続・オジュウチョウサンの物語

  • 1122/12/25(日) 20:19:57

    2021年の中山グランドジャンプを勝ちきり、次のレースは東京ハイジャンプ。10月16日まで長い時間間が空く。この期間の長さも今のオレにとっては敵となった。
    そして東京ハイジャンプ前。
    「オジュウ、少し痩せたか?」
    「え?」
    短海に指摘され、オレはトレーナー室にある体重計に乗った時、目を疑った。最適の体重から大幅に低い数字が出ていたからだ。
    「嘘だろ…」
    慎重に負荷をかけて、筋トレも欠かさなかったのに…筋肉が維持出来ていないことになる。
    東京ハイジャンプはもう目の前だ。なのにオレは体重の変化に気づけなかった。ここまで衰えたってのか。チキショウ。
    「落ち着け、オジュウ」
    短海に肩を叩かれ振り返る。すまないと謝られた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 20:20:45

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  • 3122/12/25(日) 20:23:05

    「俺も体重を気にしてやれなかった責任がある。俺も悪かった」
    「いや、オレもごめん」
    体重計を降りソファにぽふんと腰掛ける。
    「…トゥインクル・シリーズも…そろそろ潮時かなぁ…」
    体重管理もうまくいかない。ぶっちゃけ、今まで通りのトレーニングもキツい。走りたいのに、体がついていかないのだ。
    引退の二文字が脳裏をよぎる。
    「オジュウ。以前から言っているが、東京ハイジャンプはステップに使って、本番の中山大障害に備えろ。引退するかどうかは…ハイジャンプの結果次第だな」
    「…だな。無理せず行くことにする」

  • 4122/12/25(日) 20:24:14

    それが、まさかバ券はおろか掲示板すら外すとは思いもよらなかった。
    9着。
    オレは痛烈に感じた。もう、いつものように走れない。技術で補っても有り余る他の障害ウマ娘との差。
    ウイニングライブを終えオレは短海に告げた。次のレース、中山大障害でトゥインクル・シリーズ引退すると。
    「……わかった」
    「せめて最後は、最高の舞台で」
    「あぁ」
    短海は多くは語らなかった。オレも多くは語らなかった。やることは一つだからだ。
    2022年12月24日の中山大障害の日までにできる限りのトレーニングをし、体を作る、それだけだ。

  • 5122/12/25(日) 20:25:13

    次の中山大障害で引退すると公式に発表したあと、雑誌やテレビ、YouTubeチャンネルなど多方面から取材が入った。
    『あの"絶対王者"オジュウチョウサンが引退する』という話なのだ、自分で言うのもなんだが有名になったものだ。競バ雑誌では緊急連載が始まり、YouTubeではウマ娘とトレーナーのこれまでの軌跡とラストレースへの思いを毎日配信するのだとか。脚を折った時かかったウマ娘専門の医者まで動画に出ていて驚いた。
    URAからは引退式の依頼が来てオレは快く受けた。障害ウマ娘が引退式なんてバローネターフ以来、42年ぶりなのだそう。YouTubeでライブ配信もすると聞いた。

    そんなことがありながら筋肉量を戻す為にオレはひたすらトレーニングをしていた。カレンダーを見、指折り数え、ただひたすら。自分の今出来る最高の状態に仕上げる為に。

  • 6122/12/25(日) 20:26:19

    そしてとうとう来た、12月24日。最後の舞台とする中山大障害の日。天気は快晴、ダートはやや重だが芝の状態は良好だ。
    今までの戦績でオレはラストレースのもあって単勝2.4倍の1番人気に推された。応援団幕を掲げているのはもちろんステゴの姉御達、黄金の血を継ぐみんなだ。その近くにいたアップはなんとオレのトレードマークの水色の横髪飾りをつけて手を振っている。隣のオレのぬいぐるみを持ってるのは……メイショウダッサイだ!ターフに戻ってこれなかった彼女も応援に来ているなんて……。大きく手を振ってやるとすぐに気づいたようでぬいぐるみを持ったまま手を振り返してくれた。

  • 7122/12/25(日) 20:27:08

    聞き慣れたファンファーレが響き渡りゲートインの時間が来たが……一歩が踏み出せない。

    これが、最後のレース、踏み出したら始まってしまう……。

    「オジュウ!!」
    「ッ!、短海…!」

    1番前に陣取った短海の言葉が耳に入る。

    「やることはやった、後はそれを見せるだけだ。行ってこい!」
    「…あぁ!」

    短海の言葉に背中を押され、オレはようやく1枠1番のゲートへ進んだ。

  • 8122/12/25(日) 20:28:24

    全員ゲートに入り、ガコンと開き最後のレースが始まる。
    2番のビレッジイーグル、4番アサクサゲンキ、8番のケンホファヴァルトの後ろにつけた4番手でレースが始まる。
    「──ッ、ハァ、ハァ……ッ」
    スピードが、足りない。先行していたのに、早々に中段に甘んじている。以前のオレならこのスピードにだって余裕でついていけたのに。
    11番のゼノヴァースがスッと3番手につけていったのに対してオレは必死に脚を動かしていた。飛越の度に拍手が湧き起こる。
    2週目の大障害コースに入る頃にぐらりと一瞬視界が揺らぎ、最短コースに入ることができなかった。これもウマソウルの仕業なのかなんなのかはわからない。

  • 9122/12/25(日) 20:29:32

    9番ニシノデイジーとビレッジイーグルの作るペースにスタミナもついていけなくなってきた。最後の直線、ニシノデイジーが仕掛けてオレも『全身全霊』を出すが……前に進まない。
    「オジュウーー!!」
    「頑張れー!頑張れぇーー!!」
    スタンドからたくさんの声援が聞こえる。声援が力になるのに…涙が出るほどスピードも、スタミナも、パワーも、足りない。もはや根性だけで走っている状態だ。レオーネにも追い抜かれどんどん沈んでいくなか、ゴールで華々しく咲き誇ったのは雛菊、ニシノデイジーだった。
    ゴール板を駆け抜け、肩で息をしながら前5人を見て自嘲した。
    「……初めての中山大障害と全く同じ結果なんてな……数奇なもんだ…」
    初めてのJ・G1の枠順ウマ番も着順も全く同じ、1枠1番、6着でオレは最後のレースを終えた。綺麗な世代交代だ、いっそ清々しくある。頬に熱いものが伝ったが、オレはしばらく新しい王者を遠くで見つめていた。

  • 10122/12/25(日) 20:30:25

    センター3人から久しぶりに外れたG1のウイニングライブ。バックダンサー用衣装に身を包み、忘れかけてた後ろでのダンスをフォローされながらこなし、なんとかライブを終えられた。

    そして全レースが終わった後、すっかり暗いターフに置かれた台がライトで照らされる。台の手前には「ありがとうオジュウチョウサン」の字が書かれた看板が置かれている。
    改めて勝負服に身を包んだオレは短海と共に地下道からターフへと足を進めた。
    「オジュウチョウサンの入場です!」
    実況のアナウンスにより割れんばかりの拍手が湧き起こる。ここにいる人たちはおそらくみんなオレのファンだろう。ぬいぐるみや勝負服を模したTシャツを着ている人たちがそこかしこに見られる。

  • 11122/12/25(日) 20:32:04

    台に二人で登り、ターフビジョンでこれまでのオレの軌跡が放送される。あぁ、最初は平地はてんでダメで、2戦目の後骨折で休養したな。障害初戦も14番人気で14着。それが耳カバーを取ってからスタートが抜群によくなって…サナシオンに勝って…。
    軌跡を一緒に見ているとコソッと短海が耳打ちしてきた。
    「オジュウは最初本当に飽きっぽかったよな」
    「なんでそんな最初のこと覚えてるんだよ」
    「オジュウのことはなんでも覚えてるぞ」
    「……嬉しいこと言ってくれるな」
    一通り見終わった後、短海のマイクが変えても変えても音が切れるトラブルがあったが有線にしてもらってようやくまともに喋れるようになった。
    「トレーナーの短海です。本当に…本当にファンからたくさんの声援を頂ただきました。オジュウの力にもなったと思います。オジュウに生きる希望をもらったというのを聞いて本当に偉大なウマ娘だと感じました。長い間頑張ってくれたオジュウに、そしてオジュウのファンに感謝の気持ちでいっぱいです。彼女を応援していただき…ファンになっていただき、ありがとうございました」
    一つ礼をして短海はマイクをオレに渡す。

  • 12122/12/25(日) 20:34:40

    「オジュウチョウサンです。今日はオレの引退式を見に来てくれてありがとうございます。平地でダメだった最初の頃…オレを見捨てないで障害レースに誘ってくれたのはトレーナーの短海でした」
    あんなにライブをしていたのに、会場1万5千人の観客全てがオレの話に耳を傾けていると考えるとちょっと声が震える。
    「レースで耳カバーを取る提案をしたのも、辛抱強くさまざまなトレーニングを考えてくれたのも、トレーナーの短海のおかげでした。最高のパートナーです。そしてここまで応援してくれたファンのみんなに、感謝の気持ちしかないです…っ」
    コロリと一粒、また一粒涙が溢れる。涙声で最後に伝えたいことを言葉にした。
    「…今まで応援していただき…本当に、ありがとうございました……っ!」
    深く深く頭を下げる。

  • 13122/12/25(日) 20:37:33

    途端万雷の拍手が湧き起こった。「ありがとう!」「お疲れ様!」の声もあちこちから聞こえる。頭を上げて会場を見渡す。ここにいるみんなも、テレビで応援してくれた人達も、ライブで引退式を見てくれてる人も、オレを愛してくれた。こんなにも嬉しいことはない。ありがたいことはない。

    長い長い、二人三脚の旅の終着点。その道は惨敗もあった。故障も苦戦もあった。その障壁を越える度に強くなれた。記録を刻み、記憶を彩り、人バ一体の飛越の王道。その終着。
    勝って有終の美とはならないのが現実だが、完全燃焼し走り抜けたことに後悔はない。
    オレをこんなにも愛してくれてありがとう…!

    終曲 とあるウマ娘の狂詩曲

  • 14122/12/25(日) 20:39:03
  • 15122/12/25(日) 20:43:07

    ここまで読んでいただきありがとうございます!
    ラストラン、現地に行って応援してました。無事に戻ってきてくれて本当にありがとう、お疲れ様、オジュウチョウサン。

  • 16二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 20:45:37

    うーん、これは良SS

オススメ

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