- 1二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:02:51
『見通しが甘い話』
節分が終わり、立春も過ぎ去りました。
暦の上ではすでに春。
つまり花風、和風の吹く季節だといえます。
これまでは冬の寒風に屈して薄着は控えていましたが、少し物足りなさを感じていました。
やはりこの身で春風を感じたい、そう思って私はジャージを部屋に置いて学園へ向かいます。
そして、トレーニングの時間になりました。
「――――寒いです」
「だろうね……」
暦の上で春とはいえ、未だ二月。
たま風は厳しく、震えるような寒さです。
走っていれば暖かくなるのですが、そこに至るまでが向かい風です。
「どうする? ジャージ取りに戻る?」
「いえ、今から家風となるのは時間があまりにも惜しいです」
「それはそうなんだけど……仕方ない」
そう言うと、トレーナーさんはおもむろに自分の着ているジャージを脱ぎました。
その行動に少しだけどきりとしている私を、どこ吹く風と流しながら、彼はジャージを手渡してきます。
「風邪引くとマズいから、これ着てくれるかな? 嫌かもしれないけど」
「そんなことは……でもトレーナーさんだって空風に吹かれてしまいます」
「念のため、その上に羽織る用のコートもあるから大丈夫」
そう言って下風に視線を送ると、各種道具と共にコートが畳まれていました。
黒南風な心地ではありますが、彼の真艫を無意味にしてしまうのもまた悪風。
私はジャージを受け取って、それを着用しました。 - 2二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:03:38
ふわりと感じる、トレーナーさんの香風。
袖は余って、裾は太腿まで隠れそう、当然全体的にはぶかぶかで、走る度に袖の羽風が吹いてしまいそう。
けれど、とても暖かくて、何よりトレーナーさんを強く感じて、安心できます。
「ふふっ」
「ん? なんかあった」
「いいえ、ありがとうございます。春風を通り越してひかたを浴びてる心地です」
「大袈裟だよ……じゃあ、トレーニングを始めていこうか」
そして、数時間後。
「よし、今日はここまでにしようか」
「はぁ、はぁ……ふぅ。ありがとうございました」
「今日は少しハードにしたけど良く頑張ったね、お疲れ様」
トレーナーさんからタオルと飲み物を受け取って、一呼吸。
今日は普段よりも負荷の強めなメニューとなっていて、なかなかの嵐でした。
汗もびっしょりとかいてしまい、トレーナーさんから借りたジャージも雨風を受けたようでした。
なんとなく、その香風を確認します。
練習前に感じられたトレーナーさんの匂いはなく、私の匂いと汗の匂いしか感じませんでした。
当然とはいえ、少しだけあなじ。
そして、クールダウンを終わらせた私に、声をかけます。
「それじゃあ、ゼファー、ジャージ返してくれる?」
「……えっ?」
――――私の匂いと汗が染み付いたこのジャージを、トレーナーさんに? - 3二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:03:57
「凪です」
「いや、凪て……ちょっ、ゼファー!?」
「あっ、明日、必ず、返しますので……! お疲れ様でした……!」
事実に気づいた私の脳裏にはつむじが吹き荒れ、疾風のようにその場を立ち去ってしまいました。
トレーナーさんには悪風なことをしてしまいました、考えるだけでもようずです。
制服に着替えて、改めて彼のジャージを眺めて、なんとなく再度匂いを嗅ぎました。
私の匂い、私の匂い、汗の匂い、私の匂い――――トレーナーさんの匂い。
私と彼の香風が混ざり合っていることが、恥ずかしくて、それ以上に嬉しくて。
あまり良くない風が、吹いてしまいます。
「…………いずれ、また、忘れてしまいましょうか」
……なお、寮に持ち帰った時の話。
どう見ても男物のジャージを持っていることが寮の子にバレて、質問の嵐に遭いました。
お弁当の準備もすることができず、洗濯や乾燥をする時間も消灯時間ギリギリになってしまいました。
見通しの甘い行動は仇の風、私は強く脳裏に刻み付けます。 - 4二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:04:15
『見通しが甘い話』おわり
- 5二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:04:32
『評価が甘い話』
「そういえば、昔はめざしって名前の魚がいると思ってたんだよね」
その日、たまたま食堂でゼファーと一緒になった。
どうやら諸事情あって、その日はお弁当を準備することができなかったらしい。
ついでに貸していたジャージも受け取った、ちゃんと洗濯をしてくれたようだ。
そして、先ほどの発言は、その日の日替わりランチに入っていためざしを見た俺のものである。
ゼファーはきょとんとした表情を浮かべていた。
「最近は切り身が海で泳いでると思っている子どもがいると風聞がありましたが」
「いや、そこまでは……刺さってる魚がめざしっていうのかなって」
「なるほど、原料と加工品の名前を勘違いしてたと。ふふっ、トレーナーさんにもそういうことがあるんですね」
「…………まあ、小さい時の話だよ」
小さく笑い声を発するゼファーから目を逸らしながら、俺は呟いた。
嘘である。実は割と最近まで勘違いしていた。
少し考えればわかることではあるが、そもそもめざしについて考えを巡らすことがない。
自分からはあまり食べないこともあり、勘違いが長い間放置されてたのである。
過去の恥を誤魔化すように、俺は以前からの疑問を、考え無しに口にだした。 - 6二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:04:58
「めざしにされてる魚はいわしが定番みたいだけど、他にもあるのかな」
「えっ?」
「えっ?」
「……あの、トレーナーさん。めざしはいわしの干物の一種なので」
少しだけ言いづらそうに指摘をするゼファー。
やってしまった。まさに恥の上塗りというところだろうか。
思わず手で顔を覆う、少しだけ頬が熱くなってしまっているのが自分でもわかる。
彼女も呆れていることだろうと、ちらりとその顔を伺った。
――――何故か、ゼファーは満面の笑みを浮かべていた。
「風雲のような知見で私に追風をくださるトレーナーさんにも、難風はあるんですね」
「それは当然、いっぱいあるよ」
「意外でした。もっと貴方の未知の風を、見せてもらいたいです」
「これから嫌でも見せることになるから……というか、ゼファーは俺のことをどんな人間と思ってたの?」
「私の悩みに浚いの風を吹かせて、帆風を送り、共に嵐になってくれる凱風のような人です」
「…………ゼファーって意外と他人への評価が甘いよね」
眩しすぎるくらいの、信頼と期待の視線。
ずっと見ていたら目に刺さってしまいそうだったので、俺は再度目を逸らした。 - 7二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:05:18
『評価が甘い話』おわり
- 8二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:05:39
『甘い服の話』
――――ヤマニンゼファーには甘い服が似合いそう。
ファンの方々のインタビューにあったお話でした。
甘い服装、というのはあまり聞いたことのない風音です。
どうしても気になって、私はトレーナーさんにこのことを尋ねてみました。
「あー、ガーリーというか、少女らしさを強調したファッションだったかな」
「なる、ほど? どのような風体なのかが、いまいちわかりづらいですね」
「その辺はファッションに詳しそうな子に聞いた方がいいかな」
「ヘリオスさんか、そのお友達が詳しそうですね。その帆風を頼ってみます」
それがいいね、とトレーナーさんは同意の言葉を口にします。
これでこの話題は凪、そのはずでしたが、ふとあることが気になりました。
彼は、どんな服が好風なのでしょう。
一度気になると、風は止みません。
過去の風道を辿りながら、私はトレーナー室にあった一冊の雑誌を持ち出しました。
その雑誌には『ウマ娘の私服特集』という記事があります。
私はその記事をトレーナーさんに見せて、問いかけました。
「トレーナーさんは、誰の風采がお好みですか?」
「ゼファー」
「……っ、しっ、質問を変えましょう。私には誰の私服が似合いそうですか?」
「ああ、そういうことか。んー、なかなか難しいな」
トレーナーさんはそう言いながら、少し考え込むように雑誌を読み込みます。
少し、心臓がドキドキしています。
まさかいきなりあんな突風に煽られるなんて、思ってもみませんでした。 - 9二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:06:02
……それにしてもあんなことを言ったのに、他のウマ娘のことをじっくり見てると思うと、少しあなじです。
我ながら暴風のようだと、自嘲してしまいます。
やがて、彼は雑誌から目を離し、こちらを向いて言葉を紡ぎました。
「んー、ワンダーアキュートの私服とか、メジロの子達の着てるのはキミに合いそうだね」
「なるほど、このような服が甘い服、という風潮なのでしょうか?」
「どうなんだろ……それと、見てみたいという点ではマチカネタンホイザの服とか」
「テイオーさんは?」
「勝負服のデザインが割と近いからエイシンフラッシュの服なんかも似合うかもね」
一部、柳に風と流された気がしますが、あまり気にしないことにします。
なるほど、このような服にトレーナーさんは光風を感じるということなんですね。
これらの服を着たら、彼はどんな風を返してくれるのでしょう。
風待ちに高鳴る心を抑えてると、彼は小さく笑いながら言います。
「ゼファーならどんな服でも似合うと思うよ。なんたって元が良いから」
「そ、そうですか?」
「だからキミが着たい服を着るのが一番だと思う、風評に惑わされず、自由にね」
「……そうですか」
少しだけ、心に空風が吹いてしまいます。
トレーナーさんは、私が異風な装いをするところを、あまり見たくないのでしょうか?
「まあ、個人的な希望を言うなら、色んなゼファーを見てみたいけど」
「――――えっ」
「キミのように言うなら、キミの未知の風も見たいな、ってところかな」
「……ふふっ、トレーナーさんは、甘い言葉がお好きなようで」
そんな順風を送られたら、見せてあげたくなってしまうではありませんか。
私の言葉に首を傾げるトレーナーさんを尻目に、私は珍しく休日の予定を考えるのでした。 - 10二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:06:22
『甘い服の話』おわり
- 11二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:06:37
『脇が甘い話』
尻尾ハグ。
それは人気ドラマ『LOVEだっち』が生み出した一つの概念である。
ウマ娘の尻尾同士をハグのように絡め合わせる行為のことであり、ウマ娘としては過激な行為のようだ。
一時はトレセン学園内でもブームになったものの、その過激さ故に、あまり長続きしなかった。
一部を除いては、の話だが。
ファサ、ファサ、と背中の辺りを柔らかいものが撫でる。
「ふふっ、最近はちゃんと緑風を感じられるようになって、ひよりひよりです」
背後を振り向けば、俺の背中へ楽し気に尻尾を擦りつけるゼファーの姿。
以前、ナイスネイチャやイクノディクタスと尻尾ハグの話をした時、俺は説明せずに誤魔化した。
そのツケとして、彼女は今も尻尾ハグを続けているのである。
むしろ、お気に入りの行動になったようで、その頻度は日に日に高くなっているほどだ。
正直なところ、ゼファーが喜んでくれるならば、その行為自体は別に良い。
しかし、問題は周りからの視線だ。
「なんか、めっちゃ楽しそう」
「少しいい雰囲気じゃない?」
「カワイイ……! ますますファンになりそう」
衆目の前であろうとも、構わず尻尾ハグを敢行するゼファーの姿は学園のウマ娘達の噂になっていた。
そして、トレーナーや学園運営側でも問題視してる層が一部にいるとの話だ。
以前たづなさんは、俺を含めた複数人のトレーナーの前で、注意喚起した。
「ウマ娘との誤解を招きかねない行動は避けてくださいね、ところで今日は風が強いですね」
うん、どう見ても釘を刺されています。 - 12二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:06:56
楽しそうにしているゼファーに言うのは心苦しいが、ここは心を鬼にしなくてはならない。
尻尾ハグ継続中の彼女から少し距離をとって向き直る。
きょとんとした表情で、彼女はこちらを見つめていた。
「どうしましたか、トレーナーさん、何か陰風だったでしょうか?」
「ゼファー、悪いけどこれからは尻尾ハグは、ダメだ」
「……理由を、どのような風見なのか、聞いても良いですか?」
「…………これを見てる他の生徒の、噂になっている」
少しだけゼファーの耳に近づいて、小さく呟く。
俺の言葉に彼女は目を少しだけ見開いて、耳をくるくると回し始めた。
「……確かに、いつの間にか饗の風の騒ぎになってしまっていますね」
「うん、あまり騒ぎになるのはキミとしても俺としても好ましくはないだろ」
「確かに好風とはいえませんね……わかりました、これからは控えますね」
残念そうな表情を浮かべるものの、予想以上にあっさりと引き下がってくれた。
すまないね、と謝罪の言葉を口にしつつ、心の中では安心で大きく息を吐いている。
これで学園内で問題になることは避けられるはずだ。
――――そのはず、だったのだが。
では、この状況はなんなのだろうか。
目の前では、座った俺の膝に腰かけ、俺の胴体に尻尾を擦りつけるゼファーの姿。
「ふふっ、こういう格好でやるのも、なかなかの快風ですね」
「……えっとゼファー?」
トレーナー室に二人でやってきた後。
ミーティングの準備のため椅子に座った俺は、ゼファーおもむろに近づいて来た。
そしてくるりと背中を向けて、ふわりと膝の上に座ってきたのである。
先ほどよりも、どこか心地よさそうな笑顔を浮かべる彼女に、俺は問いかけた。 - 13二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:07:18
「あの、さっき尻尾ハグは控えるって」
「皆さんに見られて、時候の風に乗ってしまうのが悪風と言ってましたよね?」
「……まあ、そうだけど」
「でしたら、トレーナー室で家風を吹かせる分には、向かい風にはなりません」
少しだけ胸を張り、ドヤ顔を浮かべて、ゼファーは告げた。
……これ一本取られたというか、脇が甘かったというか。
まあ、いいか。
確かに人前でやるのを避けてもらえれば問題にはならないのは事実だ。
それに、なんだかんだいっても俺自身、尻尾ハグを受けるのは、正直嫌ではない。
とはいえ、膝の上に座るとして、危ないのでもう少し奥に座って欲しい。
彼女の身体を移動させるべく、俺は両手を、彼女の腕の下へ伸ばした。
「ゼファー、ちょっと動かすからね」
「はい。ところでトレーナーさん、今度の休日は共に服を――――ひゃっ!?」
俺の手が、彼女の腋の下を持ち上げた瞬間。
びくん、とゼファーの身体が震えて、耳と尻尾が逆立った。
やがて耳と尻尾はへにゃりと力を失って、顔を赤くして口を抑えた彼女がこちらを向く。
「す、すいません。私、腋の下が、その、弱くて……」
「……うん、急に触れてしまって、本当にごめんね」
どうやら脇が甘かったのは、お互い様だったようである。
……いや、俺が二重に甘かっただけだな、と心の中で猛省した。 - 14二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:07:35
『脇が甘い話』おわり
- 15二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:07:56
『あまい話』
バレンタインデー当日。
私とトレーナーさんは、共に森へと来ています。
去年は前日に風雪により雪が積もって、山道に慣れない彼に難風を浴びさせてしまいました。
ですが、今年は前日から晴れていて、まだ冷たさはありますが正東風が気持ち良いです。
トレーナーさんも目的がわかっていることもあり、去年よりは軽風な面持ちでした。
……思えば、去年は我ながら、彼にやませへ望ませるようなことをしてしまいました。
それでも笑顔で付いてきて、喜んでくれる彼に、どうして甘えてしまうのです。
「トレーナーさん、ここが去年と同じ場所ですよ」
「そうだね、見覚えがあるよ」
「今年も、蕾が芽吹いています、あちこちに風が運んでくれた息吹が聞こえます」
「ちゃんと、恵みの風がこの森にも届いている証拠だ」
「はい、そして私も去年より、目指すべく恵風に近づいていると、貴方のおかげで思えます」
「そっか、それは光栄だよ」
「なので、またこの森で、貴方に感謝の気持ちを伝えたくて」
大樹のように支えて、太陽のように包み込んでくれて。
私に色々なものを与えてくださったトレーナーさん。
その感謝の気持ちを、想いを形にして、少しでも届けたくて。
私は、一つの小さな箱を取り出しました。
「受け取っていただけますか、私のそよ風を」
「もちろんだよ。でもね」
思わぬ接続詞に、私はどきりとしてしまいました。
ですが、彼の表情から陰風は感じられず、むしろいつも以上に暖かな、若葉風のような笑顔でした。
トレーナーさんは、懐から一つの箱を取り出しました。
少しだけ包装が崩れて不格好な、けれど何故か白南風と感じる姿。 - 16二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:09:23
「感謝を伝えたいのはキミだけじゃないよ……まあ、初めてだったからかなり拙いんだけど」
「……っ!」
「ゼファー、受け取ってくれるかな、俺の、そよ風も」
「……はいっ!」
交換するように、私たちはお互いのチョコを受け取ります。
私は包装を破いてしまわないように軟風のような力で、頂いた箱を開けました。
ほんのりと感じる薫風、不揃いな形のチョコ、中には少しヒビが入り割れそうなものもあります。
でも、トレーナーさんの気持ちが籠っているのは、痛いほどわかりました。
「ゼファーのは相変わらず手間がかかってるな、自分で作ってみたから尚更わかるよ」
「ふふっ、込めた想いは烈風ですから、きっとトレーナーさんも一緒です」
「うん、同じだよ……じゃあ、一緒に食べようか」
私たちは二人、隣り合って丁度良い倒木へと腰掛けます。
そしてお互いの便風を、口に入れました。
――――甘い、とっても甘いです。
きっと、本来は普通の味わいなのでしょう。
市販のチョコの方が、より饗の風に満たされることができるのかもしれません。
ですが、このチョコからは彼の想いが伝わってきて、胸いっぱいに甘い風が吹き抜けます。
「とっても、美味しいです……! ありがとうございます、トレーナーさん」
「ゼファーのチョコも、すごく美味しいよ、本当にありがとう」
「ふふっ、それは光風です……あっ、そうです」
私はチョコを一つ摘まみ上げて、彼の口元へと差し出します。
不思議そうな表情でそれを見つめるトレーナーさんに、私は言葉を紡ぎました。 - 17二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:09:52
「二人で同じ風を感じたいので、一ついかがでしょうか?」
「……えっ、このまま、口で?」
「なにか、あなじでしょうか?」
「…………いや、キミがいいなら、頂くよ」
トレーナーさんは複雑そうな表情を浮かべつつ、私の指先に小さく開けた口を近づけます。
ゆっくり、できるだけ私の指に接触しないように慎重に、彼の口がチョコを拾いました。
少しだけ彼の唇が指に触れて、私は背筋にぞくりと小風が走ります。
……悪風には感じません、むしろ緑風と感じている私がいました。
そんな色風めいた思いを隠しながら、ゆっくりと咀嚼するトレーナーさんを見つめます。
「うん、悪くはないけど、やっぱりゼファーのと比べると見劣りしちゃうね」
「そんなことは……ですが、それでしたら来年は同じ豊穣の風を込めてみませんか?」
「本場のカカオを取り寄せてるんだっけ? キミから教えてもらうのも良さそうだし、お願いしようかな」
「ええ、約束ですよ?」
「さて、じゃあゼファーも、どうぞ」
そう言って、彼は私が渡したチョコを摘まんで、差し出してきます。
なるほど、同じ風を感じるという目的ならば、こうなるのは道理でしょう。
なのに、胸の内に大嵐が吹き荒れているのは何故なのでしょうか。
頬には熱風、頭の中には旋風。
ですが凪いでしまおう、なんて考えは露ほども浮かんできません。
ゆっくりと、誘われるように、ふらふらと、惑わされるように、顔を近づけます。
ぱくりと、私はトレーナーさんの指ごとチョコを口に入れました。
このまま味わいたいという嵐を何とか抑えて、彼の指から口を離します。
私の唾液で濡れて光る彼の指を見て、私の頬はまるで炎風のよう。 - 18二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:10:17
「――――甘い、です」
「……えっ、俺のチョコよりもビターな味付けだったと思うけど」
「ですが、何故か、とっても、とっても甘いんです」
口の中に広がるは、あからしまの如くの、官能的な甘さでした。
私が作ったチョコは薫風を活かすため、甘さは控えめにしたチョコです、味見もしました。
ですが、今感じた味は、花風にのってぶんぶんさんが運ぶ蜜よりも、甘美な味。
私は、トレーナーさんから頂いたチョコを、もう一度摘まみました。
もっと、もっと欲しい。生まれた青嵐は、抑えが効きません。
こんな暴風でも許してくれる、甘い人と、この甘い味を、甘い時間を過ごしたい。
私は甘い吐息を吐き出しながら、言葉を告げました。
「トレーナーさん、もう一度いかがでしょうか?」
なお、殆どお互いに、自分で作ったチョコを食べることになりました。
……黒南風です。 - 19二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:11:12
お わ り
短編連作という感じでやってみましたが思いの外読みづらかったです
申し訳ありませんでした - 20二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:13:10
良き風が大量に吹き込んできた…
キャラスト7話まで見てるとこの距離感も感慨深いですね… - 21二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:22:12
さてはこいつらラブラブだな?
カフェのクリスマスイベントの一般通過ファンみたく「ラブラブじゃん。推せる~♪」って聞こえるように言ってやりてぇ。 - 22二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:45:25
冬の嵐ですげぇ嬉しい。毎度素敵なSS感謝です
- 23二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 21:57:28
恋はいつでもハリケーンなのじゃ!
- 24二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 22:06:12
なんか読み終えたら体が軽いな
頭の上の方でなにか光ってるし、呼んでるような声もするから行ってくる - 25二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 22:29:06
ブラックコーヒーを頼む
砂糖が足りすぎている - 26二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 22:49:46
ゼファーSSの貴重な供給源として毎度楽しませていただいています
- 27123/02/08(水) 00:01:08
- 28二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 06:57:40
濃厚な風だ……
- 29123/02/08(水) 07:45:32
そう感じていただけると幸いです
- 30二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 18:48:19
保守
- 31二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 18:54:33
ゼファーのエミュは全然わからんので
SS書ける人凄いって思う - 32123/02/08(水) 19:43:52
- 33二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 19:49:24
- 34123/02/08(水) 19:56:59
- 35二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 20:08:34
専門的な知識が必要なのとキャラ付けが口調の子はは確かに難しそう、ありがとう!
- 36二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 20:16:42
これは良き風だぁ…
甘いで満ちている - 37123/02/08(水) 21:00:53