【SS トレウマ】アキュートとウーピーパイ

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 23:54:24

     2月14日、バレンタインデー。
     担当ウマ娘、ワンダーアキュートの贈り物に、花束をお返ししたのは、契約を結んで3年目のときのこと。

     だが、今年は数日後にG1出走が控えている。バレンタインはそれが終わってからか、あるいはそもそめ無しか……とも、思っていたのだが。

    「はい、トレーナーさん」
     トレーナー室でのミーティング前に、これまでと変わらない調子でアキュートから手渡されたのは、手作りだろう包み。

    「それね、アメリカのお菓子で、『ウーピーパイ』っていうのよ」
     うーぴー。聞き慣れない言葉に、思わずオウム返ししてしまう。

    「ふふ、『うーぴー』……かわいいねぇ、ふふふ」
     どうやら、その発音が、ツボに入ったらしい。

    「ふ、いや……ごめんねぇ、普段真面目なあなたが、あんまり可愛い言い方をするものだから」
    ……そんなに、間抜けな言い方だっただろうか。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 23:55:02

     気恥ずかしさのままに、袋の中へ視線をそらせば。白いクリームを挟んだ、チョコレート色のクッキーのようなお菓子が目に入る。これが件のパイらしい。

    「『うーぴー』って、英語で『やったー』みたいな意味があるんじゃって。それを聞いた時、これにしようって思ってねぇ。今度のレース、ふたりで喜べたらなぁって」
     なるほど、ゲン担ぎも兼ねての一品か。

    「みんなにも、リンゴのパイを焼いたんじゃけど……これは、あなたにだけ。じゃから…みんなには内緒にしとってね?」

     頷き、改めて受け取ったところで、はたと気づく。こちらから贈るものを、用意できていない。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 23:56:32

     最初に花束を贈って以来、当日に贈りあうのが、ふたりの暗黙のルールになっていた。

     今年はレースが終わったあと、一緒にでかけた時に選べたら、などと考えていたのが裏目に出た。

     ……などと、言い訳しても仕方ない。用意できていないことを伝え、改めて、レースが終わってから一緒に買いに行くのはどうか、そう提案すると。

    「あたしね、今、ほしいんじゃけど」
     いたずらっぽく笑いながら、彼女にしては珍しく、わがままが返ってきた。

     普段は聞き分けがいいだけに、正直予想外の返答に少しうろたえてしまう。そう言われても、渡せるようなものはない。
     どうすれば納得してくれるか聞く前に。

    「ほうじゃねぇ……お耳、貸してもらっても?」
     唐突な要求に、言われるまま、少しかがむようにして彼女の顔へ耳を寄せると。

     耳ではなく、頬に。手ではない何かの感触。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 23:57:18

     とっさに『それ』が触れた場所を手で確かめながら、彼女の方を向けば。真っ赤な頬の愛バと目が合った。

    「お礼、ありがとう。……そうだ、これも皆には、内緒にしとってね?」
     囁きながら、口もとに指を立てる姿に、どきりとしてしまう。彼女は、こんなに大人っぽかっただろうか。

     体操服に着替えてくるねぇ、と廊下に出る彼女を、呆然と見送る。

     ドア越しに、彼女の「うーぴー!」という声が聞こえた……ような気がした。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 23:58:52

    拙者、退廃的概念好き侍。ここまで読んでいただき感謝の極み。

    かような少しつよつよアキュート殿のバレンタインについてのSSが一日待てどなかったので、遅参ながら一太刀失礼致した。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 00:07:24

    こんなんなんぼあってもいいですからね

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 00:09:09

    見事な太刀筋でござった
    貴重なアキュート殿の甘美なる短編小説、心より感謝申し上げる

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