【SS】きっとそれは、ひだまりのような

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:37:46

     声援というものの力強さを感じる時がある。
     大声援が待ち受けるレース場への地下通路を歩きながら、ふとそんなことを考えた。

    『大歓声に押されて登場!本日の有馬記念がついにラストラン!ファン投票第1位キタサンブラックです!』

     人生にはたくさんの特別な日がある。今日はそんな区切りの1つだった。あたし――キタサンブラックは、今日の有馬記念をもってティンクルシリーズを引退する。前々から決めていたことだった。

     レース場全体に響く大歓声、揺れている応援旗。溢れんばかりの熱気が、振動が風となってあたしの体に吹きつけている。

    「本当にたくさんの人たちがあたしを応援してくれているんだなぁ……」

     ふと漏れ出た一言。ラストランを目前にして、心と体の緊張が嫌が応にも高まっていく。額のあたりから、汗がつうと一筋流れ落ちた。

     しかし。ビリビリとした実体を持って伝わる思いと熱意。背筋が伸びる心地もあるが、何よりもみんなの声援が、大きな祭りの熱そのものが。どうしようもなくあたしを昂らせていたのだった。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:38:40

    「ファンのみなさん、声援ありがとうございます!今日もよろしくお願いします!」

     一礼とともに観客席を改めて見渡す。コースから一番近い立ち見席のところで、大親友であるダイヤちゃんが大きく手を振っているのが見えた。

     大事な友達で、素敵なライバルで。本当は今日も一緒に走りたかった。海外遠征の影響で有馬記念を見送ると聞いたときは、酷く残念に思った。

     それぞれの夢の数だけ道は増えていく、別れていく。それはきっと仕方のないことで。けれども、彼女の最高のライバルであり続けたい。その想いだけは今も変わらなかった。あたしが“ダイヤちゃん最高のライバル”であることを証明し続けるためにも、今日のレースは負けられないものだった。

     そして、ダイヤちゃんの傍にはこれまた大きく手を振っている2人の男性――メガネが特徴のみなみさん、パーカーが特徴のますおさんの姿も見えた。

     まだあたしが子どもだった頃に、テイオーさんやマックイーンさんのレースを一緒に観戦したお兄さん達。年は少し離れているけれども、同じ感動を分かち合った大切な友達だった。そして今も、ずっとあたしとダイヤちゃんのことを最前列で応援してくれて、見守ってくれていた。

     昔と変わらない応援の姿はいつもあたしに安心感を与えてくれた。あの頃とは距離感が違うけれども、お兄さん達は今でもあたしにとっては大切な友達のままで。きっと――お兄さん達もそう思ってくれているとあたしは信じている。

     今日も、いつものやりとりでレースの解説を交えつつ。すっごく精一杯応援してくれるんだろうなぁ――そう考えると、自然と顔が綻んだ。

     そうしているうちに、出場ウマ娘のゲート入りが開始する。レース場全体のボルテージがさらに上がっていく。流れ始めたファンファーレの音楽が、あたしのラストランの発走まで幾ばくも無いことを高らかに告げていた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:39:53

     初めて声援を貰った日のことを鮮明に覚えている。

     東京レース場であたしが初舞台――メイクデビューを飾った日。あたし自身の走りを魅せて、みんなを笑顔にしたい。そんな夢の出発点。まだまだ未熟だけれども、精一杯の力と誠意を込めた初レースだった。

     初めての公式レースはがむしゃらに走ることしかできなかった。頭の中が真っ白になるくらいヘロヘロになって、何も聞こえなくなって、足もガクガクになった。でも、何とか一着を獲ることができたのだった。

     やりきった!やりきった!きっとみんな、あたしの走りを見てくれた――

     ゴールした後に観客席を見渡した。けれども、あたしの予想とは裏腹に誰も笑ってなくて、あたしを見ていなくて。注目も喜びも感動もない。あたしが実力の足りない、まだまだ注目に値しないウマ娘だという残酷な事実を突きつけられた。目指す場所の遠さを実感し、悲しさと悔しさを噛み締めていた。

     そんなとき。

    「素晴らしいレースだったぞー!」

    「これからもずっと応援するからなー!」
     
     幼い頃に聞き慣れていた声が聞こえた。静寂のレース場を震わすような、熱い声援があたしに向けられていた。お兄さん達――みなみさんとますおさんが、観客席の最前列から精一杯の声援をくれていた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:40:49

     未熟なあたしでも見てくれている人が居る。ずっと暖かく見守って応援してくれる友達が居る。その事実に、デビューしたてで不安なあたしがどれだけ救われたか、安心したか――たまらず、無意識に涙がぽろぽろと零れてしまった。

     感極まったまま、あたしは観客席のお兄さん達の元へ駆け出した。そして誠心誠意、いっぱいの感謝を込めて頭を下げた。

    「みなみさん!ますおさん!応援、ホントに、ホントにありがとうございました!!」

     涙声ではあったけれども、レース場に響き渡るような勢いで、精一杯の感謝を告げた。あたしなりの最大限の謝意だった。お兄さん達は照れ臭そうに謙遜していたと思う。それを見て、あたしも多分笑っていた。

     初めて声援を貰った日のことを鮮明に覚えている。
     年も、性別も違うけれども。大切な、大切なあたしの友達。忘れることなんてできるはずもない暖かな思い出だった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:41:38

    『2度目の3コーナー、まだキタサンが先頭!後続の娘たちの動きはどうだ!?』

     1バ身程のリードを保ちながら第4コーナー、そして最終直線へと臨む。ここまでは自分にとって有利な展開。けれども、すぐ後ろからはあたしを追う音が聞こえる。後続の有力バからの圧力が、蹄鉄の奏でる轟音が。嫌という程に襲い掛かってきていた。

    「……っ!」

     芝を踏む足が重い。息が苦しい。自分の思うような走りが出来ない。負けてしまった、今年の宝塚記念やジャパンカップでも感じたものだった。本格化の全盛期を過ぎた身体の衰えが、重石のようにずっしりとあたしに圧しかかっていた。

     そうしている間にも後続達はあたしを飲み込まんとグングン差を縮めてくる。もうダメかもしれない――あたしらしくない諦観の気持ちすら湧いてきた。

     そのとき。

    「頑張れ!キタサンブラック!」

    「俺たちはいつも君を見守っている!だから、ゴールで待ってるぞ!」

     10万に近い喧噪の中で、2人の声が聞こえる訳がない。しかし、しかし。まるでレース場を全体に響くような勢いで。お兄さん達の声援がはっきりと聞こえた。

     一緒にレースを観戦していた頃と変わらない。一緒に叫んで、笑って、泣いたときのような。そして、あたしをずっと見守ってくれていた声が。ひだまりのような暖かさがあたしの背を、確かに押してくれていた。励ましてくれていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:43:03

     あたしはそんなに器用じゃない。タフさだけが取り柄。今はそのまま頑張って。後先なんて考えないで。ゴールまで走り切るんだ――

     背中を押してくれる暖かな力を糧に、あたしは最後の、精一杯の足を踏み出した。

    『さぁ行ったキタサンブラック!1歩、2歩!離す、離す、離す!』

    「これがあたしの!お祭り娘の引き際だぁーー!」

     がむしゃらに足を動かして、頭を真っ白にして。心臓破りの坂を上っていく。もう後ろのことなんて、体の衰えなんて。ちっとも気にならなくなっていた。その勢いのまま――あたしは友達の待つゴールへと一気に飛び込んだ。

    『キタサンブラック!一着はキタサンブラックです!』

     疲れの導くまま、ターフへと仰向けで倒れこむ。レース場全体で、あたしの耳に収まりきらないほどの歓声が沸き起こっていた。

     みんながあたしの走りを見て笑ってくれている。やっとあたしは最高の祭りを作ることができたんだ――嬉しさと誇らしさが混じり合った、不思議な心地がした。

     観客席にもう一度目をやると、最前列でダイヤちゃんとお兄さん達が泣いて、笑って、あたしの勝利を喜んでくれている。いつの間にか、テイオーさんやあたしのトレーナーさんまでが輪に混じり、肩を組んで盛り上がっている。

     あたしは1人じゃここまで来られなかった。ダイヤちゃん、テイオーさん、トレーナーさん……そして応援してくれたお兄さん達。

     そうだ。あたしは良いアイデアを思い付いた。今日、この場でみんなに、お兄さん達に誠心誠意のありがとうを伝えよう。ずっと見守ってくれていて、応援してくれたことへの感謝を。メイクデビューの時のように心を込めて――

     中山レース場の盛り上がりは留まることを知らない。溢れんばかりの熱気が満ちている。けれども、お兄さん達がくれたこの暖かさは、10万の熱気にちっとも負けていない。暖かさに再び背を押されるまま――あたしは観客席の元へと精一杯駆け出した。

  • 723/02/20(月) 21:43:26

    お読み頂いた方々、誠にありがとうございました!
    キタサトとみなみとますおのアニメ描写、イベスト描写が大好きで。
    こんな感じのキタサトとみなみとますおのSSを誰か書いて頂けないでしょうか……

  • 823/02/20(月) 21:44:28
  • 9二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 21:46:51

    >>7

    お疲れ様です

    みなみさんとますおさんいい人たちですよね

    競技者になってからも応援してくれていて絆が続いているのがいいですよね

    >>8

    はんぶんこ書いてた人だったんですね

    好きなお話です

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 22:20:38

    みなみとますおの出る良作SSは貴重だから助かる

  • 11二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 23:36:09

    感想ありがとうございます!大変嬉しいです!

    遅れましたが、このSSはアプリのキタちゃんの育成ストーリーにみなみとますおが出てきてたら?というIFを想像して書いたものです。そういう世界線と捉えて頂ければ。


    >>9

    ファンと競技者、そして年を超えた友達。キタサトとみなみとますおの交流大好き。

    新年のイベストは本当に良かったですよね!

    前作もお褒め頂き嬉しいです!


    >>10

    もっとこの2人に焦点を当てたSSが増えてほしいと思いつつ書いております。

    もっとみんな書いてくれ~!

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 11:22:27

    あまりSSが書かれない、みなみとますおにスポットを当てたものを書いて頂けるのが嬉しいですね。
    スポ根的な熱さと、声援の暖かさが素敵でした。

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 22:29:22

    >>12

    お読み頂きありがとうございます!!

    ずっと変わらずに応援してくれる人って素敵だと思うのです。

    みなみとますおを布教して行きたいです……!

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