(タルマエSS)幸せの香り

  • 1二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 09:43:24

    (ストーリー微ネタバレ注意)

    「失礼します……ってあれトレーナーさんいない……」

     トゥインクル・シリーズでのレースが一段落し、前より少し苫小牧のPR活動に重きを置いている今日この頃、定期的に行うようになった苫小牧でのライブについてトレーナーさんと話し合う約束をしていた。ただその約束の時間の5分前にトレーナールームを訪れたんだけど、肝心のトレーナーさんの姿がどこにも見当たらない。

    「約束破った……ではないよね、トレーナーさんのことだし。LANEで何か連絡きてないかな……」

     そう考えポケットから取り出した携帯の画面を見ると、案の定トレーナーさんからのLANEが入っていた。

    「『ごめん、急に会議が入って、30分ぐらい遅れると思う。もし急ぎの予定があるんだったら話し合いは明日にずらせるから』……予定なんて入れてないんだけどな」

     独り言をぽつりと零しながらもトレーナーさんへの返事をすぐに画面へ打ち込む。

    「時間あるのでトレーナールームで待ってますね、っと。さて、どうやって時間潰そうかな」

     送信ボタンを押して携帯をポケットにしまうと、誰もいない部屋をぐるっと見渡してみる。

    「普段はあんまり気にしてなかったけど、案外広いなこの部屋……」

     部屋の中央にあるのが3人ぐらい座れそうなソファにその横幅ぐらいの長さがある、低い背をした長机。そして部屋の奥には大きな窓を背にするように置かれた大きなトレーナーの机と椅子。その椅子の背もたれには、普段私のトレーニングを見る時に羽織っている長袖のジャージがぱさりと掛けられていた。

    「今日はトレーニング休みなのに着てきてるんだ……あれ、何かいい香りがする……何の香りだろ」

     有名なスポーツメーカーから発売されているごくごく一般的なジャージ、普段なら特に気もかけないところなのになぜか今日だけは目が、いや鼻が引き寄せられてしまっている。足も自然とトレーナーの椅子へと向かう。

    「すんすん……あっ、この香りはハスカップ! でもどうして服からハスカップの匂いがするんだろ?」

     例えばジュースを思いっきりこぼしちゃったとか、ハスカップを食べたあとそのまま手をジャージで拭いたとか……ううん、トレーナーさんはそんなにドジでもないしみっともないこともしない。ただそれ以外の理由となれば……

  • 2123/01/14(土) 09:44:18

    「香水?」

     トレーナーさんってあまりそういったものをしているイメージがなかったから、その可能性がすっぽり頭から抜け落ちてしまっていた。そっか、最近はハスカップの香りをした香水も出てるし、試しにと買ってみたのかもしれない。

    「それにしてもいい香り……苫小牧を思い出すなあ……」

     定期的に帰ってはいるものの、やっぱり匂いを嗅ぐと少しノスタルジーな気持ちに浸ってしまう。広々とした苫小牧の大地に広がるハスカップ畑。側を歩くだけでも感じるハスカップのいい香り。そんな懐かしい匂いに釣られたのか、はたまた酔ってしまったのか、つい普段なら絶対にしないようなことをしてしまった。

    「やっぱり男の人の服って大きいな……」

     ハスカップの香り漂うジャージを背もたれから少しばかり拝借すると、半袖の制服の上から羽織ってみた。ジャージが長袖ということも相まってか、なんだか香りに包まれているような、それこそハスカップ畑の真ん中に立っているようなそんな気分になってくる。

    「よいしょっと……胸のあたりがちょっと苦しいけどなんとか入ったかな。それにしてもこの香り、やっぱり好きだな……」

     自分の体を抱くように、そして胸に顔を埋めるかのようにその匂いを堪能する。ただただ時間を忘れて、普段なら子どもっぽくてやらない鼻唄なんかも歌ったりしちゃって。

    「ふん、ふん、ふふ〜ん♪ いいな、この香り……」

     トレーナーさんの椅子に腰かけて少しばかり心地よい世界に浸っていると、不意に部屋のドアが開いた。そこに立っていたのは、

    「ごめん、タルマエ、遅くなっ……た……」
    「あっ……」

     トレーナーさんだった。

  • 3123/01/14(土) 09:44:52

    ***

    「説明させてください」
    「いや俺はまだ何も聞いてないんだけど……」

     トレーナーさんが部屋に入ってきて現実世界に引き戻されたことに気づくまでに数秒、急いで椅子から立ち上がりつつジャージを脱ぎ背もたれに掛け直すまでにこれまた数秒、そしてトレーナーさんに弁明を始めるまでに数秒。なんとか十数秒の間にいつもの格好で話し始めることに成功したものの、あいにくトレーナーさんはさっきの私の姿をばっちりと目に焼きつけていた。

    「違うんです! なんだかトレーナーさんのジャージからハスカップのいい香りがするなって思って着てみただけで、トレーナーさんの匂いに惹かれてではなくて! あっ、別に普段のトレーナーさんの匂いが嫌というわけではなく! ってそういうことじゃないでしょ私!」

     駄目だ。ますます墓穴を掘っている気がする。こういうところにも真面目すぎる性格が出てしまっているのかもしれない。

    「タルマエちょっと落ち着いて……とりあえず一旦ゆっくり深呼吸してみて」
    「すぅ……はぁ……ごめんなさい、取り乱してしまって」

     何回か吸って吐いてを繰り返すと、荒ぶっていた心臓の鼓動も暴走していた脳内もすっかり落ち着きを取り戻し、いつもの私のテンションへとソフトランディングした。ただ状況が好転したわけでもないんだけど。

    「落ち着いたみたいだな……とりあえず別にジャージを着られただけで怒らないよ。でも匂いがどうとかっていうのは気になるな」
    「ありがとうございます。えーっと、質問を質問で返すようで申し訳ないんですけど、トレーナーさんって香水始めました?」

     懐かしい匂いに引き寄せられてだの、ふんわりと包まれてだのですっかり忘れてしまっていたけど、まず肝心なことはそこだ。

    「うん、今度のライブのことで調べ物してたらたまたま通販サイトで見つけてさ。ものは試しと思って買ってつけてみたんだけど、ちょっときつかった?」
    「いえ、そんなことはないです。でもやっぱり香水だったんですね」

     予想は見事的中。少なくともドジとかではないことが判明してほっとした。

  • 4123/01/14(土) 09:45:31

    「でもそうか、匂いか……もしかしてタルマエはこの匂いで苫小牧のことを思い出していたとか?」
    「あっはい、そうです。ハスカップ畑の中を歩いているかのようなそんな小さい頃を思い出して。ちなみにそれが何か?」

     トレーナーさんは私の回答を聞くやいなや、座っていたソファから立ち上がり、何やら考えごとを始めた。ぶつぶつと独り言を呟き数分後、はっと目見開いて上げた頭の上には、ピコンとびっくりマークが飛び出したかのようにも見えた。

    「そうか、嗅覚を使って……」
    「ええっと、トレーナーさん? 詳しく説明してもらってもいいですか?」

     さっきのトレーナーさんとは対照的にはてなマークを浮かべている私に、トレーナーさんは分かりやすく例を交えつつ説明してくれる。

    「タルマエ、ドバイから帰ってきた時のことを覚えてる? 飛行機から降りて空港に足を踏み入れた時のこと」
    「ええっと、はい。残念な結果に終わってしまいましたけど、その分はっきりと覚えています」

     意気込んで臨んだドバイ遠征。ただ良い結果を残すことができずに無念のまま帰ってきた。あれだけ応援してくれたのにと肩を落としつつも、また何度でも挑戦してみせると決意を新たに強く踏みしめた日本の地。ただそれが今回の話にどう繋がるんだろう?

    「悔しかった気持ちは俺もそうだが、今回の話の肝はそこじゃない。タルマエ、帰ってきた時視覚や聴覚以外で感じることはなかった?」
    「視覚や聴覚以外で、ですか? そんなこと言われても……あっ」

     思い出した。海外から日本に帰ってきたら醤油の香りがするという話、自身が海外に行くまでは眉唾ものだと切り捨てていたけど、いざ自分が経験してみると確かにほんのかすかにそんな香りが漂っていた気がした。

  • 5123/01/14(土) 09:45:51

    「そう、この匂いはここ、それこそタルマエのようにハスカップの香りで苫小牧を思い出したといった意識づけをしていくのもPRの手段として有効かもしれない」
    「なるほど……苫小牧に昔住んでいた人にもそれで“ふるさと”を思い出してもらって、そこから少しでも苫小牧に帰ってきてくれる人がいれば……」

     その発想はなかった。やっぱりトレーナーさんっていろんなところから閃くんだな……

    「そういうこと。そうとなれば善は急げだ。その線でも考えてみるか」
    「そうですね。私からも方々に掛けあってみます」

     なんとか元々お互いが今日のために持ち合っていたPR案にも話が転がり始め、トレーナーさんに見えないように小さくふぅと息を吐いた。

    (とりあえず一件落着、かな)

     さっきトレーナーさんには言わなかった、いや言えなかったことが1つある。あまり追及されなかったから言わずに済んでよかったかもしれない。

     ──ハスカップの香りの間から漂ってきたトレーナーさんの香りにも包まれて幸せだったなんて。

  • 6123/01/14(土) 09:46:16

    という話の続きを読みたいので誰かお願いします

  • 7二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 10:02:20

    完成してるのにここからどう続けろと…?

  • 8二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 10:57:34

    お始物

  • 9二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 11:13:03

    1が強いスレは伸びない

  • 10二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 11:20:48

    真面目の中に隠れた卑しさがタルマエのいいところだよね

  • 11123/01/14(土) 11:45:10

    コメントついた……
    いつもは某長期スレでたまにSS書いてるんですが、タルマエのストーリーがよかったので初めてSSスレ立ててみました
    続きが思いつけば書いてみようかと思います。ありがとうございました

  • 12二次元好きの匿名さん23/01/14(土) 13:41:24

    生真面目なキャラはむっつり属性が似合うと決まっている

オススメ

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