- 1二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:37:16
ある日のことです。秋川理事長は一人、冬の町を歩いていました。
冬の脆い日差しは疾うに地の果てへと消え失せてしまっています。
すっかり暗くなったせいでしょうか。
冬夜の町は酷く静かで、人影すら見当たりません。
視察の仕事で疲れてしまった体に刺すような寒さが染み込みます。
「――寒いな」
理事長はかじかむ手に息を吹きかけました。
可愛らしい小さな手袋やマフラーをつけて防寒はばっちりのはず。
しかし、一人でいるとなぜだかいつも以上に寒く感じてしまうのでした。
残念なことに、たづなさんは別の仕事で不在のようです。
白く染まった理事長の吐息はもの寂しそうに夜空へと消えて行きました。
小さな雪がしんしんと降る中を一歩、また一歩と進みます。
さくり、さくりという雪を踏む孤独な音しか聞こえません。
「極寒ッ……早く学園に戻らねば」
夜の静寂に追い立てられるようにして、理事長は足早に歩いていきました。
理事長の眼には、灰色の景色が唯々無感動に過ぎていくばかりでした。 - 2二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:37:40
しばらくすると、一軒のコンビニエンスストアが見えてきます。
夜をポツンと照らす白い光は冬にお似合いの実に無機質な光でした。
その時です。
理事長の耳には聞き覚えのある声が聞こえたのでした。
「こんな寒い日にはやっぱり肉まんですなぁ……もぐもぐ……」
なにやら幸せそうにもぐもぐと頬張っている栗毛のウマ娘――マチカネタンホイザ。
冷澄な空気を染め上げるような、温かい彩が見えました。
そんな熱に導かれて、自然と理事長の身体は引き寄せられていきます。
「……ハッ!?うわばばっ!理事長さん!?」
「うむ!視察の帰りに君の声が聞こえた。偶然ッ!」
酷く驚いた様子のマチカネタンホイザ。
彼女は理事長がいっとう注目しているウマ娘でした。
ちょっぴり締まらないところもある彼女。
ですが、決してあきらめない向上心と努力の姿勢。
それがどうしようもなく理事長の心に、魅力的に響いてくるのです。
理事長という立場とは別に――個人的に応援してやまない対象なのでした。 - 3二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:38:00
「賞賛ッ!この前のレースは実に良かった!」
「えへへ……!理事長さんにそう言って頂けるなんて光栄ですねぇ」
タンホイザは理事長からの賞賛を聞いてむん!と自慢げに胸を張ります。
頑張った甲斐がありました――とにっこり嬉しそうな顔を見せました。
柔らかな光に照らされた笑顔を見て、理事長もおもわず顔を綻ばせます。
二人の間には穏やかな談笑が続きます。
理事長は、なぜだか冬夜の寒さが少しばかり和らいだような心地がしました。
「あっ……そうでした!肉まんがほったらかしでした!」
暫くした後に、肉まんの存在を思い出したタンホイザが言いました。
彼女の手には未だに湯気を上げ続けている、温かそうな肉まんの姿がありました。
ぱくり、と美味しそうに頬張るタンホイザを――正確にはまさに食べられている肉まんを。
理事長はついつい見つめてしまいます。
理事長はこれまで、肉まんの買い食いをしたことがなかったのです。
物欲しそうな様子が伝わったのでしょうか。
そんな理事長を見て、タンホイザはポン!と手を鳴らしました。
どうやら、何かを思いついた様子です。 - 4二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:38:20
「理事長さん。良ければ肉まんを半分こにしませんか?」
彼女は肉まんを綺麗に半分こにして、理事長に差し出しました。
「じ、辞退ッ!それは流石に……生徒からものを分けてもらうのも……」
「いえいえ~これは私が好きでやってることですし」
それに、とタンホイザはとびっきりの笑顔を湛えて言いました。
暗闇を吹き飛ばすような、たいへん眩しい顔でした。
「いっしょに食べたほうが、絶対美味しいですから!」
ぐいぐいと差し出される手に根負けして、理事長は肉まんを受け取ります。
肉まんの断面からは美味しそうな肉汁が垂れています。
ほかほかとした湯気に乗ってとても良い香りがします。
湯気が空から降る雪をキラキラと輝かせていました。
たまらず、理事長は小さな口で精一杯肉まんを頬張ります。
もちもちした生地と絡むほのかな豚肉の甘味。そして体を芯から温めてくれる熱。
「美味ッ!これは……とても温かくて美味しいな……」
「そうでしょう、そうでしょう!」
初めて味わう肉まんは、理事長に感動を届けました。
けれども、この美味しさはきっと1人だけで味わえるものではないのです。
タンホイザが言ったように、いっしょに食べるからこそ美味しいのでしょう。
理事長は二重の美味しさを温かさを、味わうことが出来たのです。
そんな理事長の姿を見て、タンホイザもどこか満足気な顔を見せました。 - 5二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:38:36
冬の夜は未だにしんしんと雪が降り続いています。
「う~ん!肉まんも美味しかったですし。理事長さんにも会えましたし」
「これで明日もがんばれそうですねぇ。最後に気合を入れちゃいましょう!」
「質問ッ!それはいつも君がやっている“アレ”だろうか?」
「そうです。“アレ”です!」
「良ければなんですけど……理事長さんも一緒にどうですか?」
タンホイザの提案に、理事長も乗ってみることにしました。
おなじみの決まり文句。
2人は精一杯、腹の底から声を出して言いました。
「「えい、えい、むん!!」」
陽気な2人の掛け声が雪夜に活き活きと響きます。
理事長は体があったかくなって、不思議な元気が湧き出てきて。
視察で疲れて切っていた体に熱が満ちてきます。
理事長は冬夜の寒さを、寂しさを。すっかり感じなくなっていました。
理事長とタンホイザは顔を見合わせます。
理事長さんも良い掛け声でしたなぁ――
感嘆ッ!君こそ良い声であった――
どちらからともなく、自然と笑い声と笑顔があふれ出ます。
寒さを吹き飛ばす2人の陽気な声は、衰えることなく冬の夜に響き続けていたのでした。 - 6二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:40:45
お読み頂いた方、誠にありがとうございました!
マチタンと一緒にえいえいむんする理事長が見たかったのです。
そんなSSを読みたくて自己生産してしまいました。
「ツインえいむんドライブシステム」というクソタイトルにしかけたのは内緒。 - 7二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:41:15
- 8二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:48:27
投稿乙です。
あまりSSが書かれないキャラにスポットライトを当ててくれるの嬉しい。 - 9二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:49:02
いっしょにえいむんする理事長とマチタンがかわいい。
肉まんを食べたくなる良いSSでした。 - 10二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 21:54:36
ファンです。
今回も素敵な物語をありがとうございました!
理事長の心細さと凍えるような寒さから一転、マチタンの暖かさと肉まんの温かさがじんわりと伝わってきました……こんな冷える夜にはあたたかいお話を摂取したいものです。 - 11二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 22:14:52
いいよね…
- 12二次元好きの匿名さん23/01/25(水) 23:33:55
優しい雰囲気のお話で素敵
- 13二次元好きの匿名さん23/01/26(木) 02:22:48
感想ありがとうございます!励みになります!
こんなキャラやシチュのSSが読みたい……でもないから自分で書くしかない!
これが私の書く原動力なので、作るSSはマイナーなものが多かったり。
理事長とマチタンで仲良くえいえいむんして欲しいですよね。
絶対可愛いのです。
わ、私のファンですって!?ありがとうございます!とっても嬉しいです!!
理事長の心理状態を反映した情景描写の変化は注力していた所なのでお褒め頂いて光栄です!
最近は寒いですからね。ほっこりするお話と肉まんが摂りたくなる毎日です。
秋川理事長は結構掘り下げのできるキャラだと思うのです。
マチタンとの絡みも結構ありますし。
マチタンと理事長というコンビがもうほっこりしちゃいます。
マチタンと遭遇して以降は優しい雰囲気を心がけて書いてみました!
少しでも雰囲気を楽しんで頂けたならば幸いです!
- 14二次元好きの匿名さん23/01/26(木) 13:48:32
雰囲気が良いし、N〇K教育テレビでやってるような語り口も新鮮でいい感じ。
理事長はリアル子供なので夜に出歩いてるのは心配。
だけどそのおかげでマチタンと合流できたので、カワイイ×カワイイで100点満点中で1000点くらいかな。