間の悪い2月14日

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:19:26

    世の中、“間が悪い”という時がある。

     例えば、別に疚しい事をしている訳でもないのだが、そのタイミングがタイムリーだったばかりに勘違いを生んだり。

     例えば、噂話をしている時に渦中の人が通りがかり、急に心臓が締め付けられるような思いをしたり。

     例えば、愛しい彼、もしくは彼女が掃除の出来ていないタイミングで突然訪問してきて肝を冷やしたり。

     …例えば、今挙げた要素が全て悪魔合体してしまった時に、人間関係を拗らせる事になったり。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:19:47

     今日はバレンタインデー。基を辿ると、古代ローマの司教であった同名の聖人…正しくは聖ヴァレンティヌスの処刑された日がローマの女神、ユノーの祝日であり、更に翌日の15日にくじを引いた男女がペアになって一緒に過ごすルペルカーナ祭という風習がドッキングした結果、今日のバレンタインデーに繋がっていったそうだ。

     トレセン学園内では、この時期になるとお菓子作りに力を入れるウマ娘も増える。中には、お菓子作りが得意なウマ娘に師事し、友人や年長者に日頃の感謝の思いをお菓子に込めて渡す者、想いを寄せる人に覚悟の印としてその丈をぶつける者など、様々だ。

     廊下を歩けば、お菓子を渡し合うウマ娘や、担当トレーナーを呼び止めてチョコを渡す者など、それぞれが思い思いのバレンタインを満喫をしているようで微笑ましく思う。実際、廊下内はほんのりと甘い香りに包まれ、優しくも甘美な空間が広がっていると、自分もつい思ってしまう。

    「そういえば…今年はスイープ、作ってきてくれるのかなあ」

     誰ともなく、ポツリと呟く。去年は、フジキセキと協力して作ってきてくれたのは良いが、突然、何かを思い出したかのように取り上げ、一目散にどこかに駆けて行ってしまった。なので、貰えそうだったけどお預けをくらうという、ただ貰えない以上に悲しい結果になってしまったのだ。

     当初は困惑するばかりだったが、翌日にロブロイのトレーナーがメッセージカード付きのチョコを貰ったという話を聞き、少し羨ましく感じた。それだけ、彼とロブロイが密接な信頼関係を築いてる証と言えばそうなのだが、こっちだって負けていないと自負していただけに。

     というわけで、今年はスイープが作ってきてくれた時用に一応、市販だが返礼のチョコも用意したが…。

    「言われるなり万が一渡された時でも出せばいいか」

     自分の中で自己完結させた。正直、向こうが渡す気がなかったのに貰っても迷惑だろうし、何よりも気を遣うだろう。スイープは、とっても優しい女の子だから、表面で憮然とした態度をとっても、内心で気にしてしまうかもしれない。だから、向こうのアクション次第で変えるのが良いだろう。

     用事を済ませ、この空気とは無縁そうな自分はとっとと退散しようと、そそくさとトレーナー室に戻った。当然だが、その間に俺にお菓子を渡してくる子は居なかった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:20:05

     作業も進め一段落がついた頃、体を伸ばしながら時計を見ると15時をまわっていた。そろそろスイープが来るなあ、今日はどんなワガママを言ってくるんだろうなあ、と思案していると部屋がノックされる。どうぞと呼びかけると、失礼しますという声と共にドアが開かれる。

    「どうも、トレーナーさん」
    「ああ、フジか。いらっしゃい」

     入ってきたのはたづなさんではなく、栗東の寮長をしているフジキセキだった。ウマ娘は容姿端麗で生まれやすいとはよく言うが、彼女の場合はそれが顕著であり、学園内でも大勢のファンを抱える人気者である。

     その証左か、ここに来る道中にでも渡されたのか、手作りのお菓子の袋を数個持っており、彼女の人気ぶりに舌を巻かれる思いだ。…しかし、そんな彼女が何でここに?何か揉め事にスイープが巻き込まれたとか?

    「それで、今日はどういう要件で?スイープ絡みかな?」
    「アッハッハ、そう固くならないでよ。見てて…いい?この帽子を叩くと…それっ!」

     笑いながらフジキセキが、どこからともなく取り出したシルクハットをポンポンっ、と叩くと甘い香りを含んだ小袋が飛び出した。

    「お世話になった人には日頃の感謝を込めて送るようにしていてね。ハッピーバレンタイン!」
    「え…?俺にこれを?貰っちゃっていいの?」
    「当然!貴方には、スイープ関連でいつも助けてもらってるからね」
    「ウワー…嬉しいよ、ありがとう!」

     流石は寮長、感謝の印を大人にも忘れないのは素晴らしい。事実、彼女とはスイープの接し方や不機嫌になった時の行動をお互い共有しており、そのおかげか、僅かな変化を見かけたらすぐ連絡し、対応策を講ずることが出来るのでお互いがお互いを重宝してるのだ。

    「にしても、こんなの貰っちゃっていいのかな…。先輩にもあげるの?」
    「フフ…知りたい?」
    「え、あー…うん、プライベートゾーンだよね。浅慮だった、ごめん」
    「アッハッハ!大丈夫だよ?私のトレーナーさんには…とっておきのを用意してるから、ね」

     含みのある笑みから一転、まさに破顔一笑と言わんばかりの満面の笑み。この子を普段相手してる先輩すげえな…と、フジキセキのトレーナーである先輩に戦慄しつつも、会話を楽しむのだった。

     …トレーナー室に迫り来る、小さな影の存在も知らずに。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:20:25

     フジキセキから受け取った小袋は、とても甘い香りを発しており、昼ご飯もそこそこにしか食べていなかった俺の食欲を甘く刺激する。正直、今もう食べてしまいたい。

    「…あのさフジ。これ、今食べてもいいかな?ちょっとお腹空いちゃって」
    「どうぞ。味見はしたから、お砂糖とお塩を間違えたとかはないと思うんだけど…ま、食べてみてよ」

     念の為に彼女に聞いてから、封を切ると、チョコがかかった花模様のクッキーが入っていた。聞くと、風味付けで軽くシナモンを混ぜたらしく、フルーティながらもしつこくない香りが心地よい。では早速と、クッキーを口に入れようとすると────。

    「フン、今日も来てやった…」

     荒々しくドアが開かれ、びっくりして思わずクッキーを落としそうになる。ノックせずに入ってきたので声の主はひょっとしなくてもスイープなのはわかる。フジが、呆れ顔でスイープを嗜めようとドアに近づく。

    「こーら。自分のトレーナー室でも、入る時はちゃんとひと声かけなきゃ…」
    「…スイープ?」

     フジキセキが、急に黙り込んだスイープの顔を覗き込んでいる。それもそのはず、今のスイープの顔は、信じられないものを見た顔をしていたからである。何かあったのだろうか…?

    「何で…何でフジさんが使い魔にチョコを…?」
    「だって去年、魔力が混じったチョコを取り上げてフジさんの使い魔にもなっちゃうのは防いだはず…」
    「まさか、それがフジさんの耳に届いて、自分の使い魔にしてやろうとしたってわけ…?」
    「アタシの、使い魔なのに…使い魔も何で易々と…」
    「…スイープ?おーい?」

     小声で、ブツブツと詠唱するように何かを呟くスイープ。聞こえはしないが、声のトーン的に何かトラブルが発生したというのだけはわかる。このまま放っておく事も出来ないと、スイープに声をかけると─────。

    「…使い魔もフジさんも、だいっきらい!!!」

    「え…嫌いって、…え?」
    「ふんだ!二人で好きに愉しめば良いんじゃないの!…もうヤダぁ!」

     捨て台詞…それも、大嫌いというド級のそれを残し、踵を返して走り去っていった。あまりの一瞬の出来事に、俺もフジも動くどころか、言葉すら発することも出来ずに、ただ立ち尽くすしかなかった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:20:44

    「えーと…その、アハハ。これは多分、勘違いされちゃったかな?」
    「あ、う、うん…」

     スイープが走り去った後、すぐ追えればよかったのだが、さっき言われた言葉が頭の中でずっと、木霊のように鳴り響いて動けなかった。ワガママや癇癪による悪態はよく聞いてたので慣れてはいたが、大嫌いは流石に言われた事がない。それが、身体を硬直させたのだ。

     いつもなら、こういう時はどうすればいいかとか、機嫌をとる為の行動を考えるが、それすら追いつかない。何かを考えようとしても、スイープの“大嫌い”が脳内で再生され、思考の邪魔をし、幽かにだが無意識に呼吸が速くなるのを感じさせる。

     それほどまでに、この言葉は自分をここまで揺らがせるものだったのだ。どうすれば、どうすれば…と雁字搦めになりつつも考えていると───。

     ポンッ、という気の抜けた音で我に返り、音の方角を見ると、フジキセキがシルクハットからバラの花を出していた。

    「ふぅ、ようやくこっちを見てくれたね。…その、ごめん。まさかこうなるなんて思いもしなかったよ」
    「あ…いや。フジが悪いなんて事、微塵もないから気にしないでくれ。むしろ、厄介事に巻き込んじゃってごめんと言うか…」

     笑いつつも、申し訳無さそうに耳を垂れるフジを擁護する。そうだ、これは誰が悪いと言うか、そもそも責任の所在がどこにあるのかもわからない話なのだ、現状は。強いて言うなら────。

    「何が悪いかと言えば…多分、間が悪かっただけだと思う。フジに疚しい気持ちなんてなかった訳だし」
    「…確かにそうだけど、この状況を作ったのは私な気もするしね」

     バツの悪そうな顔で頭をかくフジ。気に病むなと言えども素直にそう受け取れないのは、寮長たる立場が故の責任もあるだろうが、彼女の生来の気質が主だろう。だからこそ、彼女は言い表せぬ罪悪感に苛まされている。

     ならば、今すべき事はもう決まっている。コートに手をかけて、フジキセキにお願いする。

    「俺、スイープを探してくる。発見したら連絡するから、バレンタインをどうか満喫してほしい」
    「でも…」
    「君だって、一番渡したい人にまだ渡してないんだろ?…俺の事は気にしないで。もし気にしてくれるなら、先輩の話を後日聞かせてくれ」
    「…わかった。なら、スイープを頼むよ」

     彼女の真剣な眼差しに頷いて応え、トレーナー室を出るのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:21:13

    「そう言って飛び出したはいいが…見つからない!」

     あの後、学園内の行きそうな所をくまなく捜索したが見つからず、では外かとこれまた行きそうな所を周ったが見つからない。フジに寮内に戻ってないかだけ確認を頼んだが、不在だったそうで一層頭を抱える。

     2月の中旬なので、日の沈みは多少は遅くなったものの、17時を過ぎれば辺りは一気に暗くなり始める。その上、スイープだって別に一箇所から動かないという保証はない。もしかしたらさっき確認した所にすれ違いで行ったかもわからないリスクもあり、発見は困難を極める。

     あてもなく走り、帰り方もわからず行方不明になったのだったら、困ったなんてレベルを通り越して事件なのだが、血が昇っても行動原理そのものは理知的なのはこっちもわかっているので、あくまで行った事ある場所に狙いを定めて捜索する。

    「スイープが行きそうな所で行ってなくて、魔法と縁がありそうな所…!」
    「…縁、縁…円?」

     スイープとの思い出の中にヒントがないか思案していると、おでかけの時に帰りたがらず、駄々を捏ねられた事があった。その時の俺は、子供達が遊んでいた際に作られたと思われるサークル…“円”を魔法陣と称し、口八丁とプラシーボ効果でその気にさせて寮まで帰した。

    「そういえば、あの時は色々騙しながら何とか送ったんだっけ」

     当時も今も、変わらずスイープに振り回されているのだなと思わず苦笑してしまうが、何だかんだで今まで着いてこれたのは、彼女の冒険を後ろから支えたいという純然たる想いが強かったのが一番だろう。それにスイープといると、楽しいというか、退屈しない。

     あの河川敷でも、そう感じさせられたのだったな…あれ?

    「…河川敷!まだ行ってない!」

     そうだ、あの場所は河川敷だったはずだ。そこにいるとは限らないが、たしかにそこはまだ行った覚えがない。それに、何となくだが行くのなら景色がキレイなあの辺は無意識だったとしても候補に挙がる可能性は十分にある。

     時間的にも、これがラストトライになりそうだ。どうか居てくれと願いながら、河川敷に向かって走り出す。

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:21:32

     河川敷に到着し、周囲を見渡すがこの近辺にはいないようだ。土手の中腹あたりにいないかジョギングしながら哨戒すると、少し先に、制服と思しき装束を着た、頭のでっかい存在が視界に飛び込んでくる。疲弊しきった脚にムチを打ち、駆け寄る。

    「はあ…とうとう追いついた…」
    「…何よ、アンタはフジさんの使い魔なんでしょ。そっち行けばいいじゃない」

     土手の石段を降りた芝生の上に座り、涙目ながら毒を吐くスイープに相対する。見た感じ、長い時間寒空の下に晒されたのか、指先が乾燥しているように見え、頬も紅潮している。いつからそこにいるのかわからないが、短くない時間をそこで過ごしていたようだ。

    「フジの使い魔だったらここまで来てないよ」
    「嘘。フジさんから貰ったチョコを食べようとしてたくせに」
    「そりゃ貰ったものを食べない訳には行かないよ」
    「…やっぱり、使い魔になっちゃったんじゃない」

     目に涙を溜め、鼻をすすりながら答えるスイープ。ここでの発言のミスはせっかく見つけ出した苦労すらも水泡に帰すので、逐一丁寧に返すが…気になる部分がいくつかある。

     まず第一に、何故フジからのチョコを食べる事にスイープがそこまでの嫌悪感を示すのかという点。スイープとて、クラスでお互いお菓子を渡し合っているだろうし、友チョコの概念がない訳ではないはずだ。

     思えば、去年も一度は渡されたのに、俺はスイープの使い魔だからという事で取り上げられてしまった。その真意を聞いてもダメなものはダメとしか言われず、結局わからず終いだったが…ここに何らかの原因が潜んでいそうだ。

     第二に、スイープから見て、今の俺はフジキセキの使い魔になっているという発言。そもそも、スイープの使い魔になった時ですら、その場のなし崩し的な雰囲気の中であったのだが、どこをトリガーとして使い魔になってしまうのかがまったく見えてこない。

     強いて挙げるなら、日本神話におけるヨモツヘグイのような食べた最後、永遠にそこの住人になってしまうとかになるのだろうが…まさか、そこにヒントが有るというのだろうか?思考しながら、スイープを注視していると…彼女の両手に収まる、可愛らしいリボンの付いた袋が顔を覗かせる。

     誰かにあげるつもりだったのだろうか、とても丁寧に包装されており、彼女の意気込みがその袋を通じて伝わってくるようである。

  • 8二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:21:55

    「…それはチョコか?可愛らしいラッピングだね」
    「…!ふん、アンタには関係ないでしょ」

     指摘してみると、スイープはぷいっとそっぽを向いてしまう。多分、誰かに渡そうとしたであろう彼女の心を込めた贈り物。ならば、俺が彼女の使い魔であれば、関係ないとは言えない。どうか、それを渡す手伝いを出来るのならばさせてほしい。

    「そんな事言わないで…。君の思いがこもったものを渡せず終いなんて俺も悲しいからさ、出来ることがあれば何だって────」

     どうか、心が開いてくれないかと彼女に歩み寄るように語りかけた結果─────。

    「…だから!アンタには関係ないって言ってんでしょ!?」

     そう吐き捨てるやいなや、下からポーンと、川の方に放り投げてしまった。このままでは、川に着水してしまう…!

    「───っ!」

     それは、本当に自然と…勝手に、体が動いた。言うなれば、投げたボールを本能で拾いに行く飼い犬のような、縄張りを侵そうとする外敵に敵意を向ける野生動物のような。

     指示されたわけでもないのに、それを川に落としてはならないと全身が理解したのだ。幸い、下手投げで山なりの軌道を描いているので着水は空振りさえしなければ防げそうだ。どうか間に合ってくれと川岸を踏み切って────。

     バシッ、とそれを手で弾いて、何とか土手方面に返すのは達成できた…が。捨て身…というか後の事はノープランの策だったのでこの後の自分がどうなるかとかは一切考えていなかった。つまり。

    「つ、使い魔!?」

     大きな飛沫を上げて、俺は冬の川の中に吸い込まれていったのだった。一言で言えば、足はつくので溺れるなんて事はないのだが、勢いよく水面と激突したので普通に痛い。そして当たり前っちゃ当たり前なのだが…。

    「めちゃくちゃ寒い…!」

     冬の川なんて、水温が下がりきっているのは当たり前である。その中に服どころかコートも着た状態で飛び込んだので、身体が重たいわめちゃくちゃ寒いわで、踏んだり蹴ったりである。急いで川岸に戻って、濡れたコートをその辺の芝に脱ぎ捨てて弾いた袋の元へ駆け込む。

     持って確認した所、大きく崩れた感じもなく、水も付いていないので何とか平和は守られたようだ。ホッと胸をなでおろして振り返ると、スイープがちょうど立っていた。

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:22:20

    「ふー、何とか間に合ってよか──」
    「───っ、バッカじゃないのアンタはぁ!!」

     袋を渡そうとした時、スイープは鼓膜を千切る勢いの大音量で俺を怒鳴った。遠くの電線に止まっていた鳥が、声にびっくりして逃げているので相当の周波数だろう。その声に思わず硬直する俺にお構い無しでスイープは続ける。

    「アンタはもうフジさんの使い魔のくせに何でアタシに構うのよ!?」
    「魔力の篭ったものを食べた時点で、もう魔法の効果は出ちゃうはずなのに!もうアタシのもとに帰ってこないはずなのに!」
    「去年だって、それがすごくイヤだったから取り上げたのに…!今回は防げなかったのに…!」
    「何でよ!何でアンタはまだアタシに構うのよ!?ワケ…わかんない…!!」

     地団駄を踏み、目からは涙を止めどなく溢れさせ、鼻水が覗かせる中、スイープが激情に身を任せて俺に問う。ああ、そういうことだったのかと漸く納得がいく。彼女があの時俺に渡さなかったのも、あの時怒鳴って駆けて行ったのも…やっと合点の行く答えに辿り着いた。

    「スイープならわかると思うよ」
    「だって君はその走りで俺に魔法を掛けたんだしさ」
    「それが、今更もの食わせた程度の魔力で契約を上書きできると思う?」
    「…フジのは美味しかったけどね」

     スイープの手に小袋を握らせる。つっ返されると思っていたが存外素直に受け取ってくれたので一先ず安堵し、続ける。

    「…あと、念の為に何で君がこんな事をしたのか聞きたいな」
    「無策でやった訳ではないだろうし、思う所があったのはわかる。だから、どうかそれを君の声で聞かせてほしい」
    「俺一人で今回の話を結論づけたくないし…してはいけないとも思う」
    「ダメダメな使い魔のワガママなお願い、聞いてくれないか?」

     真剣な眼差しでスイープを見据える。スイープも、普段とは明らかに違う俺の様子に少し狼狽しているようで、どう切り出すべきか分からず、言葉が宙に舞っているようだ。俺も、いつまでも彼女が何か言うまで待つ…つもりだったのだが。

    「…へ、へくちっ!」

     短い時間とは言え、川水に晒されたのもあって冷え切った体がそろそろ限界の悲鳴をあげ始めていた。スイープも、一瞬キョトンとしつつもすぐ呆れ顔になり、一旦温かい所に移動しようとなるのだった。最後まで締まらない使い魔でごめんね…。

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:22:50

     学園に帰るよりかはすぐに体を温められるだろうと、スイープの判断で一度コンビニで着替えを購入し、そのまま最寄りの銭湯へと向かう。スイープも、一旦学園に戻って着替えを持って合流するから先入っていろという事で、お言葉に甘えて冷えた身体を徐々に温めていく。

    「あぁ〜、生き返る…」

     身体を洗い終え、大きな浴槽に肩までどっぷり浸かる。思い返せば、寮でも年がら年中シャワーばかりだったので湯に浸かるの自体がかなり久々な気がする。今日は誰も客が居ないという事で、両の手足を伸ばしてお風呂を全身で堪能しながら、先程の件を改めて回想する。

     俺には関係ないと言って川に投げてしまった、誰かに渡すはずだったであろう彼女の贈り物。たしかに、関係ないのかもしれないが、それはそれで何故、指摘されたくらいで激情に流されたのか。思う所があったのは間違いない。にしたっても、“彼女らしくない行動”である事は明白だ。

     この、“彼女らしくない行動”とは、“激情に流された”部分ではなく、丹精込めて作ったであろう大切なものを“投げ出してしまった”部分を指す。仮に、アレをマジカルわんこだったと想定しても同じ行動をとらなかっただろう。

     彼女は、愛着を持ったものは人一倍大事にする子なのだから。だからこそ、先程の行動の整合性がとれず、不可解に思う。

     長年一緒にいるのに不整合を突き止められない自分への歯がゆさで歯が軋むが、ここまでが俺が出せる結論なのも事実な訳で、彼女が真意を話してくれる事を祈りながらお湯を手に掬い、顔にかけるのだった。

     ある程度温まったので、浴室から出て公共の休憩所まで移動する。今日のお礼に湯上り後の飲み物でも奢ろうかなとか考えながらでっかいビーズクッションに体を預けていると、女湯の暖簾からスイープが出てきたので手を振る。

    「ゆっくり浸かれた?」
    「…」
    「…そっか。暑いでしょ、何か飲む?」
    「…フルーツ牛乳」
    「わかった。じゃあ俺はコーヒー牛乳でも…」

     最低限の発言しかしないスイープに困惑をしつつも、休憩所で少し休んでからフジキセキに連絡後、スイープを寮まで送ってその日は解散となったのだが…。

  • 11二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:23:11

    「まあ、そうなるよなあ…っ」

     翌日、しっかり体を温めたつもりだったがそう上手くも行かず、案の定風邪をひいた。熱こそはないのだが、昨晩から咳き込み始め、嫌な予感がしたので念の為に薬を飲んで予防したが無駄だったようだ。学園に休みの連絡を入れ、安静にしていたら時間は16時になっていた。

     明日には復帰できるようにしようと意気込みつつ、朝干した洗濯物を取り込んでいるとインターホンが鳴った。宅配なんて頼んだかなと首を傾げながらモニターを見るとスイープが立っており、何事かと急いで玄関を開けて出迎える。

    「あら、だいぶ顔色良いじゃない。今日は仮病かしら?」
    「喉がちょっとね…。大分枯れてるでしょ」
    「ふーん。ま、良いわ」

     こっちの声を聞いて少しびっくりしたような顔をしていたが、すぐにムスッとした顔に戻る。彼女なりに気になって、様子を見に来てくれたのだろうか。

    「明日には復帰するよ、心配かけてごめん」
    「ふんだ、川に飛び込んだらそりゃ風邪だってひくわよ。ちゃんと養生して、サボった分きっちり働いてもらうんだから」

     つーんと、腕を組んでプイッと明後日の方向を見てふんぞり返ってはいるが、その言葉とは裏腹に優しさを感じる。多分、気がかりだったんだろうな。彼女の優しさが身に沁みている所に、意外な注文が入る。

    「そうだ、本題なんだけどさ」
    「これ、アンタで処理しちゃって」

     そう言ってカバンから取り出したのは─────昨日俺が救出した彼女の想いが籠もった贈り物だった。

    「え、でもこれは…スイープが誰かに向けて作った贈り物じゃ」

     確認するまでもないが、その贈り物は丁寧にラッピングされており、彼女の意気込みも含めて、相当前から準備していたものと何となく分かる代物だったはずだ。トレーニングも量を減らさずにこなした上で作っていたと思われ、決して作るのが楽ではなかったはずだ。

     そんなものを、いくら何でもトレーナーでしかない俺が貰っても大丈夫なのだろうか。もしそうでなくとも、そんな手間隙かけたものなら自分で食べてしまう方が余程達成感に浸れるだろうに。何故俺に渡すのだろうかと考えていると、スイープは続ける。

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:23:33

    「ええそうよ、たしかにそれはスイーピーの想いがすっごく籠もった魔法のギフトよ」
    「でもね使い魔。あくまでバレンタインの日に渡すから、て前提が付くの」
    「今はもう2月15日。アンタも知ってると思うけどバレンタインは終わったわ」
    「期限付きの魔法は、過ぎてしまうと呪いに転化して不幸を齎しかねない」
    「そんなもの、スイーピーの手元になんて置いておいたら危ないでしょ?だから、アンタが処理するわけ」

     つらつらと述べるスイープの理屈こそはわかったのだが、それだけに受け取りにくくなってしまう。何故なら、これは本来、俺の知らない誰かに向けたスイープの想いが詰まったギフトな訳で、俺が貰う=本来貰うはずだった人がもらえなくなってしまう事を表す。今からでも、遅くはないはずだ。

    「…あの、スイープ。今からでもその、このチョコを本来渡すはずだった人に持っていった方が良いんじゃ…」
    「なによ!アタシが良いって言ってるんだからアンタは黙って受け取りなさい!」

     そう言うと、俺の手に贈り物を押し付けてきた。本来の貰い手を思うと食べるのは申し訳なくなるが、こう言ってしまっている以上こちらからの口出しは出来ない、だが…。何とも言えない顔をしていた俺の心情を察したのか、スイープはため息を吐きつつ話す。

    「…安心しなさい。そいつには来年にでもまた作ってやるわよ」
    「何せ、すぐやきもち焼くし。アタシの命令を独占したい〜とか…ねえ?」
    「ふふん、来年、驚くそいつの顔が目に浮かんでくるわ」
    「きっと、惚れ直してアタシの事しか見えなくなっちゃうに決まってるもん!」
    「…ま、そういう事だから。ちゃんと食べてよね」
    「…あ!味!味もどうだったかちゃんと聞かせなさいよ!」

     正直、まだ腑に落ちない部分こそあるが、スイープが納得し、相手方に対しても何かしらの反応を得ているのならば、こちらが口を出すのがもう野暮であり、後は若い二人に託すのがベストなのだろう。

    「わかった。ならせめて、誠心誠意レビューさせてもらうよ」
    「はあ。最初からそう言いなさいっての」

     やっと受け取る意思を見せた俺に大きくため息を吐き、安堵の表情を見せるスイープ。そんなにも、これを一刻も早く手放したかったのかと思うと、逆に中に何が入ってるのか気になってしまうが…まあ、自室で確認しよう。

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:24:06

     スイープとそのようなやり取りをしていると、学園のチャイムが鳴り響く音が聞こえてくる。どうやら、17時をまわったようで、奥のトレーニングレーンにいたウマ娘たちが切り上げようとしているのが見えてくる。もうそんな時間か。

    「…そろそろ時間もいい頃だし寮に帰る?送っていくよ」
    「コラァー!アンタは一応病人なんだから安静にしてなさい!」
    「す、すみません…」

     いつもの癖でスイープを送ろうとしたら、自分が病人で休んでいたのをすっかり忘れていて、スイープに一喝されてしまった。いつもの習慣とは恐ろしいものであると戦慄してする中、スイープから提案される。

    「あ、そうだ。アンタの体内にフジさんの魔力が残存している可能性があるんだったわね」
    「…そうなの?」
    「うん。今から解呪したげるからその辺のカーペットにでも寝そべって」

     そんな事もあったなと、昨日の話なのにだいぶ前の事のように回想しつつ、居間のカーペットに寝転んだ。スイープは杖を出し、魔法を唱える。

    「エプ・ミディアム、エプ・ミディアム…!魂よ、主の元へ還しなさい!」
    「…さて、使い魔。改めて聞くけど…アンタのご主人さまは誰?」

     昨日、図らずもだいぶ揺らいでしまった使い魔としての地位。それを立証する為に、まっすぐ目を見据えて答える。

  • 14二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:24:21

    「それは……君だよ」
    「…、知ってる」

  • 15二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:24:47

     その刹那、知ってると答えたスイープの顔はいつもの勝ち気なそれではなく、慈愛に満ちた女性が見せる儚くも美しい笑顔に見えて、一瞬心臓が大きく跳ねた。

     まるで、魔法に掛けられたかのように。どぎまぎしてると、スイープが思い出したかのように続ける。

    「あ、一応アンタには呪いの掛かったものを対処してもらうことになるから魔力耐性を上げる必要があるわね」
    「…そういえばそうじゃん」

     言われてみると、俺はスイープと比べたら多分魔法への耐性というものはまるでない。それに加えて、スイープ本人が施した祝福が転化して呪いになったのだったら、意味合い的にはスイープの魔力をモロに食らうことになってしまう。どうなるのかはわからないが…。

    「…魔力耐性を上げるおまじないの魔法、ほしい?」
    「え…まあ、賜っても構わないのならお願いしたいな…と」
    「そ、そう。欲張りな使い魔ね!仕方ないわ、もう一度そこで横になりなさい」

     再度、横になるよう促されたのでもう一度横になってから瞳を閉じる。

    「…行くわよ」
    「ウィオラ・トリコロル・ホルテンシス☆…」

     魔法の効果かプラシーボ効果かわからないが、何となく身体が軽くなった気がする。礼を言うと、スイープは無言で背を向けて玄関に行ってしまった。せめて今日来てくれたお礼は言いたいと、慌てて追いかける。

    「じゃ、アタシホントに帰るから。明日は来なさいよね」
    「うん、わかってる…あと」
    「今日は、来てくれてありがとう。月次ではあるんだけど…すごく嬉しかった」
    「…ふん、使い魔の管理をするのはご主人さまとしてトーゼンよ、ただそれだけ」

     そう言うと、またねと一言残し、玄関を駆けて行った。姿が見えなくなるまで見送った後、居間に戻って先ほどもらったチョコを食べた。それはとても美味しくて、これをもらえるはずだった人により一層申し訳なく感じた。

     …そういえば、スイープにどうしてこのチョコを放り投げてしまったのか聞き忘れてしまったが…まあ、もう彼女にとっては終わった話っぽいし蒸し返すのはやめておこう。話す気になったら聞いてあげればいいだけの事だ。

     それにしても、今年も間が悪かったからか、彼女からは貰えなかったなと誰かが食うはずだったチョコを食べながら肩を落とすが…来年、スイープからとんだサプライズを受けるのを、今の俺はまだ知らない。

  • 16二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:26:12

    このレスは削除されています

  • 17二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:26:46

    このレスは削除されています

  • 18二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:29:56

    というわけで一足早いバレンタインでした。
    どうなるんでしょうね、特別なチョコ。楽しみです。
    長くなっちゃいましたね。許し亭

  • 19二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:40:53

    >>18

    長編お疲れさまでした。

    素直じゃないけど優しくて可愛いスイープらしさが詰まった作品ですね。

    バレンタインの小さな独占欲いいですよね。

  • 20二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:41:27

    良かった

  • 21二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 09:52:24

    前提に受け取れなかった方の話にする事でさらに展開を広げたのか、お見事…

  • 22二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 10:05:11

    ウィオラ=トリコロル=ホルテンシス(パンジーのラテン学名)の花言葉:物思い、私を思って、1人にしないで

    そういうのはずるいやろスイーピーさあ…

  • 23二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 10:26:37

    あ〜すきすき
    やきもちやくのもそうだけど迷走したのちに使い魔がちゃんとスイープの場所を突き止めて辿り着くのとか使い魔なりの大切に思う気持ちがひしひしと伝わってくるものでした

    ありがとうございます

  • 24二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 12:40:24

    甘酸っぱいものを見せてくれてありがとう

  • 25二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 14:49:16

    バレンタインの固有もらえない方を前提にして最終的にもらえる方も落とし込むのはよく見てるんだなあと感心させられるばかり…
    良きものでした

  • 26二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 17:34:40

    SS紹介スレから来たけど大ボリュームですね!それでいて飽きがこないお話で満足出来ました、また読みたいです!

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