ひとつお尋ねする。ここに来れば

1二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 16:14:27

「トレーナーさん、最近のあたし、変なのよ」
トレーナー室に入るや、長い付き合いになった担当ウマ娘、ワンダーアキュートは切り出した。

…少し考えたが、こちらから見る限り、思い当たる不調や異変に心当たりはない。
とりあえずどう変なのか聞けば、いつものようにゆっくりと、言葉を続ける。

「トレーナーさんがね、時々あたしの前で、他の子のお話をするでしょう？その度に、ちょっとね」

……これまで、レースの前後や合同トレーニングの後、他のウマ娘のフォームやデータと比較して話すことはしばしばあった。

「でもそれもお仕事だから、仕方ないって思おうとしたんだけど」

確かに、あれこれと比較されるのは決していい気分ではない娘もいる。
今までの彼女は、気にしていた様子はなかったが…本人さえ知らないうちに、我慢を重ねさせていたのかもしれない。

長年の付き合いにも関わらず、見抜けなかったことを反省しながら、まず謝ろうと彼女の方へ向くと。

…その目を見た瞬間から、動けなくなった。

2二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 16:14:58

「トレーナーさんには、あたしを…あたしだけを見ててほしいって気持ちがねぇ。
……どんどん、どんどんどんどん、強くなっていくんよ」

口調や表情は、いつも通りを取り繕おうとしているが。
こちらを見る、その視線だけは、穏やかに微笑むときのそれではなく。

それは普段、レースで走る時に見る目。
彼女がスパートを仕掛ける直前、前を行く者の背を、見据える時の。

「それでね。どうすればそんなこと思わなくていいかなって、あたしなりに、うんと考えたの」

こちらを射抜く視線の重圧に耐えきれず。
無意識に、一歩、二歩と後ずさる。
すると追うように、彼女の足も、一歩、二歩、三歩。

気がつけば、いつの間にか追いつかれ、肩に手が触れる。
ゆっくりと後ろのソファに腰を沈めさせられれば、立ったままの彼女と、目線の高さが逆転した。

「絶対に、他の子にあげられないものを、あげちゃおう。
絶対に、他の子がもらえないものを、もらっちゃおうって……決めたのよ」

歴戦の『獣』が、
獲物を見る時の目で見下ろしながら。
ワンダーアキュートは、そう告げた。

3二次元好きの匿名さん23/01/11(水) 16:15:21

肩に置いていた手は、こちらの手首を掴んで、抑え込むように膝の上へ。もう片方の手も、同じように。
……ウマ娘の力は、成人男性のそれを凌駕する。
もう、彼女が離さない限り、振りほどけないし、立ち上がれない。

断らないと、拒まないと。
理性が警鐘を鳴らす。
言葉でも、視線を逸らすだけでもいい。
それだけで優しい彼女なら、我に返って元通り。

でも。
掠れた喉からは声が出ず、合わせた目は逸らせない。
それは彼女に気圧されたから、なのか。
心のどこかで、彼女を望んでしまったから、だろうか。

お互いの額が着きそうな距離で告げられた、
彼女の最後通告は。

「あげようね」
…ちょうだいね、とも聞こえた。

了