- 1二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 21:45:44
- 2二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 21:47:05
賭けるかい?
- 3二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 21:48:55
そこにダイス機能があるじゃろ?自炊するか待つかの丁半博打を張るんじゃ
ヒリつくぞい - 4二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 21:49:02
書いてもいいなら書くが正直お前が始めた物語だろって言いたいのでお前が始めた物語だろ?
- 5二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 21:49:33
さあ張った張った
- 61ヤマフェスタ22/12/17(土) 23:24:29
この店セルフサービスじゃねえか!!
しょうがねえ!
冬の寒さが身に沁みる12月でも、トゥインクル・シリーズの熱気は収まらない。
それどころか有マ記念やホープフルステークス、東京大賞典など様々なG1が開催され、一番の盛り上がりを見せる時期ですらある。
そんな雰囲気に当てられてか、ウマ娘たちのトレーニングにも心なしか熱が入っているように見えた。
勿論このウマ娘も——。
「……ッ!」
風を切るような鋭さで、一人のウマ娘がトレーナーの前を駆け抜けていく。
同時にストップウォッチのボタンを押して、彼はウマ娘に駆け寄った。
「やったぞナカヤマ! 自己ベスト更新だ」
「ああ」
そのウマ娘——ナカヤマフェスタは、口元に微笑を浮かべて答える。
彼女が大きな深呼吸をすると、白い吐息が寒空の中に溶けた。
「さ、風邪引かないうちに早く戻ろう」
「そうだな」
そろそろ日が沈んで、寒さも激しくなってくる。
共にトレーナー室に引き上げた二人を、室内の暖かい空気が迎え入れた。
暖房の風が直接届く位置に陣取りながら、ナカヤマが不意に口を開く。
「もうすぐクリスマスだな。アンタ、何か欲しいものとか無いのか?」 - 7二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 23:29:11
このレスは削除されています
- 81ヤマフェスタ22/12/17(土) 23:41:03
「特にはないけど……てか珍しいな、ナカヤマがそんなこと訊くなんて」
「実家にいた頃、チビたちがハシャいでたのを思い出してな」
「おいおい俺は弟かよ」
「それも悪くねえな。で、本当は何が欲しいんだ?」
ナカヤマに改めて問いかけられ、トレーナーは自分の欲しいクリスマスプレゼントについて考えた。
特別な日など関係なく欲しい物を手に入れられる大人という身分にあって、それでもなおクリスマスプレゼントとして希望するに相応しい物とは何か。
考えに考えて、彼は1つの結論へと辿り着いた。
「……人。クリスマスを一緒に過ごしてくれる人」
「そりゃまた随分安上がりな願いだな。物とかじゃないのか?」
「物はいつでも買えるからね。折角クリスマスなんだから、それらしいこと頼まないと」
ま、叶うわけないけどね。とトレーナーはおどけて笑う。
そんな彼に頷いて、ナカヤマはエアコンの風から身を離した。
「なるほどな。じゃ、そろそろ私は寮に戻るぜ。お疲れさん」
「うん。お疲れ」
手を振ってナカヤマを見送ると、トレーナー室は奇妙な孤独感に包まれる。
トレーナーはカレンダーの前に立つと、12月25日の部分に大きなバツ印を書いて吐き捨てた。
「クリスマスは……嫌いだ」 - 91ヤマフェスタ22/12/17(土) 23:41:41
トレーナーの両親は共働きで、家族全員が家にいる日など滅多に無かった。
特に仕事柄クリスマスシーズンは一番のかき入れ時であり、この日は両親が二人して仕事に出かけていた。
切り分けられたケーキと冷めたチキン、そして欲しくもないクリスマスプレゼントを残して。
「サンタさんなんているわけないよ。だって俺の欲しいもの一つもくれないんだもん」
サンタクロースへの手紙には毎年『家族みんなで過ごしたい』と書いていた。
それなのに、返ってくるのはバレバレの筆跡で書かれたお詫びの手紙と流行遅れのゲームソフトばかり。
いつしか彼は期待することを諦めて、この最悪な日が一刻も早く過ぎることばかりを願うようになった。
それから結構な年月を重ねたが、クリスマスへの苦手意識は未だ拭えないままでいる。
「……何か嫌なこと思い出しちゃったな。疲れてんのかな」
一度沈んだ気分はそう簡単には戻らない。
結局この日は必要最低限の業務だけをこなすと、浴びるように缶ビールを飲んで眠ったのだった。 - 10二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 00:19:06
続き期待してる
- 111ヤマフェスタ22/12/18(日) 00:27:08
それから数日後、件のクリスマスが訪れた。
浮かれ切っている学園や街の空気から逃げるようにして家の扉や窓を閉め切り、外界との繋がりの一切を断絶する。
前日に街で買い出しをしていたから、一日ずっと心を無にして過ごす準備は万全だった。
「……ディスイズマイクリスマス」
そしてトレーナーがポテトチップスの袋に手をかけた時、錆びついた音と共に扉が開かれた。
思いがけない来訪者に驚き、勢い余って袋を思い切り破いてしまう。
「ナカヤマ……」
紙袋を持って佇むナカヤマを彩るように、ポテトチップスが宙を舞った。
俊敏な身のこなしでそれを一枚残らず掴み取り、何事もなかったように出迎える。
「ど、どうしたんだ?」
「いやアンタがどうしたんだよ……まあいい。早速上がらせてもらうぜ」 - 121ヤマフェスタ22/12/18(日) 00:50:18
そう言うとナカヤマは荷物をテーブルの上に置き、洗面所で手を洗い始めた。
戻ってきた彼女は椅子に浅く腰掛け、薄荷味の棒付き飴を咥えて言う。
「アンタ、鍵閉め忘れてたぞ」
「マジで!? 気づかなかったよ、ありがとう」
「侵入者に礼を言うやつがあるかよ。それより、早速始めようぜ? 世間一般で言うところの、いわゆるクリスマスパーティって奴をよ」
そしてナカヤマは紙袋の中身を取り出し、机の中央に置いた。
八等分に切り分けられたホールケーキを見て、思わず感嘆の声を上げる。
「これ、もしかして手作り!?」
「ああ。愛情と祝福とブートジョロキアのたっぷり詰まった、私手製のケーキだ」
「いいねえ、愛情と祝福とブートジョロキア……ブートジョロキア!?」
「そうさ。この中のうち一切れは、ハズレの激辛ケーキだ。交互に一切れずつ食べていって激辛を引き当てた方が負けの口シアンルーレット! さァ……乗るかい?」
やはり勝負師のナカヤマが、タダでケーキを作るわけがなかった。
ここで乗らねばナカヤマフェスタのトレーナーではないと彼はすぐさま決断し、威勢よく宣言する。
「よし、乗った!」
そして突如として始まった激辛勝負の行方は——ナカヤマのコールド勝ちに終わった。
彼女のブラフにあっさり引っかかり、物の見事に激辛ケーキを食べてしまったトレーナーの悶絶する様を眺めながら、ナカヤマが勝ち誇って言う。
「どうだ? ヒリつく勝負だったろ?」 - 131ヤマフェスタ22/12/18(日) 01:33:14
「主に口の中がね……」
「ハハッ! さて、残りのケーキは夜に食べるとして……次はゲームでもしようぜ」
「夜にって、外泊届けは出したのか?」
「当然。年に一度のクリスマス、後腐れなく楽しみたいからな」
「そっか、そうだよな。じゃあゲームするか!」
そしてトレーナーはゲーム機を起動し、埃を被っていたゲームソフトのパッケージを取り出した。
レース、アクション、格闘……様々なジャンルのゲームを二人で遊ぶうちに、時間は瞬く間に過ぎていった。
もうすぐ日付が変わろうという中で、ナカヤマの作ったケーキを食べながら呟く。
「クリスマスって、こんなに楽しい日だったんだな」
「どうしたいきなり」
「何でもないよ。さ、もういい時間だし、そろそろ寝ようか。ナカヤマも遅くならないうちに帰……」
ナカヤマを寮に帰そうとしたその時、トレーナーはやっと終電の存在に気がついた。
完全に己の不手際だと、彼は手を合わせて詫びる。
「ごめん、完全に終電忘れてた」 - 141ヤマフェスタ22/12/18(日) 02:38:35
「気にすんな。この家に泊まればいい話だ。外泊届けは出してあるしな。それにアンタは軽々しく間違いを犯す人間じゃあない。暗い夜道を歩くより、よほど安全だよ」
ここまで断言されると、トレーナーはそれ以上何も言えなくなってしまう。
彼の反論が尽きたのを確認すると、ナカヤマは意気揚々と洗面所に向かっていった。
「私は風呂借りるから、先に寝てなよ。早く寝ないとサンタは来ないぞ?」
「分かったよ。おやすみ、ナカヤマ」
一日中遊び尽くしていたからか、一人になるとどっと疲労感が押し寄せてきた。
歯を磨いてベッドで横になると、今日の記憶が鮮明に蘇ってくる。
思い出しているうちに段々と瞼が重くなり、今にも眠りに落ちようかというその時、静かに寝室の襖が開かれた。
「ナカヤ……マ?」
いつものニット帽を赤い帽子に付け替えて、かわいらしくも大胆に脚を露出したサンタ服に身を包んだナカヤマが立っている。
彼女はトレーナーの枕元にプレゼント箱を置くと、目を瞑って狸寝入りするトレーナーを起こさぬよう、静かに呟いた。
「アンタ、私のニット帽を物欲しそうに眺めてたからなぁ。同じの見つけるのは苦労したぜ。それともう一つ、言い忘れてたことがある」
そしてナカヤマはトレーナーの布団に潜り込み、太い首元に腕を回す。
そして既に真っ赤に染まっている耳元に、刻み込むように囁いた。
「メリークリスマス、トレーナー」
そしてナカヤマはトレーナーに背を向けて、わざとらしく寝息を立て始める。
そんな彼女の華奢な背中に、彼はナカヤマの全てを慈しむように言った。
「メリークリスマス、ナカヤマ」 - 151ヤマフェスタ22/12/18(日) 02:38:54
おしまい
- 16二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 02:57:14
眠気に耐えながら待ってて良かった
ブードジョロキアケーキとかほんと作りそうなのいいよね、育成だと料理の腕を披露してくれなかったけど絶対上手いもんな
最後ほの甘いのが最高にいい。ナカヤマサンタさんかわいいね、最高、ありがとう
同衾してるのに艶っぽい雰囲気にならないのも個人的にとても良かった。ありがとう - 17二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 05:59:53
これは辛くて甘い聖夜
いいもの見せてもろたわ - 18二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 06:02:40
俺もこんなクリスマスを過ごしてみたかったな…
- 19二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 08:45:11
これナカヤマ側の視点からも読んでみたい
- 20二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 09:00:26
ナカ○○サンタか
- 21二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 09:02:18
これは華麗なるセルフサービス芸
書こうかなと思ってた俺はクールに去るぜ… - 22二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 09:03:57
- 23二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 09:13:29
凍えるような冬の日、世間は一層レースやイベントで賑わう寒空で自分の相棒を待っていた
「…遅いな…十分は遅れてるぞ…」
いつも自分勝手なことを差し引いても彼女は予定に遅れていると彼は感じた、少し心配に感じてスマホを取り出そうとしたその時逆に電話が掛かってきた
「もしもし?こんなに遅れてどうしたんだ?」
『あぁ、トレーナー…少し準備に手間取っちまってな』
「迎えに行こうか?」
『いや、いい…それより賭けをしようぜ、私がどうして遅れたか当ててみてくれよ』
不思議に思って何気なく「プレゼントでも用意してくれてたのか?」とからかうように言えば向こうから
『へぇ…やっぱり欲しかったのか?』
とからかうように帰ってくる、売り言葉に買い言葉、いつものやり取りだった - 242322/12/18(日) 09:25:04
『っと、そろそろ着くから切るぞ』
その声とともに通話は終わった、結局賭けの結果はお預けかと肩をすくめた時、後ろから冷たい何かが伸びてきた
「うわっ冷たッ!」
「よう、遅れて悪かったな」
振り返るとそこには相棒が…『ナカヤマフェスタ』が立っていた、いつもの相棒…しかしその装いはいつもと少し違う、赤と白を基調としたこの時期よく見るデザインだ
「…あー、その…なんか言えよ」
「…よく似合ってるな」
「…」
照れ隠しか不機嫌なのか彼女は急ぎ足で予定の店まで駆けて行こうとしてふとまた振り返った
「あ、渡すの忘れてたな…メリークリスマス、あんたの勝ちだぜ」
その手には小さな小包が握られていた
「…ふふっ…ありがとなフェスタ」
「ッ!…この話は終わりだ終わり!私らしくないことした!」
彼女は慌てて話題を切り替える
「…次のレース、あんたはどう見る?」
「能力としては十分、ただ周りも相応に仕上げてくる筈だから苦戦は免れないだろう」 - 252322/12/18(日) 09:27:31
そう言うと彼女はニッと笑って
「悪くねぇ賭けだ」
そう呟きまた駆け出した、気付くと自分も少し悪い笑い方をしていることに気が付きまた肩をすくめる
「本当に君と会ってから毎日ヒヤヒヤしてばかりだな…楽しい毎日をありがとう、賭け狂いのサンタさん」
その一言は寒空に溶け込んでいった
おしまい - 26二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 09:28:32
怪文書失礼しました
- 27二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 09:42:56
賭け狂いのサンタさんあまりに可愛すぎんか?? サンタルックでデートなんか??かわいすぎんだろ……
二人で悪い顔して笑い合ってるのいいじゃん、でもフェスタがちょっと照れ気味なのすさまじい可愛さ
プレゼント何だったんだろう。ありがとう最高にかわいかった! - 28二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 16:43:10
好き
- 29二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:12:53
『第○○回有馬記念は明日午後3時45分から! 出走ウマ娘は──』
ぷつり。
軽快な音楽とともに始まった有馬記念特番ごと消すように、テレビの電源を切った。トレーナー室のテレビはそこまで大きくはない。その上、ミーティングテーブルのそばに設置されているから、元より執務机からテレビ番組を視聴するには遠すぎた。
「有馬記念か……」
本来ならまさに明日、自分と、担当ウマ娘であるナカヤマフェスタは、中山レース場に立っていたはずだった。今頃は前日準備で大忙し。クリスマスの準備すらすることも出来ず、事務処理やら必須手配やらでてんやわんや。前日になってテンパり始めるトレーナーを呆れた表情で見遣り、肩を竦めるナカヤマ──という状況が、ここにあったはずなのに。
暖房の稼働音が低く唸り、時計が午後3時半を示すトレーナー室は、テレビを消した今、しんとした静寂に満ちている。
凱旋門賞にてトレセン学園史上最高の結果を掴み取り、帰国後迎えたジャパンカップ。状況次第で有馬記念へと向かうつもりだったものの。
(綱渡りにも程があった、か……)
死力を尽くした凱旋門賞だったから、当然といえば当然だ。昂揚は時として判断を見誤らせる。ジャパンカップでは人気に応えることができず惨敗し──いま、こうして、クリスマスイブを迎えている。
明日は暮れの大一番、有馬記念。
その出走メンバーに、ナカヤマフェスタの名前はない。 - 30二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:13:31
「帰るかな……」
調整に失敗した。
それはもう終わった事ではあった。いつまで引きずってるつもりだとナカヤマにも睨まれた。
これまで同様に前だけを見て走るつもりではあったものの、暖房の稼働すら間に合っていない冬の気温は、想像以上に気を塞がせるらしい。気が紛れるようにとつけていたテレビを消してしまったのだから、最早、片付けるつもりだった仕事が進むとは思えない。
書類をしまい、明日のスケジュールを確認する。勢い良くペンで記入した『有馬記念反省会』という走り書きには斜線を引いている。
ナカヤマには正月明けまで休みを取るよう言ってある。いま顔を合わせても『辛気臭ェよ』などと鼻白むのが想像できた。
いつまでも落ち込んではいられない。それはわかっているものの──ハンガーに掛けてあったコートに袖を通し、帰り支度を始めたその時だった。
鞄とともに執務机に置いてあったスマートフォンが振動する。こんな中途半端な時間に誰だろうか。コートの前を止めないままスマートフォンに駆け寄り、ディスプレイに上がっていた着信名に、ほんの少しだけ、息を呑んだ。
──着信中 ナカヤマフェスタ - 31二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:14:03
***
「悪いなトレーナー、呼びつけちまってよ」
「いや、それは全然構わないんだけど……」
何事?
それが数日ぶりに会ったナカヤマフェスタに対する感想だった。
確かに、街はクリスマス一色だ。あちらこちらにもみの木が出現し、赤やら金やら青やらピンクやらの飾りが街中を彩る。定番のクリスマスソングから流行りの曲のクリスマスアレンジまで陽気なメロディが街を覆い尽くし、クリスマスイブを全力で演出している。
それ故に──目の前の担当ウマ娘が、制服でもなく勝負服でもなく飾り気のない私服でもない、赤を基調とした衣装に身を包んでいることは、おそらく何らおかしくはないだろう。
「いや、何事??」
「おいおいご挨拶じゃねぇか……似合うだろ、存外に」
いつものニット帽は白いポンポンをつりさげる赤いサンタ帽に。いつも適当に流してある鹿毛の髪は丁寧に整えられ編み込まれ、何房かは鎖骨の上に落ちていた。デコルテラインは彼女のトレードマークの一部ともいえる三角形のゴールドネックレスが淡く光を帯びている。
着目すべきはこの気温にも関わらずオフショルダーのワンピースを着ていることだろう。胸元は白いファーで覆われているものの目のやりどころに困らないかと言われれば、正直困る。ウエストが編み上げられ腰元の華奢さがいかんなく発揮され、思わず天を仰いだ。
つまるところ、ナカヤマフェスタは、サンタクロース風のオフショルダーワンピースに袖を通し、制服時よりも短いスカートに、すらりと伸びた脚を晒し──流行りのケーキショップの前に立っていた。 - 32二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:14:28
「っと、トレーナー、避けてくれ。……らっしゃーせー、予約のケーキですね? 予約票はお持ちですか?」
「はい、可愛いウマ娘さん、予約票。仕事終わったらお茶でもどう?」
「どーも。だが残念、この後予定詰まってんだよなァ……ブッシュドノエル一丁お待たせしました。善いクリスマスを」
「フラレちゃったな。ウマ娘さんも善いクリスマスを」
口調は何やらとっ散らかっているもののナカヤマフェスタが、クリスマスケーキの販売をしている。
確かに正月明けまでトレーニングは休みにしてあるし、休みの間に何をするだとかの話はしていなかった。申請さえあればバイトは許可されているし、実際、レース予定のない子の中には、この書き入れ時を利用し、小遣い稼ぎをしていると聞いたことがある、ものの。
接客の邪魔にならないように脇に控え、いまだ混乱しっぱなしの頭を冷やすことに専念する。口説き文句はさらりと躱し、子どもが来れば膝をついて目線を合わせる。杖つく老人にはケーキを持ちやすいよう工夫して、笑いかけられれば笑い返し、感謝の言葉も忘れない。
普段、レースや遊戯に向かうナカヤマからは想像できない姿だったものの──よく考えれば、しっくりと来なくもない。
ナカヤマは、やらなければならないこと、やると決めたことに対しては、妥協しないウマ娘だ。興に乗るまでの波は激しいものの、波に乗りさえすれば、仕事人の域に達する。
どのくらい彼女の接客を見ていたのだろう。くい、と、首元のストールが引かれ我に返ると、サンタクロースワンピースの『可愛いウマ娘さん』が、いつもより近い距離感で、眼前に立っていた。
「!」
「休憩だ。ほら、付き合えよ、トレーナー」
小さなケーキボックスを片手に、ナカヤマフェスタは、いつものように口端に笑みを浮かべる。 - 33二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:14:58
***
「っハァ〜……愛想笑いの連続はキッちぃな、おい」
「ナカヤマ、足、気をつけて」
「っと、いけねぇ」
ケーキショップから少し離れた小さな円形広場。設置されているベンチに腰掛けるなり両脚を投げ出そうとするナカヤマに声かけひとつ。その意図に気づいたナカヤマは外見の愛らしさからは想像のできない蓮っ葉な調子でするりと高く脚を組んだ。
「違う、そうじゃない」
「あァ?」
「制服の時より短いスカートなんだから、注意して」
「ったく、面倒くせぇな……これでいいか? これで。ショーパン穿いてんだから構わねぇだろ」
「構うから……」
心底面倒臭そうに両脚を揃え肩を竦めるナカヤマにため息を投げかけて、自分もまた隣に腰掛ける。休憩だ、と言われて腕を引かれるままついてきたはいいものの、よく考えるとわざわざ電話をかけられて呼ばれた理由を聞いていなかった。
どうしてケーキを売ってるのか。バイト? 変な輩に目をつけられてない? そもそもどうして呼んだの? 聞きたいことと問い質したいことが頭の中でぐるぐる回る。
そうこうしているうちにナカヤマはケーキボックスを開け、内包されていたフォークと紙皿を組み立てていた。ふわりとシナモンが香り、ふたたび我に返ったところで、
「ほら、トレーナー、口開けろ」
「……え?!」 - 34二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:15:21
掲げられていたフォークをそっと口元に運ばれれば、ほんのりと熱を持ったかたまりが、シナモンと林檎の酸味を引き連れてやってくる。
「むぐ」
「美味いだろ。出来立てだからな」
「……、美味しい、けど、……何事?!」
「店特製のホットアップルパイ。どうせ気ィ滅入らせてただろうアンタに、クリスマスプレゼントだ」
「クリスマスプレゼント……?」
想定していなかった言葉が飛び出してきて、みたび虚を突かれる。なるほど、今日はクリスマスイブ。明日はクリスマス。クリスマスといえば有馬記念……は年によるが、クリスマスといえばクリスマスプレゼント。
確かに彼女の言うように気を滅入らせていたし、クリスマスパーティーだとか、ケーキだとか、プレゼントだとかは一切思い至っていなかった。
「ん。美味ぇな。ただ甘いだけじゃない、悪くない味だ」
「ナカヤマ?!」
「んだよ、さっきから騒々しいな」
「いや、フォークを共用するのはどうかと思うんだけど」
「間接ナントカってか? はは、思春期かよ」
自分のためのクリスマスプレゼントじゃないのだろうか、というツッコミは脇に置いておく。 - 35二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:15:44
まだ芯に熱さの残るアップルパイを分け合い一息ついた後。着込んでいたコートを脱いでナカヤマの肩にかけると、彼女はすみれ色の瞳を笑わせた。
「すまねぇな」
「いや、失念してた。……そんな格好でバイトとか、大丈夫? ナカヤマ、寒がりなのに」
「腰にも腹にもカイロ仕込んでるからな。……見るかい?」
「見ません」
数日ぶりに会うからか、やたらと会話の主導権を握られがちだ。思えば駆けつけてからずっと翻弄されっぱなしで、鈴をつけようにもつけられない状況が続いている。
それでも何とか態勢を立て直そうと頭を振って、ご機嫌とばかりにスマートフォンを弄るナカヤマに疑問のひとつをぶつけてみる。
「今日バイト入れてたんだ?」
「まぁな。……正確に言えばどっかの誰かさんの代打だよ。アイツ、明日有馬に出るクセに、知り合いの店だからって安請け合いしたらしくてな」
「賭けにでも負けた?」
「いや──……暮れの喧騒に身を任せてみるのも悪かねぇかなって、思ったんだよなぁ」
弄っていたスマートフォンをスカートのポケットに仕舞い込み、ナカヤマは長く細く、息をついたようだった。右肩、左肩と肩を回すその姿は、愛らしいサンタクロースとは程遠い。
常の彼女なら、おそらく愛想を全振りしなければならないような時間潰しを選ぶことはないだろう。いつものように、路地裏に滑り込み、丁丁発止の大遊戯。
けれど彼女はそれを選ばず、華やかな賑やかさに身を委ねる。 - 36二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:16:09
「ナカヤマ、もしかして」
平然としていたのも
仕方ねぇだろうと唇を歪めていたのも。
もしかすると、すべて、──表面上のものだったのだろうか。担当トレーナーを乱雑に気遣いつつも、その実は。
「おっと。話はここまでだ。そろそろ戻らねぇとな」
「あ、うん」
「私の用事は以上だが──トレーナー」
立ち上がりついでに背筋を伸ばし、ナカヤマは振り返る。白いファーがあしらわれたスカートの裾が翻り、いつもより高いヒールの踵が地面を鳴らす。
「この後予定は?」
「特にはないよ」
「なら、バイト終わった後もこのコート、借りてても構わないな?」
「……? それは構わないけど、バイト終わった後? さっき予定は埋まってるって」
すわコート強奪か? とばかりだが、ニュアンスが違う気がして首を傾げると──
「私の予定はアンタが埋めるんだろ、これまでも、これからも。それじゃ、また後で」 - 37二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:16:32
- 38二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:19:42
最高でした…ありがとうございます…
- 39二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:47:27
- 40二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 20:17:31
- 41二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 21:49:54
よき...
- 42二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 23:06:01
- 43二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 23:57:20
神絵師きてるじゃないですか……
おそろニット帽概念素晴らしかったですね
可愛い - 44二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 07:16:32
店員としてのセリフがソプラノの方の声で再生される
- 45二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 17:18:22
最高のクリスマスプレゼントだよこれ
- 46二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 17:19:22
- 4729ヤマフェスタ22/12/19(月) 17:23:48
- 48二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 17:38:23
- 49二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 18:13:04
- 50二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 23:48:47
- 5129ヤマ22/12/20(火) 00:16:44
案の定終わらなかったので保守しに来たらウワーッ最高of最高なナカヤマのイラストが……!
可愛い……下手だなんてとんでもない、トレシャツ(彼シャツのニュアンス)ならぬトレコートヤマあまりに好ですね……!?
ありがとうございます!
気合い入れて続き書きますがほんとあそこで終わらせておけば良かったのに的な蛇足になる可能性がわりとあるのでご容赦ください……! - 52二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 07:24:47
保守です
- 53二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 16:52:04
保守!
- 54二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 22:27:10
続きが楽しみですわ
- 5529ヤマ22/12/21(水) 00:46:29
「それでさ、考えたんだよ。来年はAJCCから始動するのはどうかって。中山レース場2,200メートルは、ナカヤマ嫌いじゃないよね?」
「……」
「ナカヤマ?」
「……あー、気にするな、続けてくれ」
「急すぎるからトレーニング始めを前倒しする必要はあるけど、ここを逃すと次は2月の京都記念、でも京都レース場はあまり経験がないし、3月の金鯱賞は中京で、ここも悩みどころだよね。……ナカヤマ? どうかした?」
「いや? 府中でダイヤモンドステークスだとか言い出したらどうしたもんかと思ってたとこだ」
「3,000メートル越えは菊花賞ぶりだね。久々のE区分で勝負かけてみたいなら、選択肢に入れてみるけど……同じ長距離でも京都とは違うしね」
違う、そうじゃねぇだろ。
……と、言ってみたくなるのを堪え、傍らに置かれたグラスを勢いよく呷る。甘すぎず雑味のないキャロットジュースは、単価のお高い肉バルで提供されるドリンクだけあって、そこらのコンビニや学園の購買に置いてあるものと一線を画していた。
しかし。素直にそれを味わうには、状況がよろしくない。
街中にあふれるクリスマスソングよりもアッパーが効いているゴキゲンなBGMに負けじとばかりの勢いで、トレーナーは今後の展望を語っている。
あの小広場でコートを奪い別れた後は、ケーキショップと道路を挟んで向かい側のカフェにて、鞄の中から取り出したタブレットを弄っている様子だったものの──なるほど、このトレーナー、ごくごく素直に『私のこれからの予定埋め』について考えをまとめていたらしい。おっと、国内専念の他に海外転戦案も出して来やがった。
……間違っちゃいない。あぁ、間違っちゃいないんだがな?
- 5629ヤマ22/12/21(水) 00:47:21
さておき。シナモンスティックの浸かるマグカップホットワイン一杯で出来上がり気味のトレーナーを横目に、サワークリームを掬いあげたローストビーフを口に運ぶ。
カウンター席なのをいいことに、可愛らしく足を揃えるのをやめて、いつものように高く脚を組む。こういうのは見えなけりゃ文句は言われない。もっとも──
「個人的にはもう一度、凱旋門賞を走ってみるのがナカヤマにとってヒリつくんじゃないくなと思ってる。二度目ともなれば期待度はさらに高まるし、注目も集まれば、いまのナカヤマなら退路を断つことにつながるよね」
「……よぉく私のことをご存知で? まぁ、……国内も生きの良い奴らか雨後の筍の如く生えて来てやがるからな。どっこい私を衰えたと論じるメディアに対して1発ぶち上げてやるのも、後が無く面白そうではあるが」
「今年の有馬記念はあの3冠ウマ娘も挑戦してきてるんだよね、……あぁ、国内であちこち挑戦状を叩きつけるのも楽しそう。エルコンドルパサーの時のような騒ぎにすることは難しいだろうけど……」
変わらずトレーナーは饒舌だ。こんなにお喋りだったか? まるで今日呼びつけた時の心細い風情が嘘か何かのよう。バイトが終わり向かいのカフェに迎えに行った時点からこんなテンションで、そのままこの肉バルまでエスコートされた。
だから、トレーナーはおそらく気づいていないのだろう。
迸るトレーナーの言葉に相槌を打ちつつも脚を組み替えれば、赤いスカートの裾にあしらわれたファーが太腿をくすぐる。小ぢんまりとした店内はしっかりと暖房も効いているし、腹腰ついでに足裏のカイロも問題なく稼動中。接客衣装の一環として用意されていた赤いストラップパンプスやサンタ帽はさすがに寒さが滲みていつものブーツとニット帽に替えてはいるものの──あぁ、自分でも何をトチ狂ってんだかと思うよ──私は未だ、件のサンタクロース風オフショルダーワンピースを着たままだ。夕刻の宣言通りトレーナーから強奪したベージュのコートに袖を通し、カップルでごった返す肉バルで、クリスマスイブとは思えない色気のない話を打ち上げる。
ま、このトレーナーがつける薬もない『担当ウマ娘バカ』なのは、なにも今に始まったことではない。
今に始まったことじゃなかったんだが── - 5729ヤマ22/12/21(水) 00:48:43
***
ベッドサイドランプだけが灯る暗がりの室内で、ぴぴ、と、頼りない電子音が報せを告げる。
「──38度5分」
体温計に表示された数値を反芻するように口にして、ため息ひとつ。脇下で体温を計ることができるようにとずらしていた上掛けを肩まで引き上げてやりつつ、サイドボードから取り出していた救急箱に体温計を戻した。
ベッドサイドに置かれた目覚まし時計が示すのは、夜の9時30分。肉バルを出た直後、ぷつんと電源が切れたかのように崩れ落ちたトレーナーを連れ、トレーナー寮まで帰ってきてから、15分ほどといったところか。
いつかの正月、にんじんハンバーグを賭けた勝負にて勝利し、カップ麺を強奪した際に初めて押し入ったトレーナーの部屋は、私にとってはすでに勝手知ったるもの。救急箱と共に取り出した冷却シートはベッドに横たわるトレーナーの額に貼り付けられ、総合感冒薬の小箱と一緒に水差しとコップも用意する。
ジャケットを脱がせたついでに袖を通したままだったベージュのコートもハンガーラックに並べ、ようやく人心地。その辺りにあった椅子をベッド脇まで引っ掛けて腰を落ち着けると、さすがに疲労が滲み出る。
バ鹿は風邪を引かないとは言うものの、担当バ鹿は自らの体調を省みることなく邁進する。かすかな寝息を立てるトレーナーにいつから風邪の症状が出ていたのかはわからないが、おそらくは肉バルで今後の予定について喋り倒していた時点で発熱していたのだろう。出来上がっていたのはワインのせいではなく、発熱によるアドレナリンの過剰分泌だった可能性もある。
そもそももとを正せば、コートを強奪したことも要因の一つとして考えられるものの── - 5829ヤマ22/12/21(水) 00:49:07
「すまねぇな、トレーナー」
美浦寮長のヒシアマに帰寮が遅れる旨をメールし、スマートフォンを、サンタクロースワンピースの小さなポケットに仕舞う。
そもそもバイト終了後もこの衣装を着ていたのは、自らと賭けをしていたからだった。
「でも、アンタも悪いと思わないか? ……こんな衣装、ウイニングライブでも着たことがないんだぜ?」
正直なところ、柄ではなかった。スカートは短ければ短いほど足捌きを気遣わなければならないし、可愛らしさに全振りされたオフショルダーは正直なところまったく趣味じゃない。訪れたバイト先で渡された際、マ子にも衣装だろうとげんなりしたものの、着てみると、思ったより印象は違っていた。
──アンタに見せてもいいと思うくらいには。
だから。
「似合う似合わないの1つや2つ、言ってくれても良かったんじゃないか?」 - 5929ヤマ22/12/21(水) 00:49:34
しかしついぞトレーナーの口から感想が伝えられることはなく、今に至り、──賭けには負けた。敗者に送られるのはどうしようもない虚しさだけだ。もはやこの状態でトレーナーの口から、クリスマスワンピースの可否を引き出すことはできないだろうし、……引き出すつもりもない。
その時だった。
「……ナカヤマ」
喉にまで熱が回っているのだろう。掠れた声が私を呼んだ。しかし、起き上がるまではいかないのだろう。両腕はかろうじて上掛けを退けて、こちらに向かって伸ばされる。
「おい、無理すんな。寝てろ、この風邪引きが。調子悪いんなら言えば良かっただろうが」
今更言っても詮無きことを口にしてしまい、舌打ちしたのは無意識だ。そもそも言えているなら、今頃こうなってはいないのだから。
けれど、トレーナーは、伸ばした腕の先、私を手招きする。ため息ひとつ。仕方なく椅子から腰を浮かせ、トレーナーの枕元に身体を寄せた──その刹那。 - 6029ヤマ22/12/21(水) 00:50:04
「……っ……!?」
トレーナーの熱を持つ掌が、開けた冷たい背中に触れる。予想だにしなかった状況に虚をつかれ二の足を踏めない間に、トレーナーの両腕が私の背に回り──
気づけば、まるで折り重なるように、ベッドに横たわるトレーナーの体の上、抱きすくめられていた。 - 6129ヤマ22/12/21(水) 00:52:43
──ここまで──
前置き長い芸人ですみません。
まだもう少し続きます。あらかじめ宣言しておくと当然うまぴょるような展開にはなりません……
明日には終わらせます。
もう少しだけ保守させてください。 - 62二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 01:42:06
読ませる文章だ…
めちゃくちゃ引き込まれますよ
続きが楽しみ - 63二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 06:08:27
やばい、素晴らしいSSだ…続きが楽しみです
- 64二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 16:13:33
おお、また新しいSSが
素敵だ… - 65二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 22:42:44
更なる続きを待ちます
- 66二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 01:10:49
ほしゅ
- 6729ヤマ22/12/22(木) 02:20:50
***
どくどくと、ばくばくと、心臓が激しく騒ぎ立てていた。高鳴るだけではなく、心音はどんどん速度を増していく。無呼吸で踏み出し、爆発的な直線一気を仕掛けるように。体の中で血が滾る。肺が燃えるかのように熱い。
けれど今、私が立つのは、ターフの上じゃない。夜も更けた、……担当トレーナーの自室。二人以外誰もいない、夜の滲む静かな空間。
中途半端な体勢で上半身だけ捕らえられているから、普通ならば抜け出すのも容易なはずだった。一般的にスピードだろうがスタミナだろうがパワーだろうが、ウマ娘はヒトより勝っている。瞬発力だって俊敏性だって劣ることはない。
相手は身体を起こすことも叶わないくらい一時的に弱った病人だ。背中に回った腕にも特別力がこめられているわけでもなかった。
脊髄反射的に動けば力をコントロール出来ずトレーナーを傷つけてしまうかもしれない? 脳裏を過ぎった思考ももはやただの後付けのようにも思えてくる。
「テメーいつから、……起きてやがった」
慎重に言葉を選んで、声音だけは平静を取り繕う。普段はさして気にはしないが、胸の薄さがこの時ばかりは命取りだ。ゴルシの野郎ほどデカければ、阿呆のように響く鼓動が体の下のトレーナーに伝わりゃしないかと案じることもなかったのかもしれない。
我に返れ。冷静になれ。相手のペースに飲み込まれんじゃねぇよ。負け惜しみかなにかのようにも聞こえる先刻の私の問いかけにトレーナーは答えない。
寝惚けているだけか? それならば、腕や手の逃げ場を探して、ゆっくりと起き上がればいい。そうすれば、こいつに危害を加えることなく離れられる。息を入れられる。取るべき選択もそこから考え直せばいい。
しかし。
- 6829ヤマ22/12/22(木) 02:21:57
「少しの間じっとしてて」
「っ、おい、アンタ何を」
するつもりだ?! 続く言葉を飲み込まざるを得なかったのは、トレーナーの両掌が再び背中に触れたからだった。肩甲骨を撫でるように掌が這い上がって後ろ髪を掻き分ける。ぞくりとした感覚はレース前の武者震いに似ていたかもしれない。
やがて、トレーナーの手は私の後ろ首あたりでぴたりと止まった。指先がのろのろと項下をくすぐっていたと思えば──後れ毛を緩く引っ張りつつも、その両手が首元から離れていく。
「……ッ、何なんだよ、一体!」
「これつけてるの、あまりよくないと思うんだ」
かくしてトレーナーの両腕から解放され、若干ふらつきつつも身体を起こす。必要以上の動揺を悟られないよう最低限の距離を取った私の目の前で、ベッドサイドランプの光を弾き、ひそやかに揺れる三角形は──
今日ずっと胸元に下げていた、ゴールドのネックレス。
しかし発言の意図はわからないまま、差し出されるネックレスを受け取れば、トレーナーは若干言い難そうに言葉を濁し始める。
「これつけてるとさ、……視線が」
「視線?」
「誘導されるから、そのあたりに」
「……は?」
トレーナーの言葉が要領を得ないのは熱のせいかどうなのか。曖昧な表現を使われて、私の頭はますます混乱の一途をたどるばっかりだ。
そのあたり? なんのことだ? 指示語でわかるか。はっきり言いやがれ。そう詰めようとして、突如、しっくり腑に落ちた。
「私はゴルシじゃねぇんだぞ?」
そのあたり。つまり胸元。なるほどこのトレーナー、ネックレスによる視線誘導で私のデコルテラインが強調されすぎやしないかと……そういう心配をしたらしい。
呆気にとられるとはこのことだ。強調されたところで薄っぺらいのは変わりゃしないのにな?
もっともそう言ったところで、心配を取り下げないし、それ以上でもそれ以下でもないのが、担当バ鹿の担当バ鹿たる所以でもあるんだが。 - 6929ヤマ22/12/22(木) 02:22:28
「よく似合ってるよ、サンタクロース」
最大の懸念を取り除き安堵したのかどうなのか、そう言い残し、トレーナーは重たげな瞼をゆっくりと閉じた。1分もしないうちに意識的な呼吸が寝息へと変わるのを確認し、──私は無意識に詰めていた息を吐き出した。
似合う似合わないの1つや2つ。
そんなのは聞かせるつもりもなかったただのボヤきだ。ボヤきで、愚痴で、……常の私なら考えもしない、考えるわけもない、頭の可笑しな望みごと。年末の華やぎに当てられて、自分自身に仕掛けた勝負に負けて、くだを巻く負け犬の遠吠えだ。終わった勝負に縋った所で得られるものなんて、何もなかった筈なのに。
そもそも、この気まぐれで自己完結な勝負の勝者に与えられるのは、ほんの少しの満足感、たったそれだけの筈だった。
(なのに、困ったもんだよ、本当に)
抱きすくめられた時のように、心臓は跳ねてしまった。ほんのわずかな満足感とはかけ離れたその感情の名前を、私はとうに知っている。
(なぁ、トレーナー)
視界の端で見えた時計は10時前。そろそろ帰寮しなければならない頃合いだ。同じ轍は踏むまいと心の中で声をかけ、身を乗り出すようにベッドに手をついた。
少しばかり無理をしたのだろう。眠れるトレーナーが目覚める気配がないのをいいことに──私はふたたび、その枕元に顔を寄せる。
「……埋められたいのは予定だけじゃないんだぜ?」
それはたとえば情。たとえば心。たとえば──
この担当バ鹿が気づくのは、一体いつになるのやら。
おしまい - 70二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 02:23:53
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- 7129ヤマ22/12/22(木) 02:36:43
可愛いナカヤマもかっこいいナカヤマも書きたくて右往左往していたらとっちらかってしまいました。以上で終わりとなります。
保守そして有り難いお言葉たくさんありがとうございました!
ご満足いただけるような内容に少しでも近づけていたら幸いです。
ドキドキってもっとファンタジアだよナカヤマ!
ところで、ここに来ればSSRナカヤマフェスタ[ごうつくばりのマルクト]が拝見できると聞いたんですが……聖なる1歩半らしきものが拝見できると聞いたんですが……!!! - 72二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 06:11:56
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