【SS3篇】バレンタインが終わって

  • 1◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:43:38

    バレンタイン当日に間に合わなかったので、後日談として書いてみました。左から順に投稿していきます。

  • 2◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:44:39

     バレンタインが過ぎた2月。ひとりのトレーナーがトレセン学園を歩いていた。何とはなしにそうしているのではなく、誰かを探し求めての行動だった。
     その足が外へと向かう。寒さのせいではないだろうが、珍しく誰も走っていないトラックを臨む観客席。時期によっては選抜レースで賑わうそこに、彼女はいた。
     そのトレーナーが契約を結び、トレーニング、レース、数えきれない日々を共に過ごした担当ウマ娘。アストンマーチャンが尋ね人だった。

    「おや? トレーナーさん、どうしたのですか?」

     不思議そうにマーチャンはトレーナーを見やる。当の本人はあちこちを探し疲れて、少し息を整えていた。その様を見て、彼女はくすくすと笑う。

    「そんなに慌てなくても。ちゃんとマーちゃんは贈ったのです」

     何が、と訊かずともトレーナーには分かった。先日のバレンタイン。奇しくも今立っているこの場所で、彼女からプレゼントを受け取っていた。

    『マーちゃん特製のメモリークッキーなのです。マーちゃんのこと、忘れないでくださいね?』

     その言葉と共に渡されたのは、アストンマーチャンの姿を形作ったクッキー。チョコではないものの、マーチャンらしい贈り物だった。
     それから家に帰って味わい、今やあのクッキーはもうない。しかし、トレーナーには腑に落ちない部分が残った。それを証拠と共に、彼女に見せる。

    「それは……メッセージカードですね。マーちゃんクッキーに忍ばせた」

     クッキーに添えられていたカード。本来であれば何かしらの言葉が綴られているのが道理だ。ただ、それは白紙のままだった。
     マーチャンのことだから炙り出しか何かと悪戦苦闘したが、結局トレーナーにこの謎が解けず、贈り主に答えを求めて探していたのだった。

  • 3◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:45:38

    「そうですね。色あせにくい、丈夫な紙を選んだのですが。何も書いていませんね。書いてあるべきことが、欠いたまま」

     そう言って、彼女は眼下を見下ろす。誰もいない、音もしないトラック。彼女の返答は、しかし別の話題のものだった。

    「そうだ。実は、マロングラッセも作ったのです。後で持っていきますね?」

     トレーナーは、もらってばかりで申し訳ない、と言う。マーチャンはかぶりを振って言い返す。

    「いいえ。マーちゃんはトレーナーさんにいっぱい贈り物をもらいました。クッキーやチョコでは足りないくらい」

    そのまま、マーチャンは呟くように今度こそ答え合わせをする。

    「最初は、ちゃんと書こうと思っていたのです。だから、メッセージカードにはトレーナーさんへの言葉を」
    「ですが、書けませんでした。トレーナーさんのたくさんを思えば、書ききれない量ではあります。そのカードでは、小さいですから」

     ふっと息を吐き、彼女はトレーナーに向き直る。トレーナーが自身のレンズでいつも見ている彼女は、彼女自身のレンズで目の前の人物を見返す。じっと見つめている。

    「マーちゃんは悩んでいました。一文字も書けないわたしはどうしたのだろう。どうすればいいのだろう、って」

     マーチャンのレンズにはひとつしか映っていない。特別な贈り物をあげた相手。ただひとりだけを焼き付けるかのように。

    「でも、トレーナーさんが来てくれて、ようやく分かりました。わたしの言葉を、伝えますね?」

  • 4◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:46:33

     彼女の想いを、トレーナーは静かに待つ。やがてそれは、確かな音になって紡がれる。

    「トレーナーさん。マーちゃんは、ウルトラスーパーマスコットを目指しています。そのためには、ラブリーマーチャンでなくてはならないとも」

     知っていた。事あるごとに彼女が口にしてきた目標。愛らしい存在になりたいと。なってほしいと。

    「ただ、ですね。今のマーチャンはラブリーマーチャンではなくて……」

     マーチャンはトレーナーに近付き、身長差がある相手に対して手招きをする。何事かとトレーナーが顔を寄せれば、彼女は耳元で囁いた。

    「ラブ…ーマーチャンで、ありたいのです」

     先程と同じ言葉の筈。しかし、聞こえた音は少し違って聞こえた。リ、ではなく、ミ。聞き違いでなければ。
     マーチャンはすぐに離れる。夕方に近いせいか、彼女の顔は赤く染められている。

    「だから、トレーナーさん。わたしを……」

     彼女の唇が言葉を形作る。しかし、続く筈の音は漏れず、僅かな息が零れるだけ。見間違いでなければ、あ、い、と。
     二度も間違う感覚があるのだろうか。トレーナーが疑うのをよそに、マーチャンは想いを紡ぎ終える。

    「……して、くださいね?」 

     はにかみながら、彼女は微笑んだ。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 19:48:32

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  • 6◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:51:35

     放課後のトレーナー室。冬の季節にふさわしい冷たい風が、窓やドアの隙間から時折入り込んでくる。
     この狭い部屋はそんな寒さですぐに満ちてしまいそうだが、文明の利器にかかればその恐れもない。

     そんな時、ここの主以外の利用者であるウマ娘が入ってきた。入ってくると同時に寒気ももつれ込もうとするが、丁度良い換気に加え彼女の歓喜に満ちた表情では入り込む余地はなかった。

    「トレーナー! いる?」
     
     部屋の主が応じれば、そのウマ娘、コパノリッキーは表情を変えずにトレーナーの元へ向かう。契約して以来、彼女は毎日といって良い程にこの部屋を訪れていた。
     その目的の大半はトレーニングの為、というより風水の実践の為なのだが、今日はそのどちらでもなかった。

    「ね、ね! どうだった、バレンタインのチョコ!」

     2月のイベントとしてまず挙がるバレンタイン。先日のその祝い日には二人も例外ではなく、リッキーがトレーナーを高架下に連れ出してチョコを渡していた。
     それから数日が過ぎて、もう食べただろうということで感想を聞きに彼女はやってきたのだった。
     トレーナーは美味しかった、と伝える。彼女は嬉しさの中に安堵の感情を混ぜた。

    「良かったぁ~。あれね、マンディアンっていうんだけど……」

  • 7◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:52:31

     そう言ってリッキーはチョコの解説を始めた。溶かしたチョコレートをトレーに流し込むだけを聞けばシンプルだが、そこにトッピングというひと手間を加えたこと。
     それはナッツやフルーツ、チョコも含めて仕事運、金運、良縁に恵まれることを願ってのものだということ。彼女の解説癖は風水以外でも健在だった。

    「……それでね、どれが美味しかった?」

     全部美味しかった。でも、そこまで凝らなくても良かったのに。トレーナーからすればリッキーの苦労を考えての言葉だったが、彼女はそこで怒ったように表情を変えた。

    「そんなことない! トレーナー、私はチョコを作ってる時ずっとキミのことを考えていたんだよ?」

     どんな味が好きなんだろう。苦手な味を聞いておけば良かった。でも、わっと驚かせたくて内緒にもしておきたかった。少し失敗もしたけど、うまく作れて、喜んでもらえるかなって。
     それでいざ渡そうとする時も、緊張で失敗しないように大地の聲が聞ける外に連れ出した。北や南に位置しない川の近くで、せせらぎや風で安心できれば。
     でも、緊張しっぱなしで大地の聲はよく聞こえないしトレーナーの心も分からなかったし。チョコは渡せたけど焦っていることがばれていないか不安だったし。

     トレーナーに対しての感情が爆発したのか、ずい、ずい、とトレーナーに迫りながらあらゆるものをリッキーは伝えてしまっていた。
     相手は、分かったから、と彼女を制止しようとする。しかし、その声は届くことはない。彼女が気付いた時には、いっぱいに椅子で仰け反ったトレーナーと顔と顔とが目と鼻の先だった。

  • 8◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:53:36

    「ぇ? とれー、なー?」

     リッキー、近い。トレーナーの声に彼女は我に返る。瞬時に離れ、熱を持った頬に手を当てながら彼女は呻く。

    「……わ、わあ! こんなことまで解説するつもりなんてなかったのに! ああ~もう~……!」

     慌てふためくリッキーに対して、トレーナーは、落ち着く風水を実践したら? と提案する。

    「落ち着く風水……それはあるけど。で、でも、その前に!」

     先程よりは少し落ち着いていたものの改めてトレーナーに彼女は迫る。

    「ねえ。チョコ、美味しかったんだよね? 私ね? 嬉しかったんだ。トレーナーが幸せでありますようにって想いを込めたチョコをおいしいって」
    「それで、それでね? その幸せが私も一緒でいられたらって思ってるんだ」

     少しずつ、ゆっくりとリッキーはトレーナーとの距離を縮める。我を忘れての行動ではなく、確かな自分の想いに従って。

    「トレーナーは、迷惑? もしね、迷惑じゃなかったら」

     彼女は歩みを止める。じっとトレーナを見つめ、自身も見つめられ。聲が聞こえないこの部屋で、彼女は想いを声に乗せる。

    「キミのこたえを、こえを、きかせて?」

     目の前の人のこえが、聞きたくて。

  • 9◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:55:17

     冬。トレセン学園の周りには雪がうっすらと積もっている。それは道が所々透けて見える程度であり、降り積もる雪の音も、踏みしめる雪の音も聞こえない程度であった。
     しんしん、というたとえが似合わない雪景色。それを眺めながら、あるトレーナー室の主と担当のウマ娘はコーヒーを啜っていた。
     前者はコーヒーの苦みと対比させるかのようにチョコレートを頬張っていた。後者はやはり苦みと真逆の甘みを含んでいたが、コーヒーに合うのかと問われれば首を傾げる飴を舐めている。

    「……なあ。それ、うまいか?」

     この部屋のウマ娘、ナカヤマフェスタは器用に飴を口内で選り分けながらそんなことを口にする。自分の契約相手に渡したどこぞの会社の陰謀による産物。その味を問うていた。
     うまい。一言ながら明快な回答は、彼女への返事として内容を満たしていた。それにもかかわらず、ナカヤマは奇妙な顔をしていた。相手の返答に、というよりもそれを受けての自身の機微が理解出来ない、というように。

    「そうか」

     やはり短い言葉で彼女は返す。それからもしばらくは啜り、噛み、舐める音が空間に響く。二人して何を話すというわけでもない。お互いに、お互いを認めている、静かな時間。
     しかし、ナカヤマはその静けさに身を浸らせてはいなかった。トレーナーの方も彼女が落ち着いていないことには気付いていたが、いたずらに触れることはせずにいた。
     更に時間は過ぎるも、ややあって彼女は背中を預けていた椅子から立ち上がった。鉄パイプが軋む音が聞こえる。そのままトレーナーの元へ歩み寄り、止まる。

     座ったままのトレーナーはナカヤマを見上げる。相も変わらず彼女の表情は奇妙なままで固定されていて、その内面を窺い知ることは出来ない。
     契約相手の傍にいながら、彼女はその人物を見てはいなかった。日々を過ごすうちに共にスリルを、生きている実感を隅々まで味わおうとする目。その片割れは、机の上に注がれていた。

  • 10◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:56:15

    「……」

     じっ、と黙ったまま見つめるのは、彼女手製の贈り物。コイン型という一風変わった形のチョコレートは、まだ雪が降っていない空の下チキンレースをしたあの波止場でもらったものだ。
     食べたい? トレーナーはナカヤマに問いかける。彼女は何故そんな提案をしてきたのか分からないようだった。

    「アンタは、私の心が分かるのか?」

     純粋な疑問が口に出される。対する答えは、先程と違い明確なものではなかった。
     分からない。ナカヤマの心は、ナカヤマにしか分からないから。でも、欲しそうな顔かなって。

     彼女は目を見開いた。チョコを渡す時、そのやり取りは至ってシンプルだった。羞恥に頬を染めることはなく、添えられたメッセージカードも簡素な言葉。
     トレーナー様。楽しいバレンタインを。チョコをあげる、貰う行為自体に楽しいという言葉は似つかわしくないのかもしれない。しかし、度合いや種類はともかく確かな好意が背景にあるのはお互い知ってのことだった。

     そして、彼女はこう付け加えたのだった。物欲しそうな顔をして。"お遊び"をご希望か、と。トレーナーが意趣返しで言ったわけではないことは分かっていた。
     ただ、どうにも自身にすら捉えようがない感情の図星を突かれたような気がして、悔しさとやり返したい気持ちとが芽生えていた。

    「へえ。欲しそうな、ね。だったら、貰おうか」

  • 11◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:57:13

     そう言ってナカヤマはチョコを一個摘まんだ。そのまま口元に運ぶのかと思いきや、もう片方の手でトレーナーの手を掴むと指先から指先へと贈り物をした。
     トレーナーは彼女の意図が読めずに何度か目を瞬かせる。その目を見て、彼女はにやりと笑う。

    「ちょっとした"お遊び"だ。私の口に入れてみな」

     先日の彼女の言葉を思い出したのか、トレーナーは戸惑っていた。そして、おずおずと腕を持ち上げた。
     しかし、彼女は首をふい、と傾けて相手の指先を避けてしまう。

    「もっと考えて動かなきゃな? そら、溶けちまうぜ?」

     体温が端々にまで行き渡って徐々にコインは形を失っていく。彼女に比べると節々が太い指が右往左往する。やがて溶けた一部が伝い落ちるかという状態になって、彼女の方から咥え込んだ。
     形を保てなくなった甘さが、口内で更に溶け落ちる。無意識に彼女はその動きを見せつける。魅せられた相手は視線を動かせない。

    「……ああ、楽しいな。なあ、"お遊び"はもうおしまいか?」

     新たに用意されたものを掲げて、ナカヤマは笑う。食べ物で遊ぶ。それは、礼儀正しさを備えた彼女らしくない行為だ。しかし、その戯れは確かに彼女の何かを少し満たしていた。
     食べて、食べられて。食べさせて、食べさせられて。溶けていくチョコと共に、彼女の疑問もすっかり解けていた。
     外の寒さを気にすることなく、二人は一枚、また一枚と戯れを続ける。解された彼女の心を温かさで満たすまで。

  • 12◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 19:58:48

    以上です。ありがとうございました。

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 20:06:51

    >>12

    待っていました。

    ナカヤマの話だけかと思っていたから驚きました。

    どれも良かったです。

  • 14◆zrJQn9eU.SDR23/02/19(日) 20:52:02

    >>13

    ありがとうございます。読んでいただけて嬉しいです。

  • 15二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 06:53:00

    保守

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