- 1二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:31:18
最近、どうにも調子がおかしい。
「会長、こちらの書類も確認を……」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
「あっ……」
いつものように生徒会室で雑務に追われていた放課後のこと。トレーニング器具の費用をまとめた書類を会長に渡そうとした拍子に、机の上に積まれていた書類の束に肘を当て崩してしまった。
一瞬の気まずい沈黙の後、会長がふっと軽く息をついて書類を拾うために席を立とうとする。
「……申し訳ありません。すぐに拾いますので、会長はそのまま」
「いや、いい。気にしないでくれ」
ただでさえ忙しいというのに、不注意で会長に余計な手間を取らせてしまった自分が不甲斐ない。穴があったら入りたい気分だ。
「エアグルーヴ」
散らばった分をあらかた拾い終わり、書類を順番通りに正していると会長が話しかけてきた。その声色から私の失態への怒気は全く感じず、それどころかこの上ないほどに優しい声色に感じた。 - 2二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:32:11
「最近ぼんやりしていて、少し疲れているようだな」
「いえ、そんなことは……」
「わかるさ、君らしくもない。意地を張られて倒れられたら私が困る」
会長は、子供の我儘を諭すようにゆっくりとした調子で続ける。
「君のトレーナーからも聞いている。最近はトレーニングにも特に熱が入っているそうじゃないか。頑張りすぎていて少し心配だと言っていたよ」
あのトレーナーめ余計なことを……。
確かに、普段以上にハードなトレーニングを自主的に行っているのは本当だが、仕事に支障をきたす程の無茶はしていない……といいたいところだが、実際にこうして余計な仕事を増やした以上、言い訳することはできない。
だがひたすらにトレーニングに打ち込むのも理由がある。激しいトレーニングでもして忘れてしまわないと、晴らせないモヤモヤとした気持ちが最近の私の悩みなのだが……。 - 3二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:32:42
「何か悩みごとがあるのなら、私でよければ相談に乗るが」
「……いえ、大丈夫です。今はお言葉に甘えて休ませてもらいます」
「そうか……あまり根を詰めないようにな」
会長はそういって優しく微笑むと、相も変わらない素早い手さばきで書類の山を捌いていく。
この悩みは会長に相談するようなものではない。
そもそも、こんな悩みを抱えている原因は、何もかのあの……
私は顔がわずかに火照るのを自覚ながら、仕事に勤しむ会長を尻目に生徒会室を後にした。 - 4二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:33:30
────
「髪に糸屑がついているぞ」
「え?」
不意の出来事だった。ある日の学園の廊下で突然声をかけられたのは。
どこに、と確かめる間もなく聞きなれた声の主は私の顔にその手を遠慮することなく伸ばしてきた。私の頬に長くしなやかな指がつぅと触れる。まるで口づけでもするかのように、その手が私の顔にそえられる。
手だけではない。目の前には視界を覆うほど近くに顔が迫り、その綺麗な瞳に反射する自分の顔さえクッキリと確認できる。
「なっ……」
その突然の出来事に、思考が追いつかず体が硬直する。周囲を歩いている生徒らからは色めき立った黄色い声が聞こえ、おかしな期待を孕んだようなボソボソした声も聞こえてくる。 - 5二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:34:26
「ほら、取れたぞ」
「あっ……」
顔から離れた指には、一本の赤い糸屑がつままれていた。思わず、つい今までその指が触れていた箇所をなぞってしまう。
「ば、場所というものを、考えて……!」
「ん? 何か不都合が……あぁ、ゴミを取ってもらうところを人に見られたいものではないか」
焦って上手く言葉が紡げない私のことなど知ったことではないように「注意が足りなかったな」などと悪戯に笑っている。
その綺麗に笑った顔が先程まで目の前にあり、見惚れたその顔が目蓋に焼き付いて離れない。もう顔から火が出るのではないかと思うほどに熱くなっているのが、熱くなった頭で冷静に思考できた。
公衆の面前で、まるで公開処刑にでもされた気分だ。
「私はまだ用事があるのでな。生徒会室には先にいっててくれ」
そう言って軽く手を振りながら去っていく会長の姿を、私は呆然と立ち尽くしながら見送った。 - 6二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:35:57
────
その日以来、会長の一挙手一投足に一々視線を奪われてしまうようになってしまった。
紙をめくる指の柔らかな動きに、俯く度に垂れる細やかな髪の一本一本に、喋る度に微かに震える小さな唇に……。
この感情が何なのかはわからないが、会長の傍にいない時には、悶々とした虚しさのようなものが私の胸中に常に渦巻いている。
自分でも何なのかわからない感情に気を取られるのが気持ち悪く、それを忘れるためにひたすらトレーニングに打ち込んでいるのだが、どうにも気づかない内に体は疲れきってしまっていたようだ。
「このたわけが……一体どうしたというんだ私は……」 - 7二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:36:45
着替えもせずに自室のベッドに横たわり天井を眺める。
こんな悩みを会長本人に相談するわけにもいかない。会長には頼らずに解決する他ないだろう。
悩みごとはまず、気の置けない友人にあたってみようか。自分では分からないことを一人で悩んでいても仕方がない。思い立ったが吉日とも言う。
スマホを取り出し、電話帳から番号をタップする。ほどなくして相手の声が聞こえてきた。
「こんばんわエアグルーヴ、どうかしたの?」
「あぁ……少し話したいことがあってな」 - 8二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:37:54
声の主はサイレンススズカ。
あまり相談事に強い相手とは思えないが、友人として間違いなく信頼できる相手だ。
「あなたから悩みごとで相談なんて珍しい」
「おかしいか?」
電話越しに聞こえたふふっと笑う声に、少しムッとする。
私はこれでも悩み多き年頃の少女だ。
「いいえ、ごめんなさい。それでどんなお悩みなのかしら」
その声は、まだおかしそうで楽しんでいるように聞こえる。相談相手を間違えたかと思うが、聞いてくれると言うのなら、まあよしとしよう。
私は最近の自分の調子と、その原因と思われる会長との一件についてベッドに寝転がりながら語った。 - 9二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:39:16
- 10二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:45:38
- 11二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:47:56
これはSSではないと申すか!?
- 12二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:48:42
途中までトレカプかと…
- 13二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:52:30
1発ネタで本当に渾身の一発を持ってくるヤツがあるか!
- 14二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:55:19
その時ふと閃いた!
会長のイケメンムーブにキュンキュンなエアグルーヴ概念は活かせるかもしれない! - 15二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 00:57:48
一発ネタ長引くのはあるあるなんかな、カフェとフレディ・マーキュリーのアレもそうだったらしいし
- 16二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 01:00:04
こんないい所で終わんの!?
- 17二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 01:09:29
スパダリ会長はメスグルを呼び覚ますのに丁度いいのだな
- 18二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 01:51:11
ここまできてるのに恋心に気づかないのは確かにたわけ
- 19二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 02:48:30
続きはどこ…?ここ?
- 20二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 07:49:20
続きはFANBOXでってやつか…
- 21二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 08:21:00
会長は女性らしい体にイケメンが宿ってるのがいい
- 22二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 08:23:21
ウソでしょ…もうほぼ完成してる…
- 23二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 08:31:39
この続きはどうすればいいんだ
そっかーて納得するのかそんなはずは…て葛藤するのか - 24二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 12:07:13
ならば誰かが書くしかあるまい
- 25二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 17:51:51
ルドエアはもっと流行っていい
- 26二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 18:07:17
いやーやられた
誰かお願します
続きをください - 27二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 18:55:14
- 28二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 22:38:58
- 29二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 22:56:25
生殺しだー!
- 30二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 08:06:38
保守
- 31二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 12:46:37
続きを見るまでは諦めない
- 32二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 22:10:48
ルドエアがほしい…
- 33二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 03:34:18
ほひゅ
- 34二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 14:24:33
「うーん……ねえエアグルーヴ、それはもしかしてなんだけど……」
「うん?」
スズカは、しばし唸った後に心当たりがあるような口ぶりで言いづらそうに勿体ぶる。
「ひょっとして、恋ではないかしら」
「…………こい?」
あれか?
よく池の中を泳いでいて紅白の色鮮やかな鱗が美しいと評される淡水魚か。
「それは錦鯉ね」
そうか。鯉にも様々種類があり、みんながみんな紅白の模様ではないのだな。確かに野生であんなに目立つ色をしていたら簡単に捕食されてしまうだろう。
しかしそれが一体どういう関係が?
「恋よエアグルーヴ、恋愛の恋」
「……こ、恋!?」
突然なにを言い出すんだこのたわけた女は。言うに事欠いて、この私が会長に恋をしているだと?
そもそも同性なのだぞ。確かに会長の容姿や仕草に心奪われるかのような魅力を感じる時はあるが、それはあくまでも同性として見習うべき、手本にすべき教本を見るのとなんら変わりのない敬意の視線を送っているのであって、決してきりりと吊られた目尻や、人の心さえも映してしまいそうな深く透き通った薄紫の眼に心が囚われているわけではないし、書類を手渡す際に私よりもほどよく筋肉のついた逞しい手指が目について、その指でまた顔に触れてほしいとか手を握られたいなどと浮わついた考えを持ったことなど一度もありはしないし、その凛々しい姿を後ろから見た時に揺れる尻尾がなんだか格好いい会長のイメージから離れた愛らしさを放っていて、そのギャップについ尻尾を手にとって撫で回したくなったりなどもしていないのだから、恋心など抱えていようはずもない。
同性愛を否定するわけではないが、私はそもそもそんな浮わついた色恋よりも、このトレセン学園の一生徒として、ウマ娘の一人として今のレース生活に打ち込んでいるのだ。
「その私が、色恋なんぞにうつつを抜かしているなどありえん。もっと真面目に考えてくれ」
「…………そうね」 - 35二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 14:30:48
保存とかしてないやつなのでゆっくり追加します
- 36二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 15:07:09
続きが…読めるのか…!
- 37二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 16:52:54
その後も、しばらく通話で相談に乗ってもらっていたが、やはり納得のいく答えは得られなかった。
スズカは最後まで「恋だと思うんだけどなぁ…」と最初の結論にこだわっていたが、一体なにを根拠にそこまでこだわるのか理解できない。まったく変なやつだ。
しかしこれでは、ふりだしから何も進んでいない。ファインにも相談しようかと思ったが、スズカの言ったことが頭を離れず、こんな状態では何を言われても妙な意味に捉えてしまうかもしれない。
また明日になってから考えよう。
余計な思考を洗い落とすため、その日はシャワーをして床につくことにした。 - 38二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 19:27:23
保守せねば
- 39二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 21:36:15
来たか
- 40二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 23:11:27
カーテンの隙間から漏れる日の光が、浅い眠りの終わりを告げる。目蓋を刺す日光を布団で遮りたい気持ちをなんとか抑え、暖かいシーツから体を引き剥がすように身を起こす。
結局、昨日の夜はよく眠れなかった。
どれだけ考えても否定しても、スズカが最初にいった「恋ではないかしら」という言葉がいつまでも頭の中で反芻されている。
恋、恋愛、恋慕、愛情。
私が会長に?
恋心を?
昨日は頭ごなしに否定したが、今にして思えば会長の顔を間近で見たときに感じた心臓の高鳴り。あれがそもそものきっかけだったと思う。まるでベタな恋愛ドラマのワンシーンのようなシチュエーションで、周囲の生徒達も色めき立っていたような記憶がある。
会長はその容姿や立ち振舞いから、同性からも人気が高く、一部のウマ娘達をその道に目覚めさせたとかいう噂を耳にしたことを思い出した。
私も会長の放つその"気"に当てられてそっちの道に落ちたとでもいうのか……?
「ふっ、なんてな」
身支度を整えながら自嘲するように独り言を放つ。
いくらなんでも、髪の毛のゴミをとってもらっただけで、そんな乙女のような思考に陥るものか。
横で目を覚ましたばかりのファインモーションが、頭に「?」を浮かべながら私の方を見ているが、そんなファインを置き去りに先に部屋を出たのだった。 - 41二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 06:34:13
早口女帝
- 42二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 13:02:42
保守
- 43二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 21:50:59
午前の授業を終えて、生徒会室へと足を運ぶ。
朝一で来た時には誰もおらず様子の確認だけとなったが、今回は窓際に見慣れた後ろ姿が立っているのが見えた。
「会長、もう来ていたのですね」
「やあエアグルーヴ。体の具合はどうだ?」
「はい、お陰さまで健康そのものです。ありがとうございます」
もともと不調があったわけでもないが、早あがりさせてもらった以上は、そのていで通した方がいいだろう。
会長は「それはよかった」と柔らかに微笑みながら椅子に腰をかけた。何故だろう……たったそれだけのことなのに、気づくと私の視線は既に会長に釘付けになっていた。
腰を掛ける時に揺れる長く艶やかな髪が、私に向けられるまっすぐな視線が……。
「エアグルーヴ? どうかしたのか?」
「あっ……いや、なんでもありません……」
「ふむ? それならいいのだが……昨日の残りの業務はそっちのテーブルにまとめて置いてあるから、休み時間の内に目を通しておいてくれ」
慌てて視線を逸らし、そそくさとソファに腰を掛ける。
テーブルの上に纏められた書類は、私が昨日帰った時よりも明らかに少なかった。これは会長が私の分まで、余分に業務をこなしてくれたのだろう。お礼を言うべきだろうかと会長の方へチラリと視線を移す。会長は既に自分の作業に入っているようで、いくらか重なった紙をパラパラとめくって内容を確認している。
恐らく、学園の生徒から寄せられたアンケート用紙だろう。数日前に集めておいたもので、会長はその意見に目を通して、一人でも多くのウマ娘の要望を叶えられるよう、日夜考えを巡らせているのだ。
私が残した業務までこなし、その翌日にはまた別の作業に取り組み、日々の激務の疲れさえ感じさせずに仕事をこなしている姿は、あらゆるウマ娘達の規範として申し分ない。この学園最高のウマ娘と言っても過言ではないだろう。
いけない。また手が止まってしまっていた。
ただでさえ作業が遅れて迷惑をかけているのに、これ以上の迷惑はかけられない。 - 44二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 22:44:29
かけられない、のだが……。
手元で書類仕分けを行いながらも、私の視線は勝手に会長の方へと流れていってしまう。
アンケートの要望が難しいのだろうか? ふむ、と顎に指をあてて、深く考えるように上を向いている姿が麗しい。何か思い付いたのだろうか、ペンを素早く走らせて何かメモを取っているようだ。
良いことが書いてあったのだろうか、うんと満足げに頷きながらメモを取ることなく用紙を脇によけている。今度は悪いことが書いてあったのか、眉をしかめてうぅむと唸っている姿が、なんだか子供みたいで可愛らしく見える。
だが、尖らせた唇に視線が移るとそんな子供らしさは微塵も感じなくなった。薄く塗られたリップが、蛍光灯の光を唇の動きに合わせて反射しその艶やかな輝きが会長の口唇の曲線を象る。
……まただ……何をしているのだ私は。
作業が全く捗っていない。気づけば会長のことばかり見ていて、頭の中では会長のことばかり考えている。
ふ抜けた頭を抱えて、雑念を取り払うことに集中するが、会長のことを考えないようにしようとするばするほどに、逆に意識してしまう。これではまた余計な心配をかけてしまうことになる。
何故こんなにも会長のことを意識してしまうのだろう……。
ふと頭の中に昨晩のスズカの言葉が反芻される。
「ひょっとして、恋ではないかしら」 - 45二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 22:56:53
恋。
会長の姿を横目で盗み見る。相変わらずアンケート用紙とにらめっこをしながら思案していて、私の様子には気がついていないようだ。
恋。
会長の姿を見ていると沸き立つこの感情が、恋。
いや、違う。これはそんなものではないはずだ。
スズカが変なことを言うものだから、妙に意識してまうだけで、私は会長のことをただただ尊敬しているだけにすぎない。この感情は、この胸の高鳴りは、顔の火照りは、全て気のせいか何かだ。
──それでも……それでも、もしこれが本当に……。
本当に……恋なのだとしたら、私は……。
いったい、どうするのだ……?
「かいちょー!遊びにきたよー!」 - 46二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 22:58:08
今日はここまでです
- 47二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 23:02:29
素晴らしいものですよこれは
- 48二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 00:48:58
頑張ってくれ
- 49二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 07:21:05
保守
- 50二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 11:15:26
期待
- 51二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 18:22:25
思考の沼にハマりかけた時、生徒会室のドアが勢いよく開かれ、賑やかな声が駆け込んでくる。後頭部で一束に纏めた長い髪を揺らしながら、トウカイテイオーが入ってきたのだった。
普段通りの作業中であれば、彼女の介入は厄介に思うところであっただろうが、今はなんともべストなタイミングだ。二人きりの静かな会議室では、会長へと思考が集中してしまい、考えが明後日の方向へと走っていってしまいそうだったからだ。
感謝するぞテイオー、後で好物のはちみーでもご馳走してやる。
「あれー? ひょっとして二人とも忙しかった?」
用紙を手に持つこちらの姿を見て、生徒会業務の最中だと察したようだが、そんなことは知らんと言わんばかりの足取りで室内へとずかずか入ってくる。相変わらず図太い神経だなと、いっそ感心する。
「いや、忙しいというほどではないさ。エアグルーヴも構わないだろう?」
「ええ、すぐに終わらせます」
「そっかそっか、さすが生徒会の人材は優秀だねぇ」
テイオーは、何故か偉そうに顎をさすりながら向かいのソファに腰をかけると、テーブルの上の書類に視線を移す。
「これって何の紙?」
「各特別教室の備品の状態と、買い換えが必要な物の支出と使用可能な予算額をまとめたものだ」
触るなよ、とついでに視線で釘を刺しておくが「うへぇ」と舌をだして遠ざかるその様子を見るに、頼んでもこの書類に触れることはしないのだろう。 - 52二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 18:26:15
保守
- 53二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:04:22
少しずつでも進んでくれるの嬉しい…
楽しみに待ってます - 54二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 23:25:52
保守
- 55二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 00:43:55
続きが楽しみだ
- 56二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 00:50:45
「テイオー、足の調子はどうだ?」
「そうだ聞いてよ会長! お医者さんってばまだ安静にしてろって言うんだよ。ボクはもう走るのも平気だってのにさ!」
2週間ほど前、テイオーは足に不調が見つかったらしい。
幸い大事に至る前の発見で、激しいトレーニングを禁止される程度で済んだようだ。今はまだ安静に過ごすようにと医者に言われているようで、足をバタバタと動かし「平気だよ」とアピールをしながらぶう垂れている。
「ははは、お医者様が言うのなら仕方ないさ。それで怪我をしてしまっては、さらに安静期間が長くなるだけだぞ?」
「そうだけどさー……」
「彊食自愛、今は体をゆっくりと休め英気を養う時だ。己の体調を万全の状態に保つのも立派な鍛練の内だぞ」
「きょう……? んー……わかった、会長が言うならそうだよね!」
言葉の意味は分かっていないだろうな、という気持ちは飲み込み、自分のやるべき仕事へと意識を向ける。
気が散りはするが、会長と二人きりの静かな時よりも断然作業の消化ペースは速い。先程まではほとんど何も手につかないような精神状態であったし、今はただ思考にノイズが入ることがありがたい。
「ねえねえ会長、今ちょっと疲れてない?」
「ん?」
見ると会長は既にアンケート用紙への回答作業を終えたようで、ペンを置き背もたれに深く寄りかかっていた。
「ボク時間あるからさ、肩揉んであげるよ!」
「いや……そうだな、お願いしよう」
一瞬、遠慮しかけたようだが、テイオーの厚意だと受けとることにしたようだった。テイオーに合わせて背もたれの低いソファへと移り、肩を揉みやすいように後ろ髪をぐるりと前方に束ねて持ってくる。その仕草にまた艶っぽさを感じてしまい慌てて心を自制する。 - 57二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 01:18:57
油断するとすぐ会長に心を持っていかれそうになる。
さっきまでは室内でも距離が離れていたことと、視線の先にいないからこそなんとか思考を持ち直していたのだが、対面のソファに座られてしまうと、もはや嫌でも視界の端に会長の姿が入ってきてしまう。嫌ではないが。
思いきり下を向いても、それはそれで磨き抜かれた形の良い脚に視線が奪われてしまう。
何を考えているのだ、とかぶりを振って雑念を追い払う。
正面の二人から妙なものを見るような視線を向けられている気がするが、気にしないことにする。
「いやーかいちょー、凝ってますなー」
「ん? はは、分かるか?」
「へへ、あんまり分かんないけどさ」
まるで親子のようなやりとりをしながら、和やかな空気で会話を楽しんでいる。
会長はテイオーに対しては、いつもこうして話を合わせて甘やかす。しかしそれも悪い甘やかし方ではなく、子供の機嫌を取るような上手な対応をする。
ただ人の上に立つ規範としての生徒会長の姿だけでなく、『子供』相手にも上手く立ち回る大人の女性としての姿が、またくすぐるように私の心を掻き立てていく。
だが、何故だろうか。
「会長いい匂いするね」
「実はファンだという後輩から高価なシャンプーを貰ってな」
先程から。
「お肌スベスベだー」
「こら、くすぐったいぞテイオー」
やけに胸の奥に。
「あっ、やわらか」
「それは怒るぞ」
苛々とした気持ちが募るのは。 - 58二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 01:19:41
一旦これまで
- 59二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 01:43:56
ありがとう…マジでここ数日の楽しみ
- 60二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 07:40:49
なかなかの長編になりそうな
- 61二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 07:45:49
期待しかない
- 62二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 16:07:22
昼の休憩を終えて、午後の授業へと向かう。
何とか時間内に支出計算の作業を終え、放課後のトレーニングに支障をきたすことはなくなった。
だが、この昼休憩の間に生まれた胸に引っ掛かるもやもやが、私の足取りを重くする。
テイオーの暇潰しに付き合う会長。それはいつもの光景で、見慣れた景色のはずで、特別に何かを感じることなどなかったはずなのに。
テイオーに向けられた会長の笑顔が眩しくて、麗しくて、目を離せなかった。
なのに私といる時には、ただの一度もその笑顔を見せることはなくて、今日もその表情は私ではなくテイオーに向けられていて。
いつも見ているはずの光景が、今日はいつになく見たことのないような光景に見えた。まるでジャメヴュ。
それは見ている景色が変わったからなのか、それとも見ている私が変わったからなのか。
「スズカめ……恨むぞ……」
先日までは、ここまでの重症ではなかった。
昨夜のスズカの言葉が、ボディーブローのように時間が経つほど、ずんと重く響いてくる。
私は……テイオーに嫉妬していたのだ……。
半日のわずかな時間、幾度となく否定してきた答えに今、私は手を伸ばしている。
相談に乗ってくれた友人には申し訳ないが、他人事だと思って簡単に言語化してくれたことを逆恨みさせてもらう。この気持ちに解答がなければ、ぼんやりと悩み続けるだけでいられたのに。わずかなノイズで飲みこめてしまえるほどの小さな悩みであったはずなのに。
下手に解答が見えてしまっていて、他の解答も見つけられなくて。
もしこれが本当に正解の答えなら、その先はどうする?
それがわからない。そこで納得して終わりではない。
気持ちの整理をつけるために、必要なことと向き合わなくてはならないのだ。
それはつまり……。
結局、午後からの授業もトレーニングも、頭の中からその悩みが消えることはなかった……。 - 63二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 16:34:42
「それで朝からぶつぶつ言ってたんだ」
その日の晩、自室で寝巻きに着替えてからファインモーションに私の抱える悩みを打ち明けることにした。
彼女にとっては急なことだったが、話を聞いた時に驚きこそすれ、気持ち悪がったりするような素振りは微塵もなかった。
それどころか、心なし瞳をきらきらと輝かせているようにも見える。やはりこの年頃は本来ならば、私と違って色恋に興味の尽きないというのが普通なのだろうか。
「それで、率直に聞くけどグルーヴはどうしたいの?」
「どう……というのは?」
「ほら、会長さんとはどうなりたいの? やっぱり付き合いたい?」
一つベッドの上、ファインは枕を抱き抱えたまま、興味ありげにずいずいと顔を寄せてくる。
……そんなことは、わからなかった。
なにせこんな気持ちを抱いたのは、生まれてこのかた初めてのことだ。
それに、もし私が「そうだ」と言ったところで、肝心なのは会長の気持ちだ。会長は私にこんな思いを伝えられたら、一体何を思うのだろう。
優しい人だ。それも一つの幸福の形と受け入れてくれるだろうか。
だが会長も神や仏ではなく、個人なのだ。表面に出さないだけで、腹の中に抱えたままの感情もあるだろう。もしも私の気持ちを伝えてしまって、それを会長に否定されてしまったら、この気持ちや私のことをどこかで快く思っていなかったとしたら……。
それが怖い。会長に否定されることが。私を拒まれてしまうことが。
「そっか、難しいよね」
「すまないな、期待していたような話ではなかったろう」
「ううん、グルーヴの真面目な悩みだもん。茶化したくないよ」 - 64二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 16:57:28
ファインは「任せなさい」と言うように、ふんすと鼻を鳴らして胸を叩く。
「それで、やっぱり肝心なのはグルーヴがどうしたいかっていうのは変わらないと思うんだけど……どう?」
「どうだろうな……恋仲というものを見たことはあっても、想像しことはない……」
まして同性となれば、尚のことだ。
仮に会長と恋仲になりたいと言って、恋仲になったのだとして、それからは?
やはりカップルといえばデートだろうか。私は会長とどんな風にデートをするのか。
……まったく何も考えつかない。
断られたらどうだ?
会長は間違いなく、私から距離を置くだろう。
いかに会長といえども、恋慕の情を断った相手と共にいるのは気まずいだろう。私の心をそれ以上傷つけないように、気を遣って日常を過ごすことになるかもしれない。会長の内心がどうあれ、今までのような関係では絶対にいられなくなることは確かだ。
ならば気持ちを伝えなければどうなる?
会長とは今までと同じように、生徒会のメンバーとして共に学園で活動を行っていくだろう。
私は会長に拒絶されることもなく傍にいることができ、会長も私の心を知らないのだから、変な気を遣うこともない。
「ならば、私が何も言わなければ……黙って何もしなければ一番丸いのではないだろうか」
不思議なものだ。
好きな気持ちを自覚しても、それを伝えた後のことが上手くいく光景は全く浮かばない。なのにダメだった場合のことばかりは、はっきりと思い浮かべられる。
結局、今のままでいることが一番、誰にとっても平和なままでいられると分かった。ただそれだけのことで欲しいものは満たせるのだと。
それが分かった途端、胸の奥にあった重たいしこりが取れたかのように、すっと体が軽くなった。
なんのことはない、ただ自分の想いを自覚して、それを誰かに相談するだけで解決するだけの話だったのだ。
率直に切り込んでくれたスズカにも感謝しなくてはな。こういうのは案外、踏み込んでものを言えるあいつに相談して正解だったのかもしれない。 - 65二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 16:58:03
今日の分は終わりです
- 66二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 17:01:40
次回更新を楽しみにしてます!
- 67二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 17:07:04
相談に乗ってもらいたい系女帝もかわいいものだ…
- 68二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 23:25:19
保守
- 69二次元好きの匿名さん21/11/09(火) 23:29:02
こういう女帝がもっとみたい
- 70二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 07:58:08
保守
- 71二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 08:02:17
おはほしままなやみい
- 72二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 09:07:40
眠たすぎておは保守が打てなかった
- 73二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 19:52:09
保守
- 74二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 21:26:14
「それでいいの?」
「ああ……私と会長の仲が気まずくでもなれば、ブライアンや生徒会を頼りにしている娘たちにも顔向けできん」
「でもぉ……」
ファインは不満げに唇を尖らせながら、より強く枕を抱き締める。
相談に乗ってもらいながら、あまり時間もかけずに結論を出してしまったが、彼女に聞いてもらえてよかったと思う。この秘密を共有している人がいるだけで、もう孤独な悩みではなくなったのだから。
「エアグルーヴから恋の相談なんて滅多に聞けるものじゃないのに~」
「最初で最後だろうな」
もっと聞きたい!と駄々をこねるファインをベッドから引きずり下ろし、深く布団を被る。
頭を悩ませていた問題が解決して、とても晴れやかな気持ちだ。
今日はよく眠れそうだと、ファインのぶつくさ言う声を聞きながら、私はそっと目蓋を閉じた。 - 75二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 22:00:51
────
カーテンの隙間から漏れる日の光が、浅い眠りの終わりを告げる。目蓋を刺す日光を布団で遮りたい気持ちをなんとか抑え、暖かいシーツから体を引き剥がすように身を起こす。
結局、昨日の夜はよく眠れなかった。
「……くそっ」
ぼそりと悪態を吐く。
昨晩、布団に潜って眠りにつく前、ファインが余計なことを呟いたのが原因だ。
人がせっかく悩みを解決した直後だと言うのに、この娘は本当に余計なことをしてくれた……。
『お似合いのカップルだと思うのに…』
お似合いだと?
私と会長が?
何がどう似合っているのか。それを聞いてから頭の中では悶々とした妄想が繰り広げられていた。
まずお似合いのカップルとは何を基準に判断しているのか。
身長か、顔か、スタイルか。
私と会長の身長はほぼ同じだが、身長差が大きい方がいいのか小さい方がいいのかもわからない。
顔はどうだ? ……会長の見目麗しい顔立ちは言うまでもないが、自分の顔を客観的に評価するのは難しい。ただ、男装をして女性に囲まれたことがあるので、悪い方ではないのだろう。恐らく。
スタイルは……会長の長く伸びた脚、引き締まった細身の身体、その細身に蓄えられたしなやかな筋肉……。
私が敵う要素と言えば、体重の一部を成すこの駄肉ぐらいか……。
女性としては羨ましいのだとファインやスズカには言われたこともあるが、レースには腕を降るにも邪魔になっていかんせん不必要としか思えない。
私からしたら、彼女たちの方が羨ましい……というのは贅沢な悩みなのだろうな。 - 76二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 22:46:27
だがそれらを比べてみて何がお似合いなのかはわからない。
それは置いておいても、お似合いだとしたら一体何だというのだ。ただ隣に並んでいるだけならば、それは現在の日常生活の中でも見る機会のある光景だろう。
であらば、やはり「カップル」の部分に注目すべきなのだろう、と考えて自分にできる可能な限りの想像力を働かせてみたのが昨晩。
手を繋ぐ、腕を組む、抱きしめる、抱き抱える……。
口づけをして……。
知り得る様々な知識を動員して、それらを自分と会長に置き換えてみたのだが……途中で我に返り、バカな想像に全知能を費やして、にやにやと口の端を吊り上げていた自分が恥ずかしくなった。枕に顔を埋めて深呼吸を繰り返し、眠りにつくまでひたすら知っている花の種類を唱え続けた。
結局、最後に時計を見たときには午前2時を回っていたはずなので、少なくとも4時間足らずの睡眠しかとれていないことになる。
二日連続の睡眠不足で、どうにもやる気が上がらない。
最低限の化粧だけを施して洗面所からでると、ファインが遅れて目を覚ましていた。むーんと伸びをしている彼女に、ささやかな恨みのこもった一瞥をくれてやると「何かご機嫌斜め……?」などと呑気な顔で抜かしてくる。
誰のせいで、という言葉は飲み込み「どうしたのー?」と叫ぶファインを置き去りに部屋を出たのだった。 - 77二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 22:47:21
今日はおわり
- 78二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 22:50:00
また明日以降楽しみにしてます
- 79二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 22:52:34
ありがたい
- 80二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 23:20:15
面倒くさい女帝だぜ!
- 81二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 23:45:48
ありがとう!
- 82二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 06:20:27
朝保守
- 83二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 08:26:32
保守だ、
- 84二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 18:09:47
保守。
- 85二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 20:53:14
「……いつにも増して目付きが悪いな」
「……貴様に目付きのことを言われるとは思わなかったぞブライアン」
昼の中休み。
生徒会室に顔を出してみるとそこに会長の姿はなく、昨日は顔を見せていなかった、ナリタブライアンがソファにどっかり腰を掛けていた。
「隈ができてるぞ、ちゃんと寝ているのか?」
今朝の鏡を見た時に気づいていたが、やはり目元の隈を隠すには今の化粧は少し薄かったようだ。
「グルーヴったら朝からこの調子なの……」
ブライアンの対面に腰を掛けた私の隣から、ファインが心配そうな顔で覗き込んでくる。
なぜこいつがこの生徒会室にいるのかと言えば、朝の様子が気になったと言って、午前からずっと人の尻尾を追い回してくるのだ。
ずっとつけ回してくるものだから周囲からは奇異の目で見られるし、貴様のせいでおかしな妄想が捗って眠れなかったなどとは言えるはずもないし。
その内に飽きて離れるのを待つしかないだろう。
「もしかしなくても……昨日のことだよね?」
ぼそりと私にだけ聞こえる程度の大きさでファインは囁く。
秘密の相談だと伝えていたし、ブライアンの前で不用意に話題として出さないようにはしてくれているらしい。
会長のことか……生徒会室に来たのは、少し迂闊だったかもしれない。
ベッドでの妄想だけでも、悶絶しそうなほどの恥ずかしさだったたいうのに、もし会長の顔を直接見ていたら昨夜の妄想が甦って顔をろくに見ることも、会話さえもままならなかったかもしれない。 - 86二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 21:13:17
「睡眠は必要最低限程度は取れている、今日は大した仕事もないし、軽めのトレーニングだけして早めに寝る」
「そうか……」
最初こそ普段との違いに興味を示していたブライアンだが、この先はさして興味ないとでも言うように、短い返事だけをして窓の外へと視線を移した。
隣のファインは相変わらず眉を困った風に八の字にして黙っている。
ふぅ、と軽くため息を1つ吐いてファインのももに軽く手を添える。
大丈夫だ。私はいつも通りの生徒会を選んだ。このまま何も言わずに、今までと同じように会長と接してゆくんだ。
「グルーヴ……」
「ファイン、私なら大丈夫だ」
「でも……この手はセクハラだよ……」
スカートとソックスの間に露出した肌を軽くつねり、部屋から彼女を追い出した。
「何か隠し事か」
「……貴様には関係ない」
「そうか……」
その後、ブライアンとは一度だけそっけない会話だけを交わしただけで、休み時間の終わりまでお互いに何を喋ることもなかった。
その間、会長が生徒会室に現れることもなかった。 - 87二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 21:53:20
────
放課後。
私は外を走ることもなく、室内の練習施設を使った軽い運動だけ終わらせて寮に戻ることにした。
外では学園のウマ娘たちが各々自主トレーニングや、担当のトレーナーに指導されながらのトレーニングに励んでいる。
(私は一体、何をしているんだろうな……)
懸命にひた向きに、勝利への渇望を研ぎ澄ます彼女達の姿は、沈みかけた夕陽と相まって、今の私には目に痛いほどに眩しかった。
私も彼女達と同じように、レースへと……勝利を掴んだ栄光の景色へと向かい走っていたはずなのだが……。
会長の顔を間近に見つめたあの日以来、私の心はどこか遠くへと飛んでいってしまったかのように、レースへの執着から離れてしまっていた。
私のことを目標だと言っていた娘、ライバルだと言って競いあった娘、トレーニングに暮れる生徒達の光景の中には、今も私を追いかけて必死に汗を流している娘達の姿もあった。
今の私は──
「エアグルーヴ」
「ふぁいっ!?」
背後から聞きなれた声と共に肩を叩かれ尻尾が跳ねる。
驚き振り返ると、目の前に『あの』会長がジャージ姿で立っていた。
あまりに不意打ちの至近距離に、どきんと胸の奥が大きく音を立てて弾む。
「早いな、今日はもう練習は終わりか?」
「え、えぇ……少し、体調が優れなくて……」
「そうか、それはご苦労だな……よし、寮まで送ろう」
「えっ!? い、いや……そんな」
突然の申し出に慌てふためいている間に、会長は私の手を握り歩き出す。
スベスベした肌の手触りと、見た目以上に柔らかい指の弾力が心地よく私の手を包み込む。
端から見れば仲良く手を繋いで歩いている風にしか見えないであろうこれは、案の定まだトレーニングをしている生徒達の目に止まったようで、きゃあきゃあと黄色く色めき立った声がそこかしこから聞こえてくる。 - 88二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 22:04:02
「か、会長……私は一人で歩けます……!」
「いいから」
晒し者にされている恥ずかしさで顔を上げることもできない。離してほしいと懇願するが、会長は振り向くことなく私の手を引いて歩いてゆく。
私は観念して、引かれる手を力なく握り返すしかなかった。
「……? 会長?」
「…………」
少し歩いて違和感に気がつく。
会長は寮の方向ではなく、別のどこかへと向かっているようだった。それでも私の手を引く力は無理矢理ではなく、優しく導くように微かな力で引いてくれていた。私はその力にそっと身を委ね、ただ黙って導かれるままに足を動かす。
しばらく歩いて着いた先は、模擬レース用の練習グラウンドだった。
「会長……ここは……」
「エアグルーヴ、少し走ろうか」
ようやく振り向いた会長の顔は、夕陽の逆光に暗く隠されていた。 - 89二次元好きの匿名さん21/11/11(木) 22:04:27
今日の分です
- 90二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 00:37:15
終盤かな…
- 91二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 01:02:41
今日もありがとう…!
- 92二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 02:01:00
すこだ…
- 93二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 08:46:15
保守なのだ
- 94二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 11:02:22
保守
- 95二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 17:19:14
保守
- 96二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:08:39
「走る……ですか。しかし私は……」
「ああ、走ると言っても本気でじゃない」
軽い併走だよ、と会長はジャージの下だけを脱ぎながら一言そう付け加える。
短パンから伸びる鍛えられた会長の脚に思わず見惚れてしまった。
「なんならジョギング程度でもいい、一緒に足を動かさないか?」
寝不足のせいで体調は芳しくないが、体を動かせないほど具合が悪いほどのものではない。コースをぐるりと走ってくるぐらいは問題なくこなせるだろう。
同じようにジャージの下を脱ぎ、入念に柔軟で体をほぐす。軽くとはいえ、準備運動は欠かさない。怪我があってからでは遅いのだ。
「さあ、いこうか」
とてもゆったりとした足取りで走り出した会長から、一拍遅れて同じペースで走り出す。
横顔がかろうじて見えない程度の斜め後方に位置付ける。
普段のトレーニングではあり得ないスローペース。夕刻のほどよい冷たさの風が顔を優しく撫でてゆく。
揺れる会長の尾にぴったりと張りついたまま第一、第二とコーナーを曲がっていくが、未だに会長は黙ったままだ。
なにか不興を買うようなことをしてしまったのだろうか……正直、最近の私には心当たりが多すぎて不安になる。
第三コーナーを前にして、違和感に気がついた。
ペースがあがっている。
さく、さく、という歩きにも近かった足音が、ざっ、ざっ、と地面を蹴る音に変わり始めている。会長のペースに合わせて走っていたので、途中まで気がつかなかったようだ。
だが、今までがウォームアップにしても遅すぎたぐらいだ。
私は会長に離されないよう、同じペースで距離を保ち続ける。
「…………」
前方を走る会長が、わずかに顔を横にしてこちらを見た。
離れずについてゆく私の姿を確認すると、会長はさらにペースをあげる。
まだまだジョギング程度の速度だが、確かに、少しずつ速度をあげている。
また、私を誘うように……。 - 97二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:21:43
「ついてこい」
コースを一周した時点で、会長がそう言ったように感じた。感じただけで実際には無言のままだったろう。
ばつっと地面を蹴りあげて、急に今までとは明らかに違う急加速を見せる。
距離を離されないよう、慌ててダッシュをかけて追いかける。
最初のコーナーに入る前に追い付き、また最初と同じように斜め後ろの位置から会長を追いかける形へともっていく。
会長はペースを落とさないまま、再びこちらへと振り返り様子を確認してくる。
ニヤリと笑った顔からは、「走れるようだな」と確かめたのではないかと思えた。
そのままのペースで、第三、第四コーナーも走りすぎ、直線の中ほどに差し掛かった時、会長がわずかにペースを落とした。
ほんの一瞬、並ぶ姿。
横にいる私には目もくれず、ただ前を見据えるその横顔の美しさに目が眩むような気がした。
「いくぞ」 - 98二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:36:26
今度こそ間違いなく、その口から発せられた言葉を合図に、会長は大きく地面を蹴ってスタートを切る。
これはレース。
会長は軽い併走から私が走れることを確認して、徐々にレースへと向けて私を連れて走っていたのだ。
何故、という気持ちは切り捨てて、私もまた地面を強く蹴りあげて速度をあげる。
今は一対一。出遅れてついた差は、序盤ならばそれほど痛くはない。この距離ならば充分に差せる範囲だからだ。
先行する会長の背を追いながら、ふと考える。
私がこの人の背中に憧れたのはいつからだったろう。
圧倒的な走りでレースを制する姿を見た時か、大勢の前で雄弁に理想を語る姿を見た時か。
始めは後を追うよりも、隣に並び立つ存在だと思っていたような気もする。
けれど、いつしか私はこの背中を見ることが多くなっていて、この背中を目標にするのだと追いかける立場へと変わっていた。 - 99二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 22:01:49
「ふぅー……はっ……!」
最初のカーブを曲がりきり、直線にでて大きく息を入れて様子を窺う。距離はわずかに縮まっているように感じる。
会長がペースを落としたか、私が掛かっているのかはわからないが……突然の理由も分からないレースで私は全力で望めているのだろうか。
近頃の腑抜けた私に引導を渡して、目を覚まさせてやろうと会長なりに渇を入れにきているのだろうか。
降って沸く雑念を懸命に振り払いながら前へと進む。
────
「今回も私の勝ちだな」
会長との本気のレースは、初めてではない。
付き合いも短くなく、何度も競い打ち負かされた。
追い付きたかった。けれど追い付けなかった。
勝ち星がなかったわけではない。それでも、全力の会長だった気がしなかった。
「君は強い」
慰めなれているような気分で、それが惨めに思えて、いつしか追いかけることを諦めていたと思う。
『憧れる』ことで逃げていたのだと。
レースとは違うところなら、私はこの人の隣に並んでいられる、並んでいたい……。
そんな心の逃げ道に、私は理由を求めていたのかもしれない。そして、そんな逃げた先で見つけた理由からも、私は逃げようとしたのだ。
────
「はっ……はぁっ……私は……」
レースで長く見ることがなくなっていた背中を今、再び私は追いかけている。
何故走らされているのか、その理由もわからないままに、ただそのウマ娘の背中を。
あぁ、なんて綺麗に走るのだろう。
その背中に手が届くなら、どんなにいいだろう。
その美しく駆ける姿に並べるのならどんなに素敵だろう。
第四コーナー直前、目一杯に身を前に乗りだし、私は地面を蹴った。 - 100二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 22:15:49
ぐん、と一気に距離が縮まり、会長の尾の先端を眼前に捉える。
しかしそれで追い付けるのなら苦労はない。
会長もまた速度を上げ、せっかく詰めた距離がまた離される。
どれだけ追いかけても追いかけても、引き離される背中。
また追い付けないままなのだろうか。
この先もずっと追いかけるだけなのだろうか。
レースも、愛情も。届かないと知りながら、ただ諦めたまま追いかけ続けるだけの。
『黙って何もしなければ一番丸いのではないだろうか』
『それでいいの?』
「嫌だっ……!」
無意識に口を突いて出た言葉。
他の誰にも似ていないこの背中を、追いかけ続けたこの背中に。
追い付きたい。
並びたい。
追い越したい。
その瞳に私の姿を……映してほしい。 - 101二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 22:34:06
「うぅあぁあああ゛あ゛あ゛っ!」
自分のものとは思えないほどの雄叫びを上げて更に速度を上げる。
コンディションは万全ではない。息は既に底をつき、サボっていたツケに体力も尽きている。
それでも今は、今だけは絶対に負けたくない思いだけで、動かない脚を無理矢理に回転させる。
死に物狂いとはこういうものかと、頭に微かに残った冷静な部分で考える。
3バ身……2バ身……1バ身……。
目に見えて縮まっていく距離が、更に私の背中を押してくれる気がした。
もはやどちらの脚が前に出ているのかの感覚さえ分からないまま、ただ走る。
「っ……!」
並んだ。
隣に。
全身に打ちつける風も、地面を蹴る音も、何も聞こえない。
隣で微かに息を飲む会長の声だけが、私の耳に届くほどの静寂。
比喩ではなく、今この瞬間、世界には私と会長の二人しかいないのではないかとさえ思う。
微かに目が合ったこの一瞬が、永遠に続けばいいとさえ思った……。 - 102二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 22:54:49
────
「ぜっ……はっ……ぁ゛あ゛ー……」
私たち以外に誰もいないグラウンドで、誰の目を気にすることもなく、大きく大の字を描いて倒れこむ。もはや一歩も動けない。喉がからからに枯れて、全身の毛穴から汗が吹き出している。
「はぁ、はぁ……素晴らしい、ラストスパートだったな……エアグルーヴ……!」
一方の会長はまだ余力を残したようで、大きく肩で息をしている程度のものだ。もう会長の称賛の言葉に返事をするだけの気力さえ残っていないというのに。
結局、並んだのは一瞬だけで、そのスパートを最後に私は力尽きた。
またこの人の背中には届かなかったのだ。だが不思議と悔しくはない。今度こそ完全に、自分の中の気持ちを吹っ切れたような気がする。
「君の体調が、すぅー……万全だったなら、ふぅー……危なかったな」
会長は大きく呼吸を繰り返しながら息を整え、私へのフォローにも気を回してくれている。
だが、その時はその時。今のレースで使わなかった全力であれば、万全の私であってもやはり敵うことはないだろう。
「走って少しはスッキリしたか?」
「……はい」
ようやく少しだけ落ち着いた呼吸で、なんとか返事をする。
「最近、何か悩んでいるようだったからな。少し強引だと思ったが、こんな手段を取らせてもらった」
「いいえ、助かりました……とても清々しい気分です、会長」
「私たちはそういう生き物だからな」
だらしなく倒れたままの私に、手が差しのべられる。
先ほども握り握られた手。手汗を軽く拭きとり、その手を取る。今度は、恥じらいはない。
「改めて、寮まで送ろう」 - 103二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 23:02:55
────
「やはり、分かりやすかったですか」
「悩みごとを抱えているか、か?」
「えぇ……」
「確かに分かりやすかったな、ぼんやりとしていて」
「そうですか……会長にはご迷惑を……」
「なに、気にすることじゃない」
「気になるといえばだ」
「……?」
「その悩みごとの内容なのだが……」
「そ、それは! 会長に相談するようなことでは……!」
「あぁ、君の友人達に聞いたら簡単に口を割ってくれたよ」
「…………」
「私は悪い気はしなかったぞ」
「…………」
「ではまた明日、生徒会でな。今日は早く寝なさい」 - 104二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 23:03:39
きょうのぶんです
- 105二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 23:20:02
いい……ありがとうございます……
- 106二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 00:25:51
会長かっこいい
- 107二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 01:16:45
熱いルドエア最高…ありがとうございます…
- 108二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 07:38:14
俺は気づいたぞ
ジャージの下だけ脱ぐ仕草という仕込まれたエロスに - 109二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 08:50:01
保守
- 110二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 15:54:29
保守
- 111二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 22:30:37
────
とうとう一睡もできなかった。
昨晩の会長の言葉が延々と頭の中で繰り返されている。
「悪い気はしなかった」
あれはどういう意味だったのだろう。
眠れなかった割に、意識はこの数日で今が最も冴えている。
私が会長に好意を寄せているという秘密は、隣で呑気に寝息を立てている友人達が見事に暴露してくれたようだ。
隣では、一つのベッドに身を寄せ合ってスズカとファインが眠っていた。
寮の入り口で会長と別れた後、スズカを呼びつけファイン共々、こってりとしぼってやったのだ。説教が長くなってしまい深夜までかかったので、仕方なくこの部屋で共に寝ることにしたわけだが、どちらのベッドで寝るかと聞かれて、即ファインを選んだのは私を恐れてのことだろう。まあそれは別段どうでもいい。
肝心なのは会長が私の好意を知っていて、その上で昨日の態度であったということだ。
二人の話では、昼の休み時間に会長が私のことで相談に訪れたらしく、その時に上手く聞き出されてしまったらしい。
始めから私を売ったわけでなかったのは、友人を信じて相談した私には朗報ではあったが、結局情報は漏れてしまった。
会長は私が何を悩んでいるのかを知っていて、昨日のレースに誘ってくださった……そして、別れ際の「悪い気はしなかった」という言葉。
前向きに捉えるのであれば『嬉しい』ということだろうが、言外の意を捉えようとすれば『悪い気はしないが応えられない』とも読み取れる。
結局、会長は何を伝えたかったのだろう……。 - 112二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 22:41:15
ここで悩んでいても答えがでるはずはなかった。
本人に直接聞いてみないことには、解決するはずもない。
昨日までの私であれば、恐怖や恥じらいばかりが勝って、そんなことは出来るはずがなかったが、会長と共に走り、心の中の雑念もわだかまりも全て吐き出した今の私には、怖いものは何もなかった。
密かに寄せていた想いもバレてしまっているのなら尚更。
結果がどう転ぼうと、遅いか早いかの違いでしかないのなら今日、早急にケリをつけるべきだろう。迷って先延ばしにしてしまう方がより辛くなってゆくのだから。
支度を終えて、鞄を肩にかける。
この時間、いつもならば目を覚ましているファインと、一緒に眠ったままのスズカの二人はそのままにして、私は部屋を後にした。 - 113二次元好きの匿名さん21/11/13(土) 23:53:14
────
「無理だ! できるわけがない!」
「それを私に言ってどうなる……」
放課後。私はブライアンと共に学園の屋上にいた。
今日一日、私は会長から直接話を聞くどころか、もう平気だと高を括って生徒会室の前に立つまではよかったが、そこで猛烈な胃痛と羞恥心に襲われ、人と話すどころの状態ではなくなった私は、外聞もないままに廊下を疾走して屋上へと駆け込み、そのまま半日間ぼんやりと流れる雲を眺めながら膝を抱えて過ごしていた。
ブライアンが姿を現したのは放課後になってからだった。
午後の授業を全てすっぽかしたまま行方知れずになった私の捜索をしていたらしい。
自分でも全く気がつかなかった……というか放心していたので分からなかったのだが、私はいつの間にか泣いていたらしく、私の姿を見つけたブライアンは珍しくぎょっとした顔をしていた。
結局ブライアンは、私が落ち着くまで傍にいてくれ、どうしてこうなったのかの事情も静かに聞いてくれた。
そうして今に至るのだが……。
「頼むブライアン……一生の頼みだから聞いてくれ……」
「断る」
まだ何も言っていない。
「私の代わりに、会長の口から真意を聞き出してほしい……」
「嫌だ」
強情な奴め……私が情けない姿を晒し、頭を下げて恥を忍んでまで頼んでいるというのに、知ったことかと平然とスマホをいじくっている。
先ほどまで抱いていた感謝の気持ちはキレイさっぱり霧散し、真面目な頼みを興味ないと言わんばかりの態度に腹が立ってきた。
「貴様……」
「お、きたか……」
その態度に一言何か言ってやろうと身構えた瞬間、ブライアンは私の後ろに視線をやる。
振り返って見ると、屋上の入り口に立つ会長の姿があった。 - 114二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 00:08:19
「か、か、会……長……」
その姿を見た瞬間、顔が湯沸し器のように沸騰するような熱を帯びるのを感じた。
このままの状態で放っておかれれば、数分で茹で上がる自信がある。
「連絡感謝するぞ、ブライアン」
「もう帰るぞ、今のこいつは面倒くさい」
ブライアンは人を親指で指しながら入り口に向かって歩きだす。
スマホをいじって何をしているのかと思えば、会長に連絡を取っていたらしい。そういえばこいつは私を探しにきていたのだった。
さらによく見れば、会長の肩口からひょっこりと覗く二つの顔。サイレンススズカとファインモーション。
「彼女達も心配して一緒に探してくれたんだ」
二人に気づいた私に、どうしてここにいるのかの理由を会長が説明してくれる。
どうやら思った以上に大勢に迷惑をかけたらしい。トレーニングもまたサボってしまっているし、このままでは体になまけ癖がついてしまいそうだ。
「さてエアグルーヴ、私と話したいことはないかな?」 - 115二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 00:22:48
もはや逃げることは叶わなかった。
一日中避け続けた相手が今、真正面に立ちはだかり、私の顔を真っ直ぐに見据えて問いかけてくる。
まるで「逃げるな」と言うように。
もう、覚悟を決めるしかなかった。
「……会長は、私のことをどのように思っていますか」
「……良き友人であり、信頼できる生徒会の仲間、だな」
がつん、と後頭部から殴られたような痛み。胸を丸ごと抉り取られたかのような虚無感。
分かっていたはずなのに、心のどこかで期待を捨てきれずにいた自分を実感する。
「悪い気はしなかった」という言葉の意味。
やはりそういう意味の言葉だったと、思い知らされて打ちのめされる。
会長は私を憎からず思おうとも、それは決して恋愛の対象としてではない、ということ。
分かっていた。
わかって、いたのに。
「……っ」
喉が焼けつくように痛い。
既に流し終えたはずの涙が、また胸の中を込み上げて登ってくる。
「そうですよね」と、ただ一言の言葉すら出せない。口を開けば、それが嗚咽になってしまいそうだから。
ただ下を向いて、体の内から込み上げる全てを懸命に噛み殺すことしかできなかった。
「……私は、そう思っていた」 - 116二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 00:44:38
下を向いたままの私の頭上から、暖かく柔らかな声が降りてくる。
滲んだ視界の端に誰かの足元が入り込んでくる。
「君は、違ったのだな」
涙を堪えきれていなかった私の顔に、するりと長い指が伸びてくる。
手入れの行き届いた綺麗な指。スベスベとした肌触りで、柔らかな感触。
その指が頬を優しく撫で、目の端に溜まった涙を拭いさってゆく。
「私に聞きたいことではなく、私に言いたいことがあるんじゃないのか?」
会長の両の手が私の顔を優しく包み、この顔が前を向くようにそっと持ち上げてくれる。
歪んだ視界から見えた会長の顔は、今までに見たどんな表情よりも優しい表情だと思えた。
「えぅ……ふぐぅ……」
折角ここまで会長がお膳立てをしてくれているのに、私の喉はもはや、まともに働くことさえできなくなっている。
それを察してなのか、しびれを切らしてなのか、会長は私に向かってゆっくりと口を開いた。
「エアグルーヴ」
「私は、君が好きだ」 - 117二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:09:39
「君が私を好いてくれていると、そう聞いたときは驚いたよ」
私の顔を支えていた両の手が離れ、今度は肩に当てられる。
そのまま、ぐいと体を引き寄せられたかと思うと、頭を抱え込まれ、顔に柔らかな感触が触れる。
もし鼻水で詰まっていなければ、今頃は私の鼻腔をいい香りが埋め尽くしていたのだろうと思う。止めようにも止まらないこの液体がひたすら憎い。
せめて会長の衣服を汚すまいと鼻水だけは力一杯鼻をすすって体内に押し止める。
「驚いたが……嬉しかった。それほどまでに私を慕ってくれていることが、とてもね」
「…………」
「好きになられたから、好きになった……のかどうかは正直わからない。だが、今抱いてる気持ちに嘘はない。エアグルーヴ、私は君が好きだ。君はどうだ?」
ようやく、自分で顔をあげて会長の顔を見ることができた。先程と変わらない、優しい顔。
今の私はきっとひどい顔をしている。
そんな顔を見ても、会長は笑うことなくじっと私を見つめてくれていた。
「わた、わたしも……か、かいちょう……かいちょうが、あなたのことが……」
喋れるようになったかと思えば、声はがさがさに掠れていて、何度も言葉につっかえて実に情けない姿を晒す。
それでも懸命に言葉を絞り出して、私は会長に、愛しいこの人に想いを伝えたい。
「すき……すき、です……」
あまりにも無様な告白だが、逃げることない本当の気持ち。
この言葉を聞いて会長は、その表情を一際柔らかく崩したかと思うと、私の顎にそっと指を添えてきた。
くい、と軽く顎を持ち上げられたかと思うと、目の前一杯に愛しの人の顔が近づく。
ああ、こんなにも幸せなことがあるものか……私はゆっくりと瞼を閉じて、その身を彼女に委ねた……。 - 118二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:12:28
「ちょっ、ちょっと……うわぁ」
「大胆ね……なるほど、指を顎に……」
「……生徒会室ではやらないでもらいたいな」
外野がうるさかった。 - 119二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:16:42
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- 120二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:35:33
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その日は生まれてから味わったことがないほどの、清々しい目覚めを迎えた。
着替えを済ませ、髪を整え、化粧を施し、早々に部屋をでる。
まだ登校する生徒もまばらな朝の生徒会室の前に立ち、扉を開けて中を確かめる。
「おはよう、エアグルーヴ」
「おはようございます、会長」
「その様子だと、よく眠れたようだな」
「おかげさまで」と軽く会釈を返す。
生徒会室には会長が一人、先に来ていたようだ。
テーブルの上には、先日私がサボった時のものであろう書類が置かれている。今日の業務は確か学内の清掃状況の見回りだったか。これと合わせて忙しくなりそうだ。
「副会長ならば、できるだろう?」
「勿論です。会長の手は煩わせません」
「それでこそだ」
いつもと変わらないようなやりとり。これが何よりも尊いことはもう知っている。だが、少しだけ違うことがあるのなら。
「少しこっちへ……」
「……? はい」
会長に手招きされ窓際へと歩み寄ると、顔にかかった前髪をふわりとかき上げられながら、小さく口づけをされた。
「朝のきつけ代わりだ。今日も一日、怪我のないよう気を付けていこう」
「は、はい……」
熱くなった顔を片手で覆い、小さく返事をする。
この変化に慣れるのは、まだしばらくかかりそうだ……。 - 121二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:40:40
ありがとう…これしか言葉が見つからない…
- 122二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:41:48
お疲れ様でした~
良いものを見させて頂きました
悔いはないです - 123二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:42:05
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
実は、ネタスレ立てたら自分でネタ回収せざるをえなくなったのが始まりでした
本当は話のネタなかったのですが←
ご厚意を無駄にするわけには行かないので行き当たりばったりのネタで挑んでみた所存ですw
以下、エアグルーヴ達のみんなへのメッセジをどぞ
エアグルーヴ「みんな、見てくれてありがとう
ちょっと腹黒なところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」
ファインモーション「いやーありがと!
私のかわいさは二十分に伝わったかな?」
サイレンススズカ「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいわね・・・」
シンボリルドルフ「見てくれありがとな!
正直、作中で言った私の気持ちは本当だよ!」
ナリタブライアン「・・・ありがと」ファサ
では、
エアグルーヴ、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、サイレンススズカ、ファインモーション、俺「皆さんありがとうございました!」
終
エアグルーヴ、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、サイレンススズカ、ファインモーション「って、なんでトレーナーさんが!?
改めまして、ありがとうございました!」
本当の本当に終わり - 124二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:46:05
最後にそのコピペは懐かしすぎる
- 125二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:46:46
くぅ疲とかいつ以来だ
- 126二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 01:56:56
- 127二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 02:42:59
今更発見した。神スレ?
- 128二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 09:50:48
謝る気がない過ぎる画像で笑う
- 129二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 09:58:51
結局生徒会室が盛り場になりそうでブライアンかわいそう…
- 130二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 10:16:44
完結乙です
最高だった、本当にありがとう…!!!
個人的にルドエア前提の生徒会が好きだからめちゃくちゃ刺さりまくりだった
毎日読みながらンンンって限界化してアグネスデジタルの勝利モーションみたいになってたよ…マジで最後まで書いてくれてありがとう! - 131二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 11:41:18
- 132二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 11:48:53
読み終わった…良かった…
女帝が…あの女帝がこんなにぐちゃぐちゃになるなんて…なんて素敵なんだ… - 133二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 16:33:48
長編だった…
- 134二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 21:09:33
素晴らしいルドエアだった…ありがとう…
- 135二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 21:32:40
エアグルーヴのやる気が下がった
- 136二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 22:03:49
ルドエア尊い…
ありがとう - 137二次元好きの匿名さん21/11/14(日) 23:10:49
- 138二次元好きの匿名さん21/11/15(月) 00:20:57
ルドエアは いいぞ
- 139二次元好きの匿名さん21/11/15(月) 08:41:33
いいものをみた