「え俺ってラウダのこと好きだったのか!?

  • 1二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:35:33

    じゃあ告白しに行かねえと!!」

    __だいぶ人目を憚っていない大声に、シャディク・ゼネリはようやく自分がやらかしたことの重大さを理解した。


    ※本編の供給がなく、耐えきれないので突然書き始めた謎時空です。書き溜めとかないので軽率にエタるかも

  • 2二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:36:41

    待って、待って…何…、?

  • 3二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:36:54

    かなりどういうこと?

  • 4二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:37:31

    記憶喪失…?それとも謎の誘導…?

  • 5二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:38:19

    シャデラウ…?だと…??

  • 6二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:39:49

    俺ってどっち?!

  • 7二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:40:41

    何があってそうなった

  • 8二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:41:51

    定期的に生まれるラウダ周りの幻覚CP

  • 9二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:42:24

     さかのぼること三十分前。
     シャディクはいつも通りに、生徒と生徒の橋渡しをしていた。もともと顔が広いため、何かと助けを求められがちなのだが、その中でも特に多いのが恋愛相談である。……今回の相談相手もうまくいったようだ。一方その頃シャディクは一歩も踏み出せずにいるのだから、なんとも皮肉なものである。なんとなくそんなことを考ていると、ふいに、見慣れた後ろ姿を発見した。
    「グエル」
    「お、シャディクじゃねえか。どうしたんだ」
     グエルはいつも通り、制服を肩にかけて、こちらに笑みをこぼした。こいつにならミオリネを任せられるのではと思えるほど、家柄は完璧、自信家でそれに見合う実力もある、なによりいいやつだ。ちょっと直情的すぎるところが玉に瑕だが。
    「もしよければ、一緒に昼食でもどうかな?」
    「いいな」
     そんなわけで、二人は同じテーブルを囲んだわけである。
     最初はなんてことない世間話に花を咲かせていた。ジェターク社の話、授業の話、家族の話。ひとしきり満足したシャディクは、ふいに、先程の二人のことを思い出す。
    「そういえばグエルは恋愛はしないの?」
     今思えば、こんなことを聞いて、どう返されるのを期待していたのだろう? ミオリネが好きだ、と言われれば満足だった? グエルは考え込むようにして、眉間に皺を寄せる。
    「特にそういうものには興味がない。俺はその役割を期待されていない」
    「それはまあ、そうか」
     グエルはホルダーで、ジェターク寮の寮長だ。冷静に考えれば、そんなものにかまけている余裕がないことはすぐにわかる。シャディクが手元のプレートに目をうつしたところで、グエルは「そういうお前はどうなんだ?」と尋ね、ニイと目を細めた。

  • 10二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:49:29

    「ああ、いや、それは……」
     痛いところを突かれた。ここで馬鹿正直にミオリネが好きです! と言えるわけがない。しかし下手に誤魔化すと、聡いグエルに勘付かれてしまう可能性もある。グエルに決闘を挑まないのには、それはもう海より深い要因があるので、ここでバレるわけにはいかないのだ。
     とにかく話を逸らすしかない。こほん、と咳払いをして、シャディクはできる限りきれいな笑みをうかべてみせた。
    「俺のことよりもさ、グエル、恋愛に関わりがないとか言ってるけど、ずっと恋してるじゃないか」
    「……?俺にそんなやつはいない」
     それはそうだ。だがとにかく、そう、名前、誰かの名前を出さないと。ザビーナ、だめだ接点が薄い。エナオ、同上。ミオリネ、さっき否定された。ああ、そうだ。
    「ら、ラウダだよ!ラウダ!見てればわかるよ、決定的に明らかじゃないか!」
     ラウダはいつもグエルの傍についているし、グエルがどこにいてもどこからともなくやってくる。逆にグエルだってなにかとラウダを頼っている。さっき家族の話が出た時に、いつもラウダには助けられている、と言っていた。話の流れとして不自然なところはない。もちろん冗談なのでありえないが、とにかく話題を逸らすことが目的なのだ。
     きっかり十秒の沈黙。
     ハロがぴぴ、ざざざ、と耳障りなノイズを発するのさえも聞こえる。
     グエルはくちびるを開かない。気を悪くしただろうか。シャディクは気まずくなって、「まあそんなわけ__」なんて、さっさと話を切り上げようとした。

    「え俺ってラウダのこと好きだったのか!?」

     左耳の鼓膜が悲鳴をあげたのは、その次の瞬間だった。

  • 11二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:51:31

    グエ→ラウか

  • 12二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:52:59

     やばいつっこみどころが多すぎて理解が追い付かない。
     まさか音を使った攻撃__ではなくて!
     グエルは絶対にラウダのことを恋愛対象として見ていない。少なくとも見ていなかった。それはさっきの反応でわかる。
     なのに! 告白しに行く!?
     行動が速すぎる。どうしたその思い切りの良さは。誰にも追いつけないスピードで駆け抜けるな。普通なら家族とか同性とか兄弟とかいろいろ考えるだろうが!!
    (まさか……からかってるのか……?)
     よく考えればそっちの方が余程自然だ。
     なんだ、グエルにもお茶目なところがあるんだな。そう思って向かいの席を見る。
     いない。
     すっと息を吸う。吐く。目を閉じる。再び開く。
     いない。
    「じゃあ行ってくる!」
    「おい待てグエル・ジェターク!!」
     シャディクは慌てて、既に小さくなりつつあるグエルの背中を追いかけた。

  • 13二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 23:55:34

    グエルくん本能的に好きな相手には秒で告白しちゃうの?

  • 14二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:00:46

    グエルもシャディクも一人称が俺だから最初どっちかわからなくなってて草

  • 15二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:00:52

    >>12

    詩音の殺して来るねを思い出す思い切りのよさ

  • 16二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:01:43

    「ラウダ、俺ラウダが好きだ!」
     それはもう直球ドストレートなCV阿座上が響き渡るのを聞いて、シャディクはしゃがみこんで頭を抱えた。間に合わなかった。
     何とかして追いかけたが、案の定無理だった。ラウダがたまたますぐに見つかったから、というのもある。グエルのよく通る声に、周りの生徒の目は一瞬で引き付けられた。当のラウダはきょとんとした顔をして、グエルの方を見やる。
    「うん? どうしたの、兄さん。それにシャディクも」
    「あ、いや、俺はその、関係ないから……ごゆっくり……」
     どうするべきか一瞬悩んだ末に、とりあえず無関係を装ってごまかすことにした。そのままそうっと通り抜けて、大きな柱、ちょうど二人からは見えない位置で耳をすます。
     正直寮の部屋に帰って何もかも忘れてしまおうかなという現実逃避は脳のキャパシティの八割を占めていたが、このようなことになった原因の一端はシャディクにある。そのため謎の責任を感じてしまったのだ。
    「それで、急に何?」
     ラウダの落ち着いた声が響く。彼はかなりしっかりしていて、基本的にグエルのブレーキ役として機能している。もちろんそうとは言い切れない瞬間もあるが、今回ばかりはこの暴走ディランザを止める役割を果たしてほしいものである。しゃがんで柱の下から顔を出せば、ラウダの後ろ姿と、グエルの__びっくりするほどいつも通りの顔が見えた。
     とかく、話は振出しに戻った。
     普通の人なら告白して「急にどうした」なんて言われたら「やっぱなんでもない」と返すだろう。
    「ああ。俺はラウダのことが好きだと気づいたから伝えに来た」
     いやメンタルが強すぎるだろうが!!
     シャディクはグエルの真っ直ぐさを見誤っていたことに死ぬほど後悔し、今からでもグラスレー寮に戻りたい気持ちでいっぱいになった。

  • 17二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:02:17

    このレスは削除されています

  • 18二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:05:27

     いやそれはわかってはいたが。想像より五億倍は強いというか。ラウダはそれを聞いて、少しだけ肩を竦めて、ふふ、と小さく笑った。
    「大丈夫だよ、そんなこと言わなくてもわかるし、兄さんのこと好きだから」
     一瞬理解が止まる。
     しかしすぐに気づいた。どうやらいい感じに兄弟愛での好きだと解釈したようだ。確かに急に異母兄から好きだと言われて、恋愛としての好きだと捉えろという方が難しい。
     よしこのまま。そうこのままいくんだ。このままいったら麗しきかなジェターク家の兄弟愛! というアオリをつけて終わることができる。そう期待してグエルの顔を見やる。グエルはニコニコ笑ってラウダの顔を見やり、その手を取った。よかった、ちゃんとラウダが兄弟愛として受け取っていることをわかっているらしい。
    「ありがとう、ラウダ!」
     全くわかってないかもしれなかった。

  • 19二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:05:58

    もしかしてラウダって幻覚剤の名前なのか

  • 20二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:07:26

    兄が一時期麻薬扱いされたのは見たけどラウダがやばい薬扱いは始めてみた

  • 21二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:07:36

    ラウダよかったなー兄さんに好きって言ってもらえて(すれ違いに目をそらしながら)

  • 22二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:13:41

     どうやらラウダはペトラから呼ばれてるらしく、その後すぐ解散することと相成った。周囲は未だにざわついているが、じきに落ち着くだろう。シャディクは柱の裏から出てきた。
    「あの、グエル」
    「なんだ?」
     グエルはシャディクを訝しむ様子もなく、きょとんとした顔で首を傾げる。そんなところで兄弟そっくりにならなくてもいい。切に思う。
    「ごめん、盗み聞きしてた」
    「うん? 大丈夫だぞ」
     グエルはそういうが、ラウダはどうだろう。あれは気配に聡いから、気づかれていた可能性もある。とにかくはやく誤解を解かないと、と思い、「あのさ」と言って目を伏せる。
    「冗談だったんだ。お前がラウダに恋してるっていうのは」
    「そうか」
     なぜ冗談を?
     その返しを期待する。そろそろ一歩、踏み出すべきなのかもしれない。
    「でも俺やっぱラウダのことが好きだと思うんだ」
    「それは俺がミオ__なんて?」
     グエルは即答した。
     いや絶対違う。恋愛相談に乗っていた立場としても、恋をする当事者としても、言い切ることができる。だからといってそれを直接的に言ったところで、今のグエルに伝わるのか。ならばやはり、自分で気づいてもらうしかない。
    「でもさっきの感じだと、多分ラウダには何も伝わっていないよ」
    「えっ!? 俺は俺の好きとラウダの好きは同じだと思っていたんだが」
     そうだ。両方とも同じ兄弟愛だ。
     言おうとしたところで、グエルが口許に手をあてて何事かを考え始めたことに気づく。そこでさあっと血の気が引いた。
    (俺は今何を言った……?)
     もともと兄弟愛をはき違えているグエルを止めることが目的だったはずだ。ラウダはグエルの告白を兄弟愛だと思っていた。グエルはラウダと自分は同じ気持ちだと思っていた。なら別に余計なことは言わず、このままにしておけば解決だったじゃないか。特に手を加えなくても丸く収まったはず。
    「ありがとうシャディク。俺、ラウダに伝わるように頑張るぞ!」
     グエルはそれはもうさわやかな笑顔を見せた。
    (ごめん、俺が全面的に悪い……)
     とはいえ今のシャディクに、それを考える余裕はなかった。

  • 23二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:15:08

    更に悪い方へと押したよ

  • 24二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:15:59

    年始から何か始まってた

  • 25二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:16:03

    アンジャッシュ続けるよりはよかっただろうから

  • 26二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:20:07

    「ラウダ、先の授業は素晴らしい出来だった。俺はラウダの一生懸命なところが好きだ」
    「ラウダ、決闘で勝ったそうだな。お前を好きな者として嬉しい」
    「ラウダ、タイが曲がっているぞ。直してやる」

    (兄さんの様子がおかしい)
     だてに見てきたわけじゃない。
     ラウダはすぐに、それに気づいた。
     あの日__突然グエルに改まって「好き」と言われて以来、何やらことあるごとに好意を表明されるのだ。あまりにも流れるように言うので最初のうちは全く疑問に思わなかったが、やはりなにか変である。もしかして恋愛的な意味で? とは考えたが、それにしてはいつも通り、ラウダの兄さんのグエル・ジェタークすぎる。
     何か特殊なアプローチがあるわけでもない。ただ共にいる時間が普段よりほんの少し伸びただけ。実害はないし、逆にちょっと役得であるとすら思う。
    (……いつもより一緒にいてくれるから、いいや)
     嫌な気はしないし、むしろうれしい。
     それならそれでいいじゃないか。深く考えることもない。
     シャディクが知れば膝から崩れ落ちて「そんなところまで兄弟で似るな!!」と叫びそうなことを考えて、ラウダは一人納得した。

  • 27二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:28:50

    ラウダにとって悪い状況じゃないもんね…

  • 28二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:29:54

     一方その頃。
    「だめだよグエル。なにも伝わってない」
    「何故だ?たくさん伝えているんだが」
    「だからだよ」
     シャディクとグエルは例の食堂で作戦会議をしていた。寮の部屋は流石にだめだし、決闘委員会のラウンジもセセリアあたりに見つかったら大変なことになるのが目に見えている。ということでご飯時を外れ、ほとんど人がいない食堂を会場とすることに決定したのだ。
    (ここまで恋愛下手だったとは……)
     今世紀おまいうランキング一位を更新しそうな内心を吐露しながら、シャディクは少し辟易していた。自分なりに頑張ってみるというから見守っていたのにそれはない。周りの生徒すら疑問に思っておらず、既に校内新聞の次の見出しは『麗しきかなジェターク家の兄弟愛!』に決定している。
    「すまない、シャディク。また相談にのってもらって」
    「い、いや、いいんだ」
     どういう流れでそうなったのかはわからないが、いつのまにかシャディクはグエルの恋愛(?)を応援することになっていた。本当に何故こうなったのだろうか。誰か教えてほしい。切に。
    「やっぱり回数が多いと『好き』が軽くなるのかもしれない。兄弟だし」
     横目でグエルの様子をうかがう。グエルは「確かに」といって、神妙にうなずきながら珈琲を飲んでいた。
    (なんでそんなに兄弟で恋愛することに引け目がないんだ?)
     いくらお堅くないとはいえ、ちょっと柔らかすぎるのではないか。
    「だから一回、明日で告白は打ち止めにしよう。その一回で伝わらなかったらやめた方がいい。脈ナシだ」
    「真剣さや緊張感が足りないといったところか」
    「……まあ、そうだね?」
     突然鋭くなるな。ギャップで風邪をひく。
     シャディクは視線を彷徨わせる。それから指先をくるくるとあてもなく動かしてみた。
    「例えばだよ。グエルがラウダからどんな告白をされたらうれしいか考えて、それを真似したらいいんじゃないかな」
     我ながらいい提案だ。そしてなにも思いつかなくて思い込みの勘違いだと気づいてほしい。グエルは目を輝かせ、お前頭いいな! と言った。
    「じゃあ、さっき言ったことを考えて告白してね!」
    「もちろんだ! ありがとう、シャディク」
     シャディクは知らないが。
     俗にこれをフラグと言う。

  • 29二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:37:32

     やっぱり変だ。
     寮のベッドに寝転がり、ぼんやりと紙を眺めながら、思考は別に向かっている。
     納得したとはいえ、一度気になると、疑問に思うところはいくつも出てくる。何故最近になって突然? 意図はなんだ? 何か理由があるのか?
    (兄さんなりの甘え? 甘えられたことなんてないけど……いや兄さんは「ラウダ! 俺を甘やかせ!!」ぐらい直球で言うな……)
     紙の資料を机に置いて、情報端末を手に取る。そろそろ登校の準備をしないと。ぐるぐる考えたって仕方がない。冷静で理性的。それがラウダ・ニールなのだから。そう心の中で呟いて、ドアノブを回す。
    「あ、おはよう、ラウダ」
    「兄さん。一緒に学校行く?」
     ちょうどグエルも目の前のドアから出てきたところだった。基本ラウダの方が早起きなのだが、今日はぐずぐずしていたから、結果的にきれいに被ってしまったらしい。
    「ああ、行こう」
     グエルは芯のある声でそう言った。
     ……どうするべきか。
     いっそはっきり聞くべきなのだろうか。また考えてしまう。隣ではグエルが何やら楽しそうに決闘やら授業やらの話をしている。今日はラウダのことが好きだとは言わないのか。昨日までは平均して五分に一回は言ってきたのに。そうこうしているうちに、いつの間にやら学校まで辿りつく。
    「あのさ、兄さん__」
     口を開こうとした瞬間、突然グエルに腕を掴まれた。
    「ラウダ。少しいいか」
     やってきたのは校舎裏。
     __対象年齢が十代前半の漫画ではよくある定番スポットであった。

  • 30二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:46:56

     人通りがなく、静かだ。グエルは腕を離してラウダを真っ直ぐに見つめる。青色の瞳は揺れることなく、確固たる意志をもって射抜いてくる。卑近な例をあげるなれば決闘でしか見たことのないその顔に、ラウダはしばらく、動けなかった。
    「ラウダ。俺、ラウダのことが好きだ」
     グエルは目を逸らさない。
     ラウダは逸らすことができない。
     じっとりとした汗が首を濡らす。確認するまでもない。今度こそラウダはその意図するところを理解した。
    「ラウダ?」
    「え、」
     どうしたんだ。心臓がうるさい。顔が熱い。自分でも驚くくらい動揺している。とにかく断らないと。落ち着くまでにいくらかかったのかわからないが、その間もグエルはラウダを見続けていた。
    「……兄さん。うれしいけど、兄弟で恋愛というのは、いくら同性婚が当然のアドステラでも、世間的にアウトだ。ごめん、兄さんの気持ちにこたえられない」
     前髪を弄りながら早口でまくし立てる。最後の方はなんだかラウダの方が心が痛かった。そして「兄弟じゃなかったら肯定していたのか?」という感情すらも、じわりと湧いてきた。たぶんこれは混乱故だ。そういうことにする。
    「だけど!血を分けた家族で、唯一無二の仲間で、兄さんの弟。それじゃだめ?」
     ちらりとグエルの方を伺う。彼は考えているようだった。ラウダが拍子抜けするほど傷ついている様子がない。
    「なるほど。確かにそうだ。ラウダ、俺は勘違いをしていたらしい」
     肩の力が一気に抜ける。ラウダはようやく、ほっとして笑った。
    「もう、びっくりしたじゃないか。どうしたんだ?」
    「いや、俺の感情を指摘してくれたやつがいて」
    「恋?」
    「そうだ。俺がラウダに恋をしていると。冗談だったらしいが、間違っていないかもしれないと思って。おかげでラウダには迷惑をかけた」
    「いいんだ。兄さんは甘えたかっただけだよ、恋じゃない」
     ラウダはどちらかといえば自分に言い聞かせるようにそう言った。朝考えていたことを思いだす。さすがのグエルも素直にそう言うのは恥ずかしかったのかもしれない。
    「そうなのか? ラウダ」
    「え」
     グエルがハッとこちらを見て、目を大きく見開いた。そうして突然両手を広げる。
    「ラウダ! 俺を甘やかせ!!」
    (とても素直!!)
     ラウダは本気で頭を抱えそうになった。

  • 31二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:58:14

     ラウダはゆっくりとグエルに近づいた。目があわせられない。おそるおそるその背に手を回すと、自分よりかなりゆっくりと動いている心臓の音が聞こえる。グエルはラウダの動揺などつゆ知らず、なにやら嬉しそうに笑ってぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。
    「久しぶりだな、こういうの! やっぱ俺、誰かに甘えたかったのかもしれない」
    「に、兄さん、あんまり耳元で大きな声出さないで」
     いっぱいいっぱいで、張り裂けた胸から飛び出た心臓が、軽く水星あたりまで飛んで行ってしまいそうであった。

    「やらかした……」
     ラウダはその日の授業を終えると、自室に続く廊下で思い切りため息をついた。
     基本的に全部さんざんな結果だった。実技試験は見事に空振りつづけたし、座学の授業はぼんやりとしすぎてあのエランにまで心配される始末。
    「……兄さんのこと、好きになってしまったかもしれない」
     いやもともと好きだったが、そういうことではなく。しかしラウダはグエルの告白をそれはもう丁寧に振った。つまるところこれ以上には進めないし、進んではいけない。大丈夫、感情を制御するのには自信がある。とにかく今日は寝よう。そうしたらまた元気になるはず。
     ドアに手をかける。開かない。何故。壊れているのだろうか。壊せばいいだろうか? 大抵こういったものは四十五度で殴れば治ると相場が決まっている。そう思ってふと顔を上げて、ようやく気付く。
     こっちはグエルの部屋だ。
     慌てて手を引っ込めて、戦慄する。
    (もしかして、今、かなりやばい……?)
     己の何かが狂ってしまったらしいことに差し迫る恐怖を感じながら、ラウダは踵を返して自室に戻った。

  • 32二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 00:58:51

    今のところラウダの一人称なしでやってる
    すごいな

  • 33二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 01:07:36

    「シャディク、折り入って相談がある」
     堤防に寝転がってミオリネ似の雲をかぞえていたシャディクは、突然話しかけられてびくりと肩を揺らした。
    「……なんだ、ラウダか」
     振り返って、確信する。これはおそらく恋の相談だ。目が泳いでいる。ついでに口角が心なしか上がっている。もう少し冷静な顔を取り繕え。腹芸が苦手すぎるだろうジェターク一家。
     ラウダはグエルの隣に座り込む。シャディクは内心動揺していた。まだグエルの告白の結果は聞いてない。というか昨日からグエルの姿を見ていない。
     ……たぶんよくない結果だ。だとしたらラウダの相談とは? 「兄に告白された。距離を置いた方がいいのかな」と言うのが最も濃厚だし、むしろそうであってほしい。「忘れろ」で終われるから。しかしそうだとしたら少し動揺しすぎている。となると実はグエルはまだ告白していなくて、ラウダは全く別の誰かが好きだとか? もしそうならグエルもさすがに諦めるだろうし、シャディクは素直にラウダを応援できる。なんとおいしい展開。
    「あのさ、好きな人が、できたんだ」
    「そっか、それで?」
     来た。
     内心高揚しているのを悟られないように冷静を装う。探りを入れすぎると気取られるかもしれない。あくまでなんてことない様子を装う。
    「昨日まで恋愛的な意味で好きじゃなかった人を好きになったんだ」
     昨日?
     いや、ありえない。さすがにありえないはず。動揺のせいか、へえ、という声が少しだけ裏返った。
    「えっと、ちなみに相手は?」
     ラウダの顔が一気に引き締まる。
     重い沈黙が流れ、ぴちち、と爽やかな鳥の声がする。
    「……兄さん」
     シャディクは知らないが。
     俗にこれをフラグ回収と言う。

  • 34二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 01:10:25

    ミオリネ似の雲数えるシャディク普通にキモくて草

  • 35二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 01:15:30

    「えでもグエルは告白して__」
     そこまで行ったところで、ある可能性に行きつく。
    「ラウダ、断ったのか?」
     ラウダは沈黙を保ったまま、静かにうなずいた。なんてことだ。
     つまるところグエルは『本気の告白』をして諦めたのだ。そしてそれがあまりに折悪く、ラウダの心臓を穿ってしまったわけである。それともグエルは諦めなかった? いやあいつはなんだかんだ約束を守るやつだ。そこ見込んだのだから。だとしたらまさか。でもそうとしか。思考がかなり渋滞しはじめたところで、
    「やっぱりシャディクだったんだ」
     冷たい声で囁かれて、身体が固まる。
    「『告白された』なんて一言もいっていないよ。兄さんに変なことを吹き込んだのはシャディクだったんだね」
     怖い。
     目が笑っていない。
     シャディクは直感する。こいつは”殺”る。今にもヒートアックス片手に殴りこんでくる。もしくは生身のシャディクにバルカンを浴びせてくる。基本的に相談内容は口外しないようにしているが、今それをやっていたら確実に頭と身体がサヨナラすることになる。まだ五体満足でいたいシャディクは「俺が百割悪いんだごめん!!」と叫んで、これまでの経緯をざっくりと説明することになったのだった。

  • 36二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 01:24:17

    「……相談ってのは、嘘?」
    「シャディクにカマをかけたかったのもある。だけど兄さんに恋をしたらしいのも本当だ。むしろ恋をしたから気になった」
    「あっそっかぁ……」
     びっくりした。てっきり「兄さんが変になったのはシャディクのせいだ! 墜ちろ半裸男ォ!」とかそういう流れかと思った。少なくとも殺されずに済みそうだ。
    「でもやっぱりむかつくからヒートアックスいっていい?」
    「やめて!!」
     なんだろう。
     クレイジーヤンデレブラコンに磨きがかかっていないか。
     軽く涙目になっていると、ラウダは満面の笑みを浮かべてシャディクを見た。
    「じゃあ相談にのってくれるよね。シャディクに相談したら絶対恋が実るって、みんな噂してるよ」
     『絶対』に。
     これまでにないレベルの圧を感じたが気のせいだろうか。とはいえ今までグエルは勘違いしている可能性がとんでもなく高かったため素直に応援できなかったが、ここまで吹っ切れたラウダなら断る理由がない。いや問題がなくなったわけではないが。ごほん、と咳払いをして、頷く。
    「つまるところラウダは、グエルの告白を断ったあとに好きになった、ということ? グエルがその程度であきらめるか?」
    「……兄さんは、自分の気持ちが恋じゃないと納得していた」
    「納得したのか!」
     それは非常にまずい。ラウダはどうかわからないが、おそらくグエルのあれは兄弟愛で相違ない。勘違いが終わってしまったら本当にあとがない。
    「だからね、教えてほしいんだ」
     これまでにない窮地に立たされていることに気づいたシャディクは、やけに明るいラウダの声に「へ」と気の抜けた声を上げた。
    「この状態からどう告白すればいい?」
     __もう告白するつもりなのか揃って誰にも追いつけないスピードで駆け抜けるな似るなジェターク兄弟!!
     シャディクが脳内で叫ぶと、ラウダはニッコリと笑みを深めた。

  • 37二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 02:37:09

    いいぞ
    駆け抜けろ

  • 38二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 07:43:55

    「どうやったら振り向かせられるか、みたいな相談じゃないのか」
     シャディクが確認の意味を込めて尋ねると、ラウダがおぞましい笑みを消してふるふると首を横に振った。
    「世間体や良識を盾にして断ったのに、やっぱり好きでした、なんて言えるわけがない。それに、兄さんは確かに諦めたみたいだけど、確かにあの告白は好きが滲んでいた」
     そりゃグエルがラウダのことが大好きだろうよ。可愛い弟なんだもの。
     何やらいろいろと間違っていることを確信しているラウダ、を横目で見ながら、シャディクは複雑な気持ちになった。率直に言えば、シャディクの目から見れば告白が成功する確率は非常に低いように思える。
    「俺知らないんだけどさ、ラウダはどういう風に告白されたの?」
    「秘密」
     グエルがなにをやらかしやがったのか次第だ、と思ったのだが、どうやら教えてくれないらしい。何があって弟の脳みそがこんなにこんがり焼けてしまったのか。なんだかラウダは楽しそうだ。
    「ラウダはどういう風に告白されたいの?」
    「え」
    ラウダはしばらくの間あれこれ考え込んでいたが、真剣な顔で言いきる。
    「よくよく考えたら兄さんの最後の告白がどストライクだった」
     何だこの兄弟。
     そう叫びたいのをどっとこらえて、息をついた。もうそんなにアクセルを踏むことができるならさっさと宿命を超えて再び進んでほしい。シャディクは立ち上がってくるりと踵を返しながら、投げやりな声をあげた。
    「んじゃ何とかなるさ。告白頑張ってね」
    「なにそれ、悩みはまだ解決していないよ。まって、行かないで!」
    「大丈夫だって。大切なのは気持ちだから。ちゃんと目を見てハキハキ言ってくれ」
     最後の言葉は聞こえただろうか。
     後ろの方で何か言っているが追ってくる気配はない。ラウダもさすがに冷静で理性的と言ってところか……冷静で……理性的、だったかなあ……?
    (まあなるようになるでしょ)
     ぴろり、と情報端末に通知が光る。
     届いた校内新聞には『麗しきかなジェターク家の兄弟愛!』とでかでか書かれていた。

  • 39二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 08:28:12

    「振られた」
     夕刻、そろそろ寮に帰るかという時間で、突然ラウダからそう言われた。
     今にも泣きそうな顔で俯いているものだから、どちらかといえば正直もう関わり合いになりたくないという感情と、ラウダが心配だという感情を天秤にかけて、後者を取り、急いで食堂に連れていく。
    「落ち着いた?」
     シャディクが奢ったコーヒーをちみちみと飲んでいたラウダは、こくり、と小さく頷いた。
     食堂にはシャディク達以外誰もいない。多分そっちの方がラウダも話しやすいだろう。そう思って再び彼の茶色いひとみを見やると、「うなくいかなかったんだ」ポツリと話し始める。
    「と言うと?」
    「本当は夜、月が見える場所で告白しようと思っていたんだ。けどお昼の後にばったり会って、そのまま告白した。そしたらね」
     なんというかこっちもやっぱり『比較的』冷静で理性的と言うだけで割と直情的な部分があるんじゃないか? シャディクは今更ながらそんなことに気づき、腕を組む。逃げずに進んで掴もうとするまでがあまりにも爆速すぎる。新型のザウォートもびっくりだ。ラウダの、深い色をした肌が、さあと青ざめている。
    「それで『ラウダも勘違いか? 俺たちやっぱり兄弟だなあ』ってほのぼのした顔で言われて」
    「目に浮かぶなあ」
    「思わず逃げてきた」
    「逃げてきた!?」
     想定外の行動に目を丸くする。ラウダは真剣な顔で続けた。こうしていると顔の印象がそっくりで、なるほど兄弟だ、と納得してしまう。
    「でも兄さんは追ってこなかった」
    「いやそういうことすると余計に嫌われるよ」
    「いやだ! 兄さんに嫌われたくない……ねえ、シャディク。何がだめだったのかな」
    「……」
     ラウダはしゅんと項垂れてコーヒーカップを所無さげにいじっている。正直大きな敗因はひとつしか考えられないがこんな状況のラウダに言っていいものか。
    「お願い。厳しくていいからはっきり言ってほしい。それで思い切り泣いてすっきりして諦めたい」
    「ここで泣くのはやめてよ。俺が泣かせたみたいになっちゃうじゃないか」
     とはいえ、自分のせいで兄弟仲が険悪になったら目覚めが悪い。生理的なため息が出てくる。意を決して、シャディクはくちびるを開いた。
    「__分かった。でも泣くなら部屋で泣いてよ」

  • 40二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 09:30:33

    (・∀・)ドキドキ…

  • 41二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 12:39:13

    ラウダきゅんを幸せにしてくれぇぇ…

  • 42二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 13:04:53

    このレスは削除されています

  • 43二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 13:05:26

    「……これは俺の勘だけど」
     グエルは確かに恋をしている。
     ただし相手はラウダではない。
     どちらかといえば、恋に恋をしている。そういったイメージを受けた。もちろん実際の現場を見たわけではないから、ただの印象論である。しかし、前日のあの感じを見る限り、あり得る話ではあると思う。グエルのそれを「恋」と括っていいのかはわからない。好奇心だとか興味だとか、そっちの方が言葉の意味としては近いかもしれない。ただ、シャディクに与えられたその選択肢に、突然突き動かされてしまったことだけは確かだ。
     ラウダは愕然として、シャディクを見つめる。
    「……最初から、兄さんのあれは、恋じゃなかったということ?」
     黙ってうなずく。ラウダは俯いた。
     沈黙が重い。「まあグエルはラウダのこと好きだと思うよ」と補足するようにつづける。……兄弟として、という副音声は、きっちり届いたらしい。ラウダは立ち上がって、踵を返した。頭上から、感情の読めない声が降ってくる。
    「コーヒーありがとう。付き合わせてごめん、部屋に戻るね」
     ああ、そうか。
     諦めるのか、ラウダ。
     見送る背中はやけに小さく見える。このような事態になってしまったのはシャディクのせいであるところが大きいので、心が痛い。いや社会的にも世間的にもこれはベストなのだけれど、それはシャディクにもわかっているのだけれど。でも、何か、二人が幸せになれる道があればよかった。
     自分の分のコーヒーは冷めきってしまっていた。シャディクはそれを一息に飲み干すと、トレイの上にのせて立ち上がる。ラウダに背を向けるようにして、片づけに向かった。

  • 44二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:39:16

    なんだこれ、地獄?

  • 45二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 19:37:13

    おお…なんとかならんのか…

  • 46二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 20:02:35

    「最初から、兄さんは」
     ラウダに恋をしていなかった。
     告げられた言葉は猛毒のように、喉を、腹を、胸を、脳を、焼き尽くす。できれば知りたくなかったが、教えてほしいと言ったのはラウダだ。むしろ同性で近親で、とだいぶ禁忌に両足を突っ込んでいるラウダを否定することなく相談に乗ってくれたあたり、感謝をせねばならない。
     もうすっかり外は暗くなっていた。
     足が、重い。
     最初の告白を思い出す。うれしそうな笑顔。ラウダもその時はうれしかった。最後の告白を思い出す。青い瞳。まっすぐな眼差し。ラウダは思った以上に、グエルのことをわかっていなかったのかもしれない。
    (でも、……)
     真っ直ぐで努力家なグエル・ジェタークが。
     ラウダを実弟として扱ってくれる兄さんが。
     __あなたが、
     ここまで考えたところで首を振る。よくない。ラウダはグエルのことを諦める。それがいいのだ。泣いて何が変わるというのか。そんなことをしても非効率的なだけだ。とにかくさっさと切り替えるべきである。今日は寝て、明日の授業に備えないと。__決めたはずなのに、胸に、閃くような、疼くような、痛みが走る。思わずしゃがみこむと、冷や汗が伝った。
    (どうして)
     自分のことをラウダは存外、冷静に俯瞰する。今すぐグエルの部屋にいかねばならないような気がする。あの時と同じだ。つまるところ理性によっては止めきれない、本能に根差した部分、からやってくる、もの、であることは、さすがにわかる。
     視界が滲み、暗くなる。
     いつの間にかラウダは、グエルの部屋の前に立っていた。後ずさりしようとする。できない。部屋に入れ、そういう命令が止まらない。痛い。痛い。痛い。
    (ラウダ・ニールという人間は、もう少し物分かりのいい者じゃなかったのか)
     は、と息を吐く。
     __大丈夫、兄弟なんだから、部屋に入るくらい、普通だ。昼間のは忘れてと言わないと。絶対に何もしない。したら兄弟ですらいられない。
     心の中で精一杯言葉を並べて扉に手をかける。いやよく考えたら鍵がかかっているはずじゃないか、と思い、目を閉じた。ああ、なんて馬鹿な、……
     しゅん。
     一切の抵抗なく、扉が開いた。

  • 47二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 21:16:34

    「ばっ……」
     馬鹿! と叫ばなかったラウダを誰かほめてほしい。あまりにも不用心すぎる。寝込みを襲われても文句は言えない。いや襲わないけど。このジェターク寮にそんなやついないけど。ほらそういった意味ではなく暗殺的なアレで! 誰にでもなく言い訳をしながら、おそるおそる足を踏み入れる。
     まだ電気はついているようだった。
     起きているのか。そう思って、兄さん、と呼んでみる。返事はない。だが、部屋の奥から何か、物音がする。
    「兄さん?」
     やはり、返事はない。
     もう堪え切れなかった。入るよ、と宣言してから中に身を滑らせる。これ以上やり取りしていたら多分、ラウダの中に在るあまり理性的ではない部分が暴れ出してしまうし、それより先に気まずさで胸がずたずたに引き裂かれる。
     部屋は存外、きれいに整理されている。あまり小物はおかれていないが、机の上にひとつ、金色の獅子の置物があるのだけが目についた。呼吸をするたび、ああ、普段グエルはここで生活をしているのだ、という実感が、ラウダの胸に重くのしかかってくる。
    「兄さん、」
     果たして部屋の隅で、探し人は座り込んでいた。
     かがみこんで、ぎょっとする。彼はミニディランザぬいぐるみ__ジェターク社で商品展開されているものだ。ふわふわの触り心地と特有のどっしり感が売りで、ラウダの部屋にも置かれている__を抱えて、というか埋もれるようにして、しゃがんで、
    「どうして、泣いているの?」

  • 48二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 21:29:37

    お揃いのぬいぐるみ持ってる兄弟可愛いね

  • 49二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 21:45:20

     グエルはちらりとラウダの様子を伺った後、何かを言おうとくちびるを開いて、何も言わずに俯く。その横顔が見たことないというぐらい憔悴しきっていて、ラウダははっとした。なんで、って。原因は明らかだ。
     昼の、あれだ。
     あの時は爽やかに否定してみせたが、きっと内心その事実が重くのしかかっていたのだろう。当然である。自分でも少し驚くほどに酷い罪悪感に襲われて、ラウダは立ち上がった。
    「ご、ごめん! 帰るね。なんでもない、なんでもないから。おやすみ、兄さん」
     人は嘘をつくとき同じ言葉を二度繰り返すという。
     あまりなんでもなくはない様子で踵を返し、できる限りの速さで立ち去ろうとすると、突然手を掴まれる。ラウダはつんのめって、よろめいた。
     振り返ると、グエルは静かに俯いている。「俺は泣いていない」とひとりごちるような声が妙に上擦っていて、ラウダはようやく、この兄が矜持を、プライドを守るために顔を隠していることに気づいた。
    「だが、わからない。さっきからずっとこうなんだ。一体俺はどうしてしまったんだ?」
     ラウダはぱちぱちと瞬きをする。心当たりがある症状だ。いやまさか。そんなわけが。でも確かめなければ。
    「兄さん、こうなった原因はわかる?」
    「え? ……わからない。ラウダに好きと言われたこと? それともそれを否定したと?」
    「軽度でもいい。何もわからなくなってしまった時はある?」
    「ない。俺は迷わん」
    「じゃあ、以前に泣いてしまったことは」
    「俺は泣かん! ……でも、お前に告白して断られた夜、似た症状は出た」
     __もしここにシャディクがいれば。
     きっとこの状況と今までのグエルの状態とを比較し、「なるほど。基本的に聡いグエルだ、理解しきれない事態が起きて、無意識のうちに脳が混乱したんだね」と判断して、ゆっくり休息をとるように勧めてくれただろう。実際のところ、精神的な状態としてはそちらに近かった。
     だがここにシャディクはいない。代わりにいるのは。
    「兄さん、それは失恋だよ。恋が実らなかったらそうなる」
     ブレーキがぶっ壊れてしまったラウダと、
    「そ……そうだったのか……!?」
     いつにも増して素直すぎるグエルだけだった。

  • 50二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:11:45

    「いやでも俺は恋をしていないはずだ。あれは勘違いだっただろう」
     大正解である。
     シャディクがいればそれを肯定しただろう。だがラウダはゆるゆると頬を上気させ、ぬいぐるみごとグエルを抱きしめた。子どもみたいにあたたかい。グエルははっと顔をあげる。その拍子に、ころりと涙が一粒おちた。
    「落ち着いた?」
    「ああ、……すまない。なんだかお前が兄さんみたいだな」
     グエルは穏やかな笑みを浮かべる。まあ抱き合うぐらい普通の兄弟である。二人の腕の隙間から窮屈そうに顔をのぞかせたミニディランザが、もちもちグエルの頬を叩いて、微かに湿っていた頬を拭った。
     __そう、普通の兄弟である。
     だからグエルはこの後に及んで、未だラウダのそれを兄弟愛であると思っているらしい。
     ならば別の手段に出るまでだ。
     冷静に理性的にそう判断したラウダは、「兄さん」と小さな声で囁いた。グエルは顔をあげる。
     ミニディランザが、ふみゅりと少しだけ潰れた。
     つまるところそれだけの圧がかかったというわけで、一拍遅れて額に柔らかな感触があったことを認識し、グエルはひゅっと息をのむ。ついで、ぼふんと音がするほど真っ赤になった。
    「どう?」
    「どう、って、お前! お前、い、いいい、今! そういうのは結婚してからじゃねえと……!」
    「考えてみてよ。既に籍なら入っている。何ら問題はない」
    「問題しかない!!」
     ラウダはそうっとグエルの両の手を取った。そうして右の手をグエルの心臓に、左の手をラウダの心臓にあてる。
     __その拍動が、同じくらい速いことを、グエルはすぐに理解した。
    「ねえ兄さん、やりなおし、してもいい?」
     唖然とくちびるを半開きにさせるグエルに畳みかける。大丈夫、考える暇なんて与えないから、安心して。すうっと息を吸う。手を握ったまま、ラウダはグエルの目をすっと射抜いた。
    「兄さん、兄さんのことが好きだ」

  • 51二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:37:20

     翌朝。
    「グエル先輩? ぐえるせんぱーい? ……遅刻するッスよー!」
    「まだ起きてないんですか?」
     ペトラとフェルシーのいつものコンビは、登校時間間際になっても姿を現さないグエルを心配して、寮の部屋の前まで迎えに来ていた。だがやはり、うんともすんとも言わない。
     暫く呼び掛けて、しびれを切らしてノックをしてみる。やはり扉は開かない。
     二人は目を見合わせて、首を傾げる。彼は見た目で勘違いされがちだが、根本的に真面目だから、こんな寝坊することなんて今までになかった。
     もしかして体調が悪いのだろうか。風邪でも引いてしまったか。ラウダも来ていないけれど、もしかして介抱しているのだろうか。ちらりとフェルシーが隣を見ると、ペトラも同様にこちらを見ていた。
    「大丈夫かな、グエル先輩……」
    「ラウダ先輩も見つからないし」
     うんうんと額を突き合わせて悩む。もしそうならば、何らかの連絡はあると思うけれど。それすらできないほどに容体が悪いということか? グエル先輩がいなくなっちゃったらどうしよう。ちょっとパパに聞いてみようかな。二人まで遅れてしまうのではないかというほど話し込んでいると、ふいに、しゅん、と音がして、グエルの部屋の扉があいた。
    「おはよう、フェルシー、ペトラ」
    「あ、おはようございますグエルせんぱ__」
     ラウダが立っている。
     ……うん?
     もう一度見る。ラウダが立っている。ペトラは振り返る。ラウダ・ニールと書かれたプレートがある。フェルシーは今しがた開いた部屋の扉を見る。グエル・ジェタークと書かれたプレートを見る。ぱちぱちと瞬きをする。ラウダ・ニールが立っている。
    「兄さんはまだ寝ているよ。既に遅刻の申請はしたから、二人は先に行っていて」
    「あのラウダ先輩、どうしてグエル先輩の部屋に」
    「もしかしたらこのまま欠席するかもしれないけど、気にしないでくれ」
    「いやその、えっと、グエル先輩は体調不良っすか?」
    「じゃあまた」
     しゅん。
     扉が閉じる。
     二人は顔を見合わせて、ぎこちなく喉を震わせ、潰れた蛙のような奇妙な音を発した。しばらくそうしてくちをぱくぱくと動かしてから、半ば反射で叫びながら走る。
    「か、カミル先輩~!」
    「大変っす~~!!」

  • 52二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:23:16

    「な、なるほど……おめでとう……?」
     様々な筋から同じ情報は聞いていた。
     しかし『ジェターク兄弟は恋人だったとか』『グエルとラウダが結婚するらしい』挙句の果てに『あの二人、”した”らしいよ』等と言われれば、噂に尾びれ背びれ手足どころか翼と炎をたしてドラゴンになっているのであろう、とまともに取り合わなくなっていた。
     過去形である。
     昼食の際ラウダに一連の流れを聞いて、シャディクは祝福すればいいのか頭を抱えればいいのか、わからなくなってしまっていた。
    「そっか……」
     本気で信じられない。特にグエルなんていつそうなったんだ。そういえばグエルはどこにいるんだ。そう思ってラウダを見やると、事も無さげな様子で告げる。
    「まだ寝てる。ラウダが遅刻したら悪いから先に行っていろ、って」
    「へえ」
     シャディクは頬杖をついてコーヒーをかき回す。噂がどこまで本当かはわからない。だが推論できることもある。その材料は揃っていた。
     例えば告白は成功したこと。例えばそろって寝坊したこと。例えば実際に見たと言っていたあのグエルの友人の二人、「ラウダ先輩がグエル先輩の部屋から出てきた」と妙に慌てていた__
    「すまないラウダ。……シャディク? 何かあったのか?」
     思考を破ったのはグエルの声だ。はっとして見上げると、びっくりするほどいつも通りの顔をしたグエルがそこにいる。シャディクは少し考えたのち、「おめでとう?」と告げることにした。
    「ああ、ありがとう。シャディクには礼を言わないといけない」
    「……あ、じゃあ、一つ聞いていい?」
    「もちろん」
     グエルはシャディクの隣に座る。向かいのラウダの顔が一瞬凄まじい様相を呈した気がするが、多分気のせいである。
    「グエルっていつからラウダのことが好きだったの?」
    「うん? 最初に会った時からだぞ」
    「ああいやそういうわけじゃなくて、いやあってるのか?」
    「兄さん……」
    「ラウダは感動しないで」
     シャディクはそこでいったん話題を切った。これ以上はたぶんつつけばつつくだけ泥沼にはまっていくだけだ。まあともかく、といって笑う。
    「二人が付き合うならよかったよ」
     沈黙。
     主にグエルが。
     嫌な予感がする。シャディクは思わず身構えて、耳に手を近づけた。
    「俺ってラウダと付き合ってるのか!?」
     デジャヴ。
     今度は左耳の鼓膜は悲鳴を上げずに済んだ。

  • 53二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:45:27

    「え付き合ってなかったの!? 逆に!?」
    「そういえばまだ言ってなかった!」
     ラウダが立ち上がり、半ばシャディクの横から引き剥がすようにしてグエルの手を取る。そうして流れるように跪き、無駄にきらきらした目でグエルを見上げる。
    「兄さん、付き合って!」
     ここでやるな!!
     シャディクは思わずコーヒーカップを置いた。グエルほどではないがラウダの声もよく通る。案の定周りの視線は一気にこっちに向いた。
     グエルは神妙な面持ちでうなずき、「末永くよろしく頼む」と言う。どこからかぱらぱらと反応に困ったのであろう拍手が聞こえてきた。本当にやめてほしい。いやいいんだけど、せめて俺が隣にいないときにやってほしい。シャディクは心底思いながら遠い目をした。あっ向こうにミオリネがいる。今日もきれいだなあ……。
     二人は何やらそのままあれこれ話し込んで去っていく。その後ろ姿を見て、どうしてこうなったんだろう、と机に突っ伏した。グエルにミオリネを任せるという計画は、割と何もかもめちゃくちゃだ。
    「……踏み出さなければ、いけないのかなあ」
     視線だけ上げると、遠くにミオリネが見える。
     __それは、まあ、ともかく。
     とりあえず二人が納得して幸せになる結果になって、よかったと思う。おそらく次の校内新聞の見出しは『麗しきかなジェターク家の兄弟愛(広義)!』で決定だろう。
     ラウダ・ニールという人間は、グエルのブレーキではないのかもしれない、と思う。暴走ディランザの前でそれは意味を成さないし、なにより彼自身かなり暴走癖があるらしいことは今回でよくよくわかった。
     もしかしたら、お互いがお互い、悪いほうに向かってしまわないように、支えあって来たのかもしれない。……今回に関しては悪い方(主観)に向かわない、といったところだが。
    (とにもかくにも、望んだ道に進んで、掴んだ未来を愛せるように__)
     シャディクはそう願って、残り少ないコーヒーを飲み干す。
    「目一杯の祝福を君たちに」

    __END

  • 54二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:50:12

    超速で抱いて(抱かれて)完結すな!!!

  • 55二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:55:03

    更新される度に続きが楽しみになるSSで良かった、ありがとう!

  • 56二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:56:06

    シャ、シャディク……お疲れ様……

  • 57二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 00:28:09

    >>54

    ヤルならラウダの方から誘いをかけるだろうなとは思ってたけど付き合ってなくても弟に抱かれる兄はなんで?

  • 58二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 00:29:35

    面白かっですありがとうございました作者様

  • 59二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 00:51:24

    >>57

    兄弟だし好き合ってるんだから普通理論で冷静に理性的に説得されたんだろ

  • 60二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 01:01:22

    >>59

    チョロすぎるだろ

  • 61二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 01:18:19

    グエル先輩チョロすぎ〜
    …マジめに悪い人に騙されないように気をつけた方がいいっすよ…?

  • 62二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 01:21:31

    チョロいのは信頼が高い弟相手なのもでかそうだから

  • 63二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 08:49:16

    ほ ほらまだ……寝た(言葉通りの意味)かもしれないし…… 何故遅刻したか?それは……

  • 64二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 20:19:01

    シャレにならんこと起こってるのに終始ほのぼの感あるの、何……!?

  • 65二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 20:37:45

    >>64

    兄が弟をすき弟は兄が好きただそれだけじゃないですか(棒)

  • 66二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 08:20:50

    >>61

    あの子煽るけど性格は悪くなさそうだから言いそう

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