。
     腕を見やると、本を持つ手に、尻尾が絡まっていた。
     ここにいるのが俺含めて二人である以上、それが出来るのは一人しかいない。
     ゼファーを見ると、何故かそっぽを向いていた。

    「その風向きだと、私もトレーナーさんに耳にしなとを吹かせられなくなります」
    「……いや、まあ、そうなるかもしれないけど」
    「ですから、その、たまになら、貴方も私の耳にしなとを吹かせるのが、東風なのかと」
    「……」

     ピコピコと言葉を紡ぎながら動く耳。
     気のせいか、彼女の頬は、赤く染まっているように見えた。

  • 37122/12/16(金) 00:31:58

    お わ り
    スレが落ちてから新スレで投下しようかと思いましたが、まだスレが残っていたのと内容が若干アレだったのでこちらに投下です

  • 38二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 00:36:10

    乙でした
    動揺するゼファーは良きかな

  • 39二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 01:19:57

    安いもんだ土下座のひとつやふたつなんて…
    録画とかしてませんかね?言い値で買いますけど

  • 40二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 01:57:27

    これは危険すぎますね。
    完全にうまぴょい(隠語)ですやん。
    こんなんやってるのバレたら大変ですよ?
    たちまち広まってうまぴょい学園になっちゃいますやん。


    トレーナーさんの耳マッサージの噂を聞きつけたモブウマ娘ちゃんが自分にもやって欲しいってお願いしに来るのを尻尾で追い払おうとするゼファーはきっと可愛いと思いました。(小並感

  • 41二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 02:04:41

    2人とも耳の手入れは1人では満足できなくなってしまったんですねぇ…

  • 42122/12/16(金) 08:18:27

    >>26

    頑張って色風を吹かせてみました

    >>38

    良いですよね……

    >>39

    だってよトレーナー世間体が

    >>40

    うまぴょい要素は存在しない、いいね?

    >>41

    そこまで考えてないよ案件でしたが良い発想ですね!

  • 43二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 12:33:37

    このレスは削除されています

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