(SS注意)ナイスネイチャのバレンタインの後の話

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:33:07

     バレンタインから、もう一週間近く経過してた。
     時の流れは早いなー……いや、いつも言ってるなコレ、いかんいかん。
     アタシはトレーナーさんに、バッチリ、チョコを渡すことが出来た。
     ――――ハイ、スイマセン、嘘をつきました。
     だって、チョコとか渡したら、まんまじゃん。
     結局恥ずかしくなって、でも渡さないという選択肢は絶対あり得なくて。
     チョコまんじゅうという形で、彼に手渡した。
     お歳暮的だとか、お中元的だとか、言い訳で、包装して。
     
    「はぁ……何をしてるんですかね、アタシは」

     なんとなく一人で散歩がしたくて、学園の外れをコーヒー片手に歩いていた。
     勿論あのチョコ饅頭にはたくさんの気持ちを込めている。
     これまでの感謝、これからの願い、アタシのあいじょ、いや、そうじょう、相乗効果的なのもね?
     トレーナーさんも、すごく、すごく喜んでくれて、美味しい美味しいって言ってくれた。
     作って良かった、手渡して良かった、食べてくれて良かった、喜んで良かった。
     良かった尽くしのはず、なのに――――心の奥底にいるアタシは、冷たい目で冷や水をかける。

     想いに偽りがないなら、そのままチョコで良かったんじゃない?
     お歳暮だの、お中元だの、いらない言葉で装飾する意味はあった?
     どうして、素直に、真っすぐに、想いを伝えられないの?

     頭の中が自己嫌悪で埋め尽くされそうになる前に、アタシはコーヒーをぐいっと喉に流す。
     トレーナーさんの飲んでたのを思い出して買ったブラックコーヒーの味は、とても苦い。
     甘い記憶に甘えてたアタシにはちょうど良い味だったのかもしれない。

    「ん、あれって、ゼファーと……えっ」

     渋みを嚙みしめている最中、アタシは見知ったウマ娘の後ろ姿を捉えて、固まってしまう。

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:33:41

     後ろで二つ結びにした長い茶色の髪、右耳の赤いリボン。
     視線の先にいるウマ娘は、友人のヤマニンゼファーに違いない。
     隣には一人の男性、恐らくは彼女のトレーナー。
     そしてゼファーは、その男性の顔に向けて、ゆっくりと顔を、唇を、近づけている。
     思わず、手に持っていた缶が滑り落ちる。

    「いっ、いいいい、いいいいいいいいいい今っ!!」
     
     足元から軽い金属音、中身は残っていたが気にしてられない。
     アタシの上げた声に気づいて、二人ともこちらを向く。
     ゼファーはなんてことないと言わんばかりの、穏やかな表情。
     対して、彼女のトレーナーは少しだけ焦った表情を浮かべている。
     後から考えれば、この時点で察するべきだったが、アタシは感情のまま声をあげてしまった。

    「今、いま、きっ、きっ、ちゅっ、えっと、その、接吻しようとございませんデスカ!?」

     結論から言えば、バグった文法と言語センスから放たれた言葉は的外れだった。
     聞いてみれば、息を吹きかけて、感謝の想いを風に託して伝えていたとのこと。
     ゼファー曰く。

     バレンタインの日、トレーナーさんに便風を送りました。
     ですが、私が伝えたい好風は、もっとたくさんあって、溢れてしまいそうで。
     ということで、恵風への感謝を込めて、想いを風に託していたんです。
     ふふっ、でも不思議ですね。託せば託すほど、何故か私の方までひよりな心地になってしまいます。

     はい、ゴチソウサマデス。
     風、風、風、乙女として恥ずかしく……ないんだろうなあ。
     いやはや、ゼファーが時折大胆なのは知っていたけれど、まさかこれほどとは。
     この後、まあ、色々とありまして、二人はこの場が去って、アタシ一人が残されることなった。
     落としてしまった缶を片付けながら、ゼファーのことを思い出す。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:34:06

     あの子は、どんな形であれ、トレーナーに対して、真っすぐ想いをぶつけていた。
     それが、とてもアタシには眩しくて、キラキラしていて、少しだけ羨ましくて。
     
    「いやぁ……アオハルってますなあ~。アタシには眩しすぎるわぁ~……」

     誤魔化すように、独り言を吐き出す。
     ふと、アタシのトレーナーさんの顔が脳裏に浮かんだ。
     優しくて、頼りになって、それでいて放っておけなくて、ちょっとだけ鈍感な人。
     アタシも同じようなことをしたら、あの人は、どんな顔をするのだろう。
     アタシの想いを、ちゃんと受け止めてくれるだろうか。
     ――――いやいやいやい、ないないない、これはさすがにあり得ませんわー。
     何を考えているんだが、あの二人の風に当てられちゃいましたかね。

    「……でも一回くらいなら、なんて」

     無意識に、口から想いが零れ落ちた。
     頭に過るは、バレンタインでの後悔。
     もっと、素直に、真っすぐに、伝えたい想いがあった。
     でも、言葉で伝えるのは恥ずかしい。
     ゼファーのように、風に託して伝えることならば、できるだろうか。

    「そっ、そうだ、トーレナー室行かなきゃ、アハハ……」 

     ぐるぐると堂々巡りを繰り返す思考から、目を逸らす。
     今日はこの後、ミーティングの予定だ。
     まだまだ間に合う時間だけれど、余裕があるわけでもない。
     どこかのぼせた頭と、浮ついた足で、アタシはトレーナー室へと歩みを進めた。
     唇を近づけるゼファーの姿を、忘れられないままに。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:34:43

    「おいっす~、ネイチャさんが来ましたよっと」
    「あっ、ああ、こんにちは、ネイチャ」

     見慣れたトレーナー室。
     奥のデスクでパソコンを扱いながら、トレーナーさんは少しだけ慌てて言葉を返す。
     
    「……?」

     何か違和感。
     そして、その正体はすぐに分かった。
     デスクの上に置かれている、トールサイズのはちみー。
     学園のウマ娘の間では人気でテイオーやタンホイザも良く買って飲んでいる。

    「へえ、アンタにしては珍しいの飲んでるね」
    「いや、これは……」

     トレーナーさんが視線を足下へと泳がせた。
     彼がはちみーを飲んでる場面を、アタシは今まで見た覚えがない。
     そもそも、愛飲しているのはコーヒーで、それもブラックばかり飲んでいたはずだ。
     胸が、騒めく。
     そのはちみーの辺りから、何故か、他の女の人の気配を強く感じた。
     きっと、気のせい、アタシの勘違い、はちみーがここにあるのも、彼の気まぐれなのだろう。
     でも、本当に他の女の人の影響だったら?
     実家のスナックで良く見た、付き合ってる人の影響で、趣味や嗜好が変わる人達。
     ……考え過ぎだ、そう思ってみるけれど、脳裏には何時かの自分の言葉が蘇る。

     ――――トレーナーさんの一着だけは、誰にも譲らないから!

     彼の前で宣言した誓い、根拠の薄い漠然とした不安、さっき見た嵐のような光景。
     その全てが複雑に絡み合って、アタシの背中を押す旋風になる。

  • 5二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:35:11

    「トレーナーさんや、ちょっと話があるんだけど、いいですかね」
    「ん? それは構わないけど、その前に……」
    「今が、良いんだ」

     トレーナーさんの言葉を遮るように、アタシは自分の言葉を差し込む。
     もう逃げたくないから。
     覚悟が揺らいでしまう前に、突き進みたいから。
     アタシの声色に何かを察したのか、トレーナーさんは一瞬視線をまた足下に逸らして、頷く。
     そして真剣な表情で、アタシを真っすぐ見つめた。

    「わかった……どうしたのかな、ネイチャ」
    「ありがと、こないだのバレンタインにさ、チョコ饅頭あげたじゃん?」
    「ああ、すごい美味しくて、嬉しかったよ。本当にありがとう」
    「うん、でも足りないんだよね」
    「……足りない?」
    「あの小さな箱じゃ、アタシの伝えたい想いを込めるには、全然足りなかった」

     一つ言葉を紡ぐごとに、アタシは一歩一歩、トレーナーさんへと近づいていく。
     距離は短いはずなのに、とてつもなく時間がかかった気がする。
     彼の顔だけを捉えながら、デスクを挟んで前に立ち、アタシは言い放った。

    「だからさ、また受け取って欲しいんだ、アタシの想いを」
    「……俺としては貰いすぎてるくらいなんだけど、君が望むなら」
    「アハハ、ありがとね。それじゃあ、立ってもらっていいかな?」
    「わかった」

     言われるがままに、スッと立ち上がるトレーナーさん。
     アタシが彼を見上げる形で、二人でじっと見つめ合い続けていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:35:33

    「……」
    「……」
    「あの、すいません、目を閉じていただいても良いデスカ……?」
    「えっ、ああ、ごめん、そういうもんなのか?」

     アタシの言葉に何の疑いも持たずに、トレーナーさんは目を閉じる。
     ちょいっと素直すぎやしませんかねー……いや、良いんですけど。
     正面には、彼の顔がある。
     閉じられた目、若干長めのまつ毛、細めの眉、目の下の薄い隈、そして乾いた唇。
     まるで花に誘われる蝶のように、私の顔はふらふらと彼の唇に近づいていく。
     どこからともなく、バタバタと激しく揺らぐ尻尾の音。
     多分アタシの尻尾なのだろうが、今日はどこか遠くから聞こえる気がする。
     彼との距離がニンジン一本分くらいになった時、ピタリとアタシの動きが止まる。

     待って、今回はそういうのじゃないから。

     ここに来て何とか理性が打ち勝つ。
     あくまで感謝の気持ちを風に託して伝えるのが目的、それ以外のことはない。
     そして後一歩まで近づくと、急に心臓が早鐘を鳴らし始める。
     彼の顔を見ているだけで顔が熱くなってきて、思わず目を閉じてしまう。
     後は息を吸って、吹くだけ。
     行為そのものは毎日しているはずなのに、それがとてつもなく難しい。
     
    『がんばれー……ネイチャー……えい、えい、むん……!』

     タンホイザの幻聴が聞こえる。なんで小声なんだろ。
     でも、あの子はアタシの頭の中ですら応援してくれるのか……本当にいい子だなあ。
     アタシは大きく息を吸い込む。
     そして、トレーナーさんへの感謝の想い、そしてこれからの願いを胸いっぱい込める。

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:36:10

    「ふぅー………………っ」

     そしてゆっくりと息を吐き出し、風に全ての想いを託した。
     やがて、苦しくなってきて、呼吸を正常に戻して、顔の熱も少しずつ引いてきて。
     アタシは思った。

     ――――えっ、何してるの、アタシ?

     うわあ、急に冷静になるな、と自分に言いたくなる。
     しかし一旦落ち着いてしまった思考には、残酷な現実が容赦なく流れ込んでくる。
     まず、客観的に見た先ほどのアタシの行動から振り返ってみる。

     トレーナー室に入って、変なこと言い始めて、突然顔を近づけて、息を吹きかけるヤベー女。

     血の気の引く。
     やってしまった、やらかしてしまった。
     そもそも、息を吹きかけて風に想いを託すって何さ。
     恐る恐る、ゆっくりと、アタシは目を開いた。
     そこには驚いたように目を見開いて、顔を赤くしながらアタシを見つめるトレーナーさん。
     
    「あああああああああ……」
    「えっと、ネイチャ?」
    「スコシダケソットシテオイテクダサイ……」

     思わず膝から崩れ落ちてしまう。
     激しい自己嫌悪と羞恥心。
     でも、そんな中でも。
     少しだけ満足している自分がいるのが、はっきりとわかった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:36:42

    「……つまり、ヤマニンゼファーの真似をしてみた、と?」
    「……ハイ、ソウデス」
    「……何で?」
    「……ハイ、ナンデデショウ」

     気の迷い、魔が差した、としか言いようがない。
     デスクからミーティング用のテーブルに移動して、釈明会見が開かれることとなった。
     釈明も何も、ここに至るまでのことを素直に話すのみだけど。
     その話をトレーナーさんは呆れたような表情で聞いてくれた。
     ふと、疑問が生まれる。むしろ、これは必ず尋ねなければいけないことだった。

    「あのさ、トレーナーさん」
    「ん?」
    「アタシの想い、どうだったかな?」

     トレーナーさんはその問いに、困ったように頬をかく。
     やがて、照れながら、小さく呟くように、答えを返した。

    「驚いたし、恥ずかしかったし、今でも混乱しているけど……嬉しかったよ、多分」

     そっか。そっかそっか。
     その言葉に、アタシの心は軽くなっていく。
     恥ずかしかったし、思い出す度に後悔しそうだけど、その言葉が聞けたなら、いいや。
     アタシは表情を緩ませて、少しおどけながら、軽口を叩いてみせる。

    「うん、それならヨシ、かな。トレーナーさん以外は誰が見てたわけじゃないですし~」
    「…………ああ、うん、そのことなんだけど」

     トレーナーさんは視線をデスクの方に向ける。
     デスクの隅の方からぴょこんと飛び出てる尻尾を見て、アタシの全ては凍り付いた。

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:37:07

    「ごっ、ごめんねえネイチャ……盗み見するつもりはなかったんだよ……」

     穴を開けて無理矢理耳を通したキャスケット、ゆるふわな髪と斜めに流れる流星。
     ティッシュで鼻を抑えながら、マチカネタンホイザがひょっこりとデスクの影から現れた。

    「あー、なんか先日、彼女の落とし物を拾ってあげたんだろ?」
    「……ソンナコトモアリマシタネ」

     少し前に彼女の財布を拾って、大いに感謝されたのは覚えている。
     タンホイザはデスクの上のはちみーを持つと、恐る恐るアタシに声をかけた。

    「そのお礼にはちみーを買って来たんだけど……ネイチャ、まだ来てなくて」
    「……ナルホドナルホド」
    「サプライズマチタン理論~! ってことで驚かせようと思って隠れてて……そしたら、ね?」
    「……アハハ、タンホイザモオモシロイコトカンガエルネー」
    「ねっ、ネイチャぁ~! ロボみたいになってるよぉ~! ごめんねえ~!!」

     泣きながら抱き着いてくるタンホイザ。
     ……うん、今思えばヒントはあったのにガン無視しておっぱじめたアタシが悪い。
     声をあげそうになるのを何とか理性で抑えながら、彼女を落ち着かせようとする。
     その刹那、タンホイザはアタシの耳元でぼそりと呟いた。
     恐らくは無意識で発せられた、聞かせるつもりのない声色の、小さな囁き。
     だが、それはアタシの最後の理性を砕く、クリティカルヒットとなった。

    「…………でもネイチャ、大胆で、どきどきしちゃったな」
    「――――うにゃああああああああああああああっっ!!」
    「ああ! やっちゃったっ! ネイチャ、待ってえ!」

     アタシはトレーナー室を飛び出して、風となるのであった。

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:38:41
  • 11二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:39:54

    色んな子が実装されたけどやっぱりいじらしいネイチャさんからしか摂れない栄養はありますわ
    ありがとうございますわ

  • 12123/02/21(火) 22:03:02

    感想ありがとうございます
    ネイチャはやっぱ良いですよね……

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 22:34:40

    おやおやおやおや。
    ネイチャのお話もですか。素晴らしいですね。
    最悪のグッドタイミングなネイチャは素敵です。
    おマチさんにはターボやイクノ、フクちゃん先輩にもドキドキのおすそ分けをしてもらいたいものですね。

    ネイチャが脳内で自分に言い訳してるのほんと好き。

  • 14123/02/21(火) 23:27:48

    >>13

    ありがとうございます

    言い訳ネイチャは今回の好きなところですね

  • 15二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 23:34:00

    >>13

    一瞬ボ卿かと思って震えたわ


    それはそれとして良きSSだった

    周りのみんなを眩しいというネイチャもまた眩しいんだ……

  • 16123/02/22(水) 00:14:26

    >>15

    きらきらしてますよね……

  • 17二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 06:21:29

    いい……

  • 18123/02/22(水) 11:08:54

    >>17

    ありがとうございます

    そう感じていただけると幸いです

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています