Je voudrais vivre une vie merveilleuse avec toi.

  • 1二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:18:08

    何て言ったの、ですか?ふふ、後で教えます。
    トレーナーさんはドイツ語をかなり習っているようなので、フランス語で言ってみました。

    ええ。日常会話程度ならフランス語とイタリア語が喋れます。
    イタリア語は、子供の頃よく遊んでくれた近所のお兄さんから教わりました。日本料理が好きな人で、日本の事や日本語を教えてくれたのもそのお兄さんでした。

    フランス語は、私の母方の祖父から教わりました。
    祖父のさらに祖父がフランス人で、子供の頃にフランス語をとても熱心に教えられたそうです。

    「高祖父」と呼ぶのですね。勉強になります。
    高祖父は、フランスのとても豊かな実業家の産まれでした。
    しかし、戦争でフランスがドイツに敗れ、財産をほとんど接収されて困窮した彼は、仕方なくドイツのトレセンで清掃員の仕事に就きました。
    そのとき、ドイツウマ娘だった高祖母と出会って恋に落ちた、と聞いています。

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:19:56

    俺はわかっていたぞ!(翻訳サイト)

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:20:03

    高祖母はとても強いウマ娘で、ドイチェスダービーをはじめとした、ドイツの大レースを総嘗めにして『前代未聞の快速ウマ娘』と呼ばれていました。
    そんな彼女が清掃員、それもフランス人と付き合っていることが学園側や世間にバレれば、大変なことになります。

    それでも二人は愛を紡ぎ、やがて娘を授かりました。
    しかしその時は戦争の終盤。ドイツ本土は戦場になり、高祖母は敵に撃たれ、命を落としました。
    その後、高祖父はドイツに残り、男手一つで娘を育てあげました。なぜフランスに戻らなかったのかは分かりませんが、ウマ娘だった娘を見て、母を重ねたのかもしれません。

    その娘、私の曾祖母に当たりますが、彼女も母の才能を継いだ、とても強いウマ娘でした。
    東西に分断されたドイツの東側に産まれて、それでも母と同じドイチェスダービーに出るために東ドイツのダービーを総嘗めにして、政府に西ドイツへの遠征を認めさせました。
    そして見事にダービーに勝ち、東西ドイツ和解の架け橋になったのです。


    すみません、つい予定より長く話しすぎました。
    はい。高祖父は娘をとても誇りに思っていたそうです。
    単にダービーを勝った、母と瓜二つなウマ娘というだけでなく、人の争いに振り回された母のようなウマ娘が二度と現れないようにと闘う彼女の生き様を、誇りに思ったのでしょう。
    結局、その尽力にも関わらず、ドイツの分断は長く続きました。
    それでもいつか平和な、あらゆる人やウマ娘が手を取り合う日がくると信じて、高祖父は祖父にフランス語とドイツ語の両方を教えたのだろうと、祖父は言っていました。

    この物語を最初に聞いたときは、正直あまり実感がわきませんでした。
    しかし、今なら理解できます。言葉を習うことは相互理解の壁を壊すことの第一歩だと。

    ですから、私も改めて、ちゃんと日本語でさっきの言葉を伝えますね。


    『トレーナーさん。あなたと素敵な人生を送りたいです。』

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:20:08

    取り敢えず告白ってことだけは分かった

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:21:57

    >>3

    これって実話?

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:23:20

    こうやってみるとフランス語と似てるな。

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:25:14

    高祖父っていうぐらいだから普仏戦争?と思ったけど違うっぽい

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:26:53

    >>5

    多分アルヒミストとビルクハーンのことじゃないかな

  • 9二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:29:15

    競走馬に合わせるとものすごい遠い先祖になるけど、人の基準に合わせると時代が古くなりすぎるのが難点だな


    >>8

    ああ、ソ連に捕まって射殺されて食われたっていう……

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています