【SS】わたしを憶えていて、私を信じていて

  • 1◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:10:33

    「みなさん、おはようございます!」
    「おはようございます。アストンマーチャンです」

     トレセン学園の校門前。勉学やトレーニングへのだるさやまだ眠りを欲する睡魔が各々の生徒たちに取り付く中、けたたましさと静けさが同居する声が彼女らに降り注いでいた。
     他にも該当者はいるのに学級委員長としてまず名が上がるサクラバクシンオーと、その役職に就いていないのに同様に振舞っているアストンマーチャンが発生源だった。

    「委員長、おはよう~……」
    「マーチャン、また手伝ってるんだ~……」

     二人に対して生徒たちは挨拶を返しながら学び舎に入っていく。二人がこの場に立っていることに疑問を持つ者はいない。挨拶運動が行われていなくとも、委員長の立場ではなくとも。
     彼女達が揃って行動していることは珍しいことではなかった。片付けや探し物、学園内の至るところに出没して活動しているのを日常として見ていれば、挨拶もそれに溶け込んでいた。
     大音声をあげたり所構わず写り込んだりといった悪癖がないわけではなかったが、それも最近は生徒会やクラスメイトが注意する必要がない程度には落ち着いていた。それ以外で度々やらかすことはあるが。

    「さて、私たちも教室へ向かわねば!」
    「はぁい……む、あれは」

  • 2◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:11:34

     バクシンオーの呼び掛けに応じたかと思いきや、マーチャンはあらぬ方向へと駆け出した。置いて行かれた方が何事かと追いかければ、

    「おはようございます、ヨハネス・シュバルツさん。おや、クロエ・ハーバードさんも。遊びに来ましたか? それとも、学園にお引越しですか?」

     カラス達にのんびりとご挨拶なウマ娘が。

    「マーチャンさん! そろそろHRが始まりますよ!」
    「バクシンオーさん、ヨハネスさんですよ。キラキラが気になるお年頃だった」

     片方は初めて二人がタッグを組んで委員長活動をしていた時に出会ったカラスのようだった。戸惑うことなく、バクシンオーはカラスに対して声を掛ける。

    「これはこれは! マーチャンさんの言いつけ通りもう耳飾りを突っついていませんね? 実に模範的です!」
    「そしてこちらがクロエさん。赤ちゃんがいて、商店街に住んでいるのですが……」

     続けてマーチャンがもう一方のカラスも紹介しようとしていると、予鈴が鳴り響く音が彼女達の耳に届いた。

    「ややっ! HR、授業に遅れては学級委員長の名折れ! マーチャンさん、行きますよ! お二人もまた今度~!」
    「まったねぇ~~………………」

     バクシンオーに手を引かれて声をフェードアウトさせながら、マーチャンはカラス達に手を振った。カア、と二羽は一鳴きして二人を見送った。

  • 3◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:12:38

     あの後、持ち前の脚の速さを生かして教室に滑り込んだサクラバクシンオーとアストンマーチャン。しかしながら、スタミナの限りに走り抜けた結果生徒会の耳に入ってしまい、エアグルーヴに説教をされる二人であった。

    「いやあ、相変わらず副会長のお声は痺れますね! はっはっはっ!」
    「うぅ、マーちゃんの足がぱんぱんなのです。しびしびです」

     彼女に苦言を呈されてやっと解放された放課後。またもや二人は並び立っていた。挨拶をするためでも説教を聞くためでもない。合同トレーニングのためだった。

     学年の差こそあれど身体、脚質共にスプリンターとして近しいものがある二人は、レースでは鎬を削るライバル。しかし、彼女達が日常的に行動を共にしていることは周知の事実なので、二人のトレーナー達も当然に距離が近くなる。二人のやらかしの後始末という意味で。トレーナー達もやらかすことがあるのだが。

     チームを組んでということはないが、併走がお互いにタイムなどで良い影響を与え合っているので、時々一緒にトレーニングを行っているのだ。
     今日の内容は学園外の走り込みだった。二人のトレーナー達が業務で目を向けられないという理由からだったが、多忙なトレーナー業であれば珍しいことではなかった。

    「ではマーチャンさん、行きましょうか! バクシン、バクシーーーンッ!」
    「がってんマーちゃん。マーシン、マーシン~」

     独特な掛け声と共に二人は駆け出して行った。普通であれば何事もなく終えるトレーニング。ただ、自らに従い過ぎるウマ娘の二人が揃ってしまえば、それだけで終わる筈がない。
     今日のコースはマーチャンの先導で決められていた。お互いに順番に、というわけではなく、その日になんとなくで決まる不規則なコース。その無秩序さが放課後のトレーニングの動向を決めた。

  • 4◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:13:35

    「こんにちは、アリ村さん。今日は皆さんと一緒にいますね。アリ田さん、アリ園さん、アリ木さん。その節はお世話になりました」

     市街の植え込みに向かったかと思えば、

    「服部忍び丸~。なんと、そんな高いところへ。落ちませんか? 大丈夫ですね」

     アーケード街の看板を見上げ、

    「……ホワホワさん、お久しぶりです。マーちゃんは元気です。今日は頼れる先輩も一緒ですよ」

     誰もいない静かな高架下で時を過ごした。
     そうしていると日も陰り始めてきたので、二人は学園へ戻ろうとした。するとそこへ、急に夕立が降ってきた。最後のトレーニングと神社前にいたのが幸いと、一挙に階段を駆け上って雨宿りをさせてもらうことにした。

     突然の雨でジャージは濡れに濡れそぼっていた。上着を脱いで絞れば水滴がしたたり落ち、下の体操着も張り付いている。ハンカチ程度では到底拭き足りない。
     バクシンオーは外した髪留めを拭きながら嘆息する。結い上げている髪も今は下ろし、端がぽたり、ぽたりと染みを作っている。

    「先程トレーナーさんには連絡しましたが、ちょっと時間がかかってしまいますね……むむむ」
    「バクシンオーさん……ごめんなさい」

     こちらもまた王冠を、サイドアップを下ろしたマーチャンは申し訳なさそうに謝る。伏せた顔をぱさりと下ろした髪が覆い、表情は見えない。バクシンオーは驚いて問いかける。

  • 5◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:14:33

    「何故です? レースでは雨が降ろうと雪が降ろうと走るのですから、トレーニングであっても同じことです」
    「でも、今日はいつもよりマーちゃんの行きたいところに行ってばかりで……トレーニングになりませんでした」

     確かに、立ち止まって休憩する時間が多かったように思えた。しかし、学級委員長は否定する。

    「何をおっしゃいますか。学園の外でこんな長距離を走り込んだのは初めてです。とても良いトレーニングになりました!」

     はっはっはっ、といつも通り快活に笑う。項垂れていたマスコットウマ娘は、小さくありがとうなのです、と零す。
     雨の勢いは少し弱まっていたものの、しとしとと境内を浸している。そんな様を二人は暫し眺めていたが、その静寂を破ってマーチャンは疑問を口にした。

    「バクシンオーさんは」
    「はい!」
    「……バクシンオーさんは、変に思わないんですか?」

     言葉の意味が分からなかったのか、バクシンオーは首を傾げる。

    「変、とはどういうことでしょうか?」
    「わたしは、ヘンテコなウマ娘です。ウオッカに、スカーレットに、みんなに思われています。それはおかしいことではなくて、マーちゃんがちょっと、変なのです」

    「誰も、愛されるマスコットを目指すなんて言いません。誰も、他の生き物と話そうとしません。忘れられることが、怖いなんて口にしません」
    「バクシンオーさんは、嫌じゃありませんか? 一緒にいたくないって、思いませんか?」

  • 6◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:15:37

     マーチャンは少し震えながら彼女に問うた。それは降りしきる雨によるものか、それとも別によるものか。バクシンオーは少し考えこむと、彼女に向き直った。

    「私は、思いません」

     王様でなくなったウマ娘はびくりと身を震わせた。どうして、と音もない声が唇から出ていく。それを理解しているのかいないのか、まっしぐらにそのウマ娘は乗り越えてきた。

    「マーチャンさん。今まで何度も委員長活動をしてきましたね。とても助かりました。弟子を育てた気分にもなりました。そして、嬉しく、楽しい時間で。貴女はどうでしたか?」

     問い返されたマーチャンはうまく言葉にすることが出来ず、ただ頷くばかりだった。それをバクシンオーは微笑んで頷き返す。

    「正直に言いますと、私はマーチャンさんのようには生きてきませんでした。マスコットになろうと考えたことはありませんでしたし、動物との会話もしてきませんでした」

     やはりそうなのだとマーチャンは思った。自分は他と違う。しかし、バクシンオーの声に、目に彼女は捉われたままだった。生きてきた年月がほんの少し長い先輩の姿に。

    「ですが、私が学級委員長であることを大切に考えているのと同じではないかと思いました。模範であることは私の誇りです。それは自分だけではなく、誰かがいて初めてそう在れるのです」
    「次に、動物と話すことは私にとって新鮮でした。私は見ました。あのカラスが貴女の言うことに従っている姿を。失敗することなく……そう、考えもしなかった可能性を」

  • 7◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:17:21

     バクシンオーは少し言葉を切った。再び口を開いた時には、いつもの学級委員長ではなくどこか大人びた少女がそこにいた。

    「私は、学園に入る前全距離を制覇するつもりでいました。得意とする短距離をバカにしているのではなく、学級委員長として模範であるにはそれが必要なのだと。変でしょう?」

     何といえば分からないマーチャンを置いてバクシンオーは語り続ける。半ば独り言に近かった。

    「そんな私に、私のトレーナーさんはついてくださりました。トレーナーさんが勧めるレースは短距離がほとんどで、途中でどうなんだろう? と思うこともありました。私の目標を無視しているのではないかと」
    「ただ、3年目。自分でも諦めかけていたんです。やっぱり無理なのではないかと。委員長として模範で在れないと。そんな時に、トレーナーさんはマイルレースを示してくれました」
    「ずっと信じてくれていたんです。私すら諦めていた私を、あの人は最初から信じてくれていて。短距離しか走れないスプリンターに、可能性を見出してくれました」

     バクシンオーは恥ずかしそうに頬を染める。彼女の名が示す通りの、ほんのり薄い桜色。

    「トレーナーさんには迷惑をかけてばかりでした。絶対に意思を曲げない私を言葉遊びまでして宥めて。信じてくれる人を信じることも大切なのだと、ようやく分かりました」
    「……って、すみません、私の話ばかりして。私はマーチャンさんと違って失敗も多くしてきたのです。学級委員長として恥ずかしい……」
    「そ、そんなことはないのです!」

     食い気味に否定する相手にバクシンオーは目を瞬かせた。

  • 8◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:18:24

    「わたしも、マーちゃんもいっぱい失敗してきました。迷惑だってかけました。でも、わたしのトレーナーさんはマーちゃんをずっと見てくれて、忘れないって、憶えているって言ってくれて……」
    「だから、バクシンオーさんは恥ずかしくなんてないのです。すごい学級委員長さんなのです!」

     さあさあと落ちゆく雫達がマーチャンの大声を包み込む。当の本人は、あう、と顔を赤らめていた。その相手はありがとうございます、と静かに返す。

    「それで、話を戻すとですね。私はトレーナーさんがしてくれたように、可能性というものを信じてみたいのです。私は私だと。貴女は貴女だと。だから、マーチャンさんを信じて行動してみました」

     朝のカラスの会話といい、バクシンオーはマーチャンと共に動物に話しかけていた。相手の反応がなくてもめげない。物言わぬ墓が相手でも静かに手を合わせた。

    「きっとマーチャンさんは優しいのでしょう。そこに、思い出がたくさん入っているのでは?」

     そう言ってバクシンオーはマーチャンの手元を指し示した。冷たい機械の塊は、中身は温かなもので詰まっていた。

    「はい。わたしの、トレーナーさんの、みんなの声が。姿が。いっぱいなのです」
    「それがマーチャンさんの忘れられたくない、という願いなのでしょう。最後に、このこと自体は、私はやはり考えたことがありません。ですが、誰も信じてくれないということは辛いです」

     ふっ、とバクシンオーは息を吐く。そして改めて隣の話し相手に向き直る。

    「私は、サクラバクシンオーとしてこれからも生き続けるでしょう。マーチャンさんも、アストンマーチャンとして。同じ生き方ではないですが、似ているところはあると思います」
    「誰かがいて初めて自分の生き方が出来て、誰かの可能性を信じることが出来て、誰かとの思い出を大切にすることが出来て。でしょう?」

     マーチャンは再び頷いた。先程とは違ってどんな言葉よりもそれだけで伝わると言わんばかりに。

  • 9◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:19:23

    「でも……そうですね。お互いに、トレーナーさんが一番大切な誰かさんなのでしょうね。わがままかもしれませんが、レースと同じで止められませんね」
    「はい。わたしを憶えていてほしい、誰かさんなのです」
    「私を信じていてほしい、誰かさんですね」

     恥ずかしげに、それでも嬉しそうに二人は微笑み合う。
     やがて、雨が止んでいることに二人は気付いた。同時に、彼女達をそれぞれ呼ぶ声にも。

    『トレーナーさん!』

     彼女達は目を見合わせる。そして軒下から二人のトレーナーの下へ駆け出す。
     トレーナーはこれからも彼女達を迎えに来てくれるだろう。今日と同じように、自分を見つけてくれる。憶えていてくれる。信じていてくれる。

     だからこそ、ウマ娘は走り続ける。二人の脚は止まらない。止められない。生きている限り。
     憶えていて。信じていて。桜色と紅色の軌跡は、続いていく。

  • 10◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:20:21

    以上です。イベントでの会話から思いついて書いてみました。

  • 11二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 21:31:35

    イベントの続きの話を上手く仕上げていて面白かったです
    以前のマーチャンとゼファーのSSもそうでしたけど台詞のエミュがお上手で違和感なく読み進められてすごいと思います
    次も期待してます良いもの見せてくれてありがとうございます

  • 12◆zrJQn9eU.SDR23/02/10(金) 21:43:04

    >>11

    ありがとうございます。前回も見てくださったとは、とても嬉しいです。

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 08:01:38

    このレスは削除されています

  • 14二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 19:31:55

    保守

オススメ

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