オッホータマンネ!ソッコーホテルはあタルマエ!←あのさあ

  • 1異邦人23/01/20(金) 23:19:09

    「おらが故郷の苫小牧!皆も知ってくれると嬉しいべさ〜!以上、ホッコータルマエでした!」

     あるローカル番組の収録をこの日1番の笑顔で締めて、ホッコータルマエは撮影スタジオを後にした。
     競走ウマ娘として、そしてロコドルとしての世間における己の地位が揺るぎないものになっても、彼女はこうした地道な活動を止めることはない。
     それは生来の生真面目さによるものでもあり、そして自身の魅力よりも本当に周知されたいものの知名度が、決して満足に至るものではないという事実の表れでもある。

    「お疲れ様、タルマエ」
    「あ、トレーナーさん!お疲れ様です!」

     控え室に戻ったタルマエを待っていたのは、彼女の担当トレーナー。彼は本来の仕事であるレース関係だけでなく、ロコドルとしての活動までもをサポートしていて、二束の草鞋を履くタルマエにとっては何よりも替えの利かない存在だ。
     差し出されたスポーツドリンクを飲みながら帰り支度を始める彼女を尻目に、トレーナーは時計とスケジュール帳を何度か見比べる。

    「思ったより収録が長引いたな。この後はもうオフにするから、食事でもしながら今日の振り返りをしよう」
    「いいんですか?次のレース────川崎記念もそろそろ近いですよ?」
    「大丈夫。ちゃんと逆算してスケジュールは組んであるから、今日休んだって支障はないよ。食べ過ぎたりサボったりするなら話は別だけど」
    「もー!そんなことするわけないじゃないですか!余裕を持ったスケジュールを用意してくれてるんですから、ちゃんと全力で取り組みます!」
    「冗談だって!……それじゃ、そろそろ行こうか」
    「次言ったら怒りますからね?」

     とは言いつつも、タルマエは別に気を損ねたりはしていなかった。
    お互いに気負いすぎてほとんど余裕がない時間を過ごしてきた彼女たちにとって、こうして冗談を言い合えるようになったのはいい変化だと言えるし、何より彼が自分のことを慮ってくれているからこそ、こうして故郷の────大好きな苫小牧のために活動することができているのだから。

  • 2異邦人23/01/20(金) 23:19:43

    「むむ……ウマッターのフォロワーの伸びは順調ですが、最近はウマスタやウマトックが少し停滞気味ですね。……ああでも、ウマチューブの登録者はいい感じだ」
    「登録者数の内訳を見ると30代以上の人の割合が少し増えてきてるな」

     帰りに立ち寄ったファミリーレストランで食事をしながら、2人は宣伝に使っている各種SNSの動向を確認していた。
     相変わらずタルマエ本人の活動に対して苫小牧に関する発信の注目度は低いままだが、それでも着実に注目してくれる人は増えている。焦らないことが肝要だと経験が教えてくれていた。

    「大人の方がよく見てくれているってことですかね。ウマトックやウマスタに比べて、他の2つは比較的年齢層が高めですし」
    「コメント欄もそういう傾向が出てるよ。タルマエの活動を見て、自分の故郷のことを思い出したって人が結構いるみたいだ」
    「なるほど……じゃあ大人の世代に刺さるようなネタも出していきますか!といっても私はそういうの詳しくないし────トレーナーさん……だとちょっと若すぎるかも?」
    「どうだろうなあ……まあ、やるだけやってみよう」

     ひとまず今後の方針についてそれらしい形が決まると、その後の話題はうってかわって取り留めのないものへと移っていった。
     やれリッキーの風水がどうだ、一番焼きそばが美味しいのはどの県だ、とまチョップの中身は誰なんだ、いるわけないじゃないですか、だのと話しているうちに、タルマエはふと先ほどの話題のことを思い出した。

    「────そういえば、トレーナーさんの故郷ってどこなんですか?今まで聞いたことなかったですし、思い出とかあったら教えてほしいです!」

     そう、思えばタルマエはトレーナーのことをあまりよく知らなかった。
     彼の人となりはもちろん分かっている。お人好しで生真面目で、少し食い意地が張っている。何より仕事熱心だ。だが、それよりももっと深い部分。ことプライベートとなると、向こうが踏み込んでくるばかりで、タルマエの方から何かを聞くという機会がほとんどなかったように思える。
     自分と彼が出会ったのも故郷がきっかけ。ならば、今度も故郷の話から始めよう────そう思い立って、そんな質問を投げかけた。

  • 3異邦人23/01/20(金) 23:20:13

    「ああ、そうか……う~ん……」
    「どうしました?」
    「いやさ、故郷、かあ……────ないんだよな、故郷」
    「えっ……?」

     しかし、少し困ったように出されたその答えは彼女の想定にはなかったもので。手に持っていたフライドポテトがぽとりとテーブルに落ちた。

    「えっと、それは、どういう……」
    「ああごめん、大した理由じゃないんだ。うちの両親がいわゆる転勤族ってやつでさ。毎年のように……3回引っ越しした年もあったっけ。同じ場所に長く住むってことがなかったんだよ。だからどこが地元かって言われると答えられなくて」
    「そうだったんですか……」

     思いもよらなかった事実に、思わずタルマエは言い淀んでしまう。

    (もうタルマエ、なんでこんなこと聞いちゃったの!?明らかにトレーナーさんが困ってるじゃない!)

     そんな風に心の中で自分を責めていると、トレーナーは気まずそうに笑って更に話を続けた。

    「友達はあまりできなかったけど、おかげで子供の頃から色んなレース場に行けてさ、トレーナーになる上ではいい経験だったと思ってるよ」
    「ですね、得しちゃいましたね。あはは……」

    (ああ、気まで遣わせちゃったじゃない!だいたい昔から────)

     まだまだ続きそうな脳内反省会を他所に浮かべた作り笑いは、果たしてトレーナーを騙せていただろうか。
     テーブルの上に落としたポテトを拾うのすら忘れていた彼女には分からず終いであった。

  • 4異邦人23/01/20(金) 23:20:44

    「苫小牧に一緒に行きませんか」

     トレーナー室に来て早々、タルマエがそう言ったのは、連覇のかかった川崎記念を制したすぐ翌日のこと。
     執務机で書類整理をしていたトレーナーは、彼女の急な提案に対して訝しげに首を傾げた。

    「構わないけど……急な話だな」
    「はい、私もそう思います。ただ、次の目標のかしわ記念まで少し日が空きますし、上半期に帰省するならここが丁度いいタイミングだとも思って。早めに伝えておきたかったんです」
    「それは助かるよ。俺も色々見て回りたい場所はあったし……それじゃ、予定の方は調整しておくから」
    「ありがとうございますっ!」

     タルマエはそう言って深々と頭を下げる。頭上から「おいおい」と声が聞こえたがそれでもお構いなく。
     実は、今しがた挙げた帰省という理由は単なる口実に過ぎなかった。

    (最近トレーナーさんが元気ないの、絶対私のせいだもん)

     そう、最近のトレーナーはどうも様子がおかしかった。といっても、表面的にはいたって普段通りで、いつも一緒にいるタルマエだからこそ気づけるような僅かな違い。だからこそ感じ取れてしまうともいえるのだが。
     その兆候が表れたのは、川崎記念の少し前のファミレスで行った反省会────つまり、例の故郷の件で"地雷"を踏んだ日の辺り。
     あの場ではタルマエが過剰に自分を責めたくらいで、トレーナーの方は特別気にした風もなく話題が移り変わったのだが、それからどうも彼の覇気がない。話しかければいつも通りに接してくれるのだが、そうでないときはため息が増えたり、どこか上の空だったり────とにかく、あの日を境に何かが変わってしまったことは間違いない。
     いつかのマジレスの件ではないが、不用意な一言には注意しなければとあれほど自分に言い聞かせていたはずなのに。

    (苫小牧で美味しいものを食べてのんびりすれば、トレーナーさんもきっと元気になってくれる!……はず)

     本当ならもっと気の利いた手っ取り早い方法があるのかもしれない。だが、自分とトレーナーの共通の話題といえば、やはり苫小牧のことしかない。だからこそ、タルマエはその中に答えを求めることにした。

    「それじゃ、よろしくお願いします!楽しみにしてますから!」
    「妙に張り切ってるな……大丈夫?」

     つい「こっちの台詞ですよ」と言いかけたが、なんとか飲み込んだ。

  • 5異邦人23/01/20(金) 23:21:18

    そして1週間後。タルマエはトレーナーを連れて、故郷苫小牧へと帰省を果たしていた。
     まずは挨拶と昼食がてら港へ足を運ぶと、顔馴染みの職員が真っ先に気づいて駆け寄ってくる。

    「おじさん、こんにちは!」
    「おっ、タルマエちゃんにトレーナーさん!今日帰ってきたのかい?……お~いみんなぁ、我らがロコドル様のお帰りだぞぉ~!!」

     声を聞きつけて、辺りの人々がぞろぞろとやってくる。彼らはタルマエたちの姿に気づくなり、皆一様にぱっと笑顔を浮かべた。ロコドル冥利に尽きる、といったところだろうか。

    「ご無沙汰しています。お忙しいところわざわざすみません」
    「なんのなんの。近頃は港に来てくれる人も増えてねえ、貧乏暇なしなんて言うけど寂しいよかよっぽどいいもんだよ」
    「まったくだね、こんな何もないとこでも活気があるとやっぱりみんな集まってくるっしょや」
    「あーっ、やっぱり何もないって言った!」
    「おっと、こりゃ口が滑った」
    「シゲさん滑らすのは足だけにしときなよ!また海に落っこちたら今度こそ魚の餌だべ!」

     わはははは、と静かな港に賑やかな笑い声がこだまする。失言に対して頬を膨らませていたタルマエや、困ったように彼女を見つめていたトレーナーもまた、皆に釣られて思わず噴き出してしまった。

    「それじゃ、私たちはご飯食べに行くから、後でまた顔出しに来るね!」
    「おーう、若い者2人でゆっくりしていきなさいよ!したっけ!」
    「はーい!……まったくもう、みんな調子がいいんだから」
    「昔からこうなんだな」
    「そうですよ。いつだって底抜けに明るくって、港に来ると何か嫌なことがあっても別にいいかって気持ちになっちゃうんです。不思議ですよね」
    「へえ……いいもんだなあ、そういうの」

     やがて、2人は今までも何度か訪れたことのある定食屋に辿り着いた。
     タルマエとしてはまだ連れて行ったことのない店を紹介するつもりでいたのだが、この店の味を気に入ったらしいトレーナーからの要望だったこともあり、帰省後の初めての食事はここで摂ることとなった。

  • 6異邦人23/01/20(金) 23:22:04

    「お待たせしました!いくら海鮮丼大盛りです!」
    「おお……」
     注文して数分後、運ばれてきた丼ぶりの上にこぼれそうなほど盛られた刺身といくらを前にして、トレーナーは思わず感嘆の声を挙げる。

    「やけに豪華だね」
    「たまにはこれくらい豪勢にいきましょう!それじゃ、いただきま~す!」

     軽く顔の前で手を合わせて、2人は海鮮とシャリの山へと挑みかかる。────うん、やはり故郷の味はいい。長旅で空腹だったのも手伝って、気づけばあっという間に完食してしまっていた。



    「さて、すっかりお腹も膨れちゃいましたね!一応ホッキ貝とかカレーラーメンのお店もチェックしてましたけど、夜でいいでしょう。────さてトレーナーさん、この後行きたい場所ってあります?」

     会計を済ませ、とりあえず当面の予定はなくなった。後はこれからどうしようかと、腹ごなしに街を歩きながら2人は考える。

    「あれ、俺に聞くの?う~ん……あ、そうだ!帰省の報告がてら相談したいこともあるし、市役所に────」
    「ダメですっ!」

     次の瞬間、タルマエは両手で作ったバッテン印をトレーナーへと突き付けていた。

    「タルマエ……?」
    「もうトレーナーさん!今回は仕事のことは抜きにしようって言ったじゃないですか!」
    「ああそうだった、ごめん……」
    「分かってくださればいいんです!……って、つい怒っちゃいましたね」

     そう、今回の目的はあくまで慰安。だから、仕事に関する用事はできるだけ入れないようにしようという約束をしていた。
     トレーナーには内緒にしているが、タルマエの方で市役所の観光課にもその旨は伝えてあり、「羽を伸ばしていってください」と快諾もされている。

  • 7異邦人23/01/20(金) 23:22:20

    「いや、俺が野暮なこと言ってしまって悪かったよ。それにしても……ふふっ」
    「な、何かおかしいですか?」
    「まさかタルマエにそんな理由で怒られるなんて思わなかったなって。いつも頑張りすぎな君のことを止めるのが仕事だったもんだからさ」
    「……私だってそういうときくらい、あります。大事なことですから。……それでトレーナーさん、今度は"お仕事抜き"で行きたい場所はどこかありますか?」
    「それじゃあ"あみゅー"までゴールデンカムイの色紙でも見に行こうか。まだイベントもやってたはずだ」
    「はいっ!それじゃあご案内します!」

     苫小牧市美術博物館こと、通称あみゅー。有史以来の苫小牧の史跡が数多く展示されていて、季節によってはコラボレーション企画なども行われている。

    「ああ~、とまこまい~♪」

     クラシック級に入った頃に1度一緒に訪れたことがあるが、その時に教えた愛称をしっかりと覚えていてくれたことに気をよくして、タルマエは思わず鼻歌なんか歌いながら歩き始めた。
     時刻はまだ昼過ぎ。時間はまだまだたっぷりあるし、あみゅーの次はどこへ行こうか。

    「ゴキゲンだな」
    「……あっ」

  • 8異邦人23/01/20(金) 23:23:06

    「なんだか喉乾いたかも。ちょっと私、飲み物買ってきますね」
    「ああ」

     夕方まで市内を周り、港まで2人は戻ってきた。これからトレーナーは手配してある宿へ、タルマエは実家で寝泊まりすることになっているから、ここで最後に時間を潰したら今日は解散ということになる。
     少し喋りすぎたせいか喉の渇きを覚えたタルマエは、トレーナーを待たせて記憶を頼りに自販機を探す。


    「────あ、あった」

     やがて魚屋の店先に目当てのものを見つけた。市街地ではほとんど有名メーカーのものが占めているが、この辺りにはまだ個人で設置しているよく分からないラインナップの自販機が残っているのだ。
     肌寒い季節だが、港ではさっぱりした冷たいものが飲みたい。タルマエは迷った末にリボンシトロンのボタンを押した。ついでにトレーナーにも何か買っていこうと思って追加の硬貨を入れて────

    「トレーナーさん、何が好きかな……?」

     思えば彼の好みをよく知らなかったことに気づいた。
     大人だし、無難にコーヒーだろうか。もしかするとブラックが飲めないかもしれないし、砂糖が入っているものは好きじゃないかもしれない。甘いのが苦手ではないはずだけれど。そもそも普段コーヒー飲んでたっけ────

  • 9異邦人23/01/20(金) 23:23:49

     普段お世話になりっぱなしだとこういうときに困るのだ。コミュニケーション、大事。
     改めて反省したところで、タルマエはふと今日の彼の様子について思い返す。

    「楽しそうだったけどこれでよかったのかな……」

     海鮮丼に美術館、その後も結局今まで来たことがある場所ばかり選んでしまっていた。
     帰省の理由が理由だけに行き先をトレーナーに委ねたところが大きいのだが、仮にも苫小牧の観光大使である自分がついていてこれはいかがなものか。
     
    「……うん、明日こそは!」

     考えた末に、今日のところは楽しかったし良しとする、と結論に落ち着いた。
     もうしばらく滞在するのだから、何も無理に急いであちこち巡る必要はないのだ。今日は思い出深い場所をゆっくり楽しんだ分、明日からは新しい体験をしてもらうとして。

    (頑張る……いえ、けっぱるのよ、タルマエ!)

     心の中でそう唱えながらおもむろに手を伸ばして────ピッ。

    「ピッ?」

     続いてごとん、と音がして自販機の取り出し口に何かが落ちた。
     取り出してみると、"新発売 ホッキ貝コーヒー"と書かれた生ぬるい缶が姿を現す。

    「……小銭、もうないじゃん」

  • 10異邦人23/01/20(金) 23:24:19

    「────あれ?」

     飲み物を2本抱えて別れた場所に戻ってくると、どういうわけかそこにはトレーナーの姿はなかった。
     何か用事でも見つけたのだろうか。その場にいた男の子に声を掛けてみる。

    「ねえ、ここにいたトレーナーさん見なかった?背の高いスーツの人」
    「ん~?ああ、そこに立ってたけど、ふらふら歩いて行ったよ」
    「えーっ、どっちの方行った!?」
    「あっちの海の方」
    「ありがとっ!」

     なんとなく胸騒ぎがする。できる限り急いだ方がいい気がして、タルマエは礼を言うなり彼の指した方へ走り出した。
     気づけばもう日が暮れようとしていた。



    「探しましたよ」
    「あ……ごめん。随分遅かったからスーパーまで行ったのかと思った」
    「ごめんなさい、何にしようか迷っちゃって……あっ、これよかったらどうぞ。リボンシトロンです」
    「ありがとう」

     しばらく港を歩いていると、黄昏ているとでも言うべきだろうか────柵にもたれてじっと海を見つめているトレーナーの姿を見つけた。
     タルマエの声に振り向き、夕暮れの明かりを受ける彼の顔は、なんだか酷く影が差したように見える。

  • 11異邦人23/01/20(金) 23:24:54

    「何それ」
    「えっ、あっ、これですか?ちょうど飲んでみたい気分だったんですよ~……あはは」

     手に持っていた缶に対する当然の追及を躱しつつ、タルマエは彼の横で同じように柵に寄り掛かる。どこからか波の音に交じってカモメの声も聞こえてきて、なんだか絵になるなと思った。次の新曲は港をテーマにしてみようか。
     そうしてしばらく一緒に水平線を眺めていると、やがて口を開いたのはトレーナーだった。

    「やっぱりいい町だな。人も皆親切で、いい意味でのどかだ」
    「ありがとうございます!……っていうのはちょっと変かな。でも嬉しいです、トレーナーさんがこの町を好きでいてくれて」
    「そうかな」
    「今はこの港も閑散期なので静かですけど、夏にはコンテナ船やフェリーがいっぱい来るんです!水平線の向こうから大きな船がやってくるのは迫力たっぷりで。いつかトレーナーさんにも見てほしいなあ……」
    「写真や映像では見たことあるよ。でも生で見たらすごいんだろうな」
    「はい!また一緒にここに来ましょう!その……きっと差し出がましいですけど、トレーナーさんにとっても苫小牧が故郷みたいになればいいって、思ってますから」
    「故郷か」

     確かめるような声と共に、少しだけ不穏さを孕んだ潮風が肌を撫でる。
     もしかすると、もうこれ以上踏み込まない方がよかったのかもしれない。何事もなくこの帰省が終われば、学園に戻りさえすればきっと、少なくとも表面上はいつも通りの関係に戻れるはずで。
     でも────それでも、日常のどこかでこの憂いを帯びた横顔をきっと見ることになってしまうと思うと、なかったことにはできなかった。

  • 12異邦人23/01/20(金) 23:25:30

    「……気にしててくれたのか、この間の話」
    「えっと……はい。なんだか悪いことしちゃったなって思って……」
    「ありがとう。でも、本当に大したことじゃないんだよ」
    「……話してもらえますか?トレーナーさんのお気持ち」
     短く「ああ」と返事をして、トレーナーは頷く。
    「やっぱり俺は……どこまでいってもよそ者だよ。苫小牧とは、タルマエが繋いでくれた縁で出会っただけでしかない。あの日、君に出会わなかったら知ることもなかったと思う」

     ホッコータルマエの競走ウマ娘として、そしてロコドルとしての活動をサポートし、共に苫小牧の魅力を発信していくうちに、トレーナーもまた自分の故郷のようにこの場所を愛するようになっていた。しかし、それと同時に引け目をも感じていた。
     幼い頃から苫小牧で生きてきて、地元の人々に愛されてきたタルマエ。そんな彼女を隣で見ていると、どうしても自分との繋がりの薄さというものを節々で感じてしまう。

     ハスカップは大好きになった。だが、子供の頃に農園に遊びに行ってジャムを持たされたような思い出はない。大人になるまで存在も知らなかったのだから。
     苫小牧の名所はだいたい頭の中に入っているし、その中の多くは実際に足を運んだこともある。でもそれはあくまで仕事の一環としてで、家族や友人と楽しんだわけではない。
     結局のところ自分もまた、タルマエを支えるファンたちと同じように、彼女によって苫小牧と出会い、その魅力に惹かれただけの旅人に過ぎないのだ。違いといえば、彼らより少し距離が近いというところだけ。
     いつの間にかトレーナーの心の底に溜まっていたそんな考えは、故郷を誰よりも愛する少女の傍にいるうちに少しずつ大きくなっていて。あの日のタルマエの発言は、あくまでもそれを認識するきっかけに過ぎなかった。

  • 13異邦人23/01/20(金) 23:27:10

    「ただ、それでもやっぱり居心地の良さは感じてて、少なからず思い出もあるから────まるで本当の故郷みたいに思ってしまってる自分もいるんだ。……食い違ってるんだよな」

     そんな溜め息交じりの言葉を耳にした途端、タルマエの中で何かがつながった。

    「……トレーナーさん、突然ですがクイズです!苫小牧クイズ!」
    「え?」
    「第1問!苫小牧を流れる二級河川、勇払川(ゆうふつがわ)!合流する本流の名前は?……ほら早く!答えてください!制限時間もつけますからね!30秒!」

     唐突に始まったクイズに対しトレーナーは困惑気味のようだ。
     タルマエが袖を引っ張って回答を促すと、渋々といった様子で考え込み始める。

    「えっと……安平川(あびらがわ)?」
    「正解です!続いて第2問!ウトナイ湖が国指定鳥獣保護区特別地区に定められたのは何年?」
    「確か……1982年だったか?」
    「お見事!では続いて───」
    「待った!いきなりどうしたんだ、そんなこと聞いて」

     「これ以上目的のない余興には付き合えない」と言わんばかりにトレーナーは話を遮った。
     でも、それでいい。これからがタルマエにとっての本題だ。

    「すごいですよ、トレーナーさんは。地元の人より苫小牧に詳しくなってるじゃないですか」
    「勉強したからな」
    「そう、勉強です!苫小牧の人たちはみんな、トレーナーさんのことを大切に思ってます。苫小牧のために努力してくれていて、誰にも負けないくらい好きでいてくれる。そんな人をよそ者呼ばわりなんて……そんなの、たとえトレーナーさん本人が言ったって認められません!」
    「でも俺は」
    「いいじゃないですか!過ごした時間が短くたって、出会ったのが大人になってからだって!帰ってくればいつだって居場所があって、思い起こす度に心が温かくなって、ホッとする。そういう場所が"ふるさと"なんじゃありませんか?」
    「それは……」

     頑なになりかけていたトレーナーが僅かにたじろぐ。今まで培っていた時間や思い出という灯が、彼の心に張った氷を解かそうとしていた。

    「だからトレーナーさん!苫小牧が────私が、あなたのふるさとになります!寂しくなったらいつでも帰ってきてください!心の拠り所にしてください!私だって……あなたのことを、そんなふるさとみたいに思っているんですから。だから、あなたにもそう思ってもらいたいんです!」

  • 14異邦人23/01/20(金) 23:28:02

    また、潮風が吹いた。冷たいがどこか懐かしいふるさとの風。

     すっかり見えなくなった夕日の残滓が映すトレーナーの顔に、もう憂いの色はなかった。


    「……つまらないことに拘ってたよ。いつの間にか周りと壁を作っていたのは俺の方だったんだ」

    「つまらなくなんかないです。トレーナーさんにとっては、そういう線引きは生きていく上で大事なことだったと思いますし」

    「いいのかな。出会ってまだ何年かの、それもロコドルの路上ライブとハスカップがきっかけの町をふるさとだと思っても」

    「……はいっ!僭越ですがホッコータルマエ、苫小牧を代表してあなたをお迎えします!」


     ────今まで、随分と苦労をしてきた。必要だった苦労、不器用だったせいで背負い込んだ余計な苦労、色々ある。そしてきっと、私が私である限り、それはこれからも続くのだろう。

     でも大丈夫。大好きなこの町で、隣にあなたがいれば。帰るべきふるさとがあるのなら、私はきっとどこまでだって強くなれるから────だから、あなたにもそう思っていてほしい。






    「北海道の玄関口、新千歳空港からレンタカーで30分!内地の方も道民の方も!自然豊かな町、苫小牧へぜひぜひお越しくださいね!」

    北海道苫小牧市www.city.tomakomai.hokkaido.jp
  • 15二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:29:35

    キテレツスレタイからの良質SS、なんか見覚えあるんだよなあ……

  • 16二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:29:45

    オワリ。随分長くなっちゃってごめんなさい。トレーナーは故郷というものに馴染み薄かったりするといいよねってお話です。
    実装前日から書き始めたのに書き終わりがPU終了後ってどういうこと?

  • 17二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:30:53

    まーたスレタイ以外完璧なSSが来ちゃったよ…

  • 18二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:30:57

    糞みたいなスレタイから最高のSSだった

  • 19二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:32:18

    >>15

    ウマカテの様式美だと思っております。

  • 20二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:40:42

    そうなんだよな、行こうと思えば行きやすいところなんだよな
    札幌とか旭川とか富良野とか行っちゃうだけで

  • 21二次元好きの匿名さん23/01/20(金) 23:45:24

    とまチョップをオチに使うな

  • 22二次元好きの匿名さん23/01/21(土) 00:08:20

    良かった!

  • 23二次元好きの匿名さん23/01/21(土) 00:29:25

    タルマエPUは終わったがセブンイレブンの北海道フェアは絶賛開催中だぞ!
    ハスカップロールケーキをよろしく!

  • 24二次元好きの匿名さん23/01/21(土) 00:31:45

    >>23

    ブ レ ブ レ !

  • 25二次元好きの匿名さん23/01/21(土) 00:32:31

    これ地味にスレタイもセンスあるからすごい

  • 26二次元好きの匿名さん23/01/21(土) 09:35:13

    >>23

    ポケモンの戦闘前演出みたい

オススメ

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