- 1二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:29:13
「断じて違うわ」
トレセン学園のカフェテリア。その昼時のことだ。アドマイヤベガはナリタトップロードと共に、昼食のために訪れていた。そこにテイエムオペラオーとメイショウドトウがやってきて、結局いつもの四人という構図。
メイショウドトウはともかく、テイエムオペラオーと食事を摂るのは若干不本意ではあったものの、それでも数年間ずっとトゥインクルシリーズで競い合っている仲だ。こうして何度も席を共にする機会もあったことだし、いい加減諦めもついている。
そんなこんなで昼食を食べていた四人。会話の種になっていたのは休日の過ごし方で、アドマイヤベガは先日訪れたプラネタリウムの話をしていた。
自身のトレーナーと共にプラネタリウムに行って、終わったら食事をして、軽く話して、別れる。よくある休日だ。先日はちょっとしたハプニングがあり、少し流れは変わったものの、彼女にとっては「よくある休日」でしかない。
だからこそ気軽にその話をしただけなのだが、
「惚気とは、君にしては珍しいね」
と、テイエムオペラオーにより一刀両断。一瞬なにを言われたのかわからず、目を白黒させるも、すぐに「コイツはなにを言っているんだろう」と不思議になる。
「断じて違うわ。惚気なんかじゃないわよ……貴女も変なこと言うわね、オペラオー」
なにを勘違いしているのかしら。そんな気持ちを込めて、アドマイヤベガは否定した。言葉にもその感情が乗ったようで、呆れ果てたような音になった。
そう、彼女にとっては「いつもの休日」。よくある話。しかし、そう思うのは彼女だけのようだった。
「惚気ですぅぅぅ!」
「すごく惚気です!」
同席していたメイショウドトウと、ナリタトップロードによる追撃。ドトウだけならまだしも、貴女までそれを言うの、トップロードさん。 - 2二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:29:24
ため息を一つ。本当に、惚気のつもりなどなかったのだ。
最初のうちは、初心者であるトレーナーに星のことを教えるために。そうしてプラネタリウムに通ったり、天体観測をしたりしていたら、なんとなく定期的なイベントに落ち着いたというだけ。
もちろん二人でそうした場所に赴くのは、カップルが多いことも知っている。事実、プラネタリウムに行けば、そうした関係の二人組みをよく見かけた。しかし、自分たちは「そうした関係」ではない。そうでない以上、惚気と言うにはおかしいだろう。
「だから、惚気なんかじゃない」
少し語調が強くなりつつも、三人に説明し直した。どういうわけか「えー」とでも言いたげな表情のナリタトップロードを見て、まだ説明が足りないのだろうかと考える。あるいは、どれだけ説明しても納得してもらえないのかも。
説明してもわかってもらえないのなら、仕方がない。違うものは違うし、勘違いされるのも納得いかないものの、次の話題に行ったほうがいいだろう。
「なるほど。では、アヤベさん。ボクの話も聞いてもらえるかな?」
次の話題を探していたアドマイヤベガに、そうして助け舟を出したのは、意外なことにテイエムオペラオーだった。
「許可を取るなんて、あなたらしくないわね、オペラオー。勝手に話せばいいでしょう」
「では聞いてくれたまえ! 先日、ボクのトレーナーくんと一緒にオペラを鑑賞に行ったんだ」
その時のことを思い出しながら、大げさな身振り手振りでテイエムオペラオーは語り始める。それを半ば聞き流しつつ、昼食を口に運ぶ。メイショウドトウは聞き入っているし、ナリタトップロードも楽しげだ。
それにしても、オペラオーの話、どこかで聞いたことがあるような話ね。 - 3二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:29:34
「そのオペラは実に素晴らしかった! 思わず興奮してしまったボクが、トレーナーくんに感想を求めようと隣を向いたんだ。すると、なんてことだろう、彼は眠ってしまっていたんだ!」
嗚呼、なんたる悲劇! 嘆きを表すように、自らの身体を抱きしめながら、テイエムオペラオーはその時の悲しみを表現する。メイショウドトウが「そ、そんなー……」としょんぼり。耳が垂れているので、彼女の嘆きに共感しているのだろう。
しかし、テイエムオペラオーは嘆きを続けることなく、少し困ったような表情に変えて続けた。
「後で話を聞いてみたら、どうやらボクとオペラを見に行くために、前日随分と仕事に励んでくれていたらしい。まったく、困ったトレーナーくんだと思わないかい?」
やれやれ、といった様子。確かに困ったトレーナーだ。自身のトレーナーにも似たようなところがあることを思い出す。プラネタリウムに行く約束の前日、徹夜をしたという話は、これまで何度も聞いているし、つい先日も似たようなことがあった。
私のことは気遣うくせに、自身のこととなると、途端に雑になるんだから。困ったトレーナーだ。
しかし、それにしても。
「そんな話を聞いてしまった以上、こちらとしても怒る気が失せると言うもの。そもそも、献身に気づけなかったボクにも非があるしね。その後はすぐにトレーナーくんを家まで送り届け――」
「オペラオー」
テイエムオペラオーの話を遮る。そして、
「惚気はもういいわ」
まったく、人にあんなことを言っておきながら、自分の方こそ惚気ているじゃないか。少し……いや、だいぶ呆れながら、彼女の話を強制終了させた。
しかし、どういうわけか、メイショウドトウとナリタトップロードが目を丸くしてこちらを見ている。「嘘でしょ……」とでも言いたげに。え、なに……? - 4二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:29:45
二人の視線に困惑する。何か変なことを言っただろうか?
「なるほど、アヤベさんはボクの話を『惚気』と思うんだね」
「惚気でしょう」
休日に二人きりで出かけるだけでなく、疲れ果てた相手を部屋に送り届けた? しかも先程の言い方ではまだ続きがあるようだった。きっと看病でもしたのだろう。仲睦まじいことだが、それを聞かされるこちらとしては胃もたれしそうになる。
そんな嫌気が口調に出たのか、呆れ果てた音になった。しかしどういうわけか、テイエムオペラオーは得意げな様子を崩さない。
不思議に思っていると、ナリタトップロードがおずおずと口を開いた。
「アヤベさん……もしかして、気づいてないんですか……?」
「……気づいてないって、なにを」
煮え切らない口調の彼女に、違和感を覚える。気づいていない? 自分が? なにを?
困惑していると、テイエムオペラオーが再び口を開いた。
そうして指摘されたことに、アドマイヤベガは目を見開く。
「ところで、アヤベさん。先程の話を、こう置き換えてみたまえ。
『オペラ』を『プラネタリウム』に。
『ボク』を『君』に。
そして、『ボクのトレーナーくん』を『君のトレーナーくん』に。
さて、先程似たような話を聞いた気がするのは、ボクの気のせいだろうか?」
聞いたことがあると感じたのも当然だ。だって、テイエムオペラオーの話を、言われたままに置き換えてみれば。
つい先程話した自分の休日に、そっくりだったから。 - 5二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:29:56
思わず閉口する。自分自身が「惚気」と指摘した話が、自分自身が語った話そのものだったのだから。ならば確かに、「惚気」と指摘されても言い返せない。
休日にトレーナーと二人でプラネタリウムに行った。
プラネタリウムでトレーナーが寝てしまって、問い詰めたら前日の夜遅くまで仕事をしていたという。
呆れながらトレーナーを送り届け、起きたらすぐ食べれるようにとサンドウィッチを作ったことも、はっきりと記憶にある。
どれもこれも、身に覚えがある。テイエムオペラオーにやり込められたことに、苦々しい気持ちになる。
しかし、それでも。
「それでも、私の話は惚気じゃないわ」
多少無理があることは自覚していながらも、その一線だけは超えない。案の定、テイエムオペラオーも、メイショウドトウも、ナリタトップロードも、信じられないような表情でこちらを見返してくる。
しかし、そうとしか言いようがない。だって、本当に惚気のつもりなんてない。それに何より。
「だって」
自分の中に、その心を探す。どうあっても見つからない。
勝手についてきて、勝手に支えてくれていることには感謝している。過去を振り返ってみれば、辛いとき、苦しいとき、倒れそうなときに支えてもらった記憶がある。だから、トレーナーへの感謝の気持ちは、はっきりとこの心にある。
しかし。
「……そういうの、よく、わからないから」
惚気とは、恋人や夫婦、あるいは「好きな相手」との思い出を語るもの。
ならばこそ、「恋」がわからない彼女にとって、惚気とは語れるものではなかったのだ。 - 6二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:30:06
恋とは、なんだろう。あの昼食の日から、その疑問がずっと心で渦を巻いている。
言葉としては、知っている。誰か、あるいは何かに対して、特別な愛情を感じ、思い慕うこと。それは家族、例えば妹に向けるようなそれとは違うものであるらしい。
星にまつわる話でも、恋の話はよく出てくる。例えば、七夕伝説の織姫と彦星。ギリシャ神話のオリオンとアルテミス。多くの伝説で、恋は題材にされる。
幼い頃からそうした話に親しんできたアドマイヤベガにとって、そうした恋の物語は身近なものだ。しかし、いざそれを自分に当てはめようと思っても、
「……わからないわね」
嘆息するしかない。アドマイヤベガは「恋」がわからない。
スマートフォンを操作し、ブラウザアプリで見ていた恋を題材にした伝説の解説ページを閉じる。結局、知っている以上の情報は出てこなかった。
「わからないって、どうかしたのか?」
先程の独り言が聞こえたのか、自身のトレーナーが声をかけてきた。そういえば、今はトレーナー室にいたのだった。次のレースに向けた相談が一区切りして、トレーニングに移る前のちょっとした休憩時間。
視線をトレーナーに向けてみれば、業務用のパソコンごしにこちらを見ている。少し心配そうな表情。
少し、返答に迷う。何しろ、今の悩みのキッカケは、トレーナーとプラネタリウムに行ったことだ。その当人に「恋について調べてた」と言うのは、なんとなく気恥ずかしい。
なので、
「……なんでもない。それより、そろそろトレーニングに向かおうと思うけれど」
打ち明けることもなく、いつもの日常に切り替えた。疑問は心にあれど、かと言ってトレーニングをおろそかにするつもりはない。あの子にいずれ会った時に、自慢の姉だと誇ってもらいたいからこそ。
こちらの態度に違和感はあったようだが、問題があれば相談するということはお互いに知っている。こちらの言葉に納得したのか、トレーナーもまた、トレーニング場所に移動しようと立ち上がった。
「あ、そうだ」 - 7二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:30:17
立ち上がってすぐ、手元のスマートフォンを操作するトレーナー。その様子を怪訝に思っていれば、自身のスマートフォンが震える感覚。LANEのメッセージであることにすぐ気がついた。LANEを起動して見れば、トレーナーから一通のメッセージが来ていた。
直接話せばいいのに、と思いつつ見てみると、URLだけが送られてきたことに気がついた。
「これは……?」
「最近話題のプラネタリウム。ちょっと距離はあるけど、アヤベが興味があればどうかなと思ってさ」
URLをタップして、そのプラネタリウムの公式サイトを開く。見てみれば、確かに最近聞いた覚えのある施設だった。少し大きめで、上映されているプログラムも丁寧だと話題になっていたはず。
アドマイヤベガ自身も気にはなっていた。しかし、話題になっていたからこそ、チケットが売り切れがちと聞いて諦めていたのだ。にも関わらず、こうして話題に出してきたということは。
「……あなた、もしかしてまた?」
「…………な、なんのことだ?」
視線を外し、冷や汗をかいた様子のトレーナー。その姿に、いつだかと同じように、すでにチケットを購入してしまったことを理解する。
ため息を一つ。
「まあ、気になっていたし……行くわ」
「……! そうか! よかった!」
心の底から嬉しそうな反応。チケットが無駄にならなかったことよりも、私が行く選択をしたことが嬉しそう。どうしてそんなに喜ぶのか、よくわからない。トレーナーとの付き合いも長くなるが、未だによくわからない人だった。
そう、「よくわからない人」。アドマイヤベガがトレーナーに抱く気持ちは、その言葉になってしまう。「好きな人」ではなく「よくわからない人」。
出会ったときから変わらない。勝手についてきて、勝手に支えてくれる、よくわからない人。私なんかに飽きもせず、嫌になることもなく、付き合ってくれる人。
でも、出会った時と比べて、たしかに変わったこともある。 - 8二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:30:27
最初のうちは、トゥインクルシリーズで走るための契約相手、というだけの存在で。
妹が消えてしまった病室で、あるいはあの夜明けの浜辺で、ライバルたちとともに支えてくれた存在で。
いつだって、私の心を汲み取って、私のしたいことを、私に気づかせてくれた存在で。
いつからだろう。必ずついてきてくれることに、心地よさを抱くようになったのは。
いつからだろう。振り返ればそこにいることに、安心感を覚えるようになったのは。
いつからだろう。すぐ側で支えてくれることに、暖かさを感じるようになったのは。
この心は、恋なのだろうか。この人に感じている心地よさと、安心感と、暖かさが、恋なのだろうか。
わからない。わからない。それでもやはり、この心を恋と呼ぶのか、アドマイヤベガにはわからない。
「アヤベ?」
その声に、我に返る。少し考え込んでしまったようで、また心配そうな顔を向けられている。その表情を、なぜか、なんとなく直視することができなくて。視線をわざと外して、いつもどおりを装った。
「少し、考え込んでただけよ。トレーニング、先に行くわ」
少しぶっきらぼうで、つっけんどんな言い方。ちょっと口調が強くなってしまっただろうか。嫌な思いをしていないだろうか。申し訳無さを覚えつつも、今はトレーナーの顔を見られない。
「あ、待ってくれ……!」
慌てた様子の声が届く。その口調があまりにもいつもと同じだったから、つい安心してしまう。それが思わず口許に出て、笑みの形に変わっていく。
「荷物もあるし、ついていくよ」
「勝手にすれば」
「もちろん、勝手についていくさ」
二人の関係性を表すような軽口を交わして、トレーナー室から並んで歩き出す。 - 9二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:30:37
「そう言えば、さっきのプラネタリウムだけど」
トレーニングに向かう道すがら、トレーナーが口を開く。少しワクワクしたような様子で、本当に楽しみにしていることが伝わってくる。普段のプラネタリウムや天体観測の約束より、もっと楽しそう。
なにをそんなに楽しみにしているのだろう、と不思議に思っていれば、
「南半球の星空を見れるらしい。みなみじゅうじ座も見れるかもしれないぞ」
以前の温泉旅行で話した、好きな星座の名前。いつか見てみたいと思っていた星座。ちょっと話しただけなのに、覚えていてくれた。「いつか、見に行ってみたい」と話したことを、覚えていてくれたのだ。
そのことに少しだけ、心にある暖かさが熱を主張する。
「……そうなの」
「楽しみだな」
ニコニコと笑って、私よりもあなたのほうが楽しそう。
「プラネタリウムもいいけれど……いつか、本物も見てみたいわね」
「見られるさ。いつか、必ず」
私の「やりたいこと」を、伝えて続けてくれたあなた。こうして言葉にして、「やりたい」と言えるようになったのは、きっとあなたのおかげ。そんなあなたの言葉だから、その言葉も信じられる。
いつか、必ず、本物のみなみじゅうじ座を見に行ける。
そのとき、あなたも隣にいるのだろうか。わからない。これまでのように、ついてきてくれるだろうか。まだ聞ける勇気はないけれど、答えを楽しみに思う気持ちがある。
アドマイヤベガはわからない。今のこの心が「恋」と呼べるものなのか、わからない。だから、この心と、この問いは、まだしばらくは秘しておこうと思う。
そして、いつの日か。この心に名前をつけられる日が来たのなら。この問いに答えを求める勇気を持てる日が来たのなら。この人に、この心と問いを、ぶつけよう。私の隣を歩いているこの人に、そっと。
心配はない。だって、きっとそう遠い日のことではない予感があるから。
すぐ近くから感じる暖かさに、いつかの日の光景を思い描く。その日が来ることを楽しみにして、今はゆっくりと微笑んだ。 - 10二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:30:51
以上、おしまい。
最初はアヤベさんにも自覚してもらおうと思ったんだけど、育成シナリオ読み直したら「そういうのよくわからない」のほうがアヤベさんらしいかなー、と思ったので書いてみました。
自覚シチュが好きです。一応、アヤベさんが自覚する流れも思いついているので、書けたら書きます。
ちなみに、前半の展開は↓のスレから持ってきました。7を書いたのは自分なので許して欲しい。
断じて違うわ|あにまん掲示板惚気なんかじゃないわよ貴女も変なこと言うわね、オペラオーbbs.animanch.com - 11二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:32:39
パクリかと思って通報の準備をしたところで銃を捨てた
- 12二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:36:07
ハートしか押せない私を許してくれ
- 13二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:37:13
- 14二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:46:17
- 15二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:48:51
- 16二次元好きの匿名さん23/01/17(火) 23:57:03
- 17二次元好きの匿名さん23/01/18(水) 00:13:23
- 18二次元好きの匿名さん23/01/18(水) 01:13:32
自分の事が一番見えにくいのかもね…アヤベさんの自覚が早く来ますように。
- 19二次元好きの匿名さん23/01/18(水) 07:50:07