殿下のBreath of the wild【ss】

  • 1◆a6nENK6ygzyC23/01/31(火) 23:28:34

    「すぅぅーっ」

    レース直前の待合室、手には風船。
    なんでもアスリートはパフォーマンスの際は常に緊張してるもので、深く息を吐いてリラックスする位でちょうどいいんだって。

    レース前の緊張をほぐす方法としてトレーナーが提案したのが、風船を膨らませること。

    ちなみに秘策を授けよとお願いした時には「え、するんだ緊張」とトボけたようにわざとらしく驚かれた。貴様〜っ。

    そんな訳で、ここ最近の私はここに風船を持ち込んでいるのでした。

    「ぷふぅーっ……!」

    前日に用意しておいたサプライズ。トレーナーに向けた側にはクローバーと『Bímis ag obair go crua le chéile』の書き文字。帰って来る頃には調べてるかな?
    ぱっと風船を放すと不恰好な軌跡を描いて天井に頭をぶつけて、ちょうどよくトレーナーの手にポトリ。

    「ああ、『一緒に頑張ろうな』」
    読めるんだ。知ってるんだ。勉強してくれてるんだ……!

    「〜〜〜っっ!!」

    我慢が効かなくなって、行って来ますを背中越しに伝えて待合室を飛び出した。
    くるくるとステップを踏んで、地下バ場を走り抜けてお日さまの下へ!ああ、軽い!身体が羽のよう!

    「あ、ファインさん!よろしくお願いします!負けませんよ!今日の私は絶好調なんだから!」

    レースの時にしか見られない、ちょっと優等生が崩れて自信満々のスカーレットちゃん。
    ふふふー、負けないよ!今日は私も絶好調なんだから!

    『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

  • 2◆a6nENK6ygzyC23/01/31(火) 23:28:51

    「すぅー……っ」

    芝の香りを胸いっぱいに吸い込んだら臨戦体勢。ゲートが開くまでのひと時の静寂が踊る心を一度たしなめてくれる。

    「──はっ!!!」

    ゲートが開いたらスタートダッシュ!透明になっていた心が色づいて、踊り出すままにターフへ駆け出す!

    「ほっほっ、すっすっ」

    足取り軽くするすると内につけて、追いかけるのはバ群の中でも一際目立つボリュームたっぷりのツインテール。いいなあ!

    『先頭をゆくのはダイワスカーレット!続いてファインモーション!』

    「ハッ、ハッ、スッ、スッ」
    「はっ、はっ、すっ、すっ」

    スカーレットちゃんのすぐ後ろにつけて、吸って、吐いて。吸って、吐いて。
    テンポよく、お行儀よく。緋色の女王のエスコートのままに。

    「すっすっ、はっはっ」

    私の中にもいる悪い子が早く早くと急かしてる。
    お高くとまってないで走ろう!
    お行儀のいい呼吸なんてやめて全力で!
    きれいな衣装に隠した蛮力を振るえ!

  • 3◆a6nENK6ygzyC23/01/31(火) 23:29:24

    「はっ、はっ、すっ、すっ」

    でも、まだだーめ。あともう少し、必ずその時は来る。
    私を獣にする魔法。それには目の前を行く女王の号令が必要なの。
    今は静かに、吐くよりわずかに多く吸う雌伏の刻。

    「はっ、はっ、すーっ、すーっ」
    「ハッ、ハッ、ハッ……」

    「……スゥーッ」
    ────見えた、私の道!

  • 4◆a6nENK6ygzyC23/01/31(火) 23:29:48

    「はあ゛っっっ!!!」

    スパート!スカーレットちゃんより一息早く、肺に溜まった空気を腹筋で撥ね飛ばす!ここからは力の勝負!蹄鉄が荒々しく芝をえぐる!硬い地面の反動を筋肉で押し返して、もっと!!

    ぐんと前倒しになって、頭が下がって頚の後ろがぴんと張る!
    丹念に手入れした尻尾がばらけながら後ろに引き伸ばされて、私は一本の矢になる!

    「ぎっっっい゛ぃっっっっ!」

    剥き出しの歯がギチギチと軋む!ひん剥いて血走った眼が景色を狭く、鮮やかに彩る!

    ああ、なんてはしたない!

    でもレースはこれでいいの!
    誇りも自我も全てを吐き出して力に換えて!この一瞬をぶっちぎるために!

    「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーっっっっ!!!!!」

    肺の中の空気、前から飛んでくる風も吐き出して、脚を巡る血の底から力を搾り出す!
    目の前にはもう空と芝だけ!
    その境、全てを吐き出しきった白い果てへ向かってまっしぐらに!

    「─────!!!!」

  • 5◆a6nENK6ygzyC23/01/31(火) 23:30:16

    『ファインモーション!ゴール板を駆け抜けた!』

    一瞬まっしろになった景色が再び空色と芝の色に分かれて、少しずつ弱まる向かい風に身体をぶるりと震わせる。

    「はぁぁ……〜っ!」
    「はっ、はっ、ははっ!あははっ!」

    私はこの風が大好き。全力を尽くし切った者だけが浴びる、誇り高き健闘者の向かい風!
    ああ!妖精が誘いの香(とんこつ)を風に乗せても、今の私を虜にはできないでしょう!

    「は、は、ふぅっ、すー、ふー…」

    ようやく息を吸って、私にかかった魔法が解ける。
    痛いくらい鮮やかだった視界がレンズを替えたように元に戻る。私の中の悪い子もお座りして、「ファインモーション」に戻る時間。
    力のゆるんだ手を振って観客席の皆さまに応えないと。

    「ふふ」

    みなの誇りになれる走りができたかしら?

    いつもと違う私が見えたら、内緒にしてね。きっと妖精さんの悪戯だから。

  • 6◆a6nENK6ygzyC23/01/31(火) 23:31:52

    おしまい。
    殿下みたいな高貴なお方でもレース中は目を剥いたり歯を食いしばったりワイルドな面を見せてくれるのいいよね、というやつです。対戦よろしくお願いします。

  • 7二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 23:33:06

    タイトルのせいで一瞬ゼルダの伝説のコラボかと思ったわ。

  • 8二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 23:42:00

    レース中の呼吸に重きをおいた描写、斬新で非常に面白いなぁと思った次第。
    殿下が本当に楽しそうで、よき作品をありがとうございます。

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 00:13:04

    >誘いの香(とんこつ)

    アイルランドらしいこと言ってるかと思えば結局ラーメンなの草

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 07:52:42

    ゲーム実況かと思ったらガチレースだった
    対ありでした

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています