- 1二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:01:22
「『りんごかもしれない』?」
テーブルに置かれていた本のタイトルを、担当ウマ娘、ビワハヤヒデは疑問を示す声音で読み上げた。
資料や書籍に溢れるトレーナー室の中で、その存在をやや異質に感じるのも当然か。ノートパソコンの画面から目を上げ、答える。
「その作者さんの作品が、同僚たちの間でちょっとブームになってね」
「ブーム?その…絵本が?」
ハヤヒデが手に取ったそれは、絵本だった。
「そう。最初は、ライスシャワーのトレーナーが持って来てさ」
絵本が好きな彼女のために、何冊か用意したものを、暇つぶしにと誰かが借りて読んだのがきっかけらしい。ことのほか面白いと口コミで人気が広まって、気付けばトレーナー共用の本棚まで出来ている。
最近では、新作が出ると、こっそり誰かが『仕入れて』いるらしい。
「月並みな表現になっちゃうけど…大人でも、面白くて……むしろ大人こそ、かも」
こっちはまだ少し作業があるから、その間に読んでていいよと勧めれば。短い葛藤ののち、手に取ったそれのページを、めくり始めた。 - 2二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:01:50
「……なるほど、ブレインストームのように次々と…しかしこれだけで一冊の本になるのか?」
なるのだ。その一ネタだけで。心の中で呟く。
『机の上に置かれているリンゴ』という状況に対し、自由な発想で提示される、様々な可能性や、りんごがそこにある経緯。数十……いや、100近くは挙がる『かもしれない』たちに、気付けば引き込まれたらしい。
しばらく、無言で読み進めたあと。
ぱたん、と本を閉じてから、彼女はしきりに頷いていた。
「なるほど……ありがとう。トレーナー君からのメッセージ、しかと伝わったよ」
「…そうか?」
メッセージ、とは。感じ入るものがあったようで結構だが、正直心当たりがない。
「謙遜はいい。『己の想像力を狭めるな』ということだろう。
これまで『こうだ』と決めていたものにも…その背景や、個々の要素には、それこそ無限の想定ができる。そうした多角的な視点もまた、我々の『勝利の方程式』に繋がる要素になりえるかもしれないと、そう解釈したよ」
そこまで堂々と言われてしまえば、今更、偶然選んだとも言えず。
「あー、いや、そうか、よかった」
……経緯はどうあれ、学びを得てくれたなら幸いだ。
これ以上『意図』を追求される前に、とっくに用意を終えていた作業を今終えたことにして。二人で『勝利の方程式』を導き出すための、ミーティングを始めることとした。
了 - 3二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:03:06
拙者普段は退廃的概念好き侍。挨拶代わりに一大刀失礼いたした。
かような『ヨシタケシンスケ先生の作品を読んだウマ娘の反応のSS』を書きしものなり。
皆様へ相談したきことは、
個人的に一番好きな『このあとどうしちゃおう』に合うのが誰か、ということ。お知恵を拝借したく。
加えて、他に見たい組み合わせ等あれば、そちらも。
なお、
オグリキャップ×『もう ぬげない』と
ゴルシ×『つまんない つまんない』は手元にあるため、今から投下致す。どうか参考にしていただきたく。 - 4二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:04:43
オグリキャップ×『もう ぬげない』
「トレーナー、これは…!?読んでもいいか?」
担当ウマ娘、オグリキャップは、書類に混じって机に置かれた絵本を見るや、手にとって、ぐいぐいと迫ってきた。
いつにない踏み込みに、少したじろぎながらワケを聞けば。
「いや、すまない。……小さいころ、母さんが足をマッサージするとき、怖くないようにと、図書館で借りた絵本を読んでくれたことがあったんだ」
普段はあまり読むイメージが無かっただけに、意外な一面を見た気がする。
「これはまだ読んだことはないが……なんだか、少し懐かしくなって。いいだろうか」
そう言いながら輝かせた目を見れば、『あとにしよう』とは言いだせず。
せっかくならと、二人で並んで読むことにした。 - 5二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:05:34
お風呂に入る前に、ひとりで服を脱ごうとして、その途中のままになってしまった子供の話。
なのだが…『どうすれば脱げるか』ではなく、『どうすればこのままでもいいか』という発想で話が進んでいく。
子供が、『脱げなくなったままでも工夫次第で生活できる』と豪語すれば、
隣のオグリは「なるほど、その手が……」としきりに感心し。
主人公が『同じような仲間がいるはずだ』と立ち上がれば、
隣のオグリは「そうだな…きっといる」と相槌をうっていた。
前にひとりで読んで、展開を知っているのもあるが、本編より、彼女の反応の方が面白かったかもしれない。
…まさか最後の『絶望的な状況』に、本当に絶望した表情を浮かべるとは。
出オチ感のある、子供の奮闘を微笑ましく見る作品、と思っていたのだが。
オグリから見れば、そうではなかったらしい。
「…うん、勇気をもらった。どうにもならないという状況も、気持ち次第だと」
そう…なのだろうか。そう言われると、そうなのかもしれない。
どうあれ、良い息抜きになったようだ。
じっくり読んだぶん、少し遅くなったトレーニングへ向かう直前。
いつになく真剣な顔で、オグリが聞いてきた。
「もし、もし私も、レースの後、勝負服でああなったら…そのときは、助けてくれないか」
了 - 6二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:07:06
ゴルシ×『つまんない つまんない』
「なあ、なあトレーナー。『おもしろき 事も無き世を』 ってあるじゃん」
15分ぶり、3回目の話し始めを聞いて、担当ウマ娘、ゴールドシップの退屈をひしひしと感じる。
連日の土砂降りでコースは使えず、室内のトレーニングも、三日連続は厳しいものがある。
明日の会議の資料が間に合ってないこっちからすれば、むしろ時間がほしいくらいなのだが。
彼女の学業の方は、差し迫った課題も、もう終わらせてしまったらしい。
さきほどからソファーの背もたれに足を投げ出し、床に背中をつけて、全身で暇を表現している。子どもか。
こちらはリミットに追われているのに、こうして散々つまらんつまらんと言われれば、若干腹も立ってくる。
ここで『切り札』を使うことにした。そのためにはなるべく気を引かねばならない。あえて不機嫌そうに、話を切り出す。
「…なぁゴルシ。お前、『つまらない』とは何か、わかって言ってんのか?」
「あん?このこみ上げる気持ちが『つまんない』じゃないなら、何が『つまんない』かわからねーくらいにはわかってるよ」
「いーや、お前はつまらなさの面白さを1%も理解していない。これを読んで、せいぜい学びな」……そしてその間、じっとしていてくれ。
そう一縷の望みをかけ、ライスシャワーの担当から教わった絵本を突きつける。
その題名は『つまんない つまんない』。
「ほう?今まさに世のつまらなさを知り尽くした、業界のパイオニアたるゴルシ様を相手にその絵本とは、いい度胸じゃねーか」
「知ってるのか?」
「知らねーけど」
言いながら、ゴールドシップが手に取る。 - 7二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:08:29
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- 8二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:10:44
「こんな数十ページもない本で、ゴルシ様のつまらなさ…は…」
読み始めた。
「……」
読み進めている。計画通り。
彼女が今読んでいるのは、『つまらない』とはなにか。どうすればつまらなくなくなるか。
逆に、つまらなさを突き詰めれば面白いのではないか。そんな内容の作品だ。
作品に没頭する静寂の間に、資料を、データを、まとめていく。
あと少しではあるが、向こうが読み終えるのも、おそらくあと少し。
逃げ切るか、差し切るか。謎の焦燥感の中で、レースを制したのは。
「…おし」
ゴルシだった。
だが、内容的にはもう『つまらない』と騒ぐことはない、そう思っての選出は。
…彼女の行動力の前には、むしろ効果的すぎたかもしれない。
「おし、この『せかいいちつまんないゆうえんち』を面白くできたやつが、最強の面白さの持ち主ってことじゃねーか!?」
「おし、まずはゆうえんち作るぞ!トレピッピもシフト空いてたよな!まずは同業他社の偵察だ!カーナビ頼むぜトレーナー!」なぜそうなる。反論の暇もなく。
まだ少し作業が残っているノートパソコンをどうにか抱えて、担当ウマ娘にどこかへと運ばれるのだった。
了
(誤字ゆえに上げ直し失礼。) - 9二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:17:55
- 10二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:19:06
絵本には全然詳しくないけど暖かな雰囲気を感じる文章でした 書いてくれてありがとう
- 11二次元好きの匿名さん23/01/24(火) 21:24:47
「ねぐせのしくみ」→姉貴
- 12二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 03:25:07
ビワハヤヒデ×『ねぐせのしくみ』
あの一件以降、二人してほかの作品に触れることが増えた。特に印象に残った一冊、『ねぐせのしくみ』は、寝癖や寝相の過程を、ユーモラスに描いた作品で。
夜寝ている間、妖精のような何者かたちが、知らないうちに、とんでもない寝相に『整え』られ、寝癖も『セット』されているとしたら、という話だ。
物語の最後、爆発したような髪型にセットされた女の子の姿と、遠征の時の、寝起きのハヤヒデを重ねてしまう。
どうやら、本人もそうだったらしい。
「彼らを追い払って解決できるなら、むしろ楽かもしれないね」と、困ったように笑っていた。
……しかし、先日。
「徹夜すれば寝癖ができないのは、そういうことか……?」などと、何か良からぬ方向に仮説を進めつつあるのを聞いてしまった。
フィクションとわかってはいるはずだが、もはや藁にも縋る思いなのかもしれない。
……ただ、夜更かし気味になっても困る。
今度の休みに一緒に出かける時は、彼らを『追い払える』ような、いいトリートメントを一緒に探すことにしよう。そう、密かに決意するのだった。
了 - 13二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 05:31:46
うお、サンクス!
- 14二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 11:33:26
ウマカテでまさか絵本好き民と出会えるとは……!いいよねヨシタケさん
もしよかったら、「それしかないわけないでしょう」も読んでみたい - 15二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 16:48:24
ワンダーアキュート×『それしかないわけないじゃない』
「あぁ、おもしろかった。ありがとうねぇ、トレーナーさん」
トレーナーが暇つぶしにと借りてきた絵本、『それしかないわけないじゃない』を読み終え、ワンダーアキュートは息を吐く。
兄に悲観的な未来を教わって、おばあちゃんに泣きついた小さな妹が、『それしかないわけない』と励まされ、明るい未来の可能性を考える、そんな話。
登場するおばあちゃんが、なんとなくアキュートに似ている気がする。本人には言えないけど。
ポットのお湯もちょうど沸いたころらしい。ゆっくりとお茶の準備をしながら、感想を話し合う。
「ふふ、『おとなはすぐに みらいはきっとこうなるとか言うの』って言い方、とっても痛快ね。レースやボクシングの試合を予測するひとも、すぐにこうだって断言するけど、実際は全然違う事の方が多いもの」
彼女にしては珍しく、少し言葉に棘を感じたような気がして、少し呆気にとられると、それを察したように。
「あら…びっくりさせたかしら。そんなお顔させるつもりはなかったんだけど」 - 16二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 16:50:15
「でも、三年間も、そのあとも、あたしは何度も『燃え尽きた』『終わった』なんて『心配』されたけど、一度もそうはならなかったでしょう?」
確かに、これまでも外野が勝手に限界を決めつけることは何度かあった。それを結果で覆しながらも、彼女自身は思うところがあったのかもしれない。
……ただ、並みのウマ娘数人分の年数を第一線で走り続けるなど、予想できるほうがおかしいくらいだが。
ともあれ、この先がどうなるかは、外野も、彼女も、トレーナーの自分でさえも、きっと断定できないのだろうな。変わらない彼女を見ながら、ぼんやりと思う。
ならば逆に、どんな未来を描こうと自由なら。
アキュートの理想の未来はどんなのか、そう聞けば、すぐに答えが返って来た。
「そうねぇ、ずっと、ずぅっと、あなたと、それから皆と走れたら、それが一番かしらね」
彼女の微笑を見ながら、同意するように頷いて、お茶を一口すする。
同じことを考えてくれていたらしい。
了 - 17二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 17:44:51
いいな…
いいよ…! - 18二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 17:53:25
- 19二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 18:47:39
うお〜ありがとう!
アキュばあば来るかな?と思ってたら本当にばあばで嬉しい……
同じ「それ」でも、ばあばの「それ」は柔らかくて優しくていいなぁ - 20二次元好きの匿名さん23/01/26(木) 00:51:44
ヨシタケシンスケ先生の絵本、教訓臭くないし難しい言葉もそんなに出てこないのに考えさせられる要素多くて好き
個人的には「このあと どうしちゃおう」は独特の死生観持ちのマーチャンが合いそう
リクエストってほどじゃないけどマベサンのSSに飢えてるから>>9のやつ見てみたい…史実ネタだっけ?