- 1二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:31:46
- 2二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:31:56
華奢な少女の指先が、まるで何かを確かめるようにして耳に触れている。
毛色や外観など個性豊かなウマ耳とは違い、ヒト耳のかたちは誰でも似たりよったりだ。よくよく集中して見てみればヒト耳にも個性は見いだせるかもしれなかったが、生まれてこの方、ウマ娘たちのウマ耳のかたちによるレースへの影響を考えたことはあるものの、自分たちヒト耳について深く考える機会はなかったと言っても過言ではない。
さきほどから右の耳たぶは、やわらかな親指の腹と人差し指の腹にはさまれて、擦るようにして撫でられていた。
あらかじめウエットティッシュを使い耳介周辺は拭き取られていたものの、ふだん他人に触られることのない耳に触れられることに対しての緊張感は高まる一方だ。否──これがまだ、『赤の他人』なら良かったのかもしれない。
しかし、残念ながら、耳に触れてくるのは、『赤の他人』ではない。
「どうしてこうなった」
「そりゃこっちの台詞だぜ、トレーナー」
とびきりのため息とともに右耳に落ちてくるのは、担当ウマ娘であるナカヤマフェスタのぞんざいな声音だ。もっとも、彼女の指先はさきほどから変わらず耳介周辺を優しくマッサージしていたし、頭を預けているやわらかな太腿も、苛立ちを募らせるように浮動することはない。
やわらかな日差し降り注ぐ、冬の昼下がり。
トレーナー室のソファに横たわり、担当ウマ娘の太腿に頭を乗せ──つまり膝枕をしてもらっているこの状況。倫理的に死線を越えてはいないかという状態を指摘する者は、この部屋には存在しない。
本当に、どうしてこうなった?? - 3二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:32:28
***
「あ」
「何?!」
「左耳、巻き込まれてねぇか?」
慣れたように頭を持ち上げられて、敷かれたハンカチと彼女のスカート越しに接していた太腿の間でひしゃげかけていた左耳をあらためられる。
ウマ耳同様ヒト耳もやわらかいため多少折れたままでいようが問題はなかったものの、ナカヤマの手により整えられて、ふたたび頭は彼女の太腿の上に据えられた。
「ナカヤマ、慣れてるね」
「実家のチビどもの耳掃除は私の担当だったからな」
「なるほど……」
普段は柄も治安も悪いこの勝負師は、実家に帰れば二人の幼い弟妹を可愛がる姉だった。昨年のクリスマスもサンタクロースとして弟妹たちのプレゼントを見繕っていたし、遊園地に行きたいという妹を楽しませるため下見に付き合ったこともある。
弟は少なくともヒト耳だ。ゆえに、ヒト耳の耳掃除も手慣れているのだろう。
……だからといって、担当トレーナーの耳掃除をしなければならないわけではないのだが、それについてはナカヤマも大いに疑問を抱いていることだろう。 - 4二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:32:53
きっかけは、些細な勝負からはじまった。
ナカヤマが勝負を仕掛けてくるのも、こちらが勝負を仕掛けてみるのも、もはや日常茶飯事。小さなことから大きなことまで、ちょっとした暇つぶしから心臓を賭けるような大博打まで。ナカヤマと、彼女の担当トレーナーたる自分の日々は、さまざまな『勝負』で彩られている。
昼食を終えたナカヤマがふらりトレーナー室にやってきて、午後の予鈴が鳴るまでだらだらしたり無防備に昼寝に勤しむことは、別段、今に始まったことではない。心底面倒臭そうな表情を浮かべながら授業の課題と向き合う姿を見ることもあれば、テレビ番組を横目に雑談に興じることもある。
この日は昼の情報番組をネタに、なんてことのない会話をしていたはずだった。ちょうど取り上げられていたのは『昼下がりのオトナウマ娘に送るリラクゼーション特集』で、レースから一線を引きヒトとともに社会生活を送るウマ娘をターゲットにしたワンコーナー。その中に、こんな話題があげられた。
『まるでエステ! プロの手解きによる耳掃除リラクゼーション!』
曰く、ウマ耳周辺のマッサージと耳掃除を行うことにより、リラクゼーション効果が確認されており、この耳掃除専門店が続々とオープンしている、とのこと。オトナウマ娘だけではなく、レースに身を投じる現役ウマ娘のトップ層の中でも話題になっている、などなど──
プロの手による施術ひとつでコンディションに変動があるのなら、トレーナーとしては選択のひとつに入れるべきなのではないか?! しかしナカヤマの反応はというと。
『耳掃除は自分で過不足なくやってるし、プロだかなんだか知らねぇが眉唾にも程があんだろ』
正論と言えば正論ではあった。
そもそもウマ娘たちの中には耳を触られるのを好まない者も存在する。しかし、トレーナーとしては、効果の確認もまともにしないまま捨て置くことなどできない。
ゆえに──勝負を仕掛けたのだ。ナカヤマが負ければ耳掃除エステへ連れて行く。
ナカヤマが勝てば── - 5二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:33:16
***
「トレーナー、輪ゴム持ってねぇか?」
「あるけど、何に使うの?」
「髪が垂れてきて鬱陶しいから結ぶ」
「取るとき絡んで痛いよ? 髪ゴムは?」
「カバンの中。輪ゴムでもアンタが丁寧に取ってくれりゃ問題ないだろ?」
偶然ポケットの中に入れていた輪ゴムを取り出すと、さも当然と言わんばかりの声音とともにナカヤマの指先が一度耳から遠ざかる。耳掃除をしやすくするための耳ツボマッサージのせいで、自らの手で触れなくてもわかるくらいに、耳の血行は良くなっていた。美容院でのシャンプーよろしく顔はハンカチで覆われていたのを心底有難く感じる。鏡で見なくてもわかる。間違いなく顔も血行がよくなっているのだから。
『アンタが勝てばあのエステとやらに行ってやる。だが、私が勝てば……そうだなァ、アンタを羞恥心に溺れさせてやるよ』
その結果が現状であった。つまり勝負には負け、──教え子に膝枕をされた上で耳掃除をしてもらうという辱めを受けている。
もっとも。
勝負とは気分を高揚させるもの。勝敗決したのち、ナカヤマ自身もどうしてこんな条件にしたんだかとばかりに眉を潜めていたが、一度約束したことを無闇に曲げるナカヤマではない。
あんなことになるのなら、正直者……曲げても良かったとは思うけれど。 - 6二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:33:41
「じゃ、やってくぜ」
「お、お手柔らかにお願い出来れば」
「なーに生娘みたいなこと言ってんだ。ったく……乱暴にはしねぇよ。アンタの耳が痛めばこっちも困る」
耳掃除に必要な耳かきはトレーナー室の救急箱に用意されていた。耳穴を広げるようにナカヤマの手が添えられて、静かに箆が差し込まれる。弟妹たちの耳掃除をしているという発言に嘘はないのだろう。その動きに一切のためらいはない。
竹製の先端が内壁に触れて、そうっと上下する。こびりついているだろう耳垢が耳奥にこぼれ落ちてしまわないよう慎重に擦られて、思わず息を詰めた。
「な、ナカヤマ」
「何だよ」
「やっぱり止めない?」
「アンタは負けて、私が勝った。ここまで来りゃ乗りかかった船だろ。素直に掃除されとけ」
何とは言わないがそこそこ耳垢が溜まっていたのだろう。やれやれと言わんばかりの様子は完全に世話焼きのそれだ。普段は斜に構えたスタンスだが、実のところナカヤマフェスタはそこそこお人好しでもあった。それもあってお人好しが集まってくるのだと思わず告げてしまった時は盛大にしかめ面をされてしまったが。
いや、現実逃避をしている場合ではない。そうこうしているうちに、耳穴の中がこそげられていく。ざり、と音がするたびに眉が寄り、えもいえぬ感覚をこらえるために強く目を閉じる。どこに耳垢がこびりついているのかわかるくらい、耳奥が鋭敏になっていた。 - 7二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:34:07
「く」
「ん?」
「くすぐったいんだけど」
「そりゃ良かった」
心なしか満足げな返答だったが、静かな波のように訪れる感覚に、ただ混乱していた。何が良かったんだなんて聞けないまま、ぐと目頭に力を込める。つくづくハンカチで顔が隠れていて良かった。
耳掃除とはこんな恐ろしいものだっただろうか? 一ヶ月に一度くらいは風呂上がりに綿棒を突っ込むものの、こんなにも歯がゆさを覚えたことはない。耳かきの鋒が耳垢らしき凹凸に触れるたび、背筋をぞくりとした痺れが走る。それは、普段誰にも見られることのない部分を暴かれている恐怖ではない。掻き出されるたびに瞼の奥が熱くなる心地がした。耳掃除によるリラクゼーションとは? それどころの話じゃない。
やわらかな少女の太腿を堪能しつつ、優しく耳に触れられ、耳掃除をされる? やはりどう足掻いても倫理感が死線を越えている。死線なんて飛び越えればただの線、というのはナカヤマの弁だが、これは飛び越えてはいけない線だ。
これは、やはり、──よろしくない。よろしくない。
「ナカヤマ、もう止めとこう」
「まだごちゃごちゃ言うつもりか? みっともねぇな」
「充分辱めは受けたよ。今もうどうしようもなく恥ずかしい」
羞恥心に溺れさせるというナカヤマの目的は達成されたはずだ。耳ツボマッサージが施されたのもあるが、耳が火が噴きそうなくらい真っ赤になっているのは、ナカヤマにもよくわかるはずだ。
「それに、やっぱりよくない。こういうのは」
「……へぇ?」 - 8二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:34:26
死を悟った……というのは大袈裟ではあった。しかしその瞬間、間違いなく自分自身で退路を断ってしまったことを実感する──そんな声音が、暴かれたままの耳に落ちた。
「よくない、ね」
相変わらず視界はハンカチに覆われているし、もし覆われていなくともナカヤマの表情は見えなかったかもしれない。
けれど、理解る。ナカヤマは今、薄い唇に笑みを浮かべている。
ざり、がり、と、その間も執拗に竹製の匙は内壁を掻き回す。こんこん、と音が聞こえるのは、削ぎ落とした耳垢を掬い上げては、サイドテーブルに敷かれたティッシュの上にリリースしているのだろう。
要望が聞き入れられることのないまま、耳掃除は続く。よろしくない、よくない──言語化を避けていた感覚が肚の底深くで震えかけていた、その瞬間だった。
「やなこった」
それは、彼女にしては珍しい、まるで鼻歌でも唄うような調子で。
今まで聞いたことのないくらい、吐息がかった声音が、ほぼゼロ距離で鼓膜を揺らした。 - 9二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:34:48
驚くくらい艶めいた響きに、溶け落ちそうだった理性はかろうじて繋ぎ止められた。ナカヤマがどういうつもりかは預かり知らないものの、ここで陥落するわけにはいかない。
トレーナーは教師ではない。けれど、このトレセン学園という学舎で教鞭を振るっていることには変わらない。耳かきが抜き取られた隙をついて身体を起こそうとするも、こちらは所詮非力なヒトで、相手はウマ娘だ。
「おいおい、動くなって」
「いややっぱり止めとこう、これはよくない」
「なぁに言ってんだ。それに辱められたかを判断するのはアンタじゃない。私だろ? 違うか?」
その力を持ってして押さえつけられてしまえば、成人しているとはいえ敵うはずがない。
違わない。確かに違わない。違わないが。
「大体ただの耳掃除だろ。何をそんなに警戒してやがる。世間体か? 私からすりゃ弟の耳掃除してるようなもんさ」
「君はそうかもしれないけど」
ただの耳掃除。
そう謳われてしまえば、こちらとしては口を噤むしかない。こちらが勝手に考えすぎているだけなのだから。与えられる感覚に、もたらされる心地に、勝手に危機感を覚えているだけ。
傍から見ればただの耳掃除。彼女に"そんな"意図はない。
『やなこった』
まるでわざとらしく近づいてきた色の乗った囀りが、脳裏にリフレインする。
──本当に? - 10二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:35:15
「……なぁトレーナー、迷走神経って知ってるかい?」
「迷走神経?」
囁きにも似た問いかけが落ちてきたのはすぐあとのことだった。
「耳の中に走る、快感を生じさせる神経らしいぜ?」
「……かっ」
次いで飛び出した単語に、思わず言葉を失う。失ったままじゃいけない。そう我に返ったときは──もはや、後の祭り。
ナカヤマの手指が、ふたたび耳元にかかる。まるで勿体ぶるように、耳かきの逆端にある梵天が、くすぐるように耳介で踊る。
「アンタがよくないよくない言うなら、私がこの手で、もっと、よくしてやるよ」
宣言とともに、耳かきの鋒が潜り込む。
予鈴が鳴るまで幾ばくか、そこから先は、ただの狂気の沙汰だった。
終 - 11二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 18:36:19
- 12二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 22:33:25
仕事始めで疲れた体に効く
- 13二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 00:15:11
- 14二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 00:35:06
- 15二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 06:04:06
ありがとー!
何も反応貰えないやもと思ってたのでとても嬉しい
書いた人の好みの問題でどっちでも取れるように性別不問トレにしてるので(読み手的にこっちかなというのはあると思えど)これ以上の描写は性別確定に繋がりそうなので出来なかったのでした。確定させてたらもうちょいはぐらかさず書いてましたが、悩ましいところですね!
- 16123/01/05(木) 11:40:27
トレセン学園敷地内に存在するトレーナー寮。
学園に配属されるトレーナーたちに与えられる1LDKの間取りは、本来、独り身の立場なら充分事足りるものだった。
友人達を自宅に招くこともそうないため大きな窓のあるリビングは仕事部屋とも兼用として、一室はゆっくり休むための寝室とした。ダイニングキッチンもそこそこ広く、風呂やトイレも分かれていて、それぞれの部屋を行き来するための導線もしっかりしている。
つまるところ便利で過ごしやすく、トレセン学園の福利厚生の良さを感じられる──そんな、満足のいく部屋のはずたった。──この日までは。
(……どうしてこうなった……?)
サァァ……と、遠く、バスルームに満ちる音が漏れ出ているのを耳にしながら、頭を抱える。担当ウマ娘のトレーニングを終え、居残る用事もなかったためトレーナー室も閉め、自室に帰ってきた。そこまでは良かった。本来なら冷蔵庫の中にある何かで夕食を作るか、はたまた外食に出るかを選ぶところだったものの、──現実はカーテンを引いたリビングのソファに座り、突然の来訪者がシャワーを浴びるのを待っている。
……待っている、というのは語弊がある。なぜか、待つことになってしまっている、だ。
「おいトレーナー」
「!?」
「着るもん貸してくれよ」
なぜシャワー音がここまでダイレクトにリビングへ通る間取りになってしまっているのか。単身で過ごすのなら気にしたこともなかった状況やら白昼の沙汰のことを目まぐるしく考えていたため、いつのまにかバスルームを満たしていた音が消えていたことにも気づかなかった。
来訪者──担当ウマ娘であるナカヤマに声をかけられびくっと肩を揺らし顔を上げ──お出しされた状況から思いきり顔をそむける。 - 17223/01/05(木) 11:40:53
「君、なんて格好で出てきて……」
「水着見慣れてんだろうが。今更だろ」
確かにそれはそう、それはそうだ。ぴったりと身体にフィットする指定水着よりも、大判のバスタオルを巻きつけている方が若干ではあるが露出度は低い。身体のラインも強調されないし──そういう問題じゃない。
いつも被っているニット帽は当然外され、簡単に水気を取ったのみなのか濡髪が華奢な肩やくっきりとした鎖骨を覆う。やはり露出度は──だから、そういう、問題じゃ、ない。
「バスルームに戻って。置いたら声かけるから」
「ん。宜しく」
ぺた、ぺたと、先程は聞く余裕すらなかったフローリングを踏みしめる足音が消え、浴室ドアが閉められたことまで確認して、ようやく立ち上がる。バスルームの物音がリビングまで通る間取りに感謝しつつ、色々な意味で頭がくらくらしそうだった。
──トレーナー寮の自室に、担当ウマ娘であるナカヤマが訪ねてきたのは、かれこれ15分ほど前のことだ。
本日のトレーニングを終えクールダウンを指示し、この日は解散。そのつもりだった。いつもならクールダウンが終わるまで付き合っていたが足早に解散してしまったのは、昼間、ナカヤマと過ごした、あの、表現に窮する時間のせいだ。
コンディション上昇のための耳掃除エステを賭けた勝負の敗者となり、敗北の条件としてナカヤマの手ずから耳掃除をされる、あの、指導者と教え子という関係にはあまりに不適切すぎた昼下がり。
思春期なんてとうに過ぎ去ったにも関わらず、予鈴が鳴りナカヤマがトレーナー室を去ってから彼女のことをまともに考えることができなかった。当然トレーニング中も目を合わすことすら出来ず、たしなめられる始末。
誰のせいだと思って……などというボヤきは喉の奥で渦巻くだけだ。責任はあの状況を"おかしなもの"として認識してしまった自分にしかないのだから。
そして。 - 18323/01/05(木) 11:41:14
「ほらトレーナー、横になれよ」
ひと風呂浴びてすっきりした様子のナカヤマは、リビングのソファに座り、剥き出しの膝を叩く。昼間は制服のスカートとハンカチ越しにいやというほど堪能した脚は、風呂上がりのせいかやけに瑞々しく、──昼間同様に頭を預けるには、ひどく躊躇われた。
「というかナカヤマ、下は」
あの後速攻で寝室に駆け込みひっ掴んできた衣類の中にはズボンもあったはずだ。ところが彼女の鍛えられた脚は惜しみなくリビングライトの下、晒されている。
もっとも──
「裾長くて鬱陶しかったんだよ。上の丈が長いから問題ねぇだろ?」
同時にひっ掴んできたビッグサイズのパーカーが彼女にとっては膝丈ほどの長さになっているため、事なきを得ているが。……本当に????
「おら」
有無を言わせないとばかりの声色とともに、ナカヤマが腕を引く。彼女の手による誘導のおかげで、ソファのへりにぶつかることなくナカヤマの腿に突っ伏すことなく、昼間同様、頭はその膝の上に据えられた。
昼間に引き続き、膝枕ふたたび。しかしこれから彼女の手が伸びるのは、清掃を終えた右耳ではなく、未開発の左耳。
目隠しのように用意させられたハンカチが目元にかけられて──その器用な指先が、昼間の記憶をよみがえらせるかのように、無防備にさらされた耳に触れていく。
- 19二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 11:42:51
ナカヤマにパーカーワンピ着てもらいたかったのでもう少し蛇足を書きます。
こんな状況ですが当然うまぴょることはありませんのでご安心ください。 - 20二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:33:55
- 21二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:54:23
ああ…神よ。我が御魂を救ってくださりありがとう…
- 22二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 19:54:44
- 23423/01/05(木) 22:04:29
「ナカヤマ」
「んだよ」
トレーニング後の汗をシャワーでしっかりと流したためか、言葉の雑さに相反し声音はゆるりとやわらかい。昼間同様、目敏く見つけられていたウェットティッシュで耳介周辺をぬぐわれる。こんなことになるなら彼女がシャワーを浴び終わるまでに自分でやっておけばよかったものの、それはそれで、昼間果たされなかった左耳の耳掃除を待っているかのようでよろしくない。そう、思い直す。
外気にさらされている部分を拭き取り、血行をよくし耳掃除をしやすくするための耳ツボマッサージへ移行するのは、昼間と同じだった。
しかし、昼間とは違う点がひとつある。
「いや、耳掃除するのにシャワー浴びる必要があったのかと」
「ったく、デリカシーがねぇなァ? こちとらアンタの腑抜けた指示にも懸命に応えてやったんだぜ? 汗くらい流させろ」
さもわかってないとばかりのため息が落ちてくる。その顔に浮かぶのはおそらくあきれたニュアンス。しかし待ってほしい。連絡もなく部屋にやってきたかと思えば風呂を貸せと曰い、挙句、バスタオル一枚で出てきて衣類を所望するナカヤマのほうがよほどデリカシーに欠けているのではないだろうか? そもそも左耳掃除の約束だってした覚えは……。
もっともそんなことを言ったところで、現在進行系でつねられている頬の痛みが増すだけだ。現状に対する気をなるべく紛らわせていきたかったが、痛みを伴うのは遠慮したいところである。
落ち着け。冷静になれ。頬をつねられていた指先はふたたび耳へ舞い戻る。昼間のように翻弄されるわけにはいかなかった。どっしり構えろ。いくつものエールを自分に送りつつ、深く息を吸い込んで──鼻孔をくすぐるシトラスの──嗅ぎなれた香りに──勢い良く、喉をつまらせた。
「──っ、……!」
「何だ? 唾でも飲みそこねたか?」
「いや、大丈夫」──じゃない。このシトラスの香りは。 - 24523/01/05(木) 22:04:58
昼間とは違う点。それは、顔の向きだった。右耳清掃時、ナカヤマの太腿に頭を預けながらも、顔は外を向いていた。もっともナカヤマが持っていた未使用(意外なことに2枚持ち歩いているらしい)のハンカチが視界を遮っていたため、色々と事なきを得ていたが──現在、昼間同様視界を遮る目隠しの先には、厚手のパーカーの生地があるはずだ。
当然、その先には、彼女の薄く、しかし鍛えられた腹も。
そして香るシトラスはバスルームにあるボディソープのそれだ。
当然である。当然ではあった。ナカヤマはバスルームにいたのだ。ボディソープのワンプッシュ、拝借されていてもおかしくはない。着替えも持たずやってきたナカヤマなのだから。
これはよくない。よろしくない。
ただの耳掃除だ。学園敷地内とはいえトレーナー室とは違い自室はプライベート空間だ。昼間のそれよりはまだマシな状況……なわけがなかった。
いくらなんでも、無防備がすぎる。
いくらなんでも、無警戒がすぎる。
いくらなんでも、無用心がすぎる。
ナカヤマは相棒のはずだ。心臓を鳴らして心をヒリつかせてともにターフを駆け抜ける相棒のはずだ。自分がトレセン学園のトレーナーで彼女がトレセン学園の生徒である以上は、相棒でなければならない。彼女がどうであれ、成人済みの自分は、未成年たる彼女を導かなければならない責務がある。
いつの間にか耳ツボマッサージは終わり、耳掃除のターンへ移行していたようだった。近くのコンビニで買ってきたらしい耳かきが、ひとつの逡巡もなく耳内部に滑り込む。
「う……」
「っと、痛かったか?」
「いや」 - 25623/01/05(木) 22:05:37
ナカヤマの問いかけには否定を返す。そうか、と、端的な言葉とともに、ふたたび内壁がざりざりと撫でられはじめた。ナカヤマ曰くの迷走神経にけして気を持っていかれないよう、必死で思考を回転させる。
耳かきの匙が隆起にふれるたび、意識は耳道へ連れ去られる。右耳で一度知ってしまった感覚は、まるで情が刻まれたかのように消えることはない。こびりついたそれを引っ掛けて、ゆっくりと剝がしていく感覚に、知らず身震いしていた。
覚えがある。
ふとそう感じる。いつかもこうして、……この酔狂な少女の導きで、未知の感覚を得たことがあった。心臓を煩く鳴らし、生と死の狭間を駆け抜けて、とびきりの報酬を手にしたことがあった。歓喜と恐怖が入り混じった──興奮という、報酬を。
彼女の手が耳に触れる。あらかた掃除は終わったのだろう、箆の端に取り付けられている梵天が挿入されて、ぐるりと渦を巻く。背筋に走るのは間違いなく"快感"だった。内壁に残る滓を引っ掛けるようにして、ぐるりと梵天が渦を巻く。
そして。
「お疲れさん。これで終いだ」
短いようで長く、長いようで短い時間の終わりを、ナカヤマが告げた。うながされるまま起き上がり息をつく。肚の奥に降り積もっていた"なにか"はそのままに、耳垢を落としていただろうティッシュを畳んでゴミ箱に放ったナカヤマの手に、そっと触れる。
「……どうした? トレーナー」
すみれ色の瞳は、まるでなにかを試すようにギラついて。
溶け落ちた理性のもとに奪った声はひどくクリアに鼓膜を揺らし──そこから先も、ただただ狂気の沙汰だった。
終 - 26二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 22:11:30
"欲"を導き落としたナカヤマの勝ち
というお話でした
どうも攻めヤマからの誘い受けヤマになりがち
↓ちょっと前に書いた攻めヤマから誘い受けヤマになったやつ
ここに来れば|あにまん掲示板ナカヤマがサンタの格好でトレーナーにクリスマスプレゼントをあげるSSが読めると聞いたのですがbbs.animanch.com(29から最後まで)
- 27二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 23:44:48
- 282723/01/06(金) 01:01:14
感想以外にお返し出来るものはないかと考えた結果
ささやかながら返礼品を持参いたしました
どうぞお受け取りください
『ごうつくばりのマルクト』
細雪のアスファルトを踏んで君はゆく。
腕一本分だけ先を、誘うようにゆらゆらと。
もろびとこぞる市場を抜けて、足の向くまま気の向くままに、遮る人影のない方へ。
しんしんと降る雪は止むこと無く、裏窓の光に浮かんでいる。
居酒屋の換気扇の吐き出す煙に、チキンの香りが混ざるのがせめてもの聖夜の証のようだ。
この冬の日の喧噪のエアポケットの中にその薄い背中が消えて行ってしまいそうで、間違いなく君自身がそこに居ることを確かめたかった
「何してんだ、置いてくぜ?」
振り向いて、囃し立てるように君は言う。
返事も待たず、すぐに前を向いてしまう。
腕一本分だけ先を、それ以上決して引き離されないように、細心の注意を払いながら君を追う。
時折、ちらちらと振り返る視線に、絡め獲られるようにして後を追う。
怖じ気づいたことがわかったら、そのとたんにこの腕一本分の誘(イザナ)いがぐんと伸びてきえてしまうからだ。
聖夜の月明かりを受けて君はゆく。
腕一本分だけ先を、誰よりも妖しく誘うように。
本家一歩半ほどの火力を出せませんでした事について、深くお詫び申し上げます
解釈違い等もありましょうが、ご笑納頂けますと幸いです
- 29二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 01:14:19
続いたァ!!?
なんかこうこの2人は一線の上で遊んでて欲しい - 30二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 04:26:21
ウワーッ!!!
有難い反応だけじゃなくクリスマス拝読とマルクトまで!!!
これは毎度そうなんですが、蛇足を追加後微反応のまま落ちることが多いので、ここまでがっつり反応をいただけると、本当に嬉しいです。三途の川ツアーは踏みとどまってもろて……!
"時折、ちらちらと振り返る視線に、絡め獲られるようにして後を追う。"
ここから最後まで最高にナカヤマでニヤニヤしましたよね……そう……絡めとられるんですよね、ナカヤマに……怖気づいたら一発でアウトなのほんとそれで……!!
知っててその距離を保ってる感あまりにエモくて……ありがとうございます……!
クリスマスのスレッド、まるでお後がよろしいようでとばかりに叫びが虚空に消えていったので、いまめちゃくちゃありがたさを噛み締めています……
ちなみに、振るだけでは我慢できなくて、
【怪文書】○○○○のマルクト|あにまん掲示板「まるで空から星が落っこちたような有様じゃねぇか」 日が落ち夜を迎えたクリスマスの街は、たくさんの光で満ちあふれている。 葉の落ちた街路樹は星のまたたきのようなシグナルで飾られて、行き交うひとびとの表…bbs.animanch.com結局自分で書いてしまってすぐ落ちる切ない過去があったため、本当に嬉しいです……
- 31二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 04:30:59
続けました!
あまり直接的な描写にしたくなくてはぐらかしましたが、一線越えるか越えないかのあたりで勝負しててほしいのすごくわかります。
仕様上トレーナーは無自覚になることが多いのですが(倫理的に……)その無自覚すら理解した上でナカヤマには攻めてほしい、そんな気持ちです。
反応いただき感謝……!
- 32二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 04:35:25
若干、書くことに対するモチベが降下していたので、すべての反応に感謝です。
投下できて良かった。ありがとうございます!