【SS】帰りゆく魂を探して

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 19:02:36

    ───どこかで担当が呼んでいる気がした。
    もう幾ばくもしないうちに日付を跨ぐ時間、十分に温まった布団の中で私の第六感に足らぬものが告げた。半覚醒の意識はその直感に駆られるように肉体をすっかりと冷えてしまった部屋の中に放り出し、半ば夢遊病患者のように外へと連れだした。

     澄み切った師走の空気は羽織ったコートをあざ笑うかのように身体を痛めつけてくる。けれども不思議と部屋に戻ろうという気は起きず、ローレライに惑わされた舟人のごとく私の足はその”声”が聞こえる方へと歩みを進めていった。




     トレセン学園屋上。辿り着いたその先に空を見上げるようにして座っている彼女の姿があった。その衝撃たるや、半分眠りについていた意識をいきなり太陽のもとへと連れ出したかのようであった。対する少女は上限の月というには少し満ち足りないぼんやりとした月明かりの下でこちらの姿を見かけると微笑んだ。
    「やっぱり来てくれたんだ。」

     美味しいケーキを食べた時のような控えめだけれども嬉しそうな声。こんな時間に何をしている、明日はレースが控えているんだなどという陳腐な説教が夜風と共に遠く彼方へ吹き飛ばされてしまった。
    「なんだか夜空が呼んでいて眠れなくて。」
    彼女の視線につられるように顔を上げると冬の透き通った空にさながらイルミネーションのような煌めいた星空が広がっていた。寝静まった学園の中で彼女に倣い星の声を聴こうと目を瞑り、耳を傾けてみる。けれども遠くで電車の走る音が微かに聞こえるくらいで呼びかける声など聞こえはしない。

    「ねぇ、死んだウマ娘の魂が何処に行ってしまうか知っている?」

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 19:03:42

     不意に静寂を切り裂かれるように彼女に呼びかけられ、自然と視線がそちらの方へと向けられる。突然の問いかけに対し、私は出来の悪い生徒のように何も答えることは出来なかった。数秒の間の後、彼女はこちらを振り向いた。セミロングの黒く艶やかな髪の毛が風に揺さぶられ、ふわりと広がった。
    「昔おばあちゃんに聞いたことがあるの。そしたらさ、こう返って来たの。」
    一拍呼吸を置き、視線は再び上空へと向けられた。

    「ウマ娘の死んだ魂は借りていた名前の元へと帰るんだって。」

    借りていた名前か、もう一度空に顔を向け少女の名前を反芻する。
    「ただの作り話や迷信かもしれないけどさ、でも私はそれを信じたいと思う。」
     夜空を眺めながら話す声はどこか寂しそうに聞こえた。死が身近にあった彼女にとってそれは死への恐怖から逃れるための心の支えであったのかもしれない。そこには等身大の小さな女子高生が存在していた。
    「だからこうやってたまに屋上にやってきて星空の中からおばあちゃんの魂を探してみているの。ここからならよく見えるかなって。」

     そうやって探し求めるように空を眺めるその顔はとても綺麗で、けれどもあと一歩、怯えが超えてしまえばその強がりは崩れてしまいそうに見えた。きっとその根底にあるのは孤独の恐怖。ようやく今になって彼女が私を呼んで、引き合わせた理由が分かった気がした。

    「きっと見つかるよ。」

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 19:04:31

     私のその声に耳がピンとこちらへ向けられる。その顔には豆鉄砲を食らったかのような驚きが含まれていた。

    「だから今度夜空から声が聞こえたら呼んで欲しいな。一緒に探すから。」

     彼女を絶対に一人ぼっちにはしない。ここで彼女の手を離したら夜空と共に溶けて消えてしまう、そんな錯覚に陥ったからだ。さっきまでの恐れに呑まれそうで強張った表情は消え失せ、ふにゃりと春のような暖かく柔らかい表情が彼女の顔に現れた。魅入ってしまうようなその笑みはきっと母親の魂がそこに宿っているのだろう。
    「トレーナー、約束だからね、約束。」
     そう言って差し出された小指にそっと自分のものも絡める。2人して小さな声で指切りげんまんと歌ってくすくすと笑いあった。
    「そろそろ眠くなってきたなぁ…」
     ほっと安心したせいか彼女は1つ小さく可愛らしい欠伸をして立ち上がった。
     帰ろっか、私がそう告げると彼女もコクリと頷いて手をつなぎながら一緒に音を立てないよう静かに階段を下りて行った。

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 19:04:55

     あれから何年経ったのだろうか。こうした彼女との思い出を振り返りながら、今日も星空に呼ばれるのに任せて誰にも見つからぬようそっと屋上へと向かう。冬場特有の乾いた冷たい空気が身体中に纏わりついてまるで彼女がそばにいてくれるようだった。

     結局、約束を果たすことは出来なかった。だから彼女との約束の探し物ともう1つ、彼女の帰っていった魂を探して夜空を見上げる。あの日と同じ満天の星空がたった1人の人間を照らしていた。
    誰よりも1人で誰よりも寂しがり屋だった貴女を絶対に一人ぼっちにはさせないから。世界中の誰もが貴女を忘れようとも、自分が生きて魂を探している限り彼女の魂は寂しい思いをしなくて済む。





    「そうだよね?スターオー。」

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 21:03:24

    トップスター仮面から

オススメ

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