兄似の清掃員と話してるところを週刊誌にすっぱ抜かれたので。

  • 1二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:15:47

     決闘委員会、ラウンジにて。

     いつにも増して異様な雰囲気を作り出しているのは、シャディク・ゼネリである。ひどく悲しくて今にも自害してしまうのではないかというのが半分、いやその前にあらゆるものをめちゃくちゃにしてからしまうのではないかというほどの怒りを堪えるのが半分、取り繕った結果いかにも沈痛な面持ちになりました、といった表情。そうして重たげにくちびるを開き、本当はこんなことしたくはないんだけど、と心にもなさそうなことを言う。

    「俺たちにはそれぞれの立場がある。最低限の仕事以上で干渉しあうべきじゃない」

     セセリアが「あ、そうですねェ……」と言いながら小さく相槌を打ち、ちらりとロウジの方を見やる。助けてくれ、と言わんばかりに。ロウジは全力で目を逸らす。無理、と言わんばかりに。エランの方を見やる。いない。逃げたなアイツ。スレッタか。スレッタ・マーキュリーのところか。イメチェンしてからやたらフットワーク軽くなりやがって。そして最後に、ラウダの方を見る。

    「でもこうなったからには、口を出さざるを得ない。わかるよね? ラウダ」

     ラウダはうなだれたまま、静かに返す。

    「……重々、承知している」

     机の上には、一冊の雑誌が置かれていた。週刊アスティカシア。笑ってネタにできる程度のスキャンダルを発掘することに命を懸けているともっぱらの評判で、ただの読者には面白がられ、標的になりうる者からすれば疎まれる。ラウダはどちらかといえば前者側であった。とはいえ娯楽への興味も薄かったため、自ら好き好んで触れることもなかった。

     過去形である。

     表紙にでかでかと掲載されているのは、自分でも驚くほど無邪気に笑っているラウダ、そして最近ラウダと仲良くしてくれている日雇い労働者のボブ、の写真。

     そして、『ジェターク寮長ラウダ・ニール、清掃員と大熱愛!?』の文字であった。


    ※こちらのスレを見つけてからずっと書きたいと思っており、ようやくある程度プロットができたので。書き溜めとかないので軽率にエタるかも。

    ※問題があるようなら消しますので教えてください。

    兄さ…え、ボブ?誰?|あにまん掲示板なるほど…人違いだったのか、初対面なのに急に取り乱したりしてごめん 帰るね…………………………………………https://bbs.animanch.com/img/1374298/2あ あぁ…その、探…bbs.animanch.com
  • 2二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:16:51

    「ラウダ」
     シャディクは底冷えするほど低い声で微笑んで、ぱらぱらとページを捲る。そうしてでかでかと強調された見出しを指さして、こてりといっそあざといくらいに愛らしく首を傾げてみせた。
    「この内容は本当?」
    「違う。ありえない」
    「別に本当のことを言っても俺は叱らないよ」
    「だから本当に違う! 彼とはそういう関係じゃない!」
     御曹司と作業員の甘い一夜♡大王道シンデレラストーリー!!
     ちょっと色々ツッコミどころが多すぎる見出しに、ラウダは思わず頭を抱える。写真は確かに実際のものだ。合成でも捏造でもない。とはいえこの時は確か、日々激務に追われて過労で倒れかけていたところで、たまたま通りがかったボブを取っ捕まえて、一緒に食事をしただけである。食事がすんだあとは翌日に備えてすぐに解散した。彼には仕事があるし、ラウダにも授業がある。ようするに、この週刊誌が期待するようなことは何一つ起きていないし、そもそも起こりようがない。

  • 3二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:22:47

     記事は次のようにつづけられている。
    『ベネリットグループ筆頭ジェターク社の御曹司ラウダ・ニールと、日雇いでアスティカシア高等専門学園の清掃をしているB氏(18)。この二人が不健全極まりない爛れた関係であることがわかった』
     何もわかっていないが?
     名前以外何一つ正解していないが?
    『普段気難しげなラウダ氏も、二人きりの時は楽し気に笑いあい、周囲の視線など気にする様子もなく、固く手を繋いで正門の方向へ』
     繋いでいないが?
     あれはたまたまその辺に転がっていた石に躓いて転んだボブを、ラウダが引っ張ったのだ。本当に偶然の産物である。
    『B氏の顔はラウダ氏の兄、グエル・ジェタークに似ているという情報もある。ラウダ氏はそんなB氏を愛おしげな視線で見つめ、彼を連れてジェターク寮に帰る。そうして、熱い夜を__』
     こじつけじゃないか!
     笑っていて何が悪いんだ。ボブとはやけに話が合うし、一緒にいて楽しいから、身分に多少の差があっても友達になったんだ。というか何の色もないまなざしにそんな意味を見出されたら、外に出るなんてできやしない。ついでに言うと彼をジェターク寮に連れて行ったのは、例の転倒で怪我をしていないか確かめるためである。断じてそういった理由ではない。
    『本誌はこの日以外にも、二人が密会を繰り返しているとの情報を入手している』
     ……人聞きが悪い。
     確かによく食事をしたり、話し込んだりしているが、別にこっそり会っているわけではないし、誰にも隠していない。
     顔を上げる。シャディクの表情に、若干の哀れみが混じっていることに気づいて、ラウダははっとする。まさかこいつ。
    「全部嘘だから。シャディク、信じてよ」
    「そっか」
    「もしかして信じてない?」
    「……グエルがいなくて、寂しかったんだよね……」
    「信じてないじゃないか!」
     ラウダが叫ぶ。まことに心外である。一体何だと思われているんだ。声に出ていたのかなんなのか、どこからか「墜ちろ水星女の人ですよぉ~……」と震える声が聞こえてきた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:27:27

     シャディクはふうと息をつく。それで、空気が幾分かやわらいだ。セセリアはようやく呼吸することを思いだしたように、ロウジにぴゃっとくっつきにいく。ロウジもぴゃっとハロを抱きしめる。
     そこだけ切り取れば非常に微笑ましい光景だが、残念ながらこの光景に和んでいる余裕は、今のラウダにはなかった。
    「事実はどうあれ、こういった記事が出たことは事実だ」
    「は、はい」
    「メッセージは見ない方が賢明だろう」
    「……そうします」
    「しばらくはあの清掃員とあわない方がいい。多分記者が張り込んでいるだろうから」
    「ありがとう、恩に着ます……」
     きっとボブとて噂をパーメットスコア6で急加速させることは望んでいないだろう。となればあまり顔を合わせない方が得策だ。今度は回らない寿司に連れていくよと約束したばかりだったのに。内心がくりと肩を落とす。
    「来月、また会議をする。こっちにも多分記者が張り込むから気を付けて」
    「わかった」
    「プライベートで彼にあうときはくれぐれも」
    「あわないってば!」
     大きく首を振って否定するラウダを、シャディクは疑い深げに見つめた。

  • 5二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:36:33

    間違ってたら悪いけどシャディク苦労人でグエルが素直なひとの次回作かな。そうだったら余計に楽しみ
    ボブ(ボブ)なのかバレてない凄いグエルジェタークなのか楽しみです。

  • 6二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:37:01

    「……ということがあったんだ」
    「なるほど、それで……」
     情報端末越しにボブと会話するのは初めてだ。こうしていると本当に、声までグエルにそっくりである。世の中同じ顔のひとが三人はいるというが、まさか本当だったとは。
     ボブもおそらく、端末の向こう側で困った顔をしているんだろう。シャディクの前で大いに取り乱してしまったラウダと同じように。同い年なのに働いているなんてすごいな、と最初こそ思ったが、彼は思った以上に年相応のところがある。
    「そっちは大丈夫? 困ったことはない?」
    「確かに最近、事務局に知らない人が来るようになりました。ラウダ様のとこの、フェルシー様とペトラ様も来ましたし」
     そこで、ラウダは目を見開く。あの二人、最近見ないと思ったらそんなことを。
    「大変だ。とりあえずジェターク寮には無用な詮索をやめるように言っておくよ」
    「そこまで気にしなくても。もともと前からよく話しかけられてましたし、グエル……サン、に似ているとかで。ラウダ様は大丈夫なんですか?」
    「別に。何を言われても無視すればいいだけだ」
     ……とはいえ、こちらの無駄な仕事が増えてしまっていることもまた、事実である。
     本来やるべきことは山積みなのに、そちらへの対応が不本意ながら後回しになっている。とはいえそれをボブに言ったところで、兄と同じ声で心配されるだけだ。
     ラウダはそれを心底恐れていた。
     友人に兄の影を重ねてしまいそうな自分が、嫌でならなかった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:44:45

    >>5 おそらくそうです~!完走できるようがんばるよ)


    「とにかく、早く噂を落ち着かせなきゃ」

    「ああ……まあきっと、次の噂が立てば落ち着くでしょう」

     ボブは宥めるようにそう言う。それはそうだ。どうせ暇な有象無象がよってたかって大騒ぎしているだけなんだから。仕事には制限がかかって面倒になるが、まさかこの状態が一生続くわけでもあるまい。

    「でも、しばらく気軽に話せないね。最悪だ」

    「気にしないでくださいよ。ラウダ様には素敵な友達がいっぱいいるでしょう」

     ちくり。

     胸の奥に小さな痛みが走る。

    「……そうも、いかないよ」

     ボブの声が、少し不思議そうに揺れた気がする。電話越しだから、思い込みかもしれないけれど。

    「どうしたんですか? ラウダ様、涼しい顔でそういうのどうでもいいって言いそうですけど」

    「そんなに無神経じゃないよ! ……じゃあ、そろそろ時間だから、切るね。ボブ、明日も頑張って。おやすみ」

    「え、ラウダ」

     これ以上追及されてはまずい。

     ラウダは強引に通話を切って、天井を仰ぐ。

    『メッセージは見ない方が賢明だろう』

     シャディクの言葉が脳裏に過る。本当にその通りだ。だけど今更後悔しても、遅いのである。……とにかく、一番落ち着かないといけないのはラウダだ、と、ようやく自覚した。

  • 8二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:51:42

     こんなことをしても何の意味もない。
     それはわかっている。わかっているはずなのに、半ば突き動かされるように、SNS含むメッセージ欄を見やる。
    「あり得ない。立場わかってんの?」「ラウダ先輩がそんな人だなんて」「寮長とか言ってクールぶっといてデートだなんていいご身分だよな」「学園的に大丈夫なの? 処罰されないの?」
     ぶつぶつと表示されるのは苦言の数々だ。記事を読んだだけの人間からすれば、このような意見が出るのも仕方のないこと。かといってこういった文句をまともに取り合う必要はない。事実ではないのだから、立場は関係ないしデートでもないし、処分対象ではない。訴えれば勝てるというやつである。
    「てかラウダ趣味悪くね? 兄似のバイトって」「もっといいひといるのに……」「誰よあの男」「解釈違いなのだ」
     反して地味に堪えるのはこういう文句だ。自分がそこそこ「優良物件」であることは、とっくの昔からわかっている。だからこそ、かつては常に兄に付き従い、兄が去ったあとは仕事に注力して、と色恋沙汰の気配を死ぬ気で消してきたのだ。しかしそれが巡り巡ってボブという、「ラウダと出会ってまだ日が浅い」「グエルそっくりの」「身分のない日雇い作業員」が、ラウダとカップルとして見られているという事実を、受け容れがたいものとしているのだろう。
    (付き合っているわけでもないのに、変な話だ)
     ラウダは情報端末を置いて、ベッドに身を投げる。仮に噂が縮小しても、またボブと楽しく会話できる日が戻ってくるのだろうか? なにせ並んで歩くだけで、これだけあれこれ言われるのだ。ラウダは……別に、気に留めないが。ボブに不快な思いをさせたり、危害を加えられたりすることは、どうしても避けたかった。
    (だって、もう、二度と__)
     失いたくない、って思ったから。

  • 9二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:52:52

    唐突なあにまんフェルシーちゃんで草なのだ

  • 10二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:57:44

     一か月後。
     あれから二度ばかり連絡を取ったが、ボブのいる事務所には相変わらず誰かが張り込んでいるらしい。あくまで狙いはラウダの訪問だろう、危ないからできるだけ近づかないように、と苦い顔をしていた。なお寮生こそ落ち着いたが、ジェターク寮にまでやってきてあれこれ聞いてくる者は後を絶たない。最初こそきっちり追い返していたが、ここまでやり続ければさすがに疲れる。
    「ラウダ先輩お疲れですかぁ~?」
    「にいさん」
    「え何それ鳴き声ですか? 顔死んでますよ?」
     全体会議なのは運が悪かった。あのセセリアにまで遠回しに心配されながら、何とかここまでやってきたというところである。正直もうさっさと寝たいというのが本音だ。
    「……託されたんだ、ジェターク寮を。乗り切るしかない」
    「何か自分にご褒美でも用意したらどう? 気晴らしにさ」
     シャディクに言われ、ふと思い出す。そういえば前回は、そんなことを言ってボブを泣き落とし、一緒に食事に行ったのだ。彼はどういうわけか、ラウダに対してかなり甘い。ちょっとお願いすればなんでも聞いてくれる。あんな甘くてよく十八年も平和に生きてこれたと少し感嘆する。そのせいで今こんな状況になってしまったのは確かだが、あのときはずっと笑って過ごしたこともまた、事実だ。だけど__もしかしたら、ボブにとってはもう、ラウダといること自体迷惑なのかもしれない、と思うと、酷く、寂しくなる。

  • 11二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:03:45

    「あっ、ロウジそろそろ授業終わるって。あたし迎えに行ってくる」
    「いってらっしゃい。……ところで、エランは?」
    「また水星ちゃんのところじゃないかな。俺探しに行ってくるよ」
    「じゃあ、」
    「ラウダはラウンジに残って。また記者に張り付かれてはたまらない」
     ラウダは座り込む。それから、頷いた。ディランザさえあればそんな羽虫踏み潰せるのに、なんてよろしくない考えすら湧いて出る。シャディクはその表情に何か思うところがあったのか、ぽんぽんと二度肩を叩いてくれた。
    「じゃあ、またあとで」
    「らうだせんぱぁい、留守は任せましたよ?」
     二人がいなくなると、ラウンジ内は驚くほどに静まり返ってしまった。
     ロウジはともかく、エランが見つかるまでには時間がかかるだろう。最悪数十分はかかるかもしれない。さっさと終わらせたいし、先に準備できることだけは済ませておこうか。そんなことを考えた矢先、ぽーんと、来客を知らせるチャイムが控えめに響いた。
    「誰だ?」
     一拍の間が空く。まさかしつこい記者か? こんな内部まで? 一瞬警戒するようにそちらを睨んで身構えた後、
    「俺です」
     兄さん?
     ……いや、ボブだ。
     よく知る声が響いて、ほっと力が抜けた。
     恐る恐るドアを開けると、やはりそこにはボブの姿がある。たった一月顔を合わせていなかっただけなのに、くらくらするほど懐かしく感じる。二か月兄に会えなかった過去は、きっと、関係ない。そのはず。心の中で誰にでもなく言い訳して、そっと手招いた。

  • 12二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:24:28

    セセリア可愛いな…

  • 13二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:58:38

    期待あげ

  • 14二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 19:31:52

    「どうしたの?」
    「いや、今日、ここが当番で」
    「そうなの。お疲れ様」
     外でなら視線があるだろうが、この中ならさすがに安全だ。ラウダはほっとして、再び椅子に座る。てっきりさっさと仕事を終わらせて出ていくものかと思ったけれど、ボブは立ったまま、目を丸くしてラウダを見つめている。
    「……どうしたの?」
    「ラウダ……様、大丈夫ですか」
    「え」
    「顔色が悪い。眠れていないんじゃ」
     ボブの顔は、ひたすら気づかわしげだ。ラウダは思わず自分の頬を撫でる。ひんやりしている。
    「……」
    「今日は早く部屋に戻って休んでください。このままでは体を壊します」
    「お寿司は」
    「へ?」
     自分の口から無意識に飛び出た単語に、ラウダ自身が目を丸くする。はっとして口を押さえると、ボブは不思議そうに首を傾げた。
    「寿司って、確かにそんな約束、してましたけど」
    「そ、そう、そうだよ。兄さんが好きって言ってたところがある」
    「……。だが、周りの目が」
    「悪いことしてるわけでもないのにこそこそする必要なんてないよ! そんなに気にならないから、一緒にいたい」
     かつての自分に爽やかに手のひらを返しながら、ラウダはボブの方に一歩、近寄る。手を取る。わるいことは、誓ってしていない。少なくともボブといるときは。ジンと頭が痛くなる。冷や汗が垂れる。ボブの指先が熱く感じて、自分の手が思っていたより冷えていたらしいことを悟った。

  • 15二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 19:47:21

     ボブは困ったような顔をする。当然だ。ラウダも、一体何を言っているんだ。ようやく平静を取り戻しかけたところで、ボブが静かに、ほとんどひとりごちるように、小さく呟いた。
    「俺がいたら、ラウダの迷惑になる」
     目を、見開く。
     言葉として耳朶を揺らしたその響きが、事実が、あまりに残酷だった。
     __迷惑。何度も、何度も。きっとラウダを思って告げられるのであろうそれを目にするたび、何故だかラウダの心にはひっかき傷が増えていく。痛いのだ。痛くてたまらない。誰もが『ラウダ・ニール』のことを心配して、苦言を呈してくれるのに、『ラウダ』のことは見てくれない。
     冷静に考えればそれはごく当たり前の考えだ。いくらアド・ステラが緩くても、ラウダは現状ジェターク家の唯一の子で、対するボブは日雇いの労働者である。身分が違う。そもそもが決して交わるはずのなかった存在である。
    「そっか、ボブは、……あなたは……」
     ああ、そうだ。
     最初からそうしていればよかった。
     ラウダの頭の中に何かどす黒いものが渦巻く。だめだ。それは決して許されないことだ。わかっている。わかっているのに。手を取ったまま、半ば無意識のうちに跪いて、兄そっくりの顔を仰いだ。
    「ねえ、あなたは兄さんに似ているね。声も、顔も、性格も、雰囲気も、気配も。ちょっと無神経なところも」
    「え? あ、はい、その……お兄さん? ミツカルトイイデスネ……」
    「うん、ありがとう。ボブ、」
     結婚して。
     __それは、請願の形をとった脅迫であった。

  • 16二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 20:56:30

    「……にを、言って」
    「そうだよね、根も葉もない噂が捏造されたから大変なんだよね。だったら「本当」にしてしまおうよ。ね? そっちの方が、ずっと、楽だよ」
     ラウダは自分の姿が、ボブにとってどうやら好ましいらしい、ということを理解している。理解したうえで、わざとらしく上目で見て、わざとらしく首を傾げ、わざとらしく指を絡める。
     ボブはそれをじっと見て、くちびるを引き結ぶ。そうだ。当たり前だ。逆らえるはずがない。本人の意志がどうあれ、ボブは本来、一緒に食事をするどころか、ラウダに対してものが言える立場ですらないのだ。震える彼の胸ポケットから、端末を取り出す。一拍遅れてそれに気づいたらしい彼は、あ、と悲鳴じみた声を上げる。
    「仕事なら安心して。それはもう感動的な退職話を作ってあげる。大王道シンデレラストーリーだよ」
    「そんな、俺は、」
    「ね? 安心して。なにひとつ不自由させない」
    「返せ!」
     ラウダは掴みかかってくるボブを、その勢いを借りる形で前方に崩し、掬いあげる形で投げる。向こうの方が確かに体格はいいが、ラウダとて成人近い男だ。そこから関節を中心に固めて、うつぶせになった背中に乗ってやれば、ボブは動けなくなる。ぐ、と低い声がした。ああ、可哀想に。おとなしく従っていれば痛い目にあわせることなんてなかったものを。
     あとは彼の職場に連絡すればいいだけだ。ラウダは悠々と端末を開く。ロックはかかっていなかった。不用心だなあ。ただでさえ週刊誌にほとんど名指しで出ているのだから、ラウダ・ニールの名を出して、あとは適当に見初めたとか一目ぼれだったとか書いておけば十分だろう。どうやら職場のひとに可愛がられていたみたいだし、「相思相愛だ」「絶対幸せにする」と付け加えれば完璧である。
     ああ、なんて簡単なんだろう。
     どうして、ずっとこうしなかったんだろう?

  • 17二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 21:25:37

     ボブは未だに暴れている。酷いことはしないのになあ、と現在進行形でそこそこ「酷いこと」をしながらぼんやりと考えて、ラウダは後ろ手を交差させるようにネクタイで縛り上げると、ゆっくりと彼を仰向けにする。それから毒を慎重に流し込むように、耳にくちびるを近づけた。
    「きれいな部屋に住ませて、きれいな服を着せてあげる。大丈夫、ものはあるんだ」
    「……ラウダ様、それは、『グエル』のものですか」
    「兄さんを気安く呼ぶな!」
     ラウダは思い切り、ボブの頬を殴った。
     ボブの頬が赤く腫れあがる。ボブは信じられないものを見るような顔でラウダを見やる。グエルは__兄さんは、誰にも、ラウダにも穢せない、絶対の存在なのだ。それをこの愚鈍な男は! ああ、ああ、ああ!
     ラウダは泣きそうな顔になって、自らの手をさする。
    「痛い? あのね、この手も痛い。ねえ、あなたがそんな顔をしていると、痛い。辛いよ」
    「どうして……」
    「どうして? 簡単だよ。あなたを愛しているから。それ以上に理由が必要かな」
    「これが、愛だ、って。そんなわけ」
     ラウダはもう一度彼の頬を叩いた。黙って、微笑む。それでボブはくちびるを閉じ、震える。その顔がまるで捨てられた犬みたいで、そうだ、グエルはこんな顔をしない。これはボブだ。兄さんじゃない。だからいいんだ、許されるんだ。偶像崇拝は禁じられているけれど、これはよく似た紛い物の神なのだから。そう、そう。だから兄さんに言えなかったこと、兄さんに甘えられなかったこと、兄さんにできなかったこと、全部していいんだ。
    「あなたを愛している。あなたも愛して」
     ボブはこちらを見つめる。
    「ラウダと呼んで。敬語も使わないで」
     赤くなった頬を撫でてやる。
    「どうか、傍にいて」
     グエルは、泣きそうな顔で頷いた。

  • 18二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 21:43:23

    「じゃあこれで会議は終わり。お疲れ様」
     シャディクがそう言って笑うのと同時に、ラウダは席から立ち上がる。
     結局あのあと、ボブの頬を冷やして手当てしたら、いったん解散する運びとなった。いくらラウダがジェターク家の御曹司でも、さすがに仕事の途中で無理矢理やめさせるわけにはいかなし、いつシャディクやセセリアが帰ってくるかもわからない状態でいつまでもボブを放っておくわけにはいかない。みすみす逃がすつもりもないから、情報端末と社員証は預かっておいた。
     とはいえ、当初の予定通り、早く帰らねば。明日できる仕事は明日やればいい。ヴィムはうまいこと丸めこむとして、寮生への説明をどうするか考えなければ。あれは兄ではなく、ボブなのだから。
     言い聞かせながら続く部屋まで出ると、何やらもめている一団を見つけた。片方は警備員、片方は__
    「困ります、会議中ですから。そもそも部外者は立ち入り禁止です」
    「こっちも仕事なんすわ」
    「そちらのお仕事が何であれ、関係のないことです」
    「何をしているんですか」
     近寄れば、振り向いた職員が困ったような笑顔を浮かべた。ラウダさん、このお方は、と言ったところで、対していた方が嬉しそうに頭を下げる。
    「これはラウダさん! よかった、中に入らなくてもすみました」
    「不審者は通報しますよ」
    「申し遅れました。私『週刊アスティカシア』の記者をしております」
     殴りかからなかったラウダを、褒めてほしい。努めて平静を保ちながら、彼を半目で睨む。
    「言っておくけれど、あなた方が書いた記事はすべてでたらめです。逆に感心しますよ」
     嘘は言っていない。
     少なくとも『あの記事の内容は』すべてめちゃめちゃである。記者は素知らぬ顔で情報端末を起動させた。録音するつもりか。ここから先は、下手なことは口にしないようにしないと。

  • 19二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 22:03:05

    「ラウダさん、率直にどうですか? 彼との関係は」
    「善き隣人です」
    「そうですか? よく一緒に食事されてるんでしょ? 言っちゃなんですが、身分差のある二人きりで何度も食事って、特別な感情がないとおかしいでしょ」
    「友人ですよ。時間が会えば食事ぐらいします」
    「でも複雑じゃないですか? 迷惑だって言われるのは」
     すらすらと回っていたラウダのくちが、ぴたり、と止まる。
     きっとこの男は、ボブ__あるいは日雇い清掃員のB氏__に対して、様々な意見が飛び交っているということを掴んでいる。そのうえで、こうして揺さぶってくるのだ。
     前髪を掴む。深呼吸をする。焦るな。冷静になれ。ラウダはくちびるを開く。何の音も出ない。呼吸の仕方すらわからない。ひゅうひゅう、肺から変な音が出る。
    「まあ、ラウダさんは素晴らしいお方ですからね。反発される方もいるでしょう」「不釣り合いだなんて言われたらいやですか? 愛する人を愛するだけであれだけ批判されたら、悲しいですよね」「彼はどう思っているのかな。やっぱり多少は気にしているんですか?」
     ざくざくざく。ふさがりかけていた傷が開く音がする。
     わかっている。……わかっている、それぐらい。俯く。ラウダが無理矢理ボブを手に入れたところで、それで何かが変わるわけではない。ラウダ・ニールにとって清掃員B氏の存在は「迷惑」なまま。
     だから何を言われても揺るがない。大丈夫だ。今にも声が、震えそうだ。でも、泣いて何になる。叫んで嘆いたところで、誰が助けてくれる? だからラウダは毅然と、なんてことない態度を見せ続けるしかない。
    「やはりここは彼の意見も」
     そのときだ、
    「__ラウダ!」
     聞こえるはずのない声が耳に入り、思わず振り返った。

  • 20二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 22:39:27

     ボブはあんなことがあった後なのに、心配げな顔でラウダを見やる。それから状況を理解したのだろう、きっと記者を睨みつけた。記者は満面の笑みを浮かべ、ボブに視線を向ける。
    「たった今、噂していたところでね。先月出た報道について、当事者にも意見を聞きたくて」
    「ああ、俺とラウダ様がどうとかいう、あれか? 書いてある内容はすべて間違っていた」
     ばしりと叩きつけるような口調に、記者がひるむ。こうした場に慣れているのではないかと思うほど、はっきりとした物言いだ。ラウダをかばうように前に、矢面に立つ姿に、ようやく彼は__ああして殴られた記憶も新しいはずなのに、ラウダに敬称を使うことで。『清掃員B氏』として立ち向かってくれているのだ、と気づく。震える。どうして、そんなにしてくれるの。さすがプロ根性といったところか、記者は質問を繰り出してくる。
    「間違い?」
    「ラウダ様とはそういう関係じゃない」
    「いやいや、先程ラウダさんにも伺ったが、二人きりで食事するなんてどう考えても」
    「食事をするだけで交際に発展するなら、この世はカップルで溢れているだろうよ」
    「しかしラウダさんとあなたには身分差がある」
    「それは……こほん。俺の顔が、行方不明になったラウダ様の兄に似ている……らしい、から。話も合うから友人になった。それ以上に説明が必要か?」
    「友人という言葉に、特殊な意味が含まれていると?」
    「それこそあり得ない。お前、共に飲みにでも行く友人は? そいつに恋愛感情を抱いているのか?」
     記者が一瞬、黙り込む。その隙に、ボブはラウダの手を掴んで、くるりと踵を返して歩き出した。
    「どうやら気は済んだようだな。行くぞ」
    「あ、待ってください!」
    「何をしているのかな」
     慌てて追いかけようとした記者の背に、たらり、と冷や汗が垂れる。
    「彼らを冷やかし、俺たちの仕事を増やした、という私情もあるけど」
     記者は恐る恐る振り返る。
    「アスティカシア高等専門学園への不法侵入。到底許されることではないよ」
     何か__ひどく悲しくて今にも自害してしまうのではないかというのが半分、いやその前にあらゆるものをめちゃくちゃにしてからしまうのではないかというほどの怒りを堪えるのが半分、取り繕った結果いかにも沈痛な面持ちになりました、といった表情をした、金髪褐色の麗しい青年が、いつの間にかそこに立っていた。

  • 21二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 01:05:04

    面白いです!

  • 22二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 06:59:50

     しばらくラウダの手を引いて、人気のない森のあたりにまでたどりついたところで、突然ボブは立ち止まる。周囲を注意深く伺ったあと、こちらを振り仰いで、ひたすら悲しそうな表情をしてみせた。
    「大丈夫だったか」
    「……へ」
    「大丈夫だったか、と。聞いている。……あ、敬語は、不快だったらまた使うから、教えてくれ」
    「ボブ」
     ラウダは思わず、目を見開いた。
     だって、許されないことをしたのに。どうして彼は、ラウダを心配しているのだろう? 乱暴されて、無理矢理結婚させられそうになったのだ。見て見ぬふりをして、捨ておけばよかったのに。沈黙を何だと受け取ったのか、ボブは「怖かったな」なんて言って、ラウダの頭を撫でる。やさしい手だ。こんなにも、こんなにも、
     ……何もかも、兄さんなのに。
     ボブはボブで、兄さんじゃない。
     ラウダはボブに抱きついて、息を押し殺して泣いた。本当は大声で喚きたかったけれど、そんなことをしては、折角人のいないところにまで連れてきてくれた彼の気遣いがだいなしになってしまう。ボブはぽんぽんとラウダの背を叩いて、慰めるように「大丈夫だぞ」と囁いてくれる。ああ、だめだ。そんなこと言ったら、本当にあなたのこと、兄さんにしか見えなくなってしまう。やめて、と言わなければいけないのに、その一言が、言えない。あるいは兄という人物像が、彼によって上書きされていくような感覚すらある。
     顔を、あげる。
     ボブは微笑んでいる。グエル・ジェタークと同じ顔で。
     息を、吐き出す。
     ずっと、わかっていた。知りたくなかった。分からないように蓋をしていた。だってそれは、暴力を振るうことよりも、立場のない人を権力で囲い込むことよりも、ずっといけないことだから。許されない、どころか、禁忌だから。
    (ああ、……)
     ラウダはグエルのことが好きだった。
     だからグエルと存在単位で類似しているボブに、グエルに重ね、結婚を命じたのだ。
     一族まるごと嘘をついて取り繕うのが苦手なジェタークである。ぽろりと漏れ出たあの「好き」は本音だ。そこに含まれる意味は、
    (__兄さん、ボブ、のこと。恋愛として好きだったんだ)
     言葉にしてみればあまりに最低で、ラウダは再び泣き出した。ボブは理由は聞かないままに、優しく抱きしめてくれた。

  • 23二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 12:00:10

     しばらくボブの体温に包まれているうちに、ラウダはようやく泣き止んだ。というより、これ以上くっついていたら、本当に取り返しのつかないくらい、この熱に依存してしまいそうで、怖かった。頭のどこかにまだ残る冷静な部分が、ふっと目が合うだけで、かんかんと警鐘を鳴らしてくる。
     彼はボブだ、兄さんじゃない。それを以て縛った。
     だけどこんなにも兄さんだ。してはならないことなのに、彼にその影を重ねてみている。そうして、気づいたら、彼自身も。
     ……じゃあ、今、ラウダが本当に好きなのは、誰なんだ?
     わからない。混乱してきた。息を吸って、吐く。それがこんなに難しいことだなんて、今まで思わなかった。未だ青い顔をしたままのラウダをみて、ボブは困ったような顔をする。
    「あまり気にしすぎない方がいい。そう言ったのはお前だろう? きっと疲れていたんだ。怖かったな」
     撫でてくれる。これは、誰だ? ポケットの中に、取り上げた端末と社員証、ラウダの罪のあかし、がある。ひやりと冷たい。これは、ボブだ。理解している。理解せねばならない。自分の状態を冷静に俯瞰して、理性によって感情を統治する。そうすれば、ラウダ自身も驚くほど、すぐに心が落ち着いた。
    「うん。ごめんね、取り乱して」
     泣きはらした目で笑えば、ボブはほっとしたような顔する。それから至極当たり前のように、こう言った。
    「だからラウダ様は突然、あんなことを言ったんですよね?」
     告げられた言葉に、くちびるが半開きになった。

  • 24二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 16:09:51

    「……は?」
     無意識に口から漏れ出た声は、自分が思っているよりずっと低かった。ボブはそれに気づかないままに、なんてことないようにつづける。
    「お兄さんが全部放り出して逃げて、そのうえ俺とこんなことになっちゃって、いらいらしてたんですよね。でも、ラウダ様、結婚してくれなんて、ほんとに大切な人にじゃないと言っちゃいけませんよ。俺は……えっと……グエルサン、じゃない、から」
     最後の声がやけに裏返っている。しかしラウダにはそんなことを気にする余裕はなかった。
     そうだ。頷かなければならない。今なら全部、ただの冗談、ちょっとした錯乱、で済ませることができる。ボブが、それで済ませようとしてくれている。笑って、肯定しろ。奪った社員証と端末を返して、また落ち着いたら一緒に食事に行こう、と言え。
     脳が命令する。きれいに微笑むことはできた。だけどもくちびるが動かない。頭とからだがすっぱりと切り離されてしまったように。できない。……できない、わからない。今自分は何を考えている? 指先が、勝手に動く。ポケットの中に手を入れる。硬いものに触れる。ボブの社員証だ。
     ボブはほっとしたような顔をする。そうか。そうだ。頭の中で筋道を立てる。なんだ、思いのほか単純だった。もう迷わない。考えなくてもいい。
    「……そうだね」
     取り出した、それを。
    「大切な人にじゃないと、言っちゃいけないんだよね」
     見せつけるように、掲げて。
    「なら大丈夫」
     へし折った。

  • 25二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 16:25:22

    応援しとるで

  • 26二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 18:01:23

    へし折っ
    た?!?!?!?!?!?!?!?!

  • 27二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 19:16:30

    しかもほほえみ装備

  • 28二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 20:22:06

    ボブ視点では疲れてそんなことしちゃったんだなこの様子じゃ大丈夫そうだいじょばなかったと恐怖のシーンだろうな

  • 29二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 20:48:24

    「そういうわけで、彼はジェターク寮が……いや、ラウダ・ニールが保護する。異論がある者は挙手して」
     誰も手を上げない。ただ、フェルシーとペトラが、お互いに顔を見合わせて、ひたすら心配そうな顔をしている。
     ……今しがたされた話によると。
     ラウダの横で俯いて、何やら顔を真っ青にしているこの清掃員__ボブは、どうやら危害を加えられたらしい。なんとかラウダが気づいて止めたからよかったものの、自分のせいで傷害事件が起きてしまったことはとても嘆かわしい。また同じようなことが起きたらいけないので、自分の部屋で匿うことにした。基本的に部屋から出さないようにするから、寮生たちと顔をあわせることはない。安心してくれ。皆には迷惑をかけないよ。そしてもちろん、『ラウダ・ニール』にとっても、彼の存在は迷惑じゃない。
     確かにボブの頬は何やら少し腫れている。それでも、いくら友人とは言っても、ジェターク社の関係者どころかアスティカシアの生徒ですらない男を、自室で保護するって。……というか保護と言えば聞こえはいいけれど、早い話が監禁では?
     しかし誰も逆らわない。何せこの冷静で理性的な顔の裏に、鋭い牙を持った眠れる獅子が、何らかのグラビティな感情を抱きながら確実に存在している。というか若干顔が見えている。フェルシーはきゅっとペトラの服の裾を握りしめた。ペトラもフェルシーの身体を抱き寄せた。
    「ないようだね。じゃあ、解散。行こうか」
     ラウダはボブの手を引いて部屋に向かう。
     問題ない。これはただ「匿う」だけで「保護」なんだから。いやでも、そっか、ラウダ先輩、やっぱりそうだったのか……。
     ジェターク寮生の心が、ぴたりとひとつになった瞬間であった。

  • 30二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:08:33

    マッチとポンプを使いこなしている…

  • 31二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:15:20

    めっちゃ好き

  • 32二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:17:36

    フェルペトがグエル追い出されたときにはなかった怯えがあるの好き

  • 33二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:21:13

    「何故こんなことを」
     怒るような、途方に暮れたような声が背後から聞こえる。ボブの表情は暗い。ラウダは振り返って、「何故?」と笑った。
    「さっき全部説明したでしょう。まだ足りなかったかな?」
    「あれこそ全部でっちあげだ、俺は」
    「嘘は一つもついていないよ。実際あなたは殴られた。ラウダ・ニールは気づいて止めた。また同じことが起きたらいけないから、あなたを『保護』することにする」
    「嫌だ」
    「あはは。ここを出て、どうするの?」
    「それは」
     ラウダの子供じみた無邪気な笑いに、しかしボブは沈黙する。実際そうだ。例えここからなんとか逃げたとしても、事務局に到着する頃には、ラウダから例の退職メールが職場に届いているのだろう。社員証も破壊されたのだから、今の職場でこのまま何事もなく働き続けられるという可能性はゼロに近い。かといってここを飛び出して彷徨ったところで、拾ってもらえる保障はない。ならば。
     ゆっくりと息を吸って、吐く。
     __部屋に置かれるならむしろ好都合だ。彼にすべてを背負わせて逃げた『グエル』に、一体どんな感情を抱いているのかは知らないが、多分恐らく、概ね好意的ではあるはずだ。……そう信じたい。であれば、ある程度は自由にできるはず。なるべく早いうちに、隙を見て端末を奪う。そしてなんとか逃げる。できるかできないかじゃない。やるしかない。
     瞳の奥にぎらぎらと炎を燃やすボブを見て、ラウダは何を思ったのか、ほうと熱い息を吐き、柔らかく微笑んだ。

  • 34二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:33:01

    「じゃあ、真っ直ぐ帰ってくるからね」
    「い、いってらっしゃい?」
     何も知らずに見れば至極冷静そうに見える顔をしたラウダを、なんだか不思議な気分になりながら見送る。ラウダは行ってきます、と言ってボブの頬にキスをした。ボブは一瞬宇宙を感じたあと、理解を放棄する。なんだそれ。新婚かよ。いやある意味新婚になりかけてはいるが。それにしたって。
     昨日は、色々衝撃的であった。
     まず一番は、部屋に入るなりナイフを渡されたことだ。何故武器を、と聞く前に、ラウダはニコニコ笑っていた。もしここから出ていくなら、その前に自分を殺してほしい、と。殺してくれないなら自分で死ぬから教えてくれ、と。冗談かとも思ったが、目が本気だった。やる。あいつは本当にやる。自分の命をも盾にして、ボブを縛り付けるということか。何故そこまで、と問おうとしたが、やめておくことにした。
     それからシャワーを浴びている時。髪を洗ってあげる、なんて言って入ってこようとするものだから全力で止めたが、その後せっけんを使おうとしたら、妙な感触を感じ、見るとボトルにジェターク社が開発している最新の小型監視カメラ(完全防水機能付き)が仕込まれていた。とっとと上がって問い詰めると、ラウダは真剣な顔で言う。溺れ死んでいなくなったら、困るでしょう。シャワーで溺れ死ぬものか。どれだけ過保護なんだ。
     __それから、眠るとき。

  • 35二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:46:18

     そういえばどこで寝ればいいんだ、と尋ねたら、当たり前のように一緒のベッドで寝ればいいよね、と返された。言いたいことが多すぎて逆に何も言えないまま呆然としていると、ずんずん腕を引っ張られてテディベアか何かのようにぎゅうぎゅうに抱きしめられた。……と、書けば、聞こえは可愛らしいが、いくら細身とはいえパイロット科の、上背も力もある男に、そうやって拘束されれば、恐怖と痛みで普通に眠れなくなる。ラウダはボブを抱きしめておよそ十秒でいっそびっくりするほどぐっすり眠り、今朝はやけに肌がつやつやしていたが、それに反比例するようにボブの目の下には色濃い隈ができてしまっている。
     ラウダの姿が見えなくなったあと、静かに扉に手をかける。開く。当然だ。そもそも内側から鍵をかけられるような機構になっていないのだから。だがここで出たところで、野垂れ死ぬだけである。しばらく考えて、部屋の方に視線を戻した。彼が学校にまでボブの端末を持って行っているかはわからない。だがとにかく、ナイフだけでは何もできない。何か探さないと。
     とはいえ、勝手にがさ入れするのも、良心が咎める。
     引き出しやらベッドの下やらなどは触れず、あくまでぱっと目につく範囲のみに絞る。すると当然ながら、何も見つからない。どうしようか、と思っていると、ふと本棚に目が行った。

  • 36二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:52:29

    ほぼ監禁されてもガサ入れするのは…となるのか

  • 37二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:57:31

     基本的に多くの書類が電子化されている中で、多量の紙を保存するための収納なんていうものは、かなり珍しいといって過言ではない。なんとなくそのうちの一冊を手に取ってみると、かなりしっかりしたつくりになっている。よくないな、と思いながら、ぱらり、と開いてみた。
    「__、」
     それは、アルバムだ。
     半数はグエル、もう半数はラウダとグエルが共に映っているもの。ちらほらと、ヴィムや他のひとが映った家族写真もある。これをラウダは、「特別」なものとして扱っているのか。もしかしてこれは、全部。
     指先が震えてそれを取り落とすのと、来室を告げるノックが響くのは同時だった。
    「っはい!」
     ボブは焦っていた。常ならばもっと警戒していただろうに、扉を開けたのは半ば無意識だった。そこにいたのは、
    「……グエル先輩」
    「お、お久しぶり、ッス」
     フェルシーと、ペトラだ。

  • 38二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 22:09:30

    「フェルシー、ペトラ……どうして、」
    「それはこっちの台詞ですよ、グエル先輩と『ボブ』は別人だって、私たちずっとラウダ先輩に言ってたのに!」
    「ジェターク社に直通しかねない相手には他人の空似で押し通すって言ってたじゃないッスか! なんスかこの状況!?」
     __そう。
     彼女たちは『ボブ』が清掃員として入ってきた初日に、グエルのことを見つけた。最初こそ二人とも大いに取り乱したが、退学処分になったこと、家を出ることにしたこと、今は職場の先輩も優しくしてくれて楽しくやっていることを、丁寧に丁寧に説明して、なんとか理解を得られたのである。もともと素直で物分かりがよくて、グエルの幸せを祈ってくれる可愛い後輩だ。きちんと説得すれば協力者になってくれた。
     フェルシーは「グエルと似た清掃員がいる」という噂を流し、逆説的に「ボブはグエルではない」と印象付ける。一番の懸念要素であったラウダとうっかり遭遇した上、流れで一緒に食事に行くような関係になってしまったのは完全に誤算だが、ペトラがラウダと直接「『ボブ』さんってどんな人ッスか?」としきりに聞くことで、グエルとボブの違いを意識させた。御三家のトップの企業で、御曹司の傍にいることを許される程度には重用されている二人がそうすれば、周りは納得するしかない。かくして割と特徴的であるはずの容姿を、「そっくりなだけ」で押し通し、グエルはここまで平和に『ボブ』をしてきたわけであった。
     過去形である。
    「俺にもわからん。週刊誌って怖いな」
    「いやそっちじゃなくて! そっちもだけど!」
    「その話はもう一か月前に聞きました!!」
     約一か月前、基本的に外部の人間は完全に無視していたグエルが、危険も承知でフェルシーとペトラに接触したのは、今後に備えての作戦会議であった。……それと、グエル先輩ラウダ先輩とデキてたんッスか!? という誤解を解き、宥めるのが半分。
     ジェターク寮でこのことを知っているのは、おそらくフェルシーとペトラだけのはず。今は授業がある時間とはいえ、人が通りかかったらまずい。あまりよくないとは思いながら、グエルは二人をラウダの部屋の中に招き入れることにした。

  • 39二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 22:42:38

     床に正座で座り込んで、三人はひざを突き合わせる。最初に口火を切ったのはペトラだった。
    「それで、何があったんスか? 全然わかってないんですけど」
    「結構頑張ってたんですけど、もしかしてバレちゃいました?」
    「それはない……と思いたい」
     グエルは腕を組む。フェルシーは「ならなおさらわからないです」と続けた。
    「あれ完全にラウダ先輩ブレーキ壊れてましたよ。何がしたんですか」
    「何もしていない、人聞きが悪い」
    「グエル先輩ならまだしも、『ボブ』をその、監禁……するほど、だなんて」
    「あやっぱこれ監禁なのか?」
    「気づいてなかったんスか!」
    「兄弟そろって鈍感!!」
     フェルシーとペトラはそろって頭を抱える。
     その様子に、グエルは状況も忘れて、少しだけ泣きそうになる。いい後輩を持ったものだ。状況も顧みず、ただ自分のことを心配して動いてくれる。まだ「グエル・ジェターク」だった時代は、多少は利害関係を意識しているんだろうと思っていたが、こうしてすべてを失ってはじめて、その献身に気づくなんて。皮肉なことだ。……グエルは気付いていないが、世はこれを現実逃避と呼ぶ。
     そこでふと、気づいた。二人の言い回しに、なんだか違和感がある。
    「なんで二人はラウダは『グエル』なら監禁するという前提で話しているんだ? それこそあり得ないだろう」
    「いやそれはまあ」
    「やりかねないからとしか」
    「ラウダはそんなことしないぞ」
    「してるんスよ今」
    「なんですかその全幅の信頼」
     ペトラはまじめに心配するような顔をして、フェルシーは若干引いている。心外だ。ラウダは冷静で理性的で、よくできた弟である。今は色々なことが重なって疲れているからこんなことに及んだだけであって、しばらくたてば落ち着くはずだ。ただその際、書類が通ってしまっていては、色々と大変なことになる。だから策を講じているだけだ。

  • 40二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:04:46

    書類!ラウダ・ニールの外堀埋め立て技能とのガチンコバトル嫌すぎる…絶対クソ手際いい…

  • 41二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:07:07

     グエルとて、まさか身分どころか戸籍もない、そもそも存在すらしない『ボブ』という人間と、ジェターク家の子で有能で、むしろなぜまだ後継者として取って代わっていないのか不思議な存在であるラウダ・ニールが、本当に結婚するとは思っていない。そう告げれば、二人は心底呆れたような顔をした。
    「出版社の方は、シャディク先輩がかけあっているらしいです。伝聞だけど」
    「私たちも色々やってみるから、任せるのだ! ……じゃなくて、任せてくださいよ!」
    「ありがとう。……信じてる」
     グエルはようやく心の底から穏やかに微笑んで、ぽんぽんと二人の頭を撫でた。フェルシーはペトラを見る。ペトラもフェルシーを見る。それから納得したようにゆるゆるとため息をついた。ああ、なるほど。こういうところか。
     それはどういうことだ、と聞こうとしたところで、ペトラが立ち上がる。「授業抜け出してきちゃったんで、帰りますね」。フェルシーもすぐにそれに続いた。ただ、ラウダの部屋を出ていく前に、ふと振り返る。
    「そういえばグエル先輩、隈酷いですよ。睡眠不足ですか?」
    「え? ああ、そうだな。昨日ラウダに抱かれてたから」
     一切嘘偽りのない言葉である。
     なのにペトラの足がぴたりと止まり、フェルシーのくちびるが半開きになった。二人は顔を見合わせて、はくはくと喉を震わせる。それから声にならない「大変ッス!」の悲鳴をあげて、たったか走り去っていった。

  • 42二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:10:30

    間違ってないけど、グエルくんの言い方が誤解を招く!

  • 43二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:17:34

    あまりにも夜眠れてないくらいなのにグエルが呑気すぎる

  • 44二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:18:22

    >>42

    隈をつくらせるほど抱いているとか怖となってそう

  • 45二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 08:39:45

    「ただいま、ボブ」
    「ラウダ」
     今日もあれこれ大変なことはあった。シャディクがキツめに締め上げたにも関わらず、しつこい記者はまだそこかしこにいるし、生徒の中でもまだ話しかけてくる輩は存在する。
     それでもベッドに静かに腰かけて、グエルと同じ顔でこちらを見つめてくるボブを見れば、すぐに疲れが吹っ飛んだ。ラウダもその隣に座って、肩に寄りかかるようにして抱き寄せる。温かい。筋肉で硬いけれど、その分頼もしい。そういえば今日はなんだかペトラがやけに挙動不審だったが、そんなことはこの存在の前では些末事である。
    「部屋には誰も来なかった? 怖いことなかった?」
    「……来ていない」
     ボブはそっと目を逸らす。その様子に何か違和感を感じたが、問い詰めるのはやめておくことにした。髪に、頬に、鼻先に、瞼に、そっとくちづけをする。柔らかくて乾いている皮膚からは、グエルと同じにおいがした。
     __彼は知らないだろうけれど。
     ボブに与えたナイフは、以前グエルが使っていたカトラリーを武器として鋳直したものだ。ボブが使ったせっけんは、以前グエルが作っていたものだ。__ボブを抱きしめて眠ったことだけは、グエルにしたかったけどできなかったことだ。
     ああ、なんて罪悪感。どうしようもない背徳感。この手で、この頭で、絶対の神を__創り出している。ボブという人間を、グエルに仕立て上げている。こんなこと、ボブにもグエルにも失礼だ。してはならないことだ。すべてを裏切る行為だ。なのに、どうしてもやめられない。
     どうしようもない悦びを感じてしまっている。
     彼を意識して「ボブ」と呼ぶのは、いわば最後の砦のようなものだ。もしボブのことを「兄さん」と呼んでしまえば、本当に、何もかも取り返しがつかないことになる。
    「おなかはすいていないかな。何か食べたいものはある?」
    「……」
    「何もないなら、学園で支給されている食事を持ってくるよ」
    「そうか」
    「大丈夫、あなたは『迷惑』なんかじゃない。全部うまくいかせてみせる」
     ラウダは微笑んでボブの頬を撫でる。
     眦の黒子の位置まで同じだな、とぼんやり思った。

  • 46二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 09:03:34

    >>45

    鋳直しまでしたのかよ……手際……

  • 47二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 11:00:54

     ラウダは貰ってきた食事をプラスチックのスプーンですくい、ボブのくちもとにもっていく。彼の顔が少し歪んだ。自分で食べられる。知っている。幾度となく共に食事をしたのだから、ボブがその境遇に見合わず、かなりテーブルマナーに詳しいらしいことはわかっている。といっても、こちらに指摘してきたことはないから、おそらくは無意識のものなのだろう、ということも。
     全部理解しているうえで、ラウダはボブにスプーンを突き出して、そうっと親指で顎を押し、くちびるを開かせた。
    「咀嚼をするのが億劫なの?」
    「何を言っている」
    「口移しの方がよかったかな」
    「本当に何を言っている!?」
     ボブはしばらく困惑と屈辱が綯い交ぜになったような表情をしたあと、ゆっくりとそれを舌にのせ、噛み潰す。ああ、でも、そうか、そうすればよかったかも。人間と雛鳥の差が明確にあるさし餌じゃなくて、あくまで同じ鳥の視点で給餌をする。それはとても素敵なことであるように思えた。そんなことをしようものなら、ボブは舌を噛んで自害しかねないから、やめておくことにする。
    「次はどれを食べる? どれがいいかな」
    「……喉が渇いた」
    「そう。はい」
     ボブはラウダの手ずから渡した水を、小さく喉を鳴らしながら飲み干す。
     んく、んく。微かな音が聞こえる度、脳の奥、胸の中、全身を突き貫くように、どうしようもなく実感がわいてくる。
     この血も肉も骨も皮膚も臓腑も、何もかもすべてこれから己の手が構成していくのだ。ラウダは震える。この腹の底から沸き上がる何かが、悪魔に魂を売る絶望感なのか後悔で縊死を選びたくなるほどの罪悪感なのか、わからずにいた。

  • 48二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 12:24:03

    餌付けされるボブ君……かわいい……好き……

  • 49二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 16:43:51

    保守

  • 50二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 19:20:20

    「それで、結局俺はどうなるんだ」
    「選択肢がある。一緒にジェターク家を出て駆け落ちするか、あなたがジェターク家に入るか。別に家を捨てるくらい構わないし」
    「実質一択じゃねえか!」
     ボブは頭を抱える。
     返答の中に含まれた「後者を選ぶ」という意味を汲み取ったラウダは、表情の抜け落ちたような真顔を柔らかな微笑みに変えて、そうだね、と言って向き直った。
     彼は聡明だ。何をしたらどうなるか、きちんと考えて行動できる。もしラウダが行方不明になったら、明確な後継者がいなくなったジェターク社が大変なことになるのは、その内実をよく知らないボブにだってわかるだろう。かつて食事をする際の誘い文句の大半が「やることが多くて疲れた。話を聞いてほしい」だったのを鑑みると、それとは別にラウダ個人に様々な仕事が割り振られていることだって推測できるはず。そのあたりを、きちんと理解しているのだろう。
     ラウダはそれを知っていた。だからもちろん、と返し、情報端末をとりだす。一瞬ボブの肩が跳ねる。どうやらボブのものではなく、ラウダの私物であるらしい。数度スクロールすると、すっとボブの前にその画面を差し出してくる。
     ボブは訝しむような顔でそれを見やった。だがその内容を見て、内容を完全に理解した瞬間、最早悲鳴じみた驚愕の声をあげる。
    「養子縁組……!?」

  • 51二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 19:45:55

    「正確には養子縁組じゃないよ」
     今日色々なところに掛け合った。ラウダにとって彼は『迷惑』じゃないと、納得させられるように。そしてようやく見つけた。ジェタークの子会社のひとつ、なんでも元はグエルが行くはずだったのに、予定が狂ったとかどうとかで、ヴィムも扱いに難儀していたところ。
    「新しく戸籍を用意した。最初から、ここの子どもだったということにする。ラウダ・ニールは『清掃員B氏』とではなく、彼と結婚する。そういうことになるんだ」
    「な……、」
    「このまま提出してもよかったんだけど、サインの筆跡が同じだと怪しまれちゃうから。書いてくれるよね」
     ボブは後ずさる。
     あまりに、早すぎる。なんで昨日の今日でここまでできるんだ。いや、『グエル』のやったことの皺寄せか。それなら完全に自業自得である。ラウダが距離を詰める。見開かれた目がぱちぱちと瞬きをするたびに、柔らかな睫毛が、微かにラウダをくすぐってくるほど。触れた胸から鼓動が、少しだけ開いたくちびるから漏れ出る息が、やけにくすぐったく感じる程に。
    「拒否したら」
    「できるならしてみてよ」
     目を、細める。父によく似た茶色が、金色に輝く。ボブはひゅっと息を吸って、俯いた。
     ……できっこない。サインをしたらそれこそ、筆跡でバレかねない。それ以上にここに名をかいてしまったが最後、本格的にラウダとボブ__いやボブではない別人になるらしいが__は結婚する運びになる。後で正気に戻ったラウダに、そんな瑕疵をつけるわけにはいかないのだ。
     息を、吐き出す。
     とにかく、説得せねば。
     ボブはラウダを見据え、真っ直ぐに向き直った。

  • 52二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 20:00:00

    「サインはしない」
    「何故。いくら同じ会社の人間でも、血のつながりはないのだから結婚しても問題ないよ。むしろジェターク社としての統率がとりやすくなる」
    「……、それでもラウダとは結婚しない」
    「ならば殺して。あなたの傍にいられないなら、この生に意味はない」
    「だから極端すぎる! ラウダには、俺がいなくても、素敵な友達が、信頼できる仲間が、責任をもってすべき仕事があるはずだ。お前はそれを放り投げるのか」
    「放り投げさせないで。確かに友達も、仲間も、仕事も、かけがえのないものだ。だけどもあなただって、手に入れたい唯一無二なんだよ。あなたが頷いてくれれば、それでいい」
     一息に言い切ると、ラウダはボブを抱き寄せる。触れた部分は熱くも冷たくも感じなくて、ああ、同じ体温をしているんだ、と感慨もなく思った。ボブは握りしめたままだった端末とペンをベッドの上に取り落とす。意志どうこうというよりは、単純にそれが邪魔であったから、というようにも見えた。
    「どうしてそこまで」
    「ボブのことを愛しているから」
     ボブはそれを聞き届けると、しばらく黙り込む。それからラウダを振り払って、ゆっくりと立ち上がり、本棚に近寄る。
     __これはボブにとって、半ば賭けだった。
     手に取ったそれは、
    「アルバム……?」

  • 53二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 21:06:02

     見覚えは、もちろんある。ラウダが指示してわざわざ作らせたアルバムだ。ボブはそれを持って戻ってくると、再びラウダの横に腰かける。彼はラウダの膝の上にアルバムを置くと、ゆっくりとページを捲った。
     初めてであったころの写真。
     誕生会でケーキを頬張っている写真。
     学園に入学した記念に撮った写真。
     グエルがホルダーになったときの写真。
     ……よくないな、とは思いながら、たまたまうとうととお昼寝をしてしまっていたグエルを、隠し撮りした写真。
     どれもこれも、ラウダの大切な思い出だ。ボブは無言で、見せつけるように、ぱらぱらとそれを見せつける。蘇る。あの時はああだった。この時はこうだった。じわり、と涙が出てくる。あの時は楽しかった。この時は幸せだった。
     もう会えないのに。
     ぽたり、と。何も貼られていないページに、一粒の涙が落ちる。じわりと広がって染みを作る。ラウダの肩が震えて、ボブはそれを、優しく撫でた。そうして努めて穏やかな声で、言い聞かせるように語り掛け来る。
    「行方不明になったお兄さんの話、よくしてたよな」
    「……うん、大切な、……だいすきな、兄さん」
    「ラウダがこんな暴走したって知ったら、きっと悲しむだろう。えっと……話を聞いてる限りでは……グエル……サン……は、ラウダを大切に思っているから」
    「うん、うん……」
     ラウダはぽろぽろ泣いて、ボブの胸に顔を埋めた。兄と同じにおい。兄と同じ声。兄と同じ体温。兄と同じ姿でそんなことを言われると、まるでグエル自身に、肯定されているように感じる。だけど。
     ラウダの頭の中で、ずっとぐるぐると渦巻いていた部分が、ようやく何か、収まったような気がした。

  • 54二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 21:30:24

    「……ごめんなさい。色々、許されないことをした。養子の件はまだ、内密に、『助けになれるかもしれないから名前を貸してほしい』って段階だったから、取り消す。埋め合わせはなんとかするよ。あと、社員証の件も、職場の方に謝りにいく」
    「いいんです。いいんですよ」
     本当に。
     心底ほっとしながら、ボブはラウダの頭を撫でる。ラウダは少しむくれて、ボブに軽く頭突きをした。
    「口調は前のままがいい。友達じゃないか」
    「いや、そういうわけにもいきません。ラウダ様と俺じゃ全然立場が違うから」
    「ううん。立場の差で、あれこれしようとしたんだから。ボブにそういう態度をとられると、悲しい」
    「そうですか、……そうか。そんな顔をするな。俺は気にしていない」
     ボブは再び口調を崩す。ああ、やっぱり、……好きだなあ。グエルはラウダにとって憧れの、理想の存在だったけれど、ボブは等身大の、柔らかさと優しさをもった隣人だ。好きだ。叶うことならばそばにいたい。
     だけども「権力で無理矢理囲い込む」なんて形をとったら、一生本当にほしいものが手に入りっこないなんて、なんでずっと気付かなかったんだろう。
     ラウダが柔らかく微笑む。それでボブも笑って、なんてことないように言った。
    「お兄さんからジェターク寮を頼まれたんだろう。頑張れよ」
     ラウダは顔を上げる。
    「……いつ、あなたに『兄さんにジェターク寮を任された』なんて言った?」

  • 55二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 21:32:45

    ヒエッ

  • 56二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 21:34:22

    デデーン!

  • 57二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 21:51:52

    丸く収まりそうだったのに(震え声)

  • 58二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 21:52:03

    「え、あ、えっと、それは」
    「あなたにそれを言ったことはなかったはず。どうして知っているの?」
    「い、いやその、ほら、お兄さんが寮長であったことから推測できることだろう!」
    「前寮長が兄さんだってことも言っていないよ。そもそも、憧れていた、行方不明になった、ということ以外は、極力あなたに兄さんのこと話さないようにしていたから。仮に察していたとしても、そこから『頼まれた』なんて言葉は出てこないはず」
    「フェ、フェルシー様とペトラ様に……教えられて……」
    「どうして『何があったのか事情を聴きに行った』あの子たちとそんな話をするくらいに仲がいいのかな。それ以上に、位置と声の響きからして__兄さんがジェターク寮を任せると発言したのは、誰も知らないはず」
     聞いたラウダ・ニールと、言ったグエル・ジェターク以外は。
     ボブは__グエルは、半ば無意識に一気に距離を取る。ベッドの端、壁にぶつかって、止まる。ラウダは今度は近寄ってこない。ただ、目を限界まで見開いて、瞬きすらせず、じんわりと口角を吊り上げ、微かに頬を上気させ、『グエル』『ボブ』がどちらも今まで見たことのないほど__何故か、悍ましく感じる笑顔を浮かべる。
     なんだ、本当に、最初から悩む必要なんてなかったんだ。ラウダはボブが好きで、グエルが好きで、それで悩んでいたけれど……でも、だって、ラウダが愛した二人は、おなじ一人だった。ならば。
     グエルの頬に触れる。なぞる。この線も、この声も、この優しさも愛しさも。
     ラウダの大切な兄さんは、こんな近くにいたのだ。

  • 59二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 22:03:35

    よし!ハッピーエンドだな!(白目)

  • 60二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 22:12:28

     完全に逃げ場をなくし、冷や汗を流すだけとなったグエルを抱きしめる。名前が違っても、戸籍が違っても、物理的な場所も社会的な立場も、何もかも違っても。グエルはラウダを見つけて慈しんでくれるし、ラウダはグエルを見つけて好きになる。これを運命と呼ばずになんだと呼ぶのだろう! 
     ラウダはすこぶる、機嫌がよかった。
     硬直してしまったグエルの後頭部を掴み、目を逸らせないようにして、じっと見つめる。グエルは澄んだ空色のひとみを焦りに揺らしながら、なんとかラウダを見返してきた。
    「ねえ兄さん。だいたい察しはつくから、どうしていなくなったのとは聞かない。なんで何も言わずに行方をくらませたのかと怒らないよ」
    「あ、……ああ」
    「ただね。冷静に、理性によって、考えてほしい」
    「ああ」
    「血のつながりがあるのだから身体をつなげても問題ないよね」
    「ああ!?」
     グエルはパーメットスコア7で身に迫ってくる危機にようやく気付き、ラウダを突き飛ばして逃れようとする。逃げられない。ちょっとびっくりするほど力が強い。というより、ラウダが本気で捕まえにきているのに対し、グエルは実弟に対して全力で暴れることに躊躇している、という方が正しい。
     ラウダは微笑む。大丈夫だよ。何がどう大丈夫なのかはわからないが、とりあえずグエルも引き攣った笑みを浮かべた。
    「兄さんに酷いことはしない」
    「そ、そうだよな、ラウダ。俺とお前は兄弟だもんな」
    「うん。もちろん。だから安心して。天井の染みを数えていれば終わるよ」
    「何がだ!?」
     ……余談ではあるが。
     そもそもが清潔なジェターク寮で、本人も潔癖なラウダの部屋の天井に、染みなんてものはない。
     そしてそれは、ラウダもまた、重々知っていることであり__

  • 61二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:03:00

     グエルは昔、兄弟で見たホラー映画を思い出していた。
     怖くてわんわん泣いていたラウダを必死になだめながら、グエルもまた実は、ちょっと、だいぶ、怖かった。今思えば偽物だったのであろうが、人間の脳をアイスクリームにするように掬い取って、腐った肉を引っ張り出して千切って、臓腑を啜って。あくまで管轄としてはスプラッタではなく「ホラー」の範疇であるため、音響はかなり安っぽかった。そう、ちょうど、今しがた、聞こえてくる音に似ている__
    「兄さん、どこを見ているの」
    「ひゅ、ひュ、」
    「本当に天井の染みを数えているの?」
     ラウダはグエルを見る。応えなければ。そう、勝手にいなくなってごめんなさい、と言わなければ。まだ謝れていない。喉が痙攣する。陶然。恍惚。どちらも違う。理解不能な事象が起こった際、諦めるために放出された脳内物質に浮かされる。それ。多分それだ。
     ちなみにだいぶ前に出てきた鼻血のせいで、グエルは現在口呼吸しかできない。ラウダは幼子が虫の手足を千切って遊ぶように、無邪気に無垢に残酷に、グエルを追い詰めていく。ただひとつ違うこととすれば、
    「ねえ、こっちを見てほしいな」
    「ラウダ、俺は」
    「『ラウダ様』じゃなくていいの?」
    「……らうらさま……」
    「あ、やっぱやめて。胸が痛くなってきた」
     数時間に及ぶ格闘と『説得』の末、グエルがだいぶ協力的になっていることであろうか。
     罪悪感や引け目があった上に、そもそもジェタークは一族単位でチョロい。今となってはグエルは、冷静(?)に理性的(?)に考えたうえで、ラウダと『不健全極まりない爛れた関係』、『熱い夜』をしている。きちんと俯瞰すれば何かがおかしいことに気づけようが、今のグエルにはそんな余裕はなかった。
     偶像ですらない本物の神に触れながら、ラウダはそうっと彼の頬を撫でた。黙って、微笑む。グエルはくちびるを半開きにさせたまま、震える。この顔も兄さんだ。全部が、全部、兄さんなのだ。
    「あなたを愛してる。あなたも愛して」
     ラウダはグエルを見つめる。
    「進んで『ラウダ』を捨てるくらいなら、逃げることを選んでほしい、なんて、酷かな」
     泣きそうな頬を撫でる。
    「どうか、傍にいて」
     グエルは__何によってかは最早わからないが__赤くなった顔で、頷いた。

  • 62二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:14:39

     翌日。
    「ああっもう、寮には寮生以外基本立ち入り禁止だって言ってるじゃないですか!」
    「あんまりしつこいと警備員さん呼びますよ!」
    「そんなこと言わないで」
     フェルシーとペトラは、寮にまでやってきているパパラッチを追い払うため、必死に言葉を重ねていた。こんな時に限ってカミルのようなたよりになる大男はいない。だがだからと言って、威圧に屈するわけにはいかない。
     グエルに頼まれたのである。
     『ボブ』として生きるために、協力してほしいと。
     それ以上に、二人はグエルがスレッタにプロポーズした例の件を覚えている。故に協力するしかないのだ。再びフェルシーが「だから」と声を荒げようとしたところで、ふいに、記者の目が見開かれた。
    「うちの寮に何か用ですか」
     ラウダの声だ。
     うわ出た。決して抱いてはいけない感想を抱きながら、ペトラが恐る恐る振り返ったところで、固まる。その様子に疑問を抱いたフェルシーもまた、くるりと視線だけを後ろに向けて固まった。
     ラウダ・ニールの後ろに、清掃員B氏__ボブ、グエル・ジェタークが立っていた。

  • 63二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:28:41

    「おお、ラウダさん! と、そちらは……ああ、昨夜はお楽しみだったということか? ちょうどお話を伺いたかったんです」
    「ラウダ先輩とぐ……ボブさんはそういう関係じゃないッス!」
    「言いがかりはほどほどにしてください!」
     記者はきゃんきゃん吠えるフェルシーとペトラは無視し、ラウダにだけは低姿勢になって、端末を取り出す。録音機能が起動するのをしっかりと確認してから、ラウダは腕だけでグエルが出てこようとするのを制した。
    「先にあなたがたが言いそうなことを言っておくけれど、身分差がある二人きりで食事をしているから交際、だなんて、違いますから」
    「いやいや、一般的に考えて」
    「違います」
    「え」
     突然ラウダに視線を向けられて、グエルは間抜けな声を出す。記者もよく意味が読み取れなかったのだろう。「違う?」と鸚鵡返しのように質問を繰り返した。
    「何回か食事に誘って、相手にしてもらえるだなんて、そんなことなかった」
    「あ、相手に?」
     ラウダは心底悲しそうな顔をする。
    「ずっと『特別な感情』があるって思ってたのに、この人は鈍いんですよ」
    「ちょっとまてラウダお前何言って」
    「この記事がきっかけで意識してくれたなら幸いですけど」
    「止まれ止まれ止まれステイステイステイ」
     ハッと意識を取り戻した記者が、すかさず質問を挟む。
    「つ、つまり、ラウダさんは、彼に、こ、好意を?」
     プロ根性もキャパシティーをオーバーしてすっとんでしまったらしく、声がかすれて、ところどころ飛んで、聞き取りづらい。ラウダはゆっくりと頷いた。
    「何か、悪かったかな?」
     グエルが、フェルシーが、ペトラが、呆然とくちを半開きにさせた。

  • 64二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:33:42

    親の顔より見たアクセルベタ踏みラウダだ!!!

  • 65二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:42:44

    「で、ですが、ラウダさんにとって、迷惑なのでは」
     言いかけた記者のくちが、止まる。
     フェルシーとペトラはそうっと振り返り、直後振り返ったことを後悔した。
     見ただけでSAN値が減るたぐいの形相で記者を睨むラウダが、そこには在った。
    「それを決められるのは、他の誰でもない__『ラウダ・ニール』ただ一人ではないか」
     そうして、唖然としたままだったグエルの腕を、ぎゅっと掴んだ。
    「それに、隣にいるのは、彼じゃないと嫌なんだ」
     ラウダはぼんやりと、あの記事のことを思い出していた。
    『ラウダ氏はそんなB氏を愛おしげな視線で見つめ』__
     なるほど、全て間違いだという言葉は撤回せねばならないかもしれない。だってラウダは、幾度となく同じテーブルを囲む中で、いつしか無意識のうちに、「次の約束」を期待するようになったのだから。その部分だけは、多分確かに、正解だった。
    「じゃ、フェルシー、ペトラ、先に行ってて。彼の職場に顔を出してから追いかけるから」
     それだけ言い捨てると、ラウダはすたすたと歩み去ってしまった。
    「あ、ま、待ってください! おいてかないでほしいッス!!」
    「私たちも連れてってくださいよ~!」
     フェルシーとペトラも、慌てて追いかける。それをさらに追いかけようとした記者は、端末を立ち上げたところで、新たなメッセージが届いていることに気づいた。
    『週刊アスティカシア編集長/一部記者の更迭について』
     脳裏で、知らないはずの金髪褐色の男が、こう__ひどく悲しくて今にも自害してしまうのではないかというのが半分、いやその前にあらゆるものをめちゃくちゃにしてからしまうのではないかというほどの怒りを堪えるのが半分、取り繕った結果いかにも沈痛な面持ちになりました、といった表情をしていた。

  • 66二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:52:59

    「ラウダ!」
    「どうしたの?」
     職場近く、例の森のあたりまで来たところで、ようやく我に返ったグエルは声を荒げた。ラウダは何事もなかったかのような口調で、凪のように落ち着き払っている。
    「どうってさっきの、」
    「何で?」
    「いやだって」
    「全部事実になったんだから、構わないでしょう?」
    『ラウダ・ニールとB氏(18)。この二人が不健全極まりない爛れた関係であることがわかった』
    『普段気難しげなラウダ氏も、二人きりの時は楽し気に笑いあい、周囲の視線など気にする様子もなく、固く手を繋いで正門の方向へ』
    『ラウダ氏はそんなB氏を愛おしげな視線で見つめ、彼を連れてジェターク寮に帰る。そうして、熱い夜を__』
     ラウダは心底当たり前、といった表情で続ける。色々言いたいことはあったが、例の記事の文言が次々頭をよぎり、閉口する。それをどう受け取ったのか、ラウダは再び歩き出した。
    「職場に諸々の説明が終わったら、回らないお寿司に行こうか」
     引きずられるように歩いていたグエルは、ふと、そんな約束をしていたことを思いだす。__なんだか、足元がふわふわする。これが何に起因するのかまでは、わからないけれど。
    「考え事?」
    「なんでもない」
    「……一応言っておくけど、とりあえずは『ボブ』に仕事を続けてもらうけど、必ず定時であがって帰ってきて。じゃなきゃ」
    「なんでもない!」
     騒ぐ二人が本来徒歩三分の距離にある事務局にようやく辿りつくのは、それからたっぷり十分はたったころだった。

     決闘委員会、ラウンジにて。
     エランはさっさと逃げた。セセリアはロウジを連れて、ロウジはハロを連れて、わざとらしく授業に向かった。故にその場には、シャディク・ゼネリと、ラウダ・ニールと__その間に、一冊の雑誌だけ。
     シャディクは開かれたページの見出しを指さして、こてりといっそあざといくらいに愛らしく首を傾げてみせた。
    「この内容は本当?」

    『ラウダ・ニール大勝利! 希望の未来へレディゴー』
    『愛する人と結ばれたラウダ氏に、祝福の声!』

     いつぞやと同じやり取りをして、ただしその返答に、ラウダが「勿論。そうだけど」と大きく首を縦に振ることになるのは、それから二か月後のことであった。

    __END

  • 67二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:56:31

    ハッピーエンドだ!やった!
    めっちゃ萌えました。完結おめでとうございます!

  • 68二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:57:39

    まさかのハピエンにたどり着いたーお疲れ様でした

  • 69二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 23:58:16

    はー最高のエンドをありがとうございました!
    いつも更新楽しみにしていました
    連載お疲れ様でした!

  • 70二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 00:00:57

    最高でした!!!!大好きです!!!

  • 71二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 00:02:29

    とりあえずはと言っているからそのうちボブは理性的に説得され職場辞めるのでは?

  • 72二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 00:03:32

    ヤンデレラウダの描写萌えましたずっと更新されるたびに楽しみました最後まで見せてくれてありがとうございます

  • 73二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 00:10:09

    元スレのレスいい感じに取り込んでて面白かったありがとう!
    「ラウダはそんなことしないぞ」「してるんスよ今」のとこかなり好き

  • 74二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 00:11:15

    まさかのハッピーエンドだ!お疲れ様でした!

  • 75二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 02:15:17

    最高!面白かったです!完結おめでとうございます!!

  • 76二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 02:17:17

    すごい…固唾をのんで見守ってました…!!
    素晴らしいラウボブ(グエ)ありがとうございます!!

  • 77二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 09:29:31

    一族単位でちょろいジェタークw
    コマす方に回れなかったグエルの負けだな

  • 78二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 11:42:41

    >>77

    無意識だけど元々先に相手落としたのはグエルだから

  • 79二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 13:25:21

    今後定時で上がれなかった場合はその…ナイフ案件になっちゃうんでしょうか…
    報連相で回避可能であれ!(祈り)

  • 80二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 13:27:04

    >>79

    トラブルで定時で上がれない時真っ先に連絡させてくださいと鬼気迫る顔で言っているボブ、職場の人に心配されそう

  • 81二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 22:36:22

    この小説では鼻血は出したけどあんまり感じてなさそうだったけど罪悪感で流され調教されていくうちにかんじやすい体に改造されそう

  • 82二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 23:33:19

    監禁ルートが本編よりマシだったとはこのリハクの目をもってしても

  • 83二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 08:23:05

    もうずっとボブでいい…

  • 84二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 16:53:58

    このルートならラウダもグエル社長として前向きに頑張っていけそうだしこれでいい

  • 85二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 23:07:54

    >>83

    あんなことになるならもうボブジェタークでいいわ

オススメ

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