- 1二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:33:12
- 2二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:33:36
正直いえば、トレセン学園に来るまではバレンタインはあまり縁のあるイベントではなかった。
しかし彼女の担当になってからは、上位で入るくらいに楽しみなイベントとなっている。
“――――この流れがいつまでも絶えぬよう、共に駆けて参りましょう”。
どんぐりを模したチョコと共に添えられたメッセージカード。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーから、今年のバレンタイン当日に貰ったものである。
去年と同じように、山で手渡されたそれは、見ただけで彼女の感謝の想いが伝わってくるよう。
一足先に春風が吹いたのかと思うくらい、とても嬉しかった。
流石にチョコは有難く頂かせてもらったが、メッセージカードはいつも持ち歩いている。
そして、ゼファーがバレンタインにくれたものはそれだけではなかった。
俺が貰ったその場でチョコを食べている時、ふと、彼女がゆっくり顔を近づけてきて……。
『……ふー』
『!?』
そして、小さく、細く、俺の顔に向けて息を吹きかけたのである。
突然の出来事に俺は身体を震わせて、チョコを食べる手を止めて、まじまじとゼファーは見つめてしまう。
『風に、想いを託しました。想いを伝える日だと、聞いたので……感じ取って、いただけましたか?』
真っすぐこちらを見る、ゼファーの視線。
そこには純粋な感謝と、期待と、そして少しばかりの不安の色があった。
少しばかり風変わりな行為だったものの、嫌ではない。
俺は出来る限りの笑顔を浮かべて、彼女に伝える。
『ゼファーの感謝の想いが、チョコとメッセージと君の風から、強く伝わってきたよ。本当にありがとう』
『……っ! 不思議です、感謝の想いを伝えているだけなのに、胸がぽかぽか、春心地です』
『ははっ、俺もキミから渡された時には春風が吹いたのかと思ったくらい、嬉しかったよ』
『ふふっ、きっと世界でもっとも早い春一番ですね……あの、トレーナーさん』 - 3二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:34:10
『うん?』
『私の想いを託した風、これからも伝えても良いですか?』
その言葉に、俺は勿論と答えながら、大きく頷いた。
――――そして現在に至る。
最後のゼファーの言葉が『感謝の想いを込めた息を吹きかけ続けて良いですか?』というものだったとは。
自身の不明を恥じるのみだが、最大の問題点は、行為そのものでない。
この行為を、人目を憚らずに実行することが、最大の問題点であった。
今だって、トレセン学園の外れの方にあるベンチに腰かけた状態で、行われた行為である。
風を浴びるために人気のない方へ行ったのが功を奏したが、こんなのを誰かに見られたら――――。
「いっ、いいいい、いいいいいいいいいい今っ!!」
背後から震える声と、カンッと何かの落下音。
振り向けば、顔を真っ赤に染め上げて、信じられないものを見るような表情をしたウマ娘が一人。
少しばかり癖のあるツインテールに、右耳についた緑のリボン、ナイスネイチャがそこいた。
足元には中身の零れた缶が転がっていたが、彼女はそんなことを気にせず、言葉を続ける。
「今、いま、きっ、きっ、ちゅっ、えっと、その、接吻しようとございませんデスカ!?」
「あら、ネイチャさん、節東風でしたら大分前に吹き抜けてしまいましたが」
「……節分、ではないと思うよ」
不思議そうに首を傾げるゼファー。
しかし、まあ、そうか。後ろから見れば、そう見えないこともないな。
いつも通りのどこ吹く風、と言わんばかりのゼファーの態度に、ナイスネイチャは何かを察し、肩の力を抜いた。
「はぁ……なんかの勘違いみたいだね。ゼファーさんや、今何をしてたから聞いても?」
「はい、トレーナーに感謝の想いを託した風を伝えていました」
「ははーん、なるほどなるほど……いやごめん、もう少し初心者向けの説明でお願い」 - 4二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:35:03
「――――ということで、恵風への感謝を込めて、想いを風に託していたんです」
「アッ、アハハ……ゼファーらしいというかなんというか、ゴチソウサマデス」
呆れたように、頬をかくナイスネイチャ。その頬は未だに赤みを帯びていた。
……行為そのものは問題ないと思っていたが、俺もどうやら感覚がマヒしているらしい。
やがてナイスネイチャは俺へと視線を動かして、ちょいちょいと、手招いた。
「ゼファー、ちょっとだけトレーナーさん借りてって良い? すぐ返すからさ」
「はい、私の方はまんまるさんのダンスを眺めていますので」
ゼファーの足元では、数羽のスズメが駆けまわっていた。
それを見て、彼女は楽しげに微笑んでいる。これならしばらくは動くことはなさそうだ。
俺とナイスネイチャは共に、少しばかりゼファーから距離を取る。
「……あの、アレ良いんですか? 今回見たのがアタシだったか良かったものの」
「当然良くはないんだが」
小さな声で問いかけるナイスネイチャ。
その言葉に、ちらりとゼファーを見てから、俺は答えた。
「……正直、拒否することが出来そうにない」
「ああ……確かにあんなキラキラで無垢な笑顔で言われたら、アタシでも無理カモ……」
「だけど、君の懸念ももっともだね。なんか良い手段ないかな?」
「んー、アタシとしても何とかしてあげたいんですけど……あっ、そうだ!」
ナイスネイチャはポンと手を叩いた。
どうやら案が浮かんだようである、俺は耳を澄ませて、彼女の言葉を待った。
「同じことをしてみる、というのはどうですか?」 - 5二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:36:22
ゼファーは周りの人間にどう思われているか、という点をあまり気にしない。
自由で気まま、風のように振舞う。それは彼女の良い点の一つである。
ただそれ故に彼女の行動は衝動的であり、時折、周囲から見れば大胆と思われる行動に出てしまう。
天皇賞秋の後、俺に抱き着いて来たのが良い例だろう。
ただし、その手の行動に全く恥じらいがないのか、といえば答えは否。
以前、ナイスネイチャ達の前で、意味を誤解したまま、俺に尻尾ハグをしたことがある。
その時は行動の意味を根気強く説明したら、言葉を失うほどに恥じらっていた。
だとすれば。
「あの子と同じことをして、自分の行動を自覚をさせるのが良いんじゃないですかね」
というのがナイスネイチャの案であった。
まさに目から鱗が落ちる気分だ、本当にこの子、ゼファーと同じ中等部なのか?
「ありがとう、ナイスネイチャ、さっそく試してみるよ」
「いえいえ、どういたしまして。というか、即行動なんですね、流石にゼファーの担当トレーナー……」
突然の褒め言葉に少し驚きつつも、俺達はゼファーの下に戻った。
すでに足元のスズメは立ち去った後で、もう少し遅ければゼファーは一人で風を探しに行ってたかもしれない。
せっかく機会を得たのだから、彼女が動いてしまう前に実行に移さなければいけない。
俺は足早にゼファーの前に立ち、腰を下ろして目線を合わせて、両肩を掴んだ。
突然の行動に、彼女も驚いたように目を見開いている。
「……ゼファー」
「トレーナーさんにしては珍しく、いなさのようですね、何かありましたか?」
「君が風に託してくれた想いに、お返しがしたいんだ」
「それは光風なのですが、この体勢の意味は……?」
「ああ……さっき、ナイスネイチャが言ってくれたことなんだけど」
「ネイチャさんが言ったといいますと――――っっっっ!!!???」 - 6二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:37:26
何故かゼファーがびくりと大きく震える。
目の前の彼女は慌てたように視線をぐるぐる動かして、小さく困惑の声をあげていた。
しかし、俺もそんなことを気にしてられる状況ではない。
ゼファーの顔に息を吹きかけるって、とんでもないことをしようとしているのではないだろうか。
心臓は高鳴り、顔は熱くなる。
ちゃんと歯磨きはしてるし、ブレスケアも毎日怠っていない、口臭は問題ないはず。
ここまで来て引き下がるわけにはいかない、俺は目を瞑り、覚悟を決める。
ゼファーの困惑の声が凪ぐ、掴んだ肩から小さな震えしか感じられない。
俺は大きく、冷たい空気を吸って、口から細く、出来る限り優しく息吹を吐き出した。
静寂が場を支配する、目の前のゼファーも、近くで見ているナイスネイチャも誰も音を発しない。
数秒間の硬直の後、俺は恐る恐る、目を開いた。
そこには、顔を真っ赤に染め上げて、目尻に雫を貯めて、震えながら口を抑えるゼファーがいた。
あっ、やらかした――――直感的にそう思えた。
俺が言葉を発する前に、彼女は勢い良く立ち上がって、くるりと背中を向ける。
「きゅっ、急用を思い出しましたっ! トレーナーさん、ネイチャさん、失礼しますっ!」
珍しく豪風のような大声を響かせて、彼女は風のように立ち去って行った。
呆気に取られて……る場合ではないなこれは。
俺も慌てて立ち上がり、そのまま転びそうになりながら、ゼファーを追いかける。
「まっ、待ってくれゼファー! あっ、ナイスネイチャ、お礼はまた今度ッ!」
「えっ、あっ、はい、頑張ってねー……」
なんて言って謝れば良いのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は全力で走りだすのであった。 - 7二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:38:21
「えっ、あっ、はい、頑張ってねー……」
アタシは届いてるかもわからない声をかけて、ゼファーとそのトレーナーを見送った。
いやはや、凄いものを見てしまった。まだ少しだけ頭がぼぅっとしている。
先ほどの光景、ゼファーのトレーナーが彼女に息を吹きかけているだけ……だけと言って良いかは微妙デスガ。
それだけならば、アタシもそこまで驚かなかった。そもそも。逆の光景を見ているのだから。
多分、あの人は誤解しいてる。
彼自身の行動のみが原因で、ゼファーが逃げ出してしまったと思い込んでいるだろう。
しかし、実際にはそれは違う。
恐らくは、息を吹きかける時に、目を瞑っていたのであろう彼は、見ていなかった。
後ろからその光景をずっと眺めていた私は、見ていた。
息を吹きかけられる瞬間の、ゼファーの顔。
ゼファーはぎゅっと目を瞑り――――唇を差し出すようにしてた。
絵に描いたような、その、待ち顔、アタシじゃなきゃ見逃しちゃうね。
アタシが出会い頭に言った言葉が原因だろうなあ……ってかちゃんと聞いてたんかーい。
つまるところ、お返しという言葉の意味を、ゼファーの方が深読みした。
それが彼女が逃げ出した原因の大部分だろう……しばらくあの人も苦労することになりそうだ。
しかし、いやはや、ゼファーにあんな一面があるとは。
「いやぁ……アオハルってますなあ~。アタシには眩しすぎるわぁ~……」
ふと、アタシのトレーナーさんの顔が脳裏に浮かぶ。
アタシも同じようなことをしたら、トレーナーさんも、ちょっとは驚いてくれるかな?
いやいやいやいや、ないないないない、アハハ、何を考えているんだが……。
――――数時間後、アタシは自分の行動を死ぬほど後悔することになるのであった。 - 8二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:39:19
お わ り
ゼファーのバレンタインボイスの脳を破壊されたので書きました
ゼファーよりもネイチャの方が喋ってる……? - 9二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:42:32
めっちゃいいねぇ
- 10二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:46:33
この風…甘い!良き
- 11123/02/15(水) 23:27:00
- 12二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 23:28:52
続きはどこで読めますか
- 13123/02/16(木) 00:09:19
そこになければないですね……
- 14二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 07:28:21
ええやん・・・
- 15二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 07:55:47
ゼファーの純情っぷりに溶ける
- 16二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 09:52:19
風使いの方助かる……バレンタインボイス聞いた時に誰か文字に起こしてくれないかと思ってたから実物が見れてよかった……
- 17二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 10:08:53
おやおやおや。おやおやおやおや。
”それ”を待っちゃうゼファーさんは可愛いですね。
ぜひトレーナーさんには男をみせていただきたい。
あと、ネイチャさんがやった後悔するようなやらかしもぜひ聞いてみたいところではあります。 - 18123/02/16(木) 12:14:34
- 19二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 18:49:12
ゼファーの待ち顔を見逃さなかったネイチャ
- 20123/02/16(木) 19:44:52
信じられない状況で久々に血が騒ぎますよね