【SS】ここにいる証

  • 1123/01/26(木) 23:59:01

    許可をもらって、包装紙の封をひとつひとつ外していく。
    やがて、一つの小さな袋のようなものが取り出されてきた。
    手に取ってみると、ざらざらとした肌触り。本革だろうか。
    ――お財布? それにしては少し小ぶりなような気がする。
    空けてみる。
    三つ折りのそれは、中央の片方だけに金属のわっかが取り付けられている。
    うーん? 用途がわからない。
    金属の部分を触ってみる。ひやひや。
    振ってみる。じゃらじゃら。
    なでてみる。さわさわ。
    「ねえ、トレーナー。これはいったい」
    何、と聞こうとしてトレーナーに目を向けると。
    トレーナーは、困惑している私を見て笑いを堪えていた。
    「ふ、フフ、フフフフフ……」
    「――トレーナー?」
    眦を吊り上げて睨みつけると、ついには大声をあげて笑い出してしまった。
    「ごめんごめん、あまりにも予想通りのリアクションをしてくれたものだから」
    散々笑い飛ばした後、トレーナーは、
    「これはね、キーケースだよ」
    と教えてくれた。

  • 2123/01/26(木) 23:59:33

    いろいろ考えたんだ、と彼は言う。
    「消耗品だと気に入らなかったときに困るし、同室に迷惑かもしれないからアロマとかもダメだろうし。
    あんまり高そうなものは喜ばないだろうし、俺から贈るものだと手作りのものはちょっと重いし」
    何より、何をあげても喜びそうだから、と苦笑いを浮かべる。
    知らないうちに彼を困らせていたようで、それを見抜けなかった自分が少し悔しい。
    少しくらい表に出してくれても良かったのにな、なんていじわるな心が芽生えてしまう。
    「だから、小物入れとかの無難なところにしようかなと思ったんだけど――
    ある日家に帰って来て、鍵を開けようとしたときに気付いたんだ。『ファインは多分、鍵を持ったことがないんじゃないか』って」
    言われてみれば、と思う。
    お城にいたときは鍵とは無縁の生活だった。ここに来て、寮に来た時も同じ。
    鍵をかけたことも、閉めたことも、持ったことすらなかった。
    だって、必要がないのだから。
    どこにいても、どこへ行っても、私は『ファインモーション』だったから。

  • 3123/01/27(金) 00:00:01

    「あ、そうそう、これも一緒に渡しておかないとね」
    言いながら、トレーナーは金属の塊を手渡ししてくる。
    「トレーナー室の合鍵だよ。なくさないように」
    「――いいの?」
    仮にも学園の備品なのだから、合鍵なんてもっての外だと思っていたのだけれど。
    「よくありません。でもちゃんと許可は取ったよ」
    なんでも理事長に直談判して、『承諾! 在学中に限り、トレーナー室の合鍵の所持を許す!』と言質をいただいたそうだ。
    「これから先、俺が来る前にファインがトレーナー室を開けなきゃいけない時もあるから――ということにした」
    「――ふふ、鍵を預かるなんて、初めて!」
    なんだか信頼されたような、トレーナーから特別に認められたような、不思議な感覚があった。
    そのまま考えを伝えると、
    「鍵っていうのは"証"なんだよ」
    と教えてくれる。
    「いつでもここにいてもいい、っていう証なんだ。
    本来の持ち主から認められて、この人なら大丈夫、って認められた証だよ」
    でも本当にいつでも来ていいわけじゃないからね、と刺される釘は、
    「はぁい♪」
    と了承する。

  • 4123/01/27(金) 00:00:35

    「でもトレーナー、プレゼントなら鍵だけでも良かったんじゃないかな?」
    「もちろん、ケースにも意味はあるよ」
    微笑みながら、トレーナーはこのプレゼントにした本当の意味を教えてくれた。
    「この先ファインがどこにいても、どこへ行っても、きっと使うことがない。
    だからこそ思い入れのあるものになるんだ。
    これが必要になるような場所にいたっていう"証"になるんだから」

    いずれ来る、夢の終わり。
    たとえその日が来て、このケースが再び空になったとしても。
    残るものはあるのだ、と。

    使わないからこそ大事にしてね。と言われて。
    知らず、彼から譲り受けたキーケースを両手で包み、胸に当てている自分がいる。
    込められている彼の想いに、胸をあたためられているようだ。
    ああ、私は正しく、彼の想いを受け取ったのだ、と理解した。
    「――ありがとう、トレーナー。私、とてもうれしい」
    胸に浮かんだ目一杯の感謝を込めて、心ばかりのお礼を告げた。

  • 5123/01/27(金) 00:02:03

    どうせ公式のぱうわーに押されて投下できなくなりそうなので少しフライング気味に投下
    お誕生日おめでとうございます
    来月はダートだから頑張ろうね

  • 6二次元好きの匿名さん23/01/27(金) 00:03:08

    世界に感謝した
    ありがとう
    尊い

  • 7二次元好きの匿名さん23/01/27(金) 00:07:34

    >いつでもここにいてもいい、っていう証

    >これが必要になるような場所にいたっていう"証"


    ここすごく好き

    鍵にいろんな意味を見出してるセンスすごくすごい

    「他の人はダメだけど」の前置きが実質あるのがいいよね鍵。すごい。

  • 8二次元好きの匿名さん23/01/27(金) 00:13:11

    一緒に過ごす三年間だからこそ意味のあるプレゼントのセンスが素晴らしい

  • 9二次元好きの匿名さん23/01/27(金) 00:41:37

    目の付け所がシャープならぬファインですわ…

  • 10二次元好きの匿名さん23/01/27(金) 00:43:10

    プレゼントも贈る言葉も美しい。さすが殿下のトレーナー。

  • 11二次元好きの匿名さん23/01/27(金) 00:47:15

    良質なトレファイが疲れた脳に染み渡る

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