【SS】幸せな日々

  • 1◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:02:34

    「今年も、もう終わりね…」
    窓越しに流れる街を見ながら、そう独り言ちる。
    この時期は、既に年末休業となっているお店も多い。
    窓の外の人はまばらで閑散としており、各家庭で新年の準備をしている様子がうかがえる。

    ──"あちら"では、この時期もお祭りのようなワクワクがあったなぁ。

    と、少し懐かしく思う。

    クリスマスを過ぎると年末商戦、それが終われば新年の初売りがあると、楽しそうに話していた級友たちを思い出す。
    そのように立て続けにイベントがあっては、休む暇もないのでは?と、最初は驚いた。
    友人たちは、さも当然のように「そういうものだから。お店もそれ用のシフトを組むし…」と言っていたが、自分の頭には?がたくさん浮かんでいたことだろう。

    実際に体験してみると、なんとも楽しかった。
    寮には帰省する子も多く、いつもは賑やかな学園が上手く言い表せない静けさに包まれていた。
    その様は、故郷のクリスマスを終えた後の閑散とした街を思わせるものだった。
    でも、一歩街へと繰り出すと、そこは新たな装いに変わっており、クリスマスとはまた違った賑わいに満ちていた。

    ──こんな時期にも、街は"生きている"んだ……

    人々の営みが変わらず続いていることを目の当たりにして浮かんだのは、そんな言葉だった。

  • 2◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:02:55

    同室の友人は季節ごとのイベントにも造詣が深く、新年の飾りやお料理について教えてもらいながら準備したこともあった。
    神様をお迎えするための門松、厄や禍を払うための注連縄はかっこよかったし、一つ一つに大切な意味が込められたおかずから成るおせち料理は、見ているだけでも楽しくなった。
    年が明けると、羽子板や駒回し、凧揚げなどの遊びもやってみたが、実は現代ではそんなに一般的じゃないことを知って少し残念に思ったものだ。
    書初めをして、「あなたを倒す」と書いた時のギラリとした瞳も忘れられない。
    思い出すだけでも身震いするほどの、鋭い殺気。
    それを受けて粟立つ肌とともに、沸き立つ心。
    そんな未来を思って過ごす日々は、とても……とても、充実した日々だった。

    「ふふっ」
    「姫様?」
    「あ。…ごめんなさい。少し懐かしい気持ちになって」
    いけない。思い出し笑いだなんて。
    公務の最中なのに気が抜けている証拠だわ。
    「いえ、今は移動時間ですので。それに、ちょうど到着したところです」
    「いつもありがとう。ご苦労様」
    「もったいないお言葉です」
    変わらないやり取りをして、いつもの"私"に戻る。

    屋敷の前で車が停止すると、護衛隊長は周囲を警戒しながら私の道を示してくれる。
    私は車を降り、周囲の者達に挨拶をしながら、屋敷へと歩を進める。
    そんなとき、ふと一陣の風が駆け抜け、思わず身をすくめると…
    ──。
    何かに呼ばれたような気がして、誰もいない後ろを振り返った。
    「姫様?どうかされましたか?」
    「いえ、……つい今しがた吹き抜けた風は、何を運んでいくのでしょう、と」
    「それは…わかりませんね」
    「そうね。……いきましょう」
    私たちは屋敷の中へと歩を進めた。

  • 3◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:03:21

    「ファイン。お前に──」
    「……わかりました」
    「よいのか?」
    「もちろんです」
    「そうか。では年明けに顔合わせがある。準備をしておきなさい」
    「わかりました」

    お父様から、次の"公務"について話が合った。
    故郷に戻って何年か経ちいくつか公務をこなしてきたが、その実績が認められ次のステップに向かう、ということだろう。
    ただし、最初の会合は年明けになるとのことだったので、しばらくお休みがもらえることになった。

    せっかくの休日ではあるが、この年の瀬の忙しい時期にいきなり外出というのは、さすがに準備が間に合わない。
    そうなると必然、できることは屋敷内でできることか、その周辺でできることに限られる。
    そんなことを考えていて、ふと思い出す。

    ──そういえば、私物を片付けようと思いながらずっとほったらかしにしてたっけ。

    年末は大掃除で新しい年を迎える準備をするのだったか。
    ならば、散らかった私室の片付けというのはこれ以上なく相応しい時間の使い方に思える。
    そう思い立った私は、倉庫代わりとなった私室の一つに足を踏み入れたのだった。

  • 4◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:03:58

    この部屋には、様々な私の私物が収められている。
    幼い頃にもらったプレゼント、留学先のトレセン学園で得た思い出の品、そして故郷に戻り、公務をこなしながら受け取ってきたもの──どれもが大切な、『私の歴史』だ。
    定期的に掃除が行われているらしく、埃っぽさはない。
    手伝いを申し出てくれた護衛隊長と、その品物を見ていく。

    子供の頃には様々なプレゼントをもらった。
    服やアクセサリ、よくわからなかった美術品。
    服などは、さすがにサイズアウトしたため残っていない。
    アクセサリも子供用の者らしく、この年になってからでは再びつけることもないだろう。
    もったいないのでしかるべき処分をお願いする。
    このままこの部屋で眠り続けるよりも、装いを新たに日の目を見た方が、この子たちも嬉しいはずだ。

    ──アクセサリにこの子たちってのも変な感じだけど…ツクモガミ、だったかな?

    物には魂が宿るという。
    ならば、生まれ変わって、新たな持ち主の人生を彩って欲しい。

    美術品は、このまま残しておくほかないだろう。
    ファインモーションのために作られた一点ものだ。
    いつか、私が偉業を為して記念館などが作られれば、そこに飾ることも出来るだろうか。

    子供の頃のものを一通り整理し終えると、公務に携わって受け取ってきたものに目を向ける。
    が、ここは最近のものということもあり、まだ整理する必要を感じない。

    ──となるとあとは──

    私は、部屋の一角に目を向ける。
    そこには、トレセン学園時代のプレゼントや私物がまとめられていた。

  • 5◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:04:34

    寄せ書きやアルバムを見れば、懐かしい思い出がよみがえる。
    一人一人異なる筆跡からは、あの頃の声が聞こえてくるようだ。
    真面目でしっかり者ルームメイト、私の心を燃え上がらせてくれた気難しいライバル、同時期にクラシックを走った矢のような走りのあの子や笑顔が素敵なあの子。
    大魔女を目指す可愛い後輩ちゃんや、いささか元気が有り余ってるお姫様も、みんな笑顔で一緒に写真に写っている。
    有マ記念では圧倒的強さを見せつけられたあの子は、少しぎこちない気もするが、無表情な中にも楽しそうな様子が読み取れる。
    ダービーウマ娘となったあの子は普段と変わらない感じで、目をかけている後輩と共に肩を組んで写真を撮った。そういえばこの後輩の子もダービーウマ娘になったのだったか。

    ──懐かしいなぁ。

    今更トレセン学園や、レースの世界に戻ろうとは思わない。
    自分は王族であり、その自負がある。
    『愛する民のため、愛するこの国のために、使命を果たす』
    それは偽りのない、自分の気持ちだからだ。

    それでも、思い出は次から次へと溢れてくる。
    友人と一緒に作ったシャムロックの押し花の栞や、当時の予定や思いが書かれた手帳、一緒に作った折り紙など。
    「花飾りは検疫で止められたっけ…」
    持ち帰ることは叶わず、処分することになったプレゼントもあった。

    これからも私はこの国の、この国の民たちのために、生きていく。
    それでも、私個人の最も輝かしい時代は、走ることにすべてを駆けたあの日々なのだろう。
    そう、思わずにはいられない。

  • 6◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:04:51

    思い出の品を、処分するもの(手帳や折り紙)と残すもの(アルバムや寄せ書き、栞等)にわけていき、そろそろ最後かというところで、"それ"は現れた。

    ──シャムロックの意匠の小物入れ。

    『ファインの大切なものを守ってくれますように』
    あの人の声が、リフレインする。
    鍵までが木製でできている伝統工芸によって作られたこの箱は、元担当トレーナーから贈られたものだった。

    そっと鍵を開けると、そこには「ファインモーション」の大切なものが、収められていた。
    二人で行ったラーメン屋の替え玉券や、二人でわけあったインスタントラーメンの蓋。
    この袋は、みんなでお夜食にチ〇ンラーメン会をやったときのもの。(あとで怒られた)
    お祭りでとったヨーヨーは、水が抜けて萎んで、すっかり乾いてしまっている。
    ピン止めなんかの、トレーナーがくれたちょっとした小物も収められている。
    何枚かある五円玉は、お賽銭の話を聞いて、願掛け代わりに重ねていたもの。

    そして一番奥にあるのは、トレーナーと二人で撮った写真と──出せなかった、手紙。

    それを見た瞬間、一気にあの頃の思い出がよみがえる。

  • 7◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:05:53

    あの日、あなたが私に手を差し伸べてくれた。
    私はその手を取り、あの輝かしい日々が始まったのだ。
    王族としての使命を背負った私だけなら、私自身のためにその選択をすることはできなかった。
    でもあなたは、私のために手を伸ばしてくれた。
    私の手を引っ張ってくれた。

    初めての全力疾走。息が上がって心拍数も上がって苦しかった。けれど、それ以上に高揚していた。
    初めてのトレーニング。ただ走ることを繰り返す。でも、ただ走るといっても、本当にただ走るだけじゃなく、腕や上体、足の先まで全身を意識するのだと教えられた。
    初めてのレース。ピリピリと張りつめた空気が肌に刺さる。王族だとか肩書が及ばない、「私が一番になるんだ」という気迫がぶつかり合う。
    スタート、レース中の駆け引き、ぶつかり合う身体、スパート、上がる息、そして、勝利。
    一番で駆け抜けた時の気持ちは言葉で言い表せられないほどで。

    「生きててよかった」と、心から思えたのだった。

    あのとき私は、特別ではないただ一人のウマ娘として、レースに勝つことだけを考えていられた。
    トレーナーと二人、やがてくる終わりではなく、その前にある栄光だけを夢見ていられた。
    全てが手に入ると、何もなくならないのだと、そんな子供じみた幻想を、思い描いていた。

    ──かえりたい…

    想いが、零れた。

    ぽたり、と雫が手紙を濡らし、慌てて袖で目元をぬぐう。
    懐かしい気持ちに背中を押されて、手に持った手紙を開く。
    そこに書かれていたのは──

  • 8◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:06:30

    『親愛なるキミへ。

    私は、キミのことが大好きです。
    あなただけが、私を一人のウマ娘として見てくれました。
    そして私のために、手を差し伸べてくれました。
    私の手を取って、私に素敵な世界を見せてくれました。
    王族としての『私』も、尊重してくれて。
    それでいて、私を"私"のまま見てくれて、大切にしてくれて。

    そんなキミだから、私は好きになりました。
    あなたの瞳に見つめられるのが好きでした。
    あなたに名前を呼ばれるのが好きでした。
    あなたと取り合えった手から伝わる温もりが好きでした。
    あなたの"ファインモーション"でいられる時間が、何より大好きでした。

  • 9◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:09:06

    そこまで書いて、その先が書けなかった。書けなくなった。
    ここから先の別れを伝える言葉が出てこなくて、止まってしまったのだ。

    私たちは終わりが来ると知っていながら、お互いに手を取り合った。
    わかっていたはずだった。
    でも、手を取り合ってる間、私たちが共に抱いた夢は嘘じゃなかった。
    それは確かに輝いていた。
    だから、この思いを伝えることはできなかった。
    伝えてはいけなかった。
    私が私の道を往くために、あの人があの人の道を往くために。

    あれから何年もたち、ずいぶん遠くのことになってしまった。
    けれど、それでも私たちが為した偉業は変わらない。
    レースに懸けるウマ娘たちの歴史の1ページに刻まれたファインモーションの名は、これからも語り継がれていくのだろう。
    今も色あせない、あの大歓声とともに。

    再び手紙や写真たちを小物入れに戻し、鍵をかけ、思い出に蓋をする。私が"私"であるために。


    そういえば、護衛隊長とともに片づけをしていたことを思い出し振り返ると、護衛隊長は何事もなかったかのように、品物の選別をしていた。
    「ありがとう」
    「は?…何がでしょうか」
    私が泣いていたことなど気付いているはずなのに、知らない振りをしてくれる。そんな心遣いを嬉しく思う。
    だから、今日はもう一つ我が儘を言わせてもらおう。あの頃のように。
    「やりたいことができたの。手伝ってくれるかしら」
    「…御心のままに」

  • 10◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:09:53

    星々の輝く夜、焚火をするために、少し広い庭に出ていた。
    私と護衛隊長以外にも、数人のスタッフがいる。

    「みなさま、急なお願いでごめんなさい」
    「いいえ。姫様は普段からしっかりされておりますので、このくらいの我が儘ならもっと言っていただきたいくらいです」
    「まったくです。学園時代の思い出の席に同席させていただけるなど、むしろ光栄です」
    「うふふ。でも、そんな大がかりなものではないから、期待外れだったらごめんなさい。…じゃあ、護衛隊長、手伝ってくれる?」
    「はい。…姫様、それは!?」
    護衛隊長が驚いたのは、私が持っている物に気付いたからだった。

    シャムロックの意匠の小物入れ。

    そこに入っている物が何なのか伝えたことはないが、私をずっと見てきたこの人には理解できているのだろう。
    「これはね、残滓なの。素敵な思い出の、残り香。だから、供養してあげたいの」
    「…」
    「私たちの道は、遠く離れてしまったけれど。それでも、この空は繋がっているから。星々の海の向こう、遥かな時の彼方で、大切な人たちと繋がっていられたら、それは素敵なことだと思わない?」
    「…」
    「それじゃあ、よろしくね」
    小物入れを薪の中に置くと、私は少し距離を取る。
    本当は、私自身で火を付けたかったのだけど、さすがに止められた。
    代わりに、私たちを見てきて、私たちのことをよく知っている護衛隊長が、火をつけてくれることになった。
    護衛隊長が火をつけたのを合図に、私が会の始まりを告げる。

    「さぁ、焼き芋パーティーの始まりよ!焼けるまで少し時間があるから、みんなで歌いましょう」

    火種に付けられた小さな火は、やがて薪に燃え移り、パチパチと音を立て始めた。
    その火を囲み、友人たちから教えてもらった歌や、この国の歌をかわるがわる歌う。
    歌いながら、みんなで手を取り合い、輪になって踊る。
    みんなの顔には笑顔が浮かんでいる。
    そんな楽しい時間を過ごすことのできる幸せを、私は噛みしめるのだった。

  • 11◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:10:38

    薪の中に置かれた思い出たちも、炎に焼かれ、空に昇っていく。
    それは風に乗って、彼方の地へと私の思いを届けてくれるだろうか。
    はるか遠くの、この空の下で頑張ってるあなたの元に。

    ──今なお色褪せない、胸いっぱいの感謝を。

  • 12◆1mQjSdPNzk22/12/28(水) 11:13:02

    というわけで、年末年始の10連に備え、そろそろ来てほしいという願いを込めてファインモーションのお話を書いてみました。
    キャラの解釈違いがあるとしたらそれが原因なので、持ってる人で気になった人は「これぞ本当のファインだ!」みたいな海原雄山ムーブしてくれると嬉しいです。

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 11:21:35

    せつない

  • 14二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 11:34:57

    “公務”ね、そうね……

    >鍵をかけ、思い出に蓋をする

    なんと甘い痛みが胸に刺さってくるのでしょう

    ファインはいいぞ お迎えしたらシナリオ読んで一緒に泣こうね

  • 15二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 12:02:14

    トレーナー側が定石通り引きずってるのもアリだし、後に担当したファインとは真逆のタイプの子に早々に差し切られて所帯もってるのもそれはそれでアリ

  • 16二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 15:32:01

    感想あざまー。


    >>14

    そう、"公務"です。伝わったようで嬉しいですな。あからさますぎた気もしますが。

    とはいえ、それはきっかけとはなったものの、元々供養することは既定路線だったつもりです。

    ファインは幸せな生活を送っており、未来をより幸せなものにするために頑張っていくと思うので。


    >>15

    トレーナーさんの方のその辺りのことは考えてないんですよね。

    ただ一つ決まってるのは、今もトレーナーとして頑張ってるってことです。

    ファインは幸せな競技者生活を送れたので、これからもウマ娘の幸せのために頑張って欲しい、的なことを言ったのだと思います。

    そしてトレーナーはそれに「任せろ!」と応えたと思いますので。

  • 17◆1mQjSdPNzk22/12/29(木) 01:41:02

    書くの忘れてました。

    今回のお話はGAOの「サヨナラ(Original Version)」を聞いて書きました。

    名曲なのでぜひ聴いてみてね。

    サヨナラ (Original Version)


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