- 1二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:36:19
- 2二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:36:35
スン、と鼻を吸い込むと、普段よりも彼の体臭が濃いのがわかる。
3年近く、ほぼ毎日のように顔を合わせているのだ。嫌でも匂いくらい覚える。その変化も。
そして、ここ最近。特に体臭が強い日があるということも。
正直に言うとちょっと臭い、と思う。
男性というのはこういう濃い匂いになるときもあるのかと、ほんの少しだけ警戒感を抱いてしまうような。
それと同時に、その匂いの持つどこかワイルドな感覚に惹かれるような気がするのは……たぶん錯覚だと思いたい。
そんなこと、あるわけないのだから。
「人の体調管理についてあれこれ口を出す前に、自分のことをちゃんとしたら?」
「ハイ。スミマセン」
彼、トレーナーさんが素直に頭を下げる。
「謝らなくていいから。はぁ……それより、ミーティングを始めて。時間がもったいない」
「すまん。えーっと、まずは次のレースの……」
果たして私の言葉が通じたのか。
彼が食生活の改善を約束をしてくれたのかはわからなかったけれど。
その時の話は、それで終わった。 - 3二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:36:46
「トップロードさん。……二郎系ラーメンって、食べたことあるかしら?」
その日のカフェテリアの丼・麺のコーナーには珍しい、尾道ラーメンというメニューがあった。
ぶつ切りになってスープに浮かんでいる大きめの背脂が、甘くて美味しい。
それをレンゲで掬って味わいながら、ポロッと口から出た質問に、隣に座っていたトップロードさんが耳を傾ける。
「え? 二郎系、ですか? 私も食べたことないです。そういえば学園の近くにそういうお店ができたって聞きますね。美味しくて人気だって」
「ええ」
本当はこんなことを聞くつもりじゃなかったのに、聞いてしまうなんて。
思ったよりも私は、トレーナーさんのことが気になっていたのかもしれない。
……彼が今ドハマリしていて、週2回は通っている気配のある、その系統のラーメンが気になってしまうくらいに。
「生徒だけじゃなくて、トレーナーや教官の人にも人気らしいですね! ウマ娘にとっては量がちょうど良くて、女の人でも入りやすい店だとか」
「そう、らしいわね」
クラスの子から噂だけは聞いていた。でも意図的に尋ねたことはない。
トップロードさんはクラスのまとめ役だけあって、さすがに詳しかった。
「……アヤベさんも、気になってたりします?」
「そういうわけではないのだけれど」
思わず否定の言葉を口にしつつも、自分の心は偽れない。 - 4二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:36:56
そうだ。私は気になってる。
トレーナーさんがハマっているという、その二郎系ラーメンに。
私の返事、態度を見て、トップロードさんがわずかに口元を緩めた気がした。
どこか意味深に。こちらを気遣うようで、ちょっと楽しげに。
「私は前から気になってたんですけど、さすがに一人で行くのはどうかな~と思ってたんです。ラーメンの好きな友達はみんなレースに向けて調整中で」
トップロードさんが空になった私の丼にチラリと視線を向けた後、言葉を続けた。
「あの、アヤベさん。もし良かったらですけど……一緒に行ってみませんか?」 - 5二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:37:07
私は想像する。
二郎系ラーメン。
極太の麺に大盛りの野菜、ニンニクや背脂の盛られた不健康な代名詞のようなラーメン。
トレーナーさんの体臭がたまに濃いのは、前日の夜にそれを食べたからだというのは気づいていた。
私の方から注意をしたというのに、注意をした当の本人が食べに行くだなんて……。
そう思ってる途中で、別の顔が浮かんでくる。
自分と全く同じ顔をした、でも、自分とは違うあの子の姿を。
もう会えない、でもいつか、最後には会えるだろう大切な妹を。
その子が、私の妄想の中でちょっと残念そうにつぶやく。
『お姉ちゃん、二郎系ラーメン食べなかったの? あんなに人気だったのに……』
……いつか、自分があの子からもらった命を走り終えて、顔を合わせる時に、たくさんの思い出話をするつもりだった。
それなら、せっかくのチャンスを逃すのは惜しい、気がする。
カフェテリアで食べた、この尾道ラーメンは美味しかった。そのことはあの子に話すことが出来る。
なら、二郎系がどうかだって、教えてあげたい。
例え不健康だろうと、一度くらいなら……。
「……行く」
長考の末、私が絞り出した言葉に。
「ありがとうございます! じゃあ、さっそく週末に行ってみましょう!」
トップロードさんは満面の笑みで返事をしてくれた。 - 6二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:37:19
「先に食券を買うみたいですね」
「そうね。……思ったよりメニューがあるわね……」
トップロードさん曰く、この店は二郎インスパイアにあたる店舗らしい。
想像していたよりも店は綺麗で、普通のラーメン店と区別がつかなかった。
私達二人は「オススメ」と書かれた醤油ラーメンのボタンを押して店に入る。
卓上には詳細なトッピングのメニュー表が置いてあった。
「アヤベさん、アヤベさん。これが噂のコールですよ。コール」
案内されたテーブル席に置かれたメニュー、そのトッピング表を手にトップロードさんが声を潜めて囁いた。
わざわざヒソヒソ話をする必要なんて無いのに。
「ウマ盛り、なんてあるのね。ウマ娘向けなのかしら」
「野菜、ニンニク、アブラ、カラメ……いろいろありますよ」
事前に調べてきたらしいトップロードさんが楽しそうにメニューを指差す。
それにつられて、私も気分が弾む気がした。
「……ウマ盛りにする。それから、アブラ? を多めで」
この間食べたラーメンは、豚の脂の甘みがあって美味しかった。それを期待して私はトッピングを選ぶ。
「じゃあ私もウマ盛りで、ついでに野菜を多めにしてみます。それからカラメにも」
彼女らしい、真面目なトッピングに感じた。 - 7二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:37:32
その後でやってきたラーメンは想像していた通りの量で。
やっぱり不健康そうで。
でも。
「美味しかったですね、アヤベさん。でも何度も来てたら太っちゃいますね」
「ええ」
確かに、美味しかった。
でも、彼が何度も通いつめるほどかは。わからなかった。
……今回だけでは。
「また……」
「アヤベさん?」
「いえ、なんでもないわ」
ラーメン店を出て満足そうに歩くトップロードさんの隙きを見て。
私は一瞬、その店を振り返った。 - 8二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:37:45
「あ」
「あ」
それから3週間後の土曜日。
私は偶然、街でトレーナーさんと顔を合わせた。
街、というか……学園の近くの、二郎インスパイア系のラーメン屋で。
「すまん! でも、週1は行きたいんだ……許してくれ」
彼は店舗の入り口で、私に頭を下げる。
最近は平日に濃い体臭を漂わせなくなったと思いきや、週末に通うようにしていたらしい。
「そんなところで謝っていたら、店の人に迷惑でしょ。……早く食券を買ったら?」
「あ、ああ」
トレーナーさんがおどおどとした態度で、でも手慣れた手付きで食券機のボタンを操作した。
まったく……。この人は。 - 9二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:37:58
「アヤベが来てるとは思わなかった」
「……最近、たまに来るのよ」
たまに。そう、たまにだ。そんなに頻繁に来てるわけじゃない。
カレンさんに「アヤベさん、うーん……ちょっとニンニク臭い?」なんてことは二度と言われないようにはしている。
「そうか、た……いや、なんでもない」
食べすぎないようにな。とでも、言おうとしたのかもしれない。
でもバツが悪いのか、トレーナーさんは何も言わなかった。
体調管理はちゃんとしてるから。
なんて言葉は言い訳じみているだろう。実際ちゃんとしているつもりだ。
なので私も何も言わなかった。
二人してカウンターの隣同士で座り、黙って店員を待つ。 - 10二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:38:23
- 11二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:38:50
おしまい
一度スレタイ真似したかったんです、ごめんなさい - 12二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 00:42:40
ちょっと内心で言い訳がましいアヤベさんかわいい
アヤベさんはいくらでも好奇心旺盛になっていいのだ。妹ちゃんもそう言っている
うまさんぽラーメン勢なのちょっと意外だよね - 13二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 01:02:13
アヤべさんも遂にジロリアンのデビュー戦を突破したか
- 14二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 01:08:17
なんか想像してるより健啖家なのねアヤベさん
- 15二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 02:06:42
多分ウマ娘基準だと二郎も普通の範疇なんだろうな
けど成人男性が週2で二郎は死ぬぞ・・・ - 16二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 09:03:04
このSSのせいでニンニクアブラマシマシの二郎系食いたくなってきた
でも翌日まで響くからなぁ… - 17二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 09:06:53
妹「ウソでしょ……ジロリアンの言い訳に使われてる」