【SS】ぴょいっと

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:24:57

    「はー、つらい……つらいなー」
     トレーナーさんが芝の上にズラッと並べたミニハードル。距離にしておよそ25mくらいあるだろうか。
     それを行ったり来たりしながら、私はぼやく。

    「今のスカイはヨレるとフォームが崩れる欠点がある。だからこれで足上げと腕振りを意識して欲しい」
     そんなことを言ったトレーナーさんの指示は理にかなってはいると思うけれど。それでも辛いトレーニングは辛い。
     サボらずにしっかりと脚を上げて走りきらないとハードルに引っかかる。太ももの裏がピリピリ張って攣りそうだ。その上、ものすごくだるい。

    「つらいー」
     20セットというメニューだったけど。私は10セットを終えたところで隣の芝生に寝転がった。
     監視役のトレーナーさんは幸いなことに何かの用事でたづなさんに呼ばれてここにはいない。このまま寝転がっていてもバレないかもしれない。

    「スカイさん。駄目ですよサボったりしたら。さ、もう10セット、がんばって行きましょう!」
    「ふぅン。スカイ君だとこういうペースになるんだねえ。……ところでここに股関節の可動域を高めるいい薬があるのだけれど」
    「いや、それはいいです。……やりますよ、やりますって」
     ……一緒にトレーニングをしているウマ娘がいなければ、だけど。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:25:19

     13セット目。しんどすぎてミニハードルを3つくらいまとめてぴょんと飛び越して走る。これはこれで楽しいかもしれない。
     着地も完璧。我ながら上手くやった気がする。
     そう思って隣を見ると、フラワーが可愛らしい顔を可愛らしいままに、眉をハの字にしてみせていた。
    「スカイさん。ちゃんと走ってください」
    「ごめんフラワー。ちょっと脚が止まらなくって。にゃはは」

     さすがにバレるか。私は諦めて一つ一つを飛び越えようとして……最後の方はペースを乱して再びまとめて飛び越えた。
    「まるでフリースタイル・レースのトレーニングだねえ。それはそれで取り入れるべきものがあるのかもしれない」
     タキオンさんが興味深そうに頷きながら取り出した手帳に何かをメモしていく。嫌な予感しかしない。
    「フリースタイル、ですか?」
    「ああ。荒れたコース、障害物すらあるようなアマチュアレースだけれど、公式レースとはまた違った楽しみがある……そこでのトレーニング手法に目を向けるのも悪くはないかもねえ」
     そう言った後、タキオンさんが走り出す。そしてミニハードルを3つ飛ばし、5つ飛ばしとキレイに飛び越えていった。
     ……意外と器用なんだな、この人。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:25:36

    「まあ、こんなものは曲芸に過ぎないという意見もあるだろう。でもそれが秘める可能性までは否定できない。バ群に飲まれたときはペースを変えて、ストライドを変えて飛び出す必要だってあるからねえ」
    「なるほど……」
     タキオンさんにならって、フラワーもぴょんぴょんと跳ねて駆け出す。体の小さいフラワーにとってはギリギリだ。見ていてヒヤヒヤする。
    「わっ、とと」
     目の前でつまづきそうになったフラワーを私は慌てて受け止めた。
    「あ、ありがとうございます、スカイさん」
     無理に飛んで走ったせいか、フラワーの太ももはガクガクと震えていた。
    「どういたしまして。無理はせずにちょっと休もうか」
    「はい……でも、スカイさんはまだ休んじゃダメですよ?」
     優しいけど、厳しい。
     はいはいと返事をして、私は再びミニハードルをまとめて飛び越えて走る。タキオンさんのように3つや5つ飛ばしを織り交ぜて。

    「ふぅン。スカイ君も器用だねえ」
    「いやー、まあ、これくらいなら」
    「せっかくだしこれでデータを取ってみようかねえ。ちょっと私の指示に従って走ってみないかい」
    「ええー……ま、いいですけど」

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 19:25:52

     ……気づけば私たちは元のメニューを忘れていて。

    「ちゃんとメニューはこなしてるか? ……って、おい。なにをやってるんだ3人共」
    「にゃはは。ごめんなさーい」
     トレーナーさんに怒られる羽目になった。

    「まあまあトレーナーさん。こういうトレーニングが役立つこともありますって」
    「うーん……まあ、完璧に否定はできないけれど……」
     可能性はゼロじゃない。私とタキオンさんの言葉にトレーナーさんが気圧される。

     大きく踏み出して、飛び越えて走る。
     そんなトレーニングが、経験が……役立つ日がいつか来ることもあるかもしれないのだ。
     ……ま、来ないかもしれないけど。にゃはは。

     そして無理やりトレーナーさんを納得させた私たちは、ぴょいぴょいと障害を飛び越えるトレーニングを続けたのだった。


    おしまい

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