- 11/423/02/15(水) 18:09:00
「こんなところで良かったの?」
「どういう意味ですか?」
「せっかくのご褒美なんだから、この前気になってた喫茶店とか……ほら、わがまま言っていいのに」
いつも彼女が走っている、トレセンを出てすぐの河川敷に二人並んで座る。
隣に座っている俺の担当バ―サイレンススズカは、こういう時もあまり贅沢を言わない子だった。
レースが終わってひと段落したし、どこか出かけようかと言い出したのは俺の方からだ。
どこがいいかと聞いてみると、いつも走っている外周コースを散歩したいと言い出した。
本当にこんなところでいいのかと思ったが、よく考えてみるとある意味では彼女らしいかもしれない。
「……ここがいいんです。私」
彼女が微笑んで、暖かい風が吹き抜ける。長い髪が揺れて、少し見惚れてしまった。
「あー、えっと……いい天気だね」
「ふふ、そうですね」
しばらくお互いに無言だったが、何か話した方がいいのかな、と妙なことを口走ってしまう。
それを見透かされたのか、彼女はまた小さく笑った。妙に気恥しい。
「こうして一緒にいられるだけでも、楽しいと思ってますから」
「そうなの?」
「そうですよ」
「うん、まぁ、スズカがそれで満足なら」
そうして、またお互いに無言のまま時間が流れる。
河川敷から見える川の流れる音とか、後ろを通る自転車の音とか、遠くを走る電車の音だけがよく聞こえた。
一緒にいられるだけで良いなんて、俺なんかにはもったいない言葉だ。 - 22/423/02/15(水) 18:10:16
「……トレーナーさん」
しばらくお互いに黙っていたが、次に口を開いたのは彼女の方だった。
「出発は明後日ですよね」
「うん。明日は準備とかあるから、暇なのは今日までかな」
「そうですか」
……それだけ聞くと、また黙ってしまった。
お互い横に並んで座ったまま前を向いていて、彼女の表情は分からない。
淡々とした口調で、何を思っているのかもよくわからなかった。
「しばらく、お別れなんですね」
「……それは」
さっきよりもほんの少し声が小さくなったように聞こえたのは、俺の気のせいかな。
なんだか、答えたくない気分だった。答えてしまうと、彼女が遠くに行ってしまうような気がして。
……明後日から、2週間ほどのトレーナー研修に参加することになっている。
開催地は関西のトレセン。もちろんここから通うわけにもいかないので、しばらくの出張だ。
つまり、しばらくの間スズカとは会えない時間ができてしまうことになる。
たづなさんから研修の参加を勧められたときは、断ってもいいんですよ、と念押しされていた。
それでも、トレーナーとしてレベルアップしたいという気持ちはあるのだ。
「大丈夫?」
「大丈夫、ですけど」
「うん」
「少しだけ、寂しいです」 - 33/423/02/15(水) 18:11:16
ごめん、と言いかけて言葉を飲み込む。
謝るくらいなら、一緒にいてやればいいはずだった。
また少しの沈黙の後、スズカがすっと立ち上がる。
「少し、歩きませんか?」
そしてまた、二人並んで歩く。どうにもここを歩いていると、いろいろと思い出してしまうし、余計なことを考えてしまう。
確かに、研修によりトレーナーとして成長したいという気持ちに間違いはない。
それが彼女のためにもなる、というのは理解している。
だが、本当に今じゃないとだめなのかな。俺だって、できればスズカと離れたくないんだけどな。
「なぁ、スズカ。あのさ……」
「トレーナーさん」
今の気持ちを話そうとすると、それを察したのかはわからないが、彼女に割り込まれてしまう。
俺の少し前を歩いていた彼女の顔は、ここからだと見えない。
「勉強しに行くんですよね」
「そうだよ」
「帰ってきてくれるんですよね」
「もちろん」
答えると彼女は立ち止まり、胸に手を当てて一つ深呼吸をする。
そして鞄を探ると、何かを取り出す。
振り返って俺に差し出したのは、小さな箱だった。 - 44/423/02/15(水) 18:12:24
「……これを」
「ん?」
白い箱に、簡単な黒いラッピング。
女学生にしては落ち着いた雰囲気の、しかし彼女にはよく似合っている。
「ありがとう。プレゼントかな」
「バレンタインの、私の気持ちです」
「え……あ!」
「忘れてたんですか……?」
そういえば、すっかり忘れていた。
出張の出発日が16日なんだから覚えておくべきだったかもしれない。
「トレーナーさん。私、トレーナーさんがひたむきに頑張っているの、好きですから」
そう言いながら、箱を受け取った俺の手に、彼女の手が重なった。
「だから今は少しだけ、一人でも大丈夫です。今は一人でも、私は進み続けます。この、ずっと先まで―」
いつもと同じ笑顔で、ふっと微笑む。
これが彼女なりの送別の言葉なのだとしたら、俺はどうも勘違いというか、見込み違いをしていたらしい。
「……大丈夫、あなたのことは見失いません。進んだ先で、待っていてください」
彼女は俺が思っているよりもずっと強くて、美しかった。
- 了 - - 5二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 18:13:05
遅刻ですがバレンタインのスズカさんが美しすぎたので書きました
アプリのセリフに着地させようとしたんですが難しいです
みんなもアプリ版のイベント見てね - 6二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 18:16:47
担当バ警察だ!面白ければ不問とする!
- 7二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 18:33:30
- 8二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 18:44:35
- 9二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 18:51:38
たしかにウマ娘のアプリ内で見た事はないかもしれない
バ身とか『バ』が使われるケース自体はちょこちょこ見るけどうまぴょい伝説内で『愛馬(点二つが無い方)』と表現されてるのでオリジナル表現かもしれない
- 10123/02/15(水) 19:00:44
やってしまいました…
本当に恥ずかしいミスなんですが、建て直しとかはせずにこのままにしておきます
ホワイトデーにリベンジさせてください - 11二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 19:05:33
スズカの雰囲気が文章で上手く表現出来てて良かったと思います
ストレートに想いを伝えて来るのがここすきポイント