【SS】Illuminate the heart:Tenderness Starrring

  • 1◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:40:16

    「むう〜っ……ウオッカとスカーレットはズルいのです」
     師走もあと少しで終わりを迎えようとしている昼間、仏頂面の顔がボソッと呟く。
    「ズルい?もしかしてハロンタワーのアンバサダーのこと?」
    たしかあの二人はイルミネーションイベントの公式アンバサダーになったとかで校内で賑わっていた気がする。確かに仲の良い三人なのに呼ばれたのは二人だけっていうのが疑問ではあるものの、向こうが二人しかというのであれば仕方ない気がする。
    「そうなのです!二人は呼ばれたのにマーちゃんだけ呼ばれなかったのです!」
    「まあ……確かに残念だけど、向こうがそう決めちゃったんだから仕方ないさ。次は一緒に呼ばれるといいな」
    と励ますも
    「うう……折角のチャンスだったのに……」
    中々むくれた顔は戻らなかった。

     そんな日の夕方、ひとり晩飯の買い物に出掛けた近場の商店街で気になる張り紙を見つけた。
    「サンタクロースの募集?」
    よく見てみるとそれは商店街でのクリスマスイベントの手伝いの募集だった。サンタクロースと言っても子どもたちや人々にくじ引きの景品を渡ししたり、ちょっとした進行役をするだけのようで特段難しそうではなさそうだ。
    「うーん……写真撮って送ってみるか」
     なんとなくそう呟いてしまったが、はたしてこれに乗ってくれるだろうか。そう思いつつも
    『これ、出てみない?』
    とLANEを送る。既読は思いのほかすぐにつき、1分もしない内に
    『やりたいです!』
    と返事が返ってきた。どうやら乗ってくれるみたいだ。元々クリスマスなど予定はないし、彼女がやるというのであれば付き合わない理由はない。
     その後理事長に半ば事後報告みたいになってしまい、謝罪しつつ電話をしたが『うむ、承認!くれぐれも先方に迷惑をかけないよう、注意しつつ楽しんできてくれ!』とこれまた二つ返事でOKが出てしまった。一応たづなさんにも連絡し『銅像を作られるよりは良い事ですね!』と快諾してくれた。

  • 2◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:40:41

     何はともあれ許可は出た。善は急げと記載してあった番号に電話をかけようとして、
    「ああ!見てましたよ中から!」
    張り紙がなされていた書店の中から声をかけられた。
    「いやあホント有難うございます!応募が来ないものですからサンタは取りやめようかと!寒いでしょうし立ち話もなんですから中でお茶でも」
     忙しなく出てきた初老の男性が中へと案内しようとするのを遠慮しようとしたのだが、
    「いえいえ!色々服とか小道具とか渡したいものもあるので!」
    と押し切られてしまった。

    「いや~本当に助かりましたよ!この時期はみんな忙しくて」
     店に入るやいなや、カウンターの向こうに置いてあったポットからお茶を差し出される。
    「ええホントに。俺もこの時期は色々と……」
    と渡されたお茶を見つつ、話を切り出す。
    「……スミマセン、本当は自分がやりたいってわけじゃないんです」
    そう言うとはて?とした顔をされた。
    「……?そちらのお子さんとかがですか?」
    なんと説明したら良いのだろう。自分の子ではないが、何というべきか。
    「ああいえ、自分が受け持っている子に見せたらやってみたいと」
    「受け持っている……あっトレセン学園さんの!?勿論構いませんよ!でも珍しいですねぇこの時期ってなると有マ記念とかで忙しいのでは?」
     確かにこの時期は一年を締めくくる大きなレースが多い。その為かここを通るウマ娘も少なく感じる。けれど自分の担当はスプリンターなのでその心配はない。
    「自分の子は短い距離がメインなのでそこら辺は大丈夫です。……逆にウマ娘でも大丈夫なんでしょうか」
    「良いんですよぉ毎年年寄りばっかで華がありませんから!あぁそうそう渡すもの!」
    といって奥に入っていく背中を見送りながら、
    「(年齢の割にはだいぶ元気な方だな)」
    と思いながら少し冷めてしまったお茶を飲み干した。

  • 3◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:41:00

    「サイズとか大丈夫そう?」
    『ん〜……よし。特に問題はありません。おお、見た目より暖かいです』
    「そっか。じゃあ特に直すところもない感じか。じゃ明日から打ち合わせあるから、トレーニング終わったら一緒に向かおう」
    『はい、おやすみなさい』
    「うん、おやすみ」
     あの後、店の主人がいつもは男性用のサンタ服しか使わなかったとので、女性物の服はタンスの奥に仕舞っていたらしい。そのおかげか新品だったものの、フリーサイズといえど採寸が合うかどうかが問題だったのだが、
    「問題がなさそうで良かった」
    と通話していたスマートフォンと共に胸をなでおろした。
    「ありがとうフジさん。用事は済んだよ。……外で待つのは寒くて」
     寒空の中、電話しようとしていた自分を受付室に入れてくれたフジキセキに礼を言う。
    「いえ、気にしなくていいですよ。でもまあ、そうでしょうね……今年はかなり冷え込むみたいですから」
     そういいつつ、点いていたテレビを二人で見る。モニターには『大寒波襲来!今週末は都心でも降雪の可能性が!』のテロップが踊っていた。

  • 4◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:41:22

     翌日、予定通りトレーニングを終わらせた後に打ち合わせをしに商店街へとクルマを走らせた。正門前に停めるとジャージ姿のまま、片手に紙袋を持った彼女が乗り込んでくる。しばらく走っていると
    「近くですし歩いて行っても良かったのではないですか?」
    そう尋ねられた。
    「マーチャンが良ければそれでもいいんだけど……荷物も有るかもしれないし、逆に何が必要になるか分からない。それに駐車場も有るっていうから、ご厚意に甘えちゃった」
    「ん〜……確かに。転ばぬ先の杖ってことですね。あっトレーナーさんそこ右です」
    「OK。ま、つまりそういうこと」
    寒いのが嫌だから、とは中々言えなかった。

    「こんばんわ……っておや、担当の子ってマーちゃんだったんだね」
     店の主人が声をかけてきた。どうやら顔馴染みらしい。
    「お久しぶりです」
    「顔見知り?」
    「ここの本屋さんは珍しい物が多いので」
    「古い本とか結構あるからねぇ。ま、殆ど売れないような不良債権だけどね」
    彼はそう言い苦笑いしていた。なるほどマニア向けって事なのか。
    「そういえば衣装どう?着れそう?」
    「はい。あ、では確認してもらいたいので、着替えてきてもいいですか?」
    「じゃあ中の風呂場の脱衣所好きに使っていいからね。ここを出て左の突き当りなんだけど……なんかあったら声かけてね」
    「有難うございます。トレーナーさんも楽しみにして待っててくださいね」
    「ん、行ってらっしゃい」

  • 5◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:41:44

     小さく頷いたあと、彼女は店の奥へと行ってしまった。その姿を消えるまで見送っていると
    「いい人に出会えたんだねぇ、彼女」
    しみじみした声で言われた。
    「……俺なんてまだまだですよ。彼女に頼られるなんてまだ無くて」
    今も彼女に対して役に立ってるとは思えなかった。けれど
    彼はそれを聞いて驚いたような口ぶりだった。
    「そうなのかい?でも、昔はあんまり笑わなかったんだよね。なんか寂しそうでさ」
    寂しそう。初めて会った時も、確かにどこか哀愁的で刹那的なところはあった。今もそれがないとは言えないけれど、それでも、
    「けど最近はよく笑ってる気がするよ。いい顔になったね」
    「……。……そう、だったんですね」
    それを聞いて、嬉しく思う自分がいた。

     その後世間話をしていると、着替えが終わった彼女が戻ってきた。
    「お、似合ってるな」
    「そうねぇ、やっとこの服も日の目を見られて喜んでるよ」
    「ふふん、マーちゃんは何でも似合ってしまう魔性のマーちゃんなので」
    「なんだそりゃ……でもまあ、本当によく似合ってるよ」
     オーソドックスなサンタクロースの服にケープを羽織っただけのシンプルな衣装ではあるものの、ウェーブのかかった髪がいいアクセントになっている。そしていつもの王冠のかわりにサンタ帽を被っていて、あの二人にも劣らない装いだ。
    「うん、大丈夫そうだね。あとは、はいこれ。進行の予定表と、台本。大して難しいわけじゃないけど、一応ね」
    貰った冊子をパラパラと捲り、一通り目を通したあとに彼女が訪ねた。
    「有難うございます。ちなみに予定は何時間なのですか?」
    「そうねだいたいねぇ……準備も含めて2時間もあれば帰れると思うよ」

  • 6◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:42:14

    「〜♪」
     冊子を受け取り学園に帰る時も、気に入ったのかサンタの格好をしていた。
    「気に入った?」
    「はい!マーちゃんらしい色で可愛いですよね?」
    嬉しすぎるのかその場でくるっと一回転してみせ、スカートの裾を少しつまんでみせた。
    「それでもあんまり寒くないんだろ?なんかインナーでも着てるのか?」
    「ふふん、今は厚手のベージュ色のタイツさんもあるのです。トレーナーさんは知らないのですか?」
    知らないも何も女性用の衣服など買ったことがないのに分かる訳がない。そんな考えが顔に出ていたのか、
    「乙女心を知るのにはファッションを知るのも大切ですよ?」
    言われてしまった。
    「……考えとくよ。それより汚したりしないように」
    「その為にトレーナーさんのアルトわーさんが必要なのです。汚さないで帰れますし」
    「なるほどね。転ばぬ先の杖、だったな」
    「はい、転ばぬ先の杖さんです。ブイ」
    これは彼女のほうが一枚上手だったか。してやられた。

     そうこうしてる内に駐車場に戻ったとき、妙な視線を感じた。あたりを見渡すと、小さな男の子が電柱の影からこちらを見ており、
    「……!」
    目が合うと逃げるように走って行ってしまった。
    「……?」
    「どうしたのですか?トレーナーさん」
    「いや、気のせいだったみたい。さ、帰ろう」

  • 7◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:42:36

    「いい格好だね、マーチャン」
     彼女の寮の前でクルマを停めると玄関先にフジキセキが立っていた。
    「門限ギリギリだった?」
    門限といえばだいたい夜7時ぐらいだと思っていたのだが、もしかしてとっくに過ぎていたのだろうか。
    「いえ、十二分に早いですよ。スズカなんかまだスペちゃん連れて帰ってきませんし」
    ところがそうではなかったらしい。ほっと一安心だ。
    「それにしても、うん。よく似合ってる」
    少し見回して、うんうんと頷いている。
    「マーちゃんは魔性のマーちゃんなので」
    自信満々に言うそのセリフ。もしかして気に入ったのだろうか。
    「ふふっ、可愛いことを言うね」
    そんな言葉にフジキセキがまた笑いながら頷いた。
     一応の目的は済ませたしあとは寮長に任せるとしよう。マーチャンに自分の手荷物を持たせ、リアゲートを閉める。
    「じゃ、俺はこの辺で失礼するよ。マーチャン、フジさん、また明日」
    「はい、また明日です」
    「ええ、また明日」

    その後二人は、クルマが走り去るまで見送っていた。

  • 8◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:43:04

    「くじ引き用のアプリはこっちで回すから、マーちゃんはあの冊子の通り、番号の読み上げと当たった方の対応をお願いね」
     そうして迎えた当日。会場となる集会場ではくじ引き抽選会の準備が着々と進んでおり、大分慌ただしくなる。そして集会場の外はイルミネーションが飾られ、色とりどりの電飾が降り始めた雪を鮮やかに輝かせていた。
     そうして準備も一段落終え、窓のむこうに目をやっていると
    「雪、降り始めましたね」
    と同じように一段落終えたマーチャンが声をかけてきた。
    「ん?ああそうだね。これから積もるのかなぁ……あんまり嬉しくないな」
    「そうですか?マーちゃんは楽しみですよ」
    「なんで?」
    「等身大マーチャン人形、実現チャンス!」
    「……ハハァ。そういうことか」
     その時、その声に答えるように降る雪が強くなったような気がした。
    「(……まさか、ね)」
    彼女には悪いけれど、あまり積もらないでくれと願うばかりだった。

     陽も暮れ、イルミネーションの光が一層鮮やかになろうとしていた時、窓の向こうに人影が見えた。
    「(……ん?あの顔、どこかで)」
    確かあの顔は……駐車場で電柱の影に隠れていた男の子だった気がする。
    「どうかしました?トレーナーさん」
    「……先日駐車場でさ、あの男の子見かけたことあるんだよね。あのときはなんでか逃げられ……アレ?マーチャン?」
    さっきまで喋ってた彼女は、いつの間にかあの男の子に駆け寄っていった。
    「……急だなぁ」
    そうボヤいて後を追うと、男の子は2人じゃ逃げられないと観念したのか俯いた顔のまま立ち止まっていた。

  • 9◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:43:28

    「どうかしましたか?お名前、言えますか?」
     彼女が膝に手を付き、目線を合わせ諭すように語りかけても、うつむいた顔はなかなか上がらない。
    「…………」
    「……無理に言わなくても大丈夫ですよ。ここは寒いですし、中で温まりませんか?」
    そう言って手を差し伸べるも、中々手を取ろうとはしない。その時ふと、ポケットの中に二枚の紙が折りたたまれているのが見えた。
    「おや?そのスタンプカードさん。くじ引きをしに来られたのですか?」
    「……ホントならお母さんと来るつもりだったんだ。でも、仕事だって……」
    「クリスマスなのにお仕事ですか。お母さんも大変なのですね」
     この時期はどこも忙しい。人手不足などで急に呼び出されることなど多々有るのだろう。

    「……そっか。一人でよく来れましたね。偉いです。花丸二重丸さんなのです」
     そっと彼女が男の子の頭を優しく撫で始めた。
    「んっ……えっ?」
    「実はお姉ちゃんのお母さん、お医者さんなのです。なので辛い気持ちはわかるのです。でも、それでもお母さんの為に来た。偉いです、とっても」
    「……なんでお母さんの為って分かるのさ」
    「ん〜……そのスタンプカードさんが何よりの証拠なのです。お母さんと、一緒に回って貯めたスタンプさんですよね?」
    ポケットの中の2枚は本当は一緒に来るはずだったということを示していたのかもしれない。
    「楽しみにしてたんだ…………っ!?」
     不意に、彼女が抱き寄せる。背中を優しくポン、ポンとさすり、まるで「大丈夫」というように。
    「よしよしなのです。でも、もうそんな悲しそうな顔をしないでください。お姉ちゃん、今日は幸せを呼ぶサンタさんなのです。……それなのに悲しそうな顔をされると、わたしも悲しくなってしまうのです」
    「だから今日は、あなたが笑顔になれるよう頑張るのです」
    その間もずっと、優しく抱きしめていた。
     きっと、寂しかったんだと思う。小学生の高学年であっても、寂しさを我慢できる子は少ない。彼女がした受け止めて、認めてあげることは心の暖かさになるのだろう。
    「お姉ちゃん…………うん!ありがとう!」
    先程まで沈んでいた顔は今やすっかり元気になり、抽選会場へと駆けて行った。

  • 10◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:44:11

    「おや?トレーナーさん、どうしました?」
     暫く唖然としていたらしい。下から丸い目が覗き込んできた。
    「ああいや……凄いなって」
    「ふふふ。トレーナーさん、もしかしてマーちゃんに見惚れてしまいました?なら、きっとあの子もマーちゃんのファンになること間違いなしなのです」
    「でも名前、言ってなかったけどな」
    「……えっ?」
    さっきの笑顔から一転、今度は驚いた顔に。
    「……あうち」
    「ま、顔は覚えてもらえたよ。それより、そろそろ出番じゃないか?」
     時計を見ると開始時間になろうとしていた。それと同時に集会場の玄関から主催の本屋の店主が出てくる。
    「あっ居たいた!おーいマーちゃーん!そろそろだから準備してね!」
    「だって。頑張ってきなよ、あの子のこと笑顔にするんだろ?」
    「うう……でも、そうですね。ん、よし。ウルトラスーパーマスコットになるマーちゃんはここでへこたれてはダメなのです」
    「そうそう、その心意気。偉い偉い」
     ポンポンと頭を軽く撫でて褒める。すぐに切り替えられるのもこの子の良さだと思う。
    「えへへ。では、行ってきます」
    少しはにかんだ後、会場の方へ歩き出し、
    「うん、行ってらっしゃい」
    彼女が入っていくまで見送った。
    「って、外にいても寒いだけだし、俺も中で暖まるか」
     そう独り言をつぶやき、そそくさと中へ入っていった。その間にも、雪は収まる気配がなかった。

  • 11◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:44:33

    「さあそれでは!ここで抽選会を始めたいと思うんですよ!まず30から!」
    「30番の方〜いらっしゃいますか〜?」
     時間通りに始まった抽選会は、サンタクロース役がウマ娘だということもあって例年以上の盛り上がりらしい。いつもは十数人だったが今年はその倍は来ているという。やはりこの時期にウマ娘が来ることは珍しいのだろう。補佐の子達ならともかく、現役選手が、なんて言えば特に。
    「この商品券で買い物できるのは、うちの書店はモチロン!青垣酒屋、ムアイク堂、それから熊北鮮魚店も何でも買えますよこれはぁ!さあお客さんどうだ!70!」
    「70番の方〜」
    「あら!私じゃない!」
    次々に当選者が彼女から景品を手渡しされていく。来る人は皆どこか嬉しそうだ。
    「あらまあこんな可愛い子に貰えるなんて嬉しいわぁ〜!」
    「えへへ……」
    「(意外と、サマになってるな。まあ病院内で遊んでても怒られなかったところを聞くに、ちゃんとしてたんだろうな)」
     信頼してない訳では無い。……無いが、どこか漠然とした不安はあった。けれどそれは要らぬ心配だったらしい。

     そんなこんなで盛況だった抽選会も終わりを迎え、残りの景品は目玉である有名な携帯ゲーム機を残すのみとなった。
    「本日最後の、出物ですよ!どうですお客さん!大人気の携帯ゲーム機!欲しくないですかぁ!?さあ最後のラッキーナンバーは120!」
    「…………あっ!僕だ!!」
    「おーし!お兄ちゃん、とっとと持っていってくれ!」
    当てたのはなんと先程の男の子だ。最後の最後で当てるとは相当な豪運だ。若干羨ましくも思う。
    「おめでとうございます。ふふ、すっかり元気になりましたね」
    「うん!ありがとうお姉ちゃん!それとお兄さんにも!」
    「おめでとう。いい笑顔だ」
     先程のうつむいた顔は何処へやら。幸せそうな笑顔に、見てるこっちもつられて笑ってしまった。やはり子どもは笑顔が一番似合う。しかし一瞬
    「あ……お兄さん」
    ほんの一瞬だったが、顔をしかめた気がした。
    「ん?どうした?」
    「トイレってどこ?」

  • 12◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:44:54

    「それでは以上をもちまして、大抽選会は終わりとさせていただきます!サンタクロース役をしていただいたアストンマーチャンさんに大きな拍手を!」
     会場内に大きな拍手が鳴り響く。誘ってよかったと今更になって思う。
    司会役をしていた本屋の主人が彼女に
    「マーちゃんなにか一言あればどうぞ!」
    マイクを手渡しした。
    「皆さん楽しんでいただけましたか?楽しんでいただけたのならば幸いです」
    「実はわたし、来年の高松宮記念に出走します。なので応援のほど、よろしくお願いしますです!」
    「おっ!いいゾ^~頑張れー!」
    「なら私も現地に行っちゃおうかしら!ちょうど暖かくなってくるし!」
     皆が思い思いの声援を送る。これはいい活力を貰えそうだ。
    「えーでは!アストンマーチャンさんに今一度大きな拍手をお願いします!」

  • 13◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:45:14

    「いや〜お疲れ様!大変だったでしょう」
    「いいえ、いい経験になったのです。ありがとうございました」
    「そう言ってくれるとありがたいよ。あんまり良いお返しはできないけど、今日のお礼ね。もちろんトレーナーさんにも」
     手渡された封筒には図書カード。しかも二千円相当だ。
    「良いのですか?」
    「本屋のウチが渡せるモンってそれぐらいしかないからさ。あ、ウチで使ってくれるのなら一番ありがたいけどね」
    「ふーん……じゃ、俺のもあげるよ。四千円もあるなら色々買えるだろ?」
    そう言って持っていた彼女の手の封筒の上に重ねた。
    「……トレーナーさんは本がお嫌いなのですか?」
    「いや?でも俺が持ってるよりはちゃんと使ってくれるだろ?あっそうだその代わり、面白そうな本あったら貸してくれよ」
     その言葉にしばらく考え込み、「あぁ」と理解したときにポンと手を叩いた。
    「では、お互いに感想を送り合うのはどうでしょう。文通みたいに」
    「送り合うって……今はLANEもあるじゃないか」
    今の時代文通をするほど不便ではないと思うのだが。
    「……いいえ。紙に残るからこそ、消えないものもあるのですよ」
    「……そういうものか。ま、文字を書く練習にもなるから良いかもしれないな」
     彼女がやりたいのであればそれを否定するのは違うだろう、と。
    「まあ、使い方はお二人さんで決めてくださいな。年寄りがどうこう出る幕ではないからね。では、私は一旦店に戻りますので、鍵はそのままで構いませんよ」
     そう言うと、店の主人は自分のクルマへと向かっていった。

  • 14◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:45:37

    「あっ……お姉ちゃん、と……お兄さん」
     その時、トイレから出てきたのであろう男の子が戻ってきた。が、様子がおかしい。腹部を手で抑え只事ではないことはひと目でわかった。
    「ん?……っておい、大丈夫か!」
    返事も答えられぬまま、体が前に倒れる。なんとか支えることには間に合ったものの
    「なっ!……すごい熱」
     平熱とはとても思えない高熱に身がたじろぐ。おかしい、先程まで元気だったはずなのに。
    「え……。っ!?……トレーナーさん、119番通報お願いできますか」
    「あ、ああ」
     急いで掛けようとするも、手が震えてうまく入力できない。なんとか繋がるも
    「すいません救急です!子どもが腹痛を訴えていて……熱もあるみたいで、えっ大雪で遅れる!?」
    軽症ならそれでも構わない。だが相手は子ども。遅れれば遅れるほど悪くなる一方だ。自分のクルマで行けなくもないが、救急車が遅れるほどの大雪ならば渋滞は免れない。
    「どうすりゃいいんだ……」

     考えろ。考えろ。頼みの救急車は来ない。彼の車で送ってもらうか?いや、渋滞の可能性を考えれば得策ではない。どうする。どうすれば。
     ふと、ある一つの可能性が閃く。
    「トレーナーさん!この場から一番近い救急受け入れ可能な病院を聞いてもらえませんか!」
    「あ、ああ。すみませんこの近くで救急受け入れが可能な……ええ、そうです。…………〇〇病院さん、ですね?」
     確かその病院ならここからそう遠くない。ならば
    「〇〇病院なら聞いたことがあります。……その距離ならわたしの脚で、10分」
    「10分でって……まさか走っていくつもりか!?」
    彼が止めるのは嫌でもわかる。けれど今考えられる最善策はそれしかない。
    「それが今一番いい方法なのです。トレーナーさんのアルトわーさんを使っても、きっと渋滞に巻き込まれてしまう。なら、マーちゃんが走ったほうが早いでしょう?」
     ウマ娘の速さと機動性ならおそらくは車よりも早く着ける。ましてや雪なら尚更だ。だが、ステイヤーではない自分がペースを維持できるスピードは精々3〜40キロ。それでも保つ距離は約半分ちょっと。

  • 15◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:46:15

    「(この雪の中走っていくだって……?芝のコースとはワケが違うんだぞ)」
     そうでなくとも人一人背負った上で自分の適正距離以上を走らせるなど、いくら膂力があるウマ娘だとしてもさせる訳にはいかない。だが、
    「……ダメなのは分かっているのです。あまりにも危険だと。……でも、それでも……」
    その瞳に覚悟が見えた。
     その覚悟に、負けた。
    「………………。……分かった、行ってくれるな?マーチャン」
    「っ!はいっ!」
    「だが条件がある。後ろの子は落ちないよう縛って、その上に俺のコートを着ていってくれ。……サイズが大きいからすっぽり覆えるはず」
     そう言いつつ着ていたコートを脱ぐ。無いよりかは幾分かは耐えられるだろう。
    「それともう一つ、……危険だと一度でも感じたら、絶対に無理はしてくれるな。俺も病院に連絡しつつ追いかけるから」

     予想通り、病院へと向かう道は交通麻痺を引き起こしていた。事故が起きていないだけ奇跡というべきか。だがそんな車道とは裏腹に歩道はそこまで降り積もってはいない。これなら路面が悪いときの外周を意識する走りで良い。凍ってはいないのであれば尚の事。この分であればまだ希望はもてる。
     未だに背負っている男の子は意識が朦朧としている。もし救急隊の到着をただ待っているだけだったら……。
    「(……そういうことは考えちゃダメなのです)」
     頭の中で過った最悪の事態を考えないようにした。今はただ、ひたすら走るしかない。折角笑顔にできたのだ。その笑顔を最悪な形で失わせるわけには行かない。

     道のりも半分を過ぎただろうか。今まで経験したことのない長距離に流石に脚が怪しくなってくる。
    「(このまま走ると……きっと……)」
    正直、どうなるかわからない。芝生の上は訳が違うし、雪も行く手を阻む。けれどその不安に蓋をした。
    「(不安はあります。……でも、ここで諦めてよいというわけではないのです)」
     辛いときこそが踏ん張りどころ。今がその時だ。

  • 16◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:46:34

     脚の限界はとうに超えている。スプリンターとしての自分が嫌になったことは無い。ないが、
    「(マーちゃんにもっと体力があったら……)」
    今だけは恨めしかった。無い物ねだりをしたところで状況が変わる訳では無い。
     心臓は今にも破裂しそうに。やはり限界か、それとも焦燥からなのか。今の自分には分からない。
    「(……心臓さん、ドキドキが邪魔です。もっと落ち着きましょう。……大丈夫、大丈夫ですから)」
     でも今は、今だけは無視をした。最後まで力を尽くす。あと少し、あと少しなのだから。
    「(……あと少しなのに)」
     それでも脚が言うことを聞いてくれない。"もう十分頑張っただろう"、そう言っているかのような。
    「……もう、だめなのですか」
     気がつくともう両足は完全に止まってしまった。一度止まってしまうと、気が付かないようにしていた息が思い出したように荒れる。
    「……マーちゃんは、頑張れましたか?」
    当然、誰が答えてくれるわけでもない。自分自身で頑張ったのだから仕方ないと、認めてほしかったのかもしれない。
    「マーちゃんは……ここまで……」

  • 17◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:46:55

     ふと、彼の言葉が聞こえた気がした。

     ━━マスコットってさ、人々に幸運をもたらす人や動物とかモノとか、そういう意味なんだっけ。それを聞いたときさ、"いい夢"だなって思ったのよ。
     マーチャンは"人を幸せにする存在"になりたい、ってことだろ?俺にそんな生き方は今更無理だけど、そう在りたいと願う子の夢を輝かせてあげられるなら

     そんな俺は一番幸せなのかなって。

     なぜ今その言葉なのかはわからない。でも 
    「(やっぱりトレーナーさんは変なヒトなのです。自分のことじゃじゃないのに、笑ったり、泣いたり)」
    そんな人だからこそなのかもしれない。一番近くで、自分の願いを一緒に叶えようとして、見守ってくれて、
    「(でも、あなたがトレーナーさんで本当に良かった)」

    わたしに一歩、また一歩踏み込む勇気を与えてくれる。

    「……っやああああああ!!!!」
     不思議と力が湧いてくる。まるで隣で彼が支えてくれているかのように。一歩、また一歩。気持ちと脚がシンクロしてゆく。
    「さあ、マーちゃん。ここからが正念場です!」
     残り少ない距離を、最後の最後まで。前を見据えて、踏み込む。

     師走の寒空の中、駆けていく少女がいた。白く雪が舞う中を、一瞬で過ぎ去る閃光のように。

  • 18◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:47:17

     暫く走り続け、ようやく病院の救急受付入り口にたどり着く。もうすでに準備はできていたようで、受け入れ準備は整っていた。
    「はっ……!ハアッ……!すみませんこの子をお願いします!」
    「アストンマーチャンさんですね!?分かりました!」
     背負っていた男の子は、手際よくストレッチャーに乗せられ運ばれて行った。無事に届けられたのだと気づいた瞬間、安堵で限界を超えていた膝からズルズルと倒れる。
    「マーチャンさん!?大丈夫……」
    「はぁ……はぁ……。……やった。やったやった!やったああああ!!!」
     そして人目も憚らず、泣いた。

    「本当にこんなに遅れるとは……無事に着いていてくれよマーチャン!」
     脇道、裏道など使える道はすべて使った。けれどどうしても渋滞からは免れなかった。
    「ここか……やっとついた」
     別れたあとすぐに電話をかけ、手配をしてもらってから20分以上は経っていた。エンジンもつけっぱなしにして飛び出ていく。
    「マーチャン!」
    「あっマーチャンさんの保護者の方ですか?良かったです今ベッドに横になってて」
     どうやら無事に着いてはいるようだが、
    「えっ!?大丈夫なんですか!?」
    その単語を聞いた途端最悪なことばかり考えてしまう。行かせなかった方が良かったと今になって後悔ばかりが湧き出る。
    「落ち着いてください」
    「落ち着くも何も!だって低体温症だとか……」
    「それは大丈夫です。ただ単にお疲れで寝ちゃっているだけなので……」
    「そう、でしたかぁ……ああ良かった……」
     疲れて眠っているだけ。その言葉を聞いて安堵のあまり膝から崩れた。
    「ええ、ですから大丈夫です。……本当によかったです。彼女も、男の子も無事で」

  • 19◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:47:57

     寝ている彼女を起こさないよう慎重に抱え、乗ってきた車に乗せる。よほど疲れていたのか起きる気配はなかった。
    「では、あとお願いします」
    「はい、お気をつけて」
     あとは病院に任せよう。自分が出来ることはそれぐらいしかない。幸い雪は収まり、帰りは大丈夫そうだ。
     走ってる最中も起きることはなかった。けれど
    「……すぅ」
    その寝顔はどこか嬉しげだった。
    「……お疲れ様。マーチャン」

  • 20◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:48:15

     無事に寮に届けた日の翌朝、寮長のフジキセキから電話が掛かってくる。
    「んぁ……おはようございます。なにか御用で……あー、やっぱり風邪ひいちゃいましたか」
    マーチャンが風邪になってしまったという電話だった。
    「ええ、ええ。……え?来てほしいと?」

    『幸い大したことは無さそうで良かったです。でも彼女がどうしてもっていうので』
     流石に学生寮は入れないとのことで代わりに自分のトレーナー室で看病をすることにした。幸い市販薬で治りそうな軽度ではある。でも、直接の原因は自分にある。その事実が負い目を感じさせていた。
    「まあ風邪の責任は俺にあるので……彼女を責めないでやってください」
     やはり止めておけばよかったと後悔しても遅い。けれど返ってきた言葉は優しかった。
    『いや、人助けしたことは悪いことではないので。……ふふっ、同じことを二人揃って言うんですね』
    「えっ?」
    『"わたしが無理を言って行かせてもらったので、トレーナーさんは悪くない"、と』

  • 21◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:48:37

     部屋に入ると咳き込みながら外を見る彼女の姿があった。
    「コホッ、コホッ……あ、トレーナーさん。おはようございます」
    「あ、ああ。おはよう。……ごめんな、マーチャン」
    許してほしいとは思ってないが、自然と出る言葉はそれぐらいしかない。けれど彼女も同じように謝る。 
    「……どうして謝るのですか?謝るのはマーちゃんの方なのです。……ごめんなさい」
     これでは押し問答だ。何かできることはないか。そういえば今日はクリスマスイブだ。せめて何かあげることぐらいはできるだろう。
    「なあマーチャン、今日はクリスマスイブだったよな。なにか欲しい物ないか?ちょっと席は外すけど、すぐ戻るから」
    「欲しい物、ですか?うーん……」
     暫く考え込んだあと、
    「……マーちゃん、一度だけサンタさんに迷惑をかけたことがあるのです。欲しかったものが違うと。……わがままな子どもでした」
    返ってきた答えは子どもの頃の話だった。
    「まあ、そう思うときもあるかな」
     この子は優しすぎる。子どもの時のわがままなんて可愛いものだろうに。
    「でも子どもなんてわがままな方がいいんだよ。迷惑なんて考えなくていいんだ」

     少し間が空いた後、真っ直ぐな目でこちらを向いた。
    「……トレーナーさんは今もそう思っていますか?」
    「ん?ああ。思っているよ」
    「では……マーちゃんのわがまま、聞いてくれますか?」
    「……いいよ」
     そう言うと、自分の手を握ってきた。離さないよう、強く、強く。
    「マーちゃんが眠れるまで、ずっと、ずっと手を握っていてほしいのです。……ずっと」
    その答えに、
    「今日は俺がマーチャンのサンタさんだ。どんなワガママにも答えるよ」
    自分も同じように手を強く握り返した。

  • 22◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:48:55

    「んん……ここは?」
     目が覚めると知らない天井が見えた。ここはどこだろう。確か、抽選会場で急に目の前が暗くなって。
    「あれ……お母さん?」
     そんな自分の手を握っていたのは、僕のお母さんだった。
    「ん……〇〇!?良かったぁどこも痛くない!?」
    「うん……そういえば僕、誰かに運んでもらって」
     運んでくれたのかは分からない、名前も知らない人。でも
    「僕ね、サンタのお姉ちゃんに助けてもらったんだ」
    暖かくしてくれた、優しいサンタのお姉ちゃんのことは、ちゃんと覚えていた。

    おわり

  • 23◆4soIZ5hvhY22/12/24(土) 18:54:18

    クリスマスイベストにマーチャンのまの字もなかったので勢いで書きました
    許しは請わぬ

  • 24二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:23:19

    >>23

    今回のイベントに出なかったの、マートレがアンバサダーとしてごり押そうとして却下になったから出てこなかった説。

  • 25二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:25:18

    >>24

    アイツならやりそうで困る

  • 26二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:43:11

    めっちゃいいじゃん……めっちゃいいじゃん……
    すげえ感動したぞ……いいものをありがとう

  • 27二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 20:16:59

    全人類読め

  • 28二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 01:40:11

    みんなもっと読め
    話の作りが上手いなぁって感じました
    マーちゃんが病院にたどり着いたところで自分も拳を握ってしまった
    いいお話をありがとう

  • 29二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 03:10:46

    良かったなあ……良くやったなあ……!

    皆幸せになりたまえ……!

  • 30二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 12:31:16

    宣伝あげ

  • 31二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 12:32:21

    長い…そして良い…
    ありがとう

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています