【SS】へべれけグラスワンダーとわかってないトレーナー

  • 1二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:38:16

    「トレーナーさんはぁ、わかってませんね?」
     グラスが、グラスを傾けながら言う。ところで彼女が今飲んでるものは何だっただろうか。
     それがわからないまま「グラスがグラスを〜」などというしょうもないギャグを繰り出してしまいそうになる口をなんとか噤んで。
     俺は手元に自分のグラスを口に運んだ。

     ……俺のグラス。
     などという言い回しはちょっとアレだな。
     アレってなんだ? そうアレだよアレ……。

    「なにをニヤニヤしてるんですか〜? わかってます? わかってないでしょう?」
     彼女は正座をしたまま、そして俺に正座をさせたまま。
     プリプリといった様子で頬を赤くしたまま、愛らしく怒る。
     一体彼女は何に怒ってるのか。申し訳ないがよくわかってない。
     いや、わかってるつもりなのだけれど酔ったまま怒るグラスが可愛くてわかってないふりをしている気がした。
     つまりわかってないのだ。いや、そんなことはない。
     わかってないことはちゃんとわかってる。大丈夫だ。俺は酔ってなどいない。
     そうに決まってる。グラスの可愛さに酔ってるだけだ……。

  • 2二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:38:29

    「トレーナーさんは、わかっていませんね?」
     その一言が出たのはどのタイミングだったか。

     一軒目では日本酒を嗜んだ。魚介と日本酒を扱う銘店は、二十歳を迎えたばかりのグラスを楽しませることができたと思う。
     二軒目の居酒屋でおでんと焼酎を堪能した。味の染みた大根に、辛口の焼酎。その濃厚な味わいの組み合わせに彼女は「また、新しい和を知ることができました〜」などと喜んでいたはずだ。
     ……それにしてもグラスの酒豪っぷりには驚いた。こっちはもう、足にきているというのに。

     二軒目を出た時、俺はなんとなく聞いたのだ。
    「どうだ、グラス。大人の一歩を踏み出した気分は? 満足できたかな」
     それに対して彼女は薄く微笑んで。
    「満足、ですか……。まだ、足りませんね」
     酔っている姿など一切見せない足取りでコンビニに入り。
     白ワインに安いチューハイ、それからつまみなどを手に出てきたのだ。

    「さぁ、トレーナーさん。行きましょう」
    「どこへ?」
    「トレーナーさんの、お家へです。……トレーナーさんは、わかってないみたいですから」
     そしてグラスの白魚のような細い指が自分の手に絡みついて。
     そのたおやかな感触とは裏腹な、ウマ娘の力でグイグイと引っ張られて。
     自分の家に連れてこられたのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:38:43

     ようやく気づいた。
     そうだ。グラスが手に持ってるグラスの中身は白ワインだ。そして自分のグラスに入っているものも。
     ちゃんとあるのに見れば隣にボトルもある。もうほとんど空っぽみたいだが。

    「トレーナーさん? お返事は?」
     何の話だったっけ? そう。わかってない話だ。
     ……思い返せば、「トレーナーさんは、わかっていませんね?」のセリフはさっき言われたばかりだったのかもしれない。正確には。
     ところで、何の話だっただろうか?
     大丈夫だ。わかってるはずだから。

    「わかった。わかってる。何も言わなくてもいい」
    「本当ですか?」
     グラスがソファにあるクッションを抱えながら言う。
     それに鼻をつけて「臭いですよ」などと失礼なことをこぼす。確かに洗うのをサボっているのは認めよう。なら離してもいいじゃないか。
     クッションを取り上げようとすると「ダメです〜」と可愛らしく抵抗されてしまう。
     ちくしょう。なんてワガママなんだ。こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。

     クッションを引っ張り合ってる隙に俺のグラスがグラスに取り上げられる。
     そして残りの白ワインを飲み干されてしまった。なんてことだ。
     俺のグラスが。俺のグラスを。

  • 4二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:38:56

    「わかっているのならぁ〜。言ってください〜」
    「その前にグラスがわかってることを教えてほしいな」
    「ふふふ。ダメです〜。ズルは許しませんよ?」
     厳しい。いつだって彼女は優しく厳しかった。他人に、それ以上に自分に対して。
     きっと今でも自分に厳しくしてるに違いない。
     なら、きっと。

    「……何か、我慢してる?」
    「正解です♪」
     出会ったときよりずいぶんと背が伸びた。
     それでもまだ俺の身長には届かないグラスが手を伸ばして。
     良くできましたというように、俺の額を撫でる。

    「我慢の内容は?」
    「内緒です♪」
     そして撫でていた指先を自分の唇に当てて内緒のポーズをしてみせた。
     ちくしょう。かわいい。
     昔に比べて大人びて、綺麗になった。その上でもっと可愛くなった。
     どうかなってしまいそうだ。そういうことばかりわかってしまう。

    「グラスばかり、ズルくないか?」
    「いいでしょう? 私はしっかり我慢してますから〜」
     彼女はギューッとクッションを抱きしめる。
     お互いの匂いが混ざり合ってしまうほどに。
     それがわかるくらい強く。

  • 5二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:39:07

    「俺だって我慢をしてるよ」
     誤魔化すように、俺はレモンチューハイの缶を開ける。
     何を我慢してるのか? もちろんわかってる。わかってるつもりだけど、まだわからないことがあるのも気づいてる。
     こういうのは年齢とか立場とか、タイミングとか根回しとかいろいろと、ちゃんとわからないといけないことがたくさんあるのだ。一部はクリアしたつもりだが。
     それくらいはわかってる。

    「トレーナーさんは立派な大人ですから。我慢は当然です。違いますか〜?」
    「グラスも、もう大人だよ」
    「そうでしたね。でもまだ未熟。半人前に過ぎません。だから……」
     彼女はグラスを差し出してくる。注げというのだろう。
     率直におねだりをする彼女も実に可愛らしい。
     普段見ないその態度に、強制的にわからされていくのがわかる。

    「そっちは俺のグラスだよ」
    「誰のグラスですか?」
     嬉しそうに彼女が顔を赤らめて笑う。耳をピコピコと。尻尾をバサバサとと。
     大人に踏み出したのを忘れて、子供のように。

     ああ。俺は酔っている。グラスに。それだけは間違いないことがわかってる。
     ……今は、それ以上わかる必要があるだろうか?

  • 6二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:39:17

    「俺の、グラスだ」
    「正解です♪」

     そして彼女は注がれた酒に口をつけて。
     身を寄せてきて囁く。
    「おかわり、ください」
     もちろんわかってる。俺は無言でチューハイを継ぎ足す。
     彼女がムッとするのはわかった。

    「……トレーナーさんは、わかってませんね?」
    「わかってるよ」
    「わかってません」

     口元に近づいた、せわしなく動く栗毛のウマ耳。そこに囁いた。
     これ以上わかると大変かもしれないので抑えるように、なるべく小さな声で。

     それに呼応するように彼女の尻尾がピシリと立って。
     もっとわからせるようにと俺を叩いた。

    (おしまい)

  • 7二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:39:44

    酔っ払ってわがままになったグラスちゃんを書きたかっただけです。

  • 8二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 12:43:39

    普段真面目な娘のだる絡みからしか摂取出来ない栄養はある

  • 9二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 13:37:58

    わからされたのがわかりました
    ありがとうございました

  • 10二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 15:27:01

    コメントありがたいです。
    続きを少しだけ書くかもしれません。

  • 11二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 15:30:15

    後日のグラスは大和撫子らしからぬ振る舞いに赤面してしまうのか枷が外れたかのようにアピールしてくるようになるのか気になるところ…

  • 12二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 15:44:16

    >>10

    待ってるぞ

  • 13二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 15:46:23

    こういうのこう…いいよね(語彙無
    酔いに流されるまま普段見せない面見せつつ、決して酔った勢いで一線を越えまいと我慢するグラトレと、あの手この手で防衛線抜いてこようとするグラスの攻防はとても健康にいい…

  • 14二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 16:31:53

    善き哉…

  • 15二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 16:38:01

    おつ
    面白かった

  • 16二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 18:06:22

    >>10

    やったぜオラァあくしろ!!

  • 17二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 18:17:58

    ベリーグッドな色気だ

  • 18二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 18:22:25

    酔ってる時の思考ってこんな感じなのか?

  • 19二次元好きの匿名さん23/01/19(木) 23:44:14

    ほしゅ

  • 20二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 03:20:39

    すき…

  • 21二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 11:13:40

    >>20

    ウワーッ

    素敵なイラスト、ありがとうございます!


    以下、続きです。

    ちょっと蛇足気味た感じですが……。

  • 22二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 11:13:54

     何たる不覚。何たる失態。
     冷たいシャワーを頭から浴びながら、私は「何たる……」と小さくつぶやきました。
     反省したくて滝行のように冷水を浴びれど、起きたことをなかったことにできるわけではありません。
    「……っ」
     ようやく頭の芯が冷えて、体が寒さに慣れてきたところで私はハンドルに手を伸ばして。
     いつもならあるはずのそれがないのに戸惑います。

     当たり前です。
     ここは、私の家のお風呂ではないのですから。

    「グラスー。とりあえずの着替え、ここに置いておくよ」
     浴室の外から聞こえる音に思わず手で、体を隠してしまいます。
     決して見られているわけでもないのに。
    「……はい。ありがとうございます」
    「気にしないで。初めてのお酒だったのに、変に飲ませた俺が悪かったよ」
     そんな言葉が聞こえた後、「うぅ~頭いてぇ~」という小さなうめき声と共に、気配が去っていきます。

     私は体の力を抜き、改めて見つけたハンドルをひねりました。

     温かいお湯で体がほぐれていきます。
     いつもなら髪を洗うところですが、ここには女性用のシャンプーやトリートメントもなければ、ウマ娘の尻尾用シャンプー、ケア用品もありません。

     もしも、そんなものがあったら。
     ちょっとしたパニックになっていたかもしれません。
     もちろん、そういったものがないことくらいはわかっています。

    「ちゃんとわかっていますよ。トレーナーさん」
     昨日のことを思い出しつつ、私は少し自嘲気味に口に出してしまいます。

  • 23二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 11:14:22

    「昨日は、本当に申し訳なかった」
    「いえ、私の不徳の致すところですから。気になさらないでください」
     シャワーを終えてから上がって、ブカブカとしたトレーナーさんの普段着に身を包みつつ。
     二人でふりかけご飯と目玉焼き、それからインスタントのお味噌汁をいただきます。
     食器が足りないせいで、トレーナーさんはご飯を平皿に盛っている体たらくです。

    「ろくなものがなくて申し訳ない。今日買い物に行く予定だったんだ」
     そう言って彼が頭を抑えながら苦笑します。
     普段からこんな食事ばかりしているのでしょうか。まったく。
     やっぱりトレーナーさんはわかっていません。

    「ぅぅ……。それにしてもグラスは酒に強いな」
     トレーナーさんが時折頭に手を当てながら羨ましそうに言います。
    「そうなんでしょうか?」
    「俺なんか昨日の記憶がほとんどないよ。まあ、なにはともあれ……変なことが起きなくてよかった」
    「……はい。そうですね」
     ──ああ。それはつまり。
     トレーナーさんはわかっていないままなのでしょう。

  • 24二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 11:14:49

     昨日はもちろん、具体的な何かは何もありませんでした。
     クッションを挟んで二人、お酒臭い部屋の中で雑魚寝をしてしまったくらいです。
     ただ、眠りに落ちるその前の、お互いがわかりあった時間はとても大切だったというのに。

    「……グラス、怒ってる?」
     ふいにトレーナーさんが、困惑した様子で尋ねてきます。
     もう。そういったことばかりわかってもらっても困ります。

    「そんなことありませんよ~?」
     私は澄ました顔で答えますが、彼の顔は困った形のままでした。

    「そうか……わからなくて、申し訳ない」
    「大丈夫です。何度でも、わからせてみせますので」
     私は笑みを浮かべて、尻尾を振ります。彼の足に、ギリギリ当たる程度に。

    「何度でも?」
    「はい。何度でも」
    「何度でも、か。ありがとう、グラス。じゃあ……」

  • 25二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 11:15:26

     ──グラスの食器くらい、揃えておこうか。
     お茶碗に、お箸も、コップも。今度、一緒に買い行こう。
     そんな言葉には耳をピンと立てざるを得ません。

     ……はぁ。やっぱり。
     トレーナーさんはまだまだわかっていないですが。
     肝心なところだけ、わかっていたりもするのです。

    「おかわり、ください」
     私はずうずうしくも、使わせてもらっている彼のお茶碗を差し出します。
    「いいよ。山盛りでいい?」
    「ウマ盛りでお願いします♪」
    「炊飯器が空になるな……」
     そう言って炊飯器に向かう、彼の後ろ姿を眺め続けました。
     ご飯が何杯もいける、その姿を。

    (おしまい)

  • 26二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 11:20:10

    いい…二人の未来が始まったって終わり方を感じられる

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