- 1◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:36:48
- 2◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:37:40
2月14日。といえば、好きな人やお世話になった人々へ、感謝や愛情を込めてチョコレートを渡す日。そう、バレンタインデーです。それはわたしたちウマ娘にとっても、例外ではありません。クラスメイトの皆さんへのチョコ。そして大切な、トレーナーさんに送るための。
今日はその材料を買うために、三人でお買い物に行こうと約束をしていたのです。……約束をしていたのですが。どうしてマーちゃんたちは、同級生の赤点の小テストたちとにらめっこをしているのでしょう。
「んっ!!!! アンタさぁ~~!! こんな点数取って許されると思ったわけ!? まァじで!! 小学生だったらいいわよ? でもねぇ中等部になってやってたらねえ、ほんとにやばいわよ! もう取り返しつかないわよアンタの成績!」
「ウオッカ……流石にその点数は不味いのです。そんなに数学がきらいなのです?」
スカーレットは朝から怒り心頭で、賑やかなカフェテリアの喧騒にも負けていません。まるで節分の日の鬼さんみたいです。対照的にウオッカは頭を抱えたまま、顔をあげようとはしません。でも、現実逃避をしたところで問題が解決されるわけではないのです。ちゃんと向き合わなければ。
「う……うるせぇ! 大体何なんだよ証明って!」
「証明ですか? 例えば、三角形の合同を証明するとしましょう。"どうして合同だといえるのか?"を考えてあげればよいのです。つまりです。どの辺と、どの辺が等しくて、どの角と、どの角が等しくて、どんな合同条件を満たすのか? そういったことを、 すべて文章で書いて説明 することが求められていて……ウオッカ……?」
俯いていた顔がいきなりあがったと思えば、
「…………………だああああああ〜ダメダメダメ!(西田敏行)何か変、変だ、変だ! これ以上アタマに入らねぇよォ!!! ぐはぁ!(致命傷)………………いや~キツイっす(素)」
また机の上に突っ伏してしまいました。
そんな中、最初に口を開いたのはスカーレットでした。
「はぁ〜。マーチャン、悪いけれど今日は……このバカ完全にダウンしてるわ」 - 3◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:38:28
それは、今日のお買い物には行けないということを、暗に伝えていました。
「……残念です。今日しか空いていなかったのですが」
「えっ? 今日しか、って」
「実はまだ、何をあげようかと迷っていまして。考えていたら、今日まで何も準備できていないのです」
それで二人にアドバイスでも、と思っていたのですが。確かに、ウオッカのテストも心配です。
「でも、よいのです。トレーナーさんには申し訳ないですが、お店のを「いいわよ、マーチャン。このバカの面倒はアタシが見るから」
「…………え?」
思いがけない言葉に、驚いてしまい、
「大切なトレーナーさんの為だもの。アタシはもう用意してあるし、クラスメイトの分もなんとかする」
「ウオッカのことも、同じ部屋だしね。むしろ都合がいいわ」
「でも、それではスカーレットに……」
──迷惑が掛かってしまうのでは? そう言いかけたのを、止められてしまいました。
「それに、後悔したくないでしょ?」 - 4◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:39:14
「スカーレットには、感謝しないといけませんね」
結局、押されてカフェテリアをあとにしました。でも、いい友達が居て、マーちゃんは幸せだと思うのです。
「……せっかくなら、トレーナーさんとお買い物に行きたいですね」
前はキャラメル入りだったので、今回はトレーナーさんの好きなものを入れてみたいと思います。
いつか、マーちゃんの好きな食べものにも、なると思うので。
「そうと決まれば、早速お部屋に向かいましょう」
お仕事熱心なトレーナーさんは、トレーニングがお休みの日でも、お部屋にいると思います。なら、気分転換にお出かけに誘ったらきっと、喜んでくれると思うのです。
「ふふふっ、今日はどこに出かけましょうか」
やっぱり、大きくて、なんでも揃っているデパートでしょうか。それとも、小さなお菓子屋さんもいいですね。考えるだけでも、自然と笑みがこぼれます。
学園内をしばらく歩き、トレーナー室が近くなったその時。
「(む……あの声は)」
その声は、わたしが一番好きな声。いつもわたしを勇気づけてくれて、いつもわたしを安心させてくれて、
いつもわたしを幸せにさせてくれる。
この階段の先の踊り場に、トレーナーさんは居ます。手すりに手をかけ、駆けて上がろうとしたとき、
「────さんは、どんなのが好きですか? バレンタイン」
「えっ俺ですか?」
上がろうとした脚は、なまりのように重く、重くなってしまいました。 - 5◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:40:24
どんな話だったのか、どんな人と話していたのか、覚えていません。それとも、覚えているのに、
思い出したくないのでしょう。
わたしの心が、無意識に拒絶しているのかは分かりませんでした。唯一覚えていることは、
あなたの優しい声色が、
あなたのはにかんだ笑顔が、
わたしではなく、他のヒトに向けられていただろうということだけ。
「(聞きたくない……聞きたくないキキタクナイ…………逃げたい……逃げたいニゲタイ)」
何度も、何度も何度も何度もアタマの中で繰り返しても、それでも、踊り場へと続く、13段の階段から、足は動いてはくれません。
それは、
"わたしはあの人にとって、一介のウマ娘であって、大切な人ではない"
動かない足が、そういじわるをしているようにも思えました。
「じゃ、また何かありましたら」
こちらに向ってくる足音で、ようやく意識がもどりました。いまなら、足も動きます。
「────っ!!」
今のわたしはきっと、ひどい顔をしていると思います。誰にも見せられないような、マスコット失格の顔。でも、それを取り繕えるような気力は、もう残っていません。
逃げるように去る背から
「ん、あれ……? ……マーチャン?」
そんなような声が聞こえた気がしました。でも、振り返ることはしませんでした。
……いいえ、出来なかったのかもしれません。 - 6◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:41:13
結局、逃げて、逃げて逃げて逃げて、誰もいない校舎の影で、ひとり、ひとり寂しく、声を押し殺して泣きました。
「(……分かっていたはずです。トレーナーさんが好きなのはわたしの走っている姿であって、わたし自身ではない)」
わたしが、わたしだけが、ただ、ただ独り、気持ちだけが先走っていて。それは、過去のわたしそのものでした。ヒシアマさんが言っていた、相棒という言葉の意味を知らなかった、過去のわたし。レースでも、見送られる前に独り行ってしまった、過去のわたし。
独りですべて決めてしまっていた、過去のわたし。
これはきっと、その罰を今、背負っていると思うのです。蔑ろにしてはいけない、大切な人を蔑ろにしていた、わたしへの罰。
「あ……は、は………」
ヒトは不思議なもので、どうしようもないほど悲しいと、なぜか笑ってしまうようです。
「あした、どんな顔をしてあなたに会えばよいのですか」
その問いは、なにもない虚空へと流れていきました。
結局、眠る事もできないまま、翌朝を迎えてしまい、
「おはようマーチャ…えっ!? どうしたのその顔!?」
クラスメイトへの誤解を解くのに苦労して、
「……………」
「マーチャンさん? どうかしました?」
「……ふぇ?」
お勉強も身が入らなくて、
「……………」
「……ねえマーチャン、本当に大丈夫?」
「……え? ……はい、マーちゃんは……大丈夫です、よ?」
お昼も、喉を通りませんでした。
そして、放課後。今日は、トレーニングがある日です。頑張って、頑張って、せめてトレーナーさんの前だけは、普段通りに振る舞おう。そう思っていたのですが、
「うーん……? マーチャン、調子悪い? 今日はお休みにする?」
どうやら、隠しきれなかったみたいです。 - 7◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:42:05
そんな日が、続けば続くほど、心は重くなって。
いつしかトレーニングにも行かなくなってしまいました。トレーナーさんの顔を見るたび、脆くなってしまった、わたしが砕け散ってしまいそうになるのです。
「──ここの空は、いつも変わりませんね」
気付けば、誰もいない校舎裏が、わたしの居場所になっていました。ここでなら、泣いていても、誰にも気づかれません。
……気付かれないと思っていたのです。
「うーんこの辺から聞こえた気がしたんだけど……あっ!? マーチャンじゃない!」
「……すかー、れっと……?」
誰も来ないと思っていたこの場所に、見知った顔が立っていました。
「……何か、あったのよね。……よかったらアタシに話してくれない?」
話してほしい。けれど、これはわたし自身の問題で、
「…………何でもないのです。これは、マーちゃんだけの、問題でしたから」
誰かが肩代わりすることはできないのです。決して。
「だから、大丈夫なのです」
精一杯の空元気で作った笑顔。でも、
「……何が大丈夫よ……!」
「……え?」
返ってきたそれは、スカーレットが初めて見せた、わたしに対する怒りでした。
「大丈夫なら! なんでそんな泣いてるのよ!」
それに対して、出てきた声は、酷く、酷く醜いものでした。
「…………っ! スカーレットには! 関係のないことですっ!……放っておいてください………」
"放っておいて"。スカーレットにこの悲しさは解ってもらえない。そう勝手に決めつけ、突き放すように。 - 8◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:43:13
けれど、それでも決して離れてはくれません。
「……関係ないわけ……無いでしょ!」
惨めに泣くわたしは、滑稽にみえていたはずなのに、
「ほっとけって……あのねマーチャン。アタシは泣いてる子放っておいてどっか行けるほど出来ちゃいないのよ!」
なぜ、あなたはそんなにも、強いのですか。
「ましてそれがアタシの友達なら、なおさら!」
なぜ、あなたはそんなにも、優しいのですか。
「……っ! ……ぁあああっ!! ……辛かったです……とっても、とってもつらくて……っ!?」
不意に、抱きとめられました。親が子をあやすように、優しく、背を撫でてくれて。
その優しさに、あふれるキモチが、止まらないのです。
「……よく言えたわね、マーチャン。辛いときは、独りで抱え込んじゃダメよ。……辛かったでしょう」
「……何があったのか、アタシに教えて?」
それからは、抱え込んでいたものを、すべて吐き出しました。階段で見た光景も、その後、ここへ来てずっと泣いていたことも。
「そう……だったのね。マーチャンのトレーナーさんが」
「…………」
「……うーん……。あのね、マーチャン。ちょっと聞きたいんだけど」
聞きたいこと? 何をだろう。
「マーチャンのトレーナーさんは、マーチャンを見捨てるような、そんな酷いヒトなの?」 - 9◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:43:37
「…………え?」
ひどい? トレーナーさんが?
いま、トレーナーさんにひどいことをしているのは、
──わたし。
思い返して、ようやく気が付きました。どんな時でも、私のそばにいようとしていてくれて、どんな時でも、わたしを想っていてくれて。
どんな時も、
どんなわたしも、好きでいてくれた。
「……っ! そんなことはないのですっ! 絶対に……っ!!」
ようやく出てきてくれた、否定のことば。強く、強く、"違う"と。その言葉が。
その言葉に、スカーレットはようやく、顔を穏やかにしてくれました。
「じゃあ、そう決めつけちゃうのは、ちょっと急ぎすぎるんじゃないかしら?」
「丁度バレンタインデーだし、そこで気持ちを聞いてみなさいよ。案外、勘違いってのもあるから」
「信じてあげて、自分のトレーナーのこと」 - 10◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:44:11
2月14日。といえば、好きな人やお世話になった人々へ、感謝や愛情を込めてチョコレートを渡す日。バレンタインデーです。
今のわたしのバレンタインデーは、感謝や、愛情よりも、謝罪の気持ちが強いかもしれません。このプレゼントに、わたしの気持ちをぜんぶ込めた、言うなれば、わたし自身。
踏み出せなかった、13段にも見えた階段も、一歩、また一歩、登っていきます。その度に足の震えは、強くなります。けれど、歩くことを止めません。止めてはいけないのです。
「(今逃げては、一生、後悔する)」
──後悔したくないでしょ?
「はい。……マーちゃんは、後悔したくありません」
逃げるのは、レースだけ。今は、向き合うとき。
コン、コン、コン。いつもはノックをしないのに、今日は、ノックをします。お部屋にいらっしゃるか、分からないので。
「ん? はーい開いてますよ」
中から聞こえた声は、聞き間違えるはずもない、トレーナーさんの声。気持ちを落ち着かせようと、ゆっくり、ゆっくりと引き戸を開けていきます。
「……ぁ、マーチャン……」
「トレーナーさん……こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは。……よく休めた? 体の方は大丈夫?」
連絡もせず、トレーニングに出なかったわたしを叱るわけでもなく、蔑むわけでもなく、
「はい。……おかげさまで、だいぶ落ち着けました。……ありがとうございます」
ただ、"大丈夫?" と。 - 11◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:44:45
「……トレーナーさん。今、お時間ありますか?」
言わなくてはいけないことを、伝えるために。それが、どんな結果であろうと、受け止めるための時間。
「俺も話があったんだ。……マーチャンに」
トレーナーさんが座っていた椅子から立ち上がって、わたしの目の前に来ました。いつもと変わらない距離なのに、その間には、深い、深い亀裂が顔をのぞかせていました。
「トレーナーさんから、どうぞ。……わたしは、準備できていますから」
といえば、嘘になってしまいます。けれど、わたしから言う勇気が、足りないのです。
「そう言われると俺も言いづらいな……あっ」
「じゃあ、いっせーのせ、で言おう。それなら怖くないだろ? ……お互いに」
「(どんなことを言われるのでしょう。契約解消? それとも……)」
考えれば考えるほど、悪いことばかりが浮かぶ、わたしのこころ。でも、実際に言われてしまったら、
わたしはどうなるのでしょう。
「じゃあ、いくぞ。いっせーのせっ!」
それでも、わたしは、
あなたのことが、好きでした。 - 12◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:45:16
「ごめん! マーチャン!」
「ごめん……なさ……え?」
なぜ、あなたが謝るのですか? 謝るのは、わたしだけなはずなのに。
「あの時ちゃんと誤解を解いておけば! こんなに辛くさせずに済んだのに! ……俺はトレーナー失格だ……」
「ゴメンなぁマーチャン……」
考えていたことが、真っ白になってしまいました。
「実は一昨日スカーレットに泣きついて……それで心当たりはって言われて……」
……スカーレット?
「あの日居たんだろ? ……階段の下に。どうしてすぐ追いかけなかったんだって。どうしてすぐに違うんだと言わなかったんだって」
「ただアドバイスをしていただけだって。……本当に……ごめん、なさい……」
驚いたことに、思いがけない言葉に、声が出ないのです。
ようやく出た言葉は、
「……どういう、いみです?」
たどたどしいものでした。
静まり返った室内で、止まっていた頭が動き始めます。
「……トレーナーさんは、バレンタインデーの相談を受けて、アドバイスをしていた。ということですか?」
「そうだったんだよ。今まではあげるほうが多かったけど、今は貰う側になったから」
それは、つまり
「……マーちゃんは、勘違いして、早とちりを……?」 - 13◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:45:52
気づいた時にはもう、恥ずかしさと、申し訳なさでいっぱいでした。
「──ごめん……なさい……っ! マーちゃんが、わたしがちゃんと聞いていれば、トレーナーさんが悲しんじゃうこともなかったのに……! ……謝っても、謝りきれないのです」
勘違いでこんなにも、迷惑をかけて、先走って、落ち込んで。そんなわたし自身が嫌になってしまいまいました。
「……くっ……あっははは!」
そんな静寂を破ったのは、トレーナーさんの笑い声でした。
「どうして、わらって……?」
「いやーまさか、マーチャンも勘違いしてたなんて! 俺もうトレーナーとしてダメだから、マーチャンが契約解消したいとか思ってたから!」
泣いていたかと思えば、今度は笑っていて、どうすればいいのか、分かりません。
「でもよかった……本当に良かった」
心配が、今度は怒りに変わりました。でも、それはトレーナーさんではなく、わたしに向けて。
「……マーちゃんは、よくありません……! ……勝手に、トレーニングを休んでいたのに、怒らないのです?」
普通のトレーナーさんであれば、サボってしまったウマ娘に怒るはずです。なのに、なのに。
「んーまあ、確かに勝手に休んじゃうのは困るけど。けどマーチャンは勝手じゃないから。ちゃんと理由があっただろ?」
「だから、大丈夫。また、一緒にやろう……な?」
また、一緒に。
「……トレーナーさんは、マーちゃんのこと、まだ、映してくれるのですか?」
「……ああ。……あーでも、マーチャンがよければ、だけどね」
また、瞳に映してくれる。
また、好きでいてくれる。
「……はいっ。マーちゃんは、トレーナーさんと一緒にまた、頑張りますです!」
トレーナーさんとじゃなきゃ嫌なのです。
わたしを、好きでいてくれる。
あなたでなければ、嫌なのです。 - 14◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:46:45
……くぅ。
安心してしまって、忘れていた空腹さんが。
「……えへへ、おなか、すいちゃいました。なので」
お詫びだったプレゼントは、溝を埋めるための、仲直りのプレゼントになりました。
「ハッピーバレンタイン、なのです」
「トレーナーさん、一緒に食べて、くれますか?」
二人並んで、ソファーに座ります。トレーナーさんはコ珈琲を、わたしは、お茶を。
「へー、マロン、グラッセ? と、おお、マーチャンクッキー!」
トレーナーさんは箱から取り出して、嬉しそうに眺めます。
「トレーナーさん、眺めていても減りませんよ?」
「いやーマーチャンが作ってくれたってだけでも嬉しくて……そういや去年もそんなこと思ったっけ」
去年、わたしが周りから忘れ始められたあの日。それでもトレーナーさんは、まるで昨日のように思い出してくれます。
「トレーナーさんは、本当に忘れないのですね」
「ん? …… そりゃ同性と家族以外から初めてもらったチョコだもの。忘れるわけがないよ。それに」
「それに?」
「マーチャンがくれたものだから」
少し多めに作っていたマロングラッセも、二人で分け合い、マーチャンクッキーも、食べ終えてしまいました。
「俺栗苦手だったけど、これなら食べられそうかも。ありがとう、マーチャン」
「……え? 栗、ダメだったのです?」
美味しそうに食べている姿からは、想像も付きませんでした。もしかして我慢して食べていたのではないですか?
「……我慢しなくてよかったのですよ?」
「我慢? してないよ全然。栗ってこんなに美味しかったんだなぁって。また作って欲しいな」 - 15◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:47:14
また、作って欲しい。
「……はい。マーちゃん、また、作りますね」
……くぅ。どうやら、食べもののお話をすると、お腹さんはなってしまうみたいです。
「もしかして、足りなかった?」
「…………えへ」
何日も、満足に食べていませんでしたから。
「うーん……あるにはあるんだけど」
トレーナーさんは立ち上がって、向かっていった先の小さい冷蔵庫から、何かを取り出しました。
「マーチャンのグラッセには、敵わないかな」
それは、赤いリボンで結ばれた箱でした。
「もしかして……マーちゃんに、ですか?」
「実は、これ渡してちゃんと謝ろうって思ったんだけど、でも中々うまく行かなくて」
「それでも、受け取ってくれるかな。俺のバレンタイン」 - 16◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:47:42
- 17◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:48:34
「どうして、耳飾りなのです?」
出てきたのは、そんな言葉でした。
「どうして? うーん、マーチャンらしさってなんだろうって思ったときにさ、王冠は結構被ってる子居るなぁって。それで考えたんだ」
「そのハートの耳飾りは、マーチャンだけのものだから」
わたしだけの、耳飾り。わたしだけの、わたしらしさ。
わたし以上に、わたしを見ていてくれて。
「……見ていても減らないぞ」
じっと眺めていると、そんなことを言われました。でも、
「……食べるのが、勿体なくなってしまいました」
あなたがわたしにくれた、わたしだけのチョコですから。
でも、お腹さんは正直みたいです。
「……くぅ」
「いいよ、食べて。俺もまた作るから」
その言葉を聞いてようやく、決心がつきました。ひとくち頬張ると、口の中に、甘みと、ほのかな酸味が広がります。
「これは……オレンジさんですか?」
「そう! 隠し味にオレンジピール入れてみたんだ! どうかな?」
きっと、何でも美味しいと思います。
「……はい、とっても、とってもおいしいです」
それは、あなたが作ってくれたものだから。
「よかったぁ〜オレンジとチョコって合わないなんて書いてあるもんだから」 - 18◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:49:12
「でも、どうしてオレンジさんなので……はっ」
そういえば、オレンジの花言葉は……。
「……えへへ。トレーナーさぁん、気が早いですね?」
「マーちゃんがそのお年になるまで、まだまだ遠い、未来のお話ですよ?」
でも、トレーナーさんはきょとんとしていました。
「……? なんのこと?」
「…………えっ?」
「ただ、俺の好きなもの入れただけなんだけど……」
「……にぶトレーナーさん」
「えっ!? なんで怒ってるの!?」
当然です。乙女の心をもてあそんだ罰です。
「マーちゃんおこです。おこマーちゃんです」
「えぇーっ!? そんな……美味しくなかった……?」
……いいえ。美味しくないはずがないです。でも、
「マーちゃんが怒ったのは、美味しくないことではないので」
意味を知っていれば、少しはわかってほしいことも、あるのです。
「なので、トレーナーさんには、今度のお休みの日、お出かけに付き合ってもらいます。約束してください」
「え、ええ……。……わかった。付き合うよ」
「絶対、絶対にですよ」
念には念をおして、忘れないように。
「……でも、ふふっ。マーちゃん、好きな食べものがまた増えました。増えちゃいました」
「オレンジさん、です」 - 19◆4soIZ5hvhY23/02/14(火) 23:49:41
きっと、トレーナーさんもいつか、花言葉がわかる日が来ると思います。それは明日なのでしょうか。それとも、もっと遠い未来でしょうか。
それでも、わたしの気持ちは、今も、明日も、これからも、変わりませんから。
「……はい、よろこんで」
「ん? なんか呼んだか?」
「いいえ、なんでもないです。遅くなってしまいましたし、一緒に帰りませんか?」
「……ああ、一緒に帰ろう」
──オレンジの花の花言葉は
純粋
愛らしさ
そして、
「(いつか、あなたと)」
───────花嫁の喜び。
おわり。 - 20二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 00:18:34
寝る前にいいものが見れた
マーチャンが関わるとカーチャンになるスカーレットいいよね
やはり花言葉開示エンドは情緒深くて良き - 21二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 00:20:22
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