契りの2月14日

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:11:51

     今日はバレンタインデー。基を辿ると、古代ローマの司教であった同名の聖人…正しくは聖ヴァレンティヌスの処刑された日がローマの女神、ユノーの祝日であり、更に翌日の15日にくじを引いた男女がペアになって一緒に過ごすルペルカーナ祭という風習がドッキングした結果、今日のバレンタインデーに繋がっていったそうだ。

     トレセン学園内では、この時期になるとお菓子作りに力を入れるウマ娘も増える。中には、お菓子作りが得意なウマ娘に師事し、友人や年長者に日頃の感謝の思いをお菓子に込めて渡す者、想いを寄せる人に覚悟の印としてその丈をぶつける者など、様々だ。

     廊下を歩けば、お菓子を渡し合うウマ娘や、担当トレーナーを呼び止めてチョコを渡す者など、それぞれが思い思いのバレンタインを満喫をしているようで微笑ましく思う。実際、廊下内はほんのりと甘い香りに包まれ、優しくも甘美な空間が広がっていると、自分もつい思ってしまう。

    「そういえば…今年はスイープ、作ってきてくれるのかなあ」

     誰ともなく、ポツリと呟く。去年は、貰えはしたのだが、元々俺じゃない誰かにあげようとしていたチョコを諸事情があって渡せなかったからという事で処理を任されただけで、ただ貰えない以上に悲しい結果になってしまったのだ。

     その上、去年の時点で元々あげようとしていた人には作ってやるとは言っていたが、俺に関しては保証どころか言及すらされていないので今年も貰えないかもしれないんだよなあと少しだけ不安になる。…教え子に貰えないかもってだけで何でこんなに不安になるのかは自分にもわからないが…。

     というわけで、今年もスイープが作ってきてくれた時用に一応、市販だが返礼のチョコも用意したが…。

    「言われるなり万が一渡された時でも出せばいいか」

     自分の中で自己完結させた。正直、向こうが渡す気がなかったのに貰っても迷惑だろうし、何よりも気を遣うだろう。スイープは、とっても優しい女の子だから、表面で憮然とした態度をとっても、内心で気にしてしまうかもしれない。だから、向こうのアクション次第で変えるのが良いだろう。

     用事を済ませ、この空気とは無縁そうな自分はとっとと退散しようと、そそくさとトレーナー室に戻った。当然だが、その間に俺にお菓子を渡してくる子は居なかった。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:12:19

     トレーナー室に戻って作業を続け、ふとディスプレイの時間を確認するともう15時を回っていた。もうそんな時間かと全身を伸ばし、そろそろスイープが来る頃だなと思っていると…噂をすれば影とやら、トレーナー室の扉が勢いよく開かれた。

    「ふふん、今日も良い子で待ってたかしら?」
    「俺はきっと毎日良い子で待っていると思うよ、お疲れスイープ」

     去年はフジキセキが先に入ってきたが、今年はスイープのようだ。席を立って、迎えようとすると勢い良くこちらに向き合ってくる。

    「ど、どうした?何か良い事でもあった?」
    「使い魔!今からお出かけ行くわよ!」

     唐突なスイープの提案に目を白黒する。別に出かけるの自体は全然いいのだが、明日も学校があるのに今行くのかと少し意外だったのがある。しかして、これはスイープが望んだ事で、やりたい事があると見える。なら、俺がすべき事は───。

    「わかった、行こうか!」
    「…!うんうん、それじゃ、カバン持ってお出かけするから使い魔が運びなさい!」
    「通学カバンでいいの?」
    「いーの!じゃあ、アタシ寮に戻って着替えてくるから、アタシが門の前に来るまで待機してること!いーい?」

     お出かけの同行を許可すると、たちまち嬉しそうになるスイープを見て恐らくなにか企んでるなあと察するが、今日くらいは少しはっちゃけさせるのも良いだろうと、彼女の思惑にハマってしまおうと了承する。

     言うやいなや、ドタドタと、廊下を駆けていく音を聞きながら、身支度を整えてトレーナ室を出る。果たして何が起きるのだろうと、振り回されるのがわかっていながらワクワクしている自分を自覚して、いよいよヤバいなと思い始めた。

     栗東寮前に着くと、スイープの姿はまだ見えない。こちらが先っぽいなと安堵していると───。

     カクン、と背後から膝裏を押されて膝から力が抜ける。何だろうと振り返ると…そこには私服に着替えてニヤニヤしているスイープが立っていた。見るからに上機嫌みたいだ。

    「あら、随分のんびりしてたじゃない。スイーピーよりも遅いなんてねえ…?」
    「逆に俺は早すぎてびっくりしてるよ…」
    「言い訳無用!ホラホラ、早くしないと暗くなっちゃうし行くわよー!」

     今日のスイープは、とにかくご機嫌だ。そんな彼女に手を引かれ、校門を出るのだった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:12:43

    「ここは…懐かしいな」
    「覚えてる?ここ、桜花賞前にアンタが連れてきたとこよ」

     スイープに連れられてやってきた場所は、シーズンであれば見事に花が咲き誇る公園だ。

     当時、スイープから提示された条件を元に連れて行けと命令されて、俺なりに考えた結果ここに赴き、そこでスイープの走りを初めて見た時に感じた“魔法のよう”という曖昧な表現が、“新しい何かが始まりそうでワクワクする”と確信持って言えるようになった場所だ。

     スイープもまた、この地で改めて自分がレースの魔法を使えているという確信を持てるようになり、もっと強化する為には人生一度きりの特別なレースに出て、磨く必要がある───、今の俺達の方向性を決定付けることになった、俺達の大事な思い出の地だ。

     公園内を散策していると、あるエリアに差し掛かった所でスイープが立ち止まる。そこは、1年草と呼ばれるオールシーズンの品種が集中的に植えられているようで、甘い花の香が鼻腔を刺激する。

    「…ね、使い魔」

     気付けば、スイープは立ち止まっていたらしい。振り返って、戻ろうとすると手で制されたので止まって次の挙動に注目すると、とても忙しなく尻尾を動かし、身体を少し傾けて…何というか、凄くしおらしい。こんなスイープを見るのは初めてかもしれない…!?

    「…これ。ハッピー…バレンタイン…っ」
    「───えっ?」

     スクールカバンからおずおずと取り出したのは去年見たものと同じくらい可愛いラッピングを施されたハート型の箱。顔を見るととても真っ赤で、目に至っては瞑ってしまっている。───ああ、何だ。貰えないなんて、とんだ杞憂だったんじゃないか。

    「その、もらっていいの?」
    「…ん」

     人差し指でつんと、小声で何かを唱えて箱に魔法を掛けるような仕草を見せてから手渡しされ、両者に流れる余りにも微妙な間。こっちとしてはこの後どう動くべきかわからないし、向こうとしてはこっちがアクションを見せないと動きようがない。

     傍から見たら、思春期の学生の告白みたいな状況になっている。このままでは埒が明かないと思い、一先ず中を見ると───何やら、メッセージカードが見えたので拾い上げてみる。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:13:09

    「ああああああ!!!やだやだやだー!!」
    「へぇっ!?何───ぐぇっ」

     それを拾い上げた途端、スイープが大声で体当りしてきた。幸い、足元が芝だからぶつけても大した事はないがツーンと、後頭部に痛みが走る。何事かと涙目になりつつも彼女を見上げると、顔を真赤にしたまま続ける。

    「そ、それは食べてから読みなさい!」
    「えぇ?何で…」
    「な・ん・で・も!ご主人さまの命令は絶対!わかった!?」

     事情を知りたいが、これを見てる限りは意地でも隠し通したい何かがあると見た。だがしかし、涙目、かつ頬を紅潮させて言われてしまったらもう従う他無い。

    「わ、わかったわかった。じゃあ後で読ませてもらうけど…これは今食べても良い?」
    「え、えぇ!いいわよ、食べなさい!むしろ今すぐここで食べてしまいなさい!」
    「いや、それは流石に勿体ないしゆっくり…」
    「何よ!すぐ食べないならアタシも食べちゃうわよ!いいの!?」
    「あ、それはいいな。せっかくだし二人で食べよう」
    「え、あ、あぅ…」

     確かに、せっかくスイープが丹精込めて作ってくれたものなら、一緒に味わいたいし感想の共有もしたい。そう提案してみると、また真っ赤になってしまったが、無言でコクリと頷いたので了承と見てよいだろう。

     その後、ベンチに移動して並んで腰掛けてクッキーを食した。スイープの帽子をかたどったチョコクッキーで、その出来は去ることながら、見た目も遊び心に溢れており、改めて彼女の器用さにも含めて舌を巻かれたのだった。

     日も沈んだので、お礼に用意した市販のチョコを手渡したが、正直それだけでは足りない気がしたのでちょっとだけお高いディナーをごちそうしてあげた。とても喜んでいたのでこっちとしても嬉しい限りだ。

     帰り道、早速効果が出てきたわねとニンマリと言ってたので何の事か聞いたが、何でもないとこれまた満足気に躱されてしまい、疑問符で頭を埋め尽くされながらスイープを寮に送るのだった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:13:45

     自室に戻ってすぐに風呂に入ったあと、そういえばと思い出してスイープから貰った箱を机の上に置く。そう、あの後、結局わちゃわちゃしてしまったせいでまだメッセージカードの中身を見れていなかったのだ。…どんな事が書いてあるのかこっちまで緊張してきた…。

    「これで普段の不平不満だったら泣くかもわからんけど…いざ!」

     覚悟を固め、カードを読み上げる。

     グランマ直伝の、魔法のチョコクッキーよ!昔グランパはこれを食べて、グランマから
     離れられなくなったんですって。つまり、これを食べた使い魔はますます
     アタシの言いなりになるってこと! 覚悟しなさい♪

    「…ははあ、そういう事だったか」

     カードをすべて読み上げ、顔に手を当てて納得する。スイープがなぜ、あの時急かすように早く食べさせたのか…。つまり、このチョコクッキーを食べたら俺はスイープの使い魔としてもっと染まってしまうということだろう。

     去年、ああいう事があったからそれを防ぐ為にいの一番にトレーナー室にやってきて、条件をつけて服従魔法?を強化して俺がスイープしか見れないようにしようとあの子なりに頑張ったのだろう。でも────。

    「もう、スイープに夢中なのにね」

     もっと日頃から伝えるべきだったんだろうかなんて思ったけど、振り回されっぱなしというのもなんだか癪なのでここだけは内緒にしてやろうと、小さな反抗心を燃やしながら一人で笑うのだったが────。

     ある事に、気付いてしまった。

    「…?いやちょっと待て」
    「元々はお祖母さんがお祖父さんに食べてもらって離れられなくしたっていうのがこのチョコ」
    「で、お祖父さんとお祖母さんは結婚した」
    「舞台変わって未来、スイープはお祖父さんがお祖母さんから離れられなくなったチョコを今度は俺に作って食べさせた」
    「…………」
    「…いやいやいや…まさかそんな…スイープだよ?」

     まあ、流石に杞憂だろうと、ふと感じた可能性を全力で否定するも、次の日以降から明らかに距離が近くなったスイープを見て、すべてを察するのだった。俺の明日は、果たしてどっちに向かうのだろうか…。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:17:37

    先週ごろにこんなのを書きまして、まあ一応話は繋がってますけどなくても読めるようにはなってると思います

    色々と楽しいバレンタインでしたね。サイゲさんありがとうございます。

    手紙の部分はPC作成のため、スマートフォン版では違和感のある改行で見にくいかと思われます。どうか許し亭

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:18:12
  • 8二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:19:22

    スイープのバレンタインは火力たかいわ
    こんなん恋してしまうで

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:21:27

    溶けそう🫠
    甘いのをありがとうございます!

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:24:16

    良かった
    これを楽しみに生きてた

  • 11二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:27:20

    1レス目の部分が間が悪い時とほぼ同じだけど、理由の部分が前回のギクシャクした感じを軽く説明してるからあ、繋がってるんだなと時間の流れみたいなのも実感しながら読めました👍

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:45:38

    甘いね!距離感が近くなったスイープを想像して死にました

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 20:48:54

    すき
    ストレートに甘いのは単純に効く

  • 14二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 21:13:54

    許し亭氏の新作助かる

    「ある事」に気づいてしまったときの使い魔、冷や汗ダラダラだったろうな……

  • 15二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 00:22:12

    バレンタインの一幕を見てるとデレデレなスイーピーもいいなってなりました。ありがとうございます!

  • 16二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 11:04:50

    あげ

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