【SS】ウマ娘×戦争【怪文書】

  • 1スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:45:24

    以下の要素が含まれます。苦手な方はブラウザバック

    これらのスレに影響を受けて書きました。

    ウマ娘世界の歴史妄想スレ2|あにまん掲示板我々の世界と似ているようで違うウマ娘世界その世界における歴史・文化・風習・言語・芸術・宗教・食文化etc…を妄想し語り合いたいスレですhttps://bbs.animanch.com/board/12…bbs.animanch.com
    ウマ娘世界の歴史妄想スレ2|あにまん掲示板我々の世界と似ているようで違うウマ娘世界その世界における歴史・文化・風習・言語・芸術・宗教・食文化etc…を妄想し語り合いたいスレですhttps://bbs.animanch.com/board/12…bbs.animanch.com

    原作のキャラは一切出てきません。ウマ娘要素は世界観だけです

    コレまでウマ娘世界についての有志による考察を元にしています。

    戦争描写有り。微グロ注意

    作中の出来事は現実とは一切関係ありません

    長いです。

  • 2スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:46:19

    これは、戦乱の時代を生きるウマ娘たちの物語……。

    ヒトの肉体にウマの魂を持って生まれる乙女、ウマ娘。人並み外れた身体能力を誇る彼女たちは、その代償として魂に刻み込まれた本能に一生を縛られる運命が待っている。私も軍バとして産まれ、その血に縛られるように幼い頃から軍務の訓練を受け、戦うことに喜びを見出していった。

    「おい、召集令状が来たぞ!」

    そんなある日、我が家に届いた一通の郵便を父が居間に持ってきた。この頃はアメリカとの戦争が勃発し、ウマ娘たちは人間よりも優れた兵隊として片っ端から徴兵されていた。つい先日も、隣町のウマ娘たちに一斉に招集令状が届いたとかでてんやわんやであり、私も壮行式に駆り出されたばかりであった。

    「ついに戦えるのか、アメ公と!血が騒ぐなぁ!」

    軍バは生まれつき強い闘争本能を持ち、ケンカや争いごとが耐えない。それで普段は煙たがられているものの、戦場では鬼神の如き強さを誇るので、有事の際は全く掌を返したように英雄扱いされるのが世の習いだった。

    物心ついた頃はロシアとの戦争も欧州の大戦もとっくに終わって大恐慌が来たころであり、軍縮ムードで軍バは昼行灯のような扱いを受けていた。私も近所の子供に穀潰しとからかわれてバカにされてはカッとなって喧嘩をするものだからますます評判が悪くなり、幼い頃はほとんど友達がいなかった。しかしここ最近は中国大陸で戦争が続き、ドイツが欧州を征服してソ連と戦争を始め、真珠湾を海軍が奇襲して対米の戦端が開かれるなど、世界全体がきな臭くなるにつれて、良くも悪くも軍バが再び求められる時代になってきたのだった。

    あの時私に喧嘩を売ってきた悪ガキ共は、今や神様仏様軍バ様とばかりにヘコヘコ頭を下げ揉み手をしながらお近づきになろうとさえしてくるのだ、時勢に敏い奴らである。私自身も大概に調子の良いもので、奴らの変節には呆れながらもまあ悪い気はしなかった。

  • 3スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:46:54

    現状に話を戻すと、私は召集令状を見てすっかり気が良くなり、鼻歌を歌いながら出征に向けた荷造りに励む最中だった。

    「でも私は心配だわ。アメリカって強くて大きなウマ娘がいっぱいいるんでしょう?本当に勝てるのかしら……」

    「もちろん勝てるさ、あんだけ特訓してきたんだからな!全くあの教官のコンチクショウはいつもいつも怒鳴り散らしてからに、上官じゃなかったらビンタしてやろうかと……」

    「コラッ!」

    「痛っ!なんで叩くんだよぉ!」

    「いくら厳しいからって目上の人をみだりに悪く言うものでは有りません!そんな子に育てた覚えはありませんよ!」

    「えぇ~そりゃ無いよ母さん……しかし何処に行かされるんだろうなあ……ああ、もう戦いたくてウズウズしてる!」

    「そういえば、お前は何処へ送られるんだろうな。聞けばもうフィリピンもシンガポールも落ちてしまったというらしいじゃないか、次はハワイでも行くのか?」

    「そんなことは軍のお偉いさんしか知らないからなあ……行ってのお楽しみだね、大丈夫、何処着任したかは行った先で手紙書いて伝えるよ。」

    「そうね……ちゃんとお手紙書きなさいよ?戦地では体に気をつけてね、寝る時は暖かくして、ご飯はしっかり食べて、それから」

    「そうだぞ、悪い水とか飲んじゃダメだからな」

    「ハハハ、そういうのは座学で耳にタコが出来るぐらい聞いたよ」

    「それなら良いけど……そうだ、ご近所さんにこの事伝えに行かなきゃ!」

    荷造りを終えた翌日、出征の日取りが決まったことを伝えるために、近所にあいさつ回りをした。みんなは私が戦場に行くのを寂しいと悲しんだり、一緒に喜んでくれたり、様々に反応しながら送り出してくれた。出征祝いということで色々贈り物をしてくれたり(当然戦地には持っていけないけど)、壮行会の準備をしてくれるという人もいた。

  • 4スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:50:44

    「ここが最後かなあ……アイツにもお別れかあ」

    最後にたどり着いたのは庭付きの大きなお屋敷。ここの庭では競争バとして産まれてきたウマ娘が走り回っている。競争バは日本ではここ最近産まれて来るようになった種類のウマ娘で、速さを競うことを本能とし、ウマ娘の中では足が速い代わりに体重が軽く、パワーと耐久力が低くて負傷しやすい種類だ。農耕や軍事に関わることではその繊細さが仇になってその道のウマ娘には勝てないので、もっぱらレースで娯楽を提供することが主な仕事だ。しかし娯楽のためだけにウマ娘を養うなんていう贅沢が出来るのは余程の金持ちに限られるため、競争バといえば大体が名家の生まれのお嬢様である。

    ここのお嬢様とは、私の友達がほとんどいなかった頃からの顔なじみの間柄である。ウマ娘というのはそんなにたくさんいるわけではないので、彼女も社交界でたまに顔を合わせるのを除けば、ウマ娘の友達は私くらいだったようだ。幼い頃は一緒にレースをして遊んだりしたものだ。もちろん、相手が競争バである以上、勝つことはついぞ無かったが。

    門を開いて中に入り、走っているお嬢様に声をかける。

    「よう、お嬢様!相変わらず精が出るじゃあないか!」

    「あら、ごきげんよう。今日は一体何のご用事かしら?」

    「あー……ちょっと長くなるから中入ってもいいかな?」

    「……ええ、どうぞ」

    許可をもらったので、庭をズンズンと進み、屋内に入っていく。室内は見るからに高そうな調度品が沢山並び、それでいて全く狭さを感じさせないほどの広さを誇っていた。玄関から数部屋進んだ先にあるこれまた広い部屋でソファに腰掛けて会話を再開する。

    「やっぱお前ん家は広いなあ!競争バはさすがに格が違う」

    「何度も来たじゃないの……。それで、改めて今日はなんのご用事?だいたい察しは付いているけれど」

    「ああ、うちに召集令状が届いてな、ついに戦争に行くことになったんだ。今日はそれを伝えたかったのと……後は別れの挨拶だなあ」

    「そう、なの。……。」

    「なんだよ、反応が薄いな。友達が戦地に行くっていうんだ、もっとこう、悲しんだり万歳三唱したりするもんじゃあないのかね?」

    「だって、貴女がこれから戦地に行くっていうのに楽しそうだから……私だってどう反応したら良いか分からないわ。貴女にとって、死ぬのは怖くないの?」

  • 5スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:55:06

    そう言ってお嬢様は俯きながら絞り出すように話し続ける。どうやら、私との別れを惜しんでくれているようだ。

    「そうは言ってもな……軍バは戦うために産まれてきたんだ、死ぬまで戦うのが本能だしこれは変えられないさ」

    「戦地って南方でしょう?南方は恐ろしい獣や病気の宝庫と言うわ。そもそも戦いで死ぬのかも怪しいのに」

    「そんなことは私のほうがお嬢様の何倍もよく知ってるさ、何せ戦場のことは先祖代々語り継いできたんだからな!戦地でも戦いで死ぬより病気や飢えで死ぬ方が多かったってばあさんも言ってたよ」

    「じゃあ何故そんなあっさりと召集を受け入れられるの!?少しは生きたいとか逃げようとか思わないの?残される私達のことを考えないの!?」

    お嬢様は突然声を荒げて立ち上がる。目には薄っすらと涙を浮かべながら。

    「……自分の立場で考えて欲しい。競争バのことはよくわかんないけど、レースのために人生をかけてる娘だっているんだろ?それこそ競技人生を一つのレースで終わらせてもいいと思う娘だって……私達だって同じだよ。それに戦争ってのは軍で現役の内に何度も起きたりはしないんだ、母さんだって退役まで実戦はなかったんだから。今この戦争から逃げてしまえばなんのために生きてるか分かんないじゃないか。レースで例えるなら、そう……ダービーみたいなモンだ!」

    「でも、だからって」

    「安心しなよ、たまには手紙も書くし、ちゃんと帰ってくるから。この戦争に勝ってな!」

    「……約束よ?忘れないでね…」

    「分かってるって!あんまり心配するな!」

    その日はお嬢様の両親にも挨拶をした後、わんわんと泣きじゃくるお嬢様を一日中宥め続けた。

    ついに部隊に配属される日が来た。軍服を着て汽車を待っている私の目の前で、大勢のご近所さんたちが横断幕を掲げ、万歳三唱で送り出してくれた。それに精一杯の感謝の気持を込めた敬礼で答える。

    見送りの中には、お嬢様の姿もあった。

  • 6スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:56:47

    「おお、お嬢様!見送りに来てくれたんだな!」

    「正直、まだ割り切れたわけではないのだけれど…でも、行くからにはお見送りしないわけにはいかないし。それに、渡したいものもあるので」

    「渡したいもの?何だそれ」

    こう言うと、お嬢様は急に恥じらい出した。

    「そ、その……これを……あの日から、頑張って作ったの」

    「これって……」

    お守りである。それも競走バの尻尾の毛が入ったものだ。
    競走バの尻尾の毛は弾除けのお守りとして重宝されている。出征に行く人はみんな欲しがるのだが、当然貴重品であるから持たずに行く人も多いものだ。自分は迷信は気にしない主義なので、特に欲しがってなどいなかったが、期せずして手に入った。

    「……ありがとな、行ってくる!」

    「行ってらっしゃい!」

    汽車に乗り込み、涙を流しながら見送るみんなに向けて、こちらも向こうが見えなくなるまで手を振り続けたのであった。

    汽車から降り、赤紙に書かれていた部隊に到着して本人確認を行い、そこからは忙しかった。

    集合した現地で点呼を受け、装備の確認をして、隊の仲間に挨拶する暇もなく輸送船に詰め込まれて南方へと送られたのだ。到着した先はラバウルという所であった。

    到着後に荷降ろしと再びの点呼を行い、即席の兵舎でやっと一息つくことが出来た。

    「まったく、なんでこの期に及んで何も説明がないんだ。お偉いさんはここに来て一体何をしろっていうんだ?」

  • 7スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 15:59:45

    そうぼやいていると、

    「ちょっとあなた、そんな事も知らないのね!帝国の栄光あるウマ娘部隊の一員として覚悟が足りないんじゃないの?」

    兵営の同室で持ち込んだ私物を整理していた背の低いウマ娘が立ち上がって、私の方を睨みつけてきた。

    「なんだよ、そんなに怒ることないだろう。それに知らないのかと言われても説明されてないんだから知りようがないじゃないか。」

    「信じられない……ここ最近の新聞読んでればこの辺りでどんな作戦が行われるかなんてアタリはつくでしょう?情報は力よ、情報収集を欠かすなんて兵士として恥ずべきことよ!」

    「だって、新聞に書いてることが正しいとは限らないからなあ。本当に大事な情報は機密で守られてるし、情報収集は招集がかかってからでも遅くはないだろう?それに私らの仕事はつまるところ敵をぶっ飛ばせばそれで終わりだしな」

    「そう……まあいいわ、後悔するのはあなたなんだから!」

    そう言い残して、その娘は去っていった。
    どうやら、同隊の娘と親睦を深めるのは失敗したようだ。嘘でも知ってると言うべきだっただろうか?

    翌日、師団長の前に呼び出され、整列して今後の作戦について訓示を受けることとなった。どうやらこの先のガダルカナル島にある敵の飛行場が2ヶ月掛かっても占領できないので、私達はそこを守る敵を撃破するのが主な仕事だとのこと。先日海軍が敵の飛行場に艦砲射撃を成功させ敵が一時的に飛行機を飛ばせなくなっているので、今が戦力投入の好機である、らしい。

    早速また輸送船に乗り込んで、ガダルカナル島へと出発することになった。
    輸送船に揺られながら、私はさっきの娘とこの先のことを考えていた。

    「なあ、お前自分で言ったとおり事情通なんだろう?この戦いどう見るべきなんだ」

    「気安く話しかけないでよ……だけど、今は使えないとはいえ戦場最寄りの飛行場は敵のものってのは結構痛いわね。最新鋭の飛行機は一時間で500キロ以上も飛べて沢山の機銃と爆弾武装しているし、おまけにこっちから攻撃するには対空砲を使うか飛行場を狙うしか無いのよ」

    「でも飛行機っていつでも飛べるわけじゃないんだろ、夜中のうちに片を付けてしまえば良いんじゃないか?」

  • 8スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:02:36

    「昼間だけだとしても脅威は脅威よ、これからの戦争は開けた場所では安心できないわ」

    「どのみち敵が飛行場を復旧してしまう前に陥せばすむことだ!ハッハッハ!」

    こんなことを言い合っている内に船団はもう接岸し、物資の揚陸作業が始まっていた。
    到着まで何もなかったことに安堵しつつ、私達も船から降りて、船から貨物を降ろし始めた
    しかし、ちょうど東の空から太陽が登ってきたぐらいの頃、見張りから悲鳴とも取れるような報告が届いた。

    「左舷方向に敵機!」

    慌てて空を見上げて状況を確認すると、たしかに進行方向の左側にいくつか豆粒のような黒い点がこっちへ向けて飛んでくるのが見えた。

    「敵の飛行機!?どういう事だ!」

    「この短時間で滑走路が復旧した……?それとも破壊が不徹底だったのか?」

    「考えてる場合か!爆撃受ける前に早く荷降ろしするぞ!」

    兵士たちは言い合いながら、敵機の攻撃が始まる前に少しでも多くの物資を陸揚げすべく必死に荷揚げ作業を敢行した。私達ウマ娘もその力を存分に活かし、全力で船内の装備を運び出した。
    しかし航空機というのは速いもので、数分もすると上空にきて攻撃体制を取り、急降下し始めた。

    輸送船に据え付けられた対空機関砲が射撃を開始したが早々当たるものではない。あっさりと弾幕を掻い潜った敵機が爆弾を投下する。この攻撃は外れたものの第二第三の敵機が次々と降りてくる。

    ついに一発の爆弾が隣の輸送船を捉えた。それなりに長い軍務生活の中でも初めて見るくらいの大爆発を起こし、何千トンもあるようなバカでかい輸送船が一発で湾内に沈んでいく。

  • 9スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:05:37

    「コレが、空襲……!」

    「何をしている!早く荷物を回収するんだ!」

    「待て!今飛び出してはダメだ!」

    輸送船に同乗していた輜重兵が敵航空機の飛び交う中、揚陸した物資を回収しようと飛び出していって銃撃で蜂の巣にされた。

    その後も航空機が波状攻撃を仕掛けてくるので、合間を見計らって荷物の積み下ろしを行っていたが、昼頃には船団の損害が馬鹿にならなくなってきたので、指揮官の命令でまだ揚陸前の荷物を残したまま撤退を余儀なくされた。

    しかし船団が去っても尚、敵機は沿岸に積み上がった物資を標的に攻撃をしてくるので、それらを早く内陸に退避させなければならない。しかしここは荷役作業のための設備が整った港湾ではないため、運搬作業は遅々として進まない。

    日が暮れてもまだ物資の回収作業は終わらず、依然多くの武器弾薬や食料が沿岸に山積みになったままであった。
    もたついている内に敵の軍艦がやってきて、艦砲射撃で残りの物資が全て焼き払われてしまった。

    「くっ……せっかく運んできたのに」

    「……もう無いもののことを考えてもしょうがないわ、今日は身体を休めて明日から移動よ」

    結局回収できた物資は当初予定の半分以下で、食糧・弾薬のたぐいは殆ど失われた。その中から無事なものを選んでかき集め、輜重部隊の輓バのウマ娘にリヤカーで牽かせて運ぶ事になった。目指すは東に十数キロ進んで川を超えた先にある敵陣だ。

    「それにしても輓バってのは力持ちだなあ。輸送車両がヤラれた時はどうしようかと思ったが、こんなのがいれば心配は無用だったみたいだ」

    「いえ、やっぱり車にはかないません。アレは何トンもある大砲をたった一両で運べますからね、ボク達より何倍も力持ちで速いですよ。それに何より、修理もパーツを交換すれば一発ですし、止めている間は燃料を食うこともありません」

    「でも、ウマ娘は人間大で輸送もしやすいし、小回りも効くし、何より二本足で歩けるからこういう山道に強いだろう」

    「でもボク達だって牽引車使うなら山道に弱いのは変わりません。ましてや自動車の技術も日々進歩してますからね、そのうちこんな道でも走れるようなパワーのある輸送車両が出来ます。こんな事は言いたくないですけど、もうウマ娘の時代は終わって機械文明の時代なんです」

    「そんな寂しい事言わないでくれよ……」

  • 10スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:08:56

    戦いの前だと言うのに気の滅入る話を聞いてしまったものだ。かつて陸戦の覇者だったウマ娘は空襲に怯えジャングルで逃げ隠れし、機関銃の火線や有刺鉄線の張り巡らされた戦場で満足に速さも発揮できず、車にパワーでも負けて、戦場には居場所がない。そのうち体を動かさずともボタン一つで戦争が終わるような時代が来るのだろうか?

    ウマ娘の栄光も伝統も生きるか死ぬかの世界では関係ない、いつかは私もお払い箱か……
    こんなことは戦いが終わってから考えよう、頭を振って脳裏によぎる嫌な予感を払拭するよう努めた。

    輸送作戦の失敗を受け、軍上層部はかねてからの予定であった正面の攻勢を諦め、本体を迂回させて敵側面を攻撃することにしたようだ。私達は陽動として正面攻勢を仕掛けることとなった。しかしジャングルの険しい道のりは人間の兵士にはキツイようで、部隊の進路を工兵が啓開しているにも関わらず進軍になかなか手間取っている。真っすぐ進んでいる私達でコレなのだから、山岳地帯の迂回路を進んでいる本体はそもそも戦場にたどり着けるのだろうか?

    それでも、数日ほど歩くと、川の西岸にたどり着き、攻勢の足がかりとなる陣地を構築した。ここから川を渡って攻勢を仕掛ける手はずになっている。

    「ヨシ、敵が見えた!攻撃しよう!」

    「ちょっと待ちなさいよ!作戦開始日を聞いてなかったの?まだ数日あるわ、それまで待つべきでしょう!」

    「でもこっちは陽動なんだろ?だったら本隊より先んじて攻撃を仕掛けて戦力を誘引すべきだろう」

    「どのみち本隊の攻勢開始は4日後の夜よ、それに砲兵部隊はまだ到着していないんだから、今突撃しても陽動にさえならず蹴散らされるだけだわ」

    「分かったよ、攻撃は暫く待とう。……しかし本隊の連中はちゃんといつになるんだろうな」

    不安を抱えながらも、私達は体を休めつつ作戦の開始日を待つことになり、その間物資や。

    「戦車は10両ぐらいか、結構集まったな。しかしこれでは本隊に回す戦力が足りなくなるんじゃないか?」

    「なんでも、迂回路は険しすぎてデカブツは通れないんだそうで。使える重火器の類はみんなこっちに回したらしいわよ」

  • 11スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:11:50

    「ハア!?事前に聞いていた敵は八千人程度だが、この分じゃもっといるだろう!火砲なしで突破するなんて無謀すぎる!」

    「弱音を吐いてないで行くのよ、ウマ娘が怖気づいてちゃ他の兵士も戦えないわ」

    「……仕方ないか、本隊の戦は向こうに任せよう」

    やがて西の空に日が沈み、夜陰に紛れての渡河進軍が始まった。

    「撃ち方はじめ!突撃部隊の援護だ!」

    「Japs! They're at it again!」

    川を挟んで両岸から大量の銃火が発射される。大量の曳光弾が夜空を彩り、米軍の照明弾とサーチライトがあたりを照らし、戦場は昼間のように明るくなった。

    「これじゃあ夜目を慣らす必要なかったかな!」

    「フザケてないで、早く撃ちなさい!川を渡ってこの先の高地を占領すれば、飛行場は榴弾砲の射程に収まるわ。そうすれば敵の飛行機はもう飛べなくなっていくらでも増援が来れる!」

    「しかし、こうも銃撃が激しいのでは突撃のしようがない!」

    私はここまで来て川を渡ることを躊躇していた。前方の川は太ももまで浸かるぐらいで川としては浅いとはいえ、ウマ娘の最大の武器である機動力を削ぐには十分な深さがある。機関銃陣地を潰さないことには突撃は難しそうだ。

    そんな情けなくも怖気づいている私の耳に、いつぞやの爆撃よりは小さな、しかし確かな殺意のこもった爆発音が届いた。

    「砲撃だ!」

  • 12スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:14:48

    「くっ!誰が殺られた!?」

    敵はこちらよりも多くの火砲を用意しているようで、ひっきりなしに砲弾が飛んでくる。着弾で粉々になった死体の肉片や破片が辺りを舞い、川がたちまち真っ赤に染まった。こちらの砲兵もよく頑張り、時たま敵兵が吹き飛ばされるのも見えるのだが、如何せん砲門数も弾薬も足りずあまり期待できそうもない。

    機関銃を撃ちまくる銃手に狙いを定めて弾丸を撃ち込んでやる。ソイツは後ろに倒れ、機関銃陣地の一つが沈黙した。しかし、他の陣地に狙いを定めている内に倒された銃手が交代し、また射撃を再開する。

    キリがない。

    状況が好転しないことに腹を立てていると、現状を打開するための切り札と言える兵器が、腹に響くような金属音とともに戦場に現れた。

    「戦車だ!」

    「この期を逃すな!突撃ぃー!」

    ウマ娘に代わり新たに登場した陸戦の王、戦車。米兵の陣地がにわかに慌ただしくなってきた事がこちらからも見て取れた。

    この機を逃すまいと、戦車の背面に隠れて追随するよう歩兵部隊に突撃の命令が下る。向こうもすっかり浮足立ったのか、戦車に銃撃を浴びせてくるが、戦車の装甲は甲高い金属音とともに敵からの銃撃をことごとく跳ね返す。

    逆に戦車は砲塔に備え付けられたその主砲で、機関銃陣地を次々に薙ぎ倒していく。

    「コレはいけるぞ!」

    しかし、この流れも長くは続かなかった。

    川の中央付近に差し掛かったところで、突撃中の戦車の内一両が爆発炎上した。

  • 13スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:17:41

    「対戦車砲だ!」

    敵の砲兵が対戦車戦闘を開始したのだ。我軍の戦車には悲しいかな、敵の対戦車砲に敵うほどの装甲がない。一両、また一両と順繰りに撃破されていった。

    殆ど戦車はやられてしまったが、それと引き換えに渡河を完了することが出来た。敵陣の内側なら敵の砲兵も撃ってこられないはずだ。ここからの白兵戦と突撃の速さでは軍バに敵うやつはいない。機関銃がすべてこっちを向いてこないのを確認し、撃破された戦車の影から飛び出して全速力で突撃する。

    「散々やってくれたお返しだ!」

    「Goddamn it, the cavalry! We need reinforcements!」

    「ハハハ……見ろよ、まだまだ軍バも戦えるだろ!」

    敵陣に肉薄してまず一人目を体当たりで突き倒す。二人目、三人目は銃剣で突いて、最後に後ろから小銃のストックを振りかぶりながら迫ってきた四人目の太ももを蹴り砕いた。

    こうして制圧した陣地に据え付けてあった機関銃を取り外し、腰だめに構えて周囲の敵兵に弾をばら撒く。ここに来るまで対戦車砲を撃ってきた砲兵も、歩兵相手には対抗手段がないのか、機関銃で撃たれ成すすべもなく死んでいくばかりだった。

    しかし、そんな大立ち回りを演じる内に、敵も軍バの部隊を繰り出してきた。

    「How dare you hurt my people!」

    「こんなに沢山の軍バ……陽動は成功ってトコかな」

    内地にいた時は見たこともない数のウマ娘が集まってきた。ひとまずは今持っている機関銃の弾をベルト給弾が続く限り一通り撃ち尽くした後、再度着剣した小銃に持ち替えて相手に白兵戦を挑んだ。

  • 14スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:20:15

    こちらに迫ってくる敵の軍バと銃剣で二度、三度打ち合う。銃で押し合いながら膠着状態に陥った時、ふと危険を感じて咄嗟に一旦離れ、敵の側面へと回り込んだ。瞬間、その身体を銃弾が貫く。敵の人間歩兵が援護射撃の機会を伺っていたのだ。しかしそれに気付いて体制を変えたおかげで、結果的にその射撃は同士討ちとなった。

    同士討ちに呆然とする人間歩兵を反撃で射殺しつつ、傷口を抱えて蹲るウマ娘にとどめを刺す。しかし一息ついてる暇もなく、新手が二人こっちに向かって来るのが見えた。

    「2対1か……」

    正直厳しい。囲まれないように立ち回るだけで精一杯で、とても攻撃に移れない。かと言って距離をとろうにも、離れると射撃の餌食になってしまう。

    バン!

    「グッ!」

    二人と対峙している隙に背後から敵兵に撃たれた!左腕が貫通され、銃を取り落してしまう。しかも正面の敵二人もこれを見逃さず銃剣を向けて突撃してくる。不味い、殺られる!

    そう思った次の瞬間、機関銃の切り裂くような銃声が鳴り響き、敵兵は全員蜂の巣になって倒れ伏した。

    「まったく、何で囲まれてんのよ!油断してたんじゃないの?」

    「助かった!借りができちまったな」

    見ると、敵から鹵獲したであろう機関銃を構えて、すっかりお馴染みの小柄な軍バが立っていた。

    手助けに礼を言っていると、息着く間もなく敵が投げた手榴弾が足元に転がってくる!慌てて飛んできた方へと蹴り返してやると、コレを投げたと思われる敵兵が自分の手榴弾の爆発で粉々になっているのが確認できた。危うく二人ともああなってしまうところだった。

    「借りは返したぜ!」

    「早すぎるでしょ!」

    軽口を言い合う私達。しかしそんな暇な時間はここまでのようで、部隊の指揮官からの命令の叫び声が耳に入ってきた。

  • 15スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:23:33

    「退却―ッ!」

    「退却!?なぜだ、せっかく渡河出来たのに!」

    そう言って周囲を見渡すと、味方歩兵はほぼ全滅して散り散りになり、渡河に成功した戦車は全て撃破、砲兵は乱戦で手が出せず、おまけに敵戦車部隊の増援までやってきていた。恐らく私達が敵のウマ娘部隊に手こずっている間にみんなやられてしまったのだろう。

    私も負傷してこれ以上の戦闘続行は困難だったので、仕方なく元いた岸まで退却することになった。幸いにして敵も消耗していたおかげか、そこまで苛烈に追撃してくるということはなかった。

    撤退が終わったときには日が昇っており、結局この日の進軍は陽動という作戦の主眼は果たせたものの、第二目標である渡河と拠点の確保は達成できずに終わった。その上多数の死傷者が出て戦車部隊は全滅、弾薬の不足も著しく、コレ以上の攻撃は不可能という判断が下された。

    この日の戦闘後に戦場を改めて見渡すと、敵軍の猛烈な砲撃で川の手前側のジャングルがすっかり耕され、あたり一面が丸裸になっていた。こうも身を隠す場所がないと再度の渡河作戦は正面突破じゃ無理そうだ。

    私の怪我の具合はそう悪くなく、薬品や軍医の人手が不足する状況でも治療は可能だったが、しばらくは安静にして経過報告ということになった。

    その後は傷の治療に専念することになった。沖合の方では海軍の船が敵味方入り乱れて撃ち合い、時たまこっちに艦砲射撃で支援してくれたり、逆に敵の飛行機が偵察や襲撃をカマしてくるということが有りつつも、陸戦では敵味方ともに大きな動きはなかった。そうして何日か過ごしていると、どうやら本隊は攻撃に失敗したらしいということが明らかになった。

    「おい、私達はこれからどうしたら良いんだ。もう攻勢限界というなら撤退すべきじゃないか。」

    「あなた、ラバウルで見せてくれた蛮勇は何処に捨てたの?怪我で怖気づいたのか知らないけど、今の震えるあなたはまるで別人よ」

    「……そうかもしれん。戦い自体には生きがいを感じられるが、伝え聞いていたほど戦場は華々しい場所じゃなかったみたいだ。ばあさんはロシア相手に気持ち良く暴れた話を聞かせてくれたものなんだがなあ……」

  • 16スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:25:51

    今でも、私は戦いのために生まれてきたということは疑っていない。しかし、そんな生まれながらの使命を果たせるのか、その力が自身に十分備わっているのかどうかは全く自信が持てないという心境だった。先の攻勢では機関銃と地形に阻まれ思うように動けず、戦車のあとをコソコソ着いていくことでしか敵陣に近づけなかったのだ。自分の目と耳ではっきりと軍バの時代の終わりを目の当たりにしてしまった気分である。

    しかも、この後戦況はドンドン悪化の一途をたどっていくのであった。

    攻勢の失敗から数日後、米軍が川を渡って反攻を開始したという情報が入って来た。それまでも何度か攻撃は行われていたのだが、いずれも川を挟んでの小競り合いという形であったし、艦砲射撃や空爆はジャングルの中の部隊を的確に攻撃することは出来なかったので、本格的な敵の攻撃がいよいよこれから始まるということになる。司令部は最初は敵軍の撃退を目指していたが、米軍の猛攻に前線が耐えきれなくなり後退を指示、私も負傷した左腕をかばいながらジャングルを抜けて逃避行と相成った。

    「すまないなあ、怪我してなければ荷物の一つも持ってやりたかったんだが」

    「じゃあ足を動かしなさい。」

    この小柄な軍バは私の荷物を持って一緒に逃げてくれている。今は東側からの米軍の進撃を避け、西側へと向かって進行中だ。

    ここに来て、新たに弾薬と食料、医薬品の不足が牙を剥き始めた。先日の攻勢と米軍の反攻に対する遅滞戦闘でかなり兵隊の数も少なくなってきたんで、その分の物資を生存者で分け合ったが、もうそれも底をつきかけている。私達ウマ娘部隊は優先的に物資を回してもらえるのだが、人間の兵士の中には消毒液ももらえず傷口が腐りはじめた者もいるという。

    と、ここでウマ娘としての鋭敏な聴覚と嗅覚が異臭を捉えた。

    「シッ!なんかいるぞ!」

    「アレは……米軍!?何で私達の前にいるのよ」

    「向こうさんの工兵は優秀だからなあ……。ジャングルの中じゃ必然的に後手に回っちまう」

    私達を迂回した敵部隊が前方を塞いでいた。こちらが先に気づけたのは僥倖だったが、敵は戦車や軍バなどの機動力の高い精鋭部隊で固めているため突破は難しそうだ。

  • 17スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:28:12

    「不味いな……東側からも敵は来てるんだろ?もたついていると全滅は時間の問題だ」

    「でもこっちの戦力はかなり消耗してるわ。正面から挑んで勝てる相手じゃない」

    そう言い合っていると指揮官から命令が下り、敵が準備を終える前に突撃を仕掛けて包囲網を突破することになった。当然負傷者である私にかまっている余裕は部隊にはなく、片腕でも持てるだけの武器を持って戦えとのありがたいお言葉があった。

    「ハハハ、私の命も今日までかな。せめて華々しく戦って散ることを喜ぼう」

    「何いってんの、ここにいる全員で突破して帰るのよ」

    「……思えばお前のその叱咤激励に何回も助けられてきたもんだ。なんだかんだあったが、この部隊に来て一番の収穫はお前に会えたことかもしれんな。礼を言うよ」

    「また縁起でもないことを……!」

    その日の夜、砲兵は残弾全て撃ち尽くすつもりで猛烈な準備砲撃を行い、その後に歩兵による総攻撃が行われた。私は片腕しか使えず小銃も手榴弾も持てないので、拳銃と軍刀、手榴弾だけを持って戦うことになった。

    昨日と違って川を挟んでの戦いではない分彼我の距離が近く、けたたましい銃声の中でも敵の声が聞こえる。

    草木に伏せて隠れつつ接近し、手榴弾から安全ピンを抜いて投擲した。ウマ娘の投げる手榴弾の射程は100m程も有る。敵の機関銃陣地目掛けて真っすぐ飛んでいった手榴弾は空中で爆発し、機関銃の銃声が止んだ。

    その隙を狙い軍刀を抜いて突撃を仕掛ける。爆発を避け射撃を一時的に止めただけかもしれないが、どのみち射撃再開までには数秒掛かる。そしてウマ娘の突撃はその数秒が有れば十分なのだ。

    もう命も惜しくはない、敵味方の射撃が飛び交う中敵の火線が薄い部分を見定め、後は遮二無二突撃する。突撃はわずか十秒ほどであったが、戦闘の高揚からか時間感覚がひどく引き伸ばされ、何十分も掛かったのではないかと勘違いするほどであった。

  • 18スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:31:06

    突撃の末、機関銃の射界を突破し敵中を駆け回る。まずはすれ違いざまに軍刀で機関銃の銃身を切り飛ばし返す刀で銃手と弾薬手を袈裟斬りにする。こちらに向けて敵歩兵から数発の銃弾が放たれたが、いずれも命中することはなかった。

    私の突撃で空いた穴に、すぐさま後方に控えていた敵のウマ娘が反応して塞ぎに掛かる。前と同じ二対一の局面だが、突破して逃げるだけなら簡単なことだ。

    「邪魔だぁぁぁ!!」

    短機関銃で武装したウマ娘に向けて絶叫しながら斬りかかる。こちらの気迫に怯んだのか狙いが甘くなり、銃弾は当たらなかった。
    白兵戦の間合いまで距離を詰めると、相手は気が動転したのを隠さぬまま銃を捨て今更ナイフを取り出した。

    「遅い!」

    「Help me! I don't want to die!」

    当然その隙を見逃さず軍刀で胴体を狙い切り上げる。身体が真っ二つに泣き別れとなり、即死した。

    もうひとりのウマ娘は最初から着剣した小銃で白兵戦を挑んできた。しかし、こちらは包囲を突破できればそれでいいので、応じてやる義理はない。銃剣での突きをジャンプで躱してそのまま走り去る。

    「Don't run away, you coward!」

    「当たるかっ!」

    敵は激高しながらこちらに何発か追撃の弾丸を発砲するも、コレまた命中せず。そのまま逃げていくと、弾を打ち尽くし再装填を始めたようで撃ってこなくなった。

    コレはひょっとすると逃げ切れるんじゃないか、などと安心していた私の前に、戦車が立ちはだかった。

    「これは……どうすりゃいいんだ?」

    しょうがないから肉薄して切りつけたが、全く傷つかず逆に刀が曲がってしまい使い物にならなくなった。

  • 19スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:33:42

    戦車はお返しとばかりにこちらを機銃で撃ったり、突進して踏み潰そうとしてくるが、動きがわかりやすく鈍重で軍バの機動力ならばどれも容易に避けることが出来た。

    しかしこのデカブツに対してはこちらにも決め手がなく、かといって逃げようにも距離を取ればあの主砲が撃ち込まれるだろうという想像も付くので逃げることも出来ない。

    焦燥感が膨れ上がっていく。しかし痺れを切らしたのは敵も同じだったようで、砲塔の上から車長が身を乗り出して機関銃で射撃しようとした。

    「忍耐の先に切れたほうが負けだ!」

    すかさず拳銃で車長を射殺する。車内からは叫び声が聞こえ、戦車は動かなくなった。

    「Captain! Somebody take command!」

    「今のうちに!」

    戦車の動きが止まっている間に私は全力で駆け出した。しかし数百mばかり離れた辺りで、キャタピラの軋む重厚な駆動音とともに車体が旋回し、主砲がこちらに照準を合わせた。

    「マズイ!」

    咄嗟に伏せる。砲弾は私の頭上を通過し、10mほど離れて着弾した。

    「うわあああああ!」

    今まで感じた中で一番猛烈な衝撃が全身を襲い、私の身体は何度も転がった。幸いにして砲弾の破片が当たったりはしていないようで、元から怪我をしていた左腕以外は満足に動かせた。また立ち上がって逃走を再開する。どうも私が伏せている間に敵の歩兵が追撃に来たようで、銃弾が風を切る音が何度も聞こえた。

    後ろを振り返るな、進め進め!

  • 20スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:35:35

    聴覚はひっきりなしに跳弾と風切り音を捉えていたが、弾丸はいずれも大きく逸れて私の身体には当たらず、しばらくするとこっちに銃口を向ける敵兵はいなくなった。それでもまだ追撃の恐怖からは逃れられず、山道を夜通し逃げ回った。

    日が昇って状況を整理してみると、突破後の指示はコレと言って受けておらず、もう何をしていいかわからない事に気がついた。太陽が登ってきた方角から考えれば包囲の南側を突破してきたのだということは分かるが、ここから海岸に出るには北方へ足を向けねばならない。それではまた敵とかち合う確率が高い。脱出してきた別の味方と合流できるまで待つという手もあるが、この広いジャングルで落ち合えるのがいつになるか、それどころかそもそも私以外に生きて突破できた者がいるのかということは全く未知数だ。

    そういえばここから南東の方にある山に味方が布陣していて、そこはまだ攻撃されていないとのことだった。島の内陸に行くより沿岸のほうが補給も増援も受け取りやすい気がするが、まずは味方に合流することを考えて南下することとした。

    「しかし、私も意外と戦えるじゃないか!ラジオのニュースで取り上げてもらえる日もそう遠くないかもな」

    こんな孤独かつお先真っ暗な状況で、しかし私は少しだけ自信を取り戻し始めていた。前回の包囲網突破戦では左腕が全く使えないままの状態で単身突撃し、敵兵を4人殺害、戦車ともよく渡り合った。おまけにこの戦闘の間目立った傷を負わなかったのだ。

    ポケットからお嬢様に貰ったお守りを取り出し、じっと眺める。弾除けの加護があるというウマ娘の毛のお守り、案外タダの迷信じゃないのかもしれない。故国に思いを馳せ、絶対に勝って帰ってやるという思いを新たにした。

    ジャングルの道なき道に手間取りつつ何日か歩いて、遂に山地にたどり着いた。味方部隊の野営地を発見したが、そこでは地獄かと見紛うほどの凄惨な光景が広がっていたのだ。

  • 21スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 16:36:51

    これからしばらく出掛けます

    今日中には再開予定

  • 22二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 17:33:44

    一旦乙
    フジミノフナサカ(8文字)かな?

  • 23スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 21:58:34

    再開します

  • 24スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 21:59:25

    「うぅぅ……味方が来た……か?」

    「畜生!何で食料の一つも持ってこないんだ!」

    「父ちゃん……母ちゃん……俺死にたくないよお」

    沢山の兵士たちがマラリアや飢餓にやられてすっかり戦意喪失し、立って動くことも出来なくなり転がったまま排泄物を垂れ流すのでひどい悪臭が漂っていたのだ。近くの兵士の中から比較的話の通じそうな者を選んで状況の説明を求めた。

    「みんな、どれくらいの間食べてないんだ?私はこの島に来たのがつい最近なものでな」

    「……もう一ヶ月はろくなもの食ってないかな……正直僕自身君をあまり歓迎できない……ウマ娘を養えるほどの食料はここにはない」

    彼の言葉通り、山地に布陣する部隊は酷いものであった。手持ちの残り少ない食料を分け合ってひとまず部隊に溶け込むことは出来たが、翌日からは私自身が飢餓状態に襲われることとなった。ウマ娘というのは食料を沢山食べるので、たった一日の絶食で意識がボーッとしてくる。できるだけ動かないようにして栄養の消費を抑えるのだが、それでも自分の体ドンドンやせ衰え、朽ち果てていく恐怖に耐えるには相当な努力と精神力が必要だった。

    周りの者達も空腹で怒りっぽくなって喧嘩するもの、そもそも喧嘩する体力すらなくて辺りに寝転がってる者、蛆が湧きハエが飛びどう見ても死んでいるものなど、戦う以前の地獄絵図としか言いようのない状況だった。

    有る時、陣地の隅の方の誰も近寄らない場所に、やけに血色の良い男達が座っているのを見かけ、フラフラと声をかけに言った。あの様子だとなにか食べているに違いないのだが、この状況で食糧など持ってる奴がいればたちまち取り合いになるはずだ。こんな状況でさえ手を付けられない食糧とは何なのか。あるいはこの集団がかなり位の高い指揮官の集まりで、食糧を独占などしているのかと考えたりもしたが、身なりや階級章を見るにどうもそんな風ではなさそうだと感じ、モノは試し、交渉をしてみることにした。

    「見た所随分元気がありそうだが、貴方方はなにか食べているのか?もし良ければ食糧を恵んではもらえないだろうか」

    「おお、新入りの軍バさんか。こんな若い娘がやせ細って可愛そうに、確かにウチには食べるもんが有るさ、こっちに来なさい」

    「有り難い……!」

  • 25スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:00:17

    意外にもあっさりと食糧を提供してくれることになった。眼鏡の男の指示のままに調理場を見に行くと、鍋で何やら肉を煮込んでいた。

    「まずはこの汁を飲みなさい。飢えてる人がいきなり肉を食べると身体を壊すからね」

    言われるがままに肉の煮汁を飲む。普段なら全く美味いとは思えない味だろうが、この時の私は飢餓で取り敢えず食べることだけを考えていたため、このスープが内地でいくら金を払っても味わえないような極上の珍味のように感じられた。

    「ウーン、もうそろそろ食べてもいい頃合いかな、ほら、召し上がれ」

    眼鏡の男は茹で上がった肉を箸で掴み、差し出してきた。行儀が悪いとは思いながらもその肉をひったくるように手に取って、そのまま齧り付く。

    「助かった……コレで……!ありがとう……ありがとう……!」

    「ハハハ、味わってもらえたようで何よりだ」

    気がつくと肉をすべて完食していて、私は涙を流していた。こんな状況で食えるものが有るだけでどれだけ救われるのか、どれだけ有り難いことか……改めて、食い物の大切さを身にしみて理解した。

    「おい、向こうの兵士の解体が終わったぜ……アッ!」

    ――血の気が、サッ、と引いた。

    また別の男が肉を運んできて眼鏡の男に呼びかけ……そこで私の存在に気付いたようで、「しまった」と言わんばかりの顔をしたのだ。

    そういえば、私が食べた肉は一体何だったのだろう?

  • 26スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:02:28

    飢餓で頭が働かなかった時はとにかく腹を満たすことができればそれで良かったが、アレだけ酷い飢餓状態の中でも誰も手を付けない肉というものがどういうものか、少し考えれば分かったのではないだろうか?

    「なあ……私が今食べたのって……ひょっとして人間の肉、じゃないよな?」

    「……もう隠してもしょうがないかね、確かに君が食べたのはヒトの肉さ。それも飢え死にした味方のね。」

    「貴様ッ!」

    すぐさま激高して掴みかかる。いくら飢えて苦しくても人間の肉と知っていれば食べたりはしない。ましてや敵ならともかく仲間の死体の最低限の尊厳を踏みにじる行為に加担させられたのだ。

    しかし眼鏡の男はそれに怯まず、苦しそうにしながらもこちらの目をしっかり見て語りかけてきた。

    「でもしょうがないんだ、一人飢えて死ぬやつが出た時、その死体を食べれば後五人が一週間生きられる。でも放っといたら死体はその内に腐って病気のもとになるだけだ。帝国の兵士の誇りがあるなら辛くてもちゃんと食って生きなきゃいけないんだ、ましてや戦争のために産まれた軍バなら!」

    「だからって、仲間を食べるやつがあるか!」

    「君にも、故郷に残してきた家族はいるんだろう?」

    「何の話だ……!?」

    「僕たちがここで負ければ、銃後が危険に晒される。B17って知ってるだろう?あの米軍の飛行機は爆弾たくさん積んで何千キロも飛べる。その上もっと高性能な飛行機作ってるって話もある。米軍はこの島を足がかりに内地に迫るだろう、そうすればB17やその後継機が日本を爆撃しに来るまでそう時間はかからないだろうね。ここで勝てばその歯止めになる」

    気づけば、手を離していた。なんのために戦うかと聞かれれば、今までの私は間違いなく軍バの伝統と名誉のためと答えただろう。しかし、兵士の本領は銃後の家族や国を守るために戦うことである、と言うことを踏まえれば、軍バのプライドにばかり固執して勝ち負けを二の次にする自分の姿勢は最早捨てるべきなのではないか。

  • 27スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:07:15

    私は膝から崩れ落ちてすすり泣いた。こんな状況に陥っている自身の弱さと、望むと望まざるとに関わらず尊厳を捨てさせられる戦争の残酷さに。先の戦闘でせっかく自信を取り戻しかけたかと思えばコレだ。

    「僕たちには仲間の死体を食らってでもやらなきゃいけないことがある、そう言っても誰も理解はしてくれなかったけどね。みんな人肉を食べるのは拒んで飢えて死んでいったさ。……君は、どうするんだい?」

    「……食べるさ、食べなきゃいけないんだろ?」

    「そうしてくれると助かる」

    結局、その日は尊厳も人の情もかなぐり捨て、満腹になるまで人間の肉を食べた。

    それからしばらくして、部隊の無線に朗報と呼べる話が飛び込んできた。海軍の補給部隊がこの島に食糧と武器弾薬の輸送を行うことになったのである。しかし、海岸からここまで物資を陸上輸送する部隊は出せないので、ウチの部隊から物資の受け取りに来る部隊を出せとのことだった。

    「人間の兵士でまだ動けるやつを集めて輸送を行わせる予定だ。しかしそれじゃ時間がかかるから、お前にはソイツらより先行して単独で受け取りに行ってもらいたい」

    「了解!」

    すっかりやせ細っている部隊指揮官に命令を受け、死んだ仲間から装備を拝借して出立の準備をした。
    傷の治りは早いもので、もう左腕が十全に動かせるようになった。

    「僕も後から付いてくよ、先に行っててくれ」

    眼鏡の男がそう声をかけてきた。まだ動ける者とは彼らのことだったようだ。

    山中を抜け、数日間絶食状態で歩いた末、夕暮れに補給地点の海岸にたどり着いた。

  • 28スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:08:26

    この浜辺は私がこの島に最初に上陸した時と同じ浜辺である。あの日湾内で沈められた船が記憶そのままの姿でまだ残っていた。

    早速上陸地点近くの司令部に挨拶と補給物資の受け取りをしに行った。

    「内陸から遥々ご苦労だった。せっかくだからここでしばらく休んで食事をしていくと良い。」

    「お気遣いありがとうございます。しかし山地の部隊は既に餓死寸前です。もう人が人に食らいついて生きている状態で、補給には一刻の猶予もないのです。食糧は何処にあるのでしょう」

    「ああ、物資は今夜海軍が運んでくる、その回収を手伝ってもらいたい」

    疑問を持ちながらもその日は出された久し振りのマトモな食事を食べられるだけ食べて、海岸沿いで夜が来るまで待った。

    しばらくすると、私の隣りで海軍の補給を待っていた輜重兵が声を上げた。

    「おっ、見えてきた見えてきた、海軍さんの船だ」

    沢山の島が複雑に入り組んだ海峡の中から、海軍の駆逐艦が波を蹴立ててこちらに向かってくる。

    しかし、沖合まで近づいてきたところで、駆逐艦とは反対方向から米軍の魚雷艇が何隻か現れた。ソイツらは物資の揚陸を阻止すべく機銃を撃ちながら駆逐艦に接近し、揚陸予定地点の沖合で海戦が始まった。

    「おい、襲われてるぞ!」

    「大丈夫さ、海軍さんの船は強い」

    その言葉通り、駆逐艦が魚雷艇目掛けて主砲を撃つと、魚雷艇の至近距離で水しぶきが上がった。恐怖で跳ねるように魚雷艇の船体が浮き上がる。

    それが何発も続いて流石に堪えたようで、米軍の魚雷艇はもと来た方向に向けて逃げていった。

  • 29スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:11:55

    「あんなでかくて強い船がたくさんあるなら、何故私達は負けてるんだろうな?」

    「いくらでかい船があったって米軍は空から攻めてくるんだ、波に揺られながらじゃ対空砲も満足に撃てやしない。こんな夜中に来るのだって飛行機から逃げるためなんだ、軍艦なんてもう時代遅れだよ。」

    「時代遅れ、か……」

    魚雷艇をなんとか振り払い、ロープで数珠つなぎにしたドラム缶を海にせっせと投下する駆逐艦を見て、私は自分自身と重ねずにはいられなかった。

    その後、沖合に浮いている数珠繋ぎのドラム缶の端を、駆逐艦から降ろされたボートが浜辺まで引っ張ってきて、あとは陸軍の兵士で引いて陸揚げするよう言って去った。

    その言葉通りドラム缶を引くのだが、コレがなかなかの重労働である。何せドラム缶は一個100キロも有り、それが何十個もつながっているのだからウマ娘が何人いても引き揚げは容易ではない。

    何とか一列分繋がったドラム缶を引き揚げ終わり、繋いでいるロープを解いてドラム缶をジャングルの中に隠す。その頃には兵士たちは皆疲労困憊で、次の引き揚げ作業までに小休止を挟まねばならなかった。

    「ゼエ……ハア……こんなんで夜中までに終わるのか?」

    「イテテテ……やるしかねえだろ……ん?」

    息を整えてやっと作業を再開しようという時になって、海の向こうから嫌な音が聞こえて来る。

    「奴さん戻ってきたぞ!」

    「畜生、こんな時に!」

    一旦逃げた敵の魚雷艇が駆逐艦の帰投を見計らって舞い戻ってきたのだ。揚陸作業を妨害し、あわよくばドラム缶を破壊するために。

    こちらも銃を持ち込んでいる者は銃を構えるが、如何せん夜中に単発の小銃で狙える距離なんてたかが知れている。沖合から機関銃で撃って来られたらなすすべはない。

  • 30スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:15:12

    私は銃を持っていないため、ジャングルの奥にある武器集積地に武器を取りに行く。

    「貴様ッ何をしておるか!許可なく陛下から賜った銃を漁るとは……」

    「物資の回収部隊が米軍に襲われてるんだ、罰なら後から受けるさ!」

    武器の管理を担当している補給部隊の士官の叱責を受け流し、その場にあった対戦車銃と弾倉を手にとって集積所を飛び出した。持っていくには多少時間が掛かるが、魚雷艇と戦うことを考えれば背に腹は代えられない。

    武器を持ってたどり着いた時、いくつかのドラム缶は穴を開けられていたが、兵士たちの決死の抵抗でまだ殆どは健在のままであった。

    対戦車銃を構えて砂浜に伏せる。動き回る相手を狙うには不向きな銃ではあるが、相手はどんな兵士や戦車よりも大きな魚雷艇である。一発目は外すも、二発目の射撃はあやまたず船体を撃ち抜いた。追加で射撃を続け、2,3発命中が確認できた。

    敵もこちらを先に排除すべきと気付いたのか、ドラム缶への銃撃を一時停止して浜辺に向けての銃撃を開始した。

    駆逐艦には撃ち負けるとはいえ魚雷艇には口径が20mm程もある機銃が積んであるため、一発でも当たれば即死である。

    「早く隠れろ!死にたいのか!」

    砂浜の窪地に隠れている輜重兵がこちらに手招きで退避を促す。

    「安心しろ、小船の上から撃って当たるもんじゃない」

    私はその提案を蹴って射撃を続行した。私の言ったとおりに、銃弾は全く当たらず明後日の方向へと逸れていく。

    遂に向こうは狙いをつけるために速度を落とした。その隙を狙い後部のエンジンを狙って撃つ。魚雷艇は爆発炎上、乗員が火災の熱に耐えきれず海に飛び込むのが見えた。

  • 31スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:18:02

    「凄え、大手柄だ!あんた、勲章がほしいだけ貰えるぜ!」

    「こんな島で勲章なんて貰っても食えないしなあ。早く引き揚げ作業に戻ろう……それにしても、補給っていっつもこんな感じなのか?」

    「ああ、揚陸作業は時間かかるからなあ、その間に米軍に襲われてだいたい上手くいかないんだ。そもそも補給が来ない日も少なくないしな」

    「通りで前線部隊が飢える訳だ……」

    私は暗澹たる気持ちになった。尊厳を捨ててでも勝つといったが、この日の食事にも困る有様で戦争に勝てるのか?勝てないなら何のために戦ってるんだ?

    トラブルはあったものの、何とか朝までにドラム缶を全部回収し食糧、弾薬の類が手に入った。武器を勝手に持ち出した件で怒られるかと思っていたが、今はとにかく食糧が欲しいようで司令部からもお咎めなしだった。

    「それより、君にぜひ会いたいという者がいてね。この近くの野戦病院に来て欲しい」

    司令部に謝りに行くとそんなことを言われ、そこから程近い洞窟を改造した野戦病院へと招待された。

    院内は前線に負けず劣らずの地獄絵図が広がっているが、そんな地獄絵図よりも私の目を引く人物がいた。

    「お前……生きてたのか」

    「あなたこそ……」

    久しぶりに再開した私の戦友であるあの小柄な軍バは、左足が失くなっており、マラリアに罹ってもう虫の息と言うべき状態であった。

    「あの後、何があったんだ」

    「あなたが突撃していった後ついていこうとした奴もいたけど全員失敗、その後三回位総攻撃を掛けたんだけど全部失敗。私も迫撃砲で撃たれて足が吹っ飛んじゃった。でもそれからしばらくしたら弾でもなくなったのか敵が引き揚げていってね……私も後から来た味方に拾われて何とか助かったんだけど……その間にマラリアに罹っちゃってね、今こんな有様」

    「悪い、逃げてしまって。一緒に戦ってやれればこんな事にはなあ」

  • 32スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:21:34

    「良いのよ、戦場じゃ自分の面倒は自分で見なきゃいけないんだから」

    戦友が重傷を負ったという事実が容赦なく私の心を折りにかかる。痛いのも辛いのもアイツだろうに、自分の情けなさで悔し泣きしている私を、アイツは黙って見守ってくれた。

    泣いている内に心の奥底から今まで押し殺していた弱音がとめどなく溢れてくる。病人の前で気が滅入ること言っちゃいけないって分かってはいるけれど、止めることが出来ない。

    「ここに来るまで、戦争のカッコイイところだけ見て真面目に考えてなかったかも知んないなぁ私は……正直、今は戦うのが辛い。何のために戦争やってるのか、わからない。病気も怪我も飢えも、話じゃ聞いていたけど、実際目の前にやってくると……もう耐えられない」

    「……」

    「山地じゃ飢餓がひどくて、仲間の死体まで食べてしまったんだ。こうまでして戦争に勝とうとしてるのに、敵は強くて勝ち目が見えない。もう無駄飯食いで飛行機にも軍艦にも戦車にも勝てない軍バの出る幕なんて無い……教えてくれよ、私はどうすりゃいいんだ」

    「まだ諦めないで、戦う意味はあるわ」

    「えっ?」

    思わず顔を上げる。

    アイツはそう言うと、柔らかな笑みを浮かべて私に語りかけた。

    「あなたが回収した物資にマラリアの薬が入ってたらしくて。それさえ有れば私も助かるかもしれないわ。それだけじゃない、あなたの回収した食糧で飢えを凌げる人がいる。あなたの戦い振りを見て勇気を出せた人がいる。あなたのこれからの行動でも助かる人はきっといるわ。あなたの行動には確実に意味があった」

    「でも、助けられなかった奴だってたくさんいるんだぞ」

    「全部助けられるのは物語の中だけよ。少しだけでも助けられた人たちが、あなたのことも語り継いでいく、だから無駄にはならない。知ってる?あなたの事は結構な数の兵隊が噂してるわ、若いけど腕利きの軍バだって。そのうち新聞にのる日も遠くないわよ、あなたの家族も誇らしく思ってるでしょうね」

  • 33スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:25:13

    「それに軍バの役目も誇りも形を変えて続いていくわ。さっきあなたの言った飛行機や戦車の乗員だって人間より身体能力や五感の優れるウマ娘の専売特許よ。これらは後何十年かは廃れないで残るでしょうから、あなたの立てた武勲は次の世代へ語り継がれていくの。それだけじゃ戦う理由には足りないかしら?」

    話を聞きながら、全身から憑き物が落ちていくのが分かった。

    そうだ、全くもって言うとおりだ。今までだって米軍相手に劣勢であっても戦えてきたじゃないか。じゃあこれからも武勲を上げ続ければ軍バの誇りも伝統も国の平和も守れるかもしれない。

    国全体を救えるかどうかは分からない。でも戦い続ければ一部だけでも救えるかもしれない。そう信じて戦い抜くのが私の役目だ。

    「ありがとう、もう少し頑張ってみるよ」

    「頑張りなさいよ、私の分まで!」

    アイツに別れを告げて、私は飛び出した。歴史に名を残すために。

    その後物資の運搬や回収の任務で山地と海岸を何往復かした後、前線での戦闘配置に戻るように指示が来た。どうも山地の方で米軍の大攻勢があり、ここより前方に位置していた部隊は陣地に籠もって粘り強く戦ったが多勢に無勢でことごとく負けてしまったらしい。敵は次にこの山を攻略して島全体を占領する足がかりとしたいようだ。

    敵の兵力はいつの間にか私がこの島に来た時の何倍にも膨れ上がっており、追撃を受ければこの島の日本軍は全滅必至である。戦の趨勢はここで食い止められるかどうかにかかっている。

    「敵は幾万、か……好きなだけ大暴れ出来るってわけだ!」

    「今回ばかりは、僕も命を捨てなきゃならないらしいねえ。何せ戦いのために恥を忍んで生きてきたんだから」

    何時ぞやの眼鏡の男が語りかけてきた。

  • 34スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:31:16

    「そういえば、君にぴったりの良い知らせを教えてあげよう。つい先日捕獲した米軍の兵士を尋問したんだが、この山の陣地のことを米軍はなんて呼んでたと思う?」

    「何だ?」

    「Galloping_Horse……英語で『駆けるウマ』って意味らしい。戦う前から縁起の良い話だと思わないかい?」

    「ハハハ、ソイツぁ良いな!死に場所にぴったりだ」

    タダの験担ぎと言われればそうかも知れない。でも死闘に向かう私達にとっては何より勇気づけが大事なのだ。

    その日の明け方、米軍はお決まりの爆撃と準備砲撃の後に攻撃を仕掛けてきた。まずは敵に気づかれない位置に掘った壕から飛び出し、敵歩兵分隊を一気に死角から銃剣で滅多刺しにする。敵歩兵の死体を盾に敵の機関銃に肉薄、手榴弾で爆殺。そのまま敵の隊列の中に突っ込んで引っ掻き回す。迫撃砲手を拳銃で射撃して殺害。戦車に肉薄して視察孔から手榴弾。白兵戦を挑んで来る敵の軍バに距離をとって小銃で射撃して制圧。

    「奥のやつは部隊の年長者だな……コイツ殺れば総崩れだ……ホラやっぱり!右の分隊は新兵しかいない……白兵突撃の訓練は不十分そうだ……幸い奴らの前の機関銃手は恐慌状態……敵を見ないで撃ちまくってるだけだ……ここから突っ込める……突撃!やっぱりだ、面白いように逃げていく!」

    ここ最近調子が良いせいか戦場のありとあらゆる情報が大量に入ってくる。それを元に考えて、体を動かして、銃を撃って、手榴弾を投げて、銃剣で刺して……。これまで戦闘経験を積み重ねてきたせいか戦場でもだいぶ頭が回る用になってきたみたいだ。

    そういえば、競走バの間で『領域』なるものがあると話題になっていた。自身の限界を超えた力が引き出せるらしいが、競走バでも使える者は一握り、軍バで出せた例は未だないという。恐らく私が初めてなんだろうな……。

    敵陣の真っ只中で大暴れしていると、損害が許容できなくなったか恐怖で総崩れになったか、総退却を始めたようだ。僅かな殿を残して陣地からでていく。追撃してもいいが自陣から離れすぎるのは不味い。取り敢えずその日は戦闘を終えることにした。

  • 35スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:37:29

    次の日も、その次の日も米軍の突撃と戦い続けた。しかし戦闘を重ねるにつれ、私は兎も角味方がドンドン消耗して押されていき、遂には山地の西端の方まで押されてしまった。これ以上は逃げるところがないので、ここが失陥すればもう米軍を抑える者はいない。

    「これから我が部隊はこの陣地を捨てて撤退しようと思う。幸いにして新しく来た増援部隊は既にこちらに向かっており、我々に代わり敵軍に対する遅滞戦闘を行ってくれる手筈になっている。」

    「ですが、我々が撤退するにせよ殿軍は必要です。敵を引きつけるだけの実力のある者でなければ……」

    「私がやりますよ」

    間髪入れず手を上げた。ここで敵を食い止められれば残余の部隊数百名が撤収できる。この数百名の兵力を逃したことが戦局を変えてくれるかもしれない。

    「それはダメだ!君にはもう十分働いてもらった。残りの仕事はここから帰ることだけだ」

    「殿を出し渋っては追撃を受ける危険が高まります。私もかなり大暴れした記憶がありますが、それでも敵の予備戦力は一向に減らない……恐らく敵兵力は一万を超えるものと推察されます。それに見合うだけの殿軍が必要だ」

    「……。」

    会議は静まり返った。それだけの敵兵を食い止める自信はないのだろう。結局指揮官は私を含む五十名ほどの部隊を編成し、殿軍として残置することにした。

    翌日の日が昇る前に、部隊は山を下り、ジャングルの中に消えていった。

  • 36スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:43:03

    「アンタも残ったんだな」

    「命を捨てなきゃいけないって言っちゃったからね。それより君には家族がいると言っていたはずだ。今からでも遅くないから山を降りなさい、どうせ誰も責めやしない。」

    「正直、私にはここ以外で死に場所が見つけられそうにないんだ。」

    「何故だい?こんな島に愛着があるわけじゃ無し」

    「以前競走バについて聞いたことがあるんだ、ウマ娘にはこの世の理屈や科学じゃ解明できない欲求があって、特定のレースに拘ったり怪我するとしても出走したがったりするのはそういう超常的な欲求の産物なんだと。だから皆産まれたときから本能的にレースに挑むらしい。軍バにもそういう欲求があるんじゃないかなあ、今私を突き動かしてるのはそれだ」

    「競走バは怪我しても死ぬわけじゃないだろう。君は死ぬことが家族や友人を悲しませるとしても良いのかい?」

    「母さんにも、父さんにも、お嬢様にも悪い事したって謝んなきゃいけないなあ……それでも止められそうにないんだ!アッハッハッハ!」

    最期の戦いを前にして、私の心はどうしようもなく高鳴っていた!

    その日、米軍は戦車や火砲主体で攻めてきた。流石に歩兵を出したら損害が馬鹿にならないのは学習したらしい。しかし険しい山地で思うように動けないところへ肉薄攻撃で多数の戦車を撃破したので、それでも向こうは損害に頭を悩ませることになった。

    私達は五十名ほどの部隊で三日も時間を稼ぐことに成功した。しかし弾薬はほとんど尽き、私以外の兵士は皆死ぬか重傷を負ってしまった。

    「もうお前の悪運もここまでだな」

    「ハハハ、心配ないさ……僕が死んで悲しむ人はいないからね」

    「じゃあ何故隊の中でお前が一番生きることに固執していたんだ?他の奴は妻子がいても飢えて死んでいくようなのばかりだったと言っていたじゃないか」

    「国のためだよ……家族にほとんど構ってもらえずマトモな職もなく口減らし同然で家から追い出されて……そんな食い詰め物が行ける場所は軍隊しか無かった……家族も友達も見捨てたけど唯一国と軍隊だけは助けてくれたから」

    「今ここで念願かなって国のために死ぬことが出来たってわけだ」

  • 37スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:48:47

    「何時になく当たりがキツイね……?」

    「当たり前だ、死ぬ前に人肉食わせたことの落とし前付けさせるの忘れてたことに気付いたんだ」

    「じゃあ……最期に謝っておこうか……ごめん……なさ……い」

    そう言いのこすと、眼鏡の男は全身に砲弾片が刺さったまま息絶えた。

    「……最後の一人か」

    私は陣地内に残った装備と弾薬を全てかき集め、最後の突撃を敢行することにした。実はここまでの戦いで何発か爆風や砲弾片を受けて、もう敵陣を突破しても日本には帰れそうにない。今日は暴れるだけ暴れて、今あるのが尽きたら敵から奪ってまた一暴れしよう。

    「父さん母さん、先立つ不幸をお許しください、っと!」

    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    その日、米陸軍はかつて無い災厄に見舞われた。日本軍のウマ娘が単騎で突撃を仕掛けてきたのである。それだけならただ機関銃で破砕すれば済むこと。ガ島におけるいつもと変わらない『日常』である。

    ――――ある一点を除いては。

    そのウマ娘は、猛烈に強かった!

  • 38スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:50:33

    どれだけ警戒しても意識の外から切り込み、どんな精鋭部隊も肉薄し壊滅させる。体格も武装も勝るウマ娘相手を容赦なく撃ち抜き切り刻む。戦車に取り付いて車内に手榴弾を投げ入れる。猛烈な突撃で砲兵陣地まで破壊する。何人か攻撃を当てたという者もいたが、全くその勢いの衰えるということはなかった。

    そのまま敵飛行場まで侵攻し、飛行場の設備や航空機まで破壊し始めた。大量の航空燃料や爆弾が燃え盛り、そこから立ち上る黒煙は島の何処からでも見えるほどであったという。

    最終的には海上からの艦砲射撃と空母艦載機の爆撃、生き残った砲兵部隊が、飛行場諸共そのウマ娘に向けて攻撃し……飛行場の壊滅と引き換えに破壊活動は収まった。しかし多大な被害を負ったことに加え、その死体を確認できていないということで、しばらく再攻撃の恐怖から逃れられなかった米軍は活動を大幅に制限された。

    この間に日本軍は整然と撤収作戦を開始しまだ生き残っていた部隊は大半が撤収に成功、その中にはGalloping_Horseに布陣していた部隊の生存者約数百名も含まれていた。

    戦場で初めて領域を開花させた彼のウマ娘の名は、味方には救世主として、敵には悪魔として、後世まで語り継がれたという。

    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    「……そんな人が、私の若い頃にはいたのよ」

    「ウッソだぁ~!おばあちゃんがそんな人と知り合いな訳無いじゃん!」

    戦場で足を失った小柄なウマ娘が、孫たちと和やかに談笑していた。長い時間が経って、日本もここ七十年戦争のない全く平和な国となった。

    結局あの後戦争に日本軍は負けた。彼女の戦いぶりは確かに米軍に対し大きな打撃を与え、多くの日本兵を勇気づけたが、その後米軍は膨大な国力に任せてすぐに戦力を補充、太平洋から撤退していく日本軍への追撃を再開した。南方の島々で日本陸海軍は各個に撃破され、遂には日本本土へと迫った米軍に対し降伏を選択することとなった。

  • 39スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:56:11

    そして歩兵としての軍バも戦場での影響力を大幅に縮小した。ガダルカナルの戦いは軍バが歩兵として未だ有用性を保持している事の証拠であるとする主張も有ったが、結局彼女ほどの強力な軍バはその後現れなかった。軍バは戦前に多くの軍人が予想した通り、運搬力でトラックに負け、制圧力で機関銃に負け、突破力で戦車に負け、機動力で航空機に負けた。人間と同じ戦列に組み込まれた軍バの有用性は、同じだけの訓練を積んだ人間の兵士とさほど変わらなかった。

    さらに戦争で多くの軍バが命を落とし、その数が世界的に大きく減少したことで、世界の軍事大国が軍バに頼らない戦争を志向したことも、軍バの立場悪化を招く。今や戦場の主力は戦車や航空機等の機械兵器であり、人間より数が少なく多量の食糧を消費する軍バは特殊部隊や戦闘機パイロットなどに少数配備されるのみとなった。

    これに加えて大国同士の全面戦争がほぼ起こらなくなったことも相俟って、戦後、ウマ娘の活躍は人々に娯楽を提供する競走バが主な舞台となっていくのであった。

    『ウマ娘』。彼女らは”走るために“生まれてきた。
    ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と
    ともに生まれ、その魂を引き継いで走る――。
    それが彼女たちの運命。

    この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、
    まだ誰にもわからない。
    彼女たちは走り続ける。
    瞳の先にあるゴールだけを目指して――。

  • 40スレ主 ◆9vKHCtJYqw21/11/06(土) 22:56:51

    ここまで長々と読んでくれてありがとうございます。
    歴史上の出来事を考えれば、競走馬だけでなく軍馬や輓馬もいるだろうという意見から妄想を膨らませて書きました。
    第二次大戦を境に軍馬は先進国ではほぼ消滅します。
    騎兵部隊がその内にお払い箱になると主張し、騎兵不要論が白熱していったのもこの頃です。
    そんな中騎兵部隊は武勲を上げて時代遅れでないと証明したい、あるいは愛馬に活躍の機会を与えたいなどの思いを胸に、戦場へ勇ましく突撃していきました。
    そんなウマ娘たちもいるんじゃないか……そう考えて書きました

    軍事には詳しくないのと、私の文章力の不足のせいで、かなり歴史考証的に間違った部分があります(書きながら気付いた部分も結構ある)あまり指摘しないでください。

  • 41二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 23:03:20

オススメ

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