【SS】寒い日には、あなたと甘いコーヒーを(トレウマ?注意)

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:57:13

    「……寒い、ね」

     すっかり寒くなってきた12月。雪が降り出しそうな曇り空の下、マンハッタンカフェは歩いていた。普段ならトレーニングをしている時間帯だが、ここ数週間ほどのトレーニングで疲れが溜まったことや、近々出走予定の有馬記念に向けて、今日は休養日とすることをトレーナーと決めていた。
     特別な用事があるわけでもなく、仲の良いウマ娘たちはトレーニングをしているため、ぽっかりと空いてしまった時間。せっかくなのでと少し散歩をすることにした。

     寮から出て、少し歩いてみれば、すっかり寒くなった冬の空気。道行く人々も寒そうにしている。コートを着込み、マフラーを首に巻き、手袋をつける完全防備の姿も見かけるほどだ。
     マンハッタンカフェもまた、コートを身に着けている。学校指定のコートは温かいものの、それでも吐く息は白い。空の色も含めて考えると、さほど遠くない内に雪が降るかもしれないと思う。

    「……失敗、だったかな」

     体を冷やす温度に、散歩を選んだことをわずかに後悔する。近くにいるであろう『お友だち』に声をかけてみる。

    「…………?」

     反応が帰ってこない。不思議に思い、周囲を見渡す。しかし、普段であればすぐ近くにいるであろう彼女は、どこにも見当たらなかった。
     どうやら、今は少し離れているようだ。たまにはこういうこともあるだろう。少しの寂しさを覚えつつも、不在については気にしないことにした。

     風が吹く。落ち葉が転がるカラカラという音と共に、寒さを運んできた。思わず身震いして、やはり寮に帰るべきか悩む。寮に帰って、部屋でコーヒーでも淹れて温まるのも良いだろう。
     そこまで考えて、あることを思い出した。

    「あ……コーヒー豆……」

     そういえば、トレーナーさんと飲んで、切らしちゃったんだっけ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:57:23

     トレーナー室に置いてある、コーヒー豆のストックが切れたことを思い出す。自分が日常的に飲むことはもちろん、担当トレーナーと飲むことも多いため、消費が激しい。
     普段ならば発注して、届くのを待つだけなのだが、入荷の関係で遅れているとの連絡があった。残念でやる気の下がる出来事ではあったものの、そういう事情ならば仕方がない。

     とはいえ、この寒さだ。体も冷えているし、温かいコーヒーは恋しい。そして今、自分は外にいる。そうなれば、

    「久しぶりに、あのお店に行こうかな……」

     学園に入学してから、何度か訪れているコーヒーショップが頭に浮かぶ。初老のマスターが開いている小さなお店で、豆も良いものが揃っている。普段は海外から輸入しているが、今回のように豆を切らしたときには訪れる店だった。

     無目的な散歩から、コーヒー豆を手に入れるための外出へ。寒い空気も、コーヒー豆を見る楽しみによって、いくらか気にならなくなってきた。

     しばらく歩き、学園近くの商店街へ。メインの通りからちょっと脇道に逸れて、奥まったところにその店はあった。小さく、しかし落ち着いている雰囲気は、マンハッタンカフェにとっても好ましいものだ。
     扉を押し開ければ、芳しく香るコーヒーの匂い。そして、ドアベルの鮮やかな音。それらで気がついたのか、店の奥にいる初老のマスターがこちらを向く。どうやら顔を覚えられていたようで、軽い笑顔とともに声をかけられた。

    「こんにちは、ウマ娘のお嬢さん」
    「ええ……こんにちは、マスターさん」

     軽く挨拶を交わし合う。そして、すぐに視線を外す。コーヒー豆をゆっくりを選ぶ時間も楽しいものだ。マスターはそれを了解しており、声をかけられるまでは待ちのスタンス。彼女としても、まずはそのほうがありがたかった。

     店内を改めて見てみれば、以前訪れたときと配置は変わっていない。豆の種類は若干変わっており、いくつかには新入荷を示すタグが付けられている。自分の好きなグアテマラのフルシティローストも、やっぱり置いてある。
     他にも見覚えのあるラインナップ。ブレンドはもちろん、キリマンジャロ、マンデリン、ブルーマウンテン。珍しいところではゲイシャも。今日はどの豆を買おうか。

     そこで、ふと。トレーナーのことを思い出した。

     そういえば、トレーナーさんは今日も、お仕事をしているのかな。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:57:35

     トレーナーと飲んだコーヒー。ストックを切らしたときも、今日のように寒い日だった。トレーニングを終えて、振り返りを兼ねたミーティングでの日課。
     気になったので、ウマホをポケットから取り出してLANEを起動。手早くメッセージを送る。

    『今もお仕事中ですか?』

     返答は、ウマホをポケットに戻すより前に返ってきた。

    『うん。トレーナー室でね。どうかした?』
    『いえ、大したことではありません』
    『そっか。なにか用事があったらいつでも来てね。まだしばらくは仕事しているから』

     短いやり取りを終える。今度こそウマホをポケットに戻し、改めて豆を見る。しばらく悩んで、一つの豆を選んだ。自分の好きなグアテマラのフルシティロースト……ではなく、エチオピアのシティロースト。フルーティな甘さが特徴で、トレーナーが以前「美味しい」と言っていた豆に近い。
     きっと疲れているであろうトレーナーに、コーヒーを淹れに行くのもいいだろう。何しろ普段からお世話になっている相手だ。

    「マスターさん……これを、お願いします」
    「はい……おや、珍しいね。てっきり、グアテマラかと思っていたよ」

     渡されたコーヒー豆を見て、意外そうにマスターが呟く。そういえば、このお店で買ってきたのは、ずっとグアテマラだったように思う。

    「ええ……お世話になっているトレーナーさんが、以前美味しい、と」
    「ああ、なるほど。納得だ……うん。ちょうどだね」

     コーヒー豆の料金を、ピッタリの金額で支払う。シワの刻まれた手が受け取って、レジで精算。

    「豆のままで良かったかな」
    「はい」
    「では、これで。お買い上げ、ありがとうございます」

     商品の入ったビニール袋を手渡される。そのときの目が暖かかったことに、なんだか気恥ずかしさを覚えながら、マンハッタンカフェはコーヒーショップを後にした。

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:57:45

     コーヒー豆を手に入れたマンハッタンカフェは、そのまま学園へと戻る方向に足を向ける。
     脇道から商店街のメインの通りへ。人が少ない通りから、少し多い通り。ガヤガヤと会話の音が聞こえてくるも、どこか楽しげだ。そういえば、有馬記念が近いということは、クリスマスも近いということだと思い出す。この商店街の騒がしさも、もしかしたらそれに起因するものかもしれない。

     ぼんやりと考えて歩いていたところ、ふと、甘い匂いを感じた。そちらに視線を向けてみれば、

    「……ケーキ」

     ケーキショップ。クリスマスが近いこともあり、それを感じさせる装飾が綺麗だ。ケーキの予約を受け付けている広告を見たのか、母親にねだる子供の姿も近くにはある。
     手に感じるコーヒー豆の重さ。そこでふと思い立つ。そのままケーキショップへと入店した。

    「いらっしゃいませー」

     店内は暖かく、外で感じたより更に甘い匂いがする。ショーケースに並べられたケーキを見ると、どれも美味しそうなものばかり。どれがいいかな、と考える。
     しばらく悩んで、手の重さを思い出す。ああ、今日はエチオピアのコーヒー豆を買ったのだった。それならば。

    「すみません……苺のショートケーキを二つ、いただけますか」
    「ありがとうございます! すぐにご用意しますね!」

     店員の若い女性が、すぐに反応。ショートケーキを選んだのは、苺の酸味がコーヒーと合うとの思いからだった。きっと、美味しいひとときになることだろう。
     ショートケーキ二つは手早く箱に詰められ、こちらに差し出された。財布から代金を取り出し、店員に渡す。

    「はい、ではお釣りはこちらになります」
    「ありがとう、ございます」
    「またのお越しを、お待ちしています!」

     楽しげな笑顔で見送られる。その笑顔に暖かさをもらったからか、あるいはこの後が楽しみだからか、外の寒さが少しだけ和らいだ気がした。

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:57:58

     コーヒー豆と、二切れのケーキ。それを持って学園に戻り、そのままの足でトレーナー室へと向かう。コーヒーを淹れる機材はトレーナー室にも置いてある。このまま向かっても問題はない。
     手の重さが心地よく感じるのは、きっとこの後の時間のおかげ。コーヒーと一緒にケーキを食べて、少しだけお喋りしよう。『お友だち』はまだ戻ってきていないし、二人きりでゆっくりと楽しむ時間になりそうだ。

     トレーナー室の前に立ち、ノックを三回。部屋の中から「はい」と聞き慣れたトレーナーの声がする。扉を開き、中にはいる。暖かな空気が満ちているのはきっと、エアコンもそうだが、ここにいる人が暖かいからだと思う。

    「こんにちは、トレーナーさん」
    「こんにちは、カフェ。何かあった?」

     トレーナーが作業場所から立ち上がり、こちらへと近づきながら声をかけてくる。少し不思議そうな表情なのは、きっと休養日であるにも関わらず、こうして自分が訪ねてきたからだろう。
     首を横に振りつつ、手に持ったコーヒー豆のビニール袋と、ケーキの箱を軽く見せる。目を丸くするトレーナーに向けて、

    「少し……お喋りしませんか、トレーナーさん」

     少しだけ疲れている様子のトレーナーに、微笑みとともに誘いを持ちかけた。トレーナーは少しだけ驚いた様子を見せた後、すぐに微笑みを返して、

    「ありがとう。もちろん、喜んで」

     誘いに頷いてくれた。断られるなど微塵も考えていなかったが、やはり少し嬉しい。
     ケーキの箱をトレーナーに渡し、マンハッタンカフェはトレーナー室に置いてある、コーヒーを淹れる機材のもとへ。旧理科準備室に置いてあるものより、いくらか簡易的なものだ。
     豆を入れておくキャニスターに、買ってきたエチオピアのシティローストを移す。ふわりと豆の匂いが香る。少し甘い匂い。

     コーヒー用の電気ケトルに水を注ぎ、温度を設定して温め始める。コーヒーサーバーにドリッパーを用意して、ペーパーフィルターをセット。次に手動のコーヒーミルを取り出して、キャニスターに入れた豆のうち、使う分の豆を取り出してコーヒーミルの口へ。挽き始めれば、手の振動や音が楽しめる。

    「やっぱり、いい音だね」
    「はい……手動ミルは、挽くのも楽しいです」

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:58:09

     豆を挽き終えて、二人分のマグカップを用意する。そうしてしばらく待てば、電気ケトルが設定した温度になったことを告げてくれた。電気ケトルを持ち上げ、ペーパーフィルターを軽く湿らせる。コーヒーサーバーと二つのマグカップにもお湯を軽く注いで温めておく。
     電気ケトルのお湯が少なくなったため、水を追加して再度温める。その間に、挽いた豆をドリッパーに移す作業だ。

     手動のコーヒーミルから、挽いた粉を取り出してドリッパーへ。すると先程よりも強く、コーヒー豆の香りが部屋に広がった。

    「いい香りだ。あれ……カフェ、もしかして」
    「……はい。その、以前『美味しい』と仰っていたので……」
    「そうなんだ。ありがとう、嬉しいよ」

     コーヒー豆の香りだけで、どうやら今回買ってきた豆を当てられてしまったらしい。三年以上一緒にやってきたからか、トレーナーさんも詳しくなってきたな、なんて思う。

     ドリッパーに移した粉を、平坦になるようにかるく揺する。そうしていれば、再度の電気ケトルの音。指定した温度になった。コーヒーサーバーからお湯を捨てる。そして電気ケトルを手にとって、コーヒー粉に向けてお湯を注ぎ始めた。粉がふわりと膨らみ、気泡が生まれる。

    「粉を蒸らしているときの、ちょうど今みたいな、膨らむ感じ。カフェが淹れてくれるのを傍から見てるだけだけど、結構好きなんだ」
    「新鮮な豆を使うと、このようになるそうです……私も、この感じは好きです」

     いつの間にか近くで見ていたトレーナーと、そんな会話。同じものを好いている事実に、なんだか少し嬉しくなる。
     軽い会話を少ししていれば、蒸らし時間も終わる。電気ケトルをもう一度持ち上げて、ドリッパーへ注湯。小さく円を描くように、ゆっくりとお湯を注いでいく。ドリッパーの下からコーヒーが落ちて、コーヒーサーバーがそれを受け止める。

     部屋に広がっていくコーヒーの香り。甘酸っぱい香り。この後の時間を予感させる、そんな香り。

     数回に分けてお湯を注げば、二人分の量になる。二人分のマグカップからお湯を捨てて、コーヒーサーバーからコーヒーを移す。これで二人分の用意ができた。

    「トレーナーさん……コーヒー、できました」
    「ありがとう、カフェ。こっちも準備完了だ」

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:58:20

     マグカップを持って、ミーティングにも使うローテーブルに移動。トレーナーの言う通り、そこには既に紙皿に乗ったショートケーキの姿がある。先程の会話の前か、それとも後か。気が付かなかったが、いつの間にやら準備をしていたようだ。
     ローテーブルの紙皿の近くにマグカップを置く。向かいにホワイトボードを置くこともあるために、ソファは片方にしか置かれていない。そのため、二人分のコーヒーとケーキは横に並ぶ形だ。

     トレーナーと二人、並んでソファに座る。それほど大きくないソファであるためか、わずかにトレーナーの体温を感じる距離で、少し気恥ずかしくなる。何度もこういった休憩はしているのに、いつまでも慣れない。

    「いただきます」
    「いただきます」

     軽い食事前の挨拶。二人揃って手を伸ばしたのは、マグカップ。まずはやはり、コーヒーを一口。酸味と、苦味。そしてその奥に感じる、ほのかな甘味。舌で味を楽しんでいれば、自然と笑顔になる。

    「うん……美味しい」

     隣から聞こえてくるトレーナーの声もまた、味を楽しんでいることが伝わってくる音だった。目を閉じて、香りと味をじっくりと。そんな横顔も、三年以上の月日を通して何度も見てきたものだったと思う。

    「ありがとう、カフェ」
    「いえ……こちらこそ……いつも、ありがとうございます」

     契約してからここまでを思い返していたからか、自然とそんな言葉が出た。少し上にあるトレーナーの顔を見ながら、これまでの感謝を伝える。コーヒーを淹れたり、ケーキを買ってきた程度で返せるとは思っていないが、それでも、少しでも自分の感謝が伝わってほしいと思う。

    「それこそ、こちらこそ、だよ」

     しっかり伝わってくれたようで、笑顔でそんな返し。二人で軽く笑い合って、感謝を伝え合う。
     いえいえ、こちらこそ。いやいや、こちらこそ。なんて、暖かい気持ちを交換する。

     こうして暖かさを分け合えるのならば、寒い日も悪いものでもない。そんなふうに思いながら、穏やかで楽しい時間をすごすのだった。

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:58:31

    以上、おしまい。
    カフェがコーヒーショップに行く風景が、ふと思い浮かんだので書いてみました。

    コーヒーを淹れるシーンは、普段の自分の淹れ方そのまま。
    カフェのエミュ大丈夫かなあ。久々に書いたので結構心配ですね。

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 01:42:15

    大切な人と一緒に、大好きな事を出来る……素敵な時間ですね

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 03:50:14

    尊すぎて気持ちよく眠れそうだ。そのまま『お友だち』になってしまいそう。

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 04:24:57

    コーヒーの入れ方いいね

  • 12二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 07:54:13

    読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます!


    >>9

    二人の関係性、距離感を感じ取っていただけたようで嬉しいです。

    日常にあるちょっとだけ特別な瞬間をイメージしてみました。こうした瞬間を切り抜けるのは、創作していて楽しい部分です。


    >>10

    気持ちよく眠れたでしょうか。そうであれば嬉しいです。作者は反応が気になってあまり眠れませんでした。

    ぜひとも『お友だち』になって気ぶりましょう。自分は既になりました。背後霊というより悪霊の類ですが。


    >>11

    丁寧に描写したつもりの箇所なので、そう言っていただけて嬉しいです。

    テンポを意識した結果、省略している描写もありますが、基本的には実際の淹れ方です。ハンドドリップは手軽でいいですね。

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 18:58:12

オススメ

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