- 1122/12/20(火) 00:01:15
目の前を風が通り過ぎる。
反射的に止めたストップウォッチの数字を見つめる。
「……どうでしょうか、トレーナーさん」
「……あまり、良くはない」
肩で息をする彼女は、何か察しているような声色でこちらを尋ねた。
その問いかけに俺は、正直な言葉を返す。
実際問題、表示されているタイムは、重賞に挑むウマ娘としては厳しいものであった。
三階級制覇を成し遂げたG1ウマ娘――――ヤマニンゼファー。
今の彼女は、その肩書に相応しいパフォーマンスを発揮できているとは言えなかった。
前回、ゼファーが参加した重賞レース。
断トツの一番人気の推された彼女の順位は、トップから3バ身差の4着。
無論、相手の実力の高さはあった。
しかし、出遅れもせず、掛かりもせず、得意の位置から仕掛けた結果、まるで届かなかった。
大金星に歓喜の声が上がる前に、驚愕の沈黙があったことを良く覚えている。
「そうですか、でしたら、今一度風に……!」
「ダメだよゼファー。これ以上の無理は、トレーナーとして認められない」
俺の手元にあるタブレットには、今日の計測した複数回のタイムが全て残されている。
そしてその数字は下に行くに連れて明らかな悪化の傾向が見られていた。
「ですが、これではとても疾風になど!」
「ゼファー」
「……っ! 失礼しました、乾風に吹かれているようです……やませを、浴びてきます」
一瞬、珍しく声を荒げたゼファーだったが、感情を収めてストレッチを開始する。
敗戦からの先行きの見えない不調、表に出さないだけで、焦る気持ちは俺も一緒だった。 - 2122/12/20(火) 00:01:39
全盛期は、いずれ終わる。
それはウマ娘に限らず、森羅万象すべての事柄において共通する要素だ。
ゼファーのパートナーとしては認めたくない。
しかしゼファーのトレーナーとしては認めざるをえない。
複雑な心境と共に、考えたくもない二文字の未来がチラついてくる。
引退。
全てのウマ娘が、どのような過程であれ、必ず行きつく未来。
無論、ゼファーがこのまま終わるようなウマ娘ではないと思っている。
しかし、彼女は他のウマ娘以上に自身の感情を、魂を走りに繋げるタイプだ。
もしも彼女が、意地で現在の能力以上を走りを続けたとしたら、その先にある未来は暗い。
この間、たまたまに目に入った週刊誌の見出しを思い出した。
その週刊誌は内情をロクに調べもせずに勝手なこと書く、あまり評判の良くない週刊誌。
けれど、自分たちのことを示したその見出しは、俺の脳裏に何故か強く残っていた。
――――『ヤマニンゼファー、風陰る』。 - 3122/12/20(火) 00:01:58
「トレーナーさん、今日は少し、一人で風待ちをしたいと思います」
「……そっか、わかった。休息も十分とるようにね」
「はい。失礼します」
そう言って、ゼファーはトレーナー室を後にした。
恐らくは彼女も、俺と同じことを、自覚している。
今はしばらくは、一人で考える時間を持つべきなのだろう。
彼女がどのような未来を望むとしても、俺は全力で彼女をサポートするつもりだ。
だが、同時に考えなくてはいけない。それが本当に彼女にとって幸せな未来であるのか、と。
パートナーとして、トレーナーとして、考え続けなければならない。
小一時間、思案に耽っていると、トレーナー室のドアが叩かれた。
珍しい時間の来客である。
「どうぞ。開いてますよ」
「失礼するよ、久しぶり」
「ああ、誰かと思えば“お兄さま”じゃないですか、お無沙汰してます」
「……前にも言ったかもしれないけど、その呼び方はライス専用なんだ」
他の人がそう呼んでるとあの子拗ねるんだよ、と扉を開けた男性は眉をひそめる。
モデルのような身長や顔立ちと、スーツ姿でありながら物腰柔らかな雰囲気。
年上とはいえそこまで俺と年齢は変わらないはずなのだが、どこか頼りがいを感じさせた。
彼は漆黒のステイヤーの異名を持つウマ娘、ライスシャワーの担当トレーナーである。 - 4122/12/20(火) 00:02:15
彼――――“先輩”は俺や同期がかなりお世話になっている人だ。
トレーナー資格をとってすぐの頃、すでに中堅トレーナーであった先輩に俺達は面倒を見てもらっていた。
正直、他の同期が何人か間もなく辞めてしまったのを見るに、俺達は運が良かった。
先輩がいなければ俺もゼファーと出会う前にトレセン学園を去っていた可能性すらあるだろう。
とまあ感謝してもし足りないくらいなのだが、どこか取っ付きやすいせいか、つい軽口を叩いてしまう。
「あはは、失礼しました。それで先輩、今日はどのようなご用件ですか?」
「大した話じゃない、ちょっとたづなさんから提出が必要な書類を預かっててね」
「ああ、それはありがとうございます」
そう言って俺は先輩から書類を受ける。俺はそれを軽く眺めた。
正直、わざわざ先輩を経由して届ける書類にも思えなかったが、たづなさんも多忙だ、色々あるのだろう。
来てもらったのだからお茶でも出した方が良いだろうか?
そう思った矢先、先輩は大きくため息をつきながら、トレーナー室のソファーに腰掛けた。
……なんか珍しいな、あんまり人前でため息とか見せるタイプではなかった気がするけど。
「お疲れですね、お茶でいいですか?」
「いや、お構いなく。ただ、悪いけど、ちょっと愚痴聞いてもらっていいかな?」
「……本当にお疲れですね。いやまあ大変だったとは聞いてますけど」
数か月前、世間を騒がせたニュース。
それこそ一般的には残念なお知らせ、程度ではあったものの、裏で結構な大立ち回りがあったと噂になっていた。
――――ライスシャワー、宝塚記念出走回避を表明。 - 5122/12/20(火) 00:02:37
「宝塚記念自体はとっくに終わってるのに、今日ようやく関係各所への埋め合わせが終わったんだ」
「正直、アリなんだあって思っちゃいましたよ、最初。怪我とかではなかったんですよね?」
「ああ、だからこそ大騒ぎになったんだけど」
トレセン学園にしてもURAにしてもあくまでウマ娘の安全が優先。
怪我や不調などによるレースの直前回避は良くある話であり、むしろ適切な判断を評価されるべきだ。
しかし、今回のライスシャワーの場合、具体的な理由を公式に一切表明していない。
悪く言うなら、出走登録して選ばれて直前で出たくないからドタキャンしました、と言ってるようなもの。
ペナルティがあってもおかしくなかったが、先輩の尽力とライスシャワーの実績やファンの声でお咎め無しとなった。
そう、ファンの声、これが大きかった。
「でも仕方ないですよね……アレ、ライスシャワーは悪くないですし」
「ああ、ライスは何も悪くないよ、ホントに」
実をいうと理由を表明していないが、誰から見ても明白な理由があったのだ。
そのためファンからはその選択を批判する声は殆どなかったし、むしろ擁護の声が大きかった。
俺と先輩はお互いに、口を揃えていった。
あれは、ミホノブルボンが悪い、と。 - 6122/12/20(火) 00:02:56
ミホノブルボン――――ダービー以来の重賞制覇。
今年の頭、怪我から復帰した彼女はデビュー当初を思い出させる連勝を重ねた。
そして晩春の重賞を勝利した時の会見で、彼女はぶちまけたのである。
有馬記念で菊花賞の借りを返す、と。
「いやーあれはダメだ、ライスが燃えないわけない、というか誰だっても燃えるよ」
「ですね、俺も正直見ててテンション上がりましたもん」
「元々ライスは特定の相手をマークするのが得意なんだけど、完全にブルボンに意識とられちゃって」
「ぶっちゃけ宝塚記念どころではなくなった、と」
ライスシャワー個人とはそこまで接点はないが、彼女にとってブルボンが特別な相手であるのは周知の事実。
ゼファーにとってのトウカイテイオーみたいな相手である、と考えれば想像に難くない。
「……実は宝塚記念前にライスは少し調子崩しててね、渡りに船だったかもしれない」
「そうなんですか?」
「ああ、原因はわからなかったんだけど……でも最近はやる気のせいか調子が上がってきてるんだ」
「謎の不調、ですか」
「とはいえ、各所への埋め合わせに加えて、宝塚記念向けのプランは全部オジャンで立て直し、地味にブルボンが有利な舞台に誘導された気がするし、有馬記念はブルボン以外も強豪揃いで予想外の挑戦者まで出てきたものだから、正直大変なんだよ……ライスには言えないけど」
「……先輩、笑みが隠せてないですよ」
俺からの指摘に、先輩は手で口元を隠した。
楽しくて仕方がない、というのが本音なのだろう。
しかし俺は別の話が気になっていた。
謎の不調、という点だ。 - 7122/12/20(火) 00:03:15
ウマ娘には、未だに謎に包まれている部分が多い。
今まで元気だったウマ娘がある時期になると突然体調を崩したりするケースも実際存在する。
検査しても原因がわからず、その時期を過ぎると嘘みたいに体調が戻るのだ。
もしかしたら、ゼファーも同じなのではないだろうか?
そういう時期なだけで、しばらく様子見をすれば、また調子を戻すのではないだろうか?
「――――ヤマニンゼファーは、ライスシャワーじゃないぞ」
突き刺すような一言に、思わず先輩の顔を見る。
先輩は少し厳しく、そしてどこか諭すような目をしていた。
「お前の考えてることはわかる、その可能性もゼロではないけど、決めつけるのはダメだ」
「…………すいませんでした」
「いや、気持ちはわかるよ。俺も、今回の宝塚記念で、同じように悩んでたからさ」
「先輩でも、ですか?」
「ブルボンの件がなかったら、ギリギリまで悩んで、出走させることになっていたと思う」
先輩は、一人、言葉を続ける。
天皇賞春を再度制覇して、ヒールからヒーローになれた彼女に、グランプリを取らせてやりたかった。
確かに少し不調ではあったが、G1を回避するほどではないと考えていた。
今のライスシャワーであれば、少しの不調程度なら勝算は十分にあると判断していた。
「結果的に回避することになったけど、これが正しかったのかはわからない」
「……」
「宝塚記念に出ていれば勝ってたかもしれない、有馬記念では勝てないかもしれない」
「……それを考えていくのがトレーナーの仕事だと思います」
「だけどベストな選択肢なんてわからない、それはわかるだろう?」
「……はい」
「俺たちはその場その場でベターだと思う選択肢を選んでいくしかないんだ、だからさ」 - 8122/12/20(火) 00:03:33
――――あまり、一人で背負おうとしない方が良いぞ。
先輩はそう言って、優しく表情を崩した。
そして直後恥ずかしくなったのか、顔に手を当てて、視線を伏せた。
「……すまん、説教臭くなったな。そういうつもりはなかったんだけど」
「いえ、ありがとうございました。なんかお世話になってた時のことを思い出しましたよ」
「俺もだよ。まあお前だったらこれ以上言わなくても大丈夫だろう」
そう言って先輩は立ち上がり、もう一組の書類を手渡した。
「これさ、お前の同期に渡しといてくれるか?」
「……えぇ」
「ついでに一回外の空気吸ってきた方が良い、正直ひどい顔しているぞ」
「……」
思えばずっとしかめ面で考え事をしていたような気がする。
確かに良い気分転換になるのかもしれない。
俺もたまには一人で風待ち、というのも悪くないのかもしれない。
「わかりました。後、落ち着いたら、久しぶりに飲みに行きませんか? アイツ抜きで」
「……そうだな、年明けくらいに行こうか、アイツ抜きで」
先輩は笑いながらそう言ってトレーナー室を出ていった。
俺も一旦身支度を整えてから、書類を持って“アイツ”を探しに行くことにした。 - 9122/12/20(火) 00:04:04
◇ ◇ ◇
私は一人、ベンチに座りを風を浴びていました。
普段であれば緑風と感じる風も、今日はあなじのように感じられます。
思い浮かぶのは先日の敗戦。
帆風となっていた『ゼファー魂』の横断幕が、あの時は仇の風のように見えました。
そして結果の出ないトレーニングの日々。
しなとの必要がない身体のはずなのに、私の足は風になることが出来ません。
そしてタイムを告げるトレーナーさんの顔を、私は見ることが出来ませんでした。
引退。
その二文字の陰風が、どうしても脳裏に過ります。
いずれはそうなるのは理解していましたが、いざ現実となると臆病風に吹かれてしまいます。
私は、どうしたいのか。
トレーナーさんは、どうして欲しいのか。
その風を読むことが、未だに出来ていないのです。
……ダメですね、思考は風車のようにからからと回り続けているだけ。
今は目をつぶり、風の囁きやオレンジさんやダルマさんの声に耳を傾け――――。
「バックシーーーーンッッッ!!」
あっ、無理ですねこれ。
突然の爆風に私は目を開けると、目の前を花嵐が通り過ぎていきます。
私の存在に気づいた様子の風の主は急ブレーキをかけ、こちらへと振り向きました。
「ゼファーさんではないですかッ! お疲れ様ですッ! 今日も一日バクシンしてましたか!?」
「……はい、お疲れさまですバクシンオーさん」
サクラバクシンオーさんはいつも通りの爽籟な笑顔を私に向けてくれました。 - 10122/12/20(火) 00:04:29
バクシンオーさんは私の隣に腰かけます。
つまりところ、ただ通りすがったわけではない、ということです。
「いやあ今日は良い天気でしたね! 絶好の委員長日和でした!!」
「……そうですね」
正直、委員長日和は良くわからず、今はひよりを感じられる気分ではありません。
だから私は、その言葉に対して柳に風となることにしました。
バクシンオーさんはどこか見透かしたような目で私を見つめ、すぐに話題を切り替えます。
「今日はですね! 私の学級委員長道の先達として! ゼファーさんとお話がしたかったのです!」
「……? 私は委員長ではありませんが」
「学級委員長とは役職ではなく在り方ですからねっ! 貴方には模範的学級委員長に相応しい実績があります!」
「実績? ああ、なるほど」
やっと風が読めました。
バクシンオーさんはスプリンターとして名を馳せているウマ娘です。
しかし、本人は全ての距離のレースを走ることを望んでいる、と風の噂で聞いたことがあります。
そういう話ならば、まずこちらから伝えないといけない言葉がありますね。
「去年のマイルチャンピオンシップから重賞の連勝、おめでとうございます」
「……はいっ! 着実に目標に向けてバクシンしてますっ! もっと褒めてくださいって良いですよ!」
「はい、本当に、本当にすごいです」
前年のマイルGⅠの制覇に続いて、バクシンオーさんは先日ある重賞で勝利を掴みました。
それは芝2200m、GⅡオールカマー。
誰もが夏の凩だと思ったそのレースに出走した彼女は、見事なまでの雄風となります。
そして即座に次の目標を表明、それはライスさんやブルボンさんと並ぶ、大きな風伝となりました。
サクラバクシンオー、有馬記念に出走を表明。予想外の挑戦者の登場でした。 - 11122/12/20(火) 00:04:50
「ゼファーさんも有馬記念に出ませんか!? 思えばゼファーさんとも1勝1敗ですからねっ!」
「私にとっては夏に空風……ふふっ、なんてバクシンオーさんには言えませんね」
「しかし、まさかRRIで再び戦える日が来るとは私も来るとはッ! 私も驚いていますッ!」
「あーるあーるあい……?」
「ちょわ!? まだ知名度が低かったですね! 私とブルボンさんとライスさんのことですっ!」
ライスさんのRはわかりますが、残りのRとIはどこから出てきたのでしょう。
それと多分ライスさんとブルボンさんの方が望外の風を感じていると思います。
――――心の底に吹く乾風。
バクシンオーさんは皆の期待に応えて結果を出し続けている。
今の私には、できていないこと。
「……バクシンオーさんは、皆さんの期待の風を、追風にできていますね」
「――――いえ、殆どのファンの方は、こんなこと期待してなかったと思いますよ」
突然の涼風、思わず私はバクシンオーさんの顔を見直してしまいます。
先ほどまで桜のような笑顔を浮かべていた彼女は、少しだけ憂いを含んだ表情を浮かべていました。
初めて見る、バクシンオーさんの顔でした。
「殆どのファンの方は、私に短距離の王であることを望んでいました」
「……そんなことは」
「ハッハッハッ、私も皆様からのファンレターは見てますから」
「…………」
「今の私の姿を望んでくれていたのは、トレーナーさんや身内、極一部のファンの方だけです」
私だって本当に成し遂げると考えていたかといえば、答えは凪でしょう。
ウマ娘であれば、バクシンオーさんの望む天つ風がとんでもない狂風と理解できます。
少なくとも、数年前までの彼女の中距離以上の適正は、皆無といっても過言ではなかったのです。 - 12122/12/20(火) 00:05:12
「トレーナーさんは私を信じて、3600mを走らせてくれました」
バクシンオーさんは思い出すように話します。
正直バクシンオーさんにそんな戦歴があったとは知りませんでした、どこのレースでしょう。
「マイルチャンピオンシップに出る時も、応援してくれたのは一部のファンの方だけでした」
少しだけ、覚えがあります。
私も天皇賞春への出走を決めた際、それを悪風と感じる方々の声がありました。
自分達が真艫を送るウマ娘が、負ける姿なんてできれば誰も見たくはないのです。
「……本当は、何度も無理なんじゃないかって、思ったんですよ」
内緒ですからね、と彼女は小さな声で告げた。
「それでも信じてくれた人達を“嘘つき”にしないために、私はバクシンしたのです」
バクシンオーさんは皆の期待に応えたわけではありませんでした。
自分の夢を信じてくれた人たちを裏切らないために、彼女は走り続けたのです。
これもまた、一つの凱風。
私に、出来るでしょうか。
「ゼファーさん、私は諦めなかったからこそ、全校生徒の模範となる学級委員長になれました」
「……はい、だから私も」
「ですが、諦めなければ必ずバクシンできる、なんて私は言う気はありません」
「……えっ」
「私にしても――――もしかしたら諦めることが最良の道だったかもしれないんですから」 - 13122/12/20(火) 00:05:33
さっきから、見たことのないバクシンオーさんばかり見てる気がします。
彼女は遠くを眺めて、まるで違う自分の未来を想像するかのように言葉を紡ぎます。
「もしかしたら、長距離では全く勝つことが出来ないかもしれません」
「そんなことは……!」
「短距離の王として進み、私のバクシンを、後進のウマ娘に伝える方が良い未来なのかもしれません」
「……そんなことは、わからないじゃないですか」
「諦める、という選択肢は時にバクシンするより重い選択肢なんです――――ですのでッ!!」
バクシンオーさんは急に声を上げて、立ち上がります。
そこにはいつもと同じ、爆風のような彼女の姿がありました。
「ゼファーさんっ! もしも諦めないなら! 諦めない自分をたくさん褒めてあげてくださいッ!!」
ああ、やっとわかりました。
何故、彼女が私の隣に座ったのか。
何故、柄でもない姿を私に見せてくれていたのか。
「もしも諦めるのだとしても! その選択をした自分を! ……たくさん、褒めてあげてくださいね」
バクシンオーさんは、私にこの言葉を伝えに来てくれたんですね。 - 14122/12/20(火) 00:05:57
「……ありがとうございます、バクシンオーさん」
「いえいえっ! これでも私、学級委員長ですからねっ! ……ちょわっ!?」
鳴り響く着信音、それはバクシンオーさんのスマホからでした。
彼女は煽風に吹かれたかのような様子で電話に出ます、どうやら彼女のトレーナーさんのようです。
しばらく言葉を交わして、電話を切ると、彼女はこちらに向き直ります。
「ゼファーさんっ! トレーナーさんから緊急の呼び出しを受けましたので、これて失礼しますッ!」
「はい、また時つ風が吹いたら」
「それではバック…………ああああああ~~~~!!」
「……どうしましたか?」
「落とし物を拾っていたのでしたぁ!? でも、トレーナーさんからすぐに来いと言われてますしぃ~!」
そう言いながらバクシンオーさんは、緑色のリボンを取り出しました。
……見覚えのある風、これは確か。
「それ、私が持ち主への便風になりましょうか」
「誰のものなのかわかるのですかッ!?」
「はい、多分ですけど」
「おおっ! それではよろしくお願いしますねッ! ではでは失礼します、バックシーーーーンッ!!」
そう言ってバクシンオーさんは去っていきました。
相変わらず、春一番のような方です。
「……本当に、ありがとうございました、バクシンオーさん」
私は一人そう呟くと、リボンの持ち主を探しに行くのでした。 - 15122/12/20(火) 00:06:18
◇ ◇ ◇
書類を片手に、学園内を歩く。
LANEも送ってみたところ、アイツの既読は全然付かない、また忘れたんだろうなあ。
まだトレーニング中かもしれない、そう思ってグラウンドの方へ向かう途中。
「ウェイウェーイッ!! 今テンサゲじゃーん!? サゲポヨじゃーん!?」
「……」
「マジサゲ☆ 鬼サゲ★ ヘローサンパウロッ! って感覚Fuu~~!」
「……」
「ってか無視はなくね? 運命エンカなんだし、一緒バイブス上げてこ~☆」
「……いい歳して恥ずかしくないのか?」
「いきなり素で返すんじゃないよ」
背後からかけられた聞き覚えのある声。
そこには長めの髪を後ろで一つに縛った、ジャージ姿の女性。
彼女こそ、今の目的の相手。
俺の同期であり、共に先輩のお世話になった“アイツ”である。
「ってかそれまだやってるのか? 今の担当の子に伝わってるのか?」
「むりよりのむり~、まああの子はそういう感じだからね。使うのはヘリオスと話す時くらいかなあ」
「ヘリオスは元気そうなのか?」
「そらアゲアゲよッ! 私の太陽だもんね! 近くにはいないけど輝きは感じてるよ!」
「もうお前、万年白夜じゃん」
まあ見ての通りというか。
彼女はダイタクヘリオスの、元トレーナーである。 - 16122/12/20(火) 00:06:43
「ってか何しに来たの? 少し前にトレーニングから引き揚げてなかった?」
「先輩からお前に提出の必要のある書類を渡してくれって頼まれたんだよ」
彼女は俺から書類を受け取り、何枚かめくった後、怪訝な表情を浮かべた。
「……これ、“お兄様”がわざわざアンタに直接届けたの?」
「そうだけど」
「ふぅ~~ん、話には聞いてたけど、アンタ相当気を使われてるんだね」
「……何のことだ?」
「…………それにすら気づかないんじゃ重症だわ。これ、提出期限見た?」
彼女がそう言って書類の末尾を指差すと、そこにあったのは来年の日付だった。
……少なくとも数か月以上先の日付だ。
わざわざ、今日、先輩が直接俺に届ける必要性のある書類では、ない。
「大方、アンタに会う口実作りのために、無理矢理書類を回収したってとこでしょ」
「…………」
「ゼファっちのこと、大分噂になってるからね」
思わず頭を抱えた。ゼファーのことでいっぱいで、まるで周りが見えていない。
今度先輩にあったら奢るくらいのことはしないといけないな……。
「んで、これを私に届けさせたってことは――――ウェーイ!! 罰ゲームFuu~☆」
「えぇ……なんだよいきなり」
「人の気遣い無視した罰ゲームに決まってんじゃんじゃん? まま、そこ座って聞いてきなよ」
「なんでお前から受けないといけないんだ……」
「そら私が話したいからよ、私とヘリオスの惚気話を、ね」 - 17122/12/20(火) 00:07:08
「どっから話そうか? 出会いからで良い?」
「それ全部で何時間かかるんだ?」
「まあ出会いはお試しで聞けるからいいか」
「なんの話だ?」
「そんなわけで、ヘリオスが引退の話を切り出したところから始めるよ、パフパフー☆」
どう考えても音を鳴らすようなテーマではないが、流石にここまでされれば察する。
先輩は、俺のこれからの決断のため、色々と話を聞かせたかったのだろう。
結果として全て杞憂になったが、運命の決断を迫られていたかもしれないライスシャワーの話。
そして、すでに現役を引退し、新しい道へと進んでいるダイタクヘリオスの話。
「最高に楽しいフェスをして、バイブスも最高潮だから、ここで終わりにしたいってヘリオスがね」
「…………」
「それ聞いた私は、そっかー、じゃあ引退ライブもテンアゲで行こうねーって言ったの」
「…………」
「おわり」
「おわり!? 中身がSNSの日記以下なんだけど!?」
確かにそんな湿っぽいタイプでもなさそうだったけども。
彼女は俺の抗議に対して、目を反らせて唇を尖らせながら答える。
「いやね、そらショックだったよ、しばらく間枕元にお酒が手放せないくらい」
「普段通りじゃないか、布団に入れてないだけマシに見えるよ」
「でももうヘリオスが覚悟決めてたからね、あの子自分のこととなると頑固だから」
「……まあそうでもないとあの走りはできないだろうな」
「それにレースで走るヘリオスを見たいってのと、同じくらいさ」
――――新しい場所で輝くヘリオスを見たいな、って。
彼女は遠くにいるヘリオスを見つめるような顔でそう言った。 - 18122/12/20(火) 00:07:38
ウマ娘が輝けるのはレース場やライブのステージだけではない。
格闘技をするウマ娘、企画のプロデューサーをするウマ娘、様々なところで活躍するウマ娘はいる。
それを応援するのだって、立派な選択肢の一つである、と彼女は話したのだ。
いやー、良い話だったなあ。
「引退ライブもヤバくってさ、引退ライブであんなに皆楽しそうで笑顔だったの多分他にないじゃん!? マジであげまるおけまるハッピッピでさ! 私も見ててぴえんを越えてぱおんでさ!? んでこれとっておきの話なんだけどライブの後ヘリオスが言ってくれたのよ『ウチの担当がキミで良かった! マジ楽しかったよッ! ずっと好きピだかんね!』って!! あああああヘリオス~~!! 私も好きピ~~!! 太陽~~!! やべ涙でてきた、ってかなんで今私はお酒を持たずにウーロン茶片手で話してんだろ?」
「えっ、お前素面なの? それウーロンハイだと思ってた」
さらっと話していたけど彼女にとってヘリオスは初めて専属のメイントレーナーとして見たウマ娘だ。
ヘリオスに対する感情は、かなり重い。
ヘリオスが引退し、学園からも去った後の一か月くらいは奇行をする虚無と化していたほどである。
たづなさんの目の前で何の脈絡もなく缶ビールを取り出してプルタブを引いたのは未だに伝説となっている。
あれ以上のスリルは学園内では味わえないだろうと、ナカヤマフェスタも言っていた。
「お前、本当によく新しく担当持てたな……」
「……まあいつまでも腐ってたらあの子と顔合わせられないしね」
「それで新しい担当の子はどうなんだ?」
「ふふふっ、あの子はすごいよ、なんかヘリオスにも似てるしね」
「……似てるか? もっと大和撫子っぽい子だった気がするけど」
「見た目じゃなくて魂的な何かよっ! 多分近い将来、スプリンターとして名を馳せるよ!」
彼女は胸を張ってそう言う、きっと良い出会いが出来たのだろう。
「あ、そだ。ちょっと聞きたいんだけど、この時期で丁度良い条件のレースとか知らない?」
「……急に来たな、この間の重賞の結果がいまいちだったんだっけ?」
「そそ、んで条件合いそうなオープンとかに出そうかと思ってね」
「流石にこの場で即答はできないなあ」
「そっかあ、じゃあGⅠでいっか」
「マジかお前」 - 19122/12/20(火) 00:08:13
「んで、ゼファっちの方はどうなのよ? まあ簡単な話ではないだろうけどさ」
「……まあしばらくお互いに考える時間が必要かなって思ってね」
「…………」
「共に歩んでいくにしても、別の道を行くにしても、最終的にはゼファーの意思だからさ」
俺がゼファーの未来を考えなければいけないと、考え過ぎていたのかもしれない。
彼女がどんな未来を選んだとしても、それを支えて、応援する。
そういう心づもりが大事なのだろう。それを気づかせてくれた“アイツ”に礼を言わなければいけない。
そう思い、改めて彼女に向き直ると――――。
「は?」
鬼のような目つきでこちらを睨む女性の姿がそこにはあった。
「……なんだよ」
「“お兄様”さ、アンタになんか言ってなかった?」
「……あまり、一人で背負いすぎるな、とは言われたけど」
「……呆れた。どうせお前なら言わなくてもわかるだろとか言ってたでしょ? あの人アンタに甘いから」
図星。
俺の沈黙を見て、察したらしく、そのまま彼女は言葉を続ける。
「ゼファっちはヘリオスじゃないよ」
「……わかってるよ」
「いーやわかってないね、言ってることが彼氏持ちの女友達の恋愛相談みたいだもん」
「なんだそれ」
「私は“お兄様”みたくアンタに甘くないから、全部はっきり言うよ。あのさあ――――」 - 20122/12/20(火) 00:08:42
◇ ◇ ◇
中庭に向かうと、そこには私が探し求めた方がいました。
疾く疾くと、私は声をかけます。
「……ネイチャさん」
「あれ? ゼファー?」
何かを探している様子だったナイスネイチャさんは、探し物の手を止めて、こちらを見ます。
二つ結びの片側が、いつもと違う色、やはり私の風読みは正しかったようです。
「ネイチャさん、探し物はこちらでしょうか?」
「あっ、アタシのリボン……! ゼファーが拾ってくれたの?」
「いえ、拾ったのは私ではなく」
私は事の経緯を説明します。
やがて彼女は納得すると、今度バクシンオーにお礼を言わないとねーと呟きました。
「ゼファーも、ありがとね。そうだ! せっかくだからさ、ちょっとお礼させてよ」
「いえ、それには」
「いいからいいから! ネイチャさんが奢るよ~? ジュースだけど」
そう言ってネイチャさんは私の手を掴んで、自販機が並んでるコーナーまで連れていきます。
……今日の彼女は不思議と強風です、何かあったのでしょうか?
ですがせっかくのネイチャさんからの恵風です、断るのも悪風なので、タイ風紅茶をリクエストします。
「お待たせ~、なんか美味しそうだからアタシも同じのにしちゃった」
「ありがとうございます。豊穣の風に感謝を、いただきます」
「……それ、もしかして毎回言うの?」 - 21122/12/20(火) 00:09:03
「…………それで、ネイチャさん。今日はどのような風見ですか?」
「アハハ、まああんな強引に連れてくればバレて当然デスヨネ~……」
ネイチャさんは照れくさそうに視線を背けます。
……とはいえ、さすがの私もどのような風向きかの予想はつきました。
風になれない私に帆を立て、だしを吹かそうとしてくれる人が多い、ということでしょう。
「ありがとうございます、皆さん、緑風のような人ばかりです」
「あーつまりバクシンオーも、ってことね……じゃあもうストレートに言うね」
「はい」
「――――なんかさ、アタシに聞きたいことあるんじゃないかな、ってさ」
一瞬の風凪。
そして私の胸中には四方の風が吹き荒れるようでした。
今の私の現状、そしてネイチャさんの現状を考えれば、彼女の言いたいことはわかります。
しかしそれは口に出してしまえば、唇を冷やす秋の風のようなもの。
私が凪いでいると、彼女はバツの悪そうな表情を浮かべます。
「……ゴメン、ズルい言い方しちゃった。アタシがさ、誰かに話したいだけなんだ」
「……ネイチャさん」
「ゼファーも大変な状況なのはわかってるんだ、でも、ちょっとだけ愚痴を聞いてほしい」
「……わかりました、そういうことなら、聞かせてもらいます」
一呼吸。
意を決して、私は質問を口にします。
「何故、引退を決意されたんですか?」 - 22122/12/20(火) 00:09:30
史上初となる、有馬記念6年連続出走。
その凱風を目前に控えて、ネイチャさんは引退を発表しました。
「元々有馬記念に出たら引退の予定だったんだけど、実はその前に怪我しちゃってね」
「それは……大丈夫なんですか?」
「アハハ、そこまで大した怪我ではないんだ。42回走ったとしたら、41回は確実には走り切れるくらい」
ネイチャさんはそう言いながら自分の右足を撫でます。
そこにはしなともなく、少し見ただけでは怪我とは判断できませんでした。
「見てくれたお医者さんも良い人でさ、難しい顔で、無視し過ぎなきゃ出ても良いって言ってくれてたんだ」
花嵐の桜になるような怪我ではなかったのは、事実なのでしょう。
本当に致命的なものであれば、生涯の夢のかかったレースであろうと、許可されません。
クラシック3冠がかかったレースに出走することもかなわなかった、テイオーさんのように。
「アタシも出たかったんだ、トレーナーさんや皆のために、また1着が欲しかった」
ネイチャさんの声が震え始めます。その声にはどこか雨風が混じり始めていました。
「でも気づいたんだ、皆が一番望んでいることは、1着でも6年連続出走でもなくて」
彼女の握りしめた拳に、ポタポタと雫が落ち始めます。
以前有馬記念で彼女が1着を取った時の記者会見、彼女が何を言っていたのかを思い出しました。
「――――無事に、帰ってくることなんだって」
アタシは一番信頼を裏切らないウマ娘です、と。 - 23122/12/20(火) 00:09:51
――――諦める、という選択肢は時にバクシンするより重い選択肢なんです。
あの言葉が、脳裏に吹き返します。
ネイチャさんは応援する人達の期待を裏切らないために、諦める選択肢を選びました。
それもまた、一つの凱風。
「ネイチャさんは、清風のようです」
いつもの調子でネイチャさんを称えます。
ですが彼女は「えっ」と一言あげて、ぽかんとこちらを見つめました。
……私はあまり人を褒めるのが得意ではないのかもしれません。
良い言葉を浮かばないので、彼女が何度か言っていた言葉を借りることにします。
「はなまるです、ネイチャさん」
その言葉にネイチャさんは噴きだして、お腹を押さえて、声を上げて笑い始めました。
まあ、笑顔になってくださったなら、恵風です。 - 24122/12/20(火) 00:10:13
「ひー……ありがとうね、ゼファー、元気でたよ」
「私の方も貴重な話、ありがとうございました」
「さて! 今度はゼファーの番! ネイチャーお悩み相談、開催しちゃいマスヨ!」
一瞬悩みましたが、あれだけ包み隠さず話していただいたのに、私が凪ぐのも悪風です。
今思っていることを仕舞い込んでいても、網の目には風はたまりません。
私は一つ一つ、正直に言葉を紡ぎ始めました。
私自身、この先何を望んでいるのか定まっていないこと。
トレーナーさんが、何を望んでいるのかもまだ聞けていないこと。
現状に対する焦りや不安。
「ネイチャさん的ナイスアンサー……ごめん今のなし」
こほんと、咳払いを一つ。
ネイチャさんは私の目を見て、答えます。
「なんかお袋の店で良く聞く悩みみたくなってるよ、ゼファー」
「……えっと」
「ああ、アタシの実家スナックでね。よくお客さんの人間関係の悩みとか、聞くんだ」
「そうだったんですか」
「でもね、殆どの悩みの一番の問題点は共通してるんだ。ちょっと意地の悪い言い方をするね――――」 - 25122/12/20(火) 00:10:36
『別れ話ってさ、一人でするものじゃないでしょ』
- 26122/12/20(火) 00:11:03
◇ ◇ ◇
「ゼファっちと顔を合わせて話してる? あの子がどんな顔でアンタを見たか覚えてる?」
話はしている。
だが、ちゃんと表情まで見ていただろうか。
彼女の目からどんな感情が出ていたのか、ちゃんと把握できていただろうか。
「あの子の意思を尊重するのは良いけど、全部任せるなら、一人に背負わせるのと何も変わらないよ」
あまり一人で背負おうとしない方が良いぞ、と先輩は言った。
それは先輩や彼女にも話してみろという意味だと思ってた。
その意味も含まれていただろうが、本当に先輩が言いたかったことは別のことだ。
「担当と一緒に背負えって、そう言いたかったんだよ“お兄様”は」
ベスト選択肢などない。
ベターだと思える選択肢ですら結果論。
だからこそ、せめて二人で納得のいく答えを見つけなければいけなかった。
「……悪い、ちょっと行ってくる」
「はいはい、いってらー。あの子はアンタの、なんだっけ? 痛風なんだから大切にしてやんなよ」
「痛風はお前だよ、こないだ産業医がブチ切れてたって聞いたぞ……ありがとな」
俺は駆け出した。
どこにいるかはわからないけど、すぐに探し出さなければいけないと思った。 - 27122/12/20(火) 00:11:35
「ゼファーッ!」
学園の屋上。
ゼファーと出会った日、彼女から紹介してもらった場所。
そこで彼女は学園中を見回すように立っていた。
「ひかたの気配……トレーナーさんですね」
「はぁ、はぁ……探したよ、まだ学園内に居て良かった」
「はい、私もここからトレーナーさんが見えないかなと、思っていたので」
トレーナー室にいなかったものですから、とゼファーは付け足す。
彼女の顔を、目を、正面から見つめた。
不安に揺れる瞳、その表情もどこか弱々しい――――なんで気づいてあげられなかったのか。
俺は反射的に、彼女の両手を握りしめた。
「ト、トレーナーさん?」
「俺はキミが風になる姿を、もっと見ていたいと思っている」
「……っ! ですが、今の私では」
「そして、レース以外の場所で、キミが輝く姿も見たいなって思っている」
「……はい?」
「出来ればもっと一緒にいたいと思うし、離れた場所だとしても頑張って欲しいとも思ってる」
「……えっと?」
「わからないんだ、俺もキミにどうして欲しいのか。多分、キミと同じように」 - 28122/12/20(火) 00:11:58
「……私は今日、色んな人の凱風を見ました」
「俺も、今日は色んな人に助けてもらったよ」
「それでも、私が目指すべき天つ風を見定めることはできませんでした」
「誰だって簡単に決めることはできないよ」
ゼファーの両手は微かに震えていた。
その震えを抑え込むように、俺は握る手の力を強める。
「だから、一緒に考えて、一緒に悩んで、一緒に決めていこうよ。せめて、二人で納得できる選択肢を」
「私はもう疾風にはなれないかもしれませんよ……それでも」
「それでも、だよ。俺はキミが望む限りは――――共に風になるって、そう決めたんだ」
ゼファーの手の震えが止まる。
目から不安の色が消える。
彼女は、柔らかな微笑みを浮かべた。
久しぶりに見ることができた、いつも彼女の笑顔だった。
「ふふっ、おぼせとひかたといせちと祥風と瑞風と凱風が、いっぺんに来たみたいです」 - 29122/12/20(火) 00:12:18
◇ ◇ ◇
年末、中山レース場、有馬記念。
年内最後の大レースとして多くの観客が集まっている。
観客席には様々な横断幕が並んでいて、そこに『ゼファー魂』の横断幕は――――なかった。
「相変わらずのあいの……すごい人だかりですね」
「まあ正直人気のあるレースの一つといっても過言じゃないだろうからね」
「ですがこのねっぷ……熱気、ターフの上のしっぷ……えっと、雰囲気? に負けませんね」
「…………うん、別に今は喋りたいように喋って良いんじゃないかな、素直に楽しまないと皆にも悪いし」
結論からいえば、ゼファーは引退を表明した。
今後は彼女はトレーナーとして、自身の風を、魂を伝えていくことを目指すこととなった。
結果を出したウマ娘の場合はトレーナー学校の授業過程をパスして、直接試験を受けることが可能だ。
ただし、その試験はかなり狭き門ではあるが。
それまでの間は、トレーナー見習いということで俺の下で勉強をしていくこととなっている。
「今日の参加者はRRIの皆さん以外も舞風揃い、これは大旋風の風待ちをしてしまいますね」
「……でも明日以降は指導のために直してこうね。後RRIってなに?」
流石にあの言動で指導するのは難しいので、その部分は矯正していくことになった。
まあ二人の時は話しても良い、くらいにはしておくつもりだけれども。
しかしながら、あのゼファー魂の横断幕が見れないのは、やっぱり寂しくはある。
――――ふと、思いついた。
「ゼファー、一つ将来的な目標を決めようか」
「……目標ですか?」
「キミが手掛けたウマ娘が将来この有馬記念の舞台に立った時、あの横断幕も一緒に出してもらおう」
我ながら名案な気がする。むしろこれが本来の姿であった気さえした。 - 30122/12/20(火) 00:12:42
「それをしたら担当の子から怒られそうですけど……でも天つ風としては良いかもしれませんね」
「だろ? 今度ファンの人に保存してもらえるように話してみようかな」
がさり、と足元に何かが当たった。
そこにはどこかの誰かが落とした週刊誌が落ちている。
脳裏に蘇る一文。
『ヤマニンゼファー、風陰る』。
いつかの週刊誌に書かれていた見出し、それは現実のものとなった。
「ゼファー、必ずまたレース場に、俺達の風を吹かせよう」
「……はい、必ず、いずれまた光風を吹かせてみせます」
ヤマニンゼファーという風は確かに凪いだ。
しかし風は再び、必ず吹く。
風が陰っても、いずれまた必ず――――風は光るのだ。 - 31122/12/20(火) 00:13:32
お わ り
なっが♡ なっが♡ ないようスッカスッカ♡ すいこうぜんぜんできてない♡
急にゼファーのSSRを出したサイゲが全部悪いと思います
情報出た時点で進捗がバクシンオーパートの途中だったんですよね……
SSRゼファーエアプと言われないように実装前に投下しました、次回からもっと短くしようと思いました。
SSRゼファーいいですよね、全部いいですけど個人的にはふわりとしたスカートがいいですね、おっ雨かな? とか言って下に潜り込みたいです - 32二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:22:46
危機に瀕した際、必ずしも万事解決とはいかず級長戸となることも時にはあるでしょうが
2人一緒ならば瑞風となることもできるのでしょうね
卿雲見れることを気ぶって見守りたいものです - 33二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:23:39
- 34二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:32:04
当たり前のようにオールカマーを勝つバクシンオーでちょっと草生えた
- 35二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:48:51
ゼファーだけでなく他の子のエミュやほぼ描写すらないトレーナー勢まですごく分かりやすく伝わる上、長文のはずに世界観にのめり込んでしまって一気に読み終えてしまう神作!ありがとうございました!!バクシンの所でうるっと来てしまった…
- 36二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 04:12:47
- 37122/12/20(火) 09:30:58
- 38二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 11:19:09
- 39122/12/20(火) 12:06:39
- 40二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 13:01:23
わァ・・・
- 41二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 22:23:07
- 42122/12/20(火) 23:41:14