- 1二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:48:09
「トレーナーさん、明日なんですが共にひかたを求めていただいてよろしいでしょうか?」
新年が明けてから数日後の話。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーはオフの前日にそう問いかけてきた。
年末年始はお互いに帰省もしなかった。初詣も学園の近くだったし、少し足を伸ばすのも良いだろう。
「構わないよ。ひかたを求めるってことは、またあそこで良いかな?」
「ええ、また自然を味わいたくなってしまって、明日の予定は凪だったでしょうか?」
「問題なし、それにキミより優先する予定なんてあまりないからね」
「まあ……ふふっ、おぼせな物言いがお上手になりましたね?」
ゼファーはそう言いながら、嬉しそうに微笑む。
念のためスマホで目的地の年末年始の予定を確認する、幸い、通常営業に戻っていた。
彼女も画面を覗き込み、明日の待ち合わせ場所や時間、食事の予定などを合わせておく。
チケットの事前予約も済ませて、これで一息。
「これで良し、と。じゃあ今日は明日に備えて、解散ということで」
「何から何までありがとうございました。私にとっての初東風になりそうです」
「俺も明日が待ち遠しいよ」
そうして、その日はゼファーは寮へ帰っていった。
俺も今日の仕事は軽く済ませて、いつもより若干早めに帰宅することにした。
そして翌日――――俺達は以前ゼファーと共に訪れた動物園にいた。
「まあ、新年から相も変わらず饗の風の賑わいですね」
「世間ではまだ正月休みの家庭もあるだろうからね」 - 2二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:48:32
とはいえ大混雑というほどでもなかった。
初売りや大きな神社の初詣などの惨状と比べればむしろ空いている方と言えるだろう。
さて、ここからの展開は大体予想がついている。
気がつけば隣にゼファーはおらず、俺はそれを探しに行くという流れだろう。
恐らくはまた前回と同じように隅っこの休憩所だろうか?
そう思いを辺りを見回そうとした矢先、くいっと服の袖が引かれた。
「あの、トレーナーさん」
「――――って、ゼファーがいる!?」
「……どういう風向きなのでしょうか?」
ゼファーは俺の袖を掴みながら首を傾げた。
前回のインパクトが強すぎて、自動的にいなくなるものだと勝手に思っていたようだ。
いくら気ままなゼファーとはいえ毎回勝手に動くわけでない、かな。
「すまない、驚かせたね。それでどうしたの?」
「ええ、少し共に流れていだきたい風道がありまして」
そう言いながら、ゼファーは近くの柱に掲示されている一枚のチラシを指さした。
彼女の示す先に目を向けると、そこには『ふれあい広場』と書かれていた。
どうやら新年特別企画ということで、とある動物に直接触れあることができるようだ。
「どうやら、すでに長風が吹き始めているようなので」
「あー、確かにゼファーは一人で行列に並ぶとか苦手そうだしなあ……ふふっ」
一人で並び、風に惹かれて列から外れてしまうゼファーを想像して思わず笑ってしまう。
そうな俺の姿に何を考えてるのか察したのか、彼女は唇を尖らせて、抗議する。
「……私は綿毛のたんぽぽさんじゃありませんし、並んでいて飛絮になんてなりません」
「あはは、ごめんごめん、それじゃ早く並ぼうか」 - 3二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:49:00
2、3回列から勝手に離脱しようとするゼファーの手を掴んで阻止すること数十分。
ようやく俺達の出番がやってきた、後半はもはや手を繋ぎっぱなしになっていた。
係員の人に案内されて広場の方に向かうと、そこにはたくさんのウサギが楽しげに跳ね回っていた。
「これは、すごいなあ」
「ええ、私も一度にこんな数のぴょんぴょんさんを見るのは初風です」
うずうずと珍しく待ちきれないという様子を見せるゼファー。
繋いだ手を離してあげると、駆け足で広場の中心部へと向かっていく。
そんな彼女に数羽のウサギが近づいてきて、その周囲を元気よく駆け巡っていく。
「る~ら~ら♪ ふふっ、ぴょんぴょんさん達は、とってもダンスがお上手ですね?」
ウサギとともに歌い踊るゼファー、さながらファンタジー映画のワンシーンのよう。
一緒に入ってきた他のお客さん達も、しばらく彼女の姿に見入っていた。
やがて彼女はその場で座り込んで、うさぎを抱き寄せる。
「きゃっ……悪戯好きな子ですね? ふふっ、毛並みもふわふわでとっても東風です」
ゼファーの顔を舐めるウサギを窘めつつも、その撫で心地に顔をほころばせている。
並んでいる途中で話していたが、彼女の中でウサギは好きな動物の上位に位置しているらしい。
しかし、彼女の実家の方ではウサギを見かける機会はあまりなかった。
ゼファーにとって、今回は予想外の好機だったというわけである。
「今日は来て良かったね、ゼファー」
「はいっ! トレーナーさんも楽しん……えっと、ずいぶんと暴風で」
「うん、この有様なんだけど、気にしないで良いよ」
一応来たからには一羽膝に乗せてみたものの、執拗に首を狙ってペチペチとパンチを食らっていた。
俺の前世は異世界の冒険者だったのかもしれない。ある意味こっちもファンタジーのワンシーンだな。 - 4二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:49:21
流石にこの状態はウサギにも悪い。
放してあげると、その子は文字通り脱兎の如く走り去っていった。
「えっと、しなとは必要でしょうか?」
「いや怪我とかはしてないから。どうもあのくらいの大きさの動物が苦手でね……」
その苦手意識がもしかしたらウサギにも伝わっていたのかもしれない。
俺の言葉を聞くと、今まで楽しそうな笑顔を浮かべていたゼファーの顔が陰る。
彼女の顔を見て、俺は自分の失策に気づいた。
「……あなじと言ってくだされば。すいません、私のために」
「いやいやいやいや、俺もウサギは見たかったし、ゼファーは全然気にしなくていいんだ」
と、取り繕ってみるが、挽回は難しい。
ゼファーは心優しい子だ、この状況ではどうしても気にしてしまうだろう。
俺としては純粋にウサギを楽しんでもらいたいのだが……。
「よし、いい機会だし、俺も苦手の克服をしてみるよ」
「あっ、はい、でも夏に凩を吹かせようとしなくても大丈夫ですからね?」
無理はしなくていいという彼女から視線を外し、周りを見回す。
飼育員さんに聞ければ一番良かったが、他のお客さんなどと話していて難しい。
仕方ないのでスマホで検索をかけてみる。雑多な情報の中、一つだけ気になる情報を見つけた。
「へえ、ウサギってエアコンとかの人工的な風が得意じゃないみたいだね」
「そうなんですか、ふふっ、私もぴょんぴょんさんもお揃いなんですね?」
正確には強制的に風を浴び続けるとがストレスになるということらしい。
俺はあることに思い至り、膝の上でウサギを撫で回すゼファーを見た。 - 5二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:49:44
「ゼファーとウサギってなんか似てるかもね」
「……そうでしょうか? 悪風には感じませんが、あまり言われたことはないですね」
ゼファーの大きな二つ結びの髪型も、伏せられたウサギの耳と見立てれば似ている。
そして、ウサギにはなんか勝手気ままなイメージがある、そこも彼女みたいだ。
また、ウサギは案外足が早い。これはウマ娘全般にいえる話ではあるが、共通項ではあるだろう。
考えてみれば、苦手意識よりも親近感の方が勝ってきたかもしれない。
タイミングの良いことに、別のウサギが俺達に近づいてきた。
「よし、じゃあ俺はウサギのことをゼファーさんって呼んで、接してみることにするよ」
「……まあ、それはまた、冬に白南風を吹かすようなことを」
「はは、物は試しと言うことで、おいでゼファーさん」
本物のゼファーの隣に座り込み、やってきたウサギに声をかける。
ゼファーさんと呼ばれたウサギは困惑したように足を止めるが、やがて俺の膝の上にぴょんと飛び込む。
「おおおっ」
「ふふっ、ではそのまま、微風のように優しく、凪ぐように静かに撫でてあげてください」
「あっ、ああ……うわ、本当にふわふわだ……」
ゼファーに言われるがままにウサギを撫でると、ウサギは気持ち良さそうに目を細める。
その様子と、ふわふわとした毛並みの触り心地に、俺の表情も思わず緩んでしまう。
「すげえ、無限に触っていられるよこれ」
「トレーナーさんもひよりを感じていただけているようで、いせちです」
「俺もちゃんと触れ合えて本当良かったよ、いやー、ゼファーさん滅茶苦茶可愛いなこれ……」
「……ッ!? あっ、そっ、そうですね、どちらのウサギさんもとっても愛らしくて」
ゼファーは急に取り乱し始める、顔も赤いし、寒くなってきたのかな。
そんな俺達を知ってか知らずか膝の上のウサギは、俺の胸のあたりを目掛けてぴょんと飛んだ。 - 6二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:50:10
「うおっ!? こいつすごい人懐っこいなあ」
「ト、トレーナーさんが凱風だってことを、ちゃんと感じ取ってくれる良い子なのでしょう」
ゼファーは調子を取り戻すと、安心したように優しく微笑んでくれた。
これで何とか彼女に変な気を遣わせずに済みそうである。
このウサギ、いや、ゼファーさんにも感謝してやらないとな。
……というかこいつ凄いすり寄ってくるな。
「ゼファーさんちょっと近くないか、ああ、でも暖かくて気持ち良いなこれ」
「ぴょんぴょんさんの体温は温風のようですからね、湯たんぽみたいです」
「わっ、ははっ、それに凄い顔舐めてきて、くすぐったいな」
「……本当に人懐っこい子で、東風でしたね」
「わっぷ、口を舐めるのはやめてくれよゼファーさん、ハハ、ベタベタにされそう」
「…………少しばかりあからしまが過ぎるのではありません?」
「これくらい大丈夫だよ、というかあごで擦ってきたり、尻尾の裏見せてきたりなんだろね」
「………………」
ちょっと行動の意味でも調べてみるか、と思ったその刹那。
嵐のような旋風が吹き荒れた、気がした。
思わず顔を上げるが、周囲にそんな風が吹いた様子はない。
そもそも風なんて今日は軽風程度しか吹いていない、だけど何故か強風が吹いた気がしたのだ。
ゼファーなら何か知ってるかもと思い、彼女の方を見る。
――――ターフでライバルを見る目をしたヤマニンゼファーが、こちらを見ていた。
その修羅の空気を察したのか、先ほどまで彼女の近くにいたウサギ達は退避している。
突然の変貌で息すら忘れそうになる俺に、彼女は何かに気づいたように声をかけた。 - 7二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:50:32
「……あら、ぴょんぴょんさん達が、いなくなってしまいましたね」
「あっ、ああ、ってかゼファーなんかあったのか?」
「至って凪です。トレーナーさん、宜しければその子を少し触らせてくれませんか?」
「ゼファーさんを? ああ、それは構わないけど」
ゼファーの要望に対して、俺はゼファーさんを優しく抱えて彼女の方を向かせる。
目と目が合うゼファーとゼファーさん。
数秒の硬直。
ゼファーさんはブッ! と大きく鼻を鳴らしてから、俺へと向き直り再度すり寄り始めた。
ウサギってこんな音出すんだぁ……。
ここまであからさまに拒否されたら、流石にゼファーもショックだろうか?
少し声をかけておこうと思い、彼女の方へと視線を向けた。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ♪」
すごい笑ってた。
初めて見るかもしれないくらいに、力強い彼女の笑顔だった。
多分おもしれーヤツという意味の笑顔なのだろう。
とどめを刺すのは最後にしてやるという意味ではないかという疑念は、多分俺の勘違いだ。
直後飼育員の人が、時間終了を知らせる声を上げる。
ゼファーさんはなかなか離れようとせず、最後には飼育員さんに引き剝がされた。
名残惜しい気持ちもあったが、それ以上に隣のゼファーが怖かったので、離れた時はとても安心した。
……自分に懐かず、俺に懐いたウサギに思うところがあったのだろう。
やっぱりゼファーも年相応に子供っぽい女の子なんだなあ。
なんだよなあ? - 8二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:50:52
正月企画の記念品として、ウサギの尻尾を模したキーホルダーを貰った。
当然材質は本物なんてことはなくポリエステル製のものだ。
一人一個ずつ、二つともゼファーにあげようかと思ったが、彼女は手を叩いて提案をする。
「トレーナーさん、この便風を腰につけてもらっても良いでしょうか?」
「……えっと、俺の腰ってことかな?」
「はい、トレーナーさんから見て西風の方角の辺りですね」
方角の判断に迷ったが、彼女の指差す左側のベルトの位置に俺はキーホルダーを付けた。
歩きながら、言われたままに付けてみたが、これはどういう意図なのだろう。
「トレーナーさんの腰の位置がこの辺りですので、私はこの辺りで光風ですね」
そう言いながらゼファーは自身の上着のボタンの穴のところにキーホルダーを付ける。
ちょうど、俺がベルトに付けた高さくらいである……何をしようとしてるんだろう。
がさりと、何かの物音。反射的に音の位置へと視線を向ける。
いつの間にか先ほどのふれあい広場の外側に来ており、金網の向こうには一羽のウサギがいた。
「あの毛並み、ゼファーさんか! 見てよ、見送りに来てくれたみたい……ってうわ!?」
ふわりと、ゼファーが俺の左腕に抱き着いた。
カツンとキーホルダーの金属部分通しがぶつかり合う音がする。
それ見たゼファーさんは後ろ脚をダン! ダン! と叩きつけ始めた。
「ゼ、ゼファー? 何かあったか? 躓いたりしたのか?」
「ふふふっ、これは尻尾ハグですよ。お互いに同じ尻尾を持ちましたし、良い時つ風でしょう?」
これは尻尾ハグというか尻尾サンドとになってはいないだろうか。
しかしそんな疑念以上に、ゼファーの温かさと柔らかさが心の平穏を激しく乱すのだった。 - 9二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:51:13
「ゼファー! 流石に人前でこれは……!」
「――――トレーナーさん、一つ質問です」
流石に注意しようと思った矢先、真剣な声色のゼファーの声。
彼女は真摯な瞳でこちらを見つめており、俺はその目に襟を正す。
なおゼファーさんはその間もブー、ブーとブーイングのように鼻を鳴らしていた。
緊張したように沈黙した後、ゼファーは俺に問いかけた。
「貴方にとって、もっとも花風なウマ娘は、いったいどなたなのでしょうか?」
「ヤマニンゼファーだよ」
簡単な問いかけだ、間違いようがない。
彼女の風を、風にかける想いを見たその時から、その答えは一つしかないのだから。
ゼファーさんがガシャンガシャンと金網を鳴らしている気がするが今は気にしない。
あまりの即答に驚いたのか、一瞬ぽかんとした表情を浮かべるゼファー。
やがて彼女は言葉を紡いだ。
心の底から安心したように、心の底から楽しそうに、笑顔を浮かべながら。
「ふふっ、ありがとうございます、トレーナーさん♪」
ゼファーは一度だけ荒ぶるゼファーさんの方を向く、その表情は見えない。
やがて彼女は向き直り、目を細めて、俺の腕に擦りつけるように顔を押し付けた。
それはどこかウサギみたいだな、と俺は思った。 - 10二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 16:51:57
お わ り
オチのネタがやりたかったというのが半分くらいなのは否定できません。 - 11二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 19:27:53
最初の穏やかな風の交わりもよかったし、後半の突風に乱されて荒風吹きすさぶ中で台風の目にいるトレーナーさんと二羽のやり取りもよかったです。
そういえば、兎が寂しくて死んじゃうのって俗説で、実は縄張り意識が強くて自分の縄張りに他の個体が来ると喧嘩するとかいうのをどっかで見たなぁ。 - 12二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 19:46:37
求愛行動…なるほどね?兎垂らしめ…
- 13123/01/05(木) 22:10:08
- 14二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 08:24:27
嫉妬ゼファー切らしてとから助かる
- 15二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:01:14
おそらく本当の意味を知った後でも堂々と尻尾ハグをかましてくるゼファーには敵わないよ…
ゼファーさんもトレーナーのことかなり気に入ってたってことは性格もゼファーにそっくりだったって説がありそう - 16二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:04:09
風使いがいると聞いてきました
素晴らしい旋風を見させて頂きました - 17二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:08:47
凱風が「黒風だったウサギがゼファーと似てるからいきなり光風になった」ことにゼファーが気づいた時どんな乱気流になるのやら
- 18二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:16:43
- 19二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:17:00
すまんな。執拗に首元を狙っていたのは俺だったかもしれん
イチャイチャしやがってクリティカルされろ - 20二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:18:27
- 21二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 09:21:04
- 22二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 15:38:15
どんどんスンとなっていくゼファーが可愛くもあり怖くもあったけど凄くいい作品を見られて良かった
- 23123/01/06(金) 20:16:44