- 1二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:35:33
- 2二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:37:28
概念は生やすもの。ということでイッチよSSを書け
- 3二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:41:36
やだよお兄ちゃんに『悲しい女だね君は』って言われるカレンチャンとか
- 4二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:44:01
カナロア『指先に触れては感じる 懐かしい痛みが』
(カレンチャンとの遠い日々を思い返しながら) - 5二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 23:49:55
じゃあ書くかぁ……ちょっと待っててくださいね
- 6123/01/07(土) 00:17:28
「ーーっ……」
絶句していた。
私はトレセンに通うウマ娘。名前は……どうでもいい。戦績も、今はどうでもいい。
短距離を……カレンチャンと同じ短距離を走っているということだけ分かれば、それでいい。
カレンチャン。
今や知らない人はいないだろう。ウマスタだとかの色んな媒体で、その名を見ないことはない筈だ。
人気があまりないと言われた短距離を、一躍注目の的にさせたウマ娘。
そして……私の最愛の人。
この気持ちが芽生えたのは、いつだっただろうか……と、悩むまでもないか。
私が、重賞二連勝含む五連勝で、高松宮記念に殴り込んだ時。その時に他ならない。
初G1にして、一番人気を背負った、あの時。
あの時は、無敵感があった。
誰がやってこようとぶっちぎれるという、驕った全能感があった。
そんな考えを、見るも無残に打ち砕いてくれたのが、他でもない、彼女だった。
彼女のことは知っていた。ライバルだし、既にG1一勝。結構有名になっていたから。
でも、それでも、抜けると思っていた。今の私の脚なら、彼女なんか置き去りにできると思っていた。 - 7123/01/07(土) 00:18:02
『電撃の6ハロン』とは、よく言ったもので。
私には、忘れられない電撃が走った。
彼女の、レースの外で見せる顔との、あまりのギャップ。
普段からは想像できない、勝つことだけを一心に見つめたその目。
私の頭は、焼き切れてしまった。
あの時の言葉を、私はまだ覚えている。
「あなたと一緒なら、短距離は……ううん、カレンは、もっとカワイくなれる!」
そう言って、手を伸ばすのだ。
一着だった彼女が、三着だった私に。
「……なんで……私?」
こう私が言ったのも、当然だろう。だって、三着。
二着にも有名な娘が入っているのに、なんで私なんだろう。
そう思って、聞き返した。
返答は……
「だって……カレン、あなたしか見てなかったもん」
「……え?」
返答は、衝撃的なものだった。 - 8123/01/07(土) 00:18:46
とりあえずここまで
まいった……思ったより導入が長くなりそうだぞ…… - 9二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 00:42:26
続き待ってる
- 10二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 00:43:28
とりあえず10
- 11二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 00:52:10
このレスは削除されています
- 12123/01/07(土) 00:54:35
「あなたの末脚は、よく知ってる。このレースも、もし負けるなら、あなたにだって思ってた。私も連勝でG1取ったから、ちょっとした意識はあったの……かも?」
「……最後の直線に入ったとき、前開かなかったでしょ?私がいたから」
「……うん」
「あんまりカワイくないから好きじゃないんだけど、お兄ちゃんと相談して、そーゆー作戦にしたの。実際……カレン得意だし。コレ」
そのちょっとした言葉、ちょっとした微笑みに、レース中の、彼女の姿を見た。
そうだ、この顔。この顔が、目に焼き付いて……
「でも、あなたはカレンにそこまでさせたの。そーゆーことでもあるんだよ?」
すぐに、いつもの笑顔に戻った。まるで、本能を覆い隠すように。
「心配しないで。あなた、もっとカワイくなるから。あなたには、カワイイの素質、感じるもん♪」
「カワイ……く?」
「うん!……あ、もうライブの準備の時間!行かないと……ウマスタ、フォローしてねー!」
「……は、はぁ……」
そう言って、走り去る。私も、ぽかーんとしてる訳にはいかないのだが、何故か、足が動かなかった。故障だとか、疲労だとか、そんなものではなく、ただ、脳をソーダに浸したような、謎めいた感覚だけがあった。 - 13123/01/07(土) 00:55:54
待っててくれる人がいるってのは嬉しいぜ〜
まだ……まだ導入だけどゆるして - 14123/01/07(土) 01:07:41
あの時、もっとカワイくなるって言ったのは……強くなる……ってことだったんだろうか。
未だに、よくわからない。
そうだったのなら、もしそうなのだとしたら。
彼女の予想は
的確に、当たったのだろう。 - 15123/01/07(土) 01:13:39
「ゴォォォォルイン!手を挙げた……」
6ヶ月と、1週間後。スプリンターズステークスにて。
掲示板に映し出された数字、その順番の映し出された瞬間が、私の人生の中で最も嬉しかった瞬間だった。
彼女は二番、私は一番。今度は、地面に倒れこむ彼女に、手を差し伸べる側となった。
その事実が、嬉しくて、嬉しくて、もうたまらなく嬉しくて。
「どうです?私、カワイくなりました?」
うんと爽やかな笑顔で、言ってみせた。それは、彼女への意趣返し。
「……うん、うん!とっても!」
ーーそれ以上の笑みで返されるとは、思ってもいなかったが。
「だって、見て!」
そう言って、彼女は掲示板、そして、観客席を向く。
「勝ちタイムはッ……やはりレコード!1.06.7!」
実況が、興奮した声で、
『うおおぉぉぉっ!!』
観客はその倍どころではない歓声で。
こんな祝福を、一身に受けていいものかと、不安になるくらいで。 - 16123/01/07(土) 01:15:25
「こんな歓声……カレン初めて……悔しい、悔しいけど……これは、あなただからできた、あなたにしかできなかった、"カワイイ"なんだよ!」
恍惚した表情で、興奮を隠し切れないように、彼女はそう告げた。
サクラバクシンオーが残した、『宿題』。
そうまで言われた、偉大なる先輩のレコードを、あなたが書き換えたんだと。あなたが、『歴史』になったんだと。
「ほら行って!ライブの準備!舞台の上じゃあ、負けないからね!あなたのファンまでメロメロにしてあげる♪」
そう背中を押された時、ふと後ろを向いた時に、満面の笑みで祝福してくれた彼女に。
観客のはち切れんばかりの祝福より、嬉しくなっている自分に。
やっと気付かされた。
(あぁ、私、この人が好きだ) - 17二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 11:54:16
よ、読んでるだけで、こっちの脳が、ガガガ……
- 18123/01/07(土) 12:09:42
彼女のファンが、そのA面で恋をするのなら、
私は、彼女のB面に恋をした。 - 19123/01/07(土) 12:16:46
このレースをきっかけに、彼女とは、プライベートでもよく付き合うようになった。
私の知らない場所、知らないものに、彼女は触れさせてくれた。
「……は、はちみー……ですか?」
「そ、今の流行りなの♪はちみーをこう……顔の隣に持っていって……ほら!あなたも♪」
「は、はい!」
自撮りなんてしたことないから、画面に映る自分の姿に違和感を覚える。
そんなことを考えてる間に、写真はもう撮り終えたらしい。
「うん、いい笑顔。#Curren #友達と #はちみー #レースでは #ライバル #カワイイカレンチャン ……っと♪」
「それ、なんです?確か……うまったー?」
「ちがうちがう!これウマスタ!」
「そーなんですか……私、あんまり詳しくないので……」
「結構有名なんだけどなぁ……」
「この、はちみー?も、噂程度には知ってましたけど、飲んだことは……流行りものには疎くて……」
「……おっと〜?」
彼女の話によると、はちみーは2年前くらいからずっと人気の大ヒット商品なのだと言う。
世間知らずだと思われてか、『もしかして、王族だったり?』と疑われた。断じて違う。確かに、トレセンには王族がいるという噂もあるが……(私は信じていない、そう易々といてたまるか) - 20123/01/07(土) 17:50:11
「うーん、カワイイんだから、すっごくファンも増えると思うんだけどな〜……残念。まぁ、やるやらないは人それぞれだしね♪」
「か、カワイイだなんてそんな……」
正直なことを言うと、レース前後の成り行きで認めてしまったが、普通に言われると……こう……恥ずかしい。
あんまり気にしたことがないのはさておき、そんなに自分を卑下したくもないので、ウマ娘に足るだけの可愛さもあるつもりではある。
ただ、可愛いと言われたことは少ない。どっちかというと……怖い……らしい。
「カワイイよー!だって……ほら!」
そう言って彼女は、私にスマホを見せつけた。なんだろう……コメント?
『カレンチャンがカワイイのは当たり前として……隣の子メッチャカワイくない!?』
『えっ誰コレ!?メッチャカワイイ!』
『カワイイ×カワイイはなんらかの法律に反しますよね?』
『スプリンターズ、高松宮一、二着コンビ推せる〜……え!?二人仲良しなの!?は!?!?死ぬが!?!?!?』
……自分の頬が、赤く染まっていくのを感じる。
嬉しいと恥ずかしいの板挟みで、変な表情になっていないだろうか。
「わ、わかりました!ありがとうございます!は、恥ずかしい……」
「あらら、顔隠しちゃって。カワイイ♪」
ぱしゃり
……え? - 21123/01/07(土) 17:52:30
「え!?写真撮ったんですか!?」
「さて、どうでしょう♪」
「いやいや音してましたよね!?シャッター音!」
「でも、見てないでしょ?」
「そんな無茶苦茶な……」
しばらくの沈黙と、数度のタップ音があって、
「……ねぇ、写真ウマスタに上げていい?」
「やっぱり撮ったんじゃないですか!!」
自白は思ったより早かった。
「……ダメ……?」
「うっ……」
惚れた弱みというやつか。断り切れない。
いや、この誘惑に耐えられる者などいるのだろうか。蠱惑的な、同情を、いや劣情を誘う、口元、指先、上目遣い。本当に、流石と言わざるを得ない。
「……べ、別に、ダメとは言いませんけど……」
「やったあ♪ありがと♡」
「どうも……」
曖昧な返事をしながら、彼女の指先を目線で追う。
右へ左へ。上へ下へ。その動きさえこちらを誘惑しているようで、ちょっとした恐怖まであった。
その動きが止まったと思うと、少し戸惑った声で、彼女は言った。
「……すっごい伸び……」
この一連の投稿は、彼女のウマスタ史上、2番目の伸びを記録したという。 - 22123/01/07(土) 17:58:40
「ーー引退……?」
クリスマスも、ウマ娘的には有馬記念も迫ったある日、彼女に、衝撃的なことを切り出された。
「うん。……あなたには、先に話しておこうと思って」
それは、あまりにも唐突で。口を開けたまま、空っぽな目で、彼女の顔に目線を滑らせた。
「あ、競技生活じゃないよ!カレン、まだまだ走れるし!トゥインクルシリーズをってだけ」
こっちの動揺を悟ってか、一番の懸念を否定してくれた。
こういう感情の機微には、彼女はとても鋭い。まるで心を読んでいるみたいだとすら思う。
「それは……まぁ、先輩の決めたことなら、私は応援するだけですけど……またどうして?」
あんまり、理由が思いつかない。
実力もある。トゥインクルシリーズの現役として長い訳でもない。戦績を綺麗に、衰える前に終わらせたいというのならわかるが……そしたら現役を続けはしない。
そもそも、彼女にはまだ夢が残ってるではないか。
「……短距離を有名にするって夢は、どうするんです?」
「うん、それにも関係あるんだ」
夢を諦めたとか、忘れたとか言う性格じゃないのは知っている。
そんな彼女がトゥインクルシリーズを退く理由が、どんなに考えても分からなくて、真剣な表情をして、聞いた。 - 23123/01/07(土) 17:59:52
取り敢えずここまで
本当、本当すんません……曇らせるために色々書かせて下さい…… - 24二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 20:25:33
いっぱい曇らせのスパイスをふってくれ
- 25二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 20:55:45
- 26123/01/07(土) 21:26:13
「理由は二つ。一つは、達成したから」
「達成?」
「そう。この一年で、短距離路線は格段に盛り上がったでしょ?カレンのフォロワーさん達も、レース見てくれるようになったし、そうじゃない人たちも、ニュースとかを通して見に来てくれたりするようになったから。これが一つの理由」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
去年よりは、競馬場に来てくれる人が増えた気がする。というか、2割は増えた。
これは、うん、すごいことだ。オグリさん、ウララさん、あと……あの英雄さん方には及ばないまでも、一種の社会現象と言ってもいいだろう。
あとは、これを持続できるかどうかだが……
「二つ目。簡単に言うと、後継者が見つかったの。この娘なら、短距離をもっと盛り上げてくれるって、確信できる娘が」
……成る程、そういうことか。
「後継者……後継者ですか。相当に信頼されてるんですね……じゃあ、トゥインクルシリーズはその娘に任せて、先輩はドリームトロフィーリーグの短距離路線を盛りあげると……」
「そういうこと♪だけど……もう、まだ気づかないの?鈍感なんだから」
「……?何がです?」
私が困惑していると、彼女はやれやれといった感じで、
「だーかーらー、この一年、カレンと激闘を繰り広げて、短距離を盛り上げたのはだれ?私が確信できるほどの、信頼のある後輩はだれ?……一人しか、いないでしょ?」
彼女が、私を見つめる。私だけを。 - 27123/01/07(土) 21:28:09
……そうか、私は、信頼されているんだ。任されたのは……私なんだ。
「……わ、私?」
「やっと気づいた♪カレン、その察しの悪さだけは心配だなぁ」
「で、でも、だって……」
「だっても何もだーめ、禁止」
有無を言わせぬ態度は、自分を問答無用で肯定してくれるようで、嬉しかった。
嬉しかったが、同時に不安もあった。
「私、先輩みたいにファンサ上手くないし……ちょっと心配で……いや、勿論先輩の引退を止める気はないんですけど……」
本心だった。正直、彼女の後を、私が継げるとは思えない。実力が彼女に劣っているとは、私とて微塵も思わないが、しかしそれと人気はまた別だ。メディア戦略その他において、彼女は他の追随を許さない。私と、私の同期の三冠バがメディアに明るくないので、よく比較されるものだ。これからは短距離界の顔となる身。スプリンターズS後にファンサの勉強もしたが……冷静に考えてみるとやはり、私には向いていない気がするのだ。
「むぅ、だから言ってるでしょ?」
少し頬を膨らませて、私を真っ直ぐに見つめて、彼女ははっきりと口にする。
「私が心配なのは、その察しの悪さ『だけ』。わかった?察しの悪い後輩ちゃん♪」
「……!」 - 28123/01/07(土) 21:29:36
そうだ。彼女が私を信じているのに、私が自分自身を信じなくてどうする。
クラシック期直前だというのに、もう少しのところで勝ちきれない歯痒い時期もあった。
高松宮からの連続の二着で、トレーナーが変わったこともあった。
でも、それらを乗り越えてきたのは、他でもない自分自身ではないか。
私が中距離を諦め、短距離路線で活躍したのと同じように、ファンとの接し方がわからない私には、私だけの持ち味があるはずだ。
ファンを喜ばせる、なにか……なにか……が……
ーーある光景が、蘇った。
『これは、あなただからできた、あなたにしかできなかった、"カワイイ"なんだよ!』
ーーあぁ、そうだ。私の持ち味は……
「……ロア〜……おーい、後輩ちゃーん」
「あ、はい、はい、なんでしょう」
「ぼーっとしちゃって、どうしたの?私の言葉に、そんなに感激した?」
「はい、感激しました!」
「……ふ〜ん?」
「……?」
私は、正直なのが良いところと彼女によく褒められる。察しが悪いのがよくないところとも。それでも、そんな私でも今回は、なにか、嫌な予感がした。 - 29123/01/07(土) 21:32:39
「決めた!カレンの引退レース、あなたも出て!」
唐突に、彼女から命令された。
「えっ、え……ど、どこです?高松宮記念?」
「んーん」
困惑する私に、彼女は遠くを指差して、
「リベンジ♡」
それだけでわかった。いや、わかってしまった。
「ま、まさか……」
「そう、香港スプリント」
びっくりした。いや、本当に驚いた。海外レースに簡単に出てとお願い(めいれい)する彼女にもだが、それより、その名前である。
香港スプリント。それは、短距離バにとっての頂点であり、同時に、その難易度は凱旋門賞以上とも言われる、日本勢の『鬼門』。
過去名だたる名ウマ娘が挑んだが、全て惨敗。連帯どころか、去年の先輩の5着が『最高着順』であった。つまり、最近になって掲示板に乗るのがやっとという有様。
その敗因は、凱旋門賞が勝てないと言われるような、バ場の問題ではない。ただ単純に、向こうのウマ娘達が強すぎるのだ。
そんなところで、完全なアウェーの場で、彼女は引退しようとしている。
最後まで、彼女は挑戦者で居続けるという。
……面白い。 - 30123/01/07(土) 21:35:22
「……わかりました。行きます」
「まぁ、これは私のワガママだから行かなくても……って、え?」
「行きます」
「……ほ、本当?そんな二つ返事で大丈夫?」
提案した彼女本人が困惑している。やっと、やっと少し、やり返せた気がする。
「勿論。私もちょうど、年明けまでに一戦したかったんです。しかも、完全ホームの相手と」
「……私は、『歴史』を開く者。私のファンに見たいのは、私の圧倒的な強さ。それに応えたい。それが私の"カワイイ"だから」
もう迷いはない。彼女への返答に一拍も置かなかったのは、彼女を継ぐ覚悟が無かった自分自身への戒めだ。
それを聞いた彼女は、静かに、私のそばに、近寄ってき……てぇ!?
「…………」
「ちょ、ちょっと先輩!?だ、抱きつくなんて……」
「ありがとう。カレン、幸せ。こんな立派な後輩……んーん、ライバルに託せたんだもん。カレンとっても、とーってもうれしい!」
「わ、わかりました!は、離れて下さい……誰かが見てるかも……」
本当のことを言おう。
ドキドキでそれどころではない。
周りのことが見えない程に、今の私は、緊張と多幸感をミックスした、ふわふわした気持ちだった。 - 31123/01/07(土) 21:39:06
彼女が離れた後。彼女の匂いがまだ鼻腔の奥をくすぐる中で、私は言いたいこと、本当に言いたかったことを思い出した。
一つ咳払い。息を整えて、完全に平常心に戻してから、彼女の目を見て、言った。
「……それと……出る理由にはもう一つあって……」
「うん、なあに?」
怒られるかもしれないけれど、私には、私達には、言っておかなければならないことだった。
「引退は、私の背を見てしてほしい」
ピリッとした緊張感。駆け抜ける闘志。
一寸前までの甘い空気は何処かに吹っ飛んだ。
私より察しの良い彼女が、その意味を間違う訳もなく、私が惚れた、あの顔をして、
「……うん、ワンツーとかになったら、盛り上がるんだろうなぁ……」
「……でも、そうだなぁ、まだ心配だから、ちょっとだけライブの指導をつけてあげる」
「……勿論、二着までの、ね」
宣戦布告は受け取られた。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
それでも最後には、笑顔で別れた。当たり前だ。どちらにも、悪意なんてないんだから。
ただ、闘志だけを秘めて。
私達は、別れた。 - 32123/01/07(土) 21:42:29
- 33123/01/07(土) 21:44:13
SS投稿初めてなので、感想がもうバチボコに嬉しいです
ありがとう優しい人達…… - 34123/01/08(日) 00:58:08
世間が有馬記念で沸き立つ中、舞台は香港、シャティン競バ場。
ここに、二人の勇士が立っていた。
「こんな名前を背負うなんて……うぅ〜……重圧が、重圧が重い……」
「いいじゃん、カワイイよ。『龍王』さん♪」
香港に日本のウマ娘が遠征する時には、向こうのファンにもわかりやすくなるように、香港名というものが与えられる。大体は名前の直訳通りの漢字が当てはめられるのだが……
私の場合、名前の下の方から連想されたのか、『龍王』だなんて名前を与えられてしまった。
そのせいで、パドックの時もライバル達から「龍王……?」なんて顔をされた。中には目を輝かせてる子も。
……そろそろ入場。発走時刻が近づいている。地下バ道で、彼女と最後の会話を交わす。
「……いよいよだ。カレンのトゥインクルシリーズの終わり。ラストラン……!」
「こんなに近くだけど、私はあなたのラストラン、見届けませんよ」
「ふふっ……離されすぎて見えませんでしたってなっても、もう一回はなしだからね?」
軽い冗談を言い合って、互いの精神を落ち着かせて。
完璧な状態で、目の前の相手諸共ライバル全てを退ける。
こんな引退レースなら悔いはないだろうと私は思ったし、彼女も、引退前に私を下していかないと気が済まないようだった。
ちらりと横顔を見る。あの時の目と同じ。
私が恋したあの時の目のまま、彼女はターフを去るのだ。
それがすごく、嬉しかった。 - 35123/01/08(日) 01:02:17
以前、スプリンターズSが『最も嬉しかった瞬間』だったってことは、言ったと思う。
では、『最も幸せな瞬間』は、いつだったか。
「捉えるか!捉えるか!捉えた!」
ーーあぁ、
「残り100!ここで完全に先頭に立った!」
思えば、あの時が、
「これは強い!!」
ファンに応えて、彼女に応えて、
「香港勢を玉砕!粉砕しましたァッ!!」
彼女に背中を見せていた、あの時が一番、
『わあああァァァァ!!!』
幸せだったなぁ。
映し出される掲示板を見る必要もない。足音は、はるか後ろから聞こえていた。
何度も、何度も私の名前が聞こえる。日本語で、知らない言葉で。
そんな中、私は驚く程冷静で、なんということもなく、観客席を見ていた。
いや、思えば訳がわからなくなっていたのだ。それも自覚はあったのに、ただ、観客席を見ていた。
そんな中で、ふと、気がついた。 - 36123/01/08(日) 01:04:14
(あの子、前も私を見に来てた……)
香港まで、わざわざ来てくれたのか。
香港スプリント日本勢初制覇。
つけた着差は2馬身半の圧勝。
後からついてくる名声はあっても、ただその時は、目の前の人に示したかった。
ここまで来てくれたファンに顔を向けて、
去っていく先輩には背を向けて、
振り返らずに、
ただまっすぐ、
「……やった……っ……」
一本指を立てた。 - 37123/01/08(日) 12:17:49
「悔しい」
彼女からの最初の一言は、それだった。
「あーあ。ワンツーフィニッシュ、夢だったのになぁ……」
前髪が影になって、顔がよく見えない。
うっすらと光る何かを、私は何も聞けなかった。
無理もない。他のウマ娘に聞いたが、彼女はスタート直後に何かにつまづいたらしい。
彼女自身は絶対言わないことだけど、引退レースがそんな形で終わって、泣きたい程にやりきれないに違いない。
でも、私には何もできない。
勝者の私には。
彼女ほど、気が使えないから。
何をすればいいのか、わからない。
「ーーでも!」
「私は嬉しい!!」
「……え?」
……彼女は、強かった。
それはもう、私なんかが心配しなくて良いほどに。勢いよく頭を上げた彼女の瞳から、眩しいものが、とれていった。
「おめでとう!あなたは『歴史』を開いたの!宣言通り!」
「私が負けたのがあなたで!私を継ぐのがあなたで!ほんっっっとうによかった!!」 - 38123/01/08(日) 12:38:23
思えば、彼女はいつもそうだったのだ。
自分も悔しかったはずなのに、いつも私を労ってくれた。
あんなに真剣にレースと向き合っていたのに、終わった後は、変わらぬ態度で接してくれた。
泣かない君が、泣けない私を、支えてくれた。
「こんな結果になっちゃったけど。あんな啖呵を切った手前、引退撤回だなんて、カワイくないから。このまま、カレンは引退する」
気丈に振る舞う姿が、私に何も言わせない。
彼女のファンは、その笑顔に惚れたのだし、
私は、彼女を尊重したかった。
「ーーねぇ」
「『夢でもし逢えたら、素敵なこと』でしょ?」
彼女は、小指を差し出す。
私は、何も言わない。
「約束しよ?いつかまた、ドリームトロフィーリーグで」
何も言わない。
「……ありがと」
何も、言わない。 - 39123/01/08(日) 12:47:46
「……さ!いったいった!お馴染みの、ライブを急かすカレンチャンだよ!」
少しの微笑の後に、
いつもの彼女に、戻るーー
「今日はまた、随分と豪華な舞台みたいだ……し……」
彼女の言葉が、急につまりだす。
笑顔が、ぎこちなくなる。
私は、いつまでも後輩だったけど、
今日は、友達として。
「……今日くらいは、良いじゃないですか」
しばらくの沈黙が過ぎる。
私の勝負服の端を掴んで、
顔を俯けて、
彼女は、途切れ途切れの声で言った。
「……せめてっ……さいごのひまで……せんぱいには、あまえきってよ……っ」
私は、前を向く。
観客席の方を向いて、彼女が、向こうから見えないように。
大きく息を吸って、全員に聞こえるように、叫ぶ。 - 40123/01/08(日) 12:48:13
「連覇!!!」
観客のボルテージが、最高潮に達する。
地鳴りのような歓声が、私達を包み込む。
もう来年の予定を決めてしまったけれど、知ったことじゃない。
腹を壊していようと、足が折れていようと、なんとしても出てやる。
とにかく
今は、今のことしか考えられなくて。
彼女の人目を憚らぬ声は、観客どころか、もう私にも聞こえない。
私は、二本の指を空に掲げた。 - 41123/01/08(日) 12:49:41
やっと本編入ります……
見切り発車でSSを書くのはみんなやめよう!(1敗) - 42二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 12:51:26
1ありがとう…
- 43二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 12:56:04
- 44二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 12:59:01
そういやこれ龍王の脳破壊する話だったな…
- 45123/01/08(日) 18:23:46
香港国際競走に招待されるときは、送迎は向こうの人が行ってくれる。
空港まで、彼女と私を乗せて向かっている途中だった。
「ーー香港にも、郊外みたいなところはあるんですね。みんなピカピカしてるもんだと思ってたなぁ。ねぇ、先輩」
先輩に呼びかけてみる。
別に、直前まで会話がなかった訳ではなく、単純に、外を見てぼーっとしていて、気がついたことを言っただけだった。
返答は……
「……すぅ……すぅ……」
「……寝ちゃったか……そりゃそうだ」
でも、彼女はそうじゃなかったらしい。
ある時から、会話が途切れたのは、疲れて眠ってしまったからだった。
あれだけ動いて、あれだけ心を動かした。レース自体は2分もかからないけれど、他人が思う以上に、レースをした後の私達は疲れるのだ……っと……
「ふあぁぁー……私も、ちょっと眠いや」
そう呟くと、前の運転手さんから一言。
「……宜しければ、一泊されていきますか?」
「……頼みたいところですけど……チケットは?」
中々に、甘美なお誘いだった。
別に急いで帰らなくてはならない用事がある訳でもなし。一泊していくのは、まぁ妥当な判断だと言える。
……海を越えての旅行じゃなければ。
心配しながら前の運転手さんに聞くと、 - 46123/01/08(日) 18:24:56
「プライベートジェットに、チケットなぞ存在いたしません」
「あれプライベートジェットだったんだ……」
ものすごく豪華な割に、私たちとトレーナー以外誰も乗ってないと思ったら……そういうことか。
香港はやっぱり、色々スケールが違う……
「じゃあ、ご好意に甘えさせてもらいます。その辺の、モーテルでいいですから」
「よいのですか?最高のホテルも、あなた方なら貸切で泊まれるよう手配致しますが……」
「いいんです。あんまり豪華だと、かえって息苦しさがあって」
そういうと、困らせても仕方ないと思ったのか、案外あっさりと引いてくれた。
「……わかりました。警備の観点から、私も宿泊いたしますが、宜しいですか?」
「同じ部屋で?」
「そんな!滅相もない……!」
「ふふっ……冗談ですよ」
優しそうな人で、ちょっと面白かった。 - 47123/01/08(日) 18:26:48
後で知ったことだったが、結局、私達の泊まったモーテルは、中々いいところだったらしく、本当に、親切な人だったと思った。
車をモーテルに泊めて、三部屋取った。
トレーナー達の部屋と、警備の人の部屋と……私達の部屋。流石に、人数分とる訳にはいかないから。
お姫様抱っこで、彼女を部屋まで連れて行く。
途中、何度も見惚れて、転びそうになったけれど。
ベッドについて、彼女を横にした時、まだ手放したくないと思ってしまったのも、仕方がないことだった。
ベルベットだろうか。高級そうな、赤いソファーに腰かける。
日も落ちきって、電気もソファーのスタンド灯しかつけていない。
そんな中で、私は、彼女の寝顔を、ずっと眺めていた。
目が、離せなかった。
夜、私達は二人きり
同じ部屋で、眠った。
他の誰でもなく、
あの夜、あの夜だけは、
彼女は私のものだった。 - 48123/01/08(日) 18:27:17
ーーHappy Endで始めようと、思っていたのに。
- 49123/01/08(日) 18:33:13
- 50二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 19:07:55
もうこのまま終わってくれてもいいんだよ?
- 51123/01/08(日) 22:45:12
- 52二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 23:20:06
積み重ねが大きいほど脳に入るダメージも大きくなるからね…なんかジェットコースターみたい…
- 53123/01/09(月) 02:16:26
木曜日だった。
帰国してしばらく経った、雨の木曜日。
私は、ある覚悟を決めていた。
彼女も、引退直後はメディア対応だとかで忙しそうだったし、かと言って、もう少ししたらドリームトロフィーリーグに向けてまた準備を始めるだろう。
だから、このタイミングしかなかった。
『告白』をする、タイミングは。
よく考えれば、遅いくらいだ。前兆は、一年前くらいからあって、実感も、3ヶ月前にはあった。
それから何度も交流してきて、何故今まで伝えなかったのかといえば、勿論、性別的な問題もある。
彼女は女で、私も女。普通じゃないことも、わかっている。
でもこんな時代、今更そんなことに首を突っ込む人はいないし、そもそも、トレセン内でも疑惑のある人は少なくない。
例えば、フジ先輩は下級生達から沢山チョコを貰っているのを見るし、ウオッカ先輩とスカーレット先輩は、夫婦漫才のようなツンデレ芸で、絶対くっついてるとのウワサが絶えることはない。
まぁそこはいい。重要なのはそこじゃない。
大事なのは、勇気を出すのにこんなに時間がかかったということだ。
一目惚れで、こんなに強い想いなのに、彼女を前に伝えることができなかった私がいるということだ。
そしてそれは、今日をそんな私との決別の日にするということでもある。 - 54123/01/09(月) 02:17:24
昨日の夜に、既に決心はついていた。
あとは、朝起きて、その気持ちを確認して、今日の授業とトレーニングを手早く終わらせ、学園から戻る。
そして、彼女と会うだけだ。
傘を差して、寮に向かう。暗い空の下、しとしと冬の雨を感じながら、
一つの部屋の中を、覗き見た。
「……いない、か」
早く帰ってきたので当たり前。そうではある。
私も、深くは気にしていなかった。
ただ、何処かに、胸騒ぎを感じていたのも、また事実。
それを見ないように、静かに蓋を閉めて、部屋に戻っただけ。
それだけだった。 - 55123/01/09(月) 02:19:18
- 56二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 10:58:39
ここまで強い想いを抱いているのにカレンにフラれてしまったら一体どうなってしまうんだ...!?
- 57二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 11:05:53
いいものを見つけた。続き期待
- 58123/01/09(月) 12:17:03
「ただいま〜……って、どうしたんです?珍しく落ち着きないですね」
時刻は6時。
雨に濡れて泥だらけの状態で部屋に戻ってきた後輩を迎え……いや、追い返した。
「おい待ってくれ、そこで止まるんだ後輩。私はもう風呂に入った。しかもこの部屋あなただけのものじゃない。この意味、わかるよね?」
「着替え取りにきたんですー!先輩、私に裸で共同風呂から帰ってこいって言うんですかー!」
「わかったわかった、今着替え取るから!入り口にそのまま、そのまま立ってなさい。間違っても回り出すんじゃないよ……落ち着きがないのはあなたの方なんだから……」
「酷い扱い!?私レース前じゃないとそんな気になりませんよー」
嘘をつけ。この前、スケート選手のように回ってたのは自室だった。
その風圧で宿題がバラバラになって整理し直したこと、今でも、ちょっとだけ根に持っている。
「ほら!着替え!」
ドア前に立つ後輩に渡す。
「私も出るから、早く行った行った!」
「え?どこに?外はもう暗いですし、まだまだ雨降ってますよ」
「そのセリフ、さっきのと合わせて纏めて返したいね……」
この娘、自分を客観視できないタイプなのが、凄く難点である。
ついこないだ重賞初勝利もあったのに、旋回癖も治ってないし……どうしたものかと、同室として、先輩として、頭を悩ませるばかりだ。
だからこそ、落ち着きがないと言われたのがものすごく癪である。それ程、浮き足立ってるように見えたのか。
それとも、同室だからこそ、わかったのか。
確かに、いつもは座って読書でもしているところ、今日は立って(それこそこの娘のように)ぐるぐると回りながら考えを巡らせていたが。
入ってすぐにその感想が出るということは、この娘もそれなりに、私を見てくれているのだろう。 - 59123/01/09(月) 12:18:31
「ーー先輩のところ。ちょっと言いたいことがあって」
「あぁ、カレン先輩の!仲いいですもんねー。最近やっと落ち着いたみたいですし、私も挨拶いきたいなー」
「明日あたりにでも行ったら?短距離G1に出たいんだったら、教わることもあるだろうし」
「そうですねー、先輩と同じクラスの人に聞けることほぼないでしょうし……」
来年には、いいライバルになるかもしれない。
そう思って一年、アドバイスをしたりしながらも過ごしてきたが、予感は的中しそうで……嬉しいやら、少し怖いやら。
彼女が私に託したように、私も、既に託す相手は決まっているのかもしれない。
「ま、取り敢えず風呂行ってきますねー!」
そう言って後輩は、左足を軸に、右足を力いっぱい踏み込んで……踏み込んで!?
「ちょ、ちょっとまっ……」
「1 2 3 4 ……GOーー!!」
彼女の渾身の左回転は、私にはギリギリ付かなかったものの、大量の泥を撒き散らして、多大な推進力と被害を生んだ。
壁に廊下に泥をつけて、全力で駆け抜ける様は、寮長に確定で説教される未来を、手に取るように想像させた。
「ーー流石、回るほど走ると言われたバカ娘……」
胸に大きな怒りを秘めて、私はそう呟いた。 - 60二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 21:11:01
保守
- 61二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 21:59:20
続きが気になる
- 62二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 23:06:58
このレスは削除されています
- 63123/01/09(月) 23:09:03
「……カレン先輩、いますかー」
コンコンというノックの音に続いて、扉の向こうに尋ねてみる。
その一連の流れを終えた後に、今更ながら緊張してきた。
あのバカ娘のせいで忘れていた……いや、アレのおかげで忘れられていた、というのが正しいのかもしれない。
とにかく、忘れていたのに。
いざ告白するとなると情けないことに、言葉が出てくるかどうか、怪しいのだ。
取り敢えず、人気のないところに誘って……告白の言葉は……
そんな逡巡をしている暇もなく、
なんということもなく。
ドアはすぐに開いた。
「ごめんなさい……まだ帰ってない」
聞き慣れない声と共に。
応対したのは、同室の先輩、アドマイヤベガだった。 - 64123/01/09(月) 23:09:54
「アヤベさん……そうですか。いつ頃帰ってくるとかはわかります?」
「わからない。あの娘、秘密主義だから」
アヤベさんが聞いていないとなると、多分、誰にもわからない。
もしわかるとしたら、彼女のトレーナーくらいじゃないと。
「……あなた、あの娘の後輩……よね?テレビでも、あの娘からもよく聞くわ」
「私も、先輩のことはよく聞いてますよ。情報源も、全く同じところから」
「……そう」
……結構そっけない性格とも、しっかり彼女から聞いていた。
だが、彼女を通じて、私と先輩は、通じているとも思った。
「……もし待つなら……」
ふと、先輩が切り出した。
「部屋で待ってても……いいわよ。……生憎、お茶くらいしか出せないけれど」
ーーもう一つ、彼女から聞いていた。
「……ありがとうございます」
意外と、お節介な人なんだと。 - 65123/01/09(月) 23:12:13
時の流れに身を任せた、
しばらくの後、
時刻は7時を回った。
「中々……帰ってこないわね」
「そうですね……どうしたんでしょう」
もう、殆どの人達は寮に帰ってきている。
もしかして、何か危ないことでもあったのではと邪推してしまうが、それこそあり得ないことだ。
トレセン学園は勿論、通学路だって、安全性は申し分ない筈だ。理事長代理がきてから、一段と引き締められたばかりなのだ。
彼女は見かけによらず、ものすごくストイックだ。
人に見せるような努力はしないが、その裏、何度も走って、何度も考えて、レースに臨んでいるのを知っている。
今日も、重馬場の練習だとかで、走り込んでいるのかもしれない。多分、その辺りが妥当な予測だろう。
私も、そう思う。
……じゃあ、この嫌な予感はなんなんだろう。
早くしないと、手遅れになってしまいそうな。
いや、彼女の身に何が起こるという訳じゃなく、
手遅れになってしまうのはむしろ……
私の方、の、ような。 - 66123/01/09(月) 23:15:56
皆さん、続きを待ち望んで下さりありがとうございます……!
絶対に完結させますので、安心してお読み下さい
……スレが落ちなければ - 67二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 23:24:39
見てる方が保守すれば無問題よ…
- 68二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 23:29:02
いいですね...ジリジリと取り返しのつかない事が近づいてくるようなこの感覚...手遅れになぁれ❤️
- 69二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 04:14:13
同室の何とかムーンよ回るのは程々にな……
- 70二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 04:49:43
早起きは三文の徳…龍王BSS圧倒的感謝…!
- 71二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 08:20:44
続き来てるじゃん……いいじゃん……
- 72二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 08:36:22
- 73二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 08:46:52
- 74二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 08:48:39
自分、心がガラスたから、ここで止めます
- 75二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 08:49:43
理子ちゃんとかいう生徒の安全を第一に考える教職者の鑑···
- 76二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 09:13:50
- 77二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 09:32:46
- 78二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 10:02:37
このレスは削除されています
- 79123/01/10(火) 17:28:36
- 80123/01/10(火) 17:35:37
- 81二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 18:18:33
カレカナ大好きだしSSがすごい丁寧だからここまでめっちゃ好き。その分脳が…脳が壊れる…。振りが丁寧であればあるほど反動が
- 82二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 20:38:42
かたちのない優しさ それよりも見せかけの魅力を選んだ
っていうけど失恋引きずったあげく「誰より君を愛していたボクを捨てるなんて、振られたボクより哀しい女だね君は」認定するやつが本当に優しいかと言われると、情けない負け惜しみだよね
失恋するとしても、カレンチャンを哀しい女認定する情けないカナロアはキツいっすね - 83123/01/10(火) 21:31:09
「……もうそろそろ、私は出ます。いつまでも此処にいても、悪いですし」
「……別に、いいのよ?遠慮しなくても。あなた、静かな方だし」
先輩が気をつかってくれる。
先輩は、どうにも私に、というか後輩に、優しくしてくれる気がある。OBだとか……例えば、姉のような。
「いや、いいんです。長くなるような話じゃないので。今日か明日、また出直します。____それに……」
靴を履き、ドアに手をかけ、引く。
開ききったドアに背を預け、その時を待つ。
多分、もうそろそろのような気がした。
廊下の方から、喧騒が聞こえてくる。
「ムーン?これは、一体どういうことなのかな?」
「げぇっ!え、えぇと……フジ寮長……これは、これはですねー……」
……そら、もうすぐだ。
「せんぱーーい!!助けてーー!!」
ほら。こうなる。
「____後輩の尻拭いも、しなきゃいけなそうですし」
「……あなたも、大変そうね」
同情と、共感の眼差しを向けてくれた。
多分、『あなたも』のところに万感の思いを乗せたのだろう。
彼女のことではない。きっと……同期の人達のことだ。 - 84123/01/10(火) 21:32:18
「ありがとう、あの娘の心配をしてくれて。……帰ってきたら、伝えておくわ」
「こちらこそ。ここまでしてもらって、感謝の限りです。次は、何か菓子折りでも持ってきますよ」
「では、また」
廊下に出て、扉を閉める。
いい人だった。悪い人なんていないのではと思える程に、私の人生いい人だらけだ。
「……さて」
「あ、先輩!ちょうどいいところに!助けて!事情を説明して下さいよ!!」
顔が青く染まっている、完全に自業自得の後輩と、その側で微笑する、恐怖の寮長。
どちら側に加担するなんて、火を見るより明らかだった。
「……唯一悪い子の、教育だな」 - 85123/01/10(火) 21:34:07
「先輩……すんません……すんませんでした……」
「ほらほら、しゃべってないで手動かす!そこの壁まだ汚いぞぉー」
「ひぃぃぃ……」
結局、フジ寮長もそこまで怒ることは無くて(どっちかというと呆れていた)、私も、同室の後輩相手にブチ切れることはできず、取り敢えず、しっかり掃除&反省するということで一件は落着した。
そして今、私も後輩を手伝って、そこらへんの掃除に手を貸している。
フジ寮長には、「なんだかんだで、君も後輩思いだね。優しい子は好きだよ、ポニーちゃん」だなんて。
……なんとなく、寮長に惚れるウマ娘がいるのもわかる気がする。
「それにしても、お風呂入った後にこんなことになるなんて、災難ですねー」
「……」
……もう、何もいうまい。 - 86123/01/10(火) 21:36:43
「あ、そーいえば。カレン先輩、いたんですか?また随分と長く部屋にいたみたいですけど」
「まだ帰って無かったらしい。ちょっと心配だけど……あの人合気道の達人だし、まあ襲われたとかではないでしょ」
「えっ、合気道やってるんですかカレンさん。ちょっと意外ー」
あ、そういえばこれヒミツだったかと、後輩の言葉で思い出す。
別に隠すようなことでもないと思うけど。
「噂の域だよ。でも、合気道って女子供とかの力が弱い人用の護身術だし、空手とかよりは現実味あるんじゃない?」
「へー、先輩も詳しいんですねー」
「……そうだね。昔、習ったことがあって」
……彼女に教えてもらっただなんて言えない。
ましてや、何回か技をかけられたことがあるなんて。
すっごく痛かっただなんて。
その後も、駄弁りながらダラダラと掃除を続けて。
もうすぐ終わるという頃には、腹の虫も鳴く時間だった。 - 87123/01/10(火) 21:38:54
「____あー、やーっと終わりそうですねー」
「もう何時……?早くしないと食堂も閉まっちゃうよ」
「ラストスパートいきましょうか!」
「そうしよう。お腹空いてしょうがないよ」
清掃の最後の詰めにかかる時、
その時だった。
「……ん?あれ、アヤベさんじゃないですか?」
こっちに向かってくる人影一つ。
長いポニーテール、長い耳、青いセーター、右にだけつけた耳カバー。
うん、間違いなくアヤベ先輩だ。……何かあったんだろうか。
目掛けているのが、後輩じゃなく、もし、私であるのなら、
彼女のことで、間違いない。
呼ばれたのは……
「さっきの、後輩さん」
「……カレンさんが……まだ帰ってこないの」
私の方だった。
時刻はすでに、8時を回っていた。 - 88123/01/10(火) 21:52:26
そのテーマが避けて通れないことにSS乗っけた後に気づいて、「どーすんねんこのフレーズ」と思いました
一応2つの解釈ができるようにはするつもりなんですけど……それが伝わるかは私の文章力次第
イメ損にならないよう努力します
- 89二次元好きの匿名さん23/01/10(火) 22:23:11
8時になっても戻って来ないって...凄く嫌な予感がするんですけど...
- 90二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 06:44:25
保守
- 91二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 06:55:20
嘘だ...お兄ちゃんにそんな度胸が...
- 92二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 16:58:13
保守
- 93二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 22:33:06
保守
- 94123/01/11(水) 22:43:42
「____そろそろ、流石におかしいですね」
私がそう言ったのも、無理のない話だろう。
夜にまで練習して得られるものは少ない。視界は悪くなるし、その分怪我をする可能性も上がる。
ナイターの練習ならあり得なくもないが、ナイターが行われるのは基本的に地方のレースだ。ダート路線でもない彼女にとって、その可能性は非常に低い。
トレーナー室で作戦会議かもしれないが、彼女のトレーナーがこんな遅くまで、彼女を学校に留まらせていることはない筈だ。
まして、次の目標レースも明確にないのに。
学校にいないかも。それこそあり得ない。
彼女は何処かに行く時、絶対に荷物を寮に置いて、行き先と帰寮時間を言ってから行くと、アヤベ先輩から聞いている。
なんでも、だいぶ遅い時間に帰ってきて、アヤベ先輩を心配させたことがあったらしく、その時からの二人間での約束だそうだ。
彼女がこういう約束は絶対に守るタイプであることは、先輩も私も知っていた。
だからこそ、彼女が帰ってこない理由が、わからなかった。
「……ムーン、ちょっとここ任せていい?」
「勿論。……元々、私の責任ですし……」
うん、やっとわかったなら、よしかな。
「ごめん、行ってくる!」
「ちょっと!?」
アヤベ先輩の引き留める声が、後ろから聞こえる。
走り出した私の足を止めるまではいかないが、ちょっとした罪悪感を覚える。
ごめんなさい先輩。なんか、
胸騒ぎがするんです。 - 95123/01/11(水) 22:44:12
自分の傘を取り、急いで靴を履いて、学校に向かって走る。
すれ違うバスが、水たまりをはねていく。
バ場状態の良も不良も、濡れたコンクリートじゃ、わからなかった。 - 96123/01/11(水) 22:46:04
「ついた……」
夜の学校なんて、初めて来た。
部屋の明かりはそこそこに点いているが、それでも不気味だ。
あるいは、友人と来たらまた面白かったのかもしれないが、
今は、嫌な不安を煽るだけだった。
彼女のトレーナー室を外から探す。
何回か呼ばれたこともあるから、場所は覚えている。確か、一階の一番端、正門から遠いところだった。
トレセンは大きな学校だが、ウマ娘の足なら、端から端まで1分はかからない。
急ごう。 - 97123/01/11(水) 22:48:49
「……あぁ、よかった」
部屋の前まで来た時、自然と私は、安堵の声をあげた。
カーテンがかかってはいるが、中から小さな光が漏れている。
彼女、もしくは、少なくともトレーナーはいるだろう。トレーナーに訊けば、一旦の解決は見そうであった。
____だというのに、
まだ、胸騒ぎは治らない。むしろ、大きくなっている。
多分、いきなり走ったからだ。
そう錯覚しているだけだ。
そう、思い込むことにした。
よく思えば、あの光は不思議だった。
部屋の明かり程明瞭としたものでは無かったし、スタンド灯というには、もっと儚いものだったような気がする。
そう、それこそ、
キャンドルのような。 - 98123/01/11(水) 22:51:46
取り敢えずここまで
昨日あたりから多忙で、あんまり進んでいません
休日にはそこそこ書けると思うので、なるべく早く完結できるように頑張ります - 99二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 22:52:54
ああいよいよ見ちゃうのかカナロアちゃん…
- 100二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 22:53:59
乙、楽しみに待ってる
- 101二次元好きの匿名さん23/01/12(木) 01:38:56
乙
嘘だよな...お兄ちゃん - 102二次元好きの匿名さん23/01/12(木) 11:55:00
保守
- 103123/01/12(木) 21:53:31
玄関まで戻って、トレーナー室に向かう。
なんにしても、アヤベ先輩が心配しているとは伝えなければ。
「暗っ……」
真っ暗な廊下。
ずっとずっと向こうの部屋から漏れる、淡い光しか、照明となり得そうなものは無かった。
星も、月明かりさえも裏切るように、厚い雲に隠れていた。
……あの光は、私にとっての『光明』って、言えるのかな。
そんな風に、前向きに考えていた。
いくら無理やりにでも、そう考えることにした。
その矢先だった。
「____あれ?消え……た?」
最後の道標であった光が、ふっと、消えた。
優しく、消えた。
その時、少し思ったのだ。
私は、歓迎されていないのかもしれない。 - 104123/01/12(木) 22:04:11
一歩ずつ、足元を確かめるように歩き出す。
響く足音は、どこか自分のものではないような感じがして、
切り立った崖に少しずつ近づいている気がして、
ひどく怖かった。
真綿で首を絞めるように、ゆっくりと、逃れ得ぬ私としての『死』が、近づいてきていた。
こつん、こつんと。
「……あ、もう……」
いつの間に歩ききったのか。
目の前は、目的の扉だった。
明かりが灯る気配もない、不思議な部屋。
足を止めたことで、また一つわかることもあった。
不思議なことが、また増えた。
(音……?)
耳をすませば、何か聞こえる。
ジャズのような、スローな曲が、部屋の中から漏れていた。
暗闇に、ようやく目が慣れてくる。
よく見れば、扉が少しだけ空いている。
パンドラの箱を前にするように、
ひどいペースで胸が鼓動を刻む。
明らかに、未知ではない、『既知』の恐怖の予感がする。 - 105123/01/12(木) 22:05:03
どうしても、
どうしても、
ドアノブに手をかけることが、
どうしてもできなくて、
隙間から、
『地獄』を見る。 - 106123/01/12(木) 22:08:08
____________そして、今。
私は、絶句している。
落ちてしまいそうな、暗闇の中で。
君が彼の背中に、
手を回し踊るのを、
壁で、見ていた。 - 107123/01/12(木) 22:09:15
____なにも、わからない。
- 108123/01/12(木) 22:10:03
今日はここまでです
いや〜……どうなっちゃうんでしょうね - 109二次元好きの匿名さん23/01/12(木) 22:30:03
龍王は見た
- 110二次元好きの匿名さん23/01/12(木) 23:46:13
カレンチャンにとってはお洒落な音楽と共にお兄ちゃんと二人きりのプロムという思い出を刻んでいるだけなのがまた...
- 111二次元好きの匿名さん23/01/13(金) 07:52:48
いよいよか…
- 112二次元好きの匿名さん23/01/13(金) 17:03:42
保守
- 113123/01/13(金) 21:27:50
力が抜ける。
こんなことになるのなら、
なにも、わかりたくなかった。
彼女はワルツを踊る。
妖艶な笑みで、不器用な、優しそうな彼をリードして、静かな、心底嬉しそうなステップを踏む。
よく聴けばわかる。これはジャズじゃない、クラシック。ショパンの曲だ。
私には、どこか憂いを帯びているように聞こえた、あの曲。
彼女には、そうは聞こえない。
黒い服。私の知らない『勝負服』。私には、見せてくれなかった『勝負服』。
甘い匂いが、部屋に立ち込めている。
君が色付けた思い出が、
モノクロームに染まってく。
踊る指先の、ぴんと立った小指から、虹が流れ出す。
暗い、暗い虹が、私の目を焼いていく。
彼女達は、今どこにいるのか。
壁に傾く、風景画にいるのか。
人一人いない、白い砂の上で。
最後のシーンまで、想像がつく。
笑みをたたえる君が、ヒロインなら。 - 114123/01/13(金) 21:28:44
私は、彼女から目が離せない。
じゃあ、彼女の目線は誰のもの?
変わらない、君の輝きは誰のもの?
彼のTシャツには、
口紅が。
____ベッドのしわが、一段とひどく。
「……や……めて……」
頬に伝う涙に、私は気づかなかった。 - 115二次元好きの匿名さん23/01/13(金) 21:31:27
このレスは削除されています
- 116123/01/13(金) 21:35:27
「____誰?」
扉の向こうから、声が聞こえる。
私に向けた問いであることはわかっている。
答えを返せる訳がなかった。
今はただ、啜り泣くしか。
ほんの少しして、ドアが開く。
いつもの顔が、知らない服をして、そこに立っていた。
「____どうしてここに?……もしかして……」
「迎えに来て、くれたの?」
こくこくと首を振る。
「____ありがとう。たった一人で、ここまできてくれたんだ」
ただ、首を振る。
「ねぇ……」
「……泣いて、るの?」
その言葉を聞いた途端、
私の、開ききった口が、漸くまともに動き出した。
「わたし……っ、こわくて…………せんぱいがどこかにいっちゃうとおもってっ…………どこか、どこかとおいところにいっちゃうとおもって……っ」 - 117123/01/13(金) 21:35:45
『____私の』
『手の届かないところに』 - 118123/01/13(金) 21:36:46
「……うん、ごめんなさい。カレン、迷惑かけちゃった」
申し訳なさそうに、彼女は言う。
そんな顔を見せないで。
笑顔も、泣き顔も、
今の私に、何も見せないで。
後ろのドアがしっかりと開く。
今度は、見覚えのある顔に、見覚えのあるスーツ。
彼女のトレーナーが、心配そうに顔を出した。
中のTシャツが、ズボンとの隙間から少し見えている。
いつ見ても、
優しそうな人だ。
へたり込む私のカラダは、もうどこにも、力なんて入ってなくて、
彼の顔が、止めを刺した。
「立てる?」
私は彼女の手をとった。
綺麗すぎる手を。 - 119123/01/13(金) 21:38:31
今日はここまで
どうして立てないんだろう……
疲れちゃったのかな? - 120二次元好きの匿名さん23/01/13(金) 21:46:19
ウェディングドレス着てたんか…
- 121二次元好きの匿名さん23/01/13(金) 21:48:01
ウェディングドレスの勝負服だしね…
- 122二次元好きの匿名さん23/01/13(金) 23:20:45
- 123123/01/13(金) 23:42:28
- 124123/01/14(土) 00:03:29
- 125二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 08:12:44
保守
- 126123/01/14(土) 16:34:49
「雨、まだ降ってる?」
暗く長い廊下を、今度は二人で歩く。
窓の縁に中指をあてて、彼女は愛おしそうになぞる。
それを私は、見ないようにする。
彼女のトレーナーが、先に帰っていてと、暗いから気をつけてと言ってくれた。
『後片付け』は俺がやるからと。
気をつかってくれたんだと思うんだけど、
私、見てしまったから。
玄関前まで来た時、私の心はひどく穏やかだった。自分自身の心音がハッキリ聞こえて、外の雨粒一つにさえ、世界の全てが見える気がした。
外に出ると、雨音が一段と聞こえる。刺すような冷気と、しっとりとした湿度が、私の胸を抜けていく。
「……降ってますね」
「……」
「雨」
いつもと変わらないトーンで、話しかける。
私が見ていたことに、彼女は気づいているのか、それはわからないが。
私は見たく無かったし、見たことにしたくなかった。
「____先輩」
「……なぁに?」
「傘、入ります?」
信じたく、なかった。 - 127123/01/14(土) 16:35:08
「……じゃあ、後輩の親切に、甘えちゃおうかな」
広げた傘の中に、彼女の肩がおさまる。肌と肌が触れ合い、髪の匂いが嗅げる程に、近づいている。
どこまでも、私は馬鹿だ。
彼女の腰に手を回して、私の方に寄せた。
「……じゃあ、帰りましょうか」
菫色の雨に、二人で一歩、踏み出した。
一本の、赤い傘を残して。 - 128二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 22:17:45
まだ実感し切れてない感じが…お辛い…
- 129二次元好きの匿名さん23/01/15(日) 09:21:28
保守
- 130二次元好きの匿名さん23/01/15(日) 15:52:24
保守
- 131二次元好きの匿名さん23/01/15(日) 20:24:36
保守
- 132二次元好きの匿名さん23/01/15(日) 21:01:02
俺はいままでこのスレを見落としてたのか・・・
スレ主ほんまいい趣味してはりますわ - 133123/01/15(日) 21:35:56
銀の街灯が路面を照らす。夜にはトレセンの周りも静かなものだ。
車も数台、常に一人はいるようなマスコミだって、どこに行ったのかわからない。
遠くに見える街の明かりを、少し羨ましく思いながら、一歩一歩、帰り道を進んでく。
影が伸びたり縮んだり、薄くなったり濃くなったり。
私の胸は空っぽで、何か、走馬灯のようなものを見ていた。色々な記憶が、浮かんでは消え、浮かんで消えていった。
その中のひとつ。夏の幻が、私の意識を奪っていく。
「……香港遠征の帰り側、飛行機でした話、覚えてます?」
「……うん、もちろん」
あぁ、よかった。
まだ、忘れられてはいないみたい。 - 134123/01/15(日) 21:38:31
飛行機の中のことだった。
驚いたものだ。あれだけ大きい機体の席が、一列二人掛け。
足を伸ばしても前の席に当たらないというのは、私にとってはたった二度目の経験だった。すなわち、行きの飛行機である。
彼女にとっては四度目。すなわち……まぁ、言わずもがなか。
向かい合わせの席があったので、私達はそこに座った。
二人の間にはテーブルがあって、隣にもう一人入るくらいには、広々としていた。贅沢この上ないことに、気分はファミレスやカフェに来たようだった。
偏西風の影響で、行きより早く着くとのことだったが、できるならいっそ、逆回りで帰って欲しいくらい。
ファミレスじゃあ絶対飲めないようなドリンクを飲みながら、二度とないであろう機会を、二人で満喫していた。
「うわっ、『genuine leather』……このシート本革ですって」
「すごい飛行機だよね……カレンもちょっとタジタジ……このはちみーだって、こんな美味しいの地上で飲んだことないもん」
「私的には、はちみーが出てきたことにまず驚きですけどね……」
はちみーを片手に、これまた大きい窓を見る。
もう、下の雲しか見えないけれど、行く時にはそんな余裕はなかったから。
「……香港遠征、終わったんですね。長かったような、短かったような……」
「大きなレースの時は、よく陥るそーゆー感覚だけど、今回は特にだったね。カレンは引退レースだったし。過ぎた感覚は一瞬なのに、終わってから振り返ると、色々なことがあったものだから、そう思うんじゃないかな」
「海外に行くのすら、私は初めてだったので……なんか凄く疲れました……」
海外旅行も行ったことない私には、飛行機に乗る経験も、そうあったものじゃなくて。出発の時には、必死な顔を彼女に笑われてしまった。 - 135123/01/15(日) 21:39:38
「先輩は、海外旅行とか行ったことあります?」
「んー、あんまりないかなぁ。海外に行ったのも、それこそ去年今年の香港くらい」
「そうだなぁ、引退したら、世界一周もいいかも。世界にもカレンのカワイさを伝えに……ね?」
「先輩……らしいですね」
果ては宇宙だとかまで手を伸ばしそうに思えてくる。彼女のカワイイの布教は終わらないのだ。
ストローに口をつけてみる。……コレは……なるほど、彼女がそう言うのも頷けた。
持ってきたお菓子なんかも出して、雑談を続ける。そんな話の流れで、聞いてみた。
「じゃあ、行きたい所はあるんですか?」
思えば、彼女が私を、映えスポットだかに連れて行ったことはあれど、自分の意思で行きたい場所となると、口からあんまり聞いたことがなかった。だから、少し、気になったのだ。
ちょっとの思案、うーんといった唸り声の後に、彼女は答えた。 - 136123/01/15(日) 21:41:06
「海、かな」
「海?」
結構、意外な答えだった。
ヨーロッパの街並みだとか、ニューヨークのネオンが見たい訳ではなく、海とは。
「不思議?」
「……まぁ、そこそこ。だって、夏合宿で毎年見てますし……トレセン生活の中だと、あんまり憧れないものかなぁと」
夏合宿の海も、結構きれいなのだ。それこそ、東京の海とは比較にならないくらい。
しかも遠泳とかタイヤ引きとか、きっついことをやらされるので、生徒の中での海のイメージは悪くなりがちなのだ。
そもそも、海が怖いって子も、ウマ娘には人以上に多いのに。
彼女は首を振って答える。
「綺麗な、透明感のある海に行きたいって訳じゃないの。行きたい場所が、決まってる」
「場所?……海が見たいってより、ええと、例えば……『沖縄の海』って場所に行ってみたいってことですか?」
「そういうこと。カレンの後輩は、理解が早くて助かるな♪」
「なるほど。具体的には?」
また少しの沈黙があって、窓の外をチラッと見たあと、言った。 - 137123/01/15(日) 21:43:01
「カナリア諸島の、海が見たい」
「カナリア……ですか?」
聞いたことのない、不思議な名前だった。
あのちんまい黄色の鳥の名を冠しているなんて。
「うん、いい名前でしょ。あなたの考えてるだろうカナリアの、語源の島。原産は、この諸島の中のひとつの島なの」
「へぇ〜、そうなんですか」
雑学。なんで彼女がそんなことを知っているかはさておき、また一つ賢くなった。帰ったらムーンにも教えてやろう。
だだ、『それでまた、どうしてそんな場所を?』だなんて、私の疑問は尽きなかった。
彼女は、目を瞑って懐かしむように、語り出した。
「私、そこが舞台のお芝居を演じたことがあったの。お仕事の関係でね。結構楽しかった」
「だけど、それ以上に、その物語がすっごく魅力的で……原作もしっかり買って読んだし、カナリア諸島の写真も見たけど、行ったことは無かったから」
遠く、まだ出逢っていない記憶に、想いを馳せる彼女。
瞼の隙間から見える目は、夢みる乙女のそれだった。
すごく、きれいだった。 - 138123/01/15(日) 21:44:25
「……私、私は、行きたいところも、ないんですけど」
それに比べて、私はどうだろう。
才能はあれど夢はなく、結果は残せど情熱はない。
私は誰より、『悲しい女』じゃないんだろうか。
……ただ____
私にも、そんな私にも、夢があるとするなら。
狂える程の情熱を、向けられるものがあるとしたら。
それは……
「____いつか連れて行きますよ。先輩」
「その時は、一緒に来てくれますか?」
あなただけ。
「〜〜……っ!もちろん!」
先輩、知ってます?どうして私が、斜め横の椅子を選んだか。
この角度からのあなたが、一番綺麗だから。
私も行きたいな。カナリア諸島。
あなたと二人なら、どこだって。 - 139二次元好きの匿名さん23/01/15(日) 21:47:43
海に向いたテラスで薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべるカレンチャンとな
- 140123/01/15(日) 21:48:39
取り敢えずここまで
読んでくれたり、感想くれる人がいると、私もやる気出ます。ありがとう! - 141二次元好きの匿名さん23/01/15(日) 21:50:41
乙でした
龍王の過去の思い出に縋っている感が... - 142123/01/15(日) 21:53:12