二度目のラストランのあとに

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:05:41

     有マを走り、ライブをセンターで踊って。未明から始まった長い一日ももうすぐ幕を閉じる。トレーナーと学園に帰ってくると、たくさんの方々に今日の勝利をお祝いされた。お友だちは皆、私の引退を惜しんでくれたし、私の走りを忘れることはないって言ってくれた。会見での言葉は、ちゃんと心に届いていたみたい。
     祝福を浴び、それに応えること幾度。人の波が収まったところで、本来の目的地であるトレーナー室へ。荷物を片付けながら身体を伸ばしてみると、疲労の溜まった節々が音を立てる。

    「いてててて」
    「今日一日疲れたでしょ。あとはやっておくから、ほら座って座って」

     彼の言葉に甘えることにして、ソファに腰を落ち着けた。忙しくてクリスマスどころじゃない一日だったけど、気分だけでも、というのは彼の弁。帰りの途中で寄り道をして、ちょっとしたあれこれを調達していた。
     シャンパンの代わりにシャンメリーと、ターキーの代わりにはチキン。ミニサイズのもみの木をテーブルに飾れば、ここは確かなパーティー会場だ。
     向かいに座った彼を隣に呼び寄せて。小気味のよい音で瓶を開け、香り立つ液体をお互いに注ぎ合う。グラスを掲げて、目配せを交わしたら。

    「有マ記念の勝利とクリスマスを祝して」
    「かんぱ~い!」

     チリン、とグラスを重ねて口をつける。甘味が全身に染み渡っていくような感じがして、思わず大きく息を吐いた。彼も同じようにしているのを見ると、平気な顔をしていたけど一日中気を張っていたんだな、と思う。

    「そういえば、日本ではクリスマスでもお店が開いているんだね」
    「アイルランドだとほとんどお休みなんだっけ?」
    「うん。大体の人はみんな家族とゆっくり過ごしてるんだ」

     小さい頃、お城でお姉さまとはしゃいでいたことが思い起こされる。お父さまもお母さまもこの日だけはお仕事を少なめにして、一緒に夕食を囲めたから。

    「メイドさんたちとプレゼント交換をしてね、いろんなお洋服を着たりしたんだ」

     サンタクロースの衣装を着て、お庭を駆け回ったこともあったっけ。寒さに顔を真っ赤にして戻ってくると、お姉さまに笑われたこともあったなあ。
     暖かな記憶を巡っていると、隣からは悩まし気な声。何事かと覗き込むと、トレーナーはばつの悪そうな顔をしている。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:06:18

    「どうしたの?」
    「あー……ごめん。楽しみにしてたかもしれないのに、プレゼントは用意できなくて」

     彼は申し訳なさそうに頭を下げる。けれど、出走と重なっていたのだから、余裕はなくても当たり前。走る本人も忙しかったし、トレーナーだって忙しいんだもの。それに、物じゃなくても、とびきりのプレゼントは既に受け取っている。

    「あら、そうかしら。有マ記念の連覇という、この上ないものをプレゼントしてくれたと思うのだけれど」

     飾られたばかりの優勝レイやメダルを見やる。並べられた数々の記録や蹄跡と比べても、ひときわ眩く輝いているように見えた。

    「それはファインが自分で手に入れたものじゃないの?」
    「ううん。キミが私にくださったものでしょう?」
    「いや、ファインの実力で栄誉を手に入れたんだよ」

     手を止め、しばしの間押し問答。どちらも変な意地を張って譲らなかったけど、はたとテーブルを見れば、ささやかなディナーが置き去りにされたまま。

    「……せっかく温かいのに冷めちゃうから、お互いに勝利をプレゼントしたってことにしようか」
    「……そうだね。そうしましょう」

     顔を見合わせれば、なんてくだらないことで言い合っていたのかと、お互いにおかしな笑いが漏れてきた。それから二人とも、同時にお皿に手を付け始める。四年間を一緒に過ごしてきた息のぴったりさに、なんだか嬉しいような、誇らしいような気分になった。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:06:49

     今日を振り返りながらディナーを食べ進めていると、テーブルの上はあっという間に寂しい様子になっていた。そこには空き箱と空になったお皿があって、スパイスの残り香がわずかに漂っているくらいだった。そんな光景を目にしていると、ぽろりと心の内をこぼしてしまって。

    「……終わっちゃったね」

     デビューを果たし、秋華賞、エリザベス女王杯と快進撃を重ねて。唐突な思いつきから、札幌記念も走ったよね。そして、一度目のラストランだった去年の有マと、一年越しの再現となった二度目の有マ記念。どれもがきらめく思い出で、バ場の状態からレースの展開、ゴール板を横切った瞬間まで、いつでも数秒前に起こったことのように思い出せる。

    「……悔いは残ってない?」

     トレーナーは柔らかな、けれどわずかに強張った顔で問いかけてくる。悔いを残さないように、というのは、最近の彼がよく言っている言葉。これから“ファインモーション”としての務めに戻る私が、心残りなく運命を愛し続けられるように。
     思えば、いろいろなことに手回しをしてくれたよね。今日のラストランのために、連闘明けの難しいコンディション調整に尽力してくれたことはもちろん、興味を持った走り方にもチャレンジさせてくれた。偶然と幸運から手に入ったレースへの挑戦権を、余すところなく使いつくしてくれた。

    「――ええ、もちろん!」
     
     だから、私は。
     曇りひとつない目で、彼の眼を真ん中に捉えて。

    「全力を出し切って参りました。とても楽しいトゥインクル・シリーズでした!」
    「それはよかった。……本当に、よかった……!」

     彼は顔を俯かせ、言葉を詰まらせる。表には出していなかったみたいだけど、やっぱり思うところはあったんだね。でも、せっかくのクリスマスなんだから、こんな空気は似合わない。

    「ダメ! しんみりするにはまだ早いよっ」

     彼の頬を掴んで、ぺちぺちと叩く。

    「卒業まではもう少しあるのだから、そこまでとっておかないと」

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:07:20

     彼に言い聞かせるように、そして私自身を励ますように。これから結尾へと向かうのだから、“Fine”を記すにはまだ早い。この学園を離れる日まで、私の青春は終わらない。

    「……そうだ。そうだね」
    「学園の模擬レースを走る機会もあるだろうし、レース以外の知りたいことも、やってみたいこともたくさんあります」

     悔いを残さないように、というのなら、ここでしかできないことは隅から隅まで味わい尽くしておかないと。この国で過ごすのも、キミと居られるのも、あと数か月なのだから。

    「ねっ。残りの時間で、色々なことを教えてほしいな」

     肩を寄せて微笑みかければ、彼を覆っていた曇りが薄れていく。忠誠を誓ってくれる、頼れる騎士の顔に戻っていた。

    「……ああ、お任せあれ。お姫さま」
    「うむ、苦しゅうない!」

     グラスを手に取り、彼の前に突き出した。瓶から黄金色が注ぎ込まれていく。本物のシャンパンを口にするときも、キミに注いでもらえたらいいのに。ふと浮かんだ叶わぬ願いは、泡とともに弾けていった。

     ボトルは空になっている。注いでくれた最後の一口を、一息に含んで飲み下した。

     ブドウの甘さが主張する中に、気づかないふりをしていた違った風味。ほのかな酸味と苦みが、口の中に残っていた。

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:15:25
  • 6二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:19:11

    すき

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:36:38

    いいじゃない

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:37:21

    よい…

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/26(月) 00:08:42

    一個書き忘れてた

    >>4での“Fine”って何ぞやという話なのですが、イタリア語でフィーネと読んで「終わり」を意味します ピアノを弾いたり楽譜を読んだりしたことのある人ならよくわかるはずです

    ファインとフィーネ、同じFineのつづりで文章を書きたいと思っていて、そのアイデアをここで放出しました

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