- 1二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:42:12
- 2二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:42:57
トレーナーとの外出のために待ち合わせているだけなのに、スズカがこうも落ち着かない気分でいるのには、ある理由があった。
イメチェン、ということになるのかもしれない。
スズカは今日、髪を結っている。長い栗毛の髪は、うなじのあたりで二股に分かたれていた。二つ括りのおさげ髪ということになり、パーカーのフードと干渉することもあって、肩から胸に向けて流している。いつもとは趣が異なっていた。
服装にしてもそうである。
スカートではなく、ライトブラウンのショーツを穿いていた。真冬に脚をむき出しにするわけにもいかず、夜会服の青色をした、厚手のタイツを合わせている。足もとは白を基調としたローカットスニーカーで、グリーンのラインが随所に走り、これを彩っている。
トップスには、オフホワイトのスウェットパーカーを選んだ。スズカの体格に比べ、ゆとりのあるシルエットをしている。プルオーバーで、きわめてシンプルなデザインであるものの、生地はしっかりとしており、寒空の下に頼もしい。
肝心要のアウターは、ブルーのデニムジャケットだった。むろん、裏地にはブランケットが縫いつけてある。肩が落ち、アームホールはスズカの腕が三本は入りそうなほどに太い。カットが短く、典型的なボックスシルエットだったが、華奢なスズカが羽織ってしまえば、カバーオールのような印象を与えなくもない。かろうじてパーカーの裾が覗き、ショーツを覆うことはなく、活動的な装いとして、ウマいことバランスを保っている。
手の甲まで悠々と伸びるジャケットの袖を見て、スズカは何度目になるかわからないため息を吐く。どうしてこうなったのだったか。トレセンの正門に背中を預け、道行く人の視線を浴びながら、こそばゆく見上げる空に浮かぶのは、友人たちの笑顔である。 - 3二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:43:33
きっかけは、ドーベルが開いていたファッション誌に求められる。
ある日の休み時間、スズカは何気なくそれを覗き込んだ。ドーベルの方でも、特別に何を言うでもなく、受け入れる様子だった。二人は並んで座り、ときにページをめくる手を止めながら、誌面を眺めていった。
その雑誌は特定のファッションを反映するものではなく、街角のスナップショットを主に掲載していた。さまざまな服装の人びとが、男女ウマ娘を問わず、最低限の紹介を傍らに映し出されている。
「やっぱり、大きいサイズが流行りなのね」とスズカは呟いた。
「流行は一周するから」とドーベルは応える。「しばらくしたら、またスリムシルエットの時代になるでしょ」
「詳しいのね」とスズカが素直に感心すると、
「……まあ、参考になるから」とドーベルは小さな声で呟くのであり、この反応はいまいちよくわからない。
スズカにとって大きいサイズと言えば、咄嗟に思い浮かぶのはタイキだった。たとえば身長を自分と比べたところで、だいたい10cmの差がある。スズカも決して小さい方ではないが、タイキはさらに大きい。骨格にしてからがアメリカナイズされており、あの巨躯でどうやってあれだけのスピードが出せるのか、常々不思議だった。
「ハウディー!」
今もそう、教室をうろつくタイキと目が合って、彼女がこちらに突っ込んでくる姿は大型の牧羊犬を思わせるところがあり、なるほど体が大きいとそれだけ発揮されるエネルギーも大きいのかと、わけもなくハグされ豊満な胸部を押しつけられるスズカは感ずるのである。
「Japanese street snap !」と雑誌を見てタイキが叫んだ。「ニホンのファッションはアメリカでも人気デース! オシャレな人はみんなチェックしてマス!」
「そうなの?」とスズカが訊ねると、「人によるんじゃない?」とドーベルは肩をすくめた。 - 4二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:44:31
三人で団子になって誌面を眺めていると、それぞれの好みが異なることが、改めてわかってくる。タイキはやはり、デニムパンツにネルシャツといったような、いわゆるアメリカンカジュアルに惹かれるようだった。野趣があり、飾り気がない。それでいて、フリルの飾りやポップな色合いにも興味を示したりする。一見相反するようだが、矛盾はなく、タイキシャトルという爛漫な女の子を軸とすることにより、それらの性質はぴたりと調和する。
スズカとドーベルは、好みの方向性が似ていると言えば似ていた。二人とも、女性的なスカートファッションに身を包むことが多い。ただ、ドーベルの方がより自覚的にアイテムを選んでいるふしがあり、彼女の趣味の影響もあってか、「デザインされたもの」に対する理解が深い。一方、スズカはどちらかと言うと直感的で、好みの傾向は確かにあるのだが、「なぜそれを選んだのか」と問われると答えに窮する。
「……今度の週末、何を着ていこうかしら」
ドーベルとタイキが盛り上がるのを観察しながら、寮でもこんな感じなのかしらとぼんやり考えつつも、スズカの意識は外出予定に向けられていた。
「どこかに出かけるの?」とドーベルが訊ね、そうだとスズカは頷いた。愛用のシューズを買い足しておきたいのと、気が早いが、春物アイテムの下見なども検討している。
トレーナーと出かけるつもりであることを伝えると、ドーベルとタイキは沈黙した。二人で顔を見合わせたかと思えば、手もとのファッション誌に視線を落とす。そしてふたたび向き合って、ゆっくり頷いたところで今度はスズカを見た。
「スズカ!」タイキが溌剌と呼んだ。「レッツ『イメチェン』!」
は、とスズカが相槌でも具体的な言葉でもない声を漏らし、満面の笑みを浮かべるタイキに戸惑っていると、ドーベルはたまたま通りかかったフクキタルを手招きし、この事態に巻き込んでいる。
「ウソでしょ……」
レースでの逃げっぷりなどどこ吹く風、見事に置き去りにされたスズカは、雑誌を囲む三人を見てそう呟くしかなかった。 - 5二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:45:07
つまるところ、スズカに服を見立てようというのが、ドーベルとタイキの企みだった。
「ご安心ください!」と何かを勝手に請け負っているのは、フクキタルの言葉である。「『イメチェンが吉』と占いにも出ています!」
甚だ疑わしい結果だが、フクキタルの占いに関するなら、今に始まったことではない。
スズカは今日という日の装いを、もう一度確認してみることにした。
デニムジャケットは、言うまでもないがタイキが持ってきたものである。ショーツは「わ、私とスズカさんではサイズが~……」と往生際の悪かったフクキタルから半ば強引に拝借した。スウェットパーカーは、寮の自室でファッションショーが繰り広げられるのを目にし、協力を申し出たスペシャルウィークに提供されたものだった。いわく、「ビッグシルエットに挑戦してみたんですけど、上手に着こなせなくて」とのことである。タイツとシューズは自前だった。
着せ替え人形の気分を味わい、試着特有のなんとも言えない疲労感に苛まれたスズカだが、不快なわけではまったくない。まあ、友人たちのおもちゃにされたことは確かだが、それとて親しみに裏打ちされた行為である。今日この一日がよいものになるよう、面白おかしい態度の中に、願いをこめていることは明らかだった。
「ほら、じっとして」
ヘアセットとメイクは、ドーベルが担当した。スズカはさほど化粧に熱心ではない。もちろん最低限の知識と経験はあり、それを自らに施すのだが、たとえばハレの舞台に臨むとなれば、プロに任せきりなのが常だった。
だからいつもより豊かにチークを盛られて、くすぐったくて仕方ない。ついつい頬がゆるんでしまうと、「こら」とお叱りがある。くすくす笑い、「ごめんなさい」と謝ると、「いいからじっとしなさい」と窘められる。毅然としたドーベルの態度に、母親じみたところをスズカは感じなくもない。 - 6二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:45:48
少々、落ち着かない。
そわそわするものがあるが、確かに楽しい時間だった。──ベッドの上に各々が持ち寄ったアイテムを広げ、ああでもないこうでもないと、首を捻って話し合う。雑誌を何冊も開き、スマホでファッションスナップを検索しては、あれが似合いそうだ、いやいやこちらも悪くないと、口々に自由気ままに語らった。脱線することもしばしば、むしろ「イメチェン」というレールを外れ、好き放題に逸走しては笑った時間の方が長かったのではなかろうか。
最初は置き去りにされたスズカも、すぐに友人たちに追いついた。何せ、これはレースではない。ならば彼女たちはスズカを引き離すはずもなく、互いに同じ景色を見るために、しばし立ち止まってみせたところで、なんらおかしなことはなかった。
(……きっと、トレーナーさんは驚くでしょう)
瞳を閉じたスズカの口もとには、自然と笑みが浮かんでいる。あの人は、と続けて考えた。普段と異なる装いをしていたって、必ず受け入れてくれるに違いない。そして話が弾むのだろう、──友人たちと過ごしたあの賑やかな時間を伝えたくて、スズカはやはりそわそわした。今はもう、落ち着かない気持ちの意味が変わっている。そのときが待ち遠しくて仕方なかった。 - 7二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:46:11
やがて約束よりも少し早い時刻になった頃、トレーナーが姿を現した。さすが、といったところか。見慣れないはずの格好のウマ娘が、すぐにスズカだと気づくと、大きく手を振ってみせた。
「イメチェン?」と、トレーナーが訊く。
「はい」とスズカは想像通りの反応が嬉しくて、ついこう口にしてしまう。「……変ですか?」
「いいや」果たしてトレーナーはまっすぐに答えた。「よく似合ってる。でも、急にどうして?」
「実は──」
口を開きつつ、スズカは一歩を踏み出した。トレーナーもすぐに続き、二人は並んで歩きはじめる。
話したいことはたくさんあった。言葉を尽くすことになるだろう。それでもトレーナーはじっくり耳を傾けてくれるはずで、スズカにはその確信がある。友人たちとのひと騒動を、伝えたくてたまらなかった。
曇りがちだった空に、晴れ間が覗いている。まだまだ厳しい冬は続いていくが、友人たちと過ごす時間のような、ほのかな温もりがスズカを照らしていた。 - 8二次元好きの匿名さん23/01/09(月) 20:47:10
以上です
こう、友達どうしで服の貸し借りをして、ちょっとしたイメチェンに挑戦するのが好きなんです