【SS化】モブウマ娘ですがトレーナーさんに恋してしまいました

  • 1◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 09:45:14
  • 2二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 09:53:46

    ……その日の私の走りは、胸を張れるものではありませんでした。
    というのも、苦手なゲートで出遅れてしまっていたんです。

    『さあ、最終コーナーを抜ければ短い中山の直線!』

    それでも私は、勝利を諦めるつもりはありませんでした。
    なにせここは年末のグランプリ、有マ記念。
    私は少なくないファンから投票してもらって、このレースを走っているんです。

    前を行くのは同期のダービーウマ娘や、先輩を撃破して宝塚を勝ったグランプリウマ娘。
    あの子たちに交じって、G1にあと一歩手の届いていない私を応援してくれた人たちがいるんです。

    だから私は、懸命に走りました。最後まで何が起きるかわからないのがレースなんだって。

    ――その何かは、目の前で起きました。
    でも、それは。

    『後ろの子たちは間に合うか――ああああ!?』

    到底、私の望んだ何かではありませんでした。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:07:40

    最初に誰が転んだのか。誰がどんな順番で巻き込まれたのか。
    スパートをかけていた身では把握しきれなかったし、思い出す勇気もありません。

    ただ、忘れることもできません。
    全速力で駆ける中で転んだ誰かに……私たちのダービーの勝者が足を取られて転んで。
    そこからの追突、追突、避けようとしての衝突。また追突。
    暮れの中山で起きた、真っ赤な惨劇の映像を。

    何を考えていたのか思い出せないくらい……いえ、本当に何も考えていなかったのでしょう。
    頭が真っ白になった私が巻き込まれずに済んだのは偏に、距離があったからに過ぎませんでした。

    凄惨な光景から逃げるように大回りした私は、そのまま走り続けます。
    目の前で何人もが追突事故を起こす中で立ち止まることを、本能が拒んだんです。
    ……それが、私が初めて手にしたG1レース。そして、グランプリになりました。

    喜べる、わけがない。私を祝福する声は上がりませんでした。
    私自身も、おめでたい気持ちになんてなれるはずもありませんでした。

    ゴール板を超えても追ってくる恐怖に追い立てられ、走り続ければ必然的にやってくる次のカーブ。
    そこで初めてへたり込んだ私は振り返って――見てしまったん、です。

    追突の危険なんてなかった……ただ折り重なって倒れ込んでいた仲間たちの、最期を――。

    『痛い……痛いよ、痛いよぉ』

    あ、ああ――

    ド ウ シ テ タ ス ケ テ ク レ ナ カ ッ タ ノ

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:13:23

    ヒェ

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:22:48

    「ああああああああああああああああああああああああああああああああ! ……あ、ああ」

    もう何度目でしょう、自分の悲鳴で飛び起きるのは。
    ぐっしょりとかいた寝汗に貼りつかれながら、上体を引き起こしたところで意識が戻りました。

    「おはよう、大丈夫?」
    「あ……ごめん、ね、また」

    ここは競争ウマ娘の集う、トレセン学園の寮。他人の眠りを妨げるなんてご法度です。
    にもかかわらず、同室の子は嫌な顔一つせず私を慰めてくれました。

    でも……忘れられない。あの記憶が薄らぐことはない。
    私の時間は唯一のG1タイトルのゴール板ではなく、最終コーナーの出口で止まっているんです。

    抱きしめてくれる同室の子の腕の中で、無力な私はしゃくり上げることしかできませんでした。

    その後、私は寮長さんから軽い注意を受けました。
    ……いいえ、注意なんて厳しいものじゃない。
    自他の睡眠リズムを崩さないようにという形式的な一言の他は、ほとんどが慰めの言葉でした。

    もう、何度もこうして甘えています。
    いい加減に、私は立ち直らなければいけません。
    でも、あの出来事にどう区切りをつければ……。

    答えを持ってきてくれたのは結局、私がとびきり甘えてしまっている人でした。

    「ここにいるのは、君にとって辛いだろう。メジロ家で匿おうか?」

    元々メジロ家との繋がりが深い、私のトレーナーさんです。

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:34:58

    「トレーナーさんも一緒ですよね?」

    後から考えれば考えるほど、色々と負担になる提案をしてくれた人に対する返事ではなかったと思います。
    本当に、あの時の私は弱りきっていたんでしょう。トレーナーさんに縋ることしか、できなかった。
    袖をつかんで掠れきった、今にも崩れ落ちそうなくらい弱弱しい声を上げてしまった私に。

    「当たり前だよなあ!」

    トレーナーさんは敢えて、おどけた返事をしてくれました。

    そして私は、学園の寮から一時的に退去することになります。
    あの子と毎日すれ違っていた廊下も。
    お世話になったあの先輩に初めて挨拶した玄関も。
    みんなで水鉄砲合戦をして、寮長に仲良く叱られたお庭も。

    もうしばらく、見ることはありません。
    たくさんの思い出を、寮へ置き去りにしました。

    ……もう永遠に会うことのできない思い出の住人たちを、レースでそうした時のよう、に。

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:44:01

    ちょっと待ってくれ
    どっちのルートだこれ

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:46:20

    >>7

    原作通りBAD→GOODで行こうと思います


    フルコースです

  • 9スレ主◆7AEiT5hYAI22/12/31(土) 10:50:34

    見るの怖い…
    あ、まとめスレの方に貼っても良いですか?

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:53:53

    >>9

    お眼鏡にかなうようでしたら、お願いします。

    判断するタイミングもお任せします。

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:54:08

    生まれて初めて乗ったリムジンの中、隣に座るトレーナーさんの意図は明らかでした。
    一つは、あんなレースを勝ってしまった私を世間の目から匿うこと。
    そしてもう一つは……苦しみ続けている私を、全く異なる環境に連れ出すこと。

    「これがお屋敷かあ…」

    ただ、寮に多くの思い出を置いてきた結果……私の感性はほとんど空っぽになっていました。
    掠れていた喉は、見たそのままを繰り返すことしかできません。
    そんな私を労わるように、トレーナーさんがそっと肩を抱いてくれたにも関わらずです。
    いつも通りの私だったらドキドキして、舞い上がってすらいたかもしれません。
    そんな反応が欠片もないくらい、何もかもが摩耗しきっていたんでしょう。

    「メジロ家へいらっしゃい」

    ただ、そんな状態でもお世話になる家の人に出迎えられて無反応というわけにはいきません。
    敢えて少し砕けた口調で挨拶してもらったにもかかわらず、私が固いお辞儀をすると――
    その家の娘さん、メジロマックイーンさんはこう言ってくれました。

    「まずは一度休んで少し話しましょう」

    悲鳴で飛び起きた後とはいえ、肉体を疲れさせるようなことはしていません。
    リムジンの座席もふかふかで運転手さんもとても上手で……。

    ……でも、心の疲労が見てわかるほどだったんでしょうね。
    私は、また甘えることになりました。

  • 12スレ主◆7AEiT5hYAI22/12/31(土) 10:56:28

    >>10

    了解、貼ってきました。続き、楽しみにしていますね!

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 10:58:11

    >>12

    ありがとうございます、光栄です

    無理のない範囲で、なるべくノンストップで駆け抜けますね

  • 14二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 11:10:07

    「…有馬記念、お疲れ様でした」

    マックイーンさんは、私を気にかけてくれました。
    言葉を選んで、労わってくれるんです。
    ここまで案内してくれたメジロ家の皆さんも、優しい人たちばかり。
    おかげでやっと、自分の頭で考え始めることができました。

    「あの、お世話になる間に何か……えっと、併走しませんか?」

    考えが足りていたかどうかは、定かではありませんでしたが。
    ぐっすり眠ることすらできないというのに、あのメジロ家の練習相手にだなんて。

    「喜んでお受け致しますわ……グランプリウマ娘との併走、楽しみです」

    でも、マックイーンさんは手を合わせてそう言ってくれました。
    グランプリウマ娘、とトレーナーさん以外からは初めて声をかけてもらえて少し嬉しくなったのを覚えています。

    ただ……その称号に相応しい走りを見せられたと、最初のうちは言えませんでした。
    身体が重く、足は常に何かに掴まれているような感覚があって。
    何より、スパートをかけると思い出してしまうんです。

    あの、あの、真っ赤な光景を。

    「君の走り方は脚に負担がかかりすぎてるよ」

    最も併走に付き合ってくれたメジロライアンさんは、無理にそこへ踏み込んでくることはありませんでした。
    ただ私の身を案じて、私が怪我をしないように見守ってくれて。

    なのに、気持ちを上向かせることができません……。
    この状況を変えてくれたのは、トレーナーさんの言葉でした。

  • 15二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 11:19:49

    ひどく落ち込んだ私を、トレーナーさんはお屋敷の大きな庭園へ連れ出してくれました。
    夕暮れを避け、バラの花壇を避け、とにかく赤色を避けて歩いてくれるトレーナーさん。
    みんな、みんなこうして優しくしてくれるのに。私はどう前を向いて良いかわからない。

    あまりの情けなさにとうとう零してしまった涙を、トレーナーさんはそっとハンカチで拭ってくれました。
    ぎゅっと苦しくなった胸から、思わず救いを求める言葉が転げ出ます。

    私は、どうしたら良いんでしょう。
    どこを向いて走れば良いんでしょう。

    震える私の頭を撫でて、トレーナーさんは私の迷いを一つ一つ聞いてくれます。

    あの有マ記念の光景が忘れられないこと。
    親しくしていた友だちを置いて走ったのを悔いていること。
    レース中に止まる方が危ないなんて理屈じゃ納得できないこと。

    全部ぜんぶ、トレーナーさんは聞いて、こう言ってくれたんです。

    「次のレースであの有馬のレベルの高さを証明しよう」

    私はハッとしました。

    そうです……彼女たちはもう、どんなに呼んでも謝っても帰ってこない。
    私にできることは、競ったあの子たちが速かったと証明することだけ。

    あのレースのレベルが高かった事を証明しなければいけない。

    見失っていた目標を、私は……トレーナーさんに示してもらえたんです。

  • 16二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 11:22:04

    >>8

    BADエンドが怖すぎるんですが……

  • 17二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 11:30:46

    私はトレーニングを再開しました。
    今までの併走をトレーニングと呼ぶには、あまりに身が入っていませんでしたから。
    腑抜けていた分を取り戻すように、走り込む毎日。

    でも、ライアンさんが言ってくれた「脚に負担のかかり過ぎる走り方」は中々改善できません。
    トレーナーさんも手を尽くしてくれますが、骨格から来る走り方を魔法のように変えるのは難しそうです。

    そこで私は、勇気を出して再びトレセン学園へ行くことにしました。
    私が知る限りで最も最終直線に強いあの人に、アドバイスをもらいに行くためです。

    「強大な力をコントロールするんだ。長い間末脚を使うんだ」

    そう、グランドスラムを達成した伝説の持ち主であるテイエムオペラオーさん。
    いつものお芝居がかった口調すら忘れて、彼女は熱心にアドバイスを送ってくれました。

    一瞬の切れ味に頼るな。

    その言葉通りに私は、ロングスパート型へ走りを寄せて行きます。

    そのためには、スタミナもつけなければいけません。
    脚に負担のかかるフォームをしていたという事は、既にある程度の負担が蓄積しているという事になります。
    そこで脚に負担をかけずにスタミナを付けられるプールをひたすら泳ぎました。

    メジロ家のみんなはとても好意的で、学園のプールが混む日はお屋敷のものを使わせてくれました。
    もう立ち止まっている暇はありません。

    次のグランプリなんて、努力を重ねているライバルたちと競うならあっという間なんですから。

  • 18二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 11:45:14

    さらに、苦手なゲートの練習も重ねます。
    ……皮肉にもあの日は、苦手だったからこそ生き残ってしまいました。

    でも、そんな皮肉はもういらないんです。
    2年連続で出遅れるようでは、あの子たちのレベルの高さなんて証明できるはずがない。
    有マ記念の勝者として恥ずかしくないスタートを切らなきゃいけないんです。

    もちろん、最初から上手く行くことはありませんでした。
    何度も出遅れましたし、焦り過ぎてゲートへ頭をぶつけそうになったこともありました。

    それでも、トレーナーさんは根気強く練習に付き合ってくれます。
    彼に見守ってもらえると胸が熱くなって、上手くできる気がするんです。

    そしてとうとう、私は「気がして」半々で上手く行っていたスタートを得意分野にすることができました。
    切れるようになった爆発的なスタートは、必ず序盤の位置取り争いに役立ってくれるでしょう。

    それにしても、苦手だったものを練習すると疲れるますね。
    今日なんかまたぶつかりそうになったせいか、しばらく動悸が止まりませんでした。

    でも、お陰で出遅れは大きく改善したんです!
    努力は報われるんです……そう信じて、私は前に進み続けました。

    だって、進めるのは私だけなんですから。
    あの子たちの分まで前へ、前へ――

  • 19二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 11:50:27

    ……それは。それは、あの子たちの望みではなかったのでしょうか。

    トレーニングへ打ち込む中で寝付けるようになった私は、再び悲鳴で飛び起きることになりました。

    恐ろしい夢を見たんです。


    ※引用元、121より
    恋するモブウマ娘達 ex(続)|あにまん掲示板こちらのスレはこれらのスレの補完スレになります。見ていないと意味が分からないと思うので先にご覧ください。https://bbs.animanch.com/board/1372850/https://b…bbs.animanch.com

    >自分でも分からない強迫観念のように襲われて、私はゴールへ向かい走り続ける。ふと地面を見ると、大きな影が見えた。ターフビジョンを見ると独り走る私に泥のような濁流が迫ってきていて、更にその奥に巨大な形容し難い化け物の姿が見えた。


    >「ひっ……!?」


    >私は捕まらないように更にスピードを上げて逃げる。あれに捕まったらまずいと本能が訴えかけてくる。

    >しかしそれは私が逃げるスピードよりも早く追いかけてくる。なんとかゴールまで残り100mまで逃げたが、そこで泥に捕まった。


    >「嫌っ……離して……!」


    >なんとかもがくが全く離れない。それどころか、泥の中から出てきた手が私の足を掴んで引きずり込もうとしている。


    >そして、泥の中から出てきた表情の存在しない顔から声が聞こえた。


    >『わたしのあしをかえせ』


    >この瞬間、全てを理解した。これは怨念だ、彼女たちの。私は必死に振りほどこうとするが、抵抗も虚しくどんどん引きずり込まれている。


    >「嫌っ……嫌!誰か!助けて!」


    >叫んでも答える人は居ない。そのまま私は引きずり込まれ……


    >「嫌ああああああ!」


    >……目が覚めた。

  • 20二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 12:01:04

    早朝に悲鳴を上げた私を、相変わらず優しい皆は誰も咎めませんでした。
    ただ、私は罪悪感でいっぱいでした……現実の人たちに対しても。
    そして、夢の中のあの子たちに対してもです。

    私だけが前を行くことが、かえってあの子たちにとっては嫌だったんでしょうか。
    尋ねる相手はこの世のどこにもいません。

    夢の中に出て来たのは表情すら読めない顔と禍々しい腕だけ。
    生暖かったような、酷く冷たかったような。
    そんな泥の中で対話なんて、できるはずもありませんでした。

    ……すっかり参ってしまった私を、トレーナーさんはもう一度庭園へ連れ出してくれました。
    立派に咲いていた赤い薔薇はどこかへ植え替えられていて、それにも申し訳なくなりましたけれど。
    俯く私の肩を抱いて、トレーナーさんは前とは違う道のりで散歩させてくれます。

    赤を避けて、泥も避けて、制約が色々あったはずなのに。
    しっかりとした足取りでエスコートしてくれて。

    そして、また涙を流す私の頬へハンカチを当てながら言ってくれたんです。

    「君は何も奪っていない」

    そうして贈ってくれた言葉に、あろうことか私は首を振ってしまいました。
    何が違うのか、自分でもわかりません。
    確かにあの子たちを転ばせたのは私じゃないし、勝とうという意思すらあの時は失せていました。
    でも、違う……駄々をこねる私にトレーナーさんは優しく、言葉を重ねてくれたんです。

    「勝者が胸を張らなければ、あの子たちも報われない」

    ……その時の私にとって、それは一番響く一言でした。私がどうこうではなく、あの子たちを想う言葉だったから。

  • 21二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 12:16:56

    立ち直るためにもと、私はトレーナーさんへお願いすることにしました。
    友だちのお墓参りをさせて欲しいって。

    彼は心配してくれたのですが、こればっかりは譲るわけにはいきません。
    勝者として胸を張った姿を見てもらわないといけないんです。

    長い間、泥よりも冷たい水底に埋もれさせていた記憶を手繰ります。
    あの子たちとの日常を。どんな花なら喜んでくれそうなのかを。

    何度も手が震えました。深呼吸をしないと収まらない時もありました。
    それでも私はどうにか制服に袖を通して、花束を注文して、車へ乗せてもらいます。

    墓地に着いた時に締め付けられた胸は、苦しいなんて一言じゃ到底表せません。
    ああ、あの子たちはここに眠っているんだ。
    本当にもういないんだって……今までだって頭ではわかっていたんですよ?
    でも、その時に初めて心で理解できたのかもしれません。

    こんなに中途半端な心境じゃ、恨まれてもしょうがないかな。

    また落ち込みかけてしまいましたが……もう一度大きく息を吸って、それから頬を叩きます。
    こんな調子じゃ、胸を張っているなんて言えませんから。
    さあ、前を向いた私を見て――と歩いていた先に待っていたのは、墓石だけではありませんでした。

    そこには、涙ぐむ女の子がいたんです。
    握りしめたのは、ああ、あの子がダービーを勝った時の記念グッズ。

    言葉を交わさなくてもわかりました。
    有マで亡くなったあの子のファンなんだって。

  • 22二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 12:27:39

    それ以上の思考は、できませんでした。
    トレーナーさんの言葉がなければ、その場に立ってすらいられたかどうか。

    「どうしてアナタが…」

    ぞくり、と全身が震えます。
    私の一番聞きたくない言葉が今にも聞こえてきそうです。
    ――私自身が、何度も何度も自分に問いかけた言葉が。

    「……」

    でも、それきり彼女は口を噤んでしまいました。
    喉元まで突きつけられた刃が、その場でぴたりと止まったかのような心象風景。
    一歩も動けないまま、私は……恐怖は、感じませんでした。
    むしろ、そのまま刺されていた方が楽だったかもしれません。

    「頑張ってください…」

    でも安易に楽になることは許してもらえませんでしたし、私自身もそうなる気はありませんでした。
    だって生き残りまで倒れたら、あの子たちの無念はどうすれば良いんですか。
    絞り出すように言ってくれた苦くて重い応援の言葉を、私は深く頷いて受け取りました。

    走り去ったあの子の本心がどうだろうと、私は受け取らなければいけないんです。
    他の誰にも、渡したくないんです……それが唯一、あの子たちの前で私にできることだから。

    既に綺麗にされていた墓石をそっと撫でて。花束を供えて。私は墓地を後にします。
    見ていてと……返事など永遠に来ないと知っている呼びかけを置いて。

  • 23◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 12:31:18

    すみません、少し時間を置きます。
    30分ほどで再開できると思います。

  • 24二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 12:45:58

    これあの悲劇の有馬か…

  • 25◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 13:05:22

    すみません遅刻しました、再開します

  • 26二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 13:34:58

    私はそれから、少しずつ取り戻して行きました。
    グランプリをもう一度走るための体と、そして心をです。

    あの悲劇から時間が経って、私に対する世間の反応は「悲劇から生き残ったウマ娘」で固まっているようです。
    叩かれこそしなかったもののそれは、勝者としての評価ではありません。
    あの有マ記念自体の時間は皆の中でも、最終コーナーの出口で止まっているのでしょう。
    私が改めて最終直線を駆け抜けて、凍り付いた時を動かすんです。

    「さ、今日はもう上がろう?」

    いつだって、全力を出すことができました。
    オーバーワークはトレーナーさんが止めてくれると、信頼しきっているからです。

    私が泣いたら、何度も涙を拭ってくれたトレーナーさん。
    メジロの御屋敷の庭を、何度も一緒に歩いてくれたトレーナーさん。
    心を取り戻すにつれて縋りつくだけでは済まなくなってしまいます。
    私は、トレーナーさんに恋してしまったんです。

    『次のレースであの有馬のレベルの高さを証明しよう』
    『君は何も奪っていない』
    『勝者が胸を張らなければ、あの子たちも報われない』

    支えてもらえる度に、トレーナーさんからかけてもらった言葉がぐるぐると頭の中を巡ります。
    おかげでますます練習に力が入りましたが、それだけではいけないとトレーナーさんは言ってくれました。

    なんと、遊園地に誘ってくれたんです。

    たまにはオフの日を作らないと、という言葉に乗って久しぶりに。
    本当に久しぶりに気合を入れて服を選びます。
    マックイーンさんもライアンさんも、微笑まし気にそれを見守ってくれました。

  • 27二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 13:49:21

    当日の朝、少しだけトレーナーさんは顔色が優れませんでした。
    ただ心配した私に返してくれた「楽しみ過ぎて眠れなかったんだ」という返事が嬉しくて……。
    嬉し過ぎて、舞い上がったまま出かけてしまいました。

          ・・・・・
    ――前の晩にあんなことを言われて、思い悩んでいたであろうトレーナーさんとです。
    それだけ私が、このお出かけを待ち焦がれていたとわかっていたんでしょうね。

    せがんで並んだVRアトラクションで、トレーナーさんは悪いロボットを撃って私を守ってくれました。
    恋する男の人に庇われるなんてシチュエーションに、もうテンションは上がりっぱなしです。
    VR酔いなんて一切なかったのに、胸のドキドキは留まるところを知りませんでした。

    だから次に見たパレードでは「トレーナーが王子様でお姫様が私」なんてぽろりと言ってしまったり。

    「…なーんて、冗談です!」

    さすがに恥ずかしくなってごまかしてしまった私の頭を、トレーナーさんは優しく撫でてくれます。
    幸せで幸せで、たまりませんでした。
    お昼に寄った所の店員さんなんて、そんな私たちを見てカップル割を勧めてきたりして。

    「彼女は大切な教え子ですので」

    いつも頼りがいのあるトレーナーさんが動揺してくれたものだから、胸がキュンキュンしてしまいます。
    運ばれてきたにんじんハンバーグもとても美味しくて、一口あーんできないかななんて妄想をして。
    食べ終わったらお化け屋敷に行こうかな、む、胸なんか押し付けちゃったりしてってあれこれ夢を見て。

    ……本当に、幸せな時間でした。

    いつまでも続けばいいのになって、思っていたのに。

  • 28二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 13:51:11

    .









    『わたしのあしをかえせ』









    .

  • 29二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 14:03:25

    入ったお化け屋敷で、私の最大のトラウマが炸裂しました。

    ええ、そうです。これは、あの子たちの怨念でもなければ幻でもありません。
    遊園地のアトラクションにそんなセリフと、仕掛けがあっただけなんです。
    でも、暗がりにいた私にとってその自動音声は恐怖そのものでした。

    息を呑む、ことすらできていなかったかもしれません。
    あの生暖かくて冷たい泥と、無表情と、腕がフラッシュバックします。
    そのまま倒れ……なかったのは、トレーナーさんが抱きかかえてくれたからです。
    怯える私を両腕で支えながら、彼はそっと囁いてくれました。

    「さあ胸を張って、傍についてるから」

    未だ震えは止まらなかったけれど、その声は確かに私を現実に引き戻してくれました。
    間違いなく温かい手をそっと肩へ回して、お化け屋敷のスタッフさんに途中退出を申し出てくれて。
    明るい外へと連れ戻してくれた姿は、VRアトラクションの時よりもさらに格好良くて。

    そうかと思うと、コーヒーカップでは悪夢を振り払うべく全力で回す私に付き合ってくれます。
    おかげでお互いはしたないことになっちゃいましたけれど、それも笑える思い出になりました。
    変な話ですけれど、口をゆすぐ姿すら愛おしくてたまらなくて。

    ああ、やっぱりこの人は私の王子様なんだ。
    トレーナーさんがいてくれる限り、私はどこまでも進んでいけるんだって。
    胸がきゅうきゅう締め付けられます。

    最後に観覧車へ誘われた時なんか、一番高いゴンドラよりも舞い上がっていたでしょうね。
    ……でも、観覧車はいつか地面に戻ってくるんです。

    そしてその"いつか"は、あまりにも早過ぎました。

  • 30二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 14:15:31

    「……なあ、謝らないと行けない事がある。僕は最後まで君の面倒を見てあげられないかもしれない」

    それは、観覧車で例えるにはあまりにも大きな衝撃でした。
    ジェットコースターだって、もっと安全に驚かせてくれるでしょう?
    甘え過ぎたのかな、嫌われちゃったのかな、と愚かな私は慌てていました。
    そんな軽いお話ではなかったんです。

    「ショックかもしれないが、良く聞いてくれ。……僕はがんで、余命は1年しかない。有馬には間に合うけど、その後は……」

    「えっ……?待ってください!そんな!急すぎます!」
    「嘘ですよね……?ずっと一緒に居てくれますよね?」

    私は、自分でもバ鹿だとわかる縋り方をしました。それしかできませんでした。
    急すぎるなんて、言いたいのはトレーナーさんの方なのに。
    いきなり余命1年なんて前の日に言われて、それでもここに来てくれて。
    私に、束の間の幸せをくれたんです。

    トレーナーさんは、私のことをずっとずっと大切にしてくれていて……。
    でも彼の意思じゃなくて、神様が続けることを許してくれないんです。

    たっぷり時間をかけて、ようやくそれを思い知った頃には既にゴンドラは下り始めていました。
    楽しみにしていたてっぺんの景色は、既に過ぎ去っています。
    このまま黙りこくっていたら、係の人に出されてしまうでしょう。

  • 31二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 14:21:30

    「……本当、なんですね」
    「ああ……」

    トレーナーさんに、残酷な返事を強いてしまったと思います。
    でも、ごめんなさい……私にとっては、どうしても必要な儀式でした。

    直前まで頼り切って、この人さえいればと甘えていた人を支え返すんだって。
    ゴンドラが下りきるまでの僅かな時間で、決めなければいけなかったから。

    「僕は余命幾許もないが、最後まで君と勝利を目指させてくれないか」

    ごめんなさい、トレーナーさん。もっと気持ちの良い返事ができなくて。

    「……ずるいですよ。そんな事を言われたら負けられないじゃないですか」
    「すまない……」

    でも。

    でも、降りる前に言えて良かったです。
    私は――初めてあなたの夢を叶える側に回るんだって、覚悟を決められたから。

    「私、トレーナーの為に今度の有馬記念で勝ちます。絶対に勝ちます」

    ……もう、負けられません。

  • 32二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 14:36:38

    それからは、一心不乱に練習へ打ち込みました。
    調整のために出たG2レースでは、久しぶりの勝利を手にしました。

    そんな私の姿に、ファンの人たちも夢を見てくれたようです。
    無事に、かねてから出走を表明していた有マ記念へ出られることになりました。

    ずっと止められていた新聞を、無理を言って読ませてもらいました。
    そこには、投票した人たちのコメントが掛かれています。

    「去年のメンバーの強さを証明してほしい


    ずっと私を支えてくれた大好きなトレーナーさんの、夢を叶えること。
    いなくなった友だちに、勝者として胸を張る姿を見てもらうこと。
    もう一度私をグランプリに出してくれた、ファンの人たちの希望に沿うこと。

    なんだ、一つ頑張れば全部できるじゃないか。
    もう他のことを考える必要すら感じません。

    勝ったレースで一番優れた成績はあの有馬記念で、それ以外にはそこまで成績を残せた訳じゃありません。
    それでも私は、進むべき道をこれ以上ないほどわかりやすく示してもらったんです。

    "最高の走りで応える"

    私の頭の中には、その一文しかありませんでした。

    そんな私を見かねたのか、マックイーンさんたちがお茶会を開いてくれるまで。
    甘いものの味すら忘れていました。

  • 33◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 14:39:26

    さて……
    原作通りに、ここからは先にBADエンドを書いて、それからGOODエンドを書いていきます
    心の準備をお願いします

    そうですここまでは共通ルートなんです、ウソでしょ

  • 34二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 14:44:45

    もう既にゲボ吐きそうなんですけど……

  • 35二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 14:50:04

    おうかかってこい(瀕死)

  • 36BADエンドルート22/12/31(土) 15:04:08

    お呼ばれしたお茶会は、素敵なものでした。
    銘柄もわからないお高い紅茶や、名前だけは知っている有名なスイーツ店のケーキ。
    それらを畏まらず、わざと少し崩しているのであろう仕草で食べるメジロ家の皆さん。

    アルダンさんがメジロの雪だるまと言われた時の話。
    ライアンさんがなくしたボールを、みんなで捜索した話。
    マックイーンさんなんて減量の話を持ち出されては、ぷりぷり怒りつつ結局笑っていて。

    一緒に笑える話題を選んでもらったおかげで、束の間のひと時を過ごせました。
    お嬢様ばかりで最初は緊張していたけれど、こんなお茶会ならまた出たいくらいです。
    トレーナーさんのことや去年のこと以外は何も頭に入らなかったのに。
    まるで魔法をかけてもらえたような、楽しい時間でした。

    ……でも私は、ずっと踊っていられるシンデレラではないんです。
    王子様の12時の鐘はとっくに鳴っていて、遺された時間はもう長くない。
    私が目指すのは、魔法使いなんです。

    もう一度有マ記念で勝って、トレーナーさんに最高の走りを届けるんです。
    そして、一緒に走ったあの子たちのレベルの高さを証明するんです。

    「入れ込み過ぎないでください」

    お茶会から帰ろうとするマックイーンさんは、それでも呼びかけてくれました。

    「有馬記念の翌日に後に大きなケーキが届きますので、また来てくださいまし」

    パーマーさんも、ドーベルさんも、ブライトさんも、みんな頷いてくれます。
    私は泣きそうになりながら、精いっぱい頷きました。
    温かな招待状に、今できる返事はそれだけだったんです。

  • 37二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:12:02

    吐きそう。泣きそう。

  • 38BADエンドルート22/12/31(土) 15:13:12

    トレーナーさんとメジロ家の皆さん以外にも、私を気にかけてくれる人はいました。
    クラスメイトの1人は、何か特別な薬まで作ってくれたようです。

    「君の目の色が余りにも狂っていたからねぇ、特別に怪我しにくくなる薬を作ったんだ」

    ただ……私はそれを、受け取る気になれませんでした。
    別に、この子を疑っているわけじゃありません。

    毒になるものを渡してくるような子じゃありません。
    ドーピングも白けるから嫌だと言っていました。
    ただ、私が自分の力で勝たなきゃいけないと思ったんです。

    だってそうじゃないと、薬のおかげになるみたいで。
    そしたら私を鍛えてくれたトレーナーさんにも、去年戦ったあの子たちにも報いれない気がして。

    「ありがたいけど要らない。ごめんね」

    頭を下げると、その子は気を悪くした様子もなく手を振ってくれます。

    「そうか。その選択も自由さ。有馬記念、頑張りたまえよ」

    ――私は、ちゃんと頷けていたでしょうか。
    勝者らしく胸を張れて、いたでしょうか。

    その時のクラスメイトのような、寂しそうな顔をしていなかった、でしょうか。

  • 39BADエンドルート22/12/31(土) 15:24:50

    そして……運命の日がやってきました。
    1年ぶりの有マ記念です。私の戦績を並べたら、筆頭に上がるレースです。
    本当だったら何もかもが良い思い出のはずですけれど……。

    「……っ」

    レース場に到着して最終コーナーを目にした瞬間に、眩暈に襲われます。
    もう1年も経っていて、コース整備の人たちの尽力でそこには血の一滴だってないというのに。
    あの光景がフラッシュバックするんです。

    でも。

    それでも、私は走らなきゃいけない。
    私をここへ連れて来てくれた、全ての人たちに報いなきゃいけない。

    深呼吸する間、トレーナーさんは敢えて何も言わずに見守ってくれました。
    私も、安易に甘えたりはしませんでした。
    一人でもちゃんと走れるんだって、安心してもらわないといけないんですから。

    ただ、それでも震える手をそっと取って。
    彼は囁いてくれたんです。

    「ゴール板のすぐ傍で、君を待っているよ」

    私の王子様の笑顔は儚くて、今にも消えてしまいそうでした。
    いつ最後の魔法が解けてしまうかもわかりません。
    だから私は、余計なことを言わずにありったけの想いを一言に込めました。
    残りはゴール板を駆け抜けてから言おう、待ってくれているんだからと。そう信じて。

    「……行ってきます!」

  • 40二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:28:15

    ああ…(安価スレのトラウマ再燃)

  • 41二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:29:40

    うわああああああああああぁぁぁぁぁぁ!

  • 42BADエンドルート22/12/31(土) 15:34:28

    暮れの中山に、大歓声が響き渡ります。
    あの日と同じ勝負服。あの日と同じファンファーレ。
    周りのもの全てが1年前を思い起こさせて、私の精神を削ってきます。

    それを、言い訳にするのは許されません。
    私は去年の有マ記念を勝った、グランプリウマ娘なんですから。
    どれだけ強い子たちと競ったのかを、これから証明するんですから!

    悪寒を振り払うように私は身をかがめ、ゲートが開くと共に飛び出しました。
    常に邪念と戦い続けていたようなものですから、かなり無理なスタートだったのでしょう。
    どくんっと心臓が跳ね上がります。

    でも、それくらいで止まるわけにはいきません。
    1年間ずっと積み上げてきたものを、そんなことで崩すわけにはいかないんです。

    息を大きく吸い込んで無理やり体を冷やし、足を回転させます。
    メジロ家のプールでつけたスタミナは、その無理を押し通させてくれました。
    ライアンさんが足の負担のことを言ってくれなければ、あそこまでは泳がなかったでしょう。
    スタンドから声援を送ってくれる彼女に感謝をしながら位置取りを押し上げて行きます。

    そして、向こう正面からのロングスパートです。
    オペラオーさんも、見に来てくれるでしょうか。私のありがとうを、受け取ってくれるでしょうか。
    作戦はぴたりとはまって、私はぐいぐいと順位を押し上げていきました。
    苦しくて堪らない、けどグランプリを勝つならこれくらい我慢しなきゃっ

    何より、ずっとトレーナーさんが見てくれたんですから。
    彼の教えが正しいんだって、すごいんだって、私の走りで形にするんです!
    最終コーナーが近づくにつれ暴れまわる心臓すら無視して、私は最高速度へ突入しました。

  • 43二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:35:38

    やめろ

    やめろ

  • 44BADエンドルート22/12/31(土) 15:42:42

    『わたしのあしをかえせ』

    幻聴、です。私の周りにいるのは、現実のライバルたちだけなんだから。

    『わたしのあしをかえせ』

    幻覚、です。あの泥が流れていたら、周りは大騒ぎになっているでしょう。
    ましてあの惨劇が再現されていたらレースになんてならないはずです。

    最終コーナーへ一歩踏み込むごとに悲鳴を上げる心臓を押さえつけ、𠮟りつけ、私はスパートを続けます。

    怖くない、なんて言ったらウソになるでしょう。
    五感はあの悪夢へ沈みそうになり、吐き気すらこみ上げてきます。
    それでも、止まったりなんてしない。
    私は――私は、あの有マ記念の勝者なんだから!
    トレーナーさんの、愛バなんだから!

    ――そして、コーナーを抜けた私には一足早いご褒美が待っていました。
    ああ、トレーナーさん。私を信じてくれるんですね。
                     ・・・・・
    曲がり切った私を、一点の曇りもない最高の笑顔で見守ってくれる彼に見守られ、私は最後の力を振り絞って――

  • 45BADエンドルート22/12/31(土) 15:48:27

    ……


    ……勝ち…ました…。

    間違いなく、今までで、最高の走りで…。


    けど、全力を出しすぎて、私の体も保たなかったみたいです。

    けいけんしたこともない、いたみが、むねにひろがります。
    こえを、だすことも……できません。

    せかいが、よこむきになって。とれーなーさんを、ふりかえれなくって。


    …それでも、いいんです。


    ゴールしたしゅんかんに、あの人の、さいこのえがお……みられた、から……。


    とおく、なる、しかい、で。ともった、かくていらんぷを、みて。

    まるまろうとする、からだ、のば、そうと


    わたしは、ありまきね……しょうしゃ、で

    とれーなーさんの…………とれーな、さ、の……

  • 46スレ主◆7AEiT5hYAI22/12/31(土) 15:52:36

    こころがくるしい

  • 47二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:53:21

    吐いた

  • 48二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:54:05

    (絶句)

  • 49BADエンドルート22/12/31(土) 16:02:47

    …………その像の除幕式は、厳かな雰囲気の下に行われましたわ。
    有マ記念の連覇を称えて作られた、ウマ娘とそのトレーナーの像。
    本当なら上がるはずの歓声は……あの日と同じように、聞こえてきません。

    出資したわたくしたちですら、手を叩くだけで精一杯でした。
    乾ききった音はそのまま、己の無力感を空へと響かせます。
    結局、わたくしたちはあの子に何もしてあげられなかったんですから。

    前年のライバルたちの強さを証明するのと引き換えに、あの子は同じ所へ駆けて行ってしまいました。
    2年連続の悪夢に悲鳴は止まず、トレセン学園の同輩たちが泣き叫びながらあの子の名を呼びます。
    救急隊が到着して、心臓マッサージが始まって……でも、どれもあの子をこの世に留めてはくれませんでした。

    そればかりか、トレーナーはどうしたという声に振り返った先で、もう一つの悪夢までもが追加されたんですの。
    そう、彼は……あの子のトレーナーさんは既に、こと切れていたんです。
    最終直線で勝利を確信して。最後の瞬間まで担当ウマ娘を信じて、そして――

    ――わかっています。あの二人が永遠に見つめ合うようにと作った像ですが、これは像でしかないと。
    本人たちは愛バの勝利を見届けることなく、真相を知ることもなく天国へ駆けて行ってしまったのだと。

    例えばあの子のために注文していたケーキを今日までとってあったとして、冷たい像が食べられるはずもないでしょう?
    初めてでした。あの店のケーキの味を感じることすらできなかった、なんてこと、は……。

    「マックイーン」

    出資者として相応しくあろうと立つ私の肩を、そっとライアンが叩きます。
    そして私と同じことを求めているのに気づき……私たちは互いの顔を隠すように、身を寄せ合いました。

    「う……うあぁぁ、あああっ」

    押し殺し切れていない声を、おばあ様は咎めずにいてくださりました。でも、あの子に届くことも……ないんです。

  • 50二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 16:04:07

    ヴォエ……

  • 51◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 16:05:05

    BADエンドルートは以上となります……
    解像度足りましたか?

    あと、ノータイムでGOODエンドルート行っていいですか(痙攣)

  • 52スレ主◆7AEiT5hYAI22/12/31(土) 16:05:54

    しんどすぎる…GOOD…GOODルートを…

  • 53二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 16:06:03

    ノータイムで行ってくれないと死んじゃう

  • 54二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 16:06:17

    >>51

    お見事です(吐血)

    特に最後が素晴らしかったです(大吐血)

  • 55◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 16:07:50

    それじゃあGOODルートにノータイムで
    原作通り最後には晴れますので待っててください

    道中も明るいかというと、まあそれも原作通りです(痙攣が続く)

  • 56GOODエンドルート22/12/31(土) 16:24:49

    >>32から


    お呼ばれした会は、想像していたのとはまるで違うものでした。

    名家のお茶会なんて言われてもテーブルマナーなんか全然自信が……。

    そう思っていた私を、クラスメイトたちが出迎えてくれたんです。


    「お手紙を出したがっていると聞き及びまして、いっそ皆で楽しみましょうとお声かけしましたの」

    「いやあ、こんなすごいお屋敷に私たちまで入れちゃうなんて」


    ここまでの人数だと、もはやお茶会というよりパーティーでしょう。

    でも、それはとても温かなサプライズでした。

    名前だけは知っている有名なスイーツ店のケーキに目を丸くしたり、尻尾を跳ねさせたり。

    私たちは庶民丸出しで、メジロ家の皆さんと一緒にテーブルを囲みました。


    アルダンさんがメジロの雪だるまと言われた時の話。

    ライアンさんがなくしたボールを、みんなで捜索した話。

    マックイーンさんなんて減量の話を持ち出されては、ぷりぷり怒りつつ結局笑っていて。


    クラスの子たちも、私がいない間に起きた寮の面白おかしい事件を聞かせてくれます。

    迷い込んだ猫をこっそり飼って、副会長に見つかった時の騒動。

    流しそうめんをやりたいと寮長に頼み込んで、流す役で大揉めした話。

    映画で流行ったポーズをみんなでキメた所を撮った子と、追いかけっこになった話。


    お腹が痛くなるくらい笑って笑って、私は諸々が緩んでいたようです。

    もう一度有マ記念に勝つためにと席を立とうとしても宥められて、あれこれ話を聞いてもらって。


    ……あの悪夢の話も、してしまいました。


    楽しい会で言うことじゃないというのに皆は、止めもせずにそれを聞いてくれました。

  • 57GOODエンドルート22/12/31(土) 16:37:33

    「それさ……絶対あの子はムリじゃない?」

    クラスメイトの第一声は、トレーナーさんが真摯に支えてくれたのとは全く違うトーンでした。

    「そんなホラーになったら真っ先に悲鳴を上げるでしょ、あいつ」
    「あー、夏合宿の怪談でも一番先に泣き出してたもんねー」

    あははは、と死者を笑う声に思わず耳を絞りそうになります。
    もういない子になんてことを……と、言う前に気づくことができました。

    笑っている彼女たちの目尻にもまた、涙が溜まっていました。

    「それに――先輩は綺麗好きだしね」
    「追いかける暇があったらシャワー浴びに行くよね、泥なんて絶対許せないっしょ」
    「うん、春天の時なんか雨が降ってたから発狂しかけててさー」

    反論もできない相手にとって、失礼な話が続いたかもしれません。
    ただ……ただ私にとってその話は、長い間忘れていたものでした。

    寮に置いてきた思い出を――あの日の辛い物じゃ、ない。
    一緒にあの子たちと過ごした記憶を、呼び起こしてくれるものでした。

    あの子たちが生きていた、証でした。

    「……ありがとう、みんな」

    泥に塗れて追ってくる怨念の塊とは程遠い姿を思い出して、絞り出すように呟きます。
    だってそうしないと、きっと泣いてしまって言葉にできなかったから。

    「私……私、もう一度――」

  • 58GOODエンドルート22/12/31(土) 16:53:28

    そうしてもう一度、私はあの有マを戦った子たちの眠る墓地へとやって来ました。
    今のトレーナーさんにとっては忌避したい場所のはずなのに、ついてくると言って聞かなくて。
    他にもマックイーンさんやライアンさん、寮の同室だった子も付き添ってくれます。

    私の迷いが消えていないことを、全員わかっていたんでしょうね。
    本当にあり得ないのか。ホラーも泥も関係ないほど恨んでいるんじゃないか。
    でも少なくとも、皆のおかげで「違うかもしれない」という想いも持つことができました。

    「かもしれない」と「かもしれない」。正解はきっと、永遠にわからないままです。
    でも、同じ「かもしれない」なら……私は思い出の中の皆を選ぶことにしました。
    「違うかもしれない」のに勝手に化け物の姿にして、勝手に怨念扱いするなんて。
    それこそ死者への冒涜だ、と思うことにしたんです。

    私は花束の手配から車の運転まで皆に頼りながら、どうにかもう一度墓石の前に立ちました。
    ご家族かファンの人たちが訪れているのか、綺麗なお墓へそっともう一束を添えて。
    私は、永遠に返事はないと知りつつもう一度声を掛けます。

    「みんな、ごめんね……私、みんなが何を思っているかもうわからないの」

    誰も、何も言いません。ただトレーナーさんが、そっと肩に手を置いてくれています。
    その温もりに支えられながら……一方的な約束を交わします。

    「だから勝手に、宣言するね。私、有マで勝ってくるよ」

    「一番にゴールして……去年の有マは、凄かったんだって」

    「みんなはあんなに速いウマ娘の前を走ってたんだって……見てもらう、から……っ」

    ぽろぽろと涙が零れて、鼻も啜って、全く恰好のつかない宣言だったと思います。
    それでも笑うことなく静かに聞いてくれた皆に支えられて……私は、今度こそ墓地から帰ってきました。

  • 59GOODエンドルート22/12/31(土) 17:00:27

    そして……運命の日がやってきました。
    1年ぶりの有マ記念です。私の戦績を並べたら、筆頭に上がるレースです。

    「……っ」

    レース場に到着して最終コーナーを目にした時、一瞬だけ呼吸が止まりました。
    でも、すぐに息継ぎをして落ち着くことができました。
    もう1年も経っていて、コース整備の人たちの尽力でそこには血の一滴だってないんです。
    なら私は、堂々と入場するまでです。誰にも遠慮なんてしてあげません。

    だって私は……ただの悲劇の生き残りなんかじゃない。
    去年の有馬記念の、勝者なんですから。

    何より、ターフを駆けることを楽しみにするウマ娘なんだから。
    私をここへ連れて来てくれた、全ての人たちに見てもらいたいんです。

    深呼吸する間、トレーナーさんは敢えて何も言わずに見守ってくれました。
    私も、安易に甘えたりはしませんでした。
    もう大丈夫だって、安心してもらいたかったんです。

    すっかり落ち着いた私の手を取って、彼は囁いてくれました。

    「ゴール板のすぐ傍で、君を待っているよ」

    私の王子様の笑顔は儚くて、それでも、心から私の走りを楽しみにしてくれているようです。
    だから私は、余計なことを言わずにありったけの想いを一言に込めました。
    残りはゴール板を駆け抜けてから言おう、待ってくれているんだからと。そう信じて。

    「……行ってきます!」

  • 60GOODエンドルート22/12/31(土) 17:08:30

    暮れの中山に、大歓声が響き渡ります。
    あの日と同じ勝負服。あの日と同じファンファーレ。
    周りのもの全てから1年前を思い起こした私は、胸を張りました。
    トレーナーさんが贈ってくれた、一番嬉しい言葉が体と心を支えてくれます。

    私は去年の有マ記念を勝った、グランプリウマ娘なんですから。
    どれだけ強い子たちと競ったのかを、これから証明するんですから!

    練習通りに私は身をかがめ、ゲートが開くと共に飛び出しました。
    余分な力が抜けきったおかげで、ぽんと出てスルスルと良い位置につくことができます。
    おかげで、ロングスパートのためのスタミナも十分残りそうです。

    大丈夫、トレーニングの通りにやれば勝てる。
    1年間ずっと積み上げてきたものが私の足と心を動かしてくれるんです。

    息を大きく吸い込んで冷静に体を冷やし、足を回転させます。
    メジロ家のプールでつけたスタミナは、たっぷり余裕を持たせてくれました。
    ライアンさんが足の負担のことを言ってくれなければ、あそこまでは泳がなかったでしょう。
    スタンドから声援を送ってくれる彼女に感謝をしながら位置取りを押し上げて行きます。

    そして、向こう正面からのロングスパートです。
    オペラオーさんも、見に来てくれるでしょうか。私のありがとうを、受け取ってくれるでしょうか。
    作戦はぴたりとはまって、私はぐいぐいと順位を押し上げていきました。
    苦しさもありますが、ウマ娘の本能がそれを喜んでいます。これがグランプリなんだってっ

    何より、ずっとトレーナーさんが見てくれたんですから。
    彼の教えが正しいんだって、すごいんだって、私の走りで形にするんです!
    最終コーナーが近づくにつれ膨れる不安に打ち勝って、私は最高速度へ突入しました。

  • 61GOODエンドルート22/12/31(土) 17:17:41

    「――!」

    その先には、私だけの景色が待っていました。
    幻聴だったのかもしれません。幻覚だったのかもしれません。
    本当にあんなことが起きていたら、大騒ぎになるじゃないですか。

    でも、確かに、あの中山の短い直線で。
    私はフルゲートの16人を超えて……。
    ・・・
    2年分のライバルと、競ったんです。

    『……』

    ああ、私たちのダービーウマ娘が好位置から抜け出しています。
    私のよく知る、ずっと背中を追い続けた走りです。

    綺麗好きな春天ウマ娘の先輩が、スタミナに物を言わせて粘っています。
    その先輩を撃破した宝塚ウマ娘が、外から追い込んできます。

    「……行く、よ」

    レースの、ましてグランプリのさなかでどこまではっきり発声できていたかは覚えていません。
    ただ私の呼びかけに……その影は確かに、答えてくれたんです。

    「今度こそ――」
    『今度こそ――』


    「『負けないから!!』」

  • 62GOODエンドルート22/12/31(土) 17:25:49

    夢のような、310mでした。
    ええ、半分は本当に夢を見ていたんでしょう。

    でも、幻に酔って終わるつもりはありませんでした。
    残ったスタミナを燃やし尽くすように、ロングスパートをかけ続けます。
    疲労も、何もかもが心地よく感じました。ずっと終わって欲しくないくらい。

    そして私は、幻の先輩を追い抜いて。
    メジロ家のお茶会で声を掛けてくれた友達を引き離して。

    そして。

    そして、追いかけて来たダービー勝者の背中を……超え、て。

    「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

    遂に終わってしまった、あまりに短い最終直線。
    振り返った先に、もう影はなくて。

    ただ、悲劇なんて一つも転がっていなくって。
    去年はなかった歓声が、辺りに木霊、して。

    「う……うあぁぁ、あああっ」

    その真ん中で泣いてしまった私を、大勢が称えてくれました。

    有マ記念を連覇したウマ娘だって。
    去年の有マを走った子たちは……あんなに強かったんだ、て。

  • 63GOODエンドルート22/12/31(土) 17:37:25

    ……やった……やった!

    私は、勝ったんです。
    連覇なんて偉業を成し遂げられるなんて、入学前の自分に話しても信じてくれないでしょうね。
    これも、支えてくれた皆のおかげです……誰よりも、トレーナーのお陰です。

    トレーナーの元に駆け寄ると、彼は泣いていました。

    「よかった」

    さっき泣いたばかりだというのに私も、また涙をこぼしてしまいます。
    その四文字に込められた重さは、きっと聞くだけではわからないでしょう。

    強く心を揺り動かされた私は、覚悟を決めました。
    今ここで、最高の瞬間に気持ちを伝えようと。

    「大好きです、トレーナー。恋人として、好きです」

    遊園地でカップル割を提案されて、動揺している姿を思い出します。
    それでも、止まれませんでした。きっと今を逃したら、私は一生後悔するから。

    「残された時間は少ないかもしれませんが、それでも…その時間を、私に貰えませんか?」

    震える声でした告白に、トレーナーは少しの間黙って。
    いつものように、真摯に答えてくれました。

    「断らなければいけないのに、君と同じ想いを抑えられない」

    感極まって胸に顔を埋めた私を、彼は優しく抱きしめてくれて。
    そうして、私たちは結ばれました……。

  • 64GOODエンドルート22/12/31(土) 17:43:20

    それからトレーナーは、手術を受けることになりました。
    余命1年に加えて難しい脳の病気とあって、普通の外科手術に意味はないそうです。
    ただ、とても難易度の高い特別な手術なら助かるかもしれない。
    メジロ家が探して出してくれたお医者さんは、そう言ってくれました。

    失敗すれば、命はないそうです。
    私は震える手でトレーナーの袖を掴みました。
    引き留め、ちゃだめです。
    でも、二度と会えなくなるかもしれないと思うと……。

    震える手を、トレーナーさんはそっと握り返してくれます。
    一番怖いのは自分のはずなのに、優しく微笑んで。

    私の走りに勇気をもらったんだって……そう言ってくれました。
    それで私も覚悟を決めて、手術室の前で待つことにしました。

  • 65GOODエンドルート22/12/31(土) 17:53:06
    ※引用元、77より
    モブウマ娘ですがトレーナーさんに恋してしまいました2|あにまん掲示板この安価スレの続きですhttps://bbs.animanch.com/board/1372850/bbs.animanch.com

    >長い手術中、連日の付き添いで疲れ切っていた私はつい眠ってしまい、夢を見ました。

    >真っ暗な何もない空間で倒れているトレーナーに死神が襲いかかる夢です。

    >必死に追い払おうとしましたが、近づく事が出来ませんでした。


    >そこに有馬記念で散っていった友人達が現れ、死神を追い返してしまいました。


    >そして、彼女たちはトレーナーを抱きかかえて私に歩み寄ってきました。

    >その顔は悪夢の時とは違いみんな笑顔に溢れていました。


    ――そうです。


    あの、中山で競い合った時のように、笑いかけてくれたんです。

    私は感謝と、懐かしさと、色んな感情で張り裂けそうな胸から声を出そうとしました。


    でも、ここに留まることは許されないみたいです。

    みんなは押し留めるように手を出して、ゆっくり首を振って。


    >そして少し寂しそうな顔をした後、いつの間にか現れていた光の漏れ出すドアを指差しました。


    >私は、トレーナーを抱きかかえてドアの外に出ていきました。


    >目が覚めた時ちょうど手術室のランプが消え、医者が出てきて私に手術の成功を伝えてくれました。

    >きっと、彼女たちが死神を追い払ってくれた――そう思いました。

  • 66GOODエンドルート22/12/31(土) 17:55:24

    「……ただいま」


    トレーナーは、呼びかけてくれました。

    また、とっても重たい。たった四文字の言葉を。


    「お帰りなさい……」


    私も、ありったけの気持ちを返します。
    光差す世界に戻ってきてくれた。
    みんなが、競い合ったあの子たちが取り戻してくれた。

    私の、王子様へ。


    「……愛しています」

  • 67二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 17:56:09

    ここの展開本当泣ける

  • 68GOODエンドルート22/12/31(土) 18:02:17

    そうして私は、現役を退きました。
    有マ記念を連覇した後とあって、惜しんでくれる人たちも少なからずいます。

    でも、悔いはありません。あのレースで、全てを出し切ったと思えましたから。
    もう二度と走れないあの子たちと、最後に競争することもできましたから。
    何より、進みたい道を見つけたんです。

    ずっと誰かに答えを求めて来た私が、心から進みたいと思えた道。
    レースの安全を研究する立場になるんです。

    それは、決して楽な道のりではありませんでした。
    ……特に安全を求めるには、どうしても危険を知る必要があります。

    レース中の事故の事例をたくさん調べることになりました。
    あの、有馬の映像も見ることになりました。
    走っていた当事者の私は、誰よりもそこからヒントを得られるんですから。

    何度も泣きました。何度も吐きました。
    その度に、トレーナーが支えてくれました。
    だから私も……震えながらでも、見返すことができました。

    もうこんな悲劇を起こさないためには、何ができるのかって。

    そんな私たちを知る大勢のファンに背中を押されて結婚したのは私が論文を書き上げた、5年後のことでした。

  • 69GOODエンドルート22/12/31(土) 18:11:15

    そして私たちの間には、一人のウマ娘が生まれました。
    すくすくと育つその子に対して、何もかも完璧な親ではなかったかもしれません。
    時には研究が忙しくてかまってやれずに、ほっぺを膨らまさせたこともありました。

    「お父さん、お母さん。行ってきます!」

    ……でも今、娘は笑ってくれています。
    私がこの子と大勢の後輩たちに贈ったものを、受け取ってくれたんです。

    愛娘には怪我一つない現役生活と、グリップを失いにくい新素材の蹄鉄を。
    あの子と共に駆けてくれる子たちにも、衝撃を吸収する新素材の勝負服を。
    レース場の中央には常に救護ウマ娘が待機して、見守ってくれています。

    みんなが安心して、心行くまでレースを楽しめますように。
    その願いが、叶ったんです。

    「ああ、あの走りは……」
    「――が返ってきたんだ!」

    私の名前を呼んでくれる年配のファンたちの声を聴きつつ、私はそっと夫の肩へ頭を乗せます。
    肩を抱きしめてくれる彼とぴったり寄り添って、温め合いながら。
    愛娘のグランプリレースを見守るという、最高の時間を過ごすんです。

    私は悲劇のレースを生き残り、現役中は悲しい出来事が多く起こりました。

    それでも諦めずに進んだ結果、幸せな人生を送ることが出来ました。

    私は、とっても幸せ者ですね。

    胸を張ってふと見上げた空の雲間からは、優しくお日様が瞬いてくれました――

  • 70◆FZJzI0hevg22/12/31(土) 18:13:16

    以上となります
    素晴らしい安価スレの、SS化を許可して下さった原作者様に今一度感謝を
    ありがとうございました

    年内にGOODまで書けて本当に良かった(本音)

    それでは、またいつか

  • 71スレ主◆7AEiT5hYAI22/12/31(土) 18:14:48

    いやあ素晴らしかった…(前半で胃を痛めながら)
    ここまで長いSSを書いてくださり、本当にありがとうございました!

  • 72二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 18:17:24

    >>70

    安価スレに参加していた者です。

    解像度が高く、素晴らしいSSでした。ところどころにあった追加の描写がより物語を彩っていて、非常に良かったです。

    ここまで書いていただき、本当にありがとうございました。

  • 73二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 18:24:32

    SSにされると解像度が上がりまくって地獄を身近に感じられて素晴らしかったです(吐血)

  • 74二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 18:33:16

    バッドのビターな感じすごい好き

  • 75二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 00:50:55

    素晴らしかった…

  • 76二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 02:21:05

    泣きました、はい

    別に歌詞とかに関連性がある訳ではないが

    GoodでもBADでも

    終盤にこれを脳内再生しながら読むと

    破壊力が増します(だからどうした)

    【Ado】風のゆくえ(ウタ from ONE PIECE FILM RED)


  • 77二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 09:17:30

    殺す気か?(称賛)

  • 78二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 20:26:03

    有馬記念を連覇して中山に像が立っていたり娘もグランプリに出ていたりするウマ娘はモブとは言わないんだ

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています