- 1二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:36:50
今日は節分。古来から、この国ではあらゆる厄を鬼に見立て、魔を滅するとして魔滅…つまり、豆を投げて祓う事で1年の無病息災を祈ってきた行事がこれである。当然、スーパーではこれ幸いにと節分にフォーカスをあてたフェアが開催され、俺もそれを目当てにやってきた。
というのも、先日、節分の話をスイープとした時に、寮で出る恵方巻きが美味しくないとボヤいていた。聞く所によると、スタンダードな干ぴょう、きゅうり、卵、桜田麩と言った、よく見る助六寿司のそれなのだが…確かに好き嫌いが出るのは仕方ないか。
そこで、俺はスーパーで買ったものを食べるからスイープも来る?と誘ってみると二つ返事で了承されたので、晩御飯の買い出しがてらスーパーで俺たちが食べる恵方巻きを吟味しているという所である。
事実、最近の恵方巻きはマグロ尽しや棒状のロースカツが入ったものまで、多岐にわたる。恵方巻き自体が古いようで新しめの風習である故か、割とその辺の材料には伝統性とかはなく、結構フリースタイルな物がズラリと揃っている。
「どれにしようかな…」
「サラダ巻き…俺は普通に候補に入るけどスイープはブーイングしそう…」
「…なんだコレ、海苔に金箔ついてるのか!?お、お値段は…わぁ…」
「海鮮全種盛り巻き…胸焼けしそう…」
スイープの好きなものや傾向を考えながら、結果的にロースカツ巻きとネギマグロ巻きを買った。どっちを取るかわからないが、迷うくらい喜んでくれると嬉しいなと、はしゃぐ彼女の顔を思い浮かべてレジへと足を向ける。
というわけで、スーパーを出て一旦自室に戻った後、買ってきたものを安置して再度トレーナー室に向かうのだった。 - 2二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:37:07
「よーし、やめ!」
「はあ…はあ…疲れたぁ〜…」
時は過ぎて夕方。あの後、授業が終わったスイープを迎えて体幹トレーニングに徹していた。スイープの場合、追い込み、差しを基本軸の戦術に置いているので、最後に弾けた時の姿勢がブレないようにする為の対策である。今は、スタビライゼーションのフルセットを終わらせ、床にクタァと寝転がっている。
「お疲れ様、最後の方はもう叫びっぱなしだったね」
「当たり前でしょ…これ、見た目地味だけど全身がギャイーってなるし」
額に流れる汗を拭き取り、クールダウンのストレッチを手伝いながら今日の晩の話をする。
「今日の晩御飯だけどこっち来るんだよね?先に汗を流してから?」
「そうね、今日は大分しごかれたしさっぱりしてから行こうかしら…痛たっ」
「わかった、準備できたら迎えに行くから連絡してね」
熱のこもった小さな背中を押しながらお願いすると、呼応するように頷く。とりあえず晩のある程度の予定の目処は立った…あ、もう一つあったんだった。
「…ああ、あと。学校で豆は貰った?」
「豆?ええ、一袋分貰ったわ。こんないらないけど」
「それを持って待つと良い。もしかしたら俺じゃなくて鬼が来ちゃうかもしれないからね」
出来るだけドスを効かせて、極力怖い感じにスイープに伝える。どうせ節分なのだから、豆まきもするとは思うが、鬼がいなければ誰もいない所に向かって投げるだけでつまんないだろう。というわけで、迎えに来たのは俺ではなく、鬼が来てしまったという事で楽しんでもらおうと言う一計である。
「ふ、ふん。スイーピーの魔法があれば鬼なんてへっちゃらなんだから」
「まあまあ、備えあればなんとやら。持っておいてほしいな」
「…そこまで言うなら、持ってあげてもいいけど?」
というわけで、スイープに豆を持ってくるようお願いするのに成功し、着替えてもらってから1度寮に送った後、俺も一旦自室に戻るのだった。
…鬼の面を取りに。 - 3二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:37:32
「…」
「ごめんってスイープ、ホントにやりすぎだったから許して…」
所変わって現在。今は自室にスイープを招いたはいいが…完全にへそを曲げてしまっていた。
というのも、さっき迎えに行く際に小芝居で鬼に扮してスイープに豆を撒いてもらおうと思ったのだが…想像以上に怖がられ、地面にペタンと座り込んでしまった。これじゃあ埒が明かないと、やむを得ずにネタバラシをしたら…。
「バカバカバカァー!そういうのやるなら初めに言いなさいよぉ!うわあああああん!!」
その場で声を上げて泣き始めてしまった。一応、簡単にバレたらそれはそれで嫌だなと変なこだわりが発動した結果、全身を黒尽くめにして普段の格好から正体を見抜かれないようにケアしたのだが…どうもそれが上手く行き過ぎたようだ。
必死に謝り倒し、何とか俺が自室まで運ぶなら行くという条件を取り付けて招待することは出来たが…恐らく、よりにもよって使い魔の俺に一杯食わされたどころか、泣かされたのが気に食わなかったのだろうか、一言も喋らなくなってしまった。
楽しんでもらおうと色々準備していたが、自分の軽率な判断で全て無駄にしてしまった。慣れない事をした結果の因果応報という言葉が俺の胸を刺す。…招待しておいて切ないが、こればかりは仕方ない。
「…寮、帰るか」
「…!」
「怖かったよな、嫌だったよな。あんな事されて」
「楽しんでもらえればなんて思ってたけど…俺の独りよがりな善意だった」
「…ごめん」
絞り出すように声を上げる。さっきとは打って変わって、情けない事にこっちが泣きそうな声になってしまっていた。
正直、こんな事になるとは夢にも思わなかった。しかし、今起きている現実を招いたのは、間違いなく自分自身の不注意によるもの。これだって、言ってしまえば謝意だけを述べただけで根本的な解決には繋がらないし、彼女の心は晴れない。
でも、今の俺には多分これが一番お互いにとって良い───。 - 4二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:37:56
「…アンタって、ホントすぐウジウジするわよね」
ため息混じりに話し出すスイープの声に反応し、彼女の顔を見る。さっき泣いたせいか、目は少し充血し、紫紺の瞳は先程の涙が残っているのか、幽かに揺れている。何も答えられず、ただ顔を見ているとスイープはすませ顔で続ける。
「そりゃたしかに?使い魔の分際でご主人さまを驚かせようだなんて、出過ぎたマネをしたと思うわ」
「でも、それってアンタなりにスイーピーに節分を楽しんでほしくてやったんでしょ?」
「なら何でそんなにもアンタは泣きそうな顔になるのよ」
必死に隠そうとしたが、やっはり彼女には今の俺の心の動揺を完全に見透かされていた。考えれば考えるほどに、どうしてあんな事をしてしまったのかとか、もっとやりようはなかったのだろうかとか、意味のないたらればは、俺の心情を顔に映し出しているみたいだ。
「第一!アンタこそアタシの演技にいつまでも引っかかってんじゃないわよ」
「天才魔法少女のスイーピーがあの程度でマジ泣きするわけ無いでしょ?」
「演技よ、え・ん・ぎ!」
「ま、目の前にいるダメダメ使い魔はまんまと引っかかったみたいだけど?ふふっ」
ケタケタ笑いながらこっちのしょぼくれた顔をうりうりと揉みだす。そのおかげか、無駄に強張った頬はある程度の柔軟性を取り戻し、なんとか作り笑いが出来るくらいにはなった。
「前も言ったけど、使い魔が毎日努力しているのはアタシも知ってる」
「上手くいかない事が多いのもね。アンタはそう上手く立ち回れるやつじゃないし」
「でも、その頑張りを否定するほどアタシだって鬼じゃないっての」
「いい?使い魔」
「アンタのそれは失敗じゃないわ、次への成功の触媒よ」
「前のミスを二度としないように努力するくらいなら出来ると思ってんのよ?一応、ね」
「だから、そんな顔するのはもうやめなさい」
「アンタは、大魔女になるスイーピーの使い魔筆頭になるのを許された唯一のニンゲンなんだからっ」
パンパンッと、気付をするように俺の頬に二度叩く。正直、ウマ娘パワーの気付なのでむしろ気が若干遠のいたが何とか持ち堪える。ここで気を失うようじゃ、間違いなく大魔女の使い魔は務まらないからと、本能が耐えさせた。 - 5二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:38:19
「…でも、やっぱり何かしないと気がすまないからお詫びをさせてほしい」
「えー?そこはもうありがとうございますご主人さまでいいじゃない…」
その後、改めて仲直り?をして恵方巻きを二人で食べたのだが…やはり心残りというか、先程の件をこのまま終わらせてしまって良いのかという俺自身の懲罰を求める声に対し、スイープはめんどくさそうに眉をひそめる。
いい話で終わらせたいのはこっちとしても同じなのだが、やはり演技とは言え泣かせといて何もお咎めなしというのは気が引けるし、彼女にとっても不義理だろう。彼女の優しさに甘えてばかりでは、使い魔としてもダメになってしまう気がしたのでそこは譲りたくない。
「何かない?こう、これしろとか、あそこ連れてってとか…」
「急にそんな事言われても…あ」
突然の俺からのリクエストに頭を捻らせていたが、スイープは何かをひらめいたようだ。一体、どんな物が来るのだろうかと答えを待っていると───。
「はい、これ」
徐ろに、持っていた豆撒き用の豆を俺に渡してきた。これで一体、何を願おうというのか…?
「豆撒きの豆を歳の数だけ食べると良いって言うじゃない」
「ああ、まあたしかに」
「でも、歳の数だけじゃケチくさいし余っちゃうと思わない?」
「…つまり?」
「これ、この場で全部食べなさい」
こ、この量をか…。この豆は、本当に味がしないから歳の数だけ食うくらいなら大した事ないが、これ全部を食うのは味気なさに身が悶てしまいそうだ。数は…何個入ってるんだろうこれ…。それにしても、これが罰か。
「でも、こんなんでいいの?」
「?何がよ」
「いや、いちご狩りに連れていけとか美味しいものを食べさせろとか来ると思ってたから…」
「あら?そんなんよりも大分これは罰っぽい罰よ?」
スイープの言う事に理解が追いつかず、首をひねっていると、お構いなしと含み笑いを崩さずに続ける。…魔女のような笑顔で。 - 6二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:38:42
「だってアンタ、考えてみなさいよ」
「その豆の数を食べるって事はアンタは相当生き永らえるって意味になるじゃない」
「その間、アンタは一生スイーピーの使い魔としてこき使えるでしょ?」
「ふふん!このスイーピーからは逃げられなくなるって事よ?」
「ずーっと、ね!」
この時になってその意味を漸く悟ったと共に、この子には一生頭が上がらなさそうだなと、未来への自分に深く同情するのだった。 - 7二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:41:07
ポッキーの日の時はだいぶギリギリだったので余裕を持って間に合わせるぞと頑張りました
無理そうだったのでだいぶ削ってお出ししました
時系列が飛んでて読みにくいかもですがどうか許し亭 - 8二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:41:31
良い……
- 9二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:51:12
当たり前ではあるけどスイープを泣かせてしまった事を重く受け止めて、ちゃんと等身大の立場になって償わせてほしいと買って出る使い魔に対して永遠に自分の使い魔であるように遠回しに伝えるスイープ
どっちも無自覚の重くも心地の良い愛があってすごく響きました
個人的にはスイーピーが使い魔を諭す部分に刺さりました - 10二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 21:55:48
間に合ってよかった
そして今日が節分でよかった - 11二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 22:13:46
お互いを大好き過ぎる
- 12二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 00:50:00
SS紹介スレから来ました
楽しませようと工夫した結果逆の結果になり落ち込む使い魔を彼女なりに立ち上がらせる所にこの2人の関係の深さが垣間見えました。
ごちそうさまです - 13二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 09:15:12
これしゅき