【SS】今日は専属契約最終日

  • 1二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:53:59

     あの子の背中を追いかけて。追いかけて、追いかけて……追う脚が止まった頃のお話です。別に脚を骨折したとか、心境の変化があった訳ではありません。理由は時間という現実的なものでした。トゥインクルシリーズを走り抜け、ドリームトロフィーリーグを駆け抜け……そうしている内に、あっという間に“その日”がやって来たのです。私と、トレーナーさんの専属契約終了日が。
    「うん。おいしい」
     その日はトレーナーさんも休暇を取り、二人でゆっくりとコーヒーを飲んでいました。場所は学園祭でも使った私達だけの喫茶店です。あの時は多くの方が訪ねて来られましたが、今日は誰にも邪魔される事はないでしょう。
    「トレーナーさんと飲む……コーヒーも……しばらくお預けですね……」
    「……そうだな」
     その言葉には、様々な感情が含まれているようでした。ずっと二人三脚で走って来たのですから、無理もない話でしょう。私もこの別れに複雑な感情を抱いていないと言えば嘘になります。
    「そういえば、ここにあの子はいるのか?」
    「……今日は席を……空けてくれている……みたいです」
    「そうか」
     今日は二人で過ごしたい。その想いをあの子は汲んでくれたのでしょう。今日は朝からあの子の姿を見ていません。
    「三人で飲むのも良いかなと思ったんだ。あの子にもお礼が言いたかったから」
    「トレーナーさんは……相変わらず……ですね」
     私は心配になりました。トレーナーさんは見えないものを信じることができてしまう。だからこそ私はトレーナーさんに信頼を寄せましたが、“彼ら”にとってもそれは嬉しいようで、今まで幾度となく襲われたりもしました。
    「トレーナーさんは……今後……大丈夫でしょうか……」
    「うん?どういうことだ?」
    「彼らは……あなたを好いています……もし、私がいなくなった後に……襲われたりしたら……」
    「本当に危なくなった時は相談するよ。たぶん大丈夫だと思うけどな」
    「でも……」
    「それより俺はカフェの方が心配だな」
    「え……?私、ですか?」

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:54:37

     私は驚きました。私は何か心配にさせるようなことをしたでしょうか。そう尋ねると、トレーナーさんはコーヒーを一口飲んでから言いました。
    「カフェがまた一人になってしまわないか。それが不安なんだ」
    「それなら……安心してください……後輩もいますし……」
    「でも、あの子の事は話していないだろう?」
    「──っ!」
     トレーナーさんの言う通りでした。せっかく頼ってくれる後輩を怖がらせるべきではないと思い、あの子の事は話さずにいました。最も、噂では広まっているかもしれませんが。
    「あの子の事を誰にも言えないのは、やっぱり辛いんじゃないか?」
    「……」
     黙考。トレーナーさんと契約する前の私なら、すぐに問題ないと言えたでしょう。でも私は知ってしまった。あの子について否定しない人の暖かさを。あの子を知ろうとしてくれる嬉しさを。それが日常になってしまった今、以前のように戻るというのは……酷く心が冷えます。
    「……でもそれは仕方のないことですから」
     見えないものは信じられない。それは無理のないこと。トレーナーさんが異端だっただけ。
    「私は、大丈夫です。私は、大丈夫……」

    え?

     言葉を発した直後のことです。私の脳裏に不思議な声が聞こえました。お友だちによく似た、大切なものの声。私はぼんやりしたまま、意識が少しずつ薄れていきます──そして、私が何かを呟きました。

    「カフェ……?しっかりしろ。カフェ……カフェっ!!」
     トレーナーさんの呼びかける声と、私に駆け寄る姿が見えました。私は気が動転する中、本当に少し、ほんの僅かな時間だけ、ほっとしてしまったのです。私はふっと力が抜けたように倒れ、そのまま意識を失いました。

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:55:19

    (やった!久しぶりだこのシリーズ!!)

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:55:54

     目が覚めると、そこは保健室でした。私ははっと身体を起こすと、日はまだ高い位置にあります。私は安堵し、トレーナーさんを探しました。しかし見当たりません。一体どこにいるのかと頭を悩ませていると、ガラガラと、保健室のドアを開ける音がしました。
    「おお、カフェ!目を覚ましたのかい?いやあ、君が倒れたと聞いて心の底から心配したよ!」
    「被検体が減るから……ですか?」
    「アッハッハッ!まあ半分はその通りだが、私もそこまで鬼じゃない。純粋に君を心配していただけなんだがねぇ」
    「そうですか……ありがとうございます」
    「おやおや?今日は随分と素直じゃないか!これは思った以上に深刻かもしれないねぇ」
     鬱陶しいタキオンさんの言葉を半分無視しながら、私はトレーナーさんの居場所について尋ねました。
    「ふむ。トレーナー君なら、昨日からずっと君の看病をそれはそれは献身的に行っていたがね。先ほど買い物に行くと言って出て行ったよ」
    「え……タキオンさん、今……昨日って……」
    「ん?ああ、君はずっと寝ていたからねえ。日付感覚がズレるのも無理はないか」
     私は側にあった時計を見ました。デジタル時計で、日付まで確認できるものです。
    「あ……」
     タキオンさんの言葉通り、日付が変わっていました。先程までお昼だと思っていた太陽は、もう一周してしまったようです。
    「さて……そろそろトレーナー君が帰ってきても良い頃合いなんだが。一体何処に寄り道しているのか」
    「え」
    「まあ案ずる事はない。君はもう少しだけ安静に」
    「トレーナーさんを探しに行きます」
    「あ、ちょっと待ちたまえ!カフェ!」
     私はベッドからすぐさま離れ、トレーナーさんを探しに行きました。一つはお友だちが近くで手招きしていたのが見えたから。もう一つは心の中に言いようのない不安が渦巻いたからです。
     お友だちの手招きに従い、後を追いました。しかし、必死に走っている最中、思わぬ出来事が起こるのです。
    「なに……この……光は……」

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:56:26

     それは突然起こりました。私の視界を白く暖かい光が覆ったのです。私が眩しさに目を閉じると、光は瞬く間に消え、元の日常風景へと戻りました。そして、先を示していたお友だちの姿がいつの間にか後ろにいます。
    「戻れって……こと?」
     お友だちは、頷いたように見えました。

     息を整えながらトレセン学園に戻りましたが、やはり何か変わっている様子はありません。今日も芝の上を後輩達が汗水流して走っています。それがむしろ不安でした。
    「カフェ先輩!」
     私がひとまず保健室に戻ろうとしたとき、私の後輩の一人が声をかけてきました。トレーニングの話かなと思ったのですが、
    「大丈夫ですか?倒れられたって聞いたんですけど……」
    「それについては……大丈夫です。ご心配をおかけしました」
    「いえいえ!先輩が平気そうで何よりです!あ!もし良かったら、今度先輩のお友だちについても聞かせてください!」
    「え……」
     耳を疑うような言葉でした。お友だちというのは、あのお友だちで間違いないはずです。ユキノさんやタキオンさんは学園でも有名ですから、お友だちとは呼ばれない筈ですし……
     この違和感は確信へと変わりました。この後もすれ違った何人かの後輩からお友だちの話が出てきたからです。試しにお友だちの話をしてみると、相手は驚くでもなく、気味悪く思うでもなく、私の話を聞いてくれました。それどころか、その人は私のお友だちの話を信じてくれたのです。
    「これは……おかしい。一体何が……」
     保健室に戻ると、トレーナーさんとはすれ違いになったとタキオンさんから聞かされました。何処に行ったのかと頭を悩ませていると、一つ、心当たりがありました。私が倒れる前にいた、二人だけの喫茶店です。トレーナーさんはそこにいる。そう直感すると、私は急いでそこに向かいました。

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:56:54

    「トレーナーさん」
    「カフェ、元気そうで良かった。保健室にいないと聞いて心配したよ。ちょっと厨房を借りて作ったんだけど、どうかな」
     そう言うとトレーナーさんは美味しそうなスイーツを出してくれました。確かに美味しそうでしたが、それどころではありません。
    「一体何をしたんですか……教えてください」
    「カフェのことを想ってのことだ」
    「説明に……なっていません」
    「とりあえず、座ろう」
     トレーナーさんは私に着席を促すと、コーヒーを淹れてくれました。私はそれを一口飲んで、一旦心を落ち着かせます。
    「カフェは、昨日の事をどこまで覚えているんだ?」
    「倒れる寸前、です」
    「じゃあ、直前で言った言葉は?」
    「……覚えていません」
    「そうか。実は今日、神社に行ってきたんだ」
    「……!」
    「カフェが以前教えてくれた、本当に願いが叶う神社。あそこで祈ったんだ。『カフェの理解者が現れますように』って」
    「あの白い光は……もしかして」
    「ああ。きっと願いが叶ったんだろう。良かったじゃないか、カフェ」
    「それは……私は別に、お友だちの事を理解して欲しい訳では……ありません。ただ……あなたのように……無碍にされなければ……それで……」
    「でも、お友だちを知ろうとしてくれたとき、嬉しかっただろ?」
    「それは……」

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:57:25

     否定できませんでした。確かに後輩にお友だちの話を聞かれたことは不思議でしたが、同時に嬉しいとも思ってしまいました。あの子の話を笑うでもなく、気味悪く思うでもなく素直に聞いてくれたのですから。
     それと同時に、ある疑問が生まれました。トレーナーさんは何故、私が後輩に話した事を知っているのでしょうか。トレーナーさんはここにいた筈なのに。
    「俺はカフェのトレーナーなんだ。カフェのことを見守っていてもおかしくないだろう?」
    「──!!」
     その返答で気づきました。この人はトレーナーさんではない。彼らに取り憑かれトレーナーさんの姿をしているだけの別人だと。
    「私のトレーナーさんを返してください」
    「カフェ、何を言っているんだ」
    「本当の私のトレーナーさんなら……見守るなんてことは……しません。倒れていた私を心配して……声をかけてくれるはずです」
     ぼんやりと、でもはっきりと見えてきました。トレーナーさんを渦巻いている彼らの声。真っ黒い、靄みたいなもの。
    「チガウ。オレハカフェノトレーナーダ。チガウシンジテクレ。シンジテシンジテシンジテシンジテシンジテシンジテシンジテチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウアリガトウアリガトウアリガトウアリガトウアリガトウアリガトウアリガトウネガイヲネガイヲネガイヲネガイヲネガイヲネガイヲネガイヲネガイヲネガイヲカナエテカナエテカナエテカナエテカナエテカナエテカナエテカナエテカナエテ」

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:58:02

    「それは俺の本心だよ。カフェ」
    「え……」
     黒い靄が晴れて間もなく、トレーナーさんは目を覚ましました。トレーナーさんに事のあらましを話すと、トレーナーさんは開口一番、ポツリとそう言ったのです。
    「カフェが倒れる寸前に言ってたんだ。『サミシイ。ダレカアリノママノワタシヲウケイレテ』って。もちろんそれがカフェの言葉じゃないのはわかってた。でも嘘には聞こえなくて」
    「それで……あの神社に……?」
    「……ああ」
     きっとトレーナーさんはあの神社に行った時に、彼らに取り憑かれたのでしょう。願いを叶える代償として。そしてその願いは、他ならぬ私自身のため。
    「トレーナーさんは……優しすぎます……」
    「心配をかけて悪かった」
    「……許しません」
     トゥインクルシリーズからずっと、トレーナーさんは私の事を案じてくれました。それは私の爪や脚のケアに留まりません。どんな怪奇現象に襲われても、普通の人なら怖くて逃げ出してしまうような事でも、いつも真っ先に私を守ろうとしてくれました。自分も怖いはずなのに、それを無視して……
    「もっと自分を大切にしてください……そうしたら、許してあげます……」
    「わかった。そうするよ」
    「……はい」

  • 9二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:58:30

     私の周囲に起きたあの不思議な現象は、トレーナーさんの靄が消えると同時に元に戻ったようでした。一応後輩に『お友だち』の言葉を振ってみましたが、すっかり忘れているようです。少し寂しい気持ちになりましたが、その思いはそっと胸の中に閉じ込めました。こうして様々な事が起きたトレーナーさんとの専属契約は終わりを告げ、私はもうすぐ学園のものへと戻る旧理科準備室で一人、静かにコーヒーを飲んでいました。そこに、何人かの後輩が訪ねて来ます。
    「カフェ先輩!一つお聞きしたい事があるんですけど」
    「はい……なんでしょうか」
    「カフェ先輩に幽霊のお友だちがいるって本当ですか!?」
    「え……」
     てっきり走りの相談かと思っていたので、私は思わずカップを落としてしまうところでした。
    「どこで……その話を……?」
    「学園内で結構噂になってますよ?それで、本当なのかなって」
    「……もし……いるといったら……怖い……ですか?」
     私は恐る恐る聞きました。心に鍵をして、じっと次の言葉を待ちます。しかし、言われた言葉は予想外のものでした。
    「いえいえ!カフェ先輩のお友だちなら、きっと良い人だと思ってます!」
    「──!!」
    「だからもし噂が本当なら聞かせて欲しいなって!」
     もしかしたら。そう思わずにはいられませんでした。この子達はお友だちを笑わないかもしれない。トレーナーさんが祈った願いは、もしかしたら、もう既に──
    「……何から聞きたいですか?」
     会場はわあっと盛り上がりを見せ、一人が手を挙げました。その子の質問に私が答えます。その後も話は続きましたが、誰一人としてお友だちを笑う人はいませんでした。それがどれだけ私にとって嬉しかったか。それを表すのは中々に大変そうです。

  • 10二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 20:09:21

    お久しぶりです。お待たせしました。
    今回のカフェについては、アプリの会話を再現しようとするとトレーナー、カフェ共に「……」だらけになってしまうのでこのような形をとりました。そのため口調が異なっていたり、「あの子」と「お友だち」が混在していたりと色々雑になってしまいましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
    ご感想、ご批判お待ちしております。

  • 11二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 20:10:30

    待っていたよ……

  • 12二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 20:15:03

    >>3

    >>11

    お待たせしました。正直展開が浮かばな過ぎて投げようかと思いましたが、応援してくださる声が頭から離れず帰ってきました。改めて言わせてください。ありがとうございます!

  • 13二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 20:20:28

    苦しい思いもしながら、それでも進んでいくんだな…カフェもトレーナーも、後輩たちも、優しい人ばかりでよかった…

  • 14二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 20:24:42

    >>12

    素晴らしいものをありがとう

    そしてこれからも応援の念送り続けます

  • 15二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 21:50:19

    >>14

    受け取りました!

  • 16二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 08:40:45

    (上げてみる)

  • 17二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 18:50:31

    (もう一回)

  • 18二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:01:29

    もっと広まれ〜

  • 19二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:07:23

    >>18

    ありがとうございます

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