- 1二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:14:18
- 2二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:14:49
◇
病院を抜け出した僕はあの日訪れるはずだったナッペ山の頂上に立っていた。
夜の寒風の中でも懐かしいウェアに包まれた体には力がみなぎっていて、手にしたボードもあの日と変わらない頼もしい重さをたたえている。
リハビリは十分に繰り返した。
もちろん怪我をした直後の寝たきりの生活や強度の低い運動の繰り返しで体力は落ちてしまっているだろうが、それでも自分の身体はもう十分に動けるように戻っているのだという確信があった。 - 3二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:15:07
あれはただちょっと運が無かっただけなんだ。
あの時は天気予報とポケモンたちの行動を調べる事を怠ったがために事故に巻き込まれてしまったが、今回は入念に計画を重ねたのだから当然うまく行くに決まっている。
その証拠に僕はここまで誰にも気づかれずにやってこれたし、ゲレンデにはポケモンの影も無いじゃないか。
絶対にうまく行く。
あの医者は僕は二度と滑れないと言ったが、そんな事があるわけがない。 - 4二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:15:53
満月の照らす中、僕は雪面を滑り始めた。
最初はただまっすぐ。
ボードの下を滑る懐かしい雪の感触。ボードと擦れ合う懐かしい雪の音。
大丈夫だ、行ける。
少し加速する。
頬を撫でる風が僕の胸を高鳴らせる。風を切る音が耳に響く。
問題ない、やっぱり問題ない!
そうだ、僕はこのために生きていたんだ。 - 5二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:16:16
今度は後ろになった右足に力を込める。
僕の身体はふわりと浮き上がる。
懐かしい跳躍。
ああ。
ああ、跳べる。僕は跳べる。
少々不格好かもしれないが、半年も病院暮らしをしていた事を考えれば問題ではない。僕はまだ滑れる。
(絶対零度トリックグルーシャ!)(俺も頑張ったんだけどな、やっぱりあいつには勝てねーわ!)(見てろ!今に負かしてやるからな!)
そうだ、大丈夫だ。
何度も練習した見事な着地。
行ける。
行けるじゃないか。
後ろになった右足を軸にして反転、着地。 - 6二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:16:46
瞬間、激しい衝撃が走った。
それは脳が発した警告の信号だったのだろう。
信号は一瞬遅れて痛みとして理解され、僕の口から苦痛のうめきが漏れる。
僕は歯を食いしばった。
僕は何度も転んだけどその度に立ち上がってきた。
この痛みも僕は克服する。
僕はこの試練にも勝利できる。
僕は滑れる。僕は跳ぶ。 - 7二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:17:10
けれど左足は僕に従わなかった。
- 8二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:17:20
もう十五年以上僕の身体を支えて来たはずの左足は、今はただ棒のようになってボードと僕の身体の間に張り付いている。
嘘だ。違う。こんなことがあるわけがない。
ずっと昔必死に練習した動きができず、僕はバランスを崩しながら雪の中に突っ込んだ。 - 9二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:17:34
「あ…、ぐ…」
ゲレンデの端で雪に埋もれたままうめき声を漏らす。
違う。
こんなことがあるわけがない。
僕は絶対零度トリックグルーシャなんだ。
練習で失敗した事は何回もあった、何度も転んだ、そのたびに何度だって立ち上がってきた、最初は雪の上でバランスを保つ事も難しかった。
このぐらい、このぐらい。
元のコースに戻ろうと僕はゲレンデに向かって這いずる。 - 10二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:17:57
しかしどうして僕は這っているのだろうか?
そうだ、立って歩けば、滑って行けばいいじゃないか。
しかし立ち上がろうとした僕は、そのまま自分の体重を支えられず無様に雪の中に倒れた。 - 11二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:18:12
立てない。
左足の感覚が無かった。 - 12二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:18:31
冷たい雪の中で、目の下を熱い雫が伝った。
違う。わかっていた。
言われた言葉は本当なのだと。僕はもう滑れないのだと。だけど信じたくなかった。
だから。 - 13二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:18:48
…もういい。どうでも。この足がもう使い物にならないのなら、僕という存在も、僕の命も終わりという事だ。
雪の中で死んでいくのなら、まさに絶対零度トリックの名にふさわしい最後じゃないか。 - 14二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:19:02
◇
「さあ、これを飲んでください。暖まりますよ」
気が付くと僕はどこかのロッジにいて、ストーブの前で手当てを受けていた。
黒髪と褐色の肌の女性がてきぱきと僕を着替えさせ、コーヒーの入ったマグを押し付ける。
「…誰、あんた」
いや、僕はこの人を見た事があるような気がした。
昔挨拶しに来た大勢の人の中にいたような気がする。 - 15二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:19:17
女の人は何も言わず目で僕にコーヒーを飲むように促した。
やむなく僕はコーヒーをすする。
熱かったが味はわからなかった。
「…放っておいてくれればよかったのに」
気に入らない。
何もかも持っていると言いたげな輝かしさが、そういうオーラが、その女の全身から放たれていた。
僕にもあった、僕はもう失ってしまったものが、目の前の女の全身から発されている。 - 16二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:20:00
「一度お会いしましたね、グルーシャさん」
女はにっこりと笑った。
「わたくしはポケモンリーグ委員長のオモダカと申します。
こうなるのではないかと心配しておりましたが、助けが間に合ってよかった。
あなたのような才能をむざむざと失ってしまう事は惜しいですからね」
不愉快な言葉に目を見開く。
わかっていた?じゃあ僕は泳がされていたのか?
助けが間に合った?地獄に呼び戻したの間違いじゃないのか?
……だが何よりもひっかかったのは。 - 17二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:20:53
「才能?僕にはもう何もないよ」
僕は女を…それとも自分をかもしれないけど…思い切り嘲笑った。
何のつもりか知らないが、この人が手間暇かけて掘り起こしたのは何の意味もない抜け殻に過ぎないのだ。
そんな事もわからなかったのか。 - 18二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:21:08
「いいえ」
女は目を細めて微笑した。
「あなたには大いなる才能があります」 - 19二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:22:40
ヒソヒソ…(クリスマスなので雪にまつわるお話です)
ヒソヒ…(使い回しはよくないよね!だから新しい話を書いたよ!) - 20二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:23:15
ヒソヒ…(感謝)
- 21二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:26:23
ヒソヒ…(急な神SSどうした?)
- 22二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:27:16
こんな引き込める文章をサラッと書いちゃうアナタ何者…
さっきのスレも含めて読ませる文章で凄く好き - 23二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:28:28
オモダカさん…死にたがっていたグルーシャを新しい人生に無理矢理引きずり込むなんてなんて悪い奴なんだ
きっとこいつは黒幕に違いない - 24二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:30:35
- 25二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:32:53
- 26二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:35:09
クリスマスだからペパーと母親がお互い大事に思ってるのに別離する話を出す←こわい
クリスマスだからグルーシャが選手生命失った事を受け入れられず自殺行為に出る話を書く←こわい - 27二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:38:56
無理矢理生かされたからオモダカさんに対して露骨に不機嫌な態度取ってたけど最終的にはジムリーダーとしての自分に生きがい感じだして感謝するようになるんだよね
- 28二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:41:35
主人公との再戦が終わった後この時の事を思い出して「生きてて良い事あったな」って思って欲しいよね…
- 29二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:42:40
グルーシャは無茶苦茶嫌そうなのにオモダカさんはグルーシャの才能褒め称えてニコニコしてる光景かなり想像できる
- 30二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 22:52:43
ゲーム開始時のグルーシャのチャレンジャー挫折させる事にほの暗い喜び感じてそうな所いいよね…
- 31二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 23:09:18
- 32二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 23:12:59
耳元で囁いてくるとか悪いヤツがするやつじゃ〜ん!!
- 33スレ主22/12/24(土) 23:14:26
いいもん見せてもらいましたわ
- 34二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 23:33:04
「いいえ」「あなたには大いなる才能があります」←言いそう
- 35二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 09:29:18
誰にもバレなかったからうまく行くとかオカルトにすがってるのかわいい