- 1二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:26:27
『ハァ……ハァ……クソッ!!足りねェ……あと一つ、あと一つだけ可能性は無いのかよ……!』
夕暮れ時、グラウンド。エアシャカールは、何度も何度もある一定距離……2400mのランニングを繰り返していた。
その表情は、充実には程遠く。焦りと迷いさえも見て取れるような色で……
「……根を詰められているようですね。そう、まるで……何かに、追われているかのように。」
―――いつからそこにいたのだろう。気が付けばそこに立っていた、白い衣服を纏い、髭を蓄えた男が、彼女に声を掛ける。
ジャージやスーツではなく、東洋の服。それだけでも相当な違和感を帯びるが……それ以上に、その雰囲気は深謀遠慮に満ち、どこか常人とはかけ離れた空気が漂う。
エアシャカールは内心で気圧されつつも、汗を拭い平然とした顔で応じる。
『……ハァ……っ。……アァ?ンだよ、お前。……さっきからずっとオレを見てやがったオッサンか?
生憎スカウトならお断りだ。
どいつもこいつもロクに計算も出来ねェ癖に、『次のレース、自分なら君を勝たせられる』だとか抜かしやがンだ。
だいたい、次のレースはなァ……―――』
男は、その言葉に被せるように、口を開いた。
「―――どれだけ計算してもあと二寸半、届かない……そう、ですね?」 - 2二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:27:36
『……ッ!』
「ええ。貴女の計算に狂いはありません。今までのご自身の最高記録に、競技までの残り日数、訓練が可能な時間を勘案して
どれだけ時間を切り詰める努力をしても……二寸半。アグネス■■■■に届かない。」
同時に、男はエアシャカールをその双眸で見据える。エアシャカールは、射竦められたかのように一瞬硬直した。
そのまなざしは、森羅万象を見通すかのようで……底が知れない。そう直感した。
今まで自分をスカウトしたトレーナーで、ここまで計算が出来る者は居なかった。
だが……一体彼は、何がしたい?そこが、分からない。疑心と興味本位の半々で、エアシャカールは問いを投げかける。
『―――フン。他の連中よりはマシじゃねェか。
で?なら、負けると分かっているオレになぜ近づいた?お前にメリットが見えねェんだよ。』 - 3二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:27:57
「……それは、後々お話します。
ただ、一つだけ。次の戦い、私は貴女が負けるとは……考えていません。
勿論、気力を振り絞れば、などと言うつもりはありません。
貴女を説得する為に必要なのは、確たる理論、そして根拠。そうですね?
私の指揮に、従って頂けるならば。―――届かない二寸半を、埋めて見せましょう。」
――――男は、表情一つ変えず提案する。彼もまた、スカウトしに来たらしい。
だが、明らかに他のスカウトとは雰囲気が違う。ひょっとしたら―――そんな感情が、エアシャカールの中に芽生えた。
『ククク……面白ェ。ンじゃあ、騙されたと思って付き合ってやるよ。お前、名前は何てンだ?』
「――――諸葛孔明と、申します。」
名前を問うて、吃驚した。まさか、史上に名を遺す軍師の名が出るとは。冗談か?いや冗談だろ。
エアシャカールは、怪訝な表情を隠しもしない。ただ……男の表情は、いつまで経っても冗談じみた笑みにはならない。
『ハァ!?孔明ってお前、三国時代の人物だろうが。没年234年、今生きてるわけがねェよ。
ッたく、自分の計算に自信があるからって名軍師気取りかァ?……まあ、いいや。渾名だと思っておいてやるよ。』
「ええ……宜しく、お願いします。では、詳しい作戦は後程―――」
―――結局、彼は自身を孔明と名乗り憚らなかった。
変な奴を引き入れてしまったか……?と、エアシャカールが一抹の後悔を抱いたのは、無理からぬ話…… - 4二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:28:46
数日後。レースに向けた作戦会議という事で、エアシャカールと孔明を自称するトレーナーは、机を挟んで向き合っていた。
『……で?お前の言う勝算ってのは何だ。』
「貴女の計算は、日々の鍛錬の負荷から靴の反発力に至るまで、あらゆる要素を組み込んでいる。
しかし……どうしても人の力では左右できない「風の吹き方」は、計算から外している。そうですね?」
……トレーナーは、最初に合った時から何一つ変わらない物静かな声色と感情の読めない表情で、そう問いかける。
『あァ、その通りだ。計算に組み込む意味も無ェからな。
レースの時間ピンポイントの風向と風速なンざ、予見できる奴はいねェ。
それに、全員同じ条件で影響を受ける以上、差も付かねェよ。』
真意を測りかねたまま問いかけに応じる、エアシャカール。『だから何なンだ?』といった表情。
そこに、さらにトレーナーが言葉を投げかける。
「……では。もし貴女だけが、当日吹く風を予見出来ていたとしたら?」
『―――はァ?』
エアシャカールは、思わず素っ頓狂な声を上げた。その問いかけがあまりにも予想外かつ非現実的だったからだ。 - 5二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:29:30
しかし、トレーナーは顔色一つ変えず、二の句を告げる。
「周囲が競技中盤で突発的に吹く向かい風に押される中、貴女だけ予め風を計算に入れていたとしたら?」
―――トレーナーは、どこまでも真面目にこの馬鹿げた提案をしているようだ。エアシャカールは、呆れたような口調で反論する。
『いやお前……そりゃあンなことが出来りゃ、オレだけ抜け出す事も出来ンだろうけどよ……
さっきも言ったろうが。レースの時間ピンポイントの風向と風速なンざ、予見できる奴はいねェよ!』
……が、トレーナーは感情の読み取れない表情のまま、こんな事を言ってのける。
「我が神算であれば、風を吹かせられます。」
『……ここまで孔明気取りかよ、筋金入りだなお前。赤壁の再演でもするつもりか?』
「―――森羅万象遍くを、計算に入れるまでの事です。」
―――こうも真面目にこんな事を言われると、本当に孔明に見えてくる。
呆れた表情のエアシャカール。如何ともし難い、と諦めた雰囲気の声色で……
『ンな事出来ンのかよ……フン、まあいい。どうせオレは騙されたつもりで付き合ってやってンだ。
その代わり、お前の言う通りにならなかったらタダじゃ置かねェからな!』
「ええ。必勝の計を、お約束しましょう。」
……結局、最後の最後までトレーナーは冗談とも嘘とも言わなかった。
『(……本当に大丈夫かよコイツ……まさか送風機でも引っ張り出すつもりじゃねェだろうな。)』
やっぱり変な奴を引き入れてしまったか……?と、エアシャカールが一抹の後悔を抱いたのは、無理からぬ話…… - 6二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:30:34
長考したわ
- 7二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:30:38
○○トレーナー系のスレかと思ったら濃厚なSSだった
支援 - 8二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:31:00
ライバルの司馬仲達トレーナーが大事なレースを前にシャカにフリフリの可愛いお洋服を送るところまで見えた
- 9二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:31:06
続きが気になる
- 10二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:31:29
応援するぜ
- 11二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:32:05
最近孔明も渋谷に行ったりトレセン来たりと忙しいっすね
支援支援 - 12二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:32:37
前世みたいに過労死しそうだ
- 13二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:32:58
張 郃だけにってか
- 14二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:33:58
こっちから行くのは織田信長が多いけど、孔明はこっちに来ることが多い気がする
- 15121/11/10(水) 00:34:40
我ながら頭おかしいとしか思えない組み合わせだと思います
自分でも何でこの二人を組み合わせようと思ったか分かりません
でも、今まで他の誰も書いてない組み合わせである自信だけはあります
あ、諸葛亮は三國無双シリーズをベースで書いてます - 16二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:35:00
ウマ娘世界の孔明なのかこっちの孔明なのかで結構変わりそう
ウマ娘世界の孔明なら赤兎バ知ってるはずだからな - 17二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:35:48
馬謖と姜維と蒋エンと探さないと(使命感)
- 18二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:40:48
「天は既に自分のウマ娘を生みながら、何故諸葛亮のウマ娘を誕生させたのだ」って憤死してるトレーナーがいそう
- 19二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:42:40
そして、レース当日。
「最後の直線、坂に差し掛かった所で強い向かい風が吹きます。
この情報だけあれば、あとは貴女自身が計算して筋書きを描けますね?」
『(――――なんて言ってたが、マジで風なンて吹くのかよ。送風機は……ねェな。流石に。)』
好調にスタートした各バ。やや早めのペースで展開するレースの中、エアシャカールは後方に付けた。
体力を温存し、最終コーナーで差し切る作戦だ。走る最中、トレーナーの言葉が何度もちらついていた。
府中2400mの長丁場、バ群は徐々に伸びていく。焦る心を抑えつつ、ついに大ケヤキを抜ける所まで来た。
風を計算に入れなければ、ここでスパートを掛けなければ間に合わない。
だが、風を計算に入れれば、最終コーナーまで我慢しなければ自分も失速する。
ヤツの言葉を、信じるか、信じないか。二つに一つ。
『チッ、どうにでもなれ―――!』
エアシャカールは、仕掛けなかった。瞬間、アグネス■■■■がスパートを掛ける。
シミュレーションでは、何度計算してもあと7cm届かなかったウマ娘だ。
本当に大丈夫か。自分も仕掛けなければ、置いて行かれるのではないか。冷や汗が一筋滴る。
最終コーナー、依然しんがりにつけるエアシャカールに場内はどよめく。
このままでは間に合わないのでは……誰もがそう思った、その瞬間。 - 20二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:44:57
「――――今です。」
東南の風が、吹き抜けた。
『(来たッ―――――!!)』
府中の最後の直線は、西方向。ケヤキの枝をも揺らすほどの突風は、強烈な向かい風として各バに襲い掛かる。
ただでさえ急坂で体力が奪われる所に、突風。既に坂に差し掛かった各バはたまらず失速する。
そんな中で―――エアシャカールだけが、猛然とスパートを掛けた。
瞬く間に先行集団を抜き去る。スタンドからは、その鮮やかな末脚は閃光にさえ見えただろう。
しかし、まだ。まだ、届かない。先に仕掛けたアグネス■■■■だけが、まだ勢いを保ったまま先頭を固持している。
『(届けッ、届けッ……!!あと1m、あと50cm、あと7cm――――)』
エアシャカールの方がアグネス■■■■より速いのは、誰が見ても明白。
エアシャカールが差し切るのが先か、アグネス■■■■がゴール板に届くのが先か。
あと7cm。その差を詰める時間は、永遠のようにも思えて。しかし――― - 21二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:47:15
『(――――届いたッ!!!)』
―――ついに、破った。何度計算しても届かなかった7cmの壁を、乗り越えた。
エアシャカールは、全身に鳥肌が立っていた。彼女にとってそれは、不可能が可能になった瞬間だったのだから。
そして、届いた所が丁度ゴール板だった。
『っしゃアァァァァァァァ!!!』
歓声渦巻く府中に、ひと際高く、感情が爆発した。理詰めで思考する彼女が、見せた事の無い表情をしていた。
2着との差は、僅かに7cm。悪夢のように取り憑いていた、7cm。
紙一重の先にある栄光を、彼女はついに手にしたのだった―――― - 22二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:48:44
レース後。
「おめでとうございます。貴女の力であれば、この勝利は必然でしたね。」
相も変わらず感情の読み取れない表情のトレーナー。しかし、どこかねぎらいの言葉を掛けるその声色は、柔らかい。
『ハッ、お世辞なんて要らねェよ。お前の助言が無けりゃ負けてたッつの。
オレだってバカじゃねェ、そンくらいの計算は出来ンだよ。』
そんな言葉に対して、笑顔を向ける事も無く、頬を掻きながらそっぽを向くエアシャカール。
ただ、此方も声色に棘は見られない。
そんな彼女の言葉に対して、トレーナーは静かに首を振る。
「―――いいえ。私はあくまで、貴女の計算に必要な要素を、一つ増やしたまで。
計画を組み立てたのも、実際に戦い栄光を手にしたのも、貴女自身です。」
エアシャカールは、誰にも分からない程度に、ほんの僅かに頬を緩ませた。
『ああ、そうかい。ンじゃ、素直に喜んでやるよ。……それより、オイ。』
「何でしょう?」
『あン時の答え、聞いてねェぞ。
お前、何でオレに力を貸した?ロジカルな答えじゃなけりゃ、承知しねェからな。』
じっと、トレーナーの目を見据えるエアシャカール。トレーナーは数刻、黙考して……言葉を綴る。 - 23二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:51:40
「―――かつての己に、貴女を重ねていただけですよ。
どれだけ計算しようとも……劉備殿が描いた仁の世に、あと一歩届かず、我が命が尽きる。
貴女の抱いた二寸半の絶望は、かつての私が抱いた其れと似ていた。
それだけではありません。どう計算すれど足りないと分かっていて、それでも必死で道を探る姿が
我が生ある内に曹魏を破るべく、北伐を繰り返した私に重なった。
もし私が少し力を添えることで、貴女の運命が変わるのなら……私の未練も晴れるかと、考えたまでです。」
語り終えたトレーナーの顔には、やはり冗談交じりの色は浮かんでいない。
よくこんな事を真面目な顔で言えるな……なんて感心しながら、エアシャカールは可笑しそうな表情で応じる。
『ククク、何だソレ。全ッ然ロジカルじゃねェな!大体、本物の孔明はとっくの昔に死んでるッつッてンだろ?
……まあ、いいや。お前の話にウソは無ェッて、今までの実績が証明してッからな。今回は、そういうコトにしといてやるよ。』
「ええ。……そうして頂ければ、何よりです。では、私はこれで。」
―――トレーナーは、踵を返して歩み始める。
レースに勝って、労って、それで終わり?随分とあっさりしているように感じるが……
『あン?オレを勝たせるだけ勝たせて、帰ッちまうつもりかよ?ライブは?ンだよ、勝手なヤツだな……』
「―――ここから先は、貴女自身で歩めるでしょう。その知勇と才であれば、問題ありません。」
……今日はもう、あとはライブやらインタビューやら祝勝会しか残っていないのに、随分と大袈裟な事を言うのだな。
エアシャカールは、そんな事を思いつつも、ヒラヒラと手を振る。 - 24二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:52:33
『そうかい。じゃまた明日。ありがと、よ……?』
―――手を振って、気付く。さっきまでそこに居た筈のトレーナーがいない。
慌てて周囲を見渡すも、それらしき人影はない。あまりにも唐突に……痕跡さえ、消えていた。
『……諸葛孔明トレーナー、か。ハハッ……バカみてェなワードだ。ロジカルじゃねェな。』
頭を掻きながら、困ったように呟く。そうするしかなかった。
かくして、珍妙不可思議なトレーナーとの邂逅はこれで幕を下ろした――――
――――後日調べても、「諸葛孔明」と名乗るトレーナーなどどこにもいなかった。
夢だったのか?しかし、あのレースで勝ち取ったタイトルは、夢ではなく現実に手にしている。
この一連の出来事を、論理的に説明することは出来ないだろう。さて、どう整理すればよいものやら…… - 25121/11/10(水) 00:54:31
以上、血の迷いと気の迷いが生み出した
ご飯にイチゴジャムを塗るかのような謎の組み合わせの書き散らしでした - 26二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 00:55:22
面白かった
- 27二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:00:57
無双はオロチやらスターズやらで異世界と繋がった経験あるからウマ娘世界に転移するのも不可能ではない
- 28121/11/10(水) 01:08:31
他の人ならもっと面白く書けたと思うし
他の人はこんなトチ狂った組み合わせでSS書かねえよとも思う - 29二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:10:04
君が書かなきゃこの孔明は産まれなかったんだ、もっと誇るべきだわ
- 30二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:10:38
空回りしそうな雰囲気の時に対処さえできれば孔明は史実から名トレーナーだったな
- 31二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:10:49
パリピとトレーナーのダブルワークしてそう
- 32二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:11:10
いいもの見たわ
めっちゃ面白かった - 331721/11/10(水) 01:12:13
組み合わせについては、二次創作ならではのビックリな物は見所だと思います
- 34二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:12:50
乙、めちゃくちゃ面白かった
- 35121/11/10(水) 01:18:36
- 36二次元好きの匿名さん21/11/10(水) 01:18:51
乙、最後までスラスラ読めた!