- 1二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:47:12
実は私、明日退学した後は……その……夜のお店で働くことになったんです。
こんなに大きな学園の良い施設を使った学費、やっぱり高くって。
お母さんだけじゃ到底払いきれないから、それで……グスッ うう。
だから……そういう所で働く前に、私の初めてをもらってくれませんか?
ご、ごめんなさい。嫌ですか?
私は一つも勝てなくて、トレーナーさんの評判を落としちゃいましたもんね。
お父さんが、グスッ いなくなる前のレースでも、あんなに一生懸命に指導してくれたの、に。うぅぅ。
でも、お願いです。私、これから知らないおじさんたちのおもちゃになるんです。
その前にせめて最初だけは……トレーナーさんに、もらってほしいんです。
お願いします、お願い……その後は忘れてもらっていいですから。
未勝利のまま終わって……これ以上の迷惑はかけませんから……うぁぁぁぁぁ - 2二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:52:15
- 3二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:53:34
こっちだって職を失いたくないんだ。
勘弁してくれ。 - 4二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:54:17
ダートで大井なら稼げるな
- 5二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:54:28
それなら、払っといたよ
- 6二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:55:59
理事長に「一生かかってもどんなことをしても払います!きっと払いますとも!」って言えばよかったのに…
- 7二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:56:39
ナイター開催の初めてってなんだよ
- 8二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 20:57:40
知らないおじさん(=地方トレーナー)に指導される前に、初めてのナイターレースの指導をして欲しいということじゃないだろうか
- 9二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:00:33
信じて送り出した元担当がダート調教にドはまりして
砂の女王と呼ばれるまでになるなんて… - 10二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:02:16
中央トレーナーにナイターの指導のノウハウとかあるんか?
- 11二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:03:04
ナイターだけに泣いたーというわけか
- 12二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:05:18
カイチョー全てのウマ娘の幸せを考えるなら駄洒落言う前にナントカシテヨー
- 13二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:05:30
ウマ娘的に、ナイター開催って泣くほど嫌なことなの??
- 14二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:09:58
やっぱ眠いんじゃろ(ハナホジー
- 15二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:11:29
そらまあ都落ちしておじさんトレーナーの下につくって、年頃の女の子からしたらショックなんじゃないかな
でも地方にだって名トレーナーはいるからへーきへーき - 16二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:12:58
- 17二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:14:25
- 18二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:19:55
ホクトベガはG1芝でも取ってるよ!!!
- 19二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:20:49
無情にもモブちゃんは知らないおじさんの手により、とりあえず生(ビール)くらいの感覚でナイターを10戦走らされちゃうんだ……
着順 dice10d10=5 6 5 10 2 10 4 6 10 1 (59)
- 20二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:21:37
夜のお店…そうか夜間バイトか仕方ないね
- 21二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:26:34
- 22二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:34:48
立派な第二部じゃねーか
- 23二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 21:42:58
観客が全裸のおじさんオンリーは嫌だな…
- 24二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 00:20:01
中央で知り合った子たちが応援に駆け付けるシーンいいよね(幻覚症状)
- 25二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 03:23:28
1つの物語が完成してるの草
- 26二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 03:25:43
関係ないけどこのモブ娘ちゃんかわいいですね
- 27二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 03:27:37
女王様とお呼び!
- 28二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 03:31:02
中央では芝走ってた子でそれ向けの体とフォームと戦術を作りをトレーナーとしてたのに、地方でダート走るため、それを知らないおじさんに改造されてもう芝走れないダートウマ娘にされるのはNTRと言えるかもわからない
- 29二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 03:47:37
念願の1着の後はなんやかんやあって軌道に乗った末に最後は元のトレーナーが育てたダートウマ娘とG1ダートで対決するんだ
なんやかんや?そりゃ鶏しめたり畑耕したりカツオ釣ったりどて煮作ったり曲がりなりにも中央にいて学んだことを地方なのにやる気の強いグループで共有したりなんか先の10dくらい負けが込んだりするんだよ - 30二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 07:54:31
- 31二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 08:24:38
可能性を諦めずに勝たせてくれた、ありがとう、だよな
- 32二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 09:01:20
- 33二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 10:59:53
地方で諦めずに走り続けるウマ娘の話って需要ありそうだよね
どっかに転がってないかしら - 34二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 11:04:57
サンキューよりは幸せそうで何より
- 35二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 11:19:43
ナイターでこんな感動的なレースを見て私は泣いたー…ふふっ
- 36二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 11:31:45
サンキュー並みかそれ以上に不幸なウマ娘がいたら、もう放送事故なんよ
- 37二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 13:22:01
>>2が強いスレの新作来たな
- 38二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 13:25:20
普段はすぐ曇らせようとするが、>>1に曇らせが書いてあると晴らそうとする
あにまん民の生態をよく表したスレといえる
- 39二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:06:54
一定の間隔を以て形作られる光と影との波の上、纏わりつくようなぬるく湿った空気を掻き分けてひた駆ける。思えばここ一年半、走った9戦全てがナイターレース。立体感を狂わせる強烈なライトに苦しめられたのも今となっては苦笑いするような思い出で──結局のところ、住めば都というやつだ。
『バ群やや縦長の展開となりまして、先頭_番____は前走同様押して押してまずは前に出しております、追って2バ身差で_番それから_番、』
向こう正面から見やれば波間ひしめく魚の様にスタンドを埋め尽くす人、人。時間とそれから場所柄もあってか、実に様々な声が溢れるそこは熱狂の渦中にある。
ただ、今はその熱気も、応援も、怒号も、歓声も実況も全てが意識の外。
『先頭_番____、快調にペースを刻みます、3バ身、4バ身離れて内から────』
遠くで自分の名前が読み上げられたことにすら気付かない。
踏みしめた足から伝わる砂の音と、追ってくる相手たちの猛然たる地鳴りめいた蹄音と吐息、全霊の早鐘を打つ己の心臓が奏でるセッションの前ではどんな音だって霞み、砂の一粒に交じって消えていく。
キャリア10回目のナイター。
この暗く静かでありながら、それでも眩しく烈しい時間に私は心奪われている。 - 40二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:08:38
「ごめん、君に言い訳するなんてできないから言わせてほしい。……ダートの、それもナイターに挑む君に対して僕が教えられることはあまりにも少ない」
その言葉は確かにショックで、どうしようもない追い討ちではあったけれど、それ以前にすっかり気の滅入っていた私にとっては予想していたほど響くものではなかった。
「中央で君と一緒に勝てなかったのは僕の責任なんだ、どうか自分を責めないでくれ」
同じニュアンスの言葉をトレーナーから聞くのももう何回目だったか、だんだんと嫌になってきていた。それが純粋な申し訳なさからくる言葉だと心ではわかっていても、その言い方ではトレーナーが私に割いた時間の価値すら、脆く価値のないものに変わってしまうように思えた。
「……ごめんなさい、それくらいわかってるんです、私も。中央のレースで走らせてもらえて、ほんとはそれだけでもすごいことだって、わかってるんです」
そうしたいわけじゃないのに、口から出てくる言葉には棘が含まれている。
“中央の”というフレーズに反応して眉間に皺を作った彼に申し訳ないやら自分が情けないやらで、涸れたはずの涙腺にまた潮が満ちてくるのがわかった。
未勝利の壁。
メイクデビューからしばらく勝てなかったウマ娘は、そのまま中央のトレセンから去るか、或いは地方へ移籍するかを迫られる。学生の質を維持しひいてはレースの質を高めるという目的はわかっていても、いざ自分がその立場に置かれると到底受け入れられるものではなかった。
「地元のみんなも喜んでくれて、中央のウマ娘がうちの地元から、って」
目の前に聳える現実的な問題に対して、過去の感傷でしか立ち向かえない自分が哀れだった。それも、縋ったのは他者のこころ。
みんなに祝福されて中央のレースを走ることが、私自身の知る私の唯一の価値だった。
そうか、と小さく呟いたトレーナーは私の顔に向けていた目線を下に落して、そのままゆっくりと口を開いた。
「実は、君の行先に大井を薦めたのは僕なんだ」
- 41二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:09:49
『……さァ最終コーナーへ差し掛かりますッ、第3コーナー手前まで縦に伸びていたバ群がここで一気に縮まってまいりました、先頭は未だ_番___、2バ身半置いて内_番、おッ……と大外持ち出して駆け上がって来たのは_番、ここで人気に応えるかッ』
背後に迫る大波は耳で、足でその存在を十分に知覚している。少しでも気を抜けば足をすくわれ、心を押し流される。大井1800mは極端な癖や有利不利がない分、如実に力の差が表れるコースで、掲示板内外を辛うじて争うことがあっても今まで勝ち切ることはできていなかった。
中央出身をどこかで心のよりどころにして思い上がっていた過去の自分をもう何回蹴り出したかはわからないけれども。そうしたところで今の自分が速くなるわけじゃない。
『大外から迫る_番、その差はあと2バ身か1バ身半か!先頭_番やや苦しいッ、逃げて走ってあと400mが苦しいッ!』
足が狙った位置に着地しきれず僅かに姿勢の芯がブレる。途端に後ろからの波が軸足を僅かに掠め────
「──ッ、まだッ──まだ、動けッ!」
────波を強引に突き破るようにして足を前へ。3度目の正直も4度目も、泣きの5度目もかてなくて、何なら3週間前の9度目は目も当てられない走りになったけれど。
それでも、今はまだ勝ちを諦められない。
- 42二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:10:49
「で、お前ェかい。あいつの元教え子ってのは」
無精髭、白髪交じりの乱れた角刈り、日焼けした顔に無数の深い皺。深い彫りの泣かぬくぼんだ眼はギラギラとした光をたたえて私の顔を見ている。
「こんな目が死んだ奴なんて聞いてねェぞ俺ァ」
それに不釣り合いなほどまっすぐ伸びた背。水分の足りてない声。色あせて文字を読み取るのも難しい古びたジャンパー。
「ま俺も丁度手ェ空いたとこだ、面倒位ェは見っから──とりあえず来週水曜ナイター走れ。それ見て考える」
──僕の地元が大井でね、初めてウマ娘のレースを見たのも大井なんだ。そこに昔お世話になった人がいる。”あの人ならきっといい指導をしてくれる”って思ったんだ──なんて言葉から抱いた印象とはあまりにも激しい乖離。
新しいトレーナーとして紹介されたのは、どう見ても街で見かけても話しかけたくないタイプのおじさんだった。
「移籍後早々にナイターですか、都落ちした若造にはそれでちょうどいいってことですね」
たぶん、当時の私もあまり話しかけたくないタイプのウマ娘だったと思うけど。
卑屈が服着て歩いているような存在だったし。
「都落ちだァ?ンな豪勢なもんじゃねえだろ。そもそもお前ェ中央でどこ走ってたんだよ」
「……デビューは府中、何回か中京にも行きましたけど基本府中でした」
「どっちもクソ田舎じゃねェか、なァにが都落ちだよ田舎娘。大井競バ場が品川区にあるってェことを知ってのセリフか?」
言い返す暇もなかった。
結局私は言われた通り水曜日のナイターレースに出て、それでも心のどこかでは中央出身なんていう甘い期待があって、でも結局5着で。何とか掲示板内にしがみついたもののまたしても勝てなかったという意識に飲まれて、その日は結局寮の固い布団に閉じこもって朝まで泣いていた。
- 43二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:19:54
っていう感じで勝ちきれなかった過去を思い出しながら10回目にして初勝利を挙げ、こっそり応援しに来てくれていた元トレーナーの胸で大泣きするモブウマ娘とそれを見てやれやれ顔で遠くから見守る現トレーナーのSSが読めると聞いて大井から来たのですがここで合ってますか?
- 44二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:27:10
そこにある分しかないですね
- 45二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:29:12
持ってんじゃねーか早く全部出せ
- 46二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:39:45
- 47二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 23:41:31
このレスは削除されています
- 48二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 08:42:01
>>42 つづき、IP規制ェ
最後の直線200mが、あまりにも長い。
足の回転数は決して落ち切ってはいないはずなのに、それでもゴール板までどれだけ走っても走ってもまだ届かない。
「────ッ、ふゥ────ッ」
言ってしまえば、このレースも決してグレードの高いものではない。この大井では誰もが注目するダートのレースがいくつも開催されているけれども、その何倍も名前のないレースが開催されていて、今自分が全力を尽くして走っているこのレースも結局のところただの”ダート1800m競争”でしかない。
それでも今走っている私含めた14人はそこに全てを賭けていて、真剣だ。
「────クソ、まだッ、まだ────ッ!」
『残り300を切って間もなく200ッ!先頭争いは大接戦の様相!逃げて_番追って_番と_番、内ギリギリから_番が4人目の位置まで上がって──来たッ!接戦!接戦!』
レース前の作戦会議、資料として目を通していた下バ評新聞でもこのレースの枠は幾分小さくて、並んだウマ娘たちの実績も決して華々しくはなかった。中央で追い落とされ未だ0勝の私だけじゃない。地方から地方に転戦を重ねてなお勝利が遠い者、様々な距離を試してどれも今一つハマらずに今日は1800mを選んだ者、長い故障休み明けの者、戦歴の数字がその苦労をにじませるベテランの者。
『上がるか、上がるか、逃げるか、ここから差し切るか!』
誰もが誰より熱い希望を抱いて、この名前のないレースを戦っている。
ハイテンポな呼吸音が鼓膜の奥を衝いて揺らす。肩を切る風同士が触れる。横に視線を注がなくともわかるし、そんなことをすればたちまちに追い抜かされるだろう。例えるなら首筋に刃物を突き付けられているような、一分の隙も許されない緊張感。
『前4人は大接戦の決着となりそうですッ!』
少し肩が触れた、無論これで倒れるほどお互いにヤワじゃない。たださっきまで突き付けられていた刃物はすでに薄皮一枚切り裂いた。
自然と奥歯に力が入る、前走のあまりに情けない大崩れが脳裏をよぎりかけて肺の奥が絞られたように苦しくなる。刹那────
「走れ──ッ!勝てェ────ッ!」
「がんばれ──!」
────二度と聞くことはないと思っていた声がした。
- 49二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 12:24:07
保守
- 50二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 20:49:36
「逃げェ、試そう」
「逃げですか」
そんな思い付きにしか聞こえない一言で、ナイター9戦目の2000mコースにて私はキャリア初となる大逃げを打った。テキスト上のノウハウと言うか、テクニカルな話はさんざ聞かされたしそれを意識した作戦を練って臨んだけれど、結果としてはこれ以上ない大敗といえる16人中10着に終わった。
流石の結果にレース後のロッカーでおじさん(私のトレーナーはトレーナーさんだけ)は気まずそうにして何もしゃべらなかったし、戦法の変化に期待した私もみじめで口を利く気分になれなかったけど、結局その静寂を破ったのは
「次も逃げンぞ」
という言葉だった。
「正気ですか?今日のレース見ましたよね、あれだけひどく失敗した方法を次回も試すんですか」
「着順だけ見りゃァな。ただラップタイムを見た感じ悪かァねんだ。お前ェの脚に逃げは合う気がする」
「自分の着順を見なかったことにすれば信じられるんですけどね……ナイターで逃げとか、私のこと夜逃げ娘とでも呼ばせたいんですか?」
「がちゃがちゃ抜かすな田舎娘。夜逃げでもなんでも呼ばれようが最後に勝ちゃァいいんだよ。……今日はだめだったが、1800なら勝ち筋が立つ。お前ェは今一つ末脚が出ねェがその分割とペースが落ちねェ、少しばかし距離短くしてやりゃァ十分勝ちが見えるってンだ」
最後に流れを大きく変えられるだけの爆発力を持った末脚が自分にないことは、誰よりも私自身が識っているどうしようもない事実だ。初めてのナイターで5着になった後、続く3戦は全てゴール前で差し切られての6着、5着、10着。先行してレースを進める今のスタイルに限界が来ていることもわかっている。
前半で戦法集団に進出して、後半でペースを落とさず差し切る。トレーナーに教わった戦術を捨てるのが怖かった。中央を出て以来あの学校には戻っていないし、トレーナーの連絡先も知らなかった。今の走りと昔必死で書き溜めた練習ノートだけが楽しかったあの頃の記憶で、失うなんて恐ろしくて考えることすらできなかった。
- 51二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 20:51:38
- 52二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 20:56:31
守破離の破の瞬間である
- 53二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 21:54:33
そうだ、考えることすらできなかった。
「勝てェ────ッ!」
あの人の声を聴くまでは、考えること自体をやめていた。今の今まで、私はあの人との思い出に縋って生きているようでいて、その実目を背けていただけだったのだ。私をステージに引っ張り上げてくれた手が今はもう私を支えてくれない事、私自身が彼の尽力に恩返しできないまま今に至る事────もうトレーナーが私のトレーナーじゃない事、その全てから。それらを受け入れることができなかったから、今も練習ノートは開かれずただ机に積まれている。
何が自分の得意な走りだったのか思い出すことすら避けて、それでもナイターに打ち込んでいたのは、トレーナーと一緒に走った日向の舞台を思い出したくないから。罪悪感と自虐観を抱えていたのは、そうして逃げて避けてたどり着いたはずのこのレースですら、走っている間だけは本当に楽しかったから。
『先頭_番と_番並んだ、並んだ、これは分からないッ!』
そうとは知らないだろうけど、トレーナーさんはそんな今の私に向かって「勝ってくれ」と願ったんだ。
随分と開けていなかったノートの中身が鮮明に思い起こされる。坂道で、ウッドチップのコースで、かけてもらった言葉がよみがえる。メイクデビューの出走直前に肩を叩いてくれた手の暖かさだって、はっきりと覚えている。
(──私がすべきは、謝罪でも恩返しでもなかった)
走りを教えてくれたトレーナーさんに、何とかして走ることで恩返しがしたくて、それでも勝てなかった私はいつもトレーナーさんに謝っていた。その度にあの人は、決まってちょっと寂しそうな笑顔で「次は全力で勝とう」と言ってくれたのだった。
(──ちゃんと正面から伝えるためにも、ここで諦めて負けるのだけは──)
「────認め、ないッ!!!!」
- 54二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 09:41:50
────1時間半前。
ここ最近高負荷なトレーニングを担当に組んでいたため今日は早めに切り上げ、さて今日の夕飯はどうしようかなどと考えながらトレーナー寮の共同スペースに積まれた新聞を眺める余裕があった。順調に勝ち進んでいる担当の次戦は3勝クラス、いよいよもって本腰を入れなければならないし情報収集を怠ってはいけない。
そう思いながらも、無意識のうちに指が追って開いていたのは新聞に躍る「ナイター最終戦注目バ特集」の文字だった。
「あァそっか、もうそろそろ今年のナイターシーズンも終わりだ」
何となく負い目があって、大井競バ場のレース番組表を積極的に見られなくなっておよそ一年と少々。交流戦特集の記事だけ見るかと開いた紙面の片隅、一際小さい番組表に彼女の名前が載っていた。習慣とは恐ろしいもので、今では声を聴くこともなくなってしまった前担当であっても、新聞見開き数千文字の中から見つけるのは容易い。
出走時刻は19時35分。
「元気かな、」
口に出してしまってから、続くはずだった言葉を飲み込んだ。苦く悔しい思い出。中央を離れてからは伝手を頼って送り込んだ大井でそのまま走り続けているらしいことは知っていた。
逆に言えばそれ以外のことは何一つ知らなかった。
『──中央のレースで走らせてもらえて、ほんとはそれだけでもすごいことだって、わかってるんです』
見送りの数日前に彼女のこぼした言葉が、ずっと心に膿んでいた。
あの時私がかけるべき言葉は確かにあった、今ならそれが痛いほどよくわかる。ともすれば傷つけかねないという独善的な配慮で言えなかった言葉。
乗換案内アプリを叩いてみれば、間に合いそうなルートが表示される。
……「急いで歩くならば」という但し書きがついているが。
何の理由もなく偶然だけで、長いこと顔を見に行く勇気も出ずその資格もないと思っていた前担当の走りを見に行って良いものなのだろうか。と天を仰ぎかける。行かない理由だけならいくらでも浮かぶ。
──♪
気の抜けたLANEの着信音。見やれば差出人は【師匠】の二文字。あの娘の面倒を見てほしいと頼む連絡をして以来の通知に慌ててメッセージを開けば────
『来いよ。暇だろ?』
- 55二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 09:47:06
- 56二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 18:07:16
保守
- 57二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 23:37:24
「どうかしたんですか?」と彼女が声をかけてきたのはたぶん、俺が珍しくスマホを触っていたからだろう。息子らや嫁にいい加減買えと迫られて買ったよく知らんメーカーの安物、ほとんど──少なくともこの田舎娘の前では──使っている姿を見せたことがなかったかもしれない。
小さな【既読】が表示されたことだけ確認してさっさと鞄にしまい込む。あとは知らん、通知の類は全部切ってある。
「なんでもねェ、野暮用。んなこたァ気するくれェなら今日のレースに集中しろ」
「砂ならもうさっき見てきましたよ、ちょい重めでした」
「おとついの雪がまだ残ってッか。まお前ェにゃ丁度良いくらいだろ」
「大雨で2着でしたもんね」
まあ2着なんで未勝利のままですけどね、と明後日の方角に言葉を放る。
俺のことを見てんのか見てねえのか、そもそも気にしているのかさえ判らない言葉遣いはいつも通り。つまり大きな調子の崩れもない。
「分かってるったァ思うが、今日も早めにハナ取って逃げで行くぞ」
「理解しています」
「前走ァ逃げの意識が前に出すぎて息切れした。今日ァハナ取ったらできる限り最終直線までペースを変えずに走り続ける。んでラストは一瞬溜めて差し直す」
「少なくともイメトレはそこそこ完成度高いはずです」
「じゃああとは走るだけだな」
露骨に嫌な顔をされた。アイツは素直で真っすぐな子とか言ってたんだがな。
……いや、素直かつまっすぐに嫌な顔をされたンだ、間違っちゃいねェか。
- 58二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 07:46:29
保守
- 59二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 09:59:03
「”溜めて差し直す”なんてレジェンド級のレースでしか聞かない芸当ができますかね?私の末脚で……いや末脚と呼んでいいものか分かんないですけど」
「末脚ッたって何もラスト直線で差しきれッてンじゃねェんだよ。最後の最後50mだけでいいからギアを上げるイメージで走れッてんだ」
ことあるごとにこいつは”自分に末脚はない”だとか”最後の200mで差しきるイメージができない”とか抜かしている。
確かに、後方一気とか差し込んで撫で切るような走りはできないだろうことは面倒見始めてすぐに分かった。ただそれは差すこと自体を否定するわけではない。こいつの持ち味は一定のラップを器用に刻むリズム感と最後までそのペースを保つ体力、そして一番は────
「言葉が悪かった。殿堂入りみてェなやべエことをしろとは言わん。田舎娘でもわかるように簡単に言ってやンなら──最後の5歩で体力を使い尽くすイメージだ」
────ラスト5歩の伸び。
これを見出すのに9戦かかった。今まであの自称弟子がつけてきた訓練を信じた3戦は差しが間に合わず5着・6着・5着。
差すタイミングを変えて後方から走れば10着。
先行に戻した5戦目は大雨の2着。
直後に接触で10着、短かったが何もできない療養期間には流石の俺も胃を痛めた。
復帰後さらに前に寄せた作戦へ変えれば4着、6着。
前走、逃げの可能性を信じて10着だったが──あるいは距離が短くなれば、と初めて希望を見出した。
「……少しですけど、イメージの解像度が上がりました」
「イメージできりゃお前ェは走れる。自分の脚が信じられんってンならそれでもいい、全責任を俺に擦り付ける気持ちで走れ」
ちゃんと面倒を見て分かったが、結局のところ、こいつの走りを作ったのはアイツだった。自分の走りを疑うことは、共に歩んだトレーナーとの時間を疑う事と同じだ。そのことに気付いたら、たぶん、こいつはちゃんと強くなる。
「全責任はいつもおじさんにあると思ってます」
「やっぱお前ェ1回ぶん殴ったろか」
- 60二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 19:07:37
age
- 61二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 20:56:26
わくわくするな…
- 62二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 23:33:18
このレスは削除されています
- 63二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 23:36:44
このレスは削除されています
- 64二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 00:56:40
このレスは削除されています
- 65二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 00:57:10
(今更ですが【中央で知り合った子たち】の属性はダイス神に委ねて決めたいと思います)
dice1d3=1 (1)
1:主人公の元同室にして、元トレーナーの現担当。3勝クラス挑戦を控える
2:府中メイクデビューを一緒に走って以来、在学中はよく話していた。未勝利の壁に阻まれ早々に引退
3:学内模擬レースで競った経験のある1年下の後輩。デビューは少し遅れ来月の見込み
- 66二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 03:54:37
スレ乗っ取られてて草
- 67二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 08:29:52
まぁ楽しいからいいじゃないか
- 68二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 08:47:59
「信じる……」
そう口にした直後、ゲートが開いた。スリングショットから弾き出されるようにして飛び出した14人の少女たちが一歩を踏み出すたび、岸壁へ打ち付ける荒潮にも似た砂煙がコースを照らすライトにきらりと輝いて落ちていく。
「スタートは……よし、よし、大丈夫。位置……先頭?いや、逃げ!?」
光、影。光、影。
明るく一瞬照らされるたびに、彼女の姿は大きくなる。誰よりも早く、誰よりもまっすぐに正面を見据えて、スタンドの熱狂とはまるで反対の静謐さに包まれながら──
「ッ────!!」
──目の前を過ぎた。
目前に彼女の姿が迫った瞬間にその名前を叫ぼうとして、声が出なかった。喉が詰まって、咳払いにも満たない小さな引っかかった吐息だけが出て行った。
「どうした?」
「──ッ、い、いぇ……何でも、ありません。何でも」
「そうかィ」
端的に言えば、見惚れていた。この一年半ほどの間にその走りは随分と綺麗になっていて、フォームに無駄はなくコース取りも迷いが見られない。
「ッマジか......」
そして何より、心底楽しそうに走るその顔をこれだけ近くで見たのが初めてだった。
「......カッコいいなぁ」
- 69二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 19:17:25
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- 70二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 19:18:19
結果から言うと、トレーナーさんが声を掛けてくれたタイミングは偶然にも、これ以上ない最良の瞬間だったことになると思う。
1800mのコース中、1600mまでは大きくリードを取っての先頭。1700mにかけて後ろから2人に差し込まれて並走状態。
レースプランで想定したよりも二人の差し込みが早く、自然と自分のペースも上げたまま維持したことで私は、ラスト50mへ踏み出す位置を見失っていた。
残りおよそ70m地点、塞がった視界に絞った耳、無くなりかけていた脚の感覚がたった一言の「勝て」で再び全力で動き出す。
残り60m、どうあれできることは精々あと5歩分。
それでいい。
1歩目。
数十センチだけリードを許す覚悟で、次の一歩を貯める為に間隔を狭めた浅い一歩。併せて上体を少し前に倒す。
視界から私の頭が下がった事に気づいたからか、外側をゆくライバルの目線が私に一瞬、向けられる。
(焦るな、このリードは次の3歩で取り返せる。今は全身全霊のスパートに意識を集めるんだ──)
- 71二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 21:09:35
ほ
- 72二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 03:02:38
待機シャトル
- 73二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 08:32:28
2歩目。
踏み込みを浅くしたことで得た勢いそのままに体を沈ませて、軸足を板バネのように曲げて勢いを溜め込む。
残り60mを切ったこの状況下では、私も並ぶ相手も運べる歩数にそう違いはない。ならばその一歩を大きく、重く、前に倒れこんでしまうような勢いで踏み切ればその分距離は稼ぎ出せる。
(──今だッ!)
重心が前に動き体が倒れこむと見えた刹那にすかさず足を前へ。十分な力が蓄えられたバネは軋みながら体を大きく進ませた。
普段からこんな走りはとてもできたものではない、元々歩幅を細かく刻むスタイルをとる私の脚には負担が大きすぎるこの走りを続けようものなら、1レース走り終えないうちに足が使い物にならなくなるはずだ。
3歩目。
だが幸か不幸か、私にはその走りができてしまった。
(トレーナーさんは、それを分かって切り札にすることを考えてくれてたんだ)
私の体の使い方を、今まで私は知らなかった。トレーナーさんの思い描いた私の走りに追いつけなかったことが惨めだった。期待に応えられなかったとずっと悩んで、私が一番解っていたはずの私自身を見落としていた。
(トレーナーさんの描いた理想は、最初から私の中にあったんだ)
4歩目。
数十センチの遅れは取り返した。
私が間違っていたのは、”自分に対する自信と信頼のなさを、トレーナーさんにも向けてしまっていたこと”だった。
(今の私は、諦めない)
競技人生で初めて、思い描いた理想のレースをなぞるためじゃなく、純粋に勝つための最後の一歩を踏み切った。
- 74二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 12:33:29
勝て……勝てよ!!
- 75二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 18:11:13
- 76二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 18:14:33
- 77二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 02:14:26
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- 78二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 08:29:50
彼女の走りを最前で見届けた後、そのままモノレール駅の方へ歩こうと向きを変えた肩を掴まれた。
「早ェよ童貞」
曰く、僕にしかできない仕事がある。曰く、今日を逃せば一生の後悔になる。そう言われ向かうよう指示された場所はウマ娘の控室で(警備の人へかなりビビりながらトレーナー証を見せたが快く通してくれた)、置かれたカバンに付けられたキーホルダーや微かに漂う柑橘の香りからそこに誰がいたのかは容易に視察できる。
「勝った、んだよなあ」
彼女の走りを思い出して何事か書きつけようとノートを広げたが、その上をペンが走ることはなく、ただ所在なさげに開いたり閉じたりを繰り返すだけだった。
今心に渦巻くモノを文字にしてしまえば一気に陳腐になりそうで、書けなかった。
「あ」
蹄鉄が廊下に響かせる駆け足の音はヒトの耳でも容易に捉えられる。その音は次第に近づいて、ペースを落として、目の前にあるドアのところで止まって────
「──トレーナーさんっ」
ひどい格好だ。競争着も頬も髪もすっかり砂にまみれ、靴はひもが緩んで危なっかしい感じで、疲れ切った顔は勝負メイクも汗に崩れて、貼り付いた前髪と光る汗がさっきまでの激闘を物語っていて……初めて見るとびきりの笑顔がそこにあって。僕はこれ以上に美しく気高く、かっこいい存在を他に知らない。
「トレーナー、さん……私、わたし、……勝ち、ました」
「見てた。かっこよかったよ」
「あの──わたし、ずっと、トレーナーさんに言いたかったことがあって、わたし」
笑顔が崩れる。眉に皺が寄り、目じりと頬が赤くなる。ドアのところで止まった脚がゆっくりと1歩、2歩を刻んで。
「トレーナーさんのおかげで、勝てました。ありがとう、ござ、います──ッ」
よろめくようにしてもう3歩。
ワイシャツが掴まれて、彼女の頭が第3ボタンのあたりに収まった。
- 79二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 08:32:24
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- 80二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 15:32:23
保守
- 81二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 20:29:42
「あなたの教えてくれた走りで、勝てました────」
「そっ──か」
思えば、彼女から感謝の言葉を聞いたのは初めてかもしれない。喉の奥が熱くなった。声の震えが隠せなくなる。
「僕の教えたこと、役に、立ったんだね」
胸の中で彼女の頭が微かに上下した。
それだけで十分だった。
「練習の成果、出たね。すごくかっこよくて、綺麗だった」
彼女の肩が震える。
そうだ、僕も今まで言えてなかったことがあったんだ。
「勝ったのは──君だ。君の脚で、君自身の力で勝ったんだ。おめでとう」
「ッ────!!」
- 82二次元好きの匿名さん23/03/02(木) 05:31:21
保守