【SS】こんな雨の日には

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:02:02

    ガラス窓を隔てた向こう、澱んだ雲が見えます。切り裂くような強い雨粒の線が何重にも重なって、地と空を覆い尽くします。
    こんな天気の日は外に出ることも叶わず、私の行き着く先はもちろん決まって、この図書室なのでした。

    いつものカウンター席に陣取って、適当に見繕った本を開きます。
    ……私に倣って同じようにぺージを開いた人影が、隣にもう1人。
    私が一番に尊敬する、少し歳上の男の人。
    英雄が走り抜けた3年間を、ずっと隣で語り紡いでくれた人。
    私のトレーナーさんが、そこにはいました。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:03:05

    湿った生温い空気はぶ厚い壁を貼り、誰一人として来訪者を寄せ付けません。
    今この部屋は、二人だけの閉じられた世界。
    時が止まったかのような、しんとした空気。
    再び、窓の外に目をやります。叩く雨音とそれを鳴らす滝のような雨が、私に時が刻まれているのを教えてくれます。
    ざあざあと響くそれは部屋の物音はもちろん、心のノイズさえも、全てをかき消していきます。

    水の中へと全てを溶かしてしまう――昔から、そんな雨の日が私は好きでした。

    今この瞬間も、私は恵みの雨に感謝しているんです。
    きっと雨がなければ……隣の貴方を意識してしまうから。

    ページをめくる角張った人差し指、低く響く吐息。伏せられた黒い瞳。読み進める物語から何を感じどう想うのか……その心に触れたくなってしまう。
    引き込まれたら最後、二度と本の世界へは戻れないでしょう。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:03:39

    読書というものは、他人を介さない孤独な行為。隣に誰かが座っていようと、私が読む文字の世界に何の影響も及ぼしはしません。邪魔するなんてもってのほか。
    それは、トレーナーさんも同じなのです。

    だからこんなにも近くにいるのに――貴方が、遠い。
    雨が、二人をここへ連れてきてくれました。
    雨が、二人を隣へと引き合わせてくれました。
    雨が、二人をすんでのところで遮ってしまいました。

    お膳立てをやるだけやっておいて、一番奥へは決して辿り着かせない。
    そんな雨の日が――私は少し、嫌いなのです。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:04:28

    「――っ」

    視界の隅で、スーツの肩が身震いするのが見えました。
    気づけば、長く続く雨で室温はすっかり冷えきってしまっていました。

    「……私の毛布、使いますか?」

    「気にしないで。一枚しかないならロブロイが使うべきだよ」

    言葉を交わしたのは久しぶり。止まっていた空気が流れ出すのを感じます。

    「でも……あ、そうだ!トレーナーさん。少し近くに……」

    椅子を寄せて、毛布を横へずらします。
    大きめのそれは、二人の足元をすっかり覆ってしまいました。

    「こうすれば、二人とも暖まりますよね?」

    そっと肩が触れます。顔を見上げて、視線が重なります。貴方の瞳が少し細められて、

    「そうだね……ありがとう」

    「……っ、は、はい」

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:05:05

    そこで漸く、こんなにも間近に貴方がいることを意識したのでした。
    反射的に顔を伏せ、本で隠してしまいます。
    貴方は気づいていないのか……そのまま読書の時間へと戻っていきました。
    急激に高まった鼓動を何とか抑えて、私も文字と向き合い直します。

    やがて静寂と、それを包む雨音が戻ってきました。
    前と少し違うのは、確かに感じる温もりがあること。
    僅かに触れる肩越し……冷えた体温を取り戻すには、距離がもう少し欲しくありませんか?
    屁理屈を勝手にこねてまた少し……黙って距離を縮めます。
    頭を肩に預けて、これは……くっつきすぎでしょうか。
    でも貴方は何も言わず、本を読み進めています。
    それならば……きっと大丈夫なのでしょう。
    私も遅れてページをめくり始めます。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:05:42

    ――何の変哲もない一日は、やがて終わりを迎えます。
    英雄譚のように劇的な愛のドラマなんてありません……そこにあるのはささやかな幸せだけ。

    それでもこの幸せが、たまらなく愛しいのです。

    雨が、二人をここへ連れてきてくれました。
    雨が、二人を隣へと引き合わせてくれました。
    雨が、二人に幸せな時間をくれました。

    だから私はこんな雨の日が――大好きなんです。

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:08:12
  • 8二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 01:17:56

    過去作共々登場人物皆が思いやりのあって優しい作風が好きです

オススメ

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