- 1かいたひと21/11/03(水) 13:56:41
- 2かいたひと21/11/03(水) 13:57:41
悪夢を見た。私が担当するチームの娘が何者かに脚の骨を折られるという事から始まる夢だ。安全を確保するためにチームファーストは休学、URAが手配したホテルで当分生活する事になり、私は理事長として、チームの監督者として矢面に立ち、連日マスコミの追求を受けた。レンズとマイクに囲まれて毎日「貴方のチームの娘が事件に巻き込まれたそうですが─」「この事件に関して何か一言でも─」「何を考えて管理体制などと─」、幾度となく質問攻めに遭った。彼らはそんな事が知りたい訳ではない。ボロが出た矢先に喰らい付こうと目を光らせているだけだ。
低俗な週刊誌にはあらぬ噂──メンバーがコースに水を撒いて練習の妨害をした、被害者は結果を出せなかったから秘密裏に「始末」された、さらには担当がエースと肉体関係にあるなど荒唐無稽なものまで──も囁かれた。ワイドショーの頭でっかちな評論家風情は私が理想としていた管理体制を嘲笑った。彼には何も理解していないのに。否、理解する気なんて到底ないだろう。 - 3かいたひと21/11/03(水) 13:59:53
さらには若き日の私の過ち、心の傷でもある「彼女」の一件は私のイメージを操作するために槍玉に挙げられた。やめて、貴方たちがその話をしないで!その叫びは届かない。
そして事態の解決に至らぬまま私の周りから人は離れてゆき、学園の生徒の顔から笑顔は消え、一部生徒の怒りの矛先は私へと向けられた。
「足が遅いくせに、調子に乗るな!」
「どうせ理事長のチームって速い娘ばっかり選り好みしてるんでしょ?」
「アンタのせいで私たちの青春は台無し」
…そんな言葉を耳にすると心が折れそうで、そんな私の肩を最後まで持ってくれたのは2人の教え子のみだった。
ひと月ほどして犯人は逮捕されたものの、一連の流れはトレセン学園のイメージに影を落とす事になってしまった。彼女のお見舞いにも行ったが彼女の瞳は留まらず、唇は震えていた。無論話すこともままならない。また走れるようになるのに何年かかるのだろう。彼女の心に一生消えない傷を負わせてしまった。私はまた──
アオハル杯の決勝は中止を余儀なくされ、梯子を降ろされた私は全ての責任を負って会見を開き頭を下げる事になった。自らの考えに対して「間違っていた」と認め、信念を折る様を大衆の元に晒された。 - 4かいたひと21/11/03(水) 14:00:38
目を覚ました。こんなもの、これ以上目にできないという事だろうか。時計を見る。1時間ほど寝ていた計算になる。まるで私を憎んだ何者かが私を苦しめるために描いたような、そんな「悪夢」だった。
口腔がねばつく。息は荒く、よろよろと席を立ちウォーターサーバーへ向かい水を一杯飲んだ。桜並木は芽吹き始めていた。
早いものですね、と1人呟く。
昨年末に行われたアオハル杯・決勝にて激突した両チーム。激戦の末、女神は誰よりも自由を愛したチーム・キャロッツに微笑んだ。私の独り善がりな野望は脆く打ち砕かれた。
後悔はない。レースを終えたウマ娘の笑顔は私を呪縛から解き放ってくれた。盲目的だった過去の自分との訣別は果たした。つもりだった。
──なのに何故、あんな夢を? - 5二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 14:02:32
このレスは削除されています
- 6かいたひと21/11/03(水) 14:08:38
おぼつかない足取りで理事長室を後にする。
「理事長、大丈夫ですか?」そう呼びかけてきたのはチームキャロッツのトレーナーだ。
彼女はウマ娘に対する情熱は人一倍あり、そして何よりウマ娘を信頼している。
「顔色酷いですよ!タクシー呼んで帰ります?」
どうやら側から見た私は病人と大差ないらしい。
「大丈夫です」と断りを入れ、夕食に誘う旨の話をした。彼女は快諾したもののこちらへの心配は止まる事なく、その度に諌めながらレストランへと向かった。
「私は間違っていたのでしょうか?」チキンが乗せられたサラダをつつきながら彼女に問いかける。
何がですか?と返した彼女は人参ハンバーグを切り分けていた。無論ヒト向けのサイズだが「少しでもウマ娘と同じ目線に立つために食事も意識してるんです」と前に語っていたのを覚えている。
「いえ、ですから私が3年前に中央に派遣されて…体制を変更し…管理しようとした事です……それについて貴方は…どう思っていましたか?」言葉の一つ一つが喉に引っかかった。 - 7かいたひと21/11/03(水) 14:10:30
にんじんを切り分ける手を止め、水をひとくち飲んだ後、彼女は話し始めた。
「本当の事を言うと最初は正直、何を言っているんだろう、って感じでした。彼女らの意思を尊重するつもりはないのかな、なんて思ったりもしました…」
やっぱりそうだ。最初から理解などされて──
「でも」彼女が続ける。
「貴方は悪い人じゃなかった。誰よりもウマ娘の事を考えていたんだって分かったんです。チームの娘の小さな悩みを解決するためにどんな事だってしていた。それに、特にリトルココンちゃんとビターグラッセちゃん。2人は貴方を親のように信頼していました。貴方は決して間違ってなんかいなかったと思います。ただほんの少し、その情熱が行き過ぎていただけです」
彼女の本心に触れ、心の奥底から何かが込み上げてくる。 - 8かいたひと21/11/03(水) 14:12:04
「それにもし、自分が間違っていると思うなら…間違いを一つずつ正していけばいいんです。変えられるって信じてますから!簡単な事じゃないかもしれないけど…もし相談できるなら一人で抱え込まないで下さいね、話だけなら、私にも聞けますから!」
乾いていた心に彼女の思いやりに満ちた言葉が染み込む。自然と大粒の涙がこぼれていた。
そんな私に彼女は慌てながらハンカチを渡してくれた。その手は暖かく、やさしかった。
会計は私の奢りという事で済ませてタクシーを呼び、帰路に着く事にした。
「無理はしないで下さいね」去り際にそう声をかけられ、どこか気が楽になった。
家に帰り軽くシャワーを浴びて歯を磨く。どんな形であれ仮眠は取っていたのでいつもより体力に余裕はあった。とはいえ睡魔が襲ってくるのにそう時間はかからなかった。たまらずベッドに横になる。
「変えられる…ですか…」ほろっと笑みがこぼれた。目を閉じる。
それから、2度と悪夢を見ることはなくなった。
おわり - 9二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 14:51:46
おまけ
入学式の日、私はトレーナー室で書類を作成していた。思えば長いようで短い3年間だった。
教え子の中には今度海外のG1に挑戦する娘や、得意分野はダートだけどゆくゆくは有馬記念で1着を取る事を目標にしている娘もいる。
瞼を閉じて思い出に浸っていると、ふとトレーナー室の扉が叩かれた。
扉を開けると尾花栗毛に水色のメッシュを入れた端正な顔立ちをしたウマ娘が立っていた。
「リトルココンさんよね?何か用事でもあった?」…返事はなかった。
「聞いた話なんだけどさ」どことなく顔から殺気が滲み出ている。
「アンタがこの間うちの担当を泣かせたって本当?」
レストランで共に夕食を摂ったときの事だろうか?
「それ?!それはね…」弁明しようとするも彼女の威圧感で口がうまく動かない。「えっと…それ…は…ごめんなさいっ!!!!!」たまらず逃げ出してしまった…
「ちょ…なんで逃げるのさ!」「だってー!!!」
その後、新入生はターフで熾烈な鬼ごっこをするウマ娘と叫びながら逃げるヒト娘を目撃したとか…
おしまい