【SS】月刊文駿の新婚な編集者の悩み

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:41:01

    「おい、橘ぁ。この間の編集会議で通した企画、どうなった」
     突然の編集長からの声かけに、俺は「はい」と「へい」の中間のような返事をして、慌てて椅子から立ち上がる。
     時刻は夜の18時。今日こそは早く帰ると妻に伝えていたし、同僚などにもそこはかとない根回しはしていた。
     しかし上司にまでそれは及ばなかったらしい。アピールが足りなかったか。

    「えーっと、どの企画ですかね?」
     俺はパソコンを片手に持ったまま、編集長のデスクに近づく。
    「アレだ。アレ、あのよくあるお決まりの企画。えーっと」

     アレと言われてもわかったものではない。雑誌編集というのは基本的に人手不足なのだ。最近では志望者も少なく、辞める者も多い。
     なので辛抱強く続いている者がたくさん企画を抱えることになる。
     俺のような業界5年目の若造であっても。

    「えー、今ウマ娘に流行りのダイエット食のやつですかね? 今回はあえてちょっと違法性の高いのを取り上げて警戒心を煽るやつ」
    「違う」
    「あー、地方レースウマ娘の行方、あの人は今ってやつでしょうか? あの引退した……」
    「それじゃない」
    「うーん、じゃあ、ウマ娘を彼女や奥さんにした時の良かったこと、悪か」
     俺が言葉を言い切る前に、編集長はデスクをペンでコンと叩いた。

    「それだそれ、確かアンケートやったたんだろ。どんな結果出てる? 見せてみろ」
     一体いまさら、こんなお決まりの企画のアンケートの何を知りたいのか。
     俺は編集長の意図がわからぬまま再び「はい」と「へい」の間の声を出して。
     パソコンの資料を表示してみせた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:41:11

     月刊文駿。
     それはレースウマ娘総合情報誌の最大手である月刊トゥインクル、その販売数の1/3にも届かないウマ娘の情報誌……ゴシップ誌である。
     たまに大当たりなスクープを出すのが自慢ではあるが、基本穴党であり。
     ネットでは「どうせソースは文駿だろ」と言われるのが当たり前な代物だった。

     ……ウマ娘が心底好きで。彼女たちのことをもっと知りたい。知って、他の人にも知ってほしい。
     子供の頃の自分はそんな純粋無垢な気持ちを持っていたはずなのに……なぜこんな仕事をしているのか。自分で選んだ道のはずなのに、不思議なものだ。
     少なくとも過去の自分にはあまり見せたくない将来の姿だった。
     それでも生活のため、愛する新妻のためには仕事をせねばならぬし……クソのような企画の中にだってたまに童心に戻れたり、心をときめかせるものもあったりするのだ。
     本当にたまに、だが。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:41:24

    「アンケート結果は去年のやつとほとんど変わりませんよ。ポジティブな方からいきますけど、やっぱり美人、キレイ、可愛いって意見が多いですかね。似たものでウマ耳、ウマ尻尾が可愛い。それから力持ちなので日常生活で助かる、というのもあります」
    「おう」
     ウマ娘は基本的にみな美人だ。容姿の優れていないウマ娘というのはほぼ見かけない。例外があっても、それは逆に妙に惹きつける魅力を持っていたりすることが多かった。
     力持ちは言うまでもない。買い物でも部屋の模様替えでも、ちょっとした時に何かと助かる。

    「他に良い方の意見は?」
    「ちょいエッチ目なやつとかですね。夜も体力が豊富なので楽しめる、とか」
    「……そっち方面多めに採用しておけ。尻尾や耳を責める話とかあったろ。それからネガな方とバランスが取れるくらいに適当に水増ししとけ」
    「へい」
     こういうアンケートというのは基本ポジティブよりもネガティブな意見ばかりが集まる。そして読者もそれを好む。
     とはいえ紙面作りでも最低限のバランスというのは必要だった。対比をしっかりと作り、陰に惹きつけられる人をより楽しませるためにも。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:41:35

    「ネガティブな方は……」
     俺はポジティブな意見の5倍以上ある意見をツラツラと読み上げた。

     ……食事の量、メニューが合わなくて喧嘩になる。食料品の買い出しで喧嘩する。食費で喧嘩する。
     食事関係はやはり生活の基本、根幹のためか、多い。
     ウマ娘は本格化のピークを過ぎれば食べる量は減るものの、それでも普通のヒトよりもかなり多い。
     先進国ではウマ娘の食費に対する税制優遇制度が導入されていて、この国でもあるが……それでもまかないきれないことだってある。
     いざ一緒に暮らすことになれば日常的な食事スタイルの違いに驚かされて、些細なことが喧嘩のもとになったりするのだ。
     賃貸を借りるときだって揉めたりする。コンロのサイズ、食器を仕舞う場所なんて男は深く考えたりしないのだ。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:41:45

     ……喧嘩になったら勝てない。怪我を負わされた。賃貸に穴を開けた。
     力というのは使いようだ。力自体に罪はなくとも、良いベクトル……便利な方向ばかりに働くだけじゃない。
     何気ない動作が不幸を招くこともある。
     普通の女性に勝てる男性であっても、ウマ娘には勝てない。
     男のプライドが刺激されるところもあるだろう。
     よくわかる。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:41:56

     ……お風呂が長い。風呂上がりのケアが長い。うっかりドアに尻尾を挟んで喧嘩になった。一緒に寝てて尻尾を敷いて喧嘩になった。
     ヒトにはない尻尾関連のトラブルは多い。
     普通の女性の髪のケア+尻尾のケアまで必要になるのだ。一緒に温泉に行って、男性側がひたすら待つなんてことはよく聞く話だった。
     まあわかる。長く待ちすぎて湯冷めしたりするものだ。
     でもわかっていれば意図的に長めに入って対処もできる。要するに慣れの問題だ。
     それでも寝相の問題などで、尻尾を巻き取ってガチギレされるのは避けられなかったりする。
     それも、うん、慣れるしかない。

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:42:09

     ……夜の体力が旺盛で付き合えない。
     まあ、うん。
     そういうこともある。
     わかる。

  • 8二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:42:44

    「……くらいですかね。前と変わらないよくある話ばっかりです。あとは差別的でコンプラ、ポリなんとか的にNGなやつですが、これは省きます」
    「おう。頼むわ」
     最近はゴシップ誌であれコンプライアンスやポリティカル・コレクトネスへの配慮は欠かせない。
     月刊文駿は「ウマ娘好きのために、ウマ娘の『今』を伝える」がモットーである。
     彼女たちを貶める意図は俺たちにはない。
     せいぜいチャーミングな欠点、あばたもえくぼ程度に収めなければならない。
     このバランス感覚については入社してすぐ徹底的に教え込まれた。未だにわかっていない気もするが。

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:42:57

    「うーん……パンチに欠けるな。新鮮味が足りん」
    「やっぱり、そうですね。これをライターに渡しても微妙な感じがします。何かネタを増やさないと……」
     俺はチラリと壁にかかった時計を見た。時計の針はちょうど、夜の18時半を指していた。
     妻には19時半までには帰ると伝えてある。最低でも18時45分にここを出ないと間に合わない。

    「……まあいい。橘。お前の方でなんか考えて追加しとけ。その取材のために、今日は帰らせてやるよ」
     俺が時計を見たのに気づいたのか、編集長がニヤリと笑う。

    「へ? あ、ええ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
    「おう。奥さんと仲良くしろよ。できれば良い方のネタ、なんかもってこい。惚気でもスケベでも構わんから」
    「へい……スケベは勘弁してください」
     俺は逃げるように自分のデスクに戻り、メールを確認してから会社を出た。

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:43:17

     会社のビルから一歩踏み出したと同時にスマホが震えた。LANEにメッセージあり。
     妻からだった。
    『帰ってる途中なら、ドラッグストアでラックステールキュートとスーパーで米20キロお願い。こっちで買うの忘れた。ごめん』

     ラックステールキュート。尻尾用のシャンプーかコンディショナーだったはず。
     ラックステールシャインというのを間違えて買って帰り、喧嘩したのはいつだったか。入籍前、同棲してた頃だったか?
     それはともかく。

    『了解。でも米20キロは無理』
    『貧弱。もっとがんばれ。男でしょ』
    『許して』
    『しゃーない。10キロでいいよ』
     ……10キロだってキツイぜ。
     でも俺は了解を示すスタンプを送った。力こぶしを見せるようなやつを。

    「……困ったところしか、出てこないんだよなあ」
     そんなことをつぶやきつつも、口角をちょっと上げてみて。
     俺は取材場所となる、愛しい我が家へと足を向けた。

    (おしまい)

  • 11二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:44:32

    ウマ娘と彼女になったら、結婚したらどんな良いこと、悪いことがあるのか?
    どんなあるあるがあるのか?というのを想像したついでに書いたものでした。

    みなさんの想像する「こういうのあるだろ」を教えていただければ幸いです。

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:48:20

    こういうの好き
    多分ウマ娘世界線では金髪好きとか褐色肌好きとかと同じ括りでウマ娘好きがありそう

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 23:58:10

    耳がいいから午前様になったときに音を立てないようしても毎回怒りの形相の妻がドアの向こうに立ってる。
    逆に夕飯に間に合うように帰ってくるとニコニコで迎えてくれる。

  • 14二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 00:08:57

    こういう世界観広げる系のSS好きよ

    徒歩で荷物を持ちきれないから食材買い出しのために車を買ったとかはありそうだよね
    あとはメンコ専用の小さな洗濯機を買ったとかがあるあるそう

    ところでこいつ…うまぴょいしたな!!!!

  • 15二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 05:33:51

    妻がひろがりゆく俺の額の上にしっぽをおいて「前髪」ってやってくるのは地味に堪えるからやめてほしい

  • 16二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 11:35:40

    自身の耳飾りの予備を彼氏や旦那に贈り、ペアルックにするカップルはそこまで珍しくない
    男側が着ける耳飾りの位置は、「自分と同じ方がいい」派もいれば「逆の方に着けてほしい」派もいる
    ちなみに、後者のカップルの大部分は右耳に飾りを着けている方が、夜は主導権を握りがちという噂もあるとかなんとか……

  • 17二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 22:53:24

    少し後にちょっとした続きを投稿します

  • 18二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 01:56:27

     家に帰ったらいろいろあって、妻が不機嫌になった。
     スーパーに行くのが面倒でドラッグストアだけで買い物を済まそうとしたら、10キロの米は売り切れていて5キロのものしかなかったのだ。
     仕方がないのでそれを買って帰ったのだが……。

     ……なんで5キロのやつ買ってきたの、重いから嫌だったんでしょ、いやいや単に売り切れてただけだから、スーパーでお米が売り切れるなんてほとんどないでしょ、怪しいなあ、5キロ2袋買ってくればよかったのに、さすがにそれは高くつくから……などなど。
     これは妻がウマ娘だからというのは関係がない。
     どこにでもありそうな夫婦間の痴話喧嘩だ。

     同じソファの端と端で距離を開けて座り。
     レースウマ娘関連のニュース見ているふりをしながら、俺は密かに妻の耳を見た。
     夕食を食べている最中はやや後ろ向きにピンと立っていたウマ耳は、今ではゆらゆらと揺れている。どうやら機嫌が直ってきたらしい。
     親しい仲であれば、こうやって耳や尻尾の様子で相手の気持ちを推し量れるのはポジティブな要素かもしれない。
     だがたまに「耳を見すぎでしょ。こっちの心を読もうとしてるみたいで感じ悪い」と言われたりもする。
     俺はスマホを取り出しメモした。ネタとして使えるかもしれない。

  • 19二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 01:56:37

     ふいに尻尾が自分の太ももに触れた。
     仲直りしよう、あるいはちょっと構えの合図。

     耳や尻尾で簡単なコミュニケーションが取れるのもポジティブな意見に含めることができそうだ。これは手で触れ合うのとはまた違う良さがある。
     俺は妻の尻尾を握り、その毛を指で梳いた。

     何度か梳いていると彼女の黒鹿毛の長い尻尾の毛が取れるのがわかった。
     今は換毛期ではないが、換毛期だとウマ耳から細かい毛が取れてソファや枕にたっぷり付いてたりすることがある。
     掃除が大変。これはネガティブな要素だろう。俺はこれもスマホにメモる。

  • 20二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 01:56:47

     妻とは大学時代からの付き合いで、出会ったのは大学のレースウマ娘ファンのサークルだった。
     妻自身が走っていたのは小学生くらいの頃だけ、それ以降は走る側から見る側に移ったという。

    「走っても勝てないし、それでも走るのって辛いし。それよりも自分よりも速い人見てる方が楽しいし」というのは彼女の言葉だった。

     俺は妻が本気で走っているところというのを一度も見たことがない。
     テレビに映るウマ娘たちは懸命に走っている。
     それを見ながら「あーこの子いいわー……推したい」などと言いつつポリポリとお菓子を食べる彼女が同じウマ娘とは思えない。

  • 21二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 01:57:12

     ふと妻がウマ娘でなかったら、と考えてみる。
     隣に座る彼女眺めて、艶やかな黒鹿毛から天に向かって生えるウマ耳と長い尻尾のない、俺より力が弱く、少食な妻というのを想像してみる。
     それでも結婚しただろうか……多分しただろう。
     別に俺は彼女がウマ娘だから好きになったわけではないのだ。

     俺の視線に気づいたように、妻が黒い耳を振った。
     その根本を飾る、白い花を模した耳飾りは同棲し始めた頃に俺が贈ったものだった。
     綺麗なウマ耳がなくとも、きっと違う何かを贈っていただろう。たぶん。
     例えば……。

     いや、ちょっと想像できないけれど。
     それよりも。

  • 22二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 01:58:05

    「なぁに?」
     尻尾を梳く手を止めたのが不満だったのか、妻が距離を詰めてくる。
    「耳飾り、結構傷んできてるなって」
     俺は妻の耳を指さした。布でできた花の先端に小さなほつれが見えたのだ。

    「あー、もう3年くらいだっけ。新しくしようかな」
     そう言って彼女は耳飾りを取ってしげしげと眺める。どこか懐かしそうに。

    「プレゼントするよ。そろそろ誕生日だし」
    「マジで? 似合うやつ買ってよね」
     後で文句を言われるのが嫌だから本当は妻自身に選んでほしいのだけれど、彼女はサプライズ派なのだ。
     一緒に買いに行こうなどと言ったら「ウマ娘心がわかってない」とか不機嫌になるに違いない。



     ──耳飾りを贈る楽しみと苦労がある。
     これはポジティブだろうか、ネガティブだろうか。
     そんなことを考えながら、こちらにもたれかかってウマ耳を頬にペシペシと当ててくるのを、黙って受け入れ続けた。

    (おしまい)

  • 23二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 08:28:40

    しっぽが割と感情で動くから、色んな所に引っ掛けそうだよな

  • 24二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 08:36:52

    あの世界、しっぽ袋が売ってると思うんだよな

  • 25二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 09:43:36

    >>24

    工事現場では尻尾を尻尾袋の付いた服に入れて……

    ヨシ!

  • 26二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 10:10:05

    ウマ娘に性格のいい子が多いのは、ウマ娘は本質的に嘘をつけないからだ。
    耳や尻尾が感情を表してしまう彼女たちは嘘の無意味さを知っている。

  • 27二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 10:27:58

     逆に、彼女たちの前で嘘を吐くのなら、基本的に鋭い五感を持っていることは留意するべきだ。
     特に優れた嗅覚を前に、芝や土の匂いがしない靴で『ゴルフに行ってきた』とか、誰かの化粧品の匂いをさせたまま『夜勤だった』とは……言い訳しない方がいい。

  • 28二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 20:58:40

    尻尾を触らせてくれるのはうまぴょいよりハードル高いとなおよい

  • 29二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 08:59:29

    続きあるじゃん助かる

  • 30二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 20:47:26

    夫婦喧嘩したあとで急に櫛を買ってきたと思ったら「梳け」って押し付けられて梳いてるうちに仲直りするシチュエーションがあってほしい

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