- 1◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:00:07
- 2◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:00:22
【ガラスの魔法が解けたとき】
「アルダン、お疲れ様」
「ありがとうございます、トレーナーさん」
レースを終えたアルダンを、控室まで支えながら戻ってくる。
最近、こういった事が増えた。別に彼女と触れ合っていたいから、などという理由ではない。
単純に……本格化が終わりを迎えようとしているアルダンの身体では、全盛期に得意とした中距離のレースも長い。それだけの話だった。
「一応聞いておくけど身体の方は」
「ええ、そちらは問題ないかと。ただ……やはり、以前のようにはいかないものですね」
少し困ったような笑みを浮かべるその表情からは疲労が抜けきっていない。
本格化が終わり始めている身で、未だ全盛期のウマ娘たちについていこうとすれば身体に掛かる負担は以前よりも大きい。
全盛期の頃と比べレースへの出走数は当然絞り、トレーニングプランも大幅に見直した。それでもなお、抗えない程の衰えが訪れている。
「……戻ったら、少し今後の事について話し合おうか」
「……そうですね」
そして今日、確信した。
きっと、守るべき一線がここなのだと。 - 3◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:00:32
本格化が衰え始めたからといって、すぐに前線で走ることが出来なくなるわけではない。技術面で補う事も十分に可能だ。
ただ、技術で補おうにも限界はある。走り切る為の体力が足りない。全力で走り抜こうとすると脚に大きな負担が掛かる。
レースを終えた後、疲労を抜くのに時間が掛かる。身体面で強いられる不利が、もう小手先の技術だけではどうしようもない段階に来ていた。
トレーナーとして、その事を彼女に、アルダンに告げなければならない。レースを終えて数日が過ぎ、トレーナー室でミーティングを行う。
「改めて、アルダン。結果は残念だったけど、レースお疲れ様」
「いえ、全力を尽くした結果ですから」
「それで今後のレースなんだけど……」
そう。今日はここからが本題だ。しかしながら、いざ彼女に伝えようとすると言う事が躊躇われる。
本当に、俺が言ってしてしまってもいいのだろうか。
彼女が満足いくまで走り抜く手助けに徹するべきなのではないだろうか。彼女にこの言葉を伝えるタイミングは本当に“今”か?
俺が、彼女を壊したくないから。今日までに何度も考え抜いて出した結論だというのに、己の弱さから来るものだという疑念が拭えない。
「トレーナーさん。先に、私からよろしいでしょうか?」
「あ、ああ構わないよ」
いつまでも続く言葉を発する事の出来ない俺に代わって、アルダンが先に告げて来る。
「私は今日まで、このレースで引退してもいい。そう思いながら走ってきました」
(何を……迷っていたんだろうな、俺は)
……そうじゃないか。最初から俺たちはこのレースで最後になってもいい。次のレースがあるかは分からない。
だからこそ、全てのレースに全力で挑む。そうして、ここまで来たんじゃないか。
「私から伝えたいのは、それだけです」 - 4◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:00:48
決して、忘れていた訳じゃない。きっと、俺が見ていたかったんだ。彼女が走っている姿を、ずっと。
それが無理なことは分かっているからこそ。今一線に立たされていることを分かっている以上、彼女にそのことを告げるのに躊躇う必要なんてない。
「アルダン。単刀直入に言うよ。俺は、次のレースを引退レースにするべきだと思ってる」
「はい、トレーナーさんがそうおっしゃるのなら」
歴史に、生きた証を一筋残したい。担当契約する時に告げられた、彼女の願い。これまでの競争生活で、その目的は果たされたと言ってもいい。
俺自身もアルダンのトレーナーを務めてきて、思い残すことはない。
「……本当は、君の走っている姿をまだ見ていたくて。俺から告げようか迷ってた。ただ君の一線は守るって。そう宣言していたからね」
「私も、叶うのなら。もっともっと走っていたいと。そう思っています。けれどそれが許されない事は……私が一番よく知っていますから」
走っている姿をずっと見ていたい、まだ走っていたいという望みはあまりにも際限がない。
栓のない願いには、どこかで歯止めをかけなければ身を滅ぼすだけだろう。
「もしかしたら、次走はないのかと思っていました」
「流石にそれはさせないよ。勿論君自身の気持ちも考えてだけど、それ以上に君には応援してくれるたくさんのファンがいるからね」
アルダンの状態を考えれば先日のレースを引退レースにしても何もおかしい話ではない。
しかしながら俺たちに悔いは残っていなかったとしても、今まで応援してきてくれたファンには残ってしまうだろう。
それに俺自身が、走って欲しい。引退レースと定めたレースを、心ゆくままに。
「それで。次走はどこか決めているのですか?」
「いや、決めていないよ。君自身で、決めて欲しい。現役最後に走るレースを」
「では……実は、もしも引退レースを走るのなら、走りたいと思っていたレースがあります」 - 5◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:01:04
引退を表明したアルダンに、世間は激震……とまではいかなかった。正直に言ってしまえば、最近のアルダンの競走成績は芳しくなかったからだ。
恐らく彼女のファン達も心のどこかでそろそろなんじゃないか、と覚悟していた部分があったと思う。引退発表を受けたファンからの声の多くは『今までお疲れ様でした』という労いの言葉だった。
「ここで君を見送るのも最後になるのか……」
「寂しいですか?」
「まあトレーナーは基本的に担当ウマ娘の走りに惹かれている訳だからね」
あれから慌ただしい日々を過ごしてついに今日、引退レースである天皇賞秋の開催日を迎えた。地下バ道の途中までアルダンに付き添い歩く。
「君がレースに向かう時、昔は『行って参ります』だったの。覚えてる?」
「気づかれていたのですか?」
「ああ。それが『行ってきます』に変わったのが、初めて天皇賞秋を走って、そして勝利した日なのも」
あの日までのアルダンには、どこか危うさを感じていた。今を輝くのに精いっぱいで、未来の輝きを失ってしてしまうような、そんな危うさを。
「ええ。それまではもしかしたら、このレースが最後になるかもしれない。このレースで、この身が果ててもいい。そんな思いで臨んでいました。けれど今の私には、貴方との未来がありますから」
彼女とここでするやり取りが名残惜しいからだろうか。既に本バ場から入り込む日差しが近づいてきてしまった。
最後に、彼女に何を伝えよう。勝ってこい? いや、それが難しいことは衰えを目の前で感じてきた自分自身がよく知っている。
アルダンだって引退レースを勝利という花道で飾れる可能性が薄いのは重々承知だろう。だから、今、トレーナーとして掛けるべき言葉は。
「最後のレース、楽しんでおいで!」
他の誰でもない、自分自身の為に走って欲しい。
「はい! 行ってきます!」
現役最後のレースへと向かう、彼女の背中を押した。 - 6◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:01:15
~Ardan's View~
いつからだろう。走っている時、体が重いと感じ始めたのは。大空を飛ぶように、翔ける事が出来なくなったのは。
私が得意とした先行策。番手につけて運ぶ最後のレース。最終コーナーを回って、ここから抜け出しに掛からなくちゃいけない。
けれど、今はそれが精いっぱいで。とてもじゃないけど、前を走るウマ娘をかわすことは出来そうにもない。
最後の直線に入る頃には、スパートを掛け始めた背後から迫り来るウマ娘たちに次々と抜かされていく。
心臓は既に張り裂けそうで、残り2ハロンが果てしなく遠い。脚の動きはバラバラになってしまいそうで、かつて入ることの出来た領域には指先すら掛からない。それでも、走りを止めるわけにはいかない。
きっと、引退レースに勝利を刻むことは出来ない。それでも、たったひとり。私が見せるレースでの最後の輝きを、届けたい人がいたから。
(レースで勝利を求めないだなんて、トレーナーさんは怒るかしら……)
いえ。私を送り出す時に、楽しんでおいでと言ったのだから。きっと、貴方が望んでいるのは勝利ではなく、悔いのないように走ること。
(ああ、こんなにも単純な事だったのね……)
疲労で余計なことを考えられなくなったからか、ガラスのように思考が澄み渡る。
楽しんでおいで。トレーナーさんがそう言ってくれなかったら、気付けなかったかもしれない。
歴史に一筋、生きた証を残したい。その為に必死に駆けてきたけれど、それよりももっと単純な、私の願い。
刹那、かつて見る事の出来た眩い領域が垣間見えた。そして、その領域へと足を踏み入れるように、ゴール板を駆け抜けた。
「──っ! はぁ……っ! はぁ……っ!」
着順は分からない。既にゴールを過ぎ去った子が十人以上目に映ることから、下から数えた方が早い順位なのは間違いなさそう。
けれど不思議と私の胸中を満たしているのは、引退レースを全力で走り切ることが出来たという充足感だけだった。 - 7◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:01:29
(──っ。いつ以来かしら、この感覚……)
久しく感じていなかった、レース後、体から完全に力が抜けてしまいそうになる感覚。
確かメイクデビューを終えた後になった事があって。あの時トレーナーさんが支えてくれたけれど、今はターフの上。
支える人は誰もいないのだから、このまま倒れるしかないのでしょう。
まるで走馬灯のような思い出に浸りながら、身体を支える足から力が抜け、地面に倒れ──。
「アルダン!」
瞬間、倒れた私に場内がどよめく。けれど私の体を包む感触は芝のそれではなく、人の体温。ああ、この温もりは……。
「お疲れ様、アルダン」
「……すみません。自力で戻って、ただいまと言うはずだったのですが」
倒れるはずだった私は、コースまで迎えに来てくれたトレーナーさんに抱き止められていた。場内のどよめきは、次第に黄色いざわめきへと変わっていく。
「最後なんだ。俺が迎えに来たっていいだろう?」
「ふふっ。ええ、そうですね」
トレーナーさんに支えられながら、ターフを去る者として、観客席へ向けて今まで応援してくれた方々に一礼をする。
頭を上げる前に、大きな拍手の音と、労いの言葉が耳に届いた。思わず目頭が熱くなる。
「君の走りは、きっと、いつまでも彼らの記憶に残り続けるんだろうね……」
「……はいっ──!」 - 8◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:01:39
やがて拍手の音も落ち着いてきた。
私は、今日のレースの主役ではないのだから。ここから去らなければいけないのに、いまだ足が言うことを聞かない。足を動かそうとした弾みでよろめいてしまう。
「っと。大丈夫?」
「……まだ少し、支えていて貰えますか? どうやら、少しばかり全力を出し過ぎたみたいで……」
衰えを感じて以降見る事の出来なかったかの領域。レースを走る最後の日である今日、再び見る事が出来たけれど、今の私には己の限界を超える事は負荷が大き過ぎたようで。
「……アルダン、君からしたら不本意な歴史の刻み方になるかもしれないけど」
「トレーナーさん?」
「落ちないように、しっかり捕まっててね?」
トレーナーさんの言葉に思考が追いつく前に、私の身体が宙に浮いた。いや、正確にはトレーナーさんに抱きかかえられた。いわゆる、お姫様抱っこの格好で。
「これはっ、その。勝者ではないのに、些か目立ち過ぎるのではないでしょうか……」
「よろしくはないだろうけど。こうでもしないと動けそうにないのも事実だからね。そこは意図を汲んでくれるように祈ろう」
トレーナーさんの思いがけない行動に、場内が再び色めき立った。そのまま抱きかかえられながらターフをトレーナーさんと共に去る。
こうして、私の最後のレースは幕を閉じた。 - 9◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:01:50
~Trainer's View~
引退レースの後、あの時の俺とアルダンは少しだけ語り草になった。
記憶に残る引退レースと言えば得てして勝利で飾るものだろうが、そうではなく。
『最後のレースはあんな風に迎えてもらいたい』と。どうにも抱きかかえられてターフを去ったのがドラマのように映ったらしい。
アルダンからしてみれば不本意な歴史の刻み方だろうが。引退後の報道関係者によるインタビューで事の真相を話す事が出来たのは幸いだった。
別に目立ちたくてやったわけではないのだから。
そして。そんな引退レースからも数か月の時が過ぎ、アルダンがトレセン学園を卒業した翌日である今日。
「──少しお付き合い願えないでしょうか?」
夕刻が迫り来る時間帯に。いつの日かと同じように、突然俺の部屋に訪れたかと思うと、真っ直ぐにこちらを見つめながらそう言い放った。
「いいけど、どこに……って言うのは野暮かな? 支度をするから待っててくれる?」
「はい。車を外に用意してありますので。お待ちしております」
あまり待たせるのも悪いだろう。なるべく急いで出掛ける準備をする。
「……もしかしたら、今日かもしれないな」
アルダンが学園を卒業すればいつか渡す日が来るだろうと。
引き出しにしまっておいたものを羽織ったジャケットに忍ばせて、アルダンと共に車へと乗り込んだ。
「なるほど。なんとなく察しは付いていたけど、やっぱりここだったんだ」
連れて来られた場所は、メジロ家の保養所近くにある高台だった。
メイクデビューの後、俺の覚悟を示した場所。URAファイナルズの後、共に永遠を刻むと約束した場所。 - 10◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:02:01
「ええ。思えば、何かの節目には必ずここに訪れていたものですから。……ここの景色は、いつ見ても変わらずに綺麗で、心が落ち着きます」
「今日は、また絵を?」
「それも良かったかもしれませんね。けれど、いいえ。今日は違います。ただ、トレセン学園を卒業して。新たな生活を迎える前に、貴方と話をしておきたくて」
高台から街並みを見下ろすアルダンの横顔に、幾ばくかの寂寥が滲む。
「私の本格化という魔法は……既に解けてしまいましたから」
端的に。既に現役のウマ娘としての輝きは失われたと、そう告げられた気がした。
「けれど……ええ。引退レースを走って、ようやく気づくことが出来ました」
しかしながら、その瞳には悔恨の色は感じられない。あるのは、全てやり切ったという澄んだ輝きだった。
「歴史に、私の生きた証を一筋残したい。その想いは嘘偽りなく確かなものです。けれど、それよりももっと」
ひとつ呼吸を置いて、最後のレースを通じて感じた事を大切に確かめるように、言葉が紡がれる。
「この脚で、ターフを全力で駆け抜ける事そのものが、私の望みだったと」
それは、全てのウマ娘に本能的に刻まれている、空の下を駆けたいという欲求。
「幼少の頃から身体が弱く、走ることすらままならないものでしたから。いつの日か、全力でターフを駆けてみたい」
アルダンを突き動かしていたのは、そんな、透き通った願い。 - 11◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:02:11
「いつの間にかただ駆けるだけではなく、勝利まで欲するようになり、随分と欲張りになってしまっていたようですね」
「いや、勝負事の世界だ。勝利を求めるのは当然の事じゃないかな」
「はい、間違っていた事だとは思っていません。ライバルの皆さんと切磋琢磨して勝利を目指した事も、確かに私の願いだったと思います。けれど、こんなにも簡単な事に引退するまで気づくことが出来なかったのが、どこかおかしくて」
くすくすと笑いながら、大切な思い出を愛おしげに撫でるように目を細める。
「チヨノオーさんやヤエノさん達と共に駆けた時間は本当に……貴方がくれた、魔法のようなひと時でした」
彼女の覚悟を目の前にした時から、その輝きを守りたいと。力の限りを尽くしてきたとは思っている。
それを彼女自身に認められたような気がして、トレーナー冥利に尽きる。
「本当に……楽しかった」
「それが、今日伝えたかったこと?」
「はい。どうしても、伝えておきたくて」
卒業式を終えて。一つの節目を迎えて思うところがあったのだろう。
そしてそんな節目だからこそ、俺からも伝えたい事がある。いや、今、伝える決心が着いた。
「アルダン、俺からも伝えたい事がある」
「はい、なんでしょう?」
これから自身が伝えようとしている事に鼓動が激しくなるのを感じつつも、平静を装いながら言葉を紡ぐ。
「例え君の本格化という魔法が解けたとしても……消えないものだってあるだろう?」
「と、言いますと?」
アルダンは先程、時が来れば失われてしまう本格化を、刻限の存在する魔法と称した。ならば俺もそれに倣おう。 - 12◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:02:24
「君の本格化が終わりを迎えてしまったとしても、君の残した、ガラスの脚で走り抜けた光跡は、ずっと輝いているはずだよ。かの灰かぶりのお姫様が残した、ガラスの靴のようにね」
「そう、ですね。確かに私はその為に走り抜けて来ました」
そう。あの物語では魔法が解けたとしても、唯一ガラスの靴だけは消えずに残っていた。
だからこそ、本格化が終わりを迎えたとしても、彼女が残した輝きだけは消えることはない。
「それに。あのおとぎ話は魔法が溶けて終わりではないだろう?」
「確かにそうですが、それが?」
そして、魔法が解けた後も物語には続きがある。魔法が解ける間際、お姫様は舞踏会から抜け出す。魔法が解けた姿を見せまいと。
「一目惚れした王子様がガラスの靴の持ち主を探して周り、見事その靴がぴったりハマる持ち主を見つけてハッピーエンドだ。……もっとも、俺には探す手間は必要ないけどね」
あの物語では持ち主がどこに行ったのか見失ってしまったが、俺は君の中に輝きを見出してからは、一度足りとて見失ったりしていない。
「……本当は、もっと君と同じ時を重ねてから渡すべきなんだろうけどね」
渡すのなら"今" しかないと。"今"が、その瞬間なのだと。君が刻む俺の未来と、俺の刻む君の永遠を繋ぐためにも、形ある証として。
担当トレーナーと担当ウマ娘という関係が終わった、“今”だからこそ。新たなふたりの関係を、君と共に描くために。
「覚えてる? URAファイナルズを終えた後に、君が俺にとっての永遠の輝きだ、って言った事」
「ええ、勿論。忘れられるはずがありません。今この時も、貴方の紡いだ声音、表情。全て鮮明に思い出せます」
「君はもしかしたら……トゥインクルシリーズで結果を残したから、と思ったかもしれない。けど違うんだ。出会ったその時から、君は俺にとっての永遠の輝きだった」
自らの運命を呪わず、必死に抗う、気高き精神。
一度でも割れてしまえば二度と元には戻らないような、絶対に失いたくなかった、ガラスのように儚い永遠の輝き。 - 13◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:02:35
「あの時君の落としたタブレットは、俺にとっては文字通りガラスの靴だったんだよ」
流石に何を言おうとしているのか気付いたのだろう。こちらを向いたアルダンに微笑みかける。
「ウマ娘としてレースを駆けるにはあまりにも脆い身体で。そんな事すら厭わず輝かんとする君の覚悟に触れたその瞬間から、君のことが好きだ」
こんなにも飾り気なく真っ直ぐに、己の想いを伝えたのは初めてかもしれない。互いにどう想っているか、通じ合っていたのに。
「君の輝きが、俺のトレーナーとしての道筋を照らしてくれた。君の言葉が、俺の世界を彩ってくれた」
だからこそこの場所でもう一度、覚悟と、想いを君に示したい。
「叶うなら、この先の未来も。君と共に描いていきたい」
街並みを見下ろす、隣にいるアルダンへと向かって跪き。
緊張で震えそうな手で、ジャケットに忍ばせておいた小箱を取り出し、彼女の前で開く。
「だから……どうかこれを、受け取っては貰えないだろうか?」
ブルーダイヤモンドのあしらわれた、婚約指輪。その存在を認めた瞬間、どんな宝石よりも美しい雫がアルダンの頬を伝う。
「返事を、聞かせてほしいな?」
「──っ、はいっ。喜んでっ……、お受けいたしますっ」
涙で言葉をつまらせながらも返事をしてくれた彼女の左手をそっと取り、その薬指に指輪を通す。ばあやさんに教えてもらったサイズの指輪は、彼女の薬指にぴたりと嵌った。
やがて涙も落ち着いた頃、指輪の嵌められた指にアルダンが愛おしげに触れる。
「本当は、不安だったのです。いつの日か、この脚が砕けてしまう日が来るのではないかと」 - 14◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:02:46
気付いていた。いくら覚悟を決めていたって、彼女はまだ学生で。他のウマ娘よりも走ることが出来なくなるリスクを圧倒的に抱えていた。
いつ割れるかも分からない薄氷の上を、共に全力で駆け抜けてきたからこそ分かる。
もしも、砕けてしまえば。もしも、レースで走る事ばかりか、歩く事すらままならない程に壊れてしまえば。
周囲の人間すら心配するような事を、本人が理解していないわけがない。誰よりもその事が怖くて。そんな不安を抱いてもなお輝きたい。
だからこそ俺は、こんなにも惹かれて。その輝きを守り抜きたいと思ったのだから。
「貴方がそばにいたから、私は前に進むことが出来たのです。貴方という止まり木があったから、どこまでも高く羽ばたく事が出来た」
今だからこそ思う。確かに、俺とアルダンを繋いでくれた本格化という刻限は、魔法だったのかもしれない。
きっとウマ娘に本格化というものがなければ、君と出会う事が出来なかったから。
「ガラスの脚が、幸せを運んでくれました」
そして春風のように、ふわりと微笑みながら告げられる。
「私も、貴方のことをお慕いしております」
君と重ねる未来は、きっとどんなガラス細工よりも、色とりどりの輝きを放っているのだろう。
「これよりの道行きも、どうか共に歩んでください」
だって君の言葉で、俺の世界はこんなにも色づくのだから。
「この先何があったとしても、君のそばにいるよ」
きっとここから、また始まるのだろう。
ひとりでは描けない線を、慈しみながら、共に。 - 15◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:03:00
みたいな話が読みたいので誰か書いてください。
- 16二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 00:03:44
ふつくしい...
- 17二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 00:05:41
後に続くには荷が重すぎません!?
- 18二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 00:06:34
- 19二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 00:12:04
仕入れ業者の人じゃん
いつもありがとうございます - 20二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 00:30:19
アルダンとアルトレのプロポーズとして理想的な話が来たな…
- 21◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:43:04
アルダン実装から一年が経ったので書きました。
ここ最近トレウマでのプロポーズスレが立ってたりして内容が被らないか内心びくびくしていたというのはどうでもいい情報ですかね。
書く上で意識したのはアルダンの育成目標がURAファイナルズを除くと1着にならなくちゃいけないのが最後の天皇賞秋だけという事。
他のレースは負けても話が進行するのと、アルダン自身があくまで勝つのはレースで輝く為の手段であって、それ自体が目的にはなっていないっぽいという事もあって今回の話に。
育成を読み直した感じ、勝てなくても全力を出し切ることが出来たかどうかの方がトレーナー共々大事っぽいので。実際負けても「まだまだ強くなれる!」みたいな事思ってますしね。
それと史実馬の引退レースはJCだったみたいですけど、ウマ娘のアルダンはダービーとかJCよりかは秋天の方が思い入れあるっぽくない?という理由で秋天にしてます。着順とレース運びは参考にしました。
それにプラスしてアルダンでよく言われる覚悟ガンギマリという解釈の方向性。
個人的にはニュアンス的に壊れてでも輝きたい、じゃなくて壊れるのは嫌だけどそれでも輝きたい、くらいのイメージです。
この身が砕けてでも輝きたいと思いはすれど、デビュー戦の後に夢を見るほどに壊れる事を恐れている節がありますし。
ガラスの割れる音が嫌いなど、自身の足が壊れる事に関して周りが心配している以上に忌避感を持っていそうですからね。
ブライトシナリオでもおばあ様から覚悟を磨きなさい、と言われている通り、言葉では覚悟を決めているつもりでも実際にはどこか躊躇いがあると思っています。
私はどうしてもアルダンからはその辺りの脆さが感じ取れてしまうので、こういう方向性の話になりました。
プロポーズのシチュエーションは取り合えずあの高台は間違いないだろうなというのは思ったんですけど。
何かしらの節目なのは間違いなさそうだけど引退してすぐはアウト?と色々悩みました。
結果的には「いやでもあの世界現役のウマ娘とトレーナーがお付き合いしてる事は不思議でもないみたいな世界だし……」という事で卒業後すぐ、という事に。
というかアルトレEDで実質プロポーズしてるんだし婚約指輪を渡すのなんかそれこそ形として示すだけの作業でしょ、という事で。
指輪のサイズは書いた通り知ってそうなばあやさんあたりに聞くと思う。 - 22◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:48:36
それとバレた後に後出しじゃんけんになるのは嫌なので先に言っておくとこれを書いている際に聴きまくっていた曲の影響が結構出ています。
多分バレないんじゃないかなぁ……とは思いつつも、念の為。
タイトルはアルダン自身を象徴する単語のガラスを使いたかったのと。
多分これに魔法って単語を入れるとシンデレラを連想する人結構いるよね?という事でこのタイトルに。
ガラスの靴は魔法で出来たものじゃなくて与えられたものだから魔法は解けても消えない、という部分をアルダンのガラスの脚と絡められたのは割と気に入ってますね。
完全に偶然の産物ですけど。
ここまで読んでいただきありがとうございました。 - 23二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 00:49:52
もしかして:24時間シンデレラ
- 24◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 00:59:21
- 25二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 01:44:48
ブラボー、オー、ブラボー...!
- 26二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 02:26:38
えぇやん!
- 27二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 12:49:57
あげ
- 28二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 13:07:00
お洒落な言い回し好き
- 29二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 16:49:00
1がすごいスレは伸びないというけどこれもそうなりそう
せめてハートだけでも送らせていただきたく思いました - 30二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 20:29:54
ブルーダイヤモンド
石言葉:幸運 永遠の愛 不屈の意志
この二人の互いへの関係性を現したものはこれ以上存在しないんじゃないかってくらいの宝石をあしらった婚約指輪ですね? - 31二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 20:45:50
すばらしかったです
ありがとう - 32◆y6O8WzjYAE23/02/08(水) 22:31:27
- 33二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 22:33:18
あんただったか。いい仕事してますねぇ
- 34二次元好きの匿名さん23/02/09(木) 01:30:24
お姫様抱っこで退場したアルダンに
「ゴール板を通るまでもなくとっくの昔にゴールインしてた」
ってからかわれるSS下さい - 35二次元好きの匿名さん23/02/09(木) 01:31:11
間違えた
✕アルダンに
○アルダンが